31 治療の邪魔になりますから

 目が覚めると、真っ暗だった。

 動こうとするが、身体が思うように動かない。

 それに、なんだか熱っぽいようだ。


 まさか俺、死んでないよな……なんてことを思いつつ、何が起こったのか考えていると、徐々に記憶が戻ってきた。

 意識が途切れる前に、何があったのかも……


 なんだか身体がやたらと重い。

 まだ後遺症が残っているのだろうか。妙な感覚も残っている。

 

「……雫奈、い…いるか?」


 喉が干からびている感じがして、声がかすれて出にくい。

 

「栄太、入るね」


 声がぐぐもっているのは、壁の厚い布越しだからだろう。

 雫奈が俺の部屋に入るのに、断りを入れるだなんて始めてだ。

 まさか、責任を感じてたりするのだろうか。


「おう……」


 暗くて見えないが、気配で入ってきたことが分かる。

 そういえば、もうひとり…… パルメリーザはどうなっただろうか。

 まさか、俺が雫奈の協力者になったから……俺がパルメリーザを選ばなかったから姿を消したとか?

 それだと少し、後味が悪い。

 ロクに話も聞いてやれなかった。


「栄太、明かりをつけるね」


 雫奈の声が、どことなく元気がないように聞こえる。


「……たのむ」


 目を刺す光に痛みを感じ、反射的に目を閉じる。

 左手を動かそうとするが、痺れたように動かない。

 だが、右手は動くようだ。

 目の前に手のひらをかざし、明かりを遮ってゆっくりと目を開ける。


 やはり、雫奈の表情は冴えない。

 できれば言葉を掛けてやりたいが、気の利いた台詞が浮かばない。


「どう、栄太。身体は大丈夫?」

「まあな。まだ視界がぼやけるし、身体も右手しか動かんが、意識ははっきりしてる……と思う。雫奈、喉が乾いた。水を一杯もらえるか?」


 とにかく、右手だけでも動くのなら、それで上半身を起こそうと身をよじる。

 ……なんだ? もぞもぞと身体が勝手に動いてる?!

 いや違う……

 視線を下に向けると、眠そうに目をこする相手と目が合った。


「おまっ、なっ……、なにしてんだ?!」

「あっ、お兄様。おはようございます。……って夜ですね。気分はどうですか?」


 気分も何も、弱った身体にこんな重しが乗ってたら、そりゃ動かんわけだ。

 パルメリーザが俺の左腕を下敷きにして、俺の身体に抱き付いていたのだ。

 足も……いや、足に力が入らないのは、この子のせいじゃなさそうだ。


「どういうつもりか知らんが、とりあず、どいてくれるか?」


 俺の言葉に、なぜかパルメリーザは不思議そうな顔をする。


「ワガママを言っちゃダメですよ。これは治療なんですから。だから、このまま私に治療を続けさせてくださいね」

「これの、どこが治療だ。とりあえず、先に水だけでも飲ませてくれ」

「でしたら、私が口移しで、飲ませてあげますよ」


 いくらなんでも、しつこい。

 ……っていうか、なぜ雫奈は止めない?


「お前、服はどうした?」

「治療の邪魔になりますから、脱ぎました。……でも、これは何ですか? これでは、みんなで泳ぎに行ったり、温泉に行ったり、できないじゃないですか」


 そうは言われても、元は3Dモデル。裸になることなど想定していない。

 なので素体は、肩紐の無い白いワンピース水着のような姿だ。


 何とか上半身を起こすと、雫奈からコップを受け取り、ムセないように慎重に喉を潤していく。


「ふぅ~、助かった雫奈。ありがとう」


 空になったコップを返すと、改めてパルメリーザを見る。

 今も素体をぐいぐい押し付けてくる。だが、ヒャッホーとはならない。

 何と言えばいいのか、犬がじゃれてきている感覚に近い。

 それに……


「まあ、聞きたいことは山ほどあるが、先に言っておきたいことがある」


 下敷きから解放され、感覚を取り戻してきた左腕も使い、パルメリーザの両肩をガッシリとつかんで引きはがす。


「設定では、この子はちゃんと恥じらいを持っている。だから、そんなハシタナイことはしないし、ましてや『お水を口移しで飲ませてあげる』とか言わない。座り方もだ。そんなシナを作って媚びたりしない。その子の魅力はそこじゃないんだ。純粋無垢……は言い過ぎだが、とにかく健全なんだよ!」

 

 ……さすがに、ちょっと言いすぎたか?

 パルメリーザは驚いているが、雫奈はいつもの笑顔を浮かべている。

 よかった、いつもの雫奈だ。


「ごめんなさい、お兄様。これでいいですか?」


 そう言うと、ちゃんと服を装着し、ベッドの上にペタリと座り込んで、少し首を傾げてこちらの様子を見つめている。


 言えば、素直に従うんだよな……


「お兄様、私からもひとつ、ワガママを言ってもいいですか?」

「……なんだ?」

「やはり、この姿では、人間社会に溶け込んで過ごすのは難しいので、その……ちゃんとした身体を用意して頂けると、嬉しいです。お願いしてもいいですか?」


 そう言いながら、服の隙間から白い部分を見せる。

 まあ、言われてみれは、その通りだ。

 どこで何が起こるか分からないのだから、余計な不安要素は排除すべきだ。


「……!? まさか、お前もここで暮らすのか?」

「お兄様。ダメですか?」


 捨てられた子犬のような目で見つめてくる。

 正直、良いも悪いも俺には判断できない。


「あースマン、雫奈。できれば先に、何が起こったのか説明して欲しい」


 そう言って、ベッドに横になる。

 正直、今は座っているだけでも辛かった。

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