26 親父の電話
お気に入りの秋月神社で、丸太ベンチに寄りかかりながら、風景を楽しむ。
ここに来たのも久しぶりな気がする。
今日もいい陽気なのだが、こういう時に限って邪魔が入るものだ。
……と思っていたら、ポケットの中が振動した。
通話の着信とは珍しい。
周囲に誰もいないことを確認して、通話を始める。
「もしもし、俺だ」
「あー、詐欺なら間に合ってるんで……」
こっちは相手の名前を確認してから話しかけているし、俺で通じる相手だと分かって話しているのに、相手はつまらないボケを返してきた。
なに言ってんだ、コイツ。……とは思わない。いつものことだ。
「そっちから、掛けてきたんだろ? 用が無いなら切るぞ」
「まあ慌てるな。オレだよ、オレ。お前のヒーロー『お父さん』だよ」
正直なところ、本気で切りたくなってしまったが、そういうわけにはいかない。
残念なことに、これが俺の親父だった。
普段は真面目な常識人だが、なぜか電話越しだと、こんな調子で、話すだけでもメンタルがごっそり削られる。
だが丁度いい。……というか、掛かってくるのを待っていた。
聞きたい事が山ほどある。
とはいえ、まずは……
どうせいつもの確認だろうが、一応、要件をたずねる。
「で、何か用か?」
「用ってほどのもんじゃないが、我が愛息子の様子が気になってな」
親父からの要件といえば、そんな所だろう。
さあ、話はここからだ。
まず素直に答えるとは思えないが、少しでも情報を引き出せればそれでいい。
「ああ、問題なくやってるぞ。なぜか叔父さんは、俺の事をかなり気にかけてるんだが……」
「まあ、だろうな」
「親父、まさかあのことを話したのか?」
「そんなわけ無かろう、我が息子よ。お父さんが、家族を裏切ることなど、あるものか。……まあ、親戚連中の噂話ってものも馬鹿にならんからな。どう脚色されたか分からんが、どうやら前々から知ってたようだぞ」
昔からチビだとからかわれることが多かったが、一度だけ、その相手をシメたことがあった。それも、徹底的にだ。
その結果、狂犬と恐れられ、まわりから敬遠された時期があった。
知られたところで俺は一向に気にしないが、そのことを知った叔父さんが、もし心配してくれているのなら、かなり申し訳ない。
狂犬の世話を託されたと勘違いして、心労を募らせていたりしないだろうか。
「そういや俺のアパートに、美晴が抜き打ち検査に来たんだが、まさか親父の差し金じゃないだろうな」
「おお、その手があったが。さすが我が息子、それに思い至るとはな」
「そうじゃなくて、実際、美晴がやってきたんだが?」
「弁明さえてもらえれば、その件には全くのノータッチだ。てか、お父さんも郡上の家とはあまり交流がないからな。お母さんは……するわけないな」
あの放蕩な母さんが、そんな面倒なことを考えるはずがない。
「ちなみに母さんは、いつものか?」
「今は風音の所だな。その後は……どこへ行くのやら」
どうやら姉の家に滞在しているようだ。
居所が分かっているだけでも珍しい。
「で、どうだ。美晴ちゃんも年頃だろ? 美人になってたか?」
「美人ってのとはちょっと違うが、元気で明るい子だったよ」
「…………そうか、明るかったか……」
ん? どうした?
その沈黙は気になるぞ。
「なんか、意外そうだな。美晴が明るいと、何か変なのか?」
「いやあ、いつも辛口の息子が、素直に褒めたから、つい。そっか、近々孫の顔が見られるんだな。お爺ちゃん、困っちゃうな……」
「まさか姉さん、子供を産むのか?」
それは一大事件だ。
「違げぇよ。我が愛息子と美晴ちゃんの子供だよ」
「親父、冗談もほどほどにしとけよ。俺は犯罪者になるつもりは無いし、これ以上叔父さんに迷惑をかけるつもりも無いんだからな」
……いつもコレだ。
結局、何の話か分からなくなってしまった。
「じゃあ、もう切るぞ」
「そうだな。じゃあ我が愛しの息子よ、しっかり美晴ちゃん支えてやって、早く元気な孫の姿を見せてくれよ」
最後まで、何を言ってやがる。
無言で切ってやった。
とにかく疲れた。その割に、内容がなかった。……まあ、いつものことだ。
親父は相変わらずだし、母さんと姉さんも元気そうだ。
叔父さんは……まあ、美晴を通じで安心させてあげればいいだろう。
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