17日目 ニョークシティで狙われて




 ヒロが異世界に転生して17日目の朝が訪れた。

 時刻は午前7時。

 天気は晴れ。風は微風。

 【ニャガラの滝】から南西に10kmほどの地点の上空30m。

 【流星4号★キューブ★333】の中。

 床、壁、天井、全てを厚さ20cmのメガミウムで囲まれた狭い密閉空間内。


 通常であれば、夜明けと同時にハナに全身をまさぐられ、モフモフの目覚めを満喫するヒロなのだが、この日は明らかに違った。

 誰も起こしに来てくれないのである。

 では、いつも起こしに来てくれる愛しのハナはどうしているのか……。


『こっちこっち! ウルちんこっち!』


『待ってピキュ! つかまえたピキュ~』


『キャ~くすぐったいの~! キャ~♪』


 ハナは、ウルとじゃれ遊ぶのに夢中で、ヒロを起こすことをすっかり忘れていた。

 元々1人乗り用に設計された一辺3mの立方体である【流星4号★キューブ★333】の狭い室内。

 その狭い空間を、壁や天井も利用しながら、所狭しとじゃれ遊ぶふたつの小さな可愛い影は、どんどん動きを鋭くしながら、遊びをエスカレートさせていった。


『次はこっち! ウルちんこっちだよ~!』


『待つピキュ! つかまえるピキュ~』


『キャ~キャ~~! キャ~♪』


 そして、あまりの騒がしさにヒロが目覚める。


『……んん…… ん……』


『あっ! パパおはよ~ ハナね~ウルちんとあそんでたの~!』


『ヒロさんおはようピキュ~!』


『ん~、ハナおはよう。……あ、そうか、ウルさんに遊んでもらってたのか~。ウルさんありがとーな~』


『はいなのでピキュ~ ヒロさん、ウルはちょっと強くなったのでピキュ!』


『おぉ~そうかぁ~。そりゃ良かったじゃないかウルさ…… え? ウルさん?』


『なんでピキュか?』


『……ウ、ウルさん、何でいきなり朝から念話で喋られちゃってんの? 何がどーなった?』


『ピキュ! 実は夜の間ずっとレベル上げをしてたのでピキュ~♪』


『えっ! ウルさん単独行動してたの? ……でもどーやって? ここ空中だよ? あと【流星4号★キューブ】は、【新鮮な空気をインベントリ経由で循環】させてるから【完全密閉】されてて、ウイルス1匹とて通さない筈なんだけど……』


『ここが空なのは知ってたピキュ、飛び降りたピキュ~』


『30mくらいあるけど、怪我とかしなかった?』


『ピキュ! 高位スライミー種はみんな反重力でフワフワなことができるのでピキュ! ゆっくり落ちるのでピキュ~』


『そーなのか~凄いね! あ、じゃあ密室からどーやって外に出られたかって謎は?』


『ウルの身体を壁に溶け込ませてそのまま外に出たピキュ♪』


『ウルさんてば、そんな事もできちゃうの~!?』


『身体が変わったから出来たんでピキュ。ウルはもうウルツァイコンプスライミーじゃないピキュ!』


『え? ……ちょっとウルさん、ステータス見るね!』




名前:ウル

種族:孤高のメガミウムスライミー

年齢:6

性別:無し


Lv:75

HP:656

HP自動回復:1秒5%回復

MP:573


STR:346

VIT:962

AGI:1284

INT:282

DEX:640

LUK:200


固有スキル:【神速移動】【神速変形】【神速変質】【神速変色】【神速浮遊】【神速分裂】【神速合体】【神速通信】


固有技:神速刺突 神速斬撃 神速防御 メガミウムメイデン 爆散刺突 竜巻微塵 神速吸収




『【孤高のメガミウムスライミー】! 種族そのものが変わっちゃってる! ヒメ見てる?』


『ほいっ、詳しくはこちらよ~』




■孤高のメガミウムスライミー

スライミー界究極のトリックスター。超超超特異変種。S8級魔物。メガミウムの体を自由自在に操り神速で行動できる。

体長:60cm

体重:900kg

備考:世界に1体のみ生息する完全ユニーク個体。色はメガミウム同様漆黒。




『当たり前だけど世界にウルさんただひとりだけなんだねー。どーですか? ウルさん、メガミウムスライミーになった今のご気分は?』


『ピキュ! ヒロさんに食べさせてもらった【メガミウム】には、ヒロさんの魔力がたっっっぷり入ってたのでピキュ! ヒロさんの魔力は、からだがふるえてゾクゾクして初めての世界が見えたのでピキュ! もう離れられないのでピキュ~♪』


『ヒロォ、アナタの魔力、なんだかとっても悪いものみたいに聞こえるんですけどー』


『そんなことよりヒメ、ウルさんてば、スキルとか技もすんげー増えてるんですけど~!』


『は~い、ほれ』




■固有スキル:【神速変色】

神がかった速さで変色できる。無色透明になることも出来る。レベ・ステ依存。


■固有スキル:【神速浮遊】

神がかった浮遊ができる。重力や慣性にとらわれない動きが可能。レベ・ステ依存。


■固有スキル:【神速分裂】

神がかった分裂ができる。分裂体の能力や分裂数はレベ・ステ依存。


■固有スキル:【神速合体】

神速分裂後、神がかった合体ができる。合体できる分裂体の数や距離はレベ・ステ依存。


■固有スキル:【神速通信】

神がかった通信ができる。レベ・ステによって進化する。


■固有技:爆散刺突

身体を無数の針に分裂させて爆風とともに四散する技。全方向、広範囲に攻撃できる。


■固有技:竜巻微塵

身体を無数の刃に分裂させて竜巻とともに回転し続ける技。全方向、広範囲に攻撃できる。


■固有技:神速吸収

刺突・斬撃・接触などの際、神がかった速さで相手の魔素や血液などを吸収できる。




『もはや忍者キャラの最終形態ねぇ。あとは……察知系のパッシブスキルでも手に入れたら完璧なんじゃない?』


『ピキュ! 察知系の能力は生まれたときからあるピキュ! とくべつなことじゃないピキュ~』


『……左様でございますか。だったらウルちゃん、もうホントに最強レベルね~』


『ヒロさんがいるピキュ。今もぜったい負けるピキュ。ヒロさんと同じような敵がきたらウルは死ぬピキュ。ヒロさんを守れないピキュ……。だからヒロさんを守るためにもっと強くなるピキュ! がんばるピキュ!』


『6歳のスラちゃんが何て健気なのかしら~。ヒロ、大切にするのよ~』


『ウルさん、ずっと一緒だぞ、心の家族よぉ~』


 ヒロは900kgある筈のウルを抱き上げ、すりすりペタペタさわさわモミモミして愛情を伝えまくった。

 ウルはぷるぷる震えながら気持ち良さそうにしている。


『あとウルさん、もはやキミの中に【ウル】的な要素は無くなってしまったけど、これからも【ウルさん】と呼ばせてくれるかい?』


『ピキュ! もちろんピキュ! ヒロさんがつけてくれた名前はたからものピキュ~♪』


『うぉぉぉ、ウルさん! 心の大家族全員分よぉ~!』


 ヒロはさらにウルを抱きしめ揉みしだくのだった。





 17日目 午前8時。

 既に密閉空間要塞【流星4号★キューブ★333】は、枡型要塞【流星4号★枡★10×10×2】に変形され、ヒロは追加じゃれ遊びやハナとの噛み噛み骨遊びを満喫し、朝食を終えていた。

 そして現在、【流星4号★枡】の中央には【モノリスの湯】が設置され、湯船にはヒロとハナとウルの姿があった。


『ハナはお風呂好きみたいだね~』


『パパがおなか持ってくれて楽ちんなの~あちちぽっぽぷぅ~♡』


『何その【あちちぽっぽぷー】って』


『あったかくてポッポしてぷぅ~ってなるくらい気持ちいいの~』


『あ、気持ちいいのか~。熱くて苦しいのかと思ったよー』


『あちちぽっぽぷぅ~はきもちい~のなの~♡』


 ヒロがやさしく広げた手の中で幸せそうに目を細めるハナ。


『ウルさんは初めてのお風呂、大丈夫だった? 錆びたりしないかな?』


『ピキュ! メガミウムは腐食しないピキュ! あと、このおふろにはヒロさんの魔力がいっぱい入ってるピキュ♪ 浸かってると遠くに黄金郷が見えてくるのでピキュ~』


『ハナもパパのおふろだいすき~。パパのにおいがいっぱいして、なんかブルブルってなるの~』


 ウルもハナもトロンとした様子だ。


『ちょっとヒロ~、いたいけな子供達にはアナタの魔薬成分、強すぎるんじゃないの~?』


『魔薬ってなんだよ! 失礼な! 俺は只の人間じゃねーか』


『そーは言うけどさ、魔物にとって【人間の魔力】ってーのは特殊なエネルギー源みたいだし、取り入れると何らかの快感物質が分泌されるんじゃないかって噂もあるしねぇ。人の味を覚えてしまった魔物はもう人しか襲わなくなる……的な話もあるし。だから、あながち大袈裟な話でもないんだよねー、ヒロの魔薬成分の話。ヒロポンとでも呼ぼうかしら?』


『ヒメ冗談はそこまでだ。俺は純粋にこの2人を家族だと思っている。2人がトロンとしてるのは、俺の強い愛情が2人の脳髄を撃ち抜いて痺れさせてるだけであって、決して怪しい物質のせいではないからな!』


『脳髄撃ち抜いて痺れさせんなってーの。それからみんな、あんまり浸かり過ぎるとのぼせるわよ~。気持ち良くてもほどほどにしなさいね~』


『は~いママ~♡』

『はいなのでピキュ~♪』

『はーーい』





 17日目 午前9時。

 ハナはヒロの中にねんねに戻り、ウルはヒロの傍でグネグネ動いていた。


『さて、そろそろ出発しようか~。今日は【ブルードラゴン】の観察が目的だよー』


『楽しみなのでピキュ♪』


『あ~ヒロとウルちゃん、ブルードラゴンの住処の【ニャガラの滝】は、世界三大瀑布のひとつとされてて、それはそれは大迫力の観光スポットみたいだから、滝の方も要チェックよ~』


『ヒメ、なんで未開拓のこの土地でそんな情報知ってんだよー』


『だって私の持ってる【ゴブリンでも分かる!ゼロモニア大陸観光ガイド[神編・無料DL版]】に載ってたんだもん』


『そんなのがあるとはね(苦笑)。参考にするよ~。さぁ、そんじゃ出発しますか~』


『は~~い』

『ピキュ~♪』


 ヒロは【流星4号★枡★10×10×2】を再度【流星4号★キューブ★333】に戻すと、抜き足差し足忍び足航行で【ニャガラの滝まであと500m地点】の上空まで移動した。

 既に【スコープ】の能力で、2km以上手前から滝の全容は確認できていたのだが、より近付き、より【スコープ】を使いまくり、寄り、引き、ローアングル、ハイアングル、俯瞰、と様々な距離と角度から【ニャガラの滝】を満喫していた。


『距離と角度を変えながら【スコープ】で動き回るとさ、なんか3D映画を見てるみたいで感動的だねー。それにしてもヒメが言ってた通り、でっかくて大迫力の滝だわ~』


『幅も高さもすんごい規模だね~。落下する水量が凄すぎて爆発してるみたいだよ~』


『あ~~、この壮大な景色、ウルさんにも見せてあげたい~。ウルさんごめんね~俺とヒメとでばっかり楽しんじゃって…… あれ? ウルさんは?』


『ピキュ! 【流星4号】の壁に溶け込んで、外の景色を我が感覚器官で直接見てるのでピキュ~。ヒロさん、もーちょっとだけ高く飛んで、近付いてもらえると嬉しいのでピキュ!』


『ちょっとブルードラゴンの存在が心配だけど…… あ、そっか♪ 例え気付かれて襲われたとしてもビクともしない【流星4号】に作り変えちゃえばいいのか…… よし!』


 ヒロはすぐ、新しいコンセプトの【流星4号】を作り始める。

 そもそも今まで使い続けてきた2種類の【流星4号】にも、それぞれのコンセプトがあり、【流星4号★キューブ★333】は一辺3mの立方体であることから【コンパクトな隠密性タイプ】と言える。壁厚20cmで耐久性もある程度考慮しつつ、サイズ的に森や林の中のような障害物の多い場所でも移動でき、あまり目立たないというのが特徴だ。

