100 ボク、行かなきゃ
鈴音は一人でサッサと俺の部屋へと跳んで行ってしまった。
なんとも羨ましい限りだ。
俺はといえば、再び人々に話しかけられつつ、時間をかけて神社を出て、歩いてアパートまで戻ってきた。
「おかえり、エイ兄」
「ああ、ただいま」
おかえりと言われるのも、ただいまを言うのも、前はかなり奇妙な気分だったが、今はあまり気にならなくなった。
それも、雫奈や優佳の影響だろう。
鈴音は俺のベッドでごろごろしていた。
それを横目に俺はパソコンを眠りから覚まし、早速イラストを描き始める。
元ネタは揃っているので、三人並べて完成だ。……って感じでも良かったのだが、さすがにそれでは手を抜き過ぎる気がして、新しく描き下ろすことにする。
ついでに、三女神たちの絡みというか、一枚絵ならではの一体感を持たせたい。
黒の線を太めにして、極力線の数を減らすのは前と同じだ。
前の印刷物は、思った以上に解像度が高く、線を細かくして潰れることはなさそうだったが、作風は変えないほうがいいだろう。
そうなると、宝具や犬まで入れるのは厳しい。なので、その分、女神に力を入れることにした。
やけに静かなので鈴音を見ると、どうやら寝転がっているうちに眠ってしまったようだ。さすがに気を使って寝たふりをしてるってことはないだろう。
眠りながらも、こちらの動きに気を配る……ぐらいのことはしてそうだが。
気持ち良さそうに眠る鈴音の姿を眺めてひと息入れた俺は、悲劇を回避するために一旦セーブをしてから、残りを一気に描き上げた。
設定資料と照らし合わせて入念にチェックをしてから、完成した画像データを三藤さんに送った。
まだ修羅場が続いてるだろうに、すぐに感謝の言葉が返ってきた。
三藤さんから手放しでお褒めの言葉をいただいた俺は、気分良く雫石の制作に取り掛かる。
三度目の凝固作業が終わった時に、突然背後で物音がした。
どうやら、鈴音が飛び起きたのだろう。少し大きな音だったので驚いたが、鈴音も驚いたように飛び起きていた。
一瞬、怖い夢でもみたのかと思ったが、そんなわけではないだろう。
何かの予兆を感じ取ったのだろうか。
「鈴音、どうした?」
「ごめんね、エイ兄。ボク、行かなきゃ」
「おい、ちょっと待て。どこへ……」
こっちの呼びかけにも答えず、慌てた様子で姿を消した。
俺を置いてったってことは、一人で何とかできるってことなんだろうけど、いつもの余裕が全く感じられなかった。なんだか嫌な予感がする。
さすがにこれは放っておけないが、どこに行ったのかも分からないだけに、追いかけることもできない。
とりあえず仕掛かっていた雫石を完成させ、道具を片付ける。
爺さんなら何か知っているかもと思ったが、秋月神社に行くよりも手っ取り早い方法に気が付いた。
俺はベッドに横たわり、視界を切り替えて内緒話をすることにした。これなら物理的な距離は関係ない。
「おい鈴音、どこへ行った。大丈夫なのか?」
……返事がない。
代わりに優佳の声が返ってきた。
「どうしたのですか? 兄さま」
「俺にもよく分からんが、いきなり鈴音が、なんの説明も無しに慌てた様子で跳んで行った。ここなら会話できるかと思って呼びかけたんだが、返事が無い」
「……そうですか。あいにく今は、私も姉さまも手が離せないので、鈴音のことをお願いしてもいいですか?」
「そうしたいところだが、どこへ行ったのかも分からんからな……」
「でしたら、このまま精神世界を移動して、美晴さんの家の様子を見てもらえませんか?」
「郡上の家か?」
なぜ突然、郡上家の話が出てきたのか不思議だったが、優佳のことだ、何か気付いたことがあるのだろう。
それに、あれだけ鈴音が慌てて飛び出して行ったのだ。美晴の身に何かがあったのかもしれない。
豊矛様の娘である鈴音は、美晴のお守りにと思って作った犬を依り代にして顕現した。だから、俺の想いが反映されているのなら、美晴のお守りとしての役目を果たそうとするだろう。
つまり、優佳が懸念する通り、美晴や郡上家に何か異変が起こったと考えたほうがいいだろう。……もちろん、何もないのが一番だが。
「わかった、やってみる。このまま会話を続けても平気か?」
「もちろんですよ、兄さま。しっかりお願いしますね」
「行くのは構わんが、優佳たちには向こうの様子が分かるんだろ?」
「そうなんですけど、兄さまの視界があれば、情報の共有が簡単なので」
「よく分からんが、行ってみる」
会話をしつつも、すでに俺は視点を動かし始めていた。
精神世界の中だけでも、瞬間移動のようなことが出来れば便利なのだが、その方法が分からない。
もちろん、まぐれで跳んだことはあるが確実性がない。これを機会に実験してみるのもいいが、今は時間と霊力が惜しい。
精神世界に潜らない監視モードなら、視点移動が自由自在だとはいえ、移動速度にも限界がある。それに、あまりやり過ぎると酔って気分が悪くなる。
少しもどかしいが、高度を上げ、障害物を避けて一直線に向かう。
別に高度を上げなくても、障害物を突っ切れば早いのだが、途中で人の魂に接触してしまったら危険だし、何かトラブルが起きれば余計に時間がかかってしまう。
そんなことを考えているうちに、現実世界でダッシュするよりも遥かに早く、目的の郡上家にたどり着いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます