9日目 物質変化・牛1000体




 ヒロが異世界に転生して9日目の朝が訪れた。


 この日も日の出とともにハナが飛び出し、ヒロの全身をクンクン、コシコシ、前足でギュッギュッ、尻尾でペシペシと元気いっぱいだった。

 ヒロがインベントリからハナ専用の木皿を取り出すと、それだけで嬉しさが抑えられずにその場でくるくる回りだす。

 デーモングリズリーの生肉5kgとEクラス魔晶5個を無我夢中で平らげ、食後の運動にはヒロとのじゃれ合いを1時間は欠かさなかった。

 ヒロによって足場がある程度整備されたアジト周辺はハナが走り回るのにも丁度よく、小さい体をグングン伸ばしながら気持ち良さそうに走り続ける。

 そんなハナを見つめながら、ヒロは【急ぐ必要もなく何からも追われていない暮らし】に最上の幸福感を得るのだった。


「さぁて、そろそろ出発の準備だね。まずは風呂入るけど、ハナも入る?」


アンッ! ゥアン!


『“パパが好きなとこハナもいく!”ですって』


「よぉ~し、それじゃあハナがびっくりしないように今日はちょっとぬるめにしようねー♪」


 手慣れた段取りで風呂を準備し、ハナを抱き包みながらゆっくりと湯船に浸かっていくヒロ。

 一瞬驚いたハナだったが、ヒロに抱かれている安心感からか、すぐにお湯に慣れてウットリと目を細めるのだった。


「やばい、ハナ、風呂で寝ちゃいそうだ(笑)」


クゥ~ン クゥン……


『“とっても気持ちがいいの。パパの中みたいなの~”ですってよ』


『こりゃもう寝るね(笑) 寝ちゃった場合ってどうすればいいんだろ……』


『一旦乾いた布で包んで乾かしてから温かいところで寝かしておこうか』


『そうだねー。それが……あ!』


 ヒロ達が相談していると、肝心のハナは半分眠りながらヒロの中にスッと入っていった。


『…… “パパママおやすみ~”ってハナちゃんたら、ママですって♡』


『ずぶ濡れで風邪引くんじゃないか?』


『…… “パパの中に入ると全部取れるの~”って言ってるよ。多分実体が一時的に無くなるから、ヒロの中に入って出ると雑菌とか水とか汚れとか体に付いてたものは全部取れちゃうんじゃない? 【インベントリ】の出し入れみたいに』


『便利だなぁ。確かにハナって俺から出た時、やけに毛艶がいいしフワモフだもんなぁ」


『…………はいハナちゃん寝ました~(笑)』


『まぁ朝からいっぱい遊んだからねー』


『だねー。さてヒロ、今日はどうするの?』


『今日は、とりあえずまたガンズ砦の近くに潜伏して、様子を窺いつつ、狩りもしようかなーと』


『りょーかいで~す』


 ヒロは風呂から上がって身支度を済ませると、昨日貰ったままインベントリに保存されていたゼキーヌのサンドイッチを平らげた。


『サンドイッチでもちゃんと丁寧に料理として作ってくれてるんだよなぁゼキーヌさんは。うまぁ~い。ただちょっと思うんだけど、チーズもマヨネーズもこの世界には無いのかも知れないなぁ』


『ん~とね、行くとこ行けばあるみたい。ただこの界隈だとまだお酒や果実を使ったソースが主流でマヨはまだ伝わってなくて、あとチーズやバターに関してはあるにはあるんだけど、動物の乳が高級品過ぎて庶民は日常では使えないシロモノっぽいよー』


『へぇ~。確かにこんだけ魔物がはびこってる世界だと畜産業は大変だろうなぁ。しかもビッグラビットみたいに美味しい魔物がワラワラいるだけに、食肉加工用に家畜を育てるって考えがそもそも浮かばないかもな~』


『センタルスやメンシスは町の防衛が水堀型で比較的土地を広く取れるから、敷地内に小規模ながら牛やヤギを飼ってるみたいだけど、あくまでも搾乳用みたいだね。で、搾乳用の動物が少なすぎて乳製品が高級化している……って感じ?』


『なるほどねー。ヒメ情報ありがと。さぁてそろそろ行きますか!』


『オペ、ラジャー!』


『…………』





 正午前にガンズ砦付近に到着したヒロは、昨日と同じ林に【鋼部屋】を設置しようとして少し考え出す。


(うーん、【鋼部屋】設置においての重大な問題は【基礎の不安定さ】なんだよなぁ。当然のことながらインベントリから取り出して置くだけ……なだけに、置く地面の状態によっては結構傾いたりしちゃうし。2000トンもあるからどうやったって安定はするけど、床面が傾斜なのは手抜き工事物件みたいでなんか嫌なんだよなぁ。うーーーん……)


 考え込むこと2分。


(そーだ、【鋼部屋】を設置する前にフレームで巨大受け皿みたいなのを作って、1mでも2mでも浮かせればいいんだよ! 2000トンの鋼の塊を乗せてもひしゃげたり壊れたりしない土台を作ってやれば、あとは置くだけじゃん♪ よぉ~し…… いや、…………待てよ……)


 さらに考え込むこと2分。


(いやいや、土台なんか作るんなら、いっそのこと昨日の【鋼部屋】は一旦インベントリの肥やしにして、新たにフレームを維持したままの【新★鋼部屋】を作っちゃえばいいじゃん。【流星4号】と同じ要領で、まずはフレームだけで部屋を作ってから中で金属を錬金しまくって、そんでフレーム解除をせずに微調整だけして保留[という名の完成]とする。……これで良くね? あ ……いや、もっと試してみたい魔法を思いついたぞ!)


 ヒロは何かに取り憑かれたようにフレームを生成して調整していく。

 昨日作った【鋼部屋】と同じようなサイズと構造で、しかも入り口の開口部も最初から設計された巨大キューブをフレームのみで器用に造形していく。


(よし、ここで今までなら、素材の小さいパーツを次々と錬金してフレーム内を埋めていっていたところなんだけど、ここからは新しい試みだ。根本的に考え方を変えるやり方なだけに果たして出来るのかどうか……)


 集中力を高めたヒロが心の中で呪文を放つ。


(……フレーム内をヒロハナハガネに変換!)


 強く強くイメージし続けるヒロ。


 すると


テッテレー!