 【流星4号★枡★サイズ各種】は、とにかく天井を取り払うことで開放感、そして風や匂いを直接感じられる【気分重視の空中庭園タイプ】だ。


 そして今、ヒロは、どんな強い敵に襲われてもビクともしない要塞のような【流星4号】を完成させた。

 形はキューブで、内部空間のサイズは3m×3m×3m。そして床、壁、天井、全ての厚みが3m。当然完全密閉されているのでインベントリ空気循環システムを採用。質量は超高比重なメガミウムゆえに20万トン以上もある絶対防御空間。

 【流星4号★要塞★999】である。


『今までのキューブに比べるとめっちゃデカくなっちゃったけど、何この安心感。全方向でメガミウム製の壁の厚みが3mもあるとなると、もはや無敵要塞だな。ウルさん、これで不安なく危険地帯にも突入できるから、改めて潜って見てよ~』


『ありがとピキュ~』


 念の為、ヒロの肩に一時退避していたウルが、改めて【流星4号★要塞★999】の壁に溶けていった。


『外側に出たピキュ! レッツラピキュ~♪』


『了解、行くぞ~。いざ、【ブルードラゴン】の巣、【ニャガラの滝】に接近だー!』


 ヒロは【流星4号★要塞★999】をスーッと飛ばし、一旦遙か上空まで舞い上がると、滝の真上から急降下し、滝壺の前にまで迫った。

 ゴウゴウと巻き上がる飛沫がメガミウムの塊に降り注ぐ。


『凄い迫力ピキュ~~!! 楽しいピキュ~~~!』


 はしゃぎ喜ぶウルの反応に気を良くしたヒロは、次に、滝の一番分厚い面に少しずつ進入する。


ドゴゴゴゴゴゴゴォォォォォォ


 凄まじい量の水が【流星4号★要塞★999】の天井で爆発し轟音を立てるが、【流星4号】も中の空間もビクともせず、滝のど真ん中の空中に留まり続ける。


『ちょっとこのまま裏側まで行ってみようか~。人類初の滝裏だ~』


 そう言うと、ジワジワと滝を貫通して奥へと侵入していくヒロ。

 そしてあっけなく10秒ほどで、巨大キューブは滝の裏側へと完全に通り抜けた。


『おぉぉ、【ニャガラの滝】の裏側って、結構広い空間になってるんだな』


『あらぁ~。そこ見てヒロ、そんなこっちゃないかと思ってたんだけど、見事にブルードラゴンの巣よ~♪』


『ピキュ! あっちにも、あ、逆のあっちにもあるピキュ! ここは竜の巣だらけなのでピキュ~♪』


『探検の楽しみのために詮索しなかったんだけど、いきあたりばったりで行動するのも楽しいもんだねぇ♪』


 ヒロ達はみんなそれぞれに現状を楽しんでいたが、ブルードラゴンの群れはそういう訳にはいかなかった。

 未だ嘗て、この【ニャガラの滝】に、自分達をおびやかすような存在が現れたことは1度もなかったからだ。

 そして未来永劫そんな事態が訪れるとは微塵も思っていなかったからでもある。

 しかし現在、この世界で一番安全だった筈の自分達の滝裏の空間に、真っ黒で真四角の謎の物質の塊が微動だにせず浮いているのだ。

 誰が見ても怪しく、誰が見ても侵略者にしか見えない。

 一瞬、ブルードラゴン達の呼吸が止まったかのような、ピリピリとした空気の流れが感じられた。


 固まった空気を切り裂き真っ先に動いたのは、たまたま一番近くの巣でウトウトしていた大きな雌だった。

 眠気は瞬時に吹き飛び、爛爛とした眼光で大きく鎌首をもたげると、凄まじい速度で高圧縮された水のブレスを四角い塊に噴射し続ける。

 そしてそれを見た他の成竜達も、すぐさま同様にブレス攻撃を開始し、ヒロ達はいきなりの集中砲水を浴びることとなってしまった。

 しかし、幾本の水流に襲われようと、漆黒の立方体はビクともせず、その場を1mmたりとも動かない。

 撃てども撃てども何ひとつ変わらない状況は、竜達に未経験の不気味な不安感をもたらしていた。


 真っ先に焦れたのは、最初の水撃を放った竜だった。

 巣から飛び出し、一気に【流星4号★要塞★999】の天井部に張り付くと、咆哮とともに爪と牙を存分に振るう。

 そしてまた、他の竜達も次々と飛びかかり、爪を振り、牙を立て、【流星4号】を粉々にせんと暴れ続けるのだった。



 5分後



グルルルルゥゥゥゥゥゥ


 先程まで思うがままに咆えていた竜の口からは、溜め息のような疲れ切った呻き声が漏れていた。

 【流星4号】に取り付いた竜達は皆同様にぐったりと動きを鈍らせ、それぞれの爪は一様に割れ剥がれ、それぞれの牙は見る影もなく折れ砕かれ、指先、口、頭、尾、複数箇所に出来た傷口からは、魔素を含んだ体液が滴り落ちている。

 そして傷付き、疲れ切った竜達は、1頭、また1頭と、つたない飛翔で元居た巣まで退却していくのだった。


『ん~、さすがメガミウム。あれだけ続け様にカジカジとかガシガシとかされてもキズ、凹み、水垢、油膜、揺れ、何ひとつ無くて逆に怖いくらいだよな~』


『確かに微振動すら無かったわね~。なのに、目の前では10~30m級のS2級モンスター達が大暴れしてるっていう、貴重な大迫力体験よね~』


『ピキュ! ウルは天井の外でブルードラゴンと戦ってみたのでピキュ! 正直、楽勝だったのでピキュ~』


『あぁ~、時々刺し傷とか切り傷を負ってる奴がいたけど、あれウルさんの仕業だったのか~』


『ウルの防御力と反応速度を試していたのでピキュ。攻撃はヘイトを集めるために軽めに出しただけピキュ。本気と書いてマジで攻撃すると、すぐに殺っちゃうのでピキュ~』


『……そーいえばウルさんはS8級の魔物だったよな。あまりに可愛いんで忘れちゃうんだよねぇ~。で、ウルさん、どーだったの? 新ボディの使い心地は』


『ピキュ! もちろん防御力は格段に上がってたピキュけど、それ以上にこのボディ、動きやすさ、変形しやすさ、変質しやすさ、どれをとっても前の身体なんて比べ物にならないくらいに高レスポンスなのでピキュ~。もう、ブルードラゴンの攻撃なんて蚊と蝿とニイニイゼミがオクラホマミキサーしながら止まって見えるほどチョロく見えたのでピキュ~』


『ひどい言われようだぜブルードラゴン。まぁ今回は相手が悪かったってことでしかないけどなー。本来、大概の生物は竜には敵わないんだから』


『そうよねぇ~。この屈辱を糧に…… あら?』


『どしたのヒメ?』


『10時の方向、1番大きい巣穴から、40m近くあるデカブルードラゴンが出て来そうよ~』


『ボス的な奴?』


『そうねー。私のレーダーに【ボ】って出てるから多分ボスなんだと思う~』


『……そっか。了解~』



(フレーム)ピ(成分変化★水)(インベントリ収納)※この間0.2秒



 ブルードラゴンの最長老は、巣穴からその姿を見せることもなく、0.2秒でこの世を去り、ヒロのインベントリに収まった。




Lv:169[4up]

HP:1000 + 694

HP自動回復:1秒5%回復

MP:1000 + 679

MP自動回復:1秒10%回復


STR:700 [200up] + 591

VIT:1000       + 717

AGI:2000       + 789

INT:2000       + 754

DEX:2500       + 714

LUK:481 [47up]  + 1268




『じゃあそろそろ行こうか~。あんまりここに長居すると、ブルードラゴン絶滅しちゃいそうだしな~』


『それはアンタの匙加減の問題でしょうに。でもまぁ、見渡すと竜達がみんな脅え始めてるみたいだから、これ以上メンブレさせないためにも一旦滝からは出ましょうか。ウルちゃんもそれでいい?』


『いいでピキュ~♪ 充分に良いテストが出来たのでピキュ~』


『そんじゃ一旦、ここを離れるぞ~』


『は~~い♪』

『はいなのでピキュ~♪』





 17日目 午前11時。

 ニャガラの滝から南に100kmほど離れた森の上空で【流星4号★要塞★999】は静止していた。


『ん~っと、竜は追ってきてないみたいだなー』


『そりゃ追ってこないでしょ~。あれだけ一方的にいじめちゃったら』


『いじめたつもりは無いけどなー。ただ、今までは魔物と戦うとき、気付かれない遠距離から一方的だったのを、今回初めて対峙してみたってだけのことだよ』


『今回初めてって言うけどヒロ、相手にとっては【謎の立方体物質】なのであって、【対峙した】とは言い難いんじゃないかしら』


『いやいや、【流星4号】は俺にとって【防具】の延長線のようなもんだぞ。フルプレートアーマーの凄いバージョンって言えばしっくり来るだろ? そもそも、物語の中の勇者面した奴らだって、伝説の武器とか防具とかで素の能力を遥かに凌駕したデコレーションかましまくってるじゃねーか。それに比べたら俺なんて【素手】だし、【部屋着】だし、正々堂々としたもんだよ、まったく』


『ホント、物は言いようよね~。屁理屈に関してはS級の才能持ってると思うよ~』


『レトリックと言ってくれ。俺自身については【表現者】とか【フィーリングマイスター】とか呼んでくれていいぞ』


『はいはい。ところで表現者さん、この後のことなんだけど、ちょっと提案しても良い?』


『ん、何かあんの?』


『提案って言うより、今の内にヒロの耳に入れておいた方がいいんじゃないかって情報があるのよねー』


『聞く聞く』


『えっとね、まず私達の知ってる【この大陸においての開拓者】なんだけど、それは南の大陸の【アンゼス共和国】から北上してきているドワーフ系勢力の人達って事で理解してるわよね?』


『はいはい。センタルスまで来てる人達な。ヒメがあえてそーゆー切り出し方するっつーことは、別経路の開拓者が他にも居るってこと?』


『ヒロ鋭い! 実はこのゼロモニア大陸への開拓拠点は、他に2経路あって、まずひとつ目は北西端にある【ラスカー】という町。ここはまだ【町】と言っても小さくて【拠点】としてようやく機能し始めてるって程度のところね。で、ここを開拓したのが海を渡った西の大陸の【ルーシャ王国】っていうエルフが治める国なの。エルフ達は極寒の魔物が蠢く海を渡ってこの地に辿り着いたみたいなんだけど、拠点の【ラスカー】も含めた地理的環境が厳しすぎて、なかなか開拓が順調には進んでいないみたいで、私達の行動範囲に姿を表すのはまだまだ先になりそうね』


『おぉ、エルフか~。これもまた【異世界ミーハー心】をくすぐるキーワードだよなー。【ルーシャ王国】ってことは察するに、かなり大きな国土を誇る国なのでは?』


『ヒロ勘が冴えてるね~。エルフが治める【ルーシャ王国】は、単一民族国家の国土面積で言えば世界最大なのよ。最近私が勉強に使ってる【これであなたも事情通!マンガ世界なんでも辞典】に書いてあったわ』


『……。 で、もうひとつの拠点は?』


『はいはい、そのふたつ目の拠点がこの話の主軸なんだけどさ、それが、このゼロモニア大陸の東海岸にある【ニョークシティ】って町なのよ』


『なるほど』


『元々は【ニョークシティ】よりさらに北東にある【バストン】って町が最初の拠点だったんだけど、そこを足がかりに目まぐるしい開拓を遂げていてね、最も大きく発展している町が【ニョークシティ】って訳なの。そんで、その東海岸開拓をガンガン進めているのが【ヒト】が治める【ユーロピア帝国】っていう勢力で、【ユラシャ大陸】っていう世界最大の大陸の西端に君臨している国家なのよ。この国は既に大海を渡れるほどの造船技術を持っていて、獣人が治める【アウリカ大陸】や【インダーラ連邦地域】にまで手を出したりしててさ、各地で小競り合いが起こっているらしいわ』


『そうか……。今の説明で、なんとなく、この世界の権力やら信仰やら文明やらの中心がどこなのかは見当がついたわ~。あとは、その【ニョークシティ】に【行きますか? 行きませんか?】みたいなことだね?』


『そう、そーゆーこと。別にこのまま【センタルス・ガンズ交渉】の時間調整で、のんび~りした浮遊時間を過ごしてもいいし、興味が優先するなら【ニョークシティ】で情報収集やらなんやらすればいいし、ヒロの好きに決めて~』


