32 神も悪魔も管理者です

 雫奈から祝福を受けた俺は、なぜか意識を失った。

 でも、それはどうやら、神に近付き過ぎたせいらしい。


 人間の魂は、いわゆる清濁併せ持った状態が一番安定していて、浄化されすぎても、穢れケガレを溜めすぎてもダメなのだそうだ。

 ケガレを溜めすぎると、いわゆるアラミタマとなり、周囲に悪い影響を与え始める。それが浄化できなければ、地獄に送られるらしい。

 逆に浄化されすぎるとニギミタマになるのだが、こちらは周囲に良い影響を与える。それだけ聞いたら問題なさそうだが……

 薬も過ぎれば毒となる。世界のバランスを崩すという点ではアラミタマと同じなのだそうだ。なので、影響の大きいニギミタマは天国に隔離される。


 どうやら俺は、雫奈から祝福を受けたことで、危うくニギミタマになりかけたらしい。それを悪魔であるパルメリーザが、治療していた……らしい。

 まあつまり、白くなり過ぎたから、堕落させて黒を足そうってことだ。

 アレに効果があったとは、断じて認めたくないが、実際に俺はニギミタマ化の危機を脱し、身体も安定を取り戻した……らしい。


 事情は理解した。

 雫奈の元気がないのも、悪魔に好き勝手させていた理由も分かった。


「雫奈、心配かけて悪かったな。俺は大丈夫だ」


 視線をパルメリーザに向けて、頭を優しく撫でてやる。


「お前にも手間を取らせた。ありがとう」


 気持ちよさそうに目を細める。だが……

 パルメリーザは、ごく自然に、飛んでもない提案をしてきた。


「でも、お兄様。治療を途中で止めちゃったから、危険な状態は変わってないですよ。だから、私とも契約を結びましょう」


 ……悪魔と契約?

 それはさすがに、マズイよな……


「悪魔と契約とか、人生の終焉を感じさせるんだが。こんなもの、俺には判断ができん。だから、雫奈の意見が聞きたい」


 いや、さすがに神様なら、悪魔と契約を結ぶなんて許さないだろう。

 期待を込めて雫奈を見つめる。


「たしかに危険はあります。ですが、その時は、私が全力で守りますので、この話を受けて下さい」


 ………え?

 イヤイヤイヤ、あなた、神様だよな? 本当に、いいのか?


「神様が人間に向かって、悪魔と契約しろとか、世も末なんだが? スマン、神と悪魔って、そんなに分かり合える関係なのか?」

「お兄様、少し勘違いしてますね。この世界は……」


 パルメリーザが言うには、この世界は、精神世界と物質世界が合わせ鏡のように、もしくは重なり合うように存在しているらしい。

 精神世界では、自我を失ってバラバラに分解された精神体が、拡散した状態になっており、それが核を得て集合することで魂が生まれる。

 その魂は、誕生と同時に物質世界のモノに結び付き、様々なものに意志が宿る。木や石、風や川、草や海など、あらゆるものに。

 たまたま人間に宿れば、赤子として生まれ落ち、人生を送ることになる。やがて死を迎えれば、精神世界の魂も自我かたちを維持できなくなり、精神体に分解されて拡散する。

 そんな魂のサイクルを管理しているのが、通称『世界樹システム』らしい。


「私たちは、その世界樹システムを管理するために送り込まれた存在です。世界樹システムを安定稼働させることが、私たちの使命です」

「あー、それだけ聞くと、神も悪魔も同じ……って聞こえるんだが?」

「そうですよ。私たちは、元々は同じ管理者です。でも一部の方々が、魂は放っておくとケガレを溜め込むから、常に浄化しないといけない、って言い始めて、それが神の始まりです」


 それはつまり、管理者の派閥争いみたいなことだろうか。

 そんなことを考えていると、黙ってられなくなったのか、雫奈が身を乗り出して反論を始めた。


「だって、その頃はケガレが酷くて、化け物たちで溢れかえってたって聞いたんだけど? それも、あっちこっちの世界で、うじゃうじゃ。そりゃもう大変で、地獄を作ったのも、それが原因だったよね?」

「そうですね。でも、お兄様、聞いてください。神たちも、ほどほどで止めておけばいいのに、手柄の奪い合いか何か知らないけどやり過ぎちゃって、今度は世界各地がニギミタマだらけ。仕方なく管理者たちは、その隔離場所に天国を作ったんです。まあ、そこまでは、まだいいんですけど……」


 パルメリーザが雫奈を見る。


「なっ、なによ……」


 ああ、なんだろ、神と悪魔の舌戦なのに、なんだか幸せな気分だ。

 あの「姫」と「妹」が、いろんな表情を見せてくれる。


「神たちは、自分たちの方針に従わない管理者を追放するようになりました。それが私たち、悪魔と呼ばれる存在です」

「栄太、騙されないでね。魂狩りとか言って、魂を地獄に堕とそうっていう悪魔も多いんだから」

「それはごく一部ですよ。神に逆らえば全て悪魔ですから。多くの悪魔は、ちゃんと管理者の使命を果たしてますよ。ちょっと趣味に走る方々もいますけど……」

「下僕にして、ペットのように扱うとかだよね? ほんと悪趣味なんだから……」

「神は黒い魂を浄化し、悪魔は白い魂の欲望を解放する。それで世界のバランスが保たれるのですから、その方法なんて些細な問題ですよ」


 俺は何を聞かされているのだろうか……

 どうやら話を聞く限り、パルメリーザのほうが優勢に聞こえる。

 年季の差といえばいいのか、何となく雫奈が圧倒されているように思えた。


 それにしても、この姿でパルメリーザというのもな。

 まあ、こんなこともあろうかと、一応名前も用意してあるが、その前に……


「あー、議論が白熱しているところ悪いが、パルメリーザもここの管理者。つまり、土地神ってことでいいんだよな?」

「もちろんです。お兄様!」


 雫奈が反対してこないのを確認して、構想時間が実質十分ほどの練りに練られた設定を披露する。


「じゃあパルメリーザ、お前の神名は今日からアキツユカヤヒメだ。土地神として静熊神社で祀る。あと、人として過ごす名前だが、秋月優佳あきづきゆかと名乗って、雫奈の妹として一緒に暮らしてもらう。それでいいな?」

「もちろんです。お兄様☆」


 よほど嬉しいのだろう、目をキラキラか輝かせて、俺の手を握ってくる。

 いやまあ、提案であって、決定じゃなかったんだが……

 雫奈のほうを見てみると、いつもの笑顔で、うなずいてくれた。


 そういや、単身者用アパートなのに、姉妹で暮らすってアリなんだろうか……

 そんなことを考えていると、パルメリーザ──秋月優佳の身体が光り出し、すぐに収まった。

 どうやら本当に、悪魔でも土地神になれるらしい。


「私の活動が認められました。ありがとうございます、お兄様☆」


 女神と悪魔が土地神とか、どんな状況だよ!

 そう心の中でツッコミを入れつつも……

 その屈託のない笑顔を見て、この町が平和になればいいなと願った。

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