 次の瞬間、部屋型のフレームの内部が完全にヒロハナハガネで満たされた。


(よぉし、よし! やったぞ! 【錬金でフレーム内に何かを創造する】じゃなくて【フレーム内を何かに変換する】が出来るようになった! しかもこれが俺のイメージ通りだとすれば……)


 ヒロは完成したばかりの【ヒロハナハガネ製フレーム部屋】を地面から50cmほど浮かせた場所に水平に固定し、入り口用に作った開口部に向けてグイッと広げるイメージを注いだ。

 すると、開口部は音もなく、そして滑らかに、ひと回りほど大きく広がったが、フレーム内部を構成しているはずのヒロハナハガネからはミシリともなんとも反応がなく、まるで収縮自在の液体か何かが入っているかのような印象だった。

 つまりこの魔法は、フレームの大きさや形がどれほど変化しようと、絶えず初期指定された状態の物質が内部を満たし尽くすというチートなものだった。


(よし、じゃあこの状態でフレームを解除してみよう。フレーム解除)


 すると今まで目の前にあった巨大な金属の箱が、フレームと同時に一瞬で消滅した。


(なるほど。フレームの形に合わせて、指定した物質が無限に増減&変形してくれる代わりに、その物質自体はフレーム解除とともに消滅するんだな。そこは、【創造した物質がそのまま残る錬金】とはまるで違うところだ)


 ヒロはステータスを確認する。




名前:ヒロ

種族:人間[ヒト]

年齢:22

性別:男


pt:0


Lv:49

HP:400

HP自動回復:1秒2%回復

MP:400

MP自動回復:1秒10%回復


STR:100

VIT:400

AGI:600

INT:400

DEX:700

LUK:156


魔法:【温度変化】【湿度変化】【光量変化】【硬度変化】【質量変化】【治癒力変化】【錬金】【トレース】【成分変化】


スキル:【ショートカット】【インベントリ(ヒメのなんだからね!)】【スコープ】【必要経験値固定】




『ヒメ、新しい魔法おぼえたよ~』


『ん~? なになにどんなの? 【成分変化】?』


『そう、フレームの中を指定した成分に変える魔法』


『えーーー!? そんなことって出来るの?』


『出来たんだなぁコレが』


『じゃあさ、超巨大な金塊とかじゃんじゃん量産できるんじゃない?』


『そこはね、まぁーフレーム解除と同時に物質自体も消え失せるから、物を創造するという意味では使えないけど、乗り物とか住居づくりにはベストな魔法だと思うんだ』


『ふぅ~ん、そーなんだ』


『というのもね、このやり方だと【流星4号】でも【ヒロハナハガネ製フレーム部屋】でも、一旦形成してから後で形を変えたりが自在に出来るし、【錬金】と違って消費MPが少ない上に同時に複数起動できる。さらにはショートカット登録も出来て命令ひとつですぐ再現可能なのだよ』


『いいねいいねー。でも消費MPが少ないとは言え、お家レベルのサイズって耐えられるの?』


『さっき実験ついでに計測してみたら、【ヒロハナハガネ製フレーム部屋】の維持で大体毎秒10MPくらい消費するみたい。つまり、ベッドと照明を足しても毎秒13MPくらいとすると、毎秒40MPまで耐えられる今の俺なら余裕ってことだよ!』


『おめでとーヒロ。で、そのお部屋は?』


『ほいさ♪ 【ショートカット】【ヒロハナハガネ製フレーム部屋】!』


 ヒロが唱えた次の瞬間、目の前の空中に、縦7m×横7m×高さ5mの巨大なヒロハナハガネ製の部屋が浮かび上がり、地表から50cmほど浮かんだ状態で水平に固定された。


『す、すんごぉーーい! 一瞬で部屋ができちゃったよ! しかも浮いてる!』


『ね、いちいち錬金するより便利でしょ? しかも、』


 ヒロが入り口に視線を送る。


『うわっ 入り口が大きくなったよ、ヒロ』


『入るよ~』


『うわうわっ 部屋に入ったら入り口が閉じて無くなったよ、そんで今度は天井が全部無くなってオープンカー……じゃなくオープン部屋になっちゃった!』


『すごいでしょ? これだけ壁とか屋根とかを開けたり閉じたり無くしたりしても、その形にスンスン対応して変形してくれるんだよ。しかもめっちゃスムーズにね』


『ほんとだねー。まるで金属じゃないみたーい。あ、屋根が戻った♪』


『さぁ、そんな訳で改めて本来の仕事に戻ろうか』


『そうだったね。あまりに素敵な新居に感動してスケジュールを忘れてたしー』


『とりあえず今後も【ガンズ砦】の定点観測はこの林の中から続けていこうと思ってるんだ。俺の【スコープ】の現時点でのスペックだと、この部屋の厚さ1mの金属の壁や天井は難なく貫通して、500m先のガンズシティの建物の中の人の様子まで【見る】ことが出来ちゃうから、この部屋の中でソファに座ってくつろぎながらの作業で問題なしだよ』


『なんかもう人間業じゃなくなってきてるね、ヒロ』


『確かに【スコープ】はステータスが上がるたびにぶっとんだ性能に進化してる気がする。そこに加えて今回覚えた【成分変化】もぶっとんでるよ。これを機に【流星4号】も仕様変更するつもりだし、既にこの部屋の中にある【ソファ】や床一面に敷き詰められたハナの足にもやさしい【高反発マット】も【成分変化】魔法で作った快適アイテムだからねー』


『こんな快適で安全な新アジトが出来て良かったねぇ~』


 ふたりは新居完成の喜びを暫く分かち合うのだった。





『さぁ~、ってことで【ガンズ砦】の定点観測だ。ん~ ……まぁ今日も目につく奴らはみんな覇気がないなぁ。ヒメのレーダーではどお?』


『ヒメのワンダフルレーダーも変わらずに76人の生命活動を捉えてるよ~。弱ってる人も同じよーな感じだね~』


『よし、観測終了!』


『早っ!』


『とゆーのも、今日はこの【ガンズ砦】よりさらに先の北西方面を探索してみようかと思っているのです♪』


『ワーワーパチパチ、ワーワーパチパチ』


『なので、作って早々もったいないけど、この【フレーム部屋】は一旦消滅させるね~』


『……え? なんで?』


『ん? ……なんでとは?』


『だってさ、このままこの部屋のサイズとか形とかウネウネ変形できるんだったらさ……』


『……あ、そっか。別にこのまま【部屋】を【流星4号】に変形させて飛び立てばいいのか……』


『……でしょ?』


『…………ん~いや、確かにそーなんだけど、なんかさ、【こたつから1日中出ない奴】っつーか、【万年床から1週間出ない奴】っつーか、【実家の部屋から一生出ない奴】っつーか、とにかく【堕落していく生活の入り口臭】がプンプン臭うから、ここはやっぱ一旦消すわ』