『もちろん【ニョークシティ】でしょ』


『そう言うと思ったわ。ちなみにここからだと【ニョークシティ】の方が近いしね~。大体400kmとちょっとかな』


『すぐそこじゃねーか! 行ってみようぜ!』


『は~~い』

『はいピキュ~』





 17日目 午後1時。

 【ニョークシティ】ニャージー地区のはずれの草むらの中。地上30cm。


 ヒロは新しく作った【流星4号★コンパクト】の中で辺りの様子を窺っていた。

 因みに【流星4号★コンパクト】とは、ヒロがいつも最高の座り心地に調整し愛用している【1人掛けソファ】にゆったりと座った状態の自分を、丁度良いくらいに20cm厚のメガミウムで囲った【最新の流星4号】であり、サイズが幅130cm、全長200cm、高さ180cmと、【流星4号シリーズ最小サイズ】で、【コクピットのみを囲ったようなコンパクトさ】から命名された、【隠密行動特化型の流星4号】なのである。


(……あんまり小さくて狭い【流星4号】は、閉所恐怖症的な観点から今まで作らないようにしてきたけど、よく考えたら今の俺には【進化したスコープ】があるんだから閉所も何も関係無かったわ~)


 ヒロは今いる位置から半径2kmほどの周辺を【スコープ】で飛び回って偵察し、いつもの脳内会話を始める。


『なんかさ、【ニョークシティ】って、川を利用して土地を隔離できてるみたいでさ、この先にある川の向こうはどうやら魔物の駆逐に成功してるっぽいぞ。たくさんの農民っぽい人達が見張りも付けずに作業してるんだ。ヒメ、なんか情報ある?』


『待ってました! 私の【異世界の歩き方★ニョークシティ★貧乏神の貧乏旅行編】の出番だわ♪ まず大前提なんだけど、【ニョークシティ】は【ユーロピア帝国】のヒト種たちが海を渡って辿り着いてワーワー言って開拓した【ヒト種が治める町】みたいよ。今ではヒト以外の種族、ドワーフや獣人も、ヒトの支配する海路の拡大でかなり流入してきてるみたいだけど、その殆どが【開拓労働者】か【労働奴隷】で、中には【アウリカ大陸】からさらわれてきたような獣人奴隷もいて、格差は凄いみたいね』


『なるほど。ありそうな話だわ。あとさ、空から見て思ったんだけど、【ニョークシティ】ってセンタルスなんて米粒に見えるほどめっちゃめちゃデカくね?』


『デカいわよ~。まず、【ニョークシティ】は4つの地区に分かれていてね、その中心にあってヒトの権力者達が集中して住んでるのが【マンバタン島】よ。ここに【ニョークシティ】の富と権力が集まっているといったところねー。で、その【マンバタン島】の西に流れる【ハードスン川】の対岸が【ニャージー地区】で、今私達がいるのはその【ニャージー地区】の西を流れる【ハケサク川】のさらに対岸。まだ開拓されてないエリアの草むらよ』


『てことは、ここから正攻法で【マンバタン島】に辿り着こうと思ったら、まず【ハケサク川】に掛かってる橋を渡って、【ニャージー地区】を通行して、さらに【ハードスン川】に掛かってる橋を渡らないといけないって事か~』


『ヒロ、この先の【ハケサク川】でも川幅200m、【ハードスン川】に至っては1kmもあるのよ。そのレベルの川に橋掛ける技術なんてこの世界のどこにも無いわ。オマケに川には魔物も生息してるしね。【ニョークシティ】の各地区への移動や物流は全て、大小様々な船で行われているのよ』


『ま、まじか。いや、そうか。確かにそーだな。コンクリートや鉄骨の技術が成熟しないと巨大な橋なんて造れる訳ないわなー。センタルスやらガンズシティの【数メートル級水路】のイメージでいたわ。恥ずかしっ』


『あとさっきの続きだけど、まずは中心の【マンバタン島】でしょ。そんでその西が【ニャージー地区】ね。さらに【マンバタン島】の東に【ロンガーランド地区】ってのがあって、そこは東西に長い島なんだけど、面積が広大過ぎてまだ開拓が進行中みたい。いずれは島の魔物全てを駆逐して安全地帯にしたいみたいなんだけど、まだまだ【マンバタン島】寄りのエリアしか人の住める環境は整ってないみたいよ。そんで最後が北の【ブロンカーズ地区】。ここは【マンバタン島】の北を流れる【ハレムー川】の対岸地域で、今まで出てきた3つの地区と違って【川や水路で孤立化していない陸続き地区】なの。【ユーロピア帝国】が最初に入植、開拓した【バストン】っていう町からの陸路が繋がっているエリアで、魔物を警戒しながらの開拓と街道整備が進んでいるみたい。以上、簡単に【ニョークシティ】の4地区についての説明でした~』


『わーわーぱちぱち、わーわーぱちぱち』

『ピキュピキュ~、ピキュピキュ~』


『てかね~、簡単に言っちゃうと、【ニャージー地区】と【ロンガーランド地区】は農地または天然資源採取地または開拓中だから、とりあえず【ブロンカーズ地区】の北東の街道まで移動して、【バストンからやって来た旅人】を装いつつ、【マンバタン島】を目指すのが無難なんじゃね? ってとこかしら~』


『了解だぜヒメ。とりあえず【ブロンカーズ地区】の北の街道辺りまで移動だ!』


『は~~い』

『ピキュ~♪』





 17日目 午後2時。

 【ニョークシティ】【ブロンカーズ地区】北の検問所よりさらに5kmほど北東の街道。

 ヒロは脳内でワイワイ会話しながら、ぱっと見、黙々と歩いていた。


 因みにウルは、直径3cmほどのミニウル100体ほどに分裂し、それぞれが色や質感を変えつつ、ヒロの全身の要所要所に張り付いている。

 張り付いていると言っても自力で浮遊しているため、実際はヒロの身体や衣服から僅かに離れながら迷彩巡回しているような状態だ。

 さらには分裂した1体1体が時には合体し、時には分裂し、1体たりとも一箇所に留まることなくヒロの全身の表面を動き続けている。

 これはウル曰く【完璧にヒロさんを守るためのフォーメーション】、名付けて【表面巡回モード】だそうで、ヒロが重装備であろうと全裸であろうと、誰にも気付かれることなくヒロの表面を覆いつつ守り続けることが出来るらしい。

 全身コーティングの膜ではなく分裂100体にしている理由として、“分裂しながら一体感を保つ練習は重要”だと言い、“分裂体の方が成長も反応も疾く汎用性も高い”らしく、“いずれは理性を保ちながら万の数に常時分裂していたい”と豊富まで語っていた。


『なんか、【ユーロピア帝国】の最初の拠点と最大の拠点を結ぶ街道だからさ、人でごった返してるのかと思ってたけど、そーでもなかったな』


『ヒロ、前にも言ったかも知れないけど、この世界の人口はアナタの転生前の世界人口より少ないの。連日移民や奴隷が入植してるとは言っても、船の大きさや数には限界があるみたいだし、大きな川には橋も掛かってなくて、道もほら、この通り、轍だらけの土の道。検問所を通過して【ブロンカーズ地区】に入って、やっと主要道路が砂利道や石畳になるみたいよー』


『俺の先入観なんだけど、【ユーロピア帝国】ともなると、【バストン~ニョークシティ間】にピッシリした石畳道路をぶっ通し終えてるってイメージだったわー』


『【バストン~ニョークシティ間】の道路舗装工事が遅れてるのは【どちらの町も港町】だからよ。ようは、【バストン】も【ニョークシティ】も直接大型船が着岸できるようになってるから、陸路を整備するより港を利用した方が手っ取り早かったんでしょう。町の行き来にも陸路と同じくらい海路が利用されてるみたいだし、今じゃ【バストン】を無視して、発展目覚ましい【ニョークシティ】に、直接入港する本国の船も珍しくないっぽいわよー』


『なーるほど。でも俺達は【乗客が名簿管理されてそうな船】に突然現れる訳にもいかないから、陸路での入町ってことになる訳なんだなー』


『そう、単純に誤魔化しが効きやすいからね~』


『でもさ、検問所ってあえて通る必要あんの? 目立たない夜にでも【流星4号】で空から【マンバタン島】に直接侵入って手もあるよね? あと、すっかり忘れてたけど俺、【迷彩】スキルあるし』


『その手もあるんだけど、もしお店やギルドで【何かしらの滞在許可証的なもの】の提示を求められたりしてさ、無いもんだからモゴモゴしたりしてさ、衛兵とか自警団とか呼ばれたりしてさ、取り調べられたり留置されたりしてさ、って考えると、正攻法で行った方がいいと思わない?』


『思う。ヒメに賛成~』

『ピキュ~』


 そんなこんなで会話は弾み、気付けば【ブロンカーズ地区北の検問所】が遠くに見えてきた。

 ヒロは【スコープ】を使い、検問所周辺や地区内の様子も細かく偵察する。


『検問所の行列は無さそうだな。せいぜい2~3組程度だろう。検問自体は……そんなに細かくはなさそうだぞ。書類とか書かされてる感じじゃないしなー。あと検問所横に鉄格子付きの留置所っぽい部屋が3つある。建築物のレベルはセンタルスなんかより上だなー。あと、地区内に入ると道は結構キレイだわ。石畳になってる』


『そーねー。1組あたり30秒~1分くらいで検問通過していってるねー。思ってたのよりユルユルかもね~』


『それならそれでラッキーだなー』


 その後、ヒロが検問所まで辿り着くと、ちょうど前の組が通過した直後で待ちは無かった。

 検問所は石積みの堅牢な外壁に一体化して造られており、大きな馬車が一台通れそうな通路が開口している。

 その手前と奥に衛兵らしき鎧姿の男達が数名ずつ配置されており、木と鉄で造られた門が全開した状態で固定されていた。


「はい止まって。【ひとりで歩き】とは珍しいな。荷物はそのリュックひとつなのか? ま、いいか。【通行証】は?」


 検問所手前の集団に居た男が話しかけてきた。


「え…………っとぉ…………」


「ん? オマエ、検問所は初めて……いやいやそんな訳無いか。隣の【スタフォルド】から来たんだろ? だったら【通行証】持ってるだろ。早く出せよ」


「…………ちょっと待ってくださいね」


 ヒロは内心慌てつつも、できるだけ落ち着いてゆっくりと背中のリュックを肩から下ろし、中をゴソゴソと探るふりを始めた。

 そして脳内会話を始める。


『ヒメえも~ん! 【通行証】出してよぉ~』


『無理だよぉ~ヒロ太くぅ~ん。ここは素直な感じで【無くした】ってことにして、衛兵の反応見てみようよ~』


『そ、そーだな。こーゆー時は時間をかけすぎるのが一番まずそうだもんな。そーするよ~』


 ヒロはリュックを暫くゴソゴソすると、困った顔をして衛兵に話しかけてみる。


「あのぉ~、【通行証】失くしちゃったっぽいんですけど……」


「なにぃ? おいおい勘弁してくれよぉ。【通行証】がどれだけ重要なものか、作った時に聞かされただろ? 無くしたってーのが本当なら大変だぞ~。ここで一旦留置所に入れられて、身元の確認が出来るまで檻の中だぜアンタ~。最後に【通行証】の更新したのは【スタフォルド】で間違いないんだろうなー。どうする? 使者送って指紋の確認取って戻ってくるのに3日。その間の経費、払えるのかい? 快適な留置所生活送りたかったら特別料金も受け付けてるけど、もし使者代すら払えないんなら深刻だぞー。説明は受けてると思うが、【奴隷】か【冒険者】だからな。【開拓奴隷】はキツいぞぉ~。ノルマってもんがそもそも無ぇから延々と働かされるしなぁ。【管理冒険者】に至っては説明するまでもなく地獄だぜぇ。アンタみたいなヒョロヒョロじゃあ、どっちに身を落とすにしても明るい未来は待ってないだろうよ。奴隷なら1ヶ月、冒険者なら3日で野垂れ死ぬだろうな~。ていうかアンタさぁ、ここフロンティアでは命の次に大事な【通行証】を、よくもまぁそんなに適当に扱えたもんだなぁ。悪い事は言わねぇ、もう一回、念入りに探してみなよ。未来がかかってんだからよ」


「……ん? あのぉ、」


「いやだからさ、そのリュックの中の隅々まで探しなって」


「……いや、実はですね……」


「なんだ? 貴族階級の紹介状でも実は持ってたりすんのかい?」


「俺、【冒険者】なんですけど……」


「…………は?」


「いや、ギルドに登録済みの【冒険者】なんです。ほら、これ」


 ヒロは胸元に隠れていたペンダント型の【ギルドタグ】を取り出し、衛兵に見せた。


「何だよアンタ、えぇ~っと……【ヒロ】さん、俺達をからかってたのかよ! もぉ~~悪ふざけもいい加減にしてくれよ~~。暇そうに見えても俺達、忙しい時は忙しいんだぜ~。はいよ、それじゃ一旦【ギルドタグ】を預からせてもらうからな~」


