26日目 ガンズシティを開拓しよう




 異世界生活26日目

 創生歴660133年5月7日[木]午前7時頃


 【ゼロモニア大陸】【ガンズシティ】付近に展開中の亜空間【ハナランド】


 澄み渡る青い空の下、【柴芝】の大地にはいつもと変わらぬ楽しげな声が響いていた。


『キャ~~ いやぁ~~ん ウルちんこっちだよぉ~~♪』


『ピキュピキュ~ ハナちん待つのでピキュ~』


 しかし少し、いつもと違う様子もあった。


『ひーたんもすごいはやいのぉ~ キャ~~ いやぁ~~ん♡』


『ハナたんこっちです! いえここです♪ やはりこっちですっ♪』


『ひーたんはやすぎるぅ~ ワープみたいでずるぅ~い きゃ~~♪』


『ピキュ~ ひーたんの速度はウルでもとらえられないのでピキュ~ ヒロさんレベルなのでピキュ~ 世界は広いのでピキュ~』


『ウルたんスキありです♪ こっちです! まだまだです♪』


『ピキュピキュピキュ~』


 ヒロリエルの登場に伴い、この日からウルは1体体制に戻り、ハナとヒロリエルの3人で遊ぶことになった。

 ステ値的に抜けているヒロリエルがリードするような立場ではあるが、ハナもウルも教えられているという意識は無く、ただただ手強い遊び相手が現れたことに喜び、はしゃぎ回っていた。

 ヒロリエルが激しく追いかけっこを煽り立てることで、ハナの興奮と歓喜はいつもより倍増し、ウルの向上心も刺激され、結果として良い効果が生まれる。

 もはや村人Aクラスでは視認できない速度で、3つの影は残像だけを微かに残しながら、心地好い【柴芝】の大地を飛び回るのだった。


 そんな中……


「んん~~~~  ……んがぁあ~~~~~」


 いつものようにヒロが目覚める。


『チチサマ♪ ご機嫌麗しゅうございます♪ ヒロリエルは……元気です!』


 瞬間移動さながらの速度でヒロのベッドに駆けつけたヒロリエルがビシッと姿勢を正す。

 しかし、その姿は……


『……ヒロリエル?』


 【生後二ヶ月の黒柴】だった。


『はいっ ヒロリエルです♪』


 尻尾がブンブンと舞う。


『ヒロリエルって、天使の姿以外にもなれるんだね~』


『どんな姿にもなれます♪ 今はハナたんに合わせて同じサイズの黒柴です♪』


『ちょっと、さわってもいい?』


『はいっ!』


 黒柴ヒロリエルは、ベッドで胡座をかいているヒロの腰あたりに近付くと、グリグリと頭を擦り付けてきた。

 ヒロはそんな黒柴ヒロリエルを抱き上げて胸元に包み込むとやさしく撫でる。


『こうしてると…… 色以外はハナとおんなじだなぁ。どこからどう見ても、触り心地も生後二ヶ月の赤ちゃん黒柴だわ~』


 ヒロはさらにわしゃわしゃと黒柴ヒロリエルを撫で回した。


『神界最先端のフレーム技術にかかればこのくらい……アーサー……メッシ……前なの……れすぅ。チチサマも……っと♡』


 すると遠くから赤茶色の弾丸が飛んでくる。


『ひーたんずるぅ~~い! ハナもだっこぉ~~♪』


 見た目は生後二ヶ月の赤柴で実際は神獣イデアの幼獣であるハナが、一筋の砲弾となってヒロの胡座の中に着弾する。


ドスゥッ……


『ごぉあっ! ……ハナ、……もちょっと……やさしく……』


 先客のヒロリエルへの嫉妬もあってか、ヒロの胡座の中でハナは、見えないくらいに転がり続け、全身を擦り付けまくるのだった。

 ウルもヒロの近くまでグルーミング目当てで近付いては来たのだが、ハナの恋する乙女圧力を全感覚器官で感じとり、事なかれ主義モードを発動し、スルンッと表面巡回組に合流していった。