 ヒロはそう言うと【ヒロハナハガネ製の部屋】を消滅させた。


『おぉぉ、ようはキチッとしたいのね、ヒロ』


『そう! ……と言いたいところだけど、実際は、フレーム内生活の便利さや都合良さに溺れ続けていくのが怖いってだけなんだよ。そう、俺には【自堕落の才能】がたっぷりあるのを俺が一番知っているのだから!!』


『……わかったわ、改めて良いことだと思うよ』


 ヒロは目を瞑ったままウンウンと何度も頷いた。


『さぁそんな訳で次は新しい【流星4号】を作ろう』


(フレーム)ピ(成分変化!ヒロハナハガネ!)


 次の瞬間、【流星4号】でおなじみなバスタブ型のフレーム群が生成され、その内側が黒緑色の【ヒロハナハガネ】で埋め尽くされた。


『おぉぉ、今までの【流星4号】は緩衝材で出来てたけど、これからはこの強力な金属にするのね?』


『うん、乗り心地については後で内側に緩衝材のマットを設置すればいいだけだし、やっぱりどうせならボディ自体は頑丈で安全な方がいいと思ってさ』


『いいねいいねー』


『そんで、これからは【成分変化】魔法で作っていくんだから気軽に変形できるでしょ? バスタブ型から乗り込んで蓋しちゃえばさ、大きめの棺桶みたいになって逆にカックイーんじゃね?』


『カックイー! カックイーよヒロ♪』


 サービス精神旺盛なヒメの反応に気を良くしたヒロは、すぐさまフレーム操作で【流星4号】の形を変えていく。

 そして、幅2m、長さ3m、高さ1m、底と壁と蓋の厚み20cmの【流星4号★棺桶】が完成したのだった。


『それじゃあしゅっぱぁ~つ!』


『スウィンコー!』


 乗り込んだヒロがすぐさま蓋をし目をつぶると、【流星4号★棺桶】は音もなく上空50mに浮かび上がり、スーーッと進んで行く。


『ねぇねぇヒロさ、今回の【流星4号★棺桶】ってさ、なんか【棺桶】ってゆーより【カプセルホテル】って感じじゃない?』


『……ちょっと待ってヒメ。このサイズ、……なんか思ってたより圧迫感があってあんまし心地好くないんだよね……変えるわ……』


 ヒロは、上空50mを時速80kmほどで移動しながらフレームを巧みに変形操作し、縦3m、横3m、高さ3m、底と壁と蓋の厚み20cmの新型【流星4号★キューブ】を完成させたのだった。


『結局キューブなのね、これはこれでカックイーよ、ヒロ♪』


『なんだかんだでこのサイズ感が一番しっくり来るかも。今度こそ、今度こそこの3mサイコロ型でフィックス出来る気がする。よろしくな! 【流星4号★キューブ】!』





 ヒロが【ガンズ砦】付近の林を飛び去ってから30分ほどが経過した。


『ねぇヒロ、わたしの【スペクタクルゴージャスリッチナビゲーションシステム】が教えてくれてるんだけどね、この先……ってゆーか、このあたりからずっと、ずーーっと、とんでもなく広大な草原地帯が続いてるっぽいんだわ』


『広いっつーとどのくらい?』


『えっとね、東西に400km~500kmで、南北に1000km以上あるっぽい』


『えっ? そんな広大な土地が全て草原なの?』


『うん、魔素強めの肥沃な土地にね、イネ科の魔草がたっっっくさん生えてて、その魔草が大大大大大好物な草食の魔物たちが、アホほどの数の群れで生息してるみたいよ』


『数にしてどれくらいなの?』


『うーんとね、この草原にはまず、大型の肉食系の魔物が入り込んでないみたいで、そのせいもあって草食系の魔物の数が爆発してるみたいなの。んでね、草食系魔物の頂点に君臨してるのが【グレートバイソン】っていうめちゃデカな牛系の魔物でね、そいつらの生息数が…… なんと約1億匹だって。【グレートバイソン】だけで1億匹』


『マジかよ…… 狩り切れねーぞそりゃ』


『狩り切る必要はないからね。ヒロが本気出したらホントに絶滅しちゃいそーだから怖がるよ、牛さんたち……』


『じゃあとりあえずその草原に突っ込んでみようか。ヒメ、近場で一番魔物密度の濃い所は?』


『それだと…… 11時の方向100kmくらいなんだけど、いやもうあと5分も飛べばウジャウジャ見えてくると思うよ~』


 するとヒメの言葉通り、ヒロの眼下には、延々と地平線の先まで続く広大な草原と、そのあちらこちらで巨大な群れを形成する草食系魔物たちのコロニーが無限とも言えるほどに続いている風景が広がっていた。


『す、すげー。数の迫力って感動的だねーヒメ』


『この草原は多分だけど、この大陸でも随一の草食系魔物のパラダイスだと思われるわ。見てヒロ、そろそろ360度どこを見渡しても草原と魔物しか見えなくなってるよ』


『ヒメ、ちょっと肉眼で見て風とかも感じてみたくなったから、【流星4号★キューブ】変形させるね』


『は~い』


 ヒロは静かに【流星4号★キューブ】を上空30mの高さで停止させ、屋根を消し、壁の高さも胸の辺りまで低くした。


『うわぁ~ヒロ、展望台だね~』


『いやぁ~、風もちょうど気持ちいいし、360度の大パノラマってーのはこのことだな~』


『そーだね~。ちなみにヒロ、補足情報だけど、【グレートバイソン】のお肉はとっても美味しいらしいよ~』


『魔晶のランクは?』


『なんとCだよん』


『なるほどねぇ~ …………ぼちぼち狩り、始めますか』


 心地好い風と美しい景色が気に入ったヒロは【流星4号】をキューブ型には戻さず、現在の枡型のまま狩りをすることにした。


(なんかこの【流星4号★枡】も、今後の活躍が期待できそうだな。よし、ショートカットに登録しておこーっと♪)