 衛兵はヒロから【ギルドタグ】を受け取り、書類を前に座っていた男に渡した。

 するとその男は【ギルドタグ】に記された名前と数字、そして裏面に彫られたヒロの指紋の一部を、サラサラと書き写し、ものの一分ほどで【ギルドタグ】を返却してくれた。


「ヒロさん、【冒険者】なら【冒険者】って言ってくれよ。あんな小芝居しやがるから本気で心配しちまったじゃねーか。【冒険者】だからってあんまりふざけすぎてると、場合によっては大変なことになるからな」


「す、すいません。ふざけてた訳じゃなくて、本当に決まり事をよく分かってなかったんです。なにしろ【冒険者】になってまだ日が浅いものですから……」


「え? そーだったのかい。そりゃ御愁傷様だなぁ。そういう事なら、この先にある【ブロンカーズ地区】の【冒険者ギルド】にまずは行って、いろいろ教えてもらうのがいいと思うぜ。【冒険者】ってーのはいろいろと特別だからなー」


「そーなんですかぁ……」


「はいはい、もう検問は済んだんだから通っていいぞー」


「ありがとうございますー」


 【冒険者】だと判明した途端、ヒロはすんなりと【ブロンカーズ地区】の北門を通された。

 しかも他の通行者が支払っている通行税のようなものも免除されているようだ。


『と、とりあえず助かったけど、なんだか聞き捨てならない事も言われてたような気がするんだよなぁ~。ヒメこれどーゆー事なの?』


『ん~とね、今調べ中なんだけど、どーやらこの世界における【冒険者】っていう職業は、最も信用されてなくて、最も平均所得が低いみたい。で、世界規模の独立した組織が後ろ盾になっていることから最も権力に干渉されにくいって一面もあるんだけど、代わりに最も平均寿命が短いってことで、余程の猛者じゃない限り誰もやりたがらない危険な仕事らしいわねー。結果主義で自己責任だから、一部の【上級の冒険者】は稼いでいたとしても、裾野を構成する沢山の【強くもない冒険者】は2~3年以内に死んでしまうことが普通なんだって。ヒロ、余程の猛者で良かったわねぇ~』


『なるほど。よくよく考えてみれば、“喧嘩が凄く強い”とか“剣の扱いが凄く上手い”って程度じゃ、いつかは魔物に殺されるよな。なんつったって魔物は実際超強いしな。そんなバケモノを相手に戦い続ける職業なんかに社会的信用がある訳ないか……』


『因みに私の持ってる【アンアンキャンキャンノンノンノン[冬春夏合併号]】に載ってたデータによると、去年の【恋人にしたくない相手の職業】と【結婚したくない相手の職業】と【子供を持ちたくない相手の職業】の3つで堂々の1位を獲得して、【終わってる職業3冠】からの【終わってる職業殿堂入り】に輝いたみたいよ。そりゃ衛兵に憐れみの目で見られちゃうよねー』


『多分、担っている役割の危険度や豊富さから、【冒険者ギルドという組織】は世界中で一目置かれているんだろうけど、【冒険者ひとりひとり】は、すぐに死んでしまう人だと思われているんだろうなー。あの目はそんな感じだったよ』


『でもまぁ、ヒロは強いんだからいいじゃない。あと、今後は【冒険者のギルドタグ】見せれば大概の町にサラッと入れる事が分かったんだから、いい勉強になったよね♪』


『確かに、一時は超面倒臭そうな展開になりそうだっただけにホッとしたよ~。あとあの“異常者扱いされる感じ”も今後の俺にとっては好都合だしねー。色々と誤魔化しやすそうだ』


『だね~。で、ヒロ、そこに見えてきたのが【ブロンカーズ冒険者ギルド】みたいだけど、寄ってく?』


 気付くとヒロは冒険者ギルドの前まで辿り着いていた。


『早っ! もう着いちゃったんだー』


『さっきの北門から先は魔物の出るエリアだから、やっぱ冒険者ギルドは入口近くに造られてるんじゃない?』


『まー出入口に近いと何かと便利だもんなー』


 検問所から南に伸びる大通りの最初の大きな交差点の角に【ブロンカーズ冒険者ギルド】はあった。

 周りを見渡してもひと際立派な石造りの二階建て建築は、その建造に優秀な人材が時間をかけて取り組んだであろう跡が見受けられる。

 入口は角面にあり、両開きの大きな扉が特徴的だった。

 巨大な獲物を直接納品できるようにか、道路面以外の建物の周囲は屋根付きの庭のようになっており、大きな作業台がいくつも並んでいる。

 そして庭のさらに外側には水路が流れており、水の確保も万全のようだ。


『どーする~?』


『よし、トラブルの予感もするっちゃーするが、なんとかなるだろ、寄ってこ!』


 ヒロは入口の両開きの扉を力強く開いた。


カランカラン~


 ドアベルの音が元気に鳴り響き、中に居た人間の半分ほどがヒロを一瞥する。

 ギルド内の構造はシンプルで、ワンフロアの中に受付窓口と休憩スペースが一緒になっているような作りだった。

 入って一番奥に5人並びの受付窓口があり、そこに至るまでの空間には乱雑にテーブルと椅子が並んでいる。

 冒険者達はこの空間で休憩したり、待ち合わせたり、雑談に耽ったりするようだ。

 ただ、基本的に飲食の提供はおろか、持ち込みも禁止されているようで、皆が皆、何も口にしていなかった。

 ヒロはそんな室内を眺めると、ツカツカと奥のカウンターに向かって歩き出し、唯一受付が座っていた真ん中の窓口の前に立った。


「あの、【ニョークシティ】には初めて来たんですが、冒険者として気をつけるべきことなど有りましたら教えていただけますか?」


「ほう、こりゃまた丁寧な言葉遣いの紳士だねー。どっから来たの……かは聞かないとして、ここいらの注意点かー。開拓地自体は初めてじゃないんだろ?」


 中年の体格のいい男が微笑みながら話しかける。


「はい、ここまでもひとりで歩いて来ましたし、EやFランクの魔物程度ならひとりでも戦えます」


「ほぅ、こりゃ驚いたねー。ソロでしかも魔物狩りまでしてるのかい。よくぞ今まで生きて来られたもんだよ。あーあと、【ギルドタグ】見せて貰えるかい?」


「あ、はい。どうぞ」


 ヒロはすぐに【ギルドタグ】を外して受付の男に渡した。


「ヒロさんか。傷ひとつ無い鉄のタグってことは、ヒロさんはまだ冒険者になって日も浅いんだろう? あ、私は当ギルドの職員でハンスと言います」


「ハンスさん、よろしくおねがいします。確かに俺は冒険者になってまだ日が浅いですが、それなりに上手く立ち回ってやって来ました。無茶をしている認識もありません」


「ふぅ……まぁいい。ヒロさんのやり方に口を挟むつもりはないからねぇ。おっと、ニョークシティでの注意点だったね。ん~と、特に大きな違いは無いと思うんだけど…… あ、もしもマンバタン島に行くつもりがあるのなら、あそこだけはちょっと特殊だから気をつけた方が良いよ」


「特殊と言いますと?」


「あそこはね、ユーロピア帝国からの入植貴族の中でも、特別な裁量と自治権を与えられた【ローグサッド辺境伯】が領主として治めている島なんだ。【ローグサッド辺境伯】と言えば、ユーロピア帝国内の伯爵クラスより上位の貴族だからねー。超大物と言っていいよ。まぁ簡単に言えば、【マンバタン島】は開拓地に非ず、既に【ユーロピア帝国の重要な領地】であるってことだよ。特に南のエリアの一部ではドレスコード高めで行動しないと、いきなり斬られたり投獄されたりってことになりかねないから気をつけるんだよー」


「行儀良くせよ、ってことですかね?」


「まーそーゆーことさ。もっと感覚的に言えば“目をつけられるな”って感じかなー。当然冒険者ギルドも有るには有るんだけど、他の支部に比べたら【ローグサッド領主】の睨みがそこそこ効いちゃってる感が否めなくて、ここだけの話、あんまり信用しないほうが良いよ~」


「同じ町のギルドの割にはやけに批判的ですね。しかもマンバタン島の方が組織のヒエラルキーは上なんじゃないですか?」


「まぁ、確かにそうなんだけどね、そうなんだけど、冒険者ギルドの人間として言わせてもらえば、“そんな事知ったこっちゃねーぜ”って感じかなー。そもそも【組織のヒエラルキー】なんて気にするような奴は冒険者ギルドに携わってないし、こちとら権力に媚びない代償として多かれ少なかれ命を削ってるんだからねー」


「でもマンバタン島の冒険者ギルドの人達は、その気概を失くしてしまってるんでしょ?」


「それ、辛いとこなんだよー。奴等だって多分…… まぁ、最終的に知りたいことの本当の部分は自分で確かめてみてよ。私の考察は所詮私のものだ。ヒロさんはヒロさんで納得いくまで世界を見てみるといい。私の話はあくまでも参考までにしておいてねー」


「分かりました。もしマンバタン島に行くことになったら権力者の目には気をつけますね。それとハンスさん、魔晶の買取はしていただけますか?」


「あぁ、もちろん受け付けているよ。本来、素材の買取のメインは外庭になるんだが、魔晶や少量の薬草みたいに量がかさばらないものはここでも問題ない。では見せてもらえるかな?」


「あ、はい。えぇーっと……」


 ヒロはリュックの中に手を突っ込んで取り出す演技をしながら、インベントリから適当な魔晶をつかんでカウンターに並べた。


「ほぅ、F級が5個にE級が3個、おまけにD級が2個。どれも信じられないくらい状態がいいねー。ひとりで魔物と戦ってきたってーのは本当なのかな。ヒロさん、あなた、このまま生き残っていったら、将来大化けするかも知れないねー」


「大化けするかどうかは別として、生き残る気ではいますよ。死にたくないですからね」


「ふふっ、そりゃ確かにそうなんだがね、みんなその気で挑んではいるんだが、結局は大半の若者が死んでいくのが現状だ。ヒロさんはここまで見た所、明らかに特別なにおいがする。毎日いろんな冒険者を見ている私だから感じられる特別な何かが感じられるんだよ。だからこそヒロさん、命を大事に稼いでくれよなー」


 ハンスは穏やかに、ニヤリと微笑んだ。


「ありがとうございます。とにかく死なないようにがんばります♪」


 その後ヒロは魔晶の代金を受け取り、掲示板に移動する。

 壁一面に設置された掲示板には、低級冒険者用の依頼と常時受付中の依頼が大量に貼り出されていて、ひとつひとつを眺めているだけでもヒロとヒメの会話ははずんだ。


『ヒメ、この掲示板に関しては、めっちゃズボズボにイメージ通りだわ。もー笑えるくらい思ってたのとほぼ同じだ』


『そーだね~。最近私も暇な時に勉強してるからさ、ヒロの言う【あるある】って感じが分かるようになってきたのよ~。ただ、【冒険者のイメージ】は、あるある基準を遥かに下回る体たらくよねー』


『ワースト殿堂入りだもんな。不人気にも程があるよ。まぁ常識的に考えれば“めっちゃ死ぬ”って要素は嫌がられるに決まってるよな~。イキトシイケルモノの第1目標はすべからく【死なないこと】だろうからねぇ。あと【あるある基準】を下回ると言えば、【冒険者の人口】もだよ。こんなに少ないとは思ってなかったし。例えばこのギルドなんか、外から見た建物の感じからすれば、中は50人以上の冒険者でごった返しててさ、ピーク時間には100人超えて外まで溢れてるような雰囲気、醸し出してるじゃん?』


『ま~ね~』


『でも実際は、8人だぜ。手前に2人組、中程に3人組、奥に3人組、で8人。ガラ~ンて感じ。これじゃ、ちょっと期待してた“酔っ払った自惚れ常連冒険者に絡まれて即反撃の即ボッコ的なやつ”とか“何故か美形ばかりの女子パーティ3人組に絡まれ&頼られ&懐かれるやつ”とかが起こるはずもない【トラブル発生確率最低水準状態】じゃねーか。トホホだよ』


 ヒロは期待はずれの閑散とした状況を噛み締めながら掲示板を見続ける。



■各種植物     [素材]

■各種スライミー  [素材]

■ビッグラビット  [素材]

■プレールドッグ  [素材]

■メガーリ     [素材]

■グングニル毒ガエル[駆除]

■ゴブリン     [駆除]

■コボル      [素材・駆除]

■ドクドクボア   [素材・駆除]

■ダークリザード  [素材・駆除]

