09 こどものけんか

 そういえば、あの公園はボール遊びが禁止だった。

 雫奈に気を取られていて、そのことを完全に忘れていた。

 だからといって、今さら戻って注意するのも変だ。


 どうか少年たちよ、事件とか事故とか、起こしてくれるなよ。

 そうでないと、俺が後悔するし、雫奈も悲しむだろう。

 そんな事を、心の中でそっと祈った。




 祠に手を合わせた後、雫奈を待っている間にメッセージをチェックする。

 あれ、珍しい……

 いとこの郡上美晴ぐじょうみはるからだった。

 どうやら叔父さん──美晴の父が、俺のことを心配してるらしい。

 その気持ちは嬉しいが、ちょっと過保護すぎる気もする。

 仕事も順調で、全く問題ない。……と返信する。


 さすがに、雫奈の事は伝えられない。

 とてもじゃないけど、きちんと説明できる自身がない。

 土地神と一緒に世直ししてます。……なんてものを送ったら、心配になって、すっ飛んでくるに違いない。

 そうでなくても、絶対に面倒なことになる。


 チラリと隣を見る。

 どうやら雫奈も、祠の神様との会話が終わったようだ。


「そろそろメシの時間だが、どうする? どこか近くの店に寄ってもいいけど」

「ちょっと待って。その前に行くところがあるの。栄太も付いて来て」


 おそらく祠の神様から、何かを聞いたのだろう。

 仕方がないので、素直に付いていくことにする。


 人通りの少ない場所だったけど、脇道に入ったらさらに人の気配がなくなった。

 木々に囲まれた小道を進むと、何かの施設だろうか、コンクリートの壁が見えてきた。

 それに人影も……

 どうやら、子供たちのようだ。


「……見つけた」

 

 雫奈が探していたのは、この子たちなのだろう。

 三……、いや四人か?

 なんだか剣呑な雰囲気だ。


「アイツら、こんな……」

「シッ、静かに」


 立てた人差し指を自分に口元に当て、静かにするよう指示された。

 なので、声を潜めながら、もう一度問う。


「アイツら、こんなとこで何やってんだ?」

「まあ、あんまり愉快な話じゃないのは確かよ。栄太、近付くけど、気付かれないようについてきて」


 すぐ前を、雫奈が音も無くどんどん進んでいく。

 さすがの身のこなしだ。

 こっちも頭を低くして、そっと後を追う。


「なんだか言い争ってるようね」

「止めるか?」

「ちょっと待って。できれば誰も逃がしたくない。すぐに準備するね」


 何をする気なのか分からないが、言い争いの様子を探りながら大人しく待つ。

 念のため、周りも観察して、木の配置や隠れられそうな場所を確認しておく。


「栄太、お待たせ。合図を出したら、地面に座り込んでる子を取り押さえて。かなり狂暴だから、気を付けてね」

「狂暴? ……おう、任せろ」


 見たところ、相手は小学生か、せいぜい中学生。

 さすがに、こんな子供に負けるつもりはないが……

 せっかくの神のお告げだし、せいぜい気を付けることにしよう。


 ポンと背中を叩かれる。

 たぶん、これが合図だ。

 できるだけ音を立てず、死角を意識して進んでいく。

 どうやら、座り込んでいる一人と、立っている三人との喧嘩のようだ。

 もうすでに、暴力が振るわれている。


「ちょっとあなたたち、こんな所で何をしてるのかな?」


 雫奈の姿を見て、子供たちが驚いている。……いや、もがいてる?

 どうやら植物のツルが、足に絡まっているようだ。

 みんながそちらに気を取られている隙に、俺はターゲットの背後から、そっと近づく。

 あと少し……


「栄太っ!!」


 雫奈のそんな声、初めて聞いた。……と思ったら、光が迫ってくる。

 子供とは思えない気迫と鋭さで、振り向きざまに突いてきた。

 半身を引いて空を切らせ、目の前の手首を素早くつかむ。


 コイツ、刃物なんて持ってやがったのか。

 しかも、迷いなく心臓を狙ってきやがった。

 神のお告げのお陰で助かった。警戒してなかったらヤバかった。

 子供の喧嘩だと思っていたけど、大事件じゃねぇか……


 そのまま手首をひねり上げる。

 手から離れたカッターナイフを、地面に落ちる前に遠くへ蹴り飛ばしておく。

 さらに、相手の腕をひねって背後を取り、顔を地面に押し付けるようにして動きを封じる。うつ伏せになった相手は、激しく抵抗をするが、こうなっては簡単には抜け出せない。……はずだ。


 刃物にビビったか、三人組は怯えてへたり込んでいる。

 そんな子供たちの前に、仁王立ちする雫奈。


「あなたたち、ケンカなんてしちゃダメでしょ」


 コツン、コツン、コツンと軽く頭にゲンコツを落として行く。

 いやいや雫奈さんや、幼稚園児じゃないんだぞ。

 心の中でツッコミを入れるが……


「「おにいさん、おねえさん、ごめんなさい。もう悪い事はしません」」


 へたりこんでた奴らが普通に立ち上がると、憑き物が落ちたような晴れやかな笑顔で、声を揃えて謝ってきた。

 何がどうなったのか……

 拘束が解かれた三人組は、頭をペコリと下げて、笑顔のまま去っていった。

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