 そして狩りが始まる。

 ヒロは、上空30mをゆっくりとなめらかに横移動する枡形展望台から、のんびりと狙いを定めて魔物たちを狩っていった。



■グレートバイソン

巨大な牛型の魔物。草食で10~100頭の群れを作って行動する。太く大きな角があり、突進して攻撃する。

体長:687cm

体重:2066kg

備考:素材として肉・皮・骨・角が利用される。肉は美味。


(フレーム)ピ(温度低下)(インベントリ)※この間0.5秒



■グレートバイソン

体長:620cm

体重:1830kg


(フレーム)ピ(温度低下)(インベントリ)※この間0.5秒



 鳴き声どころか呻き声ひとつ漏らさずに、脳をピンポイントで瞬間冷凍され、死した挙げ句、大地に倒れ込む間も与えられずに巨大な牛たちが次々とインベントリに収納されていく。


(よーし。このあたりで一番大きなやつも問題なく倒せたぞ。あとは、……中くらいのやつらを中心に狩っていこうかな。デカいから美味いとは限らないだろうし、デカいリーダーは残しておいた方がいいような気もするし)


 ヒロは意識して体長4~5mくらいの中堅グレートバイソンばかりを狩っていった。

 実際にこの中堅サイズが最も生息数が多く、探さずとも気付けばそこに居る……というほどに湧いており、この日の狩りはかつて無いほどに効率よく進んでいったのだった。



 3時間ほど経過。



(フレーム)ピ(温度低下)(インベントリ)※この間0.5秒


(フレーム)ピ(温度低下)(インベントリ)※この間0.5秒


(…………ふぅ。 ……なんか夢中で狩りしてたけど結構疲れたな……)


『ねぇヒメ、今何時くらい?』


『ん? お~ヒロおつかれさ~ん。え~っとね、大体15時過ぎくらいだと思うよ~。どお? 結構狩れた?』


『え? ヒメ見てなかったの?』


『あぁ~ごめん、ちょっとこの辺りに【ワ~イは~い】って名前の特殊な神精霊が濃い目に群れてたもんだからさ、捕まえて使役してみたら【神ネット】に接続できちゃってさ、そんで嬉しくなっちゃってゲームやってた。テヘ♪』


『ゲーム!? ネトゲ!? 神様もそーゆーのやるんだ~』


『いやいや、人間が夢中になるよーなものはぜぇ~んぶ【神ありき】だから。ゲームも恋も学びも施しも略奪も殺戮も洗脳も支配も破滅も、みぃ~んな【神界の流行】が人間界に流れていったってだけなんだからね!』


『あぁ~っとゴメンゴメン。あまりにもたくさんの牛を狩り過ぎた後で、自分の身の程ってやつを忘れかけてたわ~。そーいや俺はちっぽけな人間だったよな』


『まーヒロは特別っちゃー特別だけどねー♡』


『で、ヒメはどんなゲームしてたの?』


『えっとね、自分が実際に魔物を倒して貯まった【魔ポイント】を使ってキャラを育てるゲームだよ』


『え? ヒメって魔物と戦ったりしてるの?』


『私じゃないよ~。ヒロが戦ってくれてるじゃない?』


『え? 俺? さっきの牛とか?』


『そうそう。今までヒロが倒してきた魔物の殆どは【わたしのインベントリ】に一旦収納されてるでしょ?』


『おぉ~、確かに。最近じゃ死後すぐに【ヒメのインベントリ】に収納しちゃってるね』


『でね、神仕様のインベントリにはね、【魔ポイント】を算出する機能が備わっててね、魔物の死体が自分のインベントリに収まる瞬間にチャリーンって【魔ポイント】が貯まっていくのよ』


『つまり、魔素でもなく、魔力でもない、第三の【魔】的なエネルギーが存在するってこと?』


『うーーんと、エネルギー的なものではなくてね、単なるポイントよ。これは神界でしか使えないやつで、私はゲームに使ってるけど、他にも神ネットショッピングの支払いとか、神界のお店での支払いとか、神公共料金の支払いとかにも利用できるみたい。まー神達の神達による神達にしか利用できない神界の電子マネーみたいなものね』


『ふーん……で、ヒメはそのポイントをゲームに使ってるんだ……』


『だ、だって私はヒロの中でコソコソ生き永らえてるだけの、いわばお尋ね者だから、存在も所在もバレないようにポイント使うには、匿名で消費できるゲームくらいしか無かったんだもん……』


『な、なるほどね~ で、そのゲームってのはどんななの?』


『コホン。まずは【神ネット】上にある【エンジェルバトル】っていうゲームサイトに登録してログインします。そして自分の【神紋】っていう、まぁ生き物で言うところのDNAみたいなやつを元に【天使の卵】をひとつだけ手に入れます。ちなみにこのゲーム、【神紋】使ってるから複数アカどころか複数キャラすら持てなくなってるマジ仕様だからね。んで、卵を手に入れたら、あとは自分の【魔ポイント】を使ってアイテムを購入したり環境を整えたりして卵を孵させて【オリジナルの天使】を誕生させます。その後もどんどん【魔ポイント】を消費して自分の天使を強くしていくの。そしてある程度強くなったかなーと思ったところで【エンジェルコロッセウム】でバトル天使デビューさせます。まぁ目的としては、そのコロッセウムで勝ち進むと貰える栄誉とか特典とか、自分が手塩にかけて育てた唯一無二の天使に宿る愛着とかかなー。え~っとヒロ、こんな説明で良かった?』


『……普通におもしろそうだな【エンジェルバトル】。まぁなんか、俺が魔物を倒すたびにヒメのポイントが増えて、名も知らぬ天使が育っていくと思うと愛着湧いてくるわ~』


『……ヒロリエル』


『え?』


『……ヒロリエル』


『何? ヒメどーしたの?』


『……ヒロリエル!』


『ヒロリエル?』


『だから、私の作った天使の名前が【ヒロリエル】だって話! ヒロから名前を取って【ヒロリエル】にしたの!』


『あ、あぁ~ ヒロリエル、いい名前だと思うよヒメ。これからもどんどん魔物を倒して【ヒロリエル】の成長に協力させてもらうよ!』


『ありがと、ヒロ。あ、ところでさ、結局牛さんどれくらい狩れたの?』


『おーっとそーだった。報告します。……1106頭です』


『せ、せ、千!? マジで!? ヒロってばレベルいくつ上がったのよ!?』


『レベルはだな……』




名前:ヒロ

種族:人間[ヒト]


pt:0/1403


Lv:72[23up]

HP:500[100up]

HP自動回復:1秒3%回復

MP:1000[600up]