他云々……



『ふぅ~ん。見出しだけ見ててもかなりの数が依頼されてるなー』


『スライミーの詳細見た? 覚え切れないほど多種多様で驚いたわ』


『あと気になった所を言うと、【掃除とかドブさらいとか荷物運びとかのあるあるF級依頼】が一切無いことかな。つまり“町中で発生する依頼など冒険に非ず”ってことなんだろう。冒険者たる者、たとえF級成りたてであっても魔物の住むエリアで活動し素材を持ち帰れ! ってことか……』


『だとすると、早死にが多くて不人気なのも分かるわね~。新人教育に手取り足取りって感じでも無さそうだし』


『結局、生き残りたければ、強いパーティとかクランみたいのに入って、そこでいろいろ教わりながら成長していくってーのが定石なんだろうなー。ハンスさんも一瞬その手のこと言い出しそうな雰囲気あったもん』


「あの……」


 背後から突然声を掛けられたようなシチュエーションではあったが、【スコープ】で全方位視野を持つヒロは、“やっと来た!”とばかりに振り返る。


「はい? なんでしょうか?」


 そこに立っていたのは獣人の女の子で、奥の3人組のうちの1人だった。


『うわぁ~見てヒメ、ここに入る前から分かってた事とは言え、あるある濃度が濃すぎてドロッとするくらいの可愛いケモミミ女子だよ~。丸っこい耳と、全然フサ毛じゃない割りに先端だけ黒い束毛がある尻尾。やっぱライオンだよ! 期待通りの獅子耳っ娘だ~』


『ちょっとヒロ、ドラゴン倒した時より興奮してるんじゃない? ハンスさんと話してた最中も視覚はここにいる全員を舐め回してたんだから、今更鼻血とか噴出しないでよ~。てゆーかそれにしてもアレな感じね。Eカップ皮ビキニアーマーでニーハイ金属ブーツ、露出多めのこんな可愛いライオン娘をモジモジさせてくるあたり、奥の3人組の中には戦術理論に長けた軍師が紛れ込んでいる可能性【特大】ね』


『奥の残り2人は“厳ついオッサン”と“細身のオッサン”だろ? 2人とも人間で普段着だ。見ず知らずのソロ冒険者に、この獅子耳っ娘だけを近付けて話しかけさせてる時点で怪しすぎるよなー。既にお約束要素は回収済みだけど、この後の展開を考えると嫌な予感しかしないよ~』


 刹那の間にヒロとヒメの脳内会話ラリーが吹き抜ける。

 獣人の娘は伏し目がちの中に上目遣いを織り交ぜながら口を開いた。


「ソ……ソロの冒険者さんですか?」


「はい、そうですよ。ついさっきこの町に着いたばかりで、勝手がよく分からなかったものですから、とりあえず地元の冒険者ギルドを訪ねてみたところです。あちらのハンスさんにいろいろと教えてもらって少し落ち着きました」


 そう言いながらチラッとハンスに目をやると、ハンスは“我関せず”とばかりに何かの書類を持って奥に消えていった。


「あの、お名前をお聞きしてもいいですか? あ、私はリオと言います」


「リオさん、はじめまして。俺はヒロと言います。恥ずかしながら、まだ冒険者になって間もない駆け出しなんです」


「そうなんですか。ということはまだ鉄のタグなんですね?」


「はい、まだピカピカです♪」


「ふふ。でしたら、なおさら私達のお話を聞いて頂きたいのですが…… お時間とかあります?」


「時間ですかぁ……」


 直後に脳内会話がスタートする。


『ヒメ、こりゃ思ってたよりも地味なイベントかもな。多分“私達とパーティーを組まないか?”とか“私達のクランに入らないか?”とか、つまり大学のサークル新歓活動みたいなやつだぜ』


『確かに地味そう。そして、ひょっとしたらだけど、普通に世話焼きの善人なのかも。あ~あ、せっかくヒロが【魔力補助食品】とか【魔力化粧品】とか【魔力補正下着】とか【魔力還元水】とか【幸運の魔力壺】とかを何だかんだ3人がかりで言いくるめられて高額で買わされるとこが見られると思ってワクワクしてたのにぃ~』


『おいヒメ、その【3人がかりで永久に儲かる何かを買わされるパターン】はまだ消えてないぞ。ただ、身構えていたほどのトラブルも無さそーってだけだ。てことで、このまま流れに身を任せてみよーかと思うんだが』


『そ~ねー。私達、【暇】だしね~』


『了解、警戒しつつもこのまま流れに乗ってみよー』


 ヒロはリオとの会話に戻る。


「……時間はまぁ、ありますけど……」


 するとリオの表情がフワッと明るくなる。


「で、でしたら、まずは話を聞いてください。あの奥のテーブルの2人は私の仲間なんですが、2人ともシルバータグなんです。きっとヒロさんのお役に立てると思うんです♪」


「はぁ。とりあえず話を聞くだけならいいですよ」


「では早速、ご一緒しましょう♪」


 嬉しそうに奥の2人のいるテーブルにヒロをいざなうリオ。

 ヒロはゆっくりとリオの後につづいた。


「やぁ、警戒させてしまったかな? オレはこのブロンカーズで開拓初期から冒険者をやっているガロっていう者だ。で、こっちはザギ。まぁ座ってくれ」


 促されるままに椅子に座るヒロ。

 【厳ついオッサン】がガロで、【細身のオッサン】がザギだと紹介される。

 明るく社交的な様子のガロに対して、ザギは紹介されてもコクリと頷くだけの無愛想な男だった。


「ヒロと言います。冒険者になったばかりの初心者です。一応ソロで活動しています」


「ソロか、凄いな。普通は何十回も戦闘を繰り返していると、1度や2度は捌き切れない数の魔物に囲まれちまうからね。そこで死ぬか、必死に逃げて二度とソロでは行動しないと誓うか、どっちかに行き着いちまうもんなんだよ。つまり、生きてる冒険者の殆どはソロ活動なんて恐ろしくてできないんだ。ヒロさんはよっぽど特別な何かを持った人なんだろうねぇ」


 ガロは探るような目でヒロを見つめる。


「……いえ、人一倍臆病で、逃げ足が速いだけですよ~」


 軽くおどけながら様子をうかがうヒロ。


「謙虚だねぇ。気に入った。じゃあ早速本題に入らせて貰うよ。オレ達はブロンカーズを拠点に冒険者を集めている【ヤンキス】っていうクランのメンバーなんだ。構成員は60名以上でブロンカーズ最大。クランハウスもちゃんとある。腕っぷしの方もプラチナタグやゴールドタグの猛者が幹部の中に何人か。アイアンタグのビギナーもたくさんいるし、助け合いや情報交換も活発だ。ヒロさんどうだろう、【ヤンキス】に入らないか?」


「うぅぅぅん。…………今の所、どこかの組織に入る予定は無いんですよね~」


「いや、そんな堅苦しいことじゃないんだよ。ノルマや会費みたいなもの、厳しいルールなんかも殆ど無いし、助け合いの精神が大前提だから得することばかりだと思うよ」


「損とか得とかの話ではなくて……、俺はまだ1人旅を続けたいだけなんです。この町にも旅のついでで立ち寄っただけですし……」


「フロンティアで1人旅か……。ヒロさん、あんたやっぱり普通じゃないね~。本国ならまだ分からないでもないが、この、安全マージン皆無の開拓地で“ソロで旅を続けたい”なんて正気の沙汰じゃないよ。みんながみんな、自分の安全と稼ぎを担保出来る居場所を探して生き抜いているんだからな」


「なんかスミマセン……」


「あ、すまんすまん。こちらこそスミマセンだ。別にヒロさんを責めるつもりなんて無いんだよ。ただ、あまりにもオレ達の常識とかけ離れた生き方をしているみたいだから、驚いていろいろ喋っちまったってだけさ。ところでヒロさん、」


「はい?」


「ここは飲食禁止だし、まだ宿も決まってないんだろ? もう“クランに入れ”なんて誘わないから、1度どんなもんかを見るだけでもいいから、うちのクランハウスに寄っていかないか? すぐ近くだし、お茶と茶菓子程度ならご馳走するよ。あと、気軽に立ち寄れる拠点が増えるのも悪いことじゃないだろ?」


「ん~~~。どーしようかな……」


「まぁまぁ、袖振り合うも多生の縁って言うじゃないか。遠慮しないで。さぁ行こう♪」


 優柔不断にのらりくらりをやりすぎ、キッパリと断るタイミングを失ったヒロは、そのままズルズルと3人組に連れて行かれるのだった。





 17日目 午後3時30分。

 【ニョークシティ】【ブロンカーズ地区】クラン【ヤンキス】のクランハウス内。

 入ってすぐの歓談スペースのような広間の奥。

 いくつか並んだ6人用テーブルのひとつ。


 椅子に腰掛け、目の前のテーブルに置かれたマグを見つめながらヒロは困っていた。


『どーするよヒメ~。困ったことになっちゃったもんだなー』


『やっぱ冒険者ギルドでキッパリおさらばした方が良かったわねー』


『しかしウルさん、しつこいようだけど、このお茶に強烈な睡眠薬が入ってるってのは本当なの?』


『しつこいピキュ! ウルの分裂体のひとりが毒味して解析済みピキュ! 遅効性で強力な催眠成分なのでピキュ。ウルだから分解消化済みでピンピンしているピキュが、もし人間がそのマグ1杯飲み干したら5分ほどで昏睡して3日は意識が戻らないのでピキュ! 年寄りや子供だったら致死レベルなのでピキュー! ヒロさん、こいつら全員皆殺しなのでピキュ~!』


『こらこら、可愛く怖いこと言うんじゃないよ』


『でもヒロさ、ヒロ大好きのウルさんがマジギレしてるのは事実だし、わたし的にもこいつらは懲らしめた方がいいと思うんだけどなぁ。まぁ、もしウルさんが察知してくれなかったとしても【エターナル覚醒薬99】が発動して【98】になるだけで、無事ではあったんだろうけどさ、一般人昏睡レベルの睡眠薬を盛られたのはどーやら間違い無さそうだしね~』


『ぴきゅぅう! 追加情報ピキュ! こいつら、茶菓子の羊羹にまで同じ睡眠薬を練り込んでいやがるのでピキュー!』


『……なんつーか、この世界では、睡眠薬盛るのが日常茶飯事なのかねー。こーゆーことはもっと後になって言うことになるんだろうと思ってたんだけど、やっぱ魔物より人間の方が恐ろしいね~』


『で、どーすんの? 殺る? 逃げる? ごまかす?』


『ん~とな、このクランハウスには、ガロ3人組の他に現在30人以上居るんだわ。【スコープ】で建物中見て回ったからほぼ掌握済みっすー』


『私がたった今ダウンロードした【嫌な奴レーダー】にも、嫌な奴そ~な顔のマークがいくつも動いてるわ』


『……この全員を瞬殺する、もしくはインベントリに永久収納する、ってーのが一番簡単なんだけど、俺は今回、敢えて、【対人の近接戦闘の回避の練習】に利用したいと考えちょりやす!』


『おぉぉ、さすがヒロ、人間の能力をナメきってるわね~』


『大丈夫ピキュ~。ヒロさんがピンチになったらウルが守って相手を殺すピキュ~。ヒロさんは立っているだけでいいのでピキュ~』


『ウルさん、それじゃ練習にならないよ。気持ちは嬉しいんだけど今回は……そうだ、もし俺がここの人間の攻撃を一度でも受けちゃったら全力で守ってよ。だけど俺が回避し続けている間は手を出さないでねー。あと、すぐ殺すのは禁止ね~』


『ピキュ~任されたのでピキュ~』


 ヒロが脳内会議で盛り上がっている間、テーブルの向かいでは、ガロとザギとリオが並んで話を続けていた。

 クランの素晴らしさや開拓地の厳しさなどを繰り返しているが、時折リオが、マグと羊羹に目をやって表情を曇らせている。

 そして焦れたガロがヒロを促した。


「ヒロさん、遠慮しないで手を付けてくれよ。お茶もこの辺りじゃ高級品だし、羊羹はリオの手作りだ。残しちまったら勿体ねぇ」


「そうですか。でも、俺は師匠の遺言を守らなければいけないんです」


「師匠の遺言? 何なんだい、そりゃ」


「俺は師匠がまだ生きている頃、いつもこう言われてたんです。“もしオマエがヤンキスクランで茶と羊羹を出されたら絶対に口にするな。それらには致死量の遅効性睡眠薬が盛られているのだから”ってね♪」


 次の瞬間、ガロとザギの目に冷たい光が宿り、リオが“ヒッ”と小さくこぼした。

 その空気を敏感に察知した2~3人の仲間が近くのテーブルから近付いてくる。

 さらにその空気を察知した仲間が他の仲間を呼び、気付けば、1階広間の奥の椅子に腰掛けたヒロの周りには、逃げる隙間など無いほどに二重三重の人の囲いができていたのだった。