『ハナたんにチチサマをお譲りします♪ ではっ』


 ヒロリエルはシュッと【妖精モード】に変身し、ヒロの周囲をフワフワと飛びはじめる。

 ヒロは胡座の中で擦り暴れるハナを両手で抱き上げ、胸元に抱き包むと、


『ハナおはよぉ~。そんなに暴れるなよぉ~。ほ~れ、ほぉ~れ、ほれほれほれほれほれぇ~~~』


 と、ハナの全身をくすぐり撫でる。

 すると


『きゃ~~~♡ パパいやぁ~~ん♪ もっとぉ~~ ひゃ~~~ん♡』


 あっという間にご機嫌モードに突入し、そのあともべったりとヒロにくっついたまま、いつまでも甘えんぼう状態が続いたのだった。


 その後はハナウルの食事時間となる。

 ハナは【ハナ驚嘆★4種竜と金龍の肉モツ盛り竜液がけ★5キロ】、ウルは【ヒロ魔力再超充填★メガミウムΩ30トン】、食後のおやつの【ウルル魔素クリスタル】も忘れることなく平らげた。

 そして、ふとあることを思い出し、ハナに話しかける。


『ハナ、まだおやつ食べられるかな?』


 するとハナは尻尾をふるんっと揺らして


『ハナ、おやつのおやつ、食べるの~♪』


 とご機嫌に答える。


『それじゃあねぇ~、これは、アルロライエちゃんに教えて貰ったおやつなんだけど、ハナ好きかな~?』


 そう言いながら、ヒロはインベントリから【50cmほどの巨大な魚肉ソーセージのような形のもの】を取り出した。


『ヒロ、ソレ、ナニ?』


 怪訝な表情が容易に想像できるヒメの声。


『これはだな、竜の【魔髄骨】だ』


『まずいこつ~?』


『うん。高位の竜種の体内には【魔竜液】が流れてるって話はしただろ?』


『はいはい。ハナちゃんの大好物ね』


『んで、同じく高位の竜種の背骨の中には、この【魔髄骨】が螺旋状に繋がり合って詰まってるんだよ』


『骨の中に骨があるって変な話ね~』


『まぁ【巨躯を支える柱としての背骨】と【巨大で頑丈な背骨に守られて神経伝達を司る魔髄骨】みたいな役割らしい。でな、通常の魔物だと、背骨の中を通ってるのは魔素だけらしいんだが、高位の竜種となると、巨体の細部までを繊細かつ高速で動かすために、こんなのがいっぱい繋がっててウニョウニョしてるらしいんだ』


『高位の竜種も大変なのねぇ~』


『そうらしい。そんでここからが本題なんだが、この【魔髄骨】、骨と言いながら、実は巨大な背骨の中で固形化した魔素そのものらしくてだな……』


『ヒロ、それってつまり、生物由来の【魔素クリスタル】みたいなものってこと?』


『正解♪ そう、この【巨大な魚肉ソーセージのような形のもの】は、実は外側が固形化した【魔竜液】で、中はまだ固体化してない【魔竜液】、つまり龍の背骨の中で何百年もかけて熟成された【半熟の魔竜液の結晶】みたいなもん……らしいのだよ』


『おぉぉ、なんかすごいわ♪』


『で、実際こーやって触るとだな、』


 ヒロは【魔髄骨】を持つ手に力をこめる。


『ほら、外側は【骨】っていうより【グミ】っぽい弾力があって、中がジェル状っぽい感じなんだよ』


『ほんとだ~。確かにコレは…… ハナちゃんが好きそうだねぇ~』


『だろ? つーか俺もアルロライエちゃんから聞いた情報でしかないんだけどな~』


『アルロライエちゃん、詳しいのねぇ』


『ん~。なんか、俺がハナを溺愛してるのを見てさ、上位の神サーバーにこっそり侵入して【イデア 好物】で検索しまくったら出てきた情報らしい。あ、これ、極秘ファイルからの情報らしいからバラしちゃ駄目だぞ~』


(ヤバい。アルロライエちゃんが……惚れた異世界の男の為に職権を乱用し始めてるわ。これって【他国のスパイに色事で懐柔させられて最後は破滅する政府機関の女職員のパターン】じゃないの! アルロライエちゃん…… ヒメ、ちょっと心配よ……)