MP自動回復:1秒10%回復


STR:100

VIT:400

AGI:600

INT:800[400up]

DEX:1000[300up]

LUK:159[3up]


魔法:【温度変化】【湿度変化】【光量変化】【硬度変化】【質量変化】【治癒力変化】【錬金】【トレース】【成分変化】


スキル:【ショートカット】【インベントリ(ヒメのなんだからね!)】【スコープ】【必要経験値固定】【迷彩】




『に、にじゅう以上も上がってる~! あとさり気なく【迷彩】とか覚えてる~』


『これがなかなか使えそうなスキルなんだよ~』



□迷彩

■スキル保持者の身体周辺に背景となる映像を投影するスキル

■全方位からの視覚に対応

■身体と映像との距離は変更可能 ※ステ依存

■オンオフ可能



『これって、……透明人間になれるってこと?』


『多分そう! 全方位からの視点に向けて背景映像を見せるってことはそーゆーことでしょ~』


『ちょっとヒロ、やってみて! やってみて~』


『よしきた! 【迷彩】オン!』


『…………』


『どお? ヒメ、俺、透明になってる?』


『……私の視覚って所謂【神の目】的なやつだから……見えちゃってるわ』


『……そっか。まぁ今んとこ“どーしても透明にならないとヤバい”って状況も無いから、そのうち必要に迫られたときにでも実装するかなー』


『とにかくこれで、ますますヒロの【暗殺者性能】が進化したってことよね! すごいぞヒロ! おめでと♪』


『あ、……ありがと』


『……ってことはハナちゃんも、大変なことになってるんじゃないの~!?』


『おぉ。そうだな。どれどれ』




名前:ハナ

種族:イデア[幼獣]


Lv:97

HP:340

MP:316


STR:228

VIT:314

AGI:367

INT:342

DEX:321

LUK:914


固有スキル:【忠誠】【仁愛】【智伝】




『きゅっ、きゅーじゅーななぁ~! ……あでも、……レベルの割りにはヒロほど数値が上がってないわね…… ん? あと【智伝】ってスキル覚えてるよ』


『ハナが出てきたら聞いてみよーっと。それと俺のステータスに関してはさ、“異世界転生者補正が地味にかかってる”ってジジイが言ってたよーな気がするから、そーゆーことなんじゃないかなぁ』


『それにしてもヒロ、早くもMPとDEXが千を超えるとはねぇ』


『INTも結構上げてみたよ。今後、錬金にしても魔物狩りにしても想像を超えてくる大物と向き合う機会が出てくるかもなって考えてさ』


『ヒロの場合はステだけじゃなくスキルもあるでしょ? 【スコープ】と変化魔法の組み合わせだけでも死神成分特盛級のスナイパーよ』


『あとさ、ヒメから借りてる神仕様の【インベントリ】は正直滅茶苦茶だよ。世界バランス崩壊級のチートだね。最上級の亜空間魔法がMP消費無しで無限に撃てるようなもんだと思うよ』


『た……確かに【神仕様インベントリ】は禁断の兵器と言っても過言じゃないシロモノなのよねー。ヒロが可愛くてついつい全機能使える条件で貸しちゃったけど、ホントは制限だらけにしないと世界の崩壊まで起こしかねない能力だからねぇ』


『怖いことをサラッと言うねヒメ。ところでさ、今日の牛たちの【魔ポイント】ももちろん【ヒロリエル】に届くんでしょ?』


『……ま、まぁね。ヒロの魔物の倒し方が鮮度的に最高ポイントっぽくてさ、【ヒロリエル】の成長も速いし楽しみだよ~』


『それは良かった♪ これからも頑張るよ~ ……さて、それじゃあそろそろ【ガンズ砦】方面に帰ろ……あ、そーか。別にあの辺を拠点にする必要も無いのか……』


『そーだねー。1日に1回くらい、様子を見に行く程度でいいんじゃない? この時代の普通の冒険者的到着時期はまだまだ先だからねー』


『だったら今日はこのまま上空30mに拠点を置こうか。今朝の段階でも【成分変化魔法】の持続掛けは余裕だったけど、レベル上がってステ振りしたでしょ? そしたらさ、INTが上がったのが原因っぽいんだけど、同じMP消費で魔法の威力や効率が上昇したっぽいんだよ。で、その分、相対的に消費MPが抑えられてさ、例えばこの【流星4号★枡】を維持し続けるのに必要なMPは毎秒2とかまで抑えられてるんだ。今俺毎秒100MPまで使い放題だから、もう何でも来いって感じだよ』


『だったらこのまま空中で過ごしましょ♪ そーなるとまだ時間に余裕があるけど、ヒロはもうひと狩り行く?』


『いや、俺、ちょっと狩りに夢中になりすぎて後回しにし続けてきたことがあるんだよねー。そう、ヒメならもうお気付きだと思うけど……』


『狩った魔物の処理ですか? お兄さん』


『そーなんですよお姉さん。インベントリの中に未処理のまま眠っている魔物の死体ですが、EランクやFランクの魔物はノーカウントで無視しても、以下の通りとなります』



■FとE     [多数]


■D

ギオーク     [61]

グレートボア   [56]


■C

オルガ      [24]

コケアトリス   [35]

トロウル     [9]

グレートバイソン [1106]


■B

デーモングリズリー[27]

ギオークキング  [1]

バジリスキル   [3]


■A

サイクロネプシス [7]

グリフィオン   [6]

フェリル     [1]



『いやぁ~、ヒロ、凄まじい量ね』


『これらを俺は今から解体処理していきます』


『でもさー、ハナちゃんが食べる分って意味なら全部はやらなくてもいいんじゃない? とりあえずは…… グレートバイソン500体ほどをやってみれば?』


『そうだね、とりあえずは体長4~5mで1トン超えの巨大牛を500体、がんばってみるよ……』


『ヒロがんばってねー!』


 ヒロは巨大なため息をいくつか吐き出すと、まず解体作業をしやすくするために今自分が搭乗している【流星4号★枡】の床面積を一気に10m×10mほどに広げた。


(よし、広さは充分だ。我がインベントリより出でよ! ミントンブレード!)



■ミントンブレード

作業用ナイフから進化した鋭利なナイフ。武器としてSSクラスの性能を持つ。

刀身:20cm 全長:35cm 重量:300g

備考:オリハルコンを上回るカーボランサー級の硬度を持つ逸品。切れ味も耐久性も抜群である。



 ヒロの右手にミントンブレードが握られていた。


(そして我がインベントリより出でよ! グレートバイソンの死体その1~!)


