ep.03

14 困ったことがあったら呼んでね

 遠くで消防車のサイレンが鳴っている。

 

 ミヤチたちを見送った後、家に戻ろうとした雫奈が足を止め、何かを探すように周りをゆっくりと見渡している。

 真似をして同じように見てみるが、特に気になるようなモノは見当たらない。

 なんだろう……

 雫奈の表情が、いつになく真剣なように感じる。

 

「気になるんだったら、見に行くか?」

「ん~、でも、どうやらえんがないのよね」

「エン?」


 まあ雫奈のことだから、無関係だから放っておくって意味ではないだろう。

 たぶんだけど、関わりたくても関われないって感じだろうか。

 何か事情がありそうだ。


「よく分からんが、役割分担とか、資格の話か?」

「まあ、そんな感じかな。無名の土地神なんて、地域のみんなの協力がなかったら何もできないし……。私、ここを離れたら無力よ、きっと」

「やっぱ、縄張り争いみたいに、足を踏み入れた途端に襲われたりするのか?」

「やあね。さすがにそんなことは無いわよ。……たぶん、だけどね。まあ、他所の土地神が何をしに来た!……って、警戒ぐらいはされるんじゃないかな」


 じゃあ、ちょっと試してみよう。……ってわけにもいないのだろう。きっと。

 

 それにしても……

 物憂げな表情で空を見上げる、巫女姿の雫奈。

 なかなか絵になる。

 ……って、見惚れている場合じゃなかった。


 玄関に置いたカバンを肩に掛ける。


「じゃあ、俺もそろそろ行くわ。ご馳走になったな。美味かったぞ」

「いってらっしゃい。何か困ったことがあったら、遠慮なく、いつでも呼んでね」


 いつもはそんなこと言わないのに、突然そんな風に言われたら、何かのお告げみたいで怖いんだが……

 これじゃ、まるで俺が、これから困るみたいだろ?




 長い寄り道をしてしまったけど、とにかく買い物を済ませる。

 大抵、買う物は決まってるけど、今日は少し別の物を買い足した。

 インスタントの皿うどんだ。

 更に、具材となるシーフードミックスと野菜ミックスも揃えた。

 雫奈のようにはいかないけど、そこそこなものなら俺でも作れるはずだ。


 つい、地蔵に向かって会釈をしてしまい、苦笑する。

 いつの間にか、地蔵や祠を見つけると、頭を下げるクセがついてしまった。

 さすがに周りの目が気になるので、一人の時に手を合わせたりはしない。

 だけど、もし雫奈のように堂々と手を合わせ続ければ、そのうち気にならなくなるのだろうか……


 本人は気にしてなくても、見た人は気になるようで、雫奈は若いのに信心深いって感じで、ちょっとした有名人になっていた。

 そして、よく一緒にいる俺も……


「あら、お兄さん。今日は手を合わせてあげないのかい?」


 こんな感じで、見知らぬ人から声を掛けられるようになっていた。


「今日は、他の用事で通りがかっただけですから……」


 そんなことを言いながら、やり過ごす。……もう、慣れたものだ。

 とはいえ、汚れていれば素通りすることもできないので、掃除するための簡単な道具──ビニール袋やティッシュ、小さなハケなどを、カバンの中に忍ばせている。


 いつもの公園に立ち寄る。

 ここに来ると、日課のようにメッセージをチェックしたくなる。

 おっ、資料を送ってくれたらしい。ここは「感謝」の絵文字を返しておこう。

 ついでに火災のニュースを調べてみる。

 まあ、多い気もするが……

 空気が乾燥する季節になると増えるものだから、異常ってほどでもないと思う。


 ……ん?

 明らかに挙動不審な女性がやってきた。

 あたりをキョロキョロと見回している。

 何かを探しているようだ。

 クズカゴや自動販売機まわり、ベンチまわりなどを見て肩を落としている。


 俺には無関係だし、面倒に巻き込まれないうちにサッサと立ち去ろう。

 ……って、前の俺なら思ってたんだろうな。

 雫奈だったら迷わず声をかけてそうだ。

 しょうがないな……って考えている自分に気付く。

 アイツが悲しむから何とかしてあげようだなんて、さすがに影響され過ぎだ。


 お節介を焼くつもりはない。

 だけど、困った時は呼べと言っていたし、今まさに困っている。

 試しにアイツを呼んでみて、現れなかったらしょうがない。

 その時は、あの女性とは縁がなかったってことで、潔く立ち去ろう。


「雫奈、ちょっといいか? 今、こっちに来れるか?」


 公園灯のポールにもたれかかりながら、ボソッと呟く。

 ちょっとした冗談のつもりだった。

 ここを立ち去るためのイイワケでもあった。

 そりゃそうだ。こんな呼びかけが届くわけがない。

 そう思ったのだが……


 見慣れたあの粒子が、目の前の何もない空間からあふれ出す。

 まさか……って思いつつ見ていると、粒子が人の形に集まって雫奈の姿になった。

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