『ヒメ、聞いてる? 超秘密なんだってさー』


『あぁ~、はいはい。もちろん黙っとくわよ~。その極秘ファイル……だっけ?』


『ちゅるちゅ~る作戦』


『はぁ?』


『なんかね、このイデアの好物【魔髄骨】について書かれてた極秘ファイルが【ちゅるちゅ~る作戦】っていうタイトルだったんだってさ。だからアルロライエちゃんはこの一連のやり取りに関して“【ちゅるちゅ~る作戦】のことは他言無用で”って言ってたよ』


『…………じゃあさ、もう【魔髄骨】なんて仰々しい名前じゃなくて、そのぷにぷにした半熟魔髄骨のこと、【ちゅるちゅ~る】って呼べば?』


『そ、そうだな、なんかその方が呼び名もかわいいし、ハナも言いやすいだろうしな♪』


 すると焦らしに焦らされ限界を迎えたハナが騒ぎ出した。


『パパ~ ハナ早く【ちゅるちゅ~る】食べたいのぉ~』


『あ~、ごめんごめん、今あげるからねぇ』


 ヒロは当たり前のように【ちゅるちゅ~る】の先端にピッと切れ目を入れる。

 すると、中で熟成中だった半熟の高濃度魔髄液が、切れ目からトロォ~っと顔を出す。

 【ちゅるちゅ~る】を両手で支えながらヒロは、先端から滲み出る半熟魔髄液をそっとハナの口元に近付けた。


 すると


ぺろ……! ぺろぺろ…… !!!!!!!

ぺろぺろ! はむちゅぱっ! ぺろぺろ んぐっ はむぺろぺろぺろ ちゅぱっ

あむ~ぺろぺろぺろ! ちゅぱっちゅぱっ ぺろぺろぺろぺろ んぐっ!

ちゅぱちゅぱっ! はむぅぺろぺろぺろんぐっ はむ~ぺろぺろぺろぺろ んぐっ

はむはむぅ~ちゅぱっ!! ぺろぺろぺろぺろ ちゅぱっ ちゅぱっ

んむ~ちゅぱっ! ぺろぺろぺろぺろ あむはむ~ ちゅぱぺろぺろぺろ~


 ハナは呼吸するのも忘れて【ちゅるちゅ~る】を舐め飲みまくるのだった。

 そんなハナのちゅぱちゅぱ食いに合わせ、ヒロは【ちゅるちゅ~る】を絞るように提供し続ける。

 あまりの旨さに我を忘れたハナは、時々【あんよ】を空振りさせていた。


 こうして、どこかの神が神サーバーに保存していた極秘ファイル、【ちゅるちゅ~る作戦】は、白日の下に晒されることとなった。


『パパぁ~ん…… ハナ…… おかしくなりそうなの~~♡』


 【ちゅるちゅ~る】を舐め飲み尽くし、最後は外側のグミ部分もクチャクチャゴクンと食べ尽くしたハナは、しばらくのあいだ桃源郷から戻って来ることはなかった。


『ハナ~、またいい子にしてたら【ちゅるちゅ~る】あげるからねぇ~♪』


『パパぁ~ ハナいい子にするのぉ~。もうパパのお股にドスンしないの~』


『ハナ~、ヒロリエルとも仲良くしてね~。家族なんだからね~』


『パパ~、ハナね~ ひーたんのこと大好きなの~ でもパパがひーたんだっこしてるの見たらね~ へんな気持ちになったのぉ~』


 ハナは【ちゅるちゅ~る】酔いしたのか、虚ろな目で訴えかける。


『ハナよくわかんないのぉ~』


『ハナがヒロリエルのことを大好きなら、それでいいよ~』


『うん! パパもひーたんもだいすきぃ~♡』


 そして仲良しスキンシップも兼ね、お風呂タイムに突入する。

 ハナはヒロの腕に抱きついてご機嫌だ。


『パパだいすき~あちちぽっぽぷぅ~♪』


 するともう片方の腕にしがみついていた黒柴ヒロリエルも恥ずかしそうに喋りだす。


『ハナたんごめんなさい。でもひーたんもチチサマのことが大好きなんです~』


『ひーたん、ハナもごめんなの~ これからはふたりのパパなの~♡』


『ふたりのチチサマです♡』


 するとウルが湯船からプカッと浮かんで一言告げる。


『ピキュ! ヒロさんはみんなのヒロさんなのでピキュ~♡』


 そして3人は、わいわいキャッキャ言いながら至極のお風呂タイムを満喫するのだった。





『パパ~ ハナねんね~……』


 お風呂タイム後半からとろけ寝しそうだったハナは、どうにか眠気と善戦していたが、風呂上がりのヒロからのふかふかタオルでわしゃわしゃタイムからの撫で撫でグルーミングフルコースで一巻の終わりとなってしまい、トテトテ丸でヒロの中に帰っていった。