 次の瞬間、ヒロの目前に巨大なグレートバイソンの死体が横たわる。


(さぁここからは時間との勝負だぜ。まずは何より先に胸から魔晶を取り出さないと……)


 ヒロは手際よく巨牛の胸の中心を手で強く押しながら当たりをつけ、ここぞと感じた場所にミントンブレードを静かに這わせ、傷口から左手を体内に差し込んだ。


(…………あ、もう少し上だった。でも見つけたぞ~)


 ほくそ笑んだヒロが牛の体内から引き抜いた手には直径10cmほどの無色透明な美しい水晶玉のようなものが握られていた。


(【魔晶】、ゲットだぜ♪)


 すぐさま魔晶をインベントリに収納したヒロは、気合を入れ直す。


(さてと、ここからが大仕事だぞ。何しろ1トン以上あるからなぁ。とてもじゃないけど横に倒したまま動き回って解体してたら1体捌くのにどれだけ時間かかるか分かったもんじゃねぇわ……)


(……やっぱ…… 吊るか……)


 ヒロはグレートバイソンの後ろ右足を手に持ち、足首のくびれたあたりにフレームを展開させる。


(さぁ、ここからはちょっとした実験だなぁ……)


(フレーム)ピ(成分変化)(ヒロハナハガネ)


 グレートバイソンの後ろ右足首に【30×30×10cmのヒロハナハガネの塊】が【足かせ】のように重なって生成された。


(よし、空気以外の物質がフレーム内に存在しても、【成分変化魔法】はキャンセルされずに成功した……。あとは、このヒロハナハガネに包まれている牛の足首が、ヒロハナハガネに変化しているか、牛の足首のままか、そこが問題だな……)


 ヒロは慎重にヒロハナハガネと牛の足首の境界線に当たるフレーム面を注視し、内部の状態を観察した。


(…………ん~キッチリピッチリくっついてて全然わからん…… ここは切ってみるか……)


 続けて今度は牛の足が刺さったフレーム面に【ミントンブレード】をスーーッと沿わせてみる。

 すると、SSクラスの性能を持つミントンブレードによって牛の足はスパッと輪切りになった。


(うわっ! 中は完全にヒロハナハガネに変化してて牛の足なんてどこなもない! ……でも境界面で切れたり分断されたりはしないんだなぁ。くっついてたもんなぁ…… つまり、今回みたいに牛の足にフレーム重ねてヒロハナハガネに【成分変化】させると、フレーム内の牛の足は周りの空気と同様にヒロハナハガネに変化するけど、フレーム面の足との接点はくっついたままで、多分その接着強度は【牛の足の肉や骨の強度】に依存する……ってことなのか…… ん? だとしたらこのヒロハナハガネのフレームを解除するとどうなるんだ?)


 ヒロは興味津々に目の前に浮いている【30×30×10cmのヒロハナハガネの塊】をフレーム解除してみた。


ボトッ


 フレーム解除と同時にヒロハナハガネは消滅し、その瞬間、同じ空中に【グレートバイソンの後ろ右足首】が復元され、重力の赴くままに足元へ落下したのだった。


『……ねぇヒメ、今の一連の実験、見てた?』


『うーん、見てたっちゃあ見てたけど……』


『金属に変化したはずの牛の足が……復活したの見てたでしょ?』


『フレーム解除したから、でしょ?』


『そうそう、これってさ…… いつも魔物を倒すときに使ってる【温度変化魔法】の上位互換の可能性ってない?』


『ん? というと?』


『もしさ、魔物の脳みそあたりに【成分変化魔法】をかけて倒せたりしてさ、その後のフレーム解除で肉体が元通りになって、なおかつ生き返ったりしなければ、全く無傷の完全な死体が手に入るってことになるよね』


『おぉぉぉ~ たしかにそれっていい感じかも~』


『ちょっとそこの牛でやってみるわ』


『オーケー♪ 私も注意して見てるね~』


 ヒロは巨大流星4号の縁に立って、近くで魔草を食べていたグレートバイソンの頭部に意識を向ける。


(フレーム)ピ(成分変化)(水)


…………ドスゥゥゥン


 グレートバイソンは全身を一瞬震わせ、そのまま地面に倒れた。


『……見た?』


『見た。ちなみにヒロ、私の【千分の一秒刻み★超リアルタイム鑑定】をオンにして観察してたんだけど、ヒロの魔法が完成すると同時に事切れてたから、多分、今までの温度変化で凍らせて殺してたやつよりもわずかに殺傷速度も速いよ。あとはフレーム解除して脳の部分が元に戻った時にどうなるか……よね』


『そこだよなー。やってみるぞ』


(フレーム解除)


『……フレーム、解除したけど…… 魔素が再度行き届いて蘇生……したりは……』


『ピクリとも動かないわね。あと鑑定でもちゃんと【死体】ってなってるわ』


『……生き返ったりしないんだな』


『ヒロ、これは多分だけど、【シナンプルス】が消滅したからだと思うわ』


『シナンプルス?』


『うん。まぁ生態信号みたいなものね。この世界の、魔物に限らず全ての生物の脳の中では大体秒間5千兆回くらいのシナンプルスのやり取りが行われてるらしいの。そのシナンプルスは、細胞間を複雑に行き交っていて、思考や記憶、そして生命活動を維持するのに欠かせない信号なのね。ヒロの成分変化魔法は解除されると元に戻るから、肉体そのものは細胞レベルまで完全再現されるんだけど、肝心のシナンプルスが消滅しちゃってるんじゃないかなぁ。だからもう、生きるための命令がどこからも届かない状態、つまり【死】という状態になってるんだと思う』


『なるほど~、てことはこれである程度ハッキリした。【成分変化魔法】は、めっちゃくちゃ使える。そして話は少しズレたけど、これから始める【解体】には欠かせない魔法だってことが確信できた』


『あー、牛の足首固定する的な話ね』


『そうそう。アレはよーするに、牛の後ろ足を一本ずつ固定して、フレーム移動で牛が丁度ぶら下がる状態まで持ち上げてから作業できるようになる【超便利魔法】なのだよ』


『確かに! 【吊り下げ】は大物解体のあるあるだもんねー』


『安定して吊り下げさえできれば、皮剥いだり、内蔵取り出したり、縦に真っ二つにしたり、肉の部位毎に切り落としたり、骨だけ残して肉を削ぎ落としたりするのが、地面に転がしながらするのに比べてはるかに効率よくキレイに出来るようになるからなー』