「変わった奴だとは思ってたが、愚かな奴でもあったんだな。どうやって気付いたかは知らんが、気付いたんであれば、黙ったまま全力で逃げるべきだった。そーすりゃ僅かな可能性ではあるが、生き延びられたかも知れんのに」


「生き延びるかどうかの前に、ちょっと教えてほしいんですが……」


「何だ? こうなった以上は何でも教えてやるよ」


「俺は別にあなた達に敵対した訳じゃなく、放っておけばどこかに去った存在でしたよね? なんでここまでして拘束、もしくは殺害まで視野に入れた行動を取るんですか?」


「ここまでしてってのはよく分からんが、ヒロさんを殺すか眠らせるかしようとしたのは簡単な話だ。ヒロさんがうちへの参加を断ったからだよ。おまけにアンタは【ソロ】だって言う。ソロでそこまで自信があるなら、そのリュックには相当価値の高いポーションや魔道具や武器、そしてイエンが入っている可能性が高い。例えそうじゃなかった場合、結局アンタは町の外で魔物に食われてそのうち死ぬだろう。だったら限りある資源が魔物の胃袋に収まる前に、奪うものは奪っておこうってこった」


「ん~、シンプル。つまりあなた達ヤンキスクランは、日常的にこんなことを繰り返してるってことなんですね?」


「そこまで頻繁ではないがな。なぜなら大半の冒険者は、最初のリオからオレに至る勧誘の時点で仲間になることを二つ返事で承諾しちまうからさ。今の所【ゼロモニア大陸へのユーロピア帝国による開拓】はニョークシティの拡大と安定が最優先で、この先の入植にはストップがかかってる。そんな終点の大きな町で“ひとり旅をするからつるまない”なんて言い出す奴は、“殺してくれてもいいですよ”って言ってるようなもんなんだよ。特にこの冒険者って奴は、ギルドでさえ捜索すらしてくれない【自己責任の徹底した職業】だからな」


「なるほど。かなり良く分かりました。つまり……」


「そう。つまり、オマエさんは、今から心入れ替えて荷物を全部差し出し、俺達のクランに入って下っ端として尽くすところから始めるか、この場で死ぬか、ふたつにひとつしか選べないんだよ。簡単だろ?」


「いえいえ、……つまり、あなた達全員をこの場で殺しても、バレずに去れば、罪は残らないってことなんじゃないんですか? 自己責任でギルドも干渉しないんですよね?」


「……てめぇ、ナメた態度もいいかげんにしろよ。オレ達がいつまでも」


 ガロがそこまで口にした瞬間、隣のザギの左手が動いた。


カッ!


 見ればヒロの頭のうしろの壁に、ギラリと輝くナイフが突き刺さっている。


「なに!? 避けた、のか?」


 驚愕の表情でザギがヒロを睨む。

 当のヒロは飄々とした態度で、微笑みながら首をコキコキと軽く振った。


「こいつおかしいぞ! 押さえつけろぉぉ!!」


 ガロの号令と共に近くで身構えていたヤンキスクランの面々が次々とヒロに飛びかかった。

 ヒロはすかさず脳内会議を始める。


『いやマジでAGIとDEX上げ過ぎてたおかげで、投げナイフなんて止まって見えたわ。しかも【スコープ】で全方位多角的に観察してるから、あの無口なオッサンが後ろ手にナイフ取り出して投げる準備してたのも丸分かりだったし、今も次々飛びかかってくる奴等の動きひとつひとつが手に取るように分かるし、そうしている間に入口の鍵閉めてる奴も見えてるし、隣の部屋と上の階から吹き矢とボウガン持った奴が近付いて来てるのも見えてるし、3階の部屋にいる1番強そうな奴が椅子から立ち上がったのも見えてる。こりゃ楽勝だな』


『ヒロのステ値は異常だからね~。その上ハナちゃんという【ステ値底上げ娘】、ウルちゃんという【最強の盾鉾弟】、そして私という【世界一の美人妻軍師】、4人の力を合わせれば! この世に倒せぬ悪は無い! 我等ヒロ一家! ここに見参!!』


『ピキュピキュピキュ~!!』


『……ウルさんは興奮してるみたいだけど、俺は正直そんなにカックイイとは思わないぞ。そもそもヒメってなんかいちいち古くない?』


『いにしえの神なんだからしょーがないでしょーに! 温故知新よ温故知新! 温故は知新で知新は温故なのよ!』


『まーよく分かんないけど分かったよ。それにしてもこいつらの攻撃、遅いのに加えて単調だわー。予備動作が素直過ぎて腹立ってくる。全員並べて説教してやろうかな』


 殴りかかってくる輩、抱きついてくる輩、切りかかってくる輩、突いてくる輩、飛んでくるナイフ、飛んでくる手斧、飛んでくる鉛粒、飛んでくる矢、その全てを最小限の動きと移動で見事に避けながら、ヒロは脳内でワイワイと会話していた。

 ヒロが避けるばかりで全く反撃しないため、ヤンキスクランの面々はひとりとして戦闘から離脱することはなかったが、同時に誰か一人でもヒロに攻撃をヒットさせられたかというと、答えは無様なものだった。

 時間が経つにつれ、ヒロの近くで武器や身体を振り回していた輩から順番に動きがおぼつかなくなり、肩で大きく息をしながら終いにはうずくまっていく。

 最初は遠巻きにニヤニヤ笑いながら矢や針や鉛粒を飛ばしていた輩達も、次第に焦りの色を見せながら、残弾数を気にし始めていた。


 そして一方的な攻撃が始まって30分後、気付くとヤンキスのクランハウス1階広間には、焦りと苛立ちと疲弊と恐怖と疑心が渦巻いていた。


「あれ? まだ30分くらいしか経ってませんよ? 攻撃の量も強さもめっちゃ減ってませんか? さぁさぁ、疲れたふりはそのくらいにして、どんどん来てください。俺を殺す気なんでしょ?」


 ヒロは自分の右目に向かって飛んでくるボウガンの矢をスルッと避けながらニコリと笑った。


「バ、バケモノめ……ふざけんなぁぁああああ!!」


 ガロが絶叫し、よだれを垂らしながらヒロに迫る。

 しかしその動きは緩慢で、もつれた足はバランスを失い、惨めな姿がただ床に転がっただけだった。

 そして、それを最後にヤンキスクランからの攻撃は途絶え、苦しげな呼吸の数々が静寂を濁し、覇気を失った輩達は部屋のあちこちに転がっている事しかできなかった。

 そんな中、最後方で立っていたひとりの男がゆっくりとヒロに向かって近付いてくるのだった。


「貴様なかなかにやるもんだねぇ。オレはこのクランのリーダー、プラチナタグのデジックだ。改めてうちのクランに入らないか? 幹部スタートで構わないよ~♪」


 筋骨隆々とした男は余裕を見せながらヒロに話しかける。


「一番うしろからボウガン撃ちまくってた奴が偉そうなこと言うなよ」


 つまらなさそうなヒロ。


「おや、そんなところまで見えてたのかい。ますます貴様が欲しゴブァァアア!」


 刹那、男の腹にヒロの拳が突き刺さった。


「ぉぉおおおお……ゴェッウベェガハァ」


 デジックはその場にうずくまると、口から大量の血と吐瀉物を撒き散らす。

 貫かれた腹からも血と体液と臓物が飛び出していて、本来なら全員が怒り狂い襲いかかってくるような事態が起こっていた。

 しかし、その場に居た全ての人間はただただ凍りつく。

 見えなかった。

 誰の目にも、ヒロが攻撃モーションに入って自分達のリーダーの腹に拳を突き刺す姿が確認できなかったのだ。

 恐怖と戦慄。

 生唾を飲み込むことさえためらわれるようなピリついた空気が辺りを支配する。


 そんな中、あと少しで息絶えようとしていたデジックに光が差した。

 ひとりの男が彼に手を差し伸べたのだ。

 ヒロだった。

 ヒロは死にかけているデジックの全身をフレームで包み込み、【治癒力上昇魔法】を思い切り叩き込んだ。

 みるみるうちに傷が塞がり、欠損した肉が再生し、失われた血液や体液が大量生産され、顔色が戻っていく。

 1分ほどすると、何事もなかったかのように元の姿に戻ったデジックは、驚きを隠せない様子で口を開いた。


「おま……えは……か、神の使徒だとでもグァァブブブゴェェェアアア」


 今度はデジックの右胸にヒロの蹴りが炸裂し、右肺の辺りから右腕に至る大きめのパーツが吹き飛んで入口の施錠されたドアにグチャっと当たると床に転がった。


「ごぉぉぉぉぁぁぁぁああぉぉぉ……ぅげぇぇぇぇええ」


 断末魔の咆哮を撒き散らし、片腕と胸の一部を失った男は悶え苦しみ転がり呻く。

 そしてヒロは、まるで流れ作業の如く涼しい顔で【治癒力上昇魔法】を浴びせ掛ける。

 3分後、クランリーダーの身体は再生を繰り返し、右腕も含めて元に戻っていた。


『ヒメ発見だよ。欠損部位が大きいと同じ魔法でも元に戻る時間が長くなるんだわ。今後のいざという時のための参考になった♪』


『しかしヒロの【治癒力上昇魔法】も凄いレベルまで上がってるわよねー。あんな即死級の怪我でも2~3分以内に治せちゃうなんて。しかも血液やリンパ液の再生産まで異常な速度で終わらせちゃうし。こうやって腕がニョキニョキ生えるみたいに復活しちゃうと、あのドアの下に転がってる腕は誰の腕? みたいな感じになるよねー。まったく末恐ろしい異世界転生者ね~』


『恐ろしくないやい! そもそも……って、次の攻撃繰り出さなきゃ』


 ヒロはためらわずに3発目の攻撃を見舞う。

 そしてまた治癒し、4発目を見舞う。

 そしてそんな破壊と再生の5発目が繰り出されようとした時、デジックが絶叫した。


「ぃぃぃぃぃぃぃやめてぇぇぇぇ。もうやめてぇぇぇぇぇぇぇ。ぅぅぅぅゆるぅぅしてぇぇぇぇぇぇぇ。ごべなさぁぁぁぁぃ。ごべだざぁぁぁぁぁぁぃぃぃいいい」


 自らの血の海の中で失禁し、涙と鼻水とよだれにまみれ、デジックは泣き叫んだ。

 泣き叫びながらヒロに向かって懇願した。

 人生の全てを掛けて這いつくばり、ひれ伏した。

 クラン員達は、全員その場に凍りついたままだった。

 誰一人としてもうヒロに攻撃を加えようとする者はいない。

 それどころか視線を向ける者すらいない。

 ここに居合わせた【ニョークシティ】【ブロンカーズ地区】の最大クラン【ヤンキス】のメンバー三十数名は、この日、地獄を見た。

 そして、たったひとりの男に全面降伏したのだった。





 数分後、広間の奥に、この日出席していたクラン員全員が固められていた。

 ヒロは全員をひと睨みしてから喋りだす。


「えっと、お前らに言っておく。今日の出来事は全部まるごと余すところ無く秘密にしろ。俺の名前、俺の能力、俺の存在感、俺のほとばしる魅力、俺の厳しいようで実はやさしい側面、全て秘密だ。忘れろっつっても忘れられないだろうから、とにかく秘密だ」


「「「「「「…………」」」」」」


 ヤンキスの面々は、皆一様に無言のまま頷く。


「あと今後、俺と関わらないと誓えるのなら今まで通りに生きればいい。真面目に生きようがふざけて生きようが冒険者を陥れようがお前らの勝手だ。ただ、もしも、俺を巻き込んだり、俺の事をここにいる人間以外に少しでも伝えたりしたら、俺は怒る。めっちゃ怒る。ばり怒る。ぼっけぇ怒る。しったげ怒る。全力で怒った俺は多分、お前らのリーダーにやったお仕置きの遙か上の10時間コースに、お前ら全員を招待するだろう。ひとりに怒っただけだとしても全員を招待するだろう。ひとりあたり200回くらい死にかけることになるんじゃないかな。そんなの面倒だし痛いし嫌だろ?」


「「「「「「…………」」」」」」


 皆一様に無言のまま何度も何度も頷く。


「だったらここでお前らとはお別れだ。ちょっと長居しちゃったし、せっかく出してもらったお茶や羊羹にも口を付けず悪かったな。じゃーな~」


 ヒロは爽やかに手を振って入口のドアの鍵を開け、ツカツカとクランハウスを後にするのだった。





 17日目 午後5時。

 【ニョークシティ】【ブロンカーズ地区】の路地裏の袋小路。


 ヒロはため息をつきながら困っていた。

 目の前には、ひとりの少女が立っている。


「あの……ワタシを、ヒロさんのパーティメンバーに……してください!」


 意を決した瞳で力強く訴えてきたのは、冒険者ギルドから続く本日のヤンキス騒動のきっかけとなった人物でもある、獅子耳っ娘のリオだった。


「あのねぇリオさん、俺、ついさっき、“二度と俺に関わるな”って言ったよね?」


「あ…………はい」


「聞いていたし、覚えてもいるんだね? じゃあどうして関わってくるの?」


「そ、それは…… わ……私も強くなりたいんです! ヒロさんのように強く! 私にはどうしても強くならないといけない理由があるから……。だから強くなれるのなら何でもします! お願いです! 連れて行ってください!!」


