86 初めてのお散歩
秋月神社に戻ると、豊矛様が出迎えてくれた。
もしやと思っていたが、やはりこの爺さんは動物好きだったようだ。
「スマンな、爺さん。また厄介になる」
「な~に、構わんよ」
「さすがに鈴音は、まだのようだな。こいつが溺れていたのを鈴音が助けた。今は買い物に行ってもらってる」
「承知しておるよ。娘のワガママを叶えてやるのが親の役目じゃからな。どれ、ちょっとワシに見せてみよ」
まだ湿っているし、汚れているからどうかと思ったが、爺さんは一切ためらうことなく、俺から子犬を受け取った。
「鈴音の見立てでは、寒さと飢えがあるそうだ。湯の出るシャワーでもあればいいんだが……」
「そうじゃな。ついでに栄太も身体を洗うがよい。さすがに、そのまま帰すわけにもいかぬからな。秋月様が湯殿の用意をしておるよ」
「鈴音には子犬のメシを買ってくるように言ったんだが……」
「それも全部、ワシに任せるがよい。な~に、悪いようにはせん」
本物の巫女が現れ、何が何だか分からないまま建物の中に通され、浴室にまで来てしまった。
寮のような、集団生活をする場所なのだろうか。四、五人は一緒に使えそうなほどの広さがある。
さすがに木製の湯船は空だったが、シャワーが使えるだけでもありがたい。
身体や髪もしっかり洗って臭いを落とし、さっぱりした気持ちで脱衣所に戻る。
そこには俺の服が置いてあった。きちんと畳まれた状態で。
驚いたことに、汚れやシミが一切なく、子犬に提供した肌着までもがそろっていた。洗濯したてのような綺麗な状態で、ドブ臭もない。それどころか、なんだかいい香りがする。
カバンも、子犬を拭った手拭いまで綺麗になっていた。
どう考えても人の仕業ではないだろう。だが、とにかく、ありがたい。
鈴音の気配がするので、脱衣所を出てそちらへ向かう。
一緒に居るのは爺さんと、もうひとつは子犬だろう。
この建物は、お客用なのだろうか、それとも最初に感じた通り寮か何かだろうか。いまいち判別できないが、玄関で靴に履き替えて外へ出た。
「爺さん、ありがとう。さっぱりしたよ」
「それはよかった。ほれ、こやつもこの通りじゃ」
「見違えるように綺麗になったな。それに、元気そうでよかった」
その子犬は、こちらを無視したまま、凄い勢いでガツガツと食べ続けている。
鈴音が買ってきたペットフードだろうか。本能のまま、無我夢中って感じだ。
「よっぽど腹が減ってたんだろうな。お手柄だったな、鈴音」
頭を撫でてやると、鈴音は気持ち良さそうに目を細めた。
それはいいんだが……
「まさか鈴音。そのまま店に行ったのか?」
俺の言葉に不思議そうな表情を浮かべながら、鈴音がコクリとうなずく。
「うん、そうだよ。なんかね、可愛いからってオマケしてくれた」
「そりゃ良かったが、出来れば他人が見ている前では、耳と尻尾は外そうな」
「えー、ダメなの?」
そんなに驚かれても、こっちが困る。
小銭入れと一緒に渡されたレシートはペットショップのものだった。こんな時間に店が開いていたのは幸運だったが、ペットショップとはいえケモミミ少女が来店したら驚くだろう。
いや、ペットショップだからこそ、この格好を受け入れ、可愛いからとサービスしてくれたのかもしれないが……
俺としてはダメってことは全然ないのだが、悪目立ちしたらロクなことがない。
これが原因で変なことに巻き込まれたら、これでも神様なだけに滅多なことにはならないとは思うが、鈴音が心配なのはもちろん、相手が可哀想なことになりそうだ。
それをどう説明しようかと答えに窮していると、爺さんが助け舟を出してくれた。
「鈴音よ。それは皆に喜んでもらうために付けておるのじゃろ?」
「うん、みんな笑顔になるよ」
「じゃが、毎日付けて、それが当たり前になったらどうじゃ。皆が喜んでくれると思うか?」
「う~ん、どうかな。みんな飽きちゃう?」
「飽きる? ……そうじゃな。新鮮味が無くなれば興味を持たなくなるやも知れぬ。だからじゃ、それはここぞという時に付けて、皆を楽しませればいい。ワシの言ってることが分かるか?」
「うん、分かった。ここぞって時だね」
「じゃがまあ、ワシらや栄太たちがいる時は、付けていても構わんじゃろ。それに、秋月様がいる時は、ぜひ付けて見せてやってくれ」
「はーい」
いい返事だ。
さすが爺さんだ。見事に鈴音を説き伏せてくれた。とても俺には、真似できそうにない。
「なあ、爺さん。その子犬、どうする? 元気になったことだし、元の場所に戻してやってもいいが……」
「こやつは野良じゃからの。まあ、後の事は、ワシに任せておけ」
「では、……お願いします」
まあ、爺さんに任せておけば間違いはないだろう。
さてと、思わぬ時間を食ってしまったが……
「俺はそろそろ戻るが、鈴音はどうする?」
「う~ん、みんなが心配するから、ボクも帰るね」
鈴音に会いに来る者といっても美晴ぐらいだろいうし、こんな時間に来ることはないだろう。とはいえ、万が一ってこともある。
「あー、だったら、俺が散歩に連れ出したことにすればいい。まだここに居たけりゃ、少しぐらいなら付き合うぞ」
子犬は、食欲が満たされたのか、今は水を飲んでいる。それも一生懸命に……
見てるだけでも癒される。
「ううん、もう大丈夫だよ。エイ兄、一緒に帰ろ」
「そっか、わかった」
ぽんぽんと犬耳ごと鈴音の頭を撫でてやる。
「じゃあ爺さん、失礼するよ。今日はいろいろ助かった」
「構わんよ。これもまた運命じゃからの」
俺たちは深々とお辞儀をして、別れを告げた。
人目につく場所に出る前に、鈴音は犬の姿になって横を歩き始めた。
「散歩するなら首輪とリードが必要だな」
とはいえ、そんなものを付けたら窮屈で仕方がないだろう。
そんなことを思っていたら、鈴音がハッとした様子でキラキラ粒子で何かを作り、口に銜えた紙袋を渡してきた。
「ゴメン、エイ兄。渡すの忘れてた」
紙袋を開けてみると、中には新しいリードと首輪が。だけど、レシートにはそれらしきものはなかったはず。
「おー、用意がいいな。けどこれ、どうしたんだ?」
「豊矛様からのプレゼントだよ」
「そっか。爺さん、用意周到だな。助かったけど、礼を言いそびれたな」
「ボクがお礼をしたから大丈夫」
シンプルながらもワンポイントが可愛い首輪だった。それにリードは、不思議な形状ながらも使いやすそうだ。
装着してやるとよく分かる。まるで鈴音のために作られたもののように、良く似合っていた。
「ホントに爺さん、娘の事もだが、動物の事も好きなんだな……」
そんなことを思いながら、鈴音との散歩を楽しみつつ、静熊神社へと戻った。
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