ep.10

73 こういう苦労は嫌いじゃない

 透き通る立方体の型に、空気が残らないよう細心の注意を払いながら、そっとレジン液を注ぎ込んでいく。

 ほんの数ミリ注いだところで、右に左にと軽く傾けながら、コンコンと軽く衝撃を与えて気泡を浮かせていく。

 何度かの工程を経て、なんとか半分ほどまできたが、複雑な形の犬を封入しようとして、かなり苦労していた。

 先に犬をレジンでコーティングしておいたが、さあどうなるか。


 犬の中心には、ご神木の粉末──神木粉を混ぜ込んだ粘土が仕込んである。

 例の、ほとんど力を使い果たした枝を、粉末にしたものだ。

 お守りの効果があると優佳も言っているので、その点は心配していないのだが、気軽に持ち運べるアクセサリーに加工しようと、それこそ気軽に始めたら、思ったよりも大変なことになった。

 だがまあ、こういう苦労は嫌いじゃない。


 夜の間に少しでも進めておきたい……と思っていたのだが、日の出どころかすでに昼も近くなっていた。

 作りかけのものを、ほんのりと熱を放つ待機中のパソコン本体の上に置くと、できるだけ光があたらないよう覆いを被せておく。

 このまましばらく放置だ。


 待っている間に、配布用お守りの続きに取り掛かる。

 知り合いに配る分も含めて、とりあえず六十個ほどあれば十分だろう。

 窓辺で太陽に晒していた物を手に取る。

 通販で買ったアクセサリー用の型枠で、ほんの少しだけ神木粉を封入したレジン液が入っていた。

 指で触ってみるが大丈夫そうだ。ちゃんと固まっているようだ。

 型から取り出して紙の箱に並べていく。これでやっと三十個を超えた。

 形は雫奈にちなんで雫型に。大きさは小指の先ぐらいで厚みはない。

 それを、アキツシズナヒメとアキツユカヤヒメが印刷された二種類の和紙で用途別に包もう……と考えているが、まだ和紙の調達や印刷方法までは調べていない。さらに言えば、イラストもまだだ。


 ともかく、型に新たなレジンを注ぎ、その途中で神木粉をパラパラとまぶして封入していく。気休め程度だが気泡を抜くため、軽くコンコンと衝撃を与える。

 これも、ほんのしばらく温かいパソコンの上に置いて様子を見て、目立つ気泡がなくなっていれば陽光に晒すことになる。


「さてと……」


 この待ち時間で、お守りに封入するイラストを考える。

 もちろん、静熊神社の祭神である、アキツシズナヒメとアキツユカヤヒメのイラストだ。

 やはり本来の姿で描くべきなのだろうが、日本の土地神なのに金髪やピンク髪っていうのはどうだろうか。とはいえ、あまりにもアレンジし過ぎるのは、二人の存在を否定するようで可哀想だ。

 ならば、髪色や姿はそのままで、服や装飾品、髪型などを日本の神様っぽくアレンジするしかないのだが……それはそれで難しい。

 でもまあ、お守りの中を空けるような罰当たりはそうそういないだろうし、悪魔姿はともかく西洋女神風の姿なら別にいいような気もするが。


 考えてみれば、俺はお守りの中を見たことがない。

 わざわざ確認しようとは思わなかったからだが、昔に覚えている手触りで、なんだか硬い札のようなものが入っているんだと思っている。

 想像では、墨で文字や文様が描かれた木の札でも入っているんだろうと思っているのだが……

 だったらカラーにする必要もないので、髪色の問題は解決する。


 ペンタブを取り出してパソコンに向かう。

 色は気にせず、シズナは元気で可愛く、ユカヤは優美で気高くって感じを意識しながら、どちらも羽衣和装の姿で描く。

 印刷時の解像度が分からないので、なるべく線の数を減らして太めにするよう心掛ける。それでも、萌え要素だけはしっかりと押さえておく。かといって、完全な萌えキャラにすると神社っぽくないので、そこは抑えるつもりだが……他人からはどう見えるのか、ちょっと心配だ。

 欲を言えば二人……二柱の専用武器、弦楽器のような銃と、虚空から現れる鎖も表現したかったが、さすがにごちゃごちゃし過ぎて全体が黒くなり、キャラの魅力が埋没しそうなので諦めた。

 ここまできたら背景を付けて着色して、立派なトレカに仕上げたくなるが……お守りを開けたらトレカが出てきたっていうのは、さすがにシュール過ぎる。

 それはそれで面白いかも……という欲望を抑え、いつでも三藤さんたちに確認してもらえるよう自分のケータイに送っておく。


 思ったよりも、かなり早く終わってしまった。

 まだ昼食まで時間があるし、ひと眠りしてもいいんだが……

 もう一度、犬アクセの状態を確認してみる。

 ……どうだろうか。見た感じでは大丈夫そうだが……

 細かな細工物を沈めて、立方体の七割ぐらいまでレジンを注ぐ。

 これでしばらく様子を見てから固めることにしよう。


 一般向けのお守りのほうは、もう大丈夫だろう。

 見た感じ大きな気泡は無さそうだし、いくつか泡を楊枝で潰してから、太陽光の当たる窓辺に置く。

 多少適当でも、見た目が不格好でも、お守りとしての効力に影響はない。


 さて、どうしようか。

 犬アクセを窓辺に移して考え込む。

 久しぶりに「姫」や「妹」の調整をするのもいいけど、巫女服の3Dモデルなんてものも作ってみたいところだ。とはいえ、そんなことを始めたら、暇つぶしどころではなくなるのだが。

 それなら、本格的にお守りにできないかと、神社へ相談しに行こうか。

 もちろん、雫奈や優佳ならば呼べばすぐに来てくれると思うが、こんな用件で呼び出すのはさすがに申しわけない。


「買い物ついでに、神社の様子を見に行くとするか……」


 そう呟いて、俺は外出する準備に取り掛かった。

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