『でもヒロさ、この牛ってば体長4~5m……いや、足を伸ばして吊り下げたら6m前後あると思うんですけど、届かなくない?』


『いやいやヒメさん、牛の足首を固定した金属の位置を自由自在に動かしてみたり、この流星4号を自由自在に飛ばせてみたり出来るってことはですよ、【作業台】みたいな板を作って俺が乗っても、自由自在に動かせるってことじゃないか。つまり上下左右微調整可能な作業台も既に俺の手中に有るってことだ。これに乗って吊り下げ牛の周りをミントンブレードでスパスパやりながら移動すれば、解体作業の効率もめっちゃんこ短縮できるはずなのだよ! どーだ! いいだろ!』


『ははぁぁぁ、いいでございますぅぅ~』


 ヒロは満足気に大きく頷くと、宣言通りにグレートバイソンの後ろ両足首をヒロハナハガネの板でそれぞれ固めてからフレーム移動でゆっくりと持ち上げ、逆立ちしているような状態で固定すると、まずは牛の喉のあたりに縦に切込みを入れ、インベントリから頑丈な紐を取り出し、食道を縛り上げた』


『こーしておかないと、胃の中の消化中のやつとかいろいろ飛び出して来そうだからさー。この後に直腸の出口付近と膀胱付近ももちろん縛るよー』


『あ、ヒロ、魔物は糞と尿を分けて出したりしないから、そもそも膀胱も尿道も無いよ~。だから縛るのは直腸方面だけでいいと思う。あと、魔物の排泄物なんだけど、確かに縛っておいた方が散乱しないからいいんだけど、普通の動物と違って【嫌な臭いはしない】からね。以前に何回か解体作業した時も、全然臭くなかったでしょ?』


『……確かに……“うっ”とか“おぇっ”とかなった記憶は無いな……そもそも動物からは必ずする【獣臭】っつーか【動物園の臭い】っつーかをこの世界に来て全く嗅いでない気がする……』


『この世界の食品の流通に【普通の動物】が敬遠されがちで【魔物】が喜ばれがちってゆー強い傾向があるんだけど、その理由として【魔物の肉がそもそも美味い】とか【魔物の肉が魔素により腐りにくい】とかがまず挙げられます。でもその他にも【魔物の内蔵やその内容物も美味い】や【魔物は排泄物すらも美味】ってゆー知る人ぞ知る追加特典もあったりします。で、極めつけの人気要素として【そもそも魔物の体の外からも中からも排泄物からも人が嫌う臭いが一切しない】ってゆー最強要素があるの。だからこそ、この【魔物】ってーやつは、世界中から求められているし、だからこそ、【冒険者】なんてゆーふざけた職業や【冒険者ギルド】なんてふざけた組織が成立しちゃうんだよね~これが』


『おぉぉ、そーなんだ。だったらやっぱ内臓も確保なんだね』


『【内臓も】ってゆーか、内臓やその内容物の方が【肉より好き】って言う人も居るくらいの部位よ。ただ……一般的にはあまり流通してないから【カルト人気部位】って感じではあるんだけど……まぁ確実に保管ね。あと出来れば、臓器は部位毎に縛って内容物込みの状態で別々に保管してね。そーしておいた方が後で絶対いいことあるから』


『よし、とりあえずはヒメの言う通りに仕分けして保管するよ!』


 ヒロは元気良く宣言すると、ヒロハナハガネ製の作業台[板]を【成分変化魔法】で生成し、水平に浮かせて自ら乗ると、スーッと上昇して肛門の辺りで停止し、切込みを入れ、直腸出口もしっかりと縛った。

 そしてその後はヒメの丁寧解説通りに【皮剥ぎ】【腹面を縦に切開】【内蔵各部位を個別にインベントリ収納】【首の切断&収納】までをどうにか完了した。

 しかし、この後の【背骨に沿って縦に真っ二つにする】で暗礁に乗り上げる。


『ヒメ、こいつのアバラ骨の付け根部分が、いちいち太くて硬くてさ、いくら【ミントンブレード】がSSクラス武器だからと言ってもしょせん刃渡り20cm程度のナイフだからさ、かなり力が要るし時間もかかるんだよ。ねぇなんかいい道具出してよぉ~ヒメえも~ん』


『何言ってるのさヒロ太くん! そんなの自分で考えて自分で乗り越えなきゃ意味ないじゃないか! なんでもかんでもボクに頼ってちゃ碌な異世界転生者にならないよ! さぁ、ちゃんと真剣に考えて!』


『……勢いでなんかいい道具出てくるかと思ったんだけど、そー甘くはなかったなー』


『道具は出さないけどさぁ、ヒロ、今のDEX1000のあなたなら、すんごく細ぉ~いフレームが作れるんじゃない? そーすればさ、』


『おぉぉ、確かに、フレームでミクロン単位の極細な棒とか形成できたら、その中身をヒロハナハガネに変化させて……うん、やってみる!』


 すぐさまヒロはフレームを展開して、まず直径1mm長さ50cmくらいの極細棒を形成する。


(うん、直径1mmの極細棒くらいは軽いノリで作れるからな。ではでは本番はここからだ。この直径1mmを極限まで集中してどれくらい細く出来るのか……なんだけど……お、いけるぞ! 肉眼じゃ判別できないくらいのミクロの世界も【スコープ】を同時発動させることでズームしながらどんどん細くできる!)


 ヒロは【スコープ】をマイクロスコープとして使用し、DEX1000による細密な調整能力に磨きをかけ、今出来る極限にまで50cmのフレーム棒の直径を細く細くし続けた。


『あーーーーもう限界だ! これ以上細いフレーム形成は今の俺にはできん! ヒメヒメ、この棒……ってゆーか肉眼では見えないし、スクリーン上ではほっそぉ~い赤ラインが一本浮いてるだけだけどさ、このフレームの直径ってどれくらいか分かる?』


『はいよ! えぇ~っとね、……3µm[マイクロメートル]だね』


『…………それってどんくらいなの?』


『うぅ~ん、感覚的に説明できないレベルの細さなんだよね。髪の毛の10分の1以下くらい? 切れ味鋭い刃物の先端くらい?』


『だったら行けそうだ♪ よ~し』


(成分変化)(ヒロハナハガネ)


