96 悪の巣窟から密かに離脱する
目を開けると、目の前に鈴音の顔があった。
心配そうに俺の顔を覗き込んでいる。
「エイ兄、だいじょうぶ?」
「ああ、なんとかな。鈴音のおかげで、少し元気が出てきた」
そう言いながら、ふかふかの髪の毛に手を伸ばす。
できれば犬の姿をもふもふしたい心境だが、これでも十分に癒される。
「そうなんだ。だったら、もっと撫でて」
本当に気持ち良さそうに甘えてくる。この明るさに救われた気がする。
とはいえ、いつまでも惚けてはいられない。
「ありがとう、鈴音」
鈴音に手を引かれながら立ち上がると、優佳の横に並んで女たちを見下ろす。
「……それで、この後始末、どうすんだ?」
「そうですね。幸い、私たちの姿をしっかりと見た者はいませんから、気絶させたままにして、あとは警察にお任せしましょう」
通報しようとしたのか、仲間を呼ぼうとしたのか分からないが、女の近くにケータイが転がっていた。その横には細身のナイフが。
よく見れば、縛ってある縄に少し切れ込みが入っている。
「おっかねぇな。こいつ、隠しナイフで反撃するつもりだったのか?」
「こちらも相当ですよ。兄さま」
それを見て、俺はギョッと目を見開きながら後ずさる。
「……ちょっ、これ。本物か?」
「だと思います」
縄が切れて、自由になった女の手には、拳銃が……ぶら下がっていた。
反撃するチャンスを伺っていたのだろう。
もし、もう一人の縄が切れていたら……
少しでも到着が遅れていたら、殺し合いが始まっていた可能性が高い。
俺は大きなため息を吐く。要するに……
この二人の悪女が男を騙し、騙された男が報復しようとしたのだろう。
集まった男たちは、同じように騙されたのか、仲間なのか、雇われたのかは分からないが……まあ、ロクなもんじゃないってことは分かる。
そして捕まった悪女たちは、反撃の機会を窺っていた。それどころか、この状況から脱したら、逆に男たちを脅そうとしていたらしい。拳銃まで用意して。
「たしかにこれは、警察に任せたほうがいいな……」
「それでは、後始末はやっておきますので、兄さまはここを離れて下さい」
「足跡とか指紋とか……大丈夫か?」
どんなところに俺たちの痕跡が残っているか分かったもんじゃないが……
優佳は、俺を安心させるように微笑み、茶目っ気を出してウインクしてくる。
「その辺りもしっかりやっておきますから、安心していいですよ。あっ、でも、あまり人に見られないようにしてくださいね。もちろん怪しまれる行動も慎んでください。……そうですね、鈴音、お願いできますか?」
「もちろん、任せて♪」
なぜか鈴音は散歩に行く時のように、もし尻尾があればブンブンと振り回してそうな勢いで喜んでいる。
ほらほら、こっち……って感じで、俺の手をグイグイ引っ張り、出口へ向かう。
「悪いな、雫奈。あとは任せたぞ」
「ありがとう、栄太。一緒に来てくれて助かったわ。帰ったら昼食を作るから、楽しみに待っててね」
「おう、楽しみにしてるよ」
瞬間移動ができない俺は、急いでここを離れたほうがいいってのは分かる。それに、優佳は俺の護衛に鈴音を同行させたのだろうけど、これだと余計に目立ちそうな気がする。
それとも、他にも理由が──例えば、悪者と遭遇する可能性があるのだろうか。
「エイ兄、なんか変」
もしや待ち伏せか? ……なんて思ったが、周りに人の気配はない。
不思議そうに鈴音を見つめると、向こうも俺の顔を不思議そうに見つめていた。
どうやら変なのは、俺の行動だったようだ。
優佳からは、怪しまれる行動は慎めと言われたのに、周囲を警戒するあまり俺の行動が不自然になっていたようだ。それに気付いて、堂々と歩き始める。
鈴音は、俺を人に見られない場所へと誘導しつつ、痕跡を消していた。
「そういや、その首輪、人型になっても付いたままなんだな。さすが爺さんだ。お洒落なアクセサリーに見える」
「でしょ? チョーカーって言うんだって」
「……なるほど。さすが豊矛様だ」
まさか、この首輪が神器だとは誰も思うまい。
豊矛様が鈴音のために作ったものだけに、似合っているは当然だ。
逆に、俺が作ってやった三色団子ヘアピンが異質に見える。鈴音のリクエストだったとはいえ、もう少し考えるべきだったと、申し訳ない気持ちになった。
さすがに、ここまでくれば、もう大丈夫だろう。
ついでに買い物を……と思ったが、ここで俺は重大なミスに気が付いた。
「スマン鈴音。向こうにカバンを忘れた」
「あっ、それならユカ姉が持って帰ってくれるって。お水、ご馳走様でしたって言ってるよ」
「そっか……、それは良かった」
慌てて取りに戻ろうと思ったが、冷静に考えれば、内緒話で雫奈にでも伝えておけばいいだけだった。
財布はあるが、入れるカバンがない。
袋を買うって手もあるが、急いで買わなきゃならない物もないし、買い物には行かず、このまま神社へ戻ることにする。
「エイ兄、抱っこ」
「えっ? なにを?」
いきなり鈴音が飛びついてきたので何事かと思ったが、空中で犬に変身して俺の腕の中に収まった。
なるほど、ここから先は人目を避けて進むのは難しい。
しばらく抱えて歩き、車の多い道路を越えてからリードを伸ばして歩かせる。
途中で何度か話しかけられ、神社で飼うことになったと鈴音の紹介を繰り返しながら進み、お辞儀をして神社の鳥居をくぐった。
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