47 バレてたみたい

「ごめんね、栄太。ちょっとその人のことが気になって、教えてもらいに行ってたんだけど、その間にまさかこんなことになるなんて思わなかったわ」


 いつの間に戻ってきたのか、驚いて座り込んでいる三藤さんを、雫奈が抱き起していた。

 外に出る時に着替えたのか、雫奈は私服姿だった。


「あー、二人ともスマン。助かった」


 これで心置きなく休むことができると、俺はペタンと地面に座り込んだ。

 それにしても、この不快感は何だ? なかなか目眩が治まらない。


「くそっ、バカでかい声を出しやがって。まだ頭がクラクラする」


 横にしゃがみこんだ優佳が、心配そうに俺の額に手を当てている。

 たぶん、そうやって治療してくれているのだろう。徐々にだが、頭の中にある不快感が和らいでいくような気がする。


「あれは精神に作用する攻撃ですよ。兄さま」

「精神……攻撃? 大きな音で三半規管がどうのってヤツじゃないのか?」


 優佳はゆっくりと横に頭を振った。


「音響攻撃ではありません。あれは、兄さまの魂に陽の気をぶつけて、陰の気に働きかけたのですよ」

「えっと……陰の気って、つまりアレだよな。優佳の祝福。それに悪影響を与えたってことか?」


 まだ、頭が本調子じゃないのか、なかなか言葉が出てこない。だけど、内容は正しかったようだ。


「……はい。私と姉さまの因子が、まだ兄さまの魂に融合していないので、私の因子が反応してしまったようですね」


 もしかしたら、優佳は自分のせいだとでも思っているのだろうか。暗い顔をして下を向いている。


「そんな顔をするな。お前の祝福は、俺を救ってくれたんだろ?」


 できるだけ笑みを浮かべて、優しく頭を撫でてやる。


「そうですね。でも、今の衝撃でかなりかき混ぜられましたので、もう同じ攻撃は効かないと思いますよ。兄さま」


 あれ? すごくいい笑顔だ。もしかして、俺、遊ばれた?

 慌てて手を引っ込めると、残念そうにそっぽを向かれた。

 なんだか、優佳が日増しに小悪魔っぽくなっている気がする。


 いつの間にか三藤さんと雫奈の姿がない。

 気を利かせた雫奈が、家の中に案内したようだ。

 よくよく考えたら、こんな場所で話す内容じゃなかったし、三藤さんにも聞かせられない話だった。


「ありがとう、優佳。だいぶ楽になった」


 ゆっくりと立ち上がり、軽く身体を動かしてみる。

 完全に……とまではいかないが、普通に動けるぐらいには回復した。


 俺たちは、ノビてる大男にゆっくり近付く。


「さてと……、コイツの始末、どうつけようか……」

「灯篭の修理費と、迷惑料は支払って頂かないと困りますよね。兄さま」

「まあ、そうだな。それもだが、襲ってきた理由を聞きたかったのに、俺が相手だと全く話し合いにならなかったからな……。やっぱ、雫奈に頼むのが一番か……」

 

 とはいえ、取り調べをするにしても、ここでは目立つ。


「お仕置きするのでしたら、いい場所がありますよ。兄さま」


 そう言うと、優佳は家を指差し、その指を下に振った。


「おお、地下の貯蔵庫か……」

「じゃあ、私はコレを運びますので、灯篭のほうをお願いしますね。兄さま」


 なんだか大男の扱いが雑だが、それだけ優佳は怒っているのだろう。

 自分の祝福が、俺への攻撃に利用されたからだろうか。


「……って、これ、俺が直すのか?」


 崩れた石灯籠の前で、苦笑いする。

 いやまあ、それほど大きなモノではなく、俺の肩程度の高さだったはず。

 それでも材質は石なのだから、ちょっとしたものでも相当な重量だ。


 多少時間はかかったし、完璧とは言えないが、いちおう形にはなった。

 崩しておいたほうが安全な気もするが……

 ともあれ、再び崩れて事故が起きる前に、できるだけ早く修復してもらおう。




 俺は、靴を元の場所に戻すため、裏庭へと回って家に入る。

 優佳が無茶をしてなきゃいいけど……と思うが、その前に三藤さんのほうだ。

 昨日の今日で、何をしに来たのかが気になる。

 

 雫奈は……台所にいるようで、部屋には三藤さんがひとりで座っていた。

 見た所、なんだが元気そうで安心した。

 

「三藤さん、どうも。何だか大変なことに巻き込んでしまって、申し訳ない。怪我をしてたり、気分が優れないなどがあれば、遠慮なく言って欲しい」

「あっ、はい。身体は全然平気です。昨日のお礼で来たのですけど、また助けてもらっちゃいましたね」

「とんでもない。三藤さんには迷惑をお掛けした……」

 

 照れ笑いを浮かべる三藤さんを前に、なんて言葉をかければいいのか分からず、微妙に気まずい空気が流れる。

 そこへ、トレーを持って雫奈が戻ってきた。

 紅茶と……エクレアのようだ。


「栄太はもう平気なの?」

「ああ、優佳に治してもらった。もう、平気だ」

「そう、良かったわ。あっ、これはね、昨日のお礼にって淑子よしこさんが持ってきてくれたのよ。すっごく美味しそうよね。栄太も一緒に頂きましょう」

「そっか。ありがとう、喜んで頂くよ」


 エクレアなんて、いつぶりだろうか。だけど、確かに美味そうだ。

 それにしても、いつの間に雫奈は、三藤さんのことを下の名前で呼ぶようになったんだろう……


「二人、仲良くなったんだ」

「ええ、ちょっと。雫奈さんのお陰で、新しい仕事が決まりましたし、繰形さんもこれから、よろしくお願いしますね」

「……ん? どういうことだ?」


 三藤さんは会社員だったはず。なのに雫奈が新しい仕事を斡旋したってことは、転職でもするのだろうか。


「そうだった。栄太には、まだ話してなかったよね。なんかね、この前の騒動で会社を辞めて来たらしくて。だったら、この神社で働いてもらおうかなって」


 あー、うん。なるほど、それだったら全部の話がつながる。何もおかしなことはない……はず。


 俺は用事がなけりゃここへ来ることはないし、優佳には学校がある。それに雫奈も、何だかんだと神社を離れることが多い。

 だったら、昼間だけでも誰かがここに常駐してもらえると助かる。そうすれば、お賽銭だけでなく店……じゃなくて授与所だっけ、そういうのも開くことができる。

 人を雇う資金はないが、人手が圧倒的に足りていない。だからまあ、こちらの事情をいろいろと理解した上で働いてくれるというのならば、大助かりだ。


 ……って、いやいや待て待て。

 大男の件も含めて、いろいろありすぎて脳の処理が追いついてない感じだが……

 たしか今、三藤さんが会社を辞めてきたって言わなかったか?


「それにね、栄太。もう淑子さんにバレてたみたい」

「バレてたって何がだ?」


 いやまあ、心当たりはあり過ぎるんだが、一応確認してみる。


「その……、私と優佳が、人間じゃないってこと」


 公園で雫奈が現れる場面をバッチリ見られていたし、屋上でもいろいろと見られていた気がする。

 全て気のせいって思ってくれることを、少しは期待していたんだが……


「やっぱりな……」


 俺はそう呟いて、天井を仰いだ。

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