 何故か入浴時のみ黒柴モードに変身していたヒロリエルは、妖精モードに再度変身して機嫌良く飛び回っている。


 ウルはヒロの全身を表面巡回中だ。


『ヒロおつかれ~。モテる男は朝から大変ね~♪』


『おはようヒメ~。俺は朝から楽しいよ~』


『それは良かったわ♪ ひーたんが加わってドタバタ感が増したみたいだからさ、ヒロの負担になってないか心配だったのよ~』


『そんな心配は無用だぜヒメ。3人とも目の中に入れても痛くない俺の子供たちだ。俺の命尽きるまで楽しく面倒見るよ~』


『ヒロ…… ひーたんを認知してくれるのね……』


『認知も何も、俺らの子だろ?』


『!っ……ん…… そーだよね~。ヒロってば、そーゆー明け透けで大雑把で寛大で適当でストレートにやさしいところ、素敵よ♡』


『なんかノイズ多めで褒められてるような気がしないけど、ありがと、ヒメ♡』


『!………… さ、さぁ今日も1日が始まったわね♪ そろそろ【ガンズシティ】に姿を見せた方がいいんじゃない?』


『おおっとそーだった~。昨日は10時間くらい宴会してたから、今日は仕事の話を少しは詰めないとなー。よし、行こうか♪』


『は~~~い♪』

『ピキュピキュ~』

『はいチチサマ!』





 ガンズシティ集会広場。


 ヒロはゴズ軍団全員とラモンズ&ルリドーを集合させ、仕事の話を始めた。


「え~、まず今後のみなさんの仕事内容について、具体的に説明します~」


 ヒロは次々と話を進めていく。


■当面は【テラース商会】の仕事が中心となること。

■仕事内容は、世界各地の商売拠点の運営であり、その商売とは【魔物素材の卸売業】【魔物素材の小売業】であること。

■作業内容は、【卸売業での販路営業】【卸売業での荷積みや配達運搬】【小売業での接客】【小売業での配達運搬】などであること。

■魔物素材に関しては全てヒロが調達すること。

■倉庫及び倉庫番的仕事と経理全般は全てウル軍団が担当すること。

■いずれは【魔道具の開発と生産】や【ポーション類の生産】も始めるつもりであること。


 と、大まかな概要をまず説明したあとは、


「まず、【卸売業での販路営業】に関してですが、これは各地の商社や商店、貴族などを相手に立ち回らなければいけないので、担当するのは【テラース商会】の経験豊富な人材が中心になります。しかし、やってみたいという人が居れば積極的に希望してください。商談のいろはから教育して貰えるように【テラース商会】サイドには話してありますので遠慮は要りません。次に卸売業・小売業共通して必要な配達運搬の仕事ですが……」


 と、詳細な話に移る。

 すると、ひと通りの説明が終わったところで、1人の男が手を上げた。


「すいません、質問いーですか?」


「はい、どうぞ♪ お名前は?」


「あ、カイルと言います。あのぉ~、ヒロさんは【開拓事業】には手を出されないんでしょうか?」


 何人かの男達がピクリと反応する。


「はい。そこですね。カイルさん、やはり【開拓事業】、やりたいですか?」


 カイルは複雑な表情を浮かべながら続ける。


「やりたい、という意味では【テラース商会】の仕事をやりたいんですが…… その、何というか、【開拓事業】は我々にとって、やりやすい事業になったんではないかと思いまして」


「と言いますと?」


「あの、これはあくまでも、ヒロさんの能力やウルさんの助けがあるという前提なんですけど、もし、今の状況から【開拓事業】を始めるとすると、スタッフ1人につき漏れなくウルさんが付いてくれている訳ですから、まず、【開拓事業】において最大の問題である【魔物】という障害がほぼ取り除かれますよね?」


