51 こんなに可愛かったんだな

 さて、どうしたものか……

 視界をこの形にするだけでも相当に苦労したのに、それを更にカスタマイズするとなったら、もっと苦戦すると思われる。

 コツは、固定概念を捨てて思考を柔軟にすること。とはいえ発想が自由過ぎると意味不明なことになる。だからまあ、この視界で新しい常識を作って当てはめる感じだろうか。

 

 真っ先に手を付けるべきは、やはり人の魂に関してだろう。

 魂の解析をするのだから、その状態が分からないと話にならない。

 ケガレを分かりやすく……どれぐらい白いのか、黒いのかがひと目で分かったら便利だ。それに加え、原因が読み取れるようになれば、なおいいんだが……

 それに呪いだ。

 呪いは魂に蛇のように絡みついていた。

 だったら、ケガレは身体に刺さったトゲ、呪いは巻きつく蛇のように、分かりやすくすれば……


 イメージすると言われたら難しそうだけど、デザインを考えると思えば、それなら俺の得意分野だ。

 とにかく分かりやすく、扱いやすくするにはどうすればいいのか……

 デザインした内容を「ここはそういう世界なんだ」と、自分自身で思い込む必要がある。それも無意識レベルで。これが難しい。


「よし、いくぞ!」


 気合を入れて、意識を周囲に向ける。


 殺風景だった貯蔵庫だが、多くの精霊や妖精が居るのが分かった。

 そのせいか、視線を向けると一瞬だけ精霊たちが姿を現す。それぞれお辞儀や手を振ったりしてくれるのは、たぶん挨拶をしてくれているのだろう。

 すぐに消えるのは、異変や用事がある時だけ姿を現すようにと設定したからだ。

 それでも、歓迎してくれている気持ちが伝わってくる。


 さあ、ここからが本番だ。覚悟を決めて、正面を見つめる。

 ちゃんと時末が、人の姿に見えている。

 それに重なるようにして、球形の魂が見える。少し明るい灰色で、三十八%という数字が表示されている。零が白、百が黒とした魂の色だ。

 そこに、黒い蛇が巻きついている。


 とりあえず成功……だと思う。


「こんな感じだが、どうだ、雫奈」


 そう言いながら左を見る。


「……えっ?!」


 思わず「誰だ?」と問い質しそうになったが、この感じは間違いなく雫奈だ。


「……うん、その姿も悪くないぞ」


 金髪碧眼の美少女。……なのだが、どう見ても子供だ。

 西洋の女神っぽい衣装が、よく似合っている。


「どうやら、私たちとつながったことで、本来の姿が見えるようになったのですね。兄さま」


 反対側から聞こえる声は間違いなく優佳なんだが、話し方がとても……なんというか色っぽい。

 こっちは、スタイルの良い豊満な女性だった。

 ピンク髪を結い上げ、色白ながらも健康的な身体を、黒くて露出度の高い悪魔装束に詰め込んでいる。当然、角や尻尾、コウモリ状の翼も完備だ。


「なるほどな。高笑いに煽り目線、あの行動の理由が分かったよ。この姿だったら、ああなるな……」

「分かって頂けましたか? 兄さま」

「そうだな。逆に、その姿でその口調だと、違和感しかないな」

「兄さまに少しでも気に入って頂けるようにと、努力したのですよ。今では、この話し方が普通になりましたけど」

「そっか、ありがとな。できたら今も、もうちょっと普通の、悪魔っぽくない格好になってくれるとありがたいんだが……できるか?」

「もちろんですよ、兄さま」


 目の前で、一瞬にして、羽衣和装の土地神姿に変わる。

 ちゃんと、角や尻尾、翼も消えている。

 ピンク髪なのは少し違和感があるが、結い上げ方が変わるだけで、すごく清楚な雰囲気になった。


「おお、これはこれで悪くない」

「この姿の時は、ユカヤと呼んでください。兄さま」

「それだと雫奈は………シズナのままだな」


 優佳が神名のアキツユカヤヒメから取ってユカヤと名乗ったのなら、雫奈の神名はアキツシズナヒメなので、そこから取るとしたらシズナとなる。


 再び、小さな雫奈の姿を見つめる。

 なるほど、これが本来の姿だったのか。道理で言動がたまに幼かったり、やけに素直だったりするわけだ。

 ……なんてことを思っていると、ムッとした表情で雫奈が俺の服を引っ張ってきた。


「えっ? 服?」


 そこで、自分も人の姿になっていることに気付く。

 手も足もあるし、触れば顔もある。もちろん服もそのままだ。

 今になって気付く。視覚しかない世界なのに、二人の声が聞こえている。それに、こうして触れることもできている。

 でも、敷物に手を伸ばしても触っている感じがなく、すり抜けてしまう。


 そんなことをしていると、再び雫奈が強く袖を引っ張ってきた。

 小さな雫奈は、頬を膨らませて目をうるうるさせている。


「おお、悪かった。雫奈の本当の姿って、こんなに可愛かったんだな」


 頭を優しく撫でてやる。

 こんなこと、現実世界ではなかなかできない。


「そんなことはいいから、栄太、いつもより消耗が激しいから、早く戻らないと」


 テンションが上がって分からなかったが、言われてみると、かなり疲れている感じがする。

 周囲の情報を閉じ、意識を自分の中へと集中させる。

 意識のブレを感じてから、ゆっくりと目を開けた。


 現実に戻った瞬間、一気に虚脱感が襲ってきた。

 あれっ、ヤバイ、また意識が……

 気絶に慣れてきたせいか、これは昏倒するレベルだと分かってしまった。


 それにしても、容姿通りの少し舌っ足らずなシズナの声、可愛かったな……

 薄れていく意識の中で、俺は小さな雫奈の姿を思い浮かべた。

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