 つぶらな瞳を潤ませて懇願するリオ。


「そんなこと言われてもなぁ……」


「お願いします! お願いします! お願いします! どんな苦難にも耐えてみせます! 乗り越えてみせます! 連れて行ってください!!」


 リオの勢いは増すばかりだった。

 ヒロは暫く黙り込んだ後、ゆっくりと話しを再開させた。


「それじゃあリオさん、試験を受けてもらってもいいかな?」


「!…… はい! ぜひ挑戦させてください!!」


 事態が進展したことで嬉々として1歩近付くリオ。

 短毛の凛々しく太い尻尾がブンブンと振られている。


「試験と言っても命に関わるような事はしないよ。内容はいたってシンプル。俺が合図してから10秒間、声を出さずにいられたら合格だ」


「10秒間、黙っていればいい ……だけですか?」


「そうだ。もちろん暴力を振るったり怖がらせたりはしないよ。声を掛けたり肩に手をやったりはするかも知れないけど、例えばそこでリオさんが“はい”とか“キャッ”って反応したりしても失格。とにかく黙っていること。どう? やってみる?」


「もちろんです! やらせてください!!」


「じゃあ今からでもいいかな?」


「あ、はい! 大丈夫です!」


「それじゃあ俺がスタートって言ったらスタートね。いくよ~ ……スタート♪」


 10秒間の試験が始まった。

 リオは強い炎を瞳に宿すと、口を真一文字に結び、ヒロを見据える。

 すると開始3秒、突然、リオの視界からヒロの姿が消えた。


「!」


 そして次の瞬間、リオの背後に回り込んだヒロは、両手で彼女のたくましい尻尾を鷲掴みにしたかと思うと、前後に絞るように力を入れつつ揉みしだきまくった。


「ひゃゃゃゃゃゃゃゃゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁああああああああああああああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーんんんんんぅぅぅぅ~~~~~~~んんん……んん……んふぅ……んん」


 最初に発せられた叫び声は徐々に絶叫へと変化し、呻き声の後には悶た喘ぎ声が漏れ続け、もはや言い訳ひとつできないほど声を出しまくったリオは、両足をガクガクと震わせながらその場に倒れ込んだ。

 全身をピクピクさせながら白目をむき、ぐったりと横になって意識を手放している。

 余談だが、リオが意識を取り戻して立ち上がったのは、この時から2時間後のことだった。





 数分後。

 【ニョークシティ】【ブロンカーズ地区】の路上。

 ヒロはパン屋やよろず屋を探してウキウキと歩いていた。


『ヒロってば、女の子をあんな目に合わせて、鬼ね。鬼オコゼね。鬼イトマキエイね。あの娘ってばもうお嫁に行けないわよー』


『お嫁にくらい行けるだろ~。知ったこっちゃねーけど』


『あのねヒロ、この世界の獣人にとって【尻尾】っていうのはね、動物や魔物のソレとは比べ物にならないくらいどちゃくそデリケートで敏感な部位なのよ。誤解を恐れず脳内だけの話として言わせて貰えば【性感帯の塊】と言っても過言ではないくらいよ。それをアナタって人は……。握って擦って揉みしだくだなんて……。しかも気絶させてそのまま放置するだなんて! 人によっては最高の御褒美……いや、トラウマ体験確実よ! もし意識が戻る前に誰かに襲われでもしてたらどうするの!』


『大丈夫だよ~。すぐそばに【このむすめさわるべからず】って書いた立て札、立てといただろ?』


『そんな立て札立てたって、屁理屈とトンチが得意なエロ坊主でも通りかかったらイチコロじゃないのよ。ひどいわ~』


『しかしヒメさ、考えてもみてくれよ。ひとりも殺してないとは言え、あの広間で血まみれの惨劇を散々見せてさ、その上で脅したにもかかわらずだよ、あっというまに追いかけてきて“パーティに入れて!”なんてゴリ押ししてくるあんな奴、ろくなもんじゃねーっての』


『ピキュピキュ! ウルもそう思うピキュ! ヒロさんが“ひとりでも関わってきたら全員血まみれにする”って言ったのに、あのライオン娘は【私だけは特別扱いされる感】丸出しで迫ってきたのでピキュ。主観と自意識が過剰すぎて仲間を道連れにする、全く信用できないタイプなのでピキュ~』


『お、やっぱウルさん心の友だねぇ~。そーなんだよ。あーゆー遠慮のないタイプってーのは、周りを振り回すだけ振り回してテメーは気持ち良くなっちゃうめんどくさい奴なんだよ。いざとなった時に被害者ヅラして弱者を演じる可能性まで秘めた、絶対近付いちゃ駄目な破滅キャラだねー。あと超弱いし』


『もぉ~2人してめった打ちねー。まぁ確かに一直線なタイプっぽかったけどさー』


『まーヒメがその委員長スタンスを取るなら今回は俺が悪役を演じておくよ~。おっと、あそこにある【順風満パン】って店、パン屋じゃね? 行ってみよーぜ♪』


 そのままパン屋に飛び込んだヒロは、その後も何軒かの店を巡り、いろいろと買い物をし、宿をとり、夕食を済ませ、ハナとのコシコシスキンシップ&おやつタイムを満喫し、時間が経つのを待った。

 そして通りを行き交う人の影も無くなった頃、闇夜の散歩へと繰り出すのだった。





 17日目 午後9時。

 【ニョークシティ】【ブロンカーズ地区】西端。

 昼間であれば雄大な流れを拝めるであろうハードスン川沿いの道。

 今は月明かりしか光源が無く、人の往来など皆無である。

 そんな暗闇の中を、ヒロはため息をつきながらゆっくりと歩いていた。


『ねぇヒメ、ヒトっていう生き物は何でこうも愚かな行動を取るものなのかね……』


『ヒロ、それはね、自分が愚かな行動を取っているという自覚が無いからだと思うわ』


『言い得て妙だよなー。俺達が宿を出てから今に至るまでさ、ひたすら真っ暗な道を西に歩いてここまで辿り着いた訳だけどさ、普通の追跡者なら警戒して一旦やめるよなー。なのにあいつら、疑うこと無く50mくらい後ろを律儀について来るし、気付かれてるとか罠だとか思わないもんかねー。神経疑うよー』


『だから~多分、気付かれていても罠だったとしても、自分達なら対処できると思ってるんでしょうねー』


『対処かー。みんな、あいつらの目的は、やっぱ【俺の殺害】だと思う?』


『思う思う。もーそれっきゃない! ってくらい思う~♪』


『ウルも同意見ピキュ~。ヒロさん狙われてるのでピキュ~』


『だよなぁ~。しかしそれにしてもヤンキスクランの奴等も姑息だよなー。俺を殺したいんなら自分達で夜襲かければいいのに、まさかの【反社会的勢力を雇う】ってパターンで来るとは……』


『しかもその日の内にすぐさまマフィア事務所訪問&依頼まで進めちゃうもんだから、念の為にってだけで【スコープ】で監視してたヒロに全部見られちゃってるし。まさか、【暗殺依頼書】って書かれた紙にサインしてお金払って握手してるところまでじっくり当人に見られてるなんて、あいつら夢にも思ってないでしょうねー。なんか可愛そう』


『しかし話は戻るけど、あれだけ過激に脅したのに、なんでヤンキスクランの連中はすぐまた関わってくるかね? マフィアに頼んだところでさ、俺に疑われるのは明白だろーに』


『言い辛いんだけど、多分、マフィアの暗殺部隊レベルなら、例えヒロが凄い格闘家だったとしても確実に殺ってくれるはず……なんて思ってるんじゃないかしら……』


『おぉぉ、なるほど。それは考えもつかなかったわー。てことはあの馬鹿クランの馬鹿構成員達は、俺が何を言おうと、どう脅そうと、結局俺を消しに来るってことなのか……』


『まー、それが彼らにとって【一番の安心】につながる訳だしねー』


『だーかーら、俺は“関わってこなければ俺も関わらない”って言ったのになー。信用して貰えてないのかなー』


『あいつらの心に染み付いちゃったのは【反省】でも【信用】でもなく、絶対的な【恐怖】でしょ。あとは【恨み】。ヒロさえ殺せれば、そのふたつから開放されるんだから、夢に向かって頑張ってる姿に一応の説得力はあるんじゃない?』


『俺を消すことに【夢】見んなっつーの。本気でいい迷惑だぜ……』


『ピキュ! ヒロさんを追う影が距離を詰めて来たのでピキュ~。ウルの分裂体に始末させるピキュ?』


『ウルさん、そんなことも出来るようになってるの? でも今、俺の周りを変色変質変形しながら巡回してくれてるウルさん軍団もいるんだよね?』


『今は、ヒロさん周りに【確実に守って攻められる最強のウル軍団】を常駐させているのでピキュ。そして残りのウルの分裂体は、尾行してきてる暗殺者集団の傍に張り付いてたり、地区外にレベル上げに行ってたり、見聞を広めに旅をしてたり、同時にいろいろ行動しているのでピキュ~』


『マジで!? 凄いなウルさん! ちなみに分裂体同士の意思の疎通って、離れていても出来るの?』


『【神速通信】ってスキルで出来るピキュ! 今のところ途絶えたことは無いのでピキュ~』


『やばい。これは俺の【スコープ】より、距離的な性能が遥かに高そうだぞ。ウルさん、これからもずっとよろしくね~♪』


『ピキュピキュピキュ~♪』


 全てのウルが心の尻尾を全力で振るのだった。


『おっと、そんなこと言ってる間にも暗殺者集団が20m後方くらいまで近付いて来てるな。そろそろあいつらも行動に出てくるのかもねー。さてどーすっかなー』


『もちろん皆殺しなのでピキュ!』


『……あ、ウルさん、ウルさんて俺の周りを100ウルさんくらいになって巡回してくれてるんだよね?』


『頭の天辺から爪先まで、ヒロさんの表面をスキのないシフトで巡回警備中なのでピキュ~。この鉄壁の警備網は永久に解かれることはないのでピキュ!』


『だったらさ、今回は【ウルさんのディフェンス能力】について実験してみようよ♪ もうちょっと歩いたら俺、立ち止まるからさ、そーしたら多分だけど暗殺部隊の奴等も攻撃してくるでしょ。それをウルさんがひたすらガードするって実験、どお?』


『やるピキュ! 守るピキュ! ついにウルの実力を魅せる時が来たのでピキュ~』


『ヒロ、ウルちゃんからは攻撃しちゃ駄目なの?』


『う~ん。あとで攻撃してもらうかも知れないけど、とりあえずは【ディフェンスのみ】で対応してみてよ。ウルさんの硬さとか反応速度を見てみたいんだ~』


『ピキュピキュピキュピキュ~♪♪』


 1分ほど経過し、ヒロは適当な道端で立ち止まった。

 道を背にハードスン川に向かうと、正面から微かに岸辺の水音が聞こえてくる。

 ヒロは満を持して、夕方よろず屋で手に入れた【紙巻魔タバコ】をおもむろに取り出し咥えると、緊張の面持ちで火を付けた。


シュボッ


スゥゥゥゥゥゥ……


フゥゥゥゥゥゥ……


 ゆっくりと肺いっぱいに魔煙を吸い込み、ゆっくりと吐き出すヒロ。


『う、うんまぁ~。何年ぶりかでタバコ吸ったけど、やっぱうまいわ~。つーかこの【魔タバコ】ってのが格別にうまいんだ! 魔草からつくられたタバコってどんなもんかと思って買ってみたけど、人生観が変わるほどうまいぜ~。こんなものまで流通してるとなると、俺確実にヘビースモーカーに逆戻りだなー。こりゃヤバいな~異世界厚労省に“癌になる確率が!”って怒られちゃうなー。……いや、でも待てよ。よく考えたら俺には随時【HP自動回復】がかかり続けてるんだから、生活習慣病も癌も一切関係ないのか。そっかー俺ってばそもそも【病】と無関係な存在になってたってことなんだな。こりゃホント、ハナに感謝だな~♪』


 完全健康体の愛煙家として復活を遂げ、嬉しそうに煙と戯れるヒロ。

 その時だった。


キン キキン キキン


 ヒロの後頭部のあたりを巡回中だったウル分体が、一瞬で小さな面を形成し、何かを弾き落とした。

 見れば、ヒロの背後に10cmほどの真っ黒な針がいくつも転がっている。


『おぉぉ、5時の方向から飛んできた吹き矢、見事に全部弾き落としたね~。さすがウルさん』


『ピキュ~。余裕なのでピキュ! 次は別の防ぎ方を魅せるのでピキュ~』


 続け様に背後からまた数本の針が飛んでくる。


!ッ !!ッ !!!


