79 鈴音の祝福だった
人懐っこいボーイッシュな鈴音が、俺の視界に現れた。
俺のせいで犬の姿にさせてしまったのだと引け目を感じていたが、現れたのが犬耳や犬尻尾をつければさぞかし似合うだろうなと思えるほど、犬っぽい少女だった。
いやまあ、それで俺の罪悪感が消えるわけではないのだが……
「あー、鈴音。その、鈴音って美晴が付けた名前だけど、本当の名前はないのか?」
雫奈も優佳も、俺が名付ける前は、それぞれ別の名前を持っていた。
だから鈴音にも、豊矛様から与えられた名前とか、そういうものがあると思ったのだが……
「豊矛様は、ご主人様に付けてもらえって言ってた。だから付けて」
まさかの返答に戸惑う。
「ったく、爺さん、俺に丸投げかよ」
ぼやきつつも、頭の中で名前を組み上げ始める。
三人目だけに、多少は勝手が分かっている。あとは俺のセンスに期待するだけだ。
「そうだな……
いやまあ、豊矛様と郡上鈴音をミックスさせただけだが、悪くないと思う。
「ありがとう、ご主人様」
喜んでいる姿も含めて、ちゃんと観察している。
もちろん、人の姿になった鈴音をデザイン画に描き起こすためだ。
精神世界では人の姿になれるのに、なぜ現実世界ではなれないのか謎だが、そういうものなのだと思うしかない。
なるべく詳細に至るまで、俺の記憶に刻み込んでいく。
「よし、大体分かった。できれば最後にクルリと一周してもらえるか?」
「うん分かった、ご主人様」
元気良く返事をした鈴音は、なぜか俺の周りをぐるぐると走り出す。
何事かと思ったが、勘違いに気づいて思わず笑ってしまった。
「いや、そうじゃなくてだな。背中の方もよく見せろって意味だ」
「そっか、間違えちゃった」
テヘッとでも言いそうなリアクションが憎めない。
今も「どうかな? どうかな?」って感じで、肩越しに振り向きつつ、身体を左右に振っている。
もう、なんだか全ての言動が犬っぽい。
「もういいぞ、鈴音……まあ、話したい事は山ほどあるが、とりあえず、おまえも土地神ってことでいいんだよな?」
「うんっ、土地神だよ。でも、どうすれば、活動が認められるのかな? ご主人様に任せればいいって聞いたけど……」
「そうだな。上手くいくかは、やってみなけりゃ分からんが、まあ任せておけ」
勝手に決めてしまったが、豊矛様の娘だし、今さら祭神がひと柱ぐらい増えたところで構わないだろう。
「ついでに聞くが、俺、鈴音から祝福を受けた覚えが無いんだが、なぜ俺と繋がれるんだ?」
「やだな、ご主人様。ちゃんと祝福したのに、忘れたの?」
むぅ~っと、怒ったような表情も何だか癒される。
……じゃなくて、そんな事を言われても、俺には心当たりがない。
「ひと振りの枝、覚えてなぁい?」
「えっ? いや、あれって爺さんが褒美にって……あれ?」
豊矛様の言葉をもう一度思い返してみる。
豊矛様からのご褒美は、たしかご神木の苗で……
枝については弱っていてもお守りにはなるって聞いただけのような……
「あーなんだ。ちょっと待ってくれ。つまり何か。あの枝が、鈴音が俺に与えた祝福で……、それを俺は呪詛退治に生かしきれず、力を消耗させ、果ては粉にして売ろうとしている……ってことでいいのか?」
「それだと、ご主人様、とんでもない人だね」
鈴音が、頭の後ろに手を組んで、楽しそうに笑う。
いや、笑ってくれているが、それだと俺は、とんでもない恩知らずで、罰当たりな人間ってことになる。冗談でも、笑いごとでもない。
恐怖に震える俺の様子を見て、鈴音はますます楽しそうに笑う。
「あの枝は、
その例えがよく分からないが、あの光が祝福ってことだろうか。だったら……
「だが俺は、枝に宿ってた光を呪詛に叩きこんでしまったんだが……」
「たぶんそれは、ご主人様自身の霊力だね。ボクの霊力は、ちゃんとご主人様の中に宿ってるよ。ご主人様が疲れてたから、かなり早く吸収されちゃったって感じかな。そのおかげで、ご主人様の霊力が早く復活したでしょ?」
「えっと、なんだ? つまり、ゆっくり浸透するはずの祝福が、俺が疲れていたから浸透が早まって、不足していた霊力が復活して……って、ことでいいのか?」
「そうそう。あとは、あふれたご主人様の霊力が、神器に溜まってて、それをエイヤーってやった感じだね。その時、ご主人様の霊力が、あっという間に減ったよね。神器を使ったからだよ、きっと。すっごく無理をしたから神器がダメになっちゃったけど、お守りになって役に立つなら、ボクも嬉しいよ」
なんというか、誰かに通訳して欲しい。
たぶん、呪詛に送り込んだのは俺自身の霊力で、俺自身の霊力を無理やり注ぎ込んだせいで、仲介した神器がダメになった。
その無理が祟って俺自身の魂も傷付き、雫奈が修復してくれたってことだろうか。それなら、なんとか話の辻褄が合う……と思う。
なにより、優佳の行動の意味が、少しは分かったような気がする。
「要は、俺は鈴音の祝福を受けたってことだな。でも、よく雫奈や優佳が許したな」
「親切に協力してくれたよ? ……あっ、コレ言っちゃダメだった?」
口止めでもされていたのだろうか。
俺には分からない事情とか、あるのかもしれないが……
「別にダメってことはないと思うぞ。まあ、なんだ、鈴音、いろいろ助けてくれてたようで、ありがとよ。……さてと、そろそろ戻るか」
「そうだね、ご主人様。早く戻ったほうがいいと思うよ」
ちょっと困ったような笑顔を浮かべる鈴音に見送られ、どういう意味かと不思議に思いながらも、俺は意識を浮上させて切り替える。
「わっ、動いた。兄さん、平気か? いきなり気絶しよったから、焦ったわ」
気が付くと、美晴の顔が目の前にあった。
なんだか、俺の事を心配しているようだ。目に涙まで浮かべている。
「ホンマ兄さん、
どうやら目に浮かんだ涙は、俺を心配してではなく、爆笑の名残だったようだ。
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