ep.02

07 生活感のない部屋

 目覚めたら朝だった。


 徹夜明けで雫奈と出掛けて……

 たしか、疲れ切って帰ったきて……それで、翌朝を迎えた。

 その間の記憶が、怖いぐらいにない。


 ちゃんとベッドで寝ていたようで、寝間着代わりのラフな格好になっていた。

 身体から石鹸の匂いがするし、ちゃんと頭も洗ったようだ。

 ジャケットやカバンはいつもの場所にあるし、ケータイの充電も完了している。

 買ったものは棚に並んでるし、たぶん、冷蔵庫にも入れてあるのだろう。

 おまけに洗濯物も干されている。


 そっか、夢か……

 そりゃそうだ。いくら何でも無茶苦茶すぎる。

 祭神の変更とか、雫奈が宮司とか。おまけに俺が神主とか……

 悪い夢にもほどがある。


 とりあえずパソコンを眠りから覚まして、メッセージを確認する。

 特に問題はなさそうだ。

 とにかく普段通りに過ごすのが一番。まずは着替えてから朝メシだ。


 目覚めの日課をひと通り終わらせると、少し心に余裕が生まれた。

 やはり、一応確認したほうがいいだろう。

 静熊神社……だったか。

 窓からその場所を見てみる。

 ここからだと、神社は木や建物の陰になっていてよく見えないが、見覚えのない新しい石柱だけがやけに目立つ。

 ……冷静になれ! 俺!

 前からあったけど、俺が気づいていなかっただけって可能性もある。


「雫奈、ちょっといいか?」


 ……留守なのか?

 そう思った瞬間、キラキラとした粒子が部屋の中に満ちていく。

 この光には見覚えがある。

 まさかと思いながら見つめていると、収束して人の姿になった。


「栄太、起きたのね。何か食べる?」

「いや、もう食った。……じゃなくて、今のは何だ! どっから現れた!」

「ん? 栄太に呼ばれたから、神社から飛んできたんだけど?」


 もはや、何でもアリだな……


「……って、神社から?」

「そうよ。今のところ、ここと神社しか繋がらないけど、でも便利でしょ?」

「まあ、よく分からんが……って、そうだ。昨日の話だ。アレって本気なのか?」

「静熊神社のこと? もちろん本気よ。私の活動拠点になるんだから、少しでもいい場所にしなきゃね。今も掃除してたところ」


 早朝に神社の境内を掃除する、巫女姿の雫奈……

 それもいいなっ!

 あーでも、宮司なら宮司の衣装だよな。どんなだっけ……


「栄太、どうしたの?」

「あっ、いや。………ずっと、その服なんだなって。春っても、まだ寒い日もあるだろ? ブラウスにホットパンツじゃ、さすがに寒そうだなって」


 妄想を封印して、全力で平然を装い、常識的に答える。

 とっさに出た言葉とはいえ、冗談抜きで、この格好では辛いだろう。

 もう少しあったかい服を着ればいいのに。


「あっ、平気平気。気温の変化は感じるけど、だからって人みたいに体調を崩したりしないし。それに、栄太が決めてくれた服だからね」


 いやまあ、その気持ちは嬉しいが……

 そう言われると、なんだか俺が無理やり、そんな恰好をさせてるみたいだ。




 そういえば……と、ふと思いつく。


「雫奈の部屋って見たことないな。ちょっと見せてもらってもいいか?」

「えっ? べつに構わないけど、どうしたの?」

「いや、ちょっとな……」


 この壁を越えるのは初めてだ。

 とはいえ、そっちを向けば、通路越しに部屋の中が勝手に見える。今まで意識してなかったが、よくよく考えれば、その風景が全く変わらないのは少し変だ。

 少しぐらい何か物が増えていても……何か変化があっても、いい気がする。

 中に入って、軽く部屋を見回す。


「…………だよな」


 思った通り、シンプルそのもの。

 ベッドどころか冷蔵庫も無い。何も無いガランとした部屋だった。

 押し入れを開けてみる。

 この前見た敷物とテーブル、あとは、なつかしのバランスボールとブタの貯金箱……いや、蚊取り線香立てか?


「あっ、それ。この前、助けた人からもらったの。テーブルとマットは、さっそく役立ったよね」


 玄関には靴もないし、靴箱も空っぽ。

 あとは、キッチンの棚ぐらいか……


 引き出しを開けると、ひとり分の箸や食器が入っていた。

 足元の戸棚にはフライパンと鍋。オタマやフライ返しもある。

 なんでキッチン用品だけ、揃ってんだ?

 ……なんて思い、ついつい苦笑する。


 たしか、食べるのは大好きって言ってたけど、それにしては肝心の食材がない。

 上の戸棚を空けてみる。


「あー、なんだ、雫奈さん? ここ、冷蔵庫じゃないんだが。なぜ卵と牛乳がこんなとこにあるんだ? あーほらこれ、牛乳の日付、切れてるし……」

「いや、だから私は女神なんだって。ちゃんと鮮度は保ってるから平気だよ。私だって腐ったものは食べたくないし」


 女神の力、こんなことに使っていいのか?

 まあ、それより……


「見たところ、着替えの服がないんだが。ずっとその格好なのか?」

「えっ? あっ、もしかしてコレのこと?」


 身体からキラキラした粒子が舞い散り、収束すると、エプロンが現れた。


「いや、そうじゃなくて、他の服だって」

「ん~、そうね。あとはコレぐらいかな。」


 雫奈は再び衣装を変える。

 ま、まさか、これは……


「おおっ! お嬢様風清楚ワンピか。しかも、ツバ広の麦わら帽子付き!」


 確かに、この姿は初めて見る。……等身大サイズでは。


「……って、これも俺が作ろうって思ってた服じゃねぇか。そうじゃなくて、今の季節に外を出歩いても変に思われない、あったかそうな服は無いのか?」

「これで全部かな。でもまあ、どれも気に入ってるし、別に変じゃないでしょ?」

「いや、変だし、大問題だ。そもそも洗濯はどうしてんだ?」

「えっ? 必要ないよ。服、汚れないし」


 まあ、そう言われそうな気がしてた。だが……


「あーなんだ。俺が言うことじゃないかも知れんが、人に溶け込んで活動しようってんなら、もうちょっと人らしく振る舞ったほうがいいぞ」

「たとえば?」

「服は汚れるもので、洗うのが普通。だから、毎日同じ服を着てたら、変な目で見られることもある。しかも、季節に合わない服をずっと着てたら、絶対に変だと思われる。だから季節に合った服を着て、時々……っていうか、できれば毎日着替えたほうがいい」

「そう言われてもね……」


 あまり関わるつもりはないが、すでにどっぷり関わってる気もするし、今後も一緒に出かける機会も増えるだろう。

 それを考えれば、あまり変な噂が立ったら、俺が困る。


「仕方ない。だったら買いに行くか? 無茶な量じゃなきゃ、買ってやるぞ」

「まあ献上品って意味じゃ嬉しいけど、やっぱり栄太の想いが詰まった服のほうが、安心できるんだよね。だからほら、パソコンでパパッと作れない?」

「絵じゃないんだから、衣装ひとつ作るのにどれだけ掛かると思ってんだ」

「思いが詰まってたら、別に絵でも文章でも、木彫りの人形でもいいわよ」

「ホントにそんなこと出来んのか? ……でもまあ、試してみるか」


 少し目を閉じて心を落ち着けた俺は、頭の中でどんなものがいいだろうかと考えつつ、パソコンを操作してモニターをにらみつけた。

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