 今度はヒロの左胸の後ろで小さな面を形成したウルが、弾くことなく数本の針を受け止めて体内に吸収する。


『ウルさんすごーい! 全然音しなかったよ~。しかも無音キャッチした針を呑み込んじゃってるし~』


『ピキュ! ウルの体内には亜空間ポケットがいくつもあるのでピキュ~。何をどれだけ呑み込んでもへっちゃらなのでピキュ~。呑み込んだ武器や毒を解析して吐き出すことも分解消化することも出来るのでピキュ~』


『弾くも飲み込むも出すも消化するも自由自在か~。ウルさんべらぼうにグレートだよ! なまらバッチグーだよ~』


『ピキュピキュピキュ~♪』


 それからも背後の闇に陣取る暗殺者集団からの攻撃は続いた。

 ヒロが3年ぶりのタバコを満喫していて全く動かないため、吹き矢や投げナイフ、弓やボウガンから放たれた矢、様々な飛翔物がヒロの身体のどこかに当たりかけるのだが、その度に全身の表面を巡回中のウル分体のいずれかに吸収されて呑み込まれてしまう。


『ヒロさん、あいつらが飛ばしてくる殆どの武器に即死性の猛毒が塗ってあるのでピキュ~。既にウルの体内で解析と分解が終了してるんで問題無いピキュが、そこらで市販されてる解毒ポーション程度では苦戦しそうなややこしい構成を施されたユニーク毒なのでピキュ~。こいつら、嫌~な事考える奴らなのでピキュ~』


『まぁ毒が1種類しか無いなんてゲームの中だけの話だし、あいつらはプロの殺し屋だからなー。そら嫌~なこと考える奴らに決まってるよなー。オマケに飛んでくる武器もヤンキスクランの連中とは比べ物にならないくらい正確で速いし、一般人だったらとっくに死んでる局面なんだけど、この幸せな喫煙タイムの安定感は、まさにウルさんの能力の高さのおかげだよ~。大丈夫? 対応キツくない?』


『ピキュ♪ まーだまだ全然余裕のよっちゃんイカなのでピキュ~。この程度の攻撃なら、生まれたての子鹿の背中の上でジェンガやりながらでもサクサクッと対応できるのでピキュ~。今のところ、ウルが苦戦するのはハナちん、ウルが敵わないのはヒロさん、あとの生物はみんな雑魚なのでピキュピキュ~♪』


『さすがウルさん心の家族よ! さて、そろそろあいつら、飛び道具やめて直に斬りかかってきそうな雰囲気だけど、この先もウルさんに任せていい?』


『モチのロンなのでピキュ! ウルのディフェンスが【相手の心を折る】という意味でオフェンスでもあるところを魅せるのでピキュ!』


 その後、暗殺者達は僅かな足音とともにヒロの背後を取り囲む。

 まずは槍を持った3人が衣擦れの音だけを僅かに残して頭部、胸部、下腹部の3箇所を同時に突いてくるが、ウル分体は待ってましたとばかりに、メガミウム製の小さな平面を生成し、槍の先端に合わせて華麗に受け流した。

 刺突の勢いを流されて前のめりになってしまった槍3人衆は、ヒロの反撃を恐れ、慌てて後ろに飛ぶ。

 その3人と入れ替わって前に出てきた次の男は、脇に大太刀を構えながら、全力で横薙ぎの一閃を放ってきたが、今度はウル分体の受け呑みによって、大太刀そのものを手放してしまい、慌てて真横に飛んでから転がり逃げる。

 ガッチリと刃先を掴まれた大太刀は、音も無くウルの中に呑まれて消えていった。


『さぁウルさん、確認済みだとは思うけど、そろそろ本日の目玉商品、火薬系武器が登場しそうだよ~。まずは棒みたいな筒をこっちに向けて構えた2人がいるだろ? あれの先端の穴から多分金属の粒がすごい速さで飛んでくるから吸収してみて!』


『お安い御用なのでピキュ~』


 次の瞬間、


ドゴォーーーーーン

ドゴォーーーーーン


 爆発音が重なって轟き渡り、2本のマスケット銃から発射された散弾が一斉にヒロの上半身を襲う。


!!!!!!!!!!!!…………


 ウル分体達は、その散弾の全てを認識しつつ1粒1粒丁寧に呑み込んで亜空間に消し去った。

 すると間髪入れず、槍と大太刀の4人が一斉にヒロから離れると、マスケット2人組の近くの闇の中から、一斗缶ほどの大きさの鉄の箱が飛んでくる。


『ウルさん! あの中には火薬的なものが満載されてるはずなんだ。だとしたら相当な爆発がこの後ここで起こるんだけどさ、大爆発ってウルさんの対応メニューにある?』


 空中を飛んでくる鉄の箱の側面で残り僅かな導火線らしきものがチリチリと燃えている。


『任せるのでピキュ~。普段は通気性やヒロさんの動きやすさを重視して、分体巡回活動に留めてるピキュが、とーぜん大盾にもフルプレートアーマーにも箱にも要塞にも変形できるのでピキュ~。ちなみにヒロさんのお好みは、【爆発前に亜空間に呑み込む】と【敢えて爆発させて防御する】、どっちでピキュか~?』


『【敢えて爆発させて防御する】で頼むよ!』


『ピキュピキュピキュ~♪』


 そして導火線もほぼ燃え尽きた鉄の箱がヒロの背後1m付近にまで飛んできた時、閃光と共に空間そのものを引き連れて、あたり一面が爆ぜた。

 轟音と爆風が荒れ狂い、空気も消失する。

 大量の火薬に混ぜ込まれていた無数の鋭利な金属群が四方八方に飛散し周囲に散らばる。

 あまりの爆発の衝撃に、10mほど退避しつつ鋼鉄製の盾を構えていた4人の刺客が一斉によろけて低く呻く。

 爆発の中心部では、土がえぐられ舞い上がり、小さなクレーターが出来ていた。

 そして、長いようで短い奇妙な静寂が訪れた後、砂埃がゆっくりと風に消え、元居た月明かりの薄暗闇が戻ってくる。

 そこには、爆発前と何ら変わらない姿でハードスン川に向かい、魔タバコを燻らすヒロが佇んでいた。


『思ってたよりデカい爆発だったわー。ウルさん大丈夫だった?』


『ピキュ! 爆発の直前からヒロさんの全身を隙間無く覆って塵ひとつ通さない【コーティングモード】に変化したピキュ! ヒロさんこそ問題なかったでピキュ?』


『それが気持ち悪いくらい問題なかったよ。爆風はもちろん、熱も、振動も、音すらも伝わってこなくてさ、ウルさん、俺、今、ここに立ってたよね?』


『ヒロさんを亜空間保存なんてしてないピキュ~。爆風は弾き返して、飛んできた金属片は全て呑み込んだのでピキュ。熱や音や振動は、それぞれの逆相を展開することで、ヒロさんの位置には何も届かないように調整したのでピキュ~。身体と衣類とタバコまでがヒロさんの範囲で、タバコの煙は切り捨てたのでピキュが、問題なかったでピキュ?』


『ウルさん……芸が細かいし、なんつー心遣いなんだよ。吸ってる途中のタバコまで守ってくれるなんて! はいっ! 本日の【ウルさんのディフェンス能力】の評価は100点! パーフェクト! 最上級グレード! ありがと~♪』


『ピキュピキュ! 師匠を守るのは弟子の生き甲斐であり喜びなのでピキュ! これからもヒロさんを守り抜くのでピキュ~!』


『おぉぉウルさん! 心の1親等よ~!』


『ヒロさん、早速次のが来たでピキュが、これはどのように?』


『ウルさん、ここからは俺がやるから任せてよ!』


『ピキュ~♪』


『まったく、しつこい奴等だよ。こっちは放っておいて欲しいだけなんだけどな……』


 ヒロは、背後に飛んできた2つ目の爆弾が、目の前の空中で起爆する直前にインベントリ保存した。

 そして闇の向こうの暗殺者が、3つ目の爆弾の導火線に火をつけようとした時、その3つ目の爆弾の隣に保存したばかりの2つ目[起爆直前]をインベントリからそっと排出する。

 置かれた瞬間に起爆する2つ目の爆弾。

 この日、5つ目まで用意されていた爆弾が次々と誘爆する。

 己の半径1m内で計4個の爆弾が爆発したことにより、もはや原型を留めないほど細かい肉片となり爆散する【爆弾使い】。

 その少し横でニヤニヤと不敵な笑みを浮かべながらヒロに向かって盾を構えていた【2人のマスケット使い】も同様に粉々の肉片となり弾け飛ぶ。

 体制を立て直して【爆弾使い】の元に移動する途中だった【3人の槍使い】と【1人の大太刀使い】は、体中に金属片と圧力を浴び、辛うじて生物らしき原型を留めてはいるものの、見るに堪えない無残な死骸となって転がった。


 この日、【ニョークシティ】【ブロンカーズ地区】を牛耳る最大のマフィア【コリンパウ・ファミリー】の暗殺部隊【アルパチ】内で【不問の七柱】と呼ばれた精鋭上位7名がハードスン川沿いの人通りのない道端で死亡した。


 しかしその情報は誰の目にも耳にも届くことなく歴史から消去される。

 散乱した7人分の死骸と遺品、そして飛び散った肉片や金属片の小さな欠片にいたるまで、全てウルが回収&消化し、世界の片隅から完全に消滅した。

 その後、宿まで戻ったヒロは、少しだけヒメ達と相談してからさらなる行動に出る。

 【コリンパウ・ファミリー】と【ヤンキスクラン】の拠点を、建物ごとインベントリに収納、つまり現実世界から消し去ってしまったのだ。


『これでもまだ俺を狙って来るようなら、いよいよ人を大量に消さないといけなくなるなー。正直それは避けたいんだけど、今日1日の僅かな間に起こった事を並べてみても、この世界の荒くれ者達に暗黙の了解を強いるってーのは元来無理なんじゃないかと思えてきててさ、受け一辺倒で迎撃に徹してると、いずれは【俺vsユーロピア帝国】っていう【戦争】にまで発展しそうじゃね? そうなるとさ、俺が勝つかどうかは置いといて、帝国の人間が大量に死ぬでしょ? これつまり、【無駄な殺生】以外の何物でもないんだよなー。人間には魔晶無いし。避けたい避けたい。のんびりと旅したいよ~』


『人間にはカンの鈍い愚か者が多いのでピキュ~。相手が自分よりどれくらい強者かを計る器官が全く発達してないのでピキュ~。弱肉強食の世界を生きる者なら誰しもが備えている1番大事な能力なのでピキュに、それが鈍いと只の餌になるだけピキュ~。ウルはもう人間の愚かさを完全に理解したのでピキュ~』


『ウルちゃんももう賢者とか仙人みたいなこと言ってるわね~。それにしてもヒロ、5階建てと3階建の石造りの建造物を丸ごと消しちゃうなんて、明日の朝には町中大騒ぎになるわよー。中に居た人間もみぃ~んなインベントリだし~。もしもヤンキス残党の中の馬鹿がヒロのことを言い出して、マフィアの幹部や、それより上の役人、貴族、領主なんかに目をつけられたらどーするつもり?』


『ん~、この迎撃に対してまだファイティングポーズを取って来るようなら、今度は闇に隠れてさ、偉い奴の中から【俺を殺そうとする派】だけを次々に消していこうかと思ってるんだ。で、【俺を忘れようとする派】の奴ばかりが生き残ればさ、さすがにみんな、空気読むでしょ』


『まぁ確かにこのしつこさに対して、いちいち打ち合いの喧嘩で応戦してたら、結構早い内に領主や国が出てくるかもね~。今思えば冒険者ギルドのハンスさんが言ってた“権力者に目をつけられるな”的なアドバイス、沁みるよね~』


『確かに! まるでハンスさんの掌の上だぜこれじゃ~。よし、今後は【極力人を殺さない】と【敵意はすぐ摘む】を両立して、愉快でおだやかな旅を心掛けようぜ!』


『矛盾してる気もするけどは~~い♪』

『ピキュピキュピキュ~♪』


 こうして、ヒロ達の異世界生活17日目は終わった。




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る