『…………』


『…………』


『細すぎて成分変化したのかどうか全然わからん』


『あぁ、ヒロ、もう魔法かけたのね。じゃあ調べるからちょっと待ってね』


『…………』


『……うん、確かに…… 【直径3µm長さ50cmのヒロハナハガネ】って出てるよ♪』


『おぉぉぉ。一応極細の金属を作るところまでは成功したんだなぁ。じゃあ、後はこの針金をフレーム操作で動かして、牛の骨を切断できるかどうかだね~』


 ヒロは極細金属棒をスーーっと上空に移動させると、大股開きで吊るされたグレートバイソンの股間上空で一旦止め、それからゆっくりと棒を下ろしていった。


キシッ


 一瞬骨が軋むような音が辺りに響き、その後は


スパスパスパッ


 気持ちいいくらいに巨大な骨と肉の塊がふたつに切断されていく。

 そしてものの数秒で吊るされた巨牛は左半身と右半身に分断されたのだった。


『やばい! 断面が芸術的に美しい! この棒の切れ味は鋭利な刃物と同じレベルかも!』


『ヒロ、もっと言うなら、この極細棒は切れ味だけじゃなく、【フレーム】という、【物理法則を無視した絶対的な位置の概念】に基づいてて、ヒロがイメージするだけで自由自在に立体移動できるのよ。しかもDEXが1000でAGIが600もあるステータスを使って、正確に、疾く、遠くまで、減衰することなくいくらでも動かせる。これつまり、【お好きな刃渡りの名刀を刃こぼれひとつさせることなく思いのままに永遠に振り回し続けることが出来る能力】と言っても過言じゃないわ! ヒロ、またひとつ化けたわね!』


『て、……照れるなぁ~なんか』


『ヒロ、ちゃんと分かってるわよね、この凄さ』


『いやまぁ、分かってはいるんだけどさ、牛の骨切っただけだからなんかピンと来ないんだよねー。あと【敵を倒す手段】で言えば、やっぱこの棒より【脳みそ成分変化】の方が瞬殺だし効率もいいからさ、まぁでも便利だよなー』


『あとさ、針金とか極細棒とか呼び名がイマイチだから改めてカックイー命名してからショートカットに登録しちゃいなさいよ♪』


『あぁはい、了解。え~っとね……』



 10分が経過した。



『よし、こいつの名前は【フレームセイバー3µm50】だ! 名前を聞いただけで形状の想像がつくところがいいだろ?』


『そもそも太さ3µmなんてイメージできないけどねぇ』


『確かに見えない細さだから、うっかり俺の手元でヒュンヒュン振り回す的なフレーム操作しちゃったら、俺が輪切りになっちゃうよねー。気をつけないと』


『ホントに気をつけてね~。そんな最期を迎えた主人公なんて聞いたこと無いんだから』


『気をつけるよマジで。さぁ、そんじゃ一時停止中の解体に戻ろっかな~』


『やっちゃいなさい! ヒロ!』


 グレートバイソンの解体作業を再開した作業員ヒロは、ヒメ監督の指示に従い、半身の肉塊を【首肉】【肩肉】【背肉】【腰肉】【尻肉】【アバラ肉】【脚肉】等などと分類しながら適当な大きさに切断し、さらに【骨からの肉剥がしっつーか肉からの骨剥がしっつーか】を徹底的に仕込まれていった。

 最初は【ミントンブレード】と【フレームセイバー3µm50】を使い分けながら肉と骨の分別に勤しんでいたヒロだったが、【フレームセイバー3µm50】の【50cm】の部分を1mにしようが10cmにしようが自由自在であることに気付き、さらにはフレームの立体的な操作がどんどん上手くなり、終いには骨の形状に合わせてフレームセイバーを湾曲させながら肉を余す所なくこそぎ取る技術まで習得し、10体目の解体を終える頃にはヒメランクで言うところの達人の域にまで達していた。


『この【フレームセイバー】はマジで使い勝手がいいわ~。俺的にはもう【リアルな刃物なんていらない】って感じだよ。さっきちょっとそこで試してみたんだけどさ、角度と速度さえちゃんと付けてやれば、あの岩でもスパッと切れるんだぜ!? しかもこの高さ30mから眼下の岩をだよ!?』


『たしかにもうヒロには【エクスカリバー】も【デュランダル】も【天叢雲剣】も【村雨】も【グングニル】も【ビームサーベル】も必要ないかもね~。そー考えるとさ、高性能過ぎる武器を序盤で手に入れるのってちょっと寂しいねー』


『手持ちの武器がどんどん強いのに変わっていって名前もいちいちカックイーってのはファンタジー世界での醍醐味のひとつだからなー。その辺すっ飛ばしちゃったね』


『ま、しょーがないよね、私達はいち早く【次の世界】に向かいましょ!』


『え? 【次の世界】って?』


『決まってるじゃない、11体目以降の牛の解体よ!』


『は~~~い』


 ヒロの【グレートバイソン解体★目標500体】は日暮れまで続き、この日は結局40体を解体して終了した。


 その後、【流星4号★枡★10m×10m】に【屋外調理場】を設置し、初の【焼きグレートバイソン肉】を試食する。


『おぉぉ美味い! まさに牛肉! しかもやわらか~くてジューシーで……あとやっぱ俺のよく知る牛肉とは微妙に違う風味を持ってるなぁ。しかしアレだねー、魔物ってホントにどれも美味しいんだよねぇ。……あっ! 焼き立てパンもあるんだった! そうそう、これこれ……ぅんっまぁ~い。焼き立てってだけで5倍は美味しくなるもんねぇパンはさー。ん~インベントリってホント便利だなぁ』


『今日はたくさん働いたねーヒロ。おつかれさま~♪』


『いやぁまだまだこれからだよ~。巨牛の解体作業もまだまだ残ってるしねー。今日はこのまま大草原の上空で一泊して、明日は朝一でまた解体作業の再開だ。……ん~もう眠くなってきたよ。早く風呂入んなきゃ……』


 ヒロは急いで食事と後始末を終わらせ、【モノリス風呂】を設置し、風呂に浸かった。


『うわぁ~改めて見上げると、すっごい数の星だなぁ。満天の星空の下でヒノキの香りの露天風呂に入れてるなんて初日の俺に伝えてやりたいよ~。“天国はすぐ来る”ってさー』


『その言い方だと絶対“すぐ死ぬ”って意味だと勘違いするだろうけどねぇー』


 そんな他愛もない会話を交わしながら、ヒロ達の異世界生活9日目は終わった。





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