「なるほど」


「さらに、他の深刻な問題である物流や保存、建材確保、衛生面、などのことを考えると、【我々以外の人間が今までのノウハウでやる開拓事業】と、【今の我々がやる開拓事業】では、仕事の効率や質が雲泥の差だと思うんです」


「ふむふむ」


「ですので、只でさえここには現役の開拓経験者が豊富に居るのですから、誰よりも圧倒的に有利な立場を利用して【開拓事業】にも手を出した方が、……単純に得なんじゃないかと思ったんです。すいません、もし気に触りましたら謝罪します」


「いやいやカイルさん、全然問題無いですよ♪ むしろ積極的な意見をありがとうございます~」


 ヒロはしばらく目を瞑り考え込む。


 そして、何かを決意したように、ゆっくり話しだした。


「みなさんに正直に言います。俺は今まで、自らの特殊な能力が、権力者や大金持ちや犯罪組織に狙われて面倒な事態に巻き込まれるのを嫌がり、努めて目立たないように生きてきました。【テラース商会】に表の顔として動いてもらうように進めているのもそのためです」


 全員が真剣な表情でヒロを見つめる。


「……しかし、今のカイルさんの話を聞いていて、あまり【目立ちたくないという気持ち】に固執しすぎるのも良くないのではないか、と、思い始めています。皆さんは俺の駒や奴隷ではありません。俺の気分や好き嫌いに振り回され続けるような立場でいい筈がありません。では何なのか? 俺は仲間だと思っています。ゴズさんの必死の訴えに心揺さぶられてから、昨日の楽しい宴会に至るまでの間に、俺は、いつの間にか、皆さんに対して【情】というか……【愛着】が湧いていることに気がつきました。何とかして皆さんと前向きでやりがいのある人生を共有したいと思うようになっていました。そしてカイルさんの何気ない質問によって、改めて再確認できました。仲間の言うことには耳をいくらでも貸すべきだ、と。ですので、もし、【開拓事業】を俺の全面協力の下やってみたいと願う人が居たら遠慮せずに申し出てください。俺が一緒に責任を持って進めますので♪」


 ヒロが話し終えると、少しの間を置いて、男達が一斉に立ち上がり、やんややんやの大騒ぎとなった。

 皆が【開拓事業】参加を希望していたわけではなく、それまでどこか得体の知れなかった飄々たるヒロの、素直な気持ちに触れることができたのが嬉しかったのだ。


 騒ぎが収まり、改めて募ってみると、【開拓事業】参加希望者は30人だった。

 その中にはゴズの姿もあった。

 本来なら30という数は開拓事業に耐えうる人数ではないらしいのだが、ヒロとウルの協力が前提であるために、多いくらいだという話でまとまり、晴れて【開拓事業】もヒロ達の計画に盛り込まれる運びとなった。


 【開拓事業】を希望しなかった残りの男達は、それぞれに付いたウル分体と個別相談し、それぞれの希望はウルの【神速通信】によって統合管理&分析され、改めて1人ずつ【テラース商会】の【マンバタン島】本部事務所に【ウルワープ】していった。

 これからはロデニロやサリンザ達の元で仕事を覚え、世界各地に派遣されることになる。

 次々と中央広場から消えていく仲間達を、ヒロは見送っていった。





 そして【ガンズシティ】には【開拓事業】のメンバー30人だけが残った。


「なんだかすまねぇな、ヒロさん。予定になかった開拓に巻き込んじまったみたいでよぉ」


 申し訳無さそうにゴズが話しかける。


「いやぁ、カイルさんの素朴な疑問に打たれて、俺も視野が広がりましたよ。人の意見って大事ですよね~♪」


「そのカイルの野郎は【テラース商会】の方に行っちまうんだから、笑える話だよな~」


「いやいや、カイルさんは最初からあっちが希望だったみたいですし、何の問題もありませんよ~」


「そう言って貰えるとありがてぇ。カイルは元々、商売がしたかったみてぇだしな♪」


「伸びてくれるといいですねぇ、カイルさん」


「カイルに限らず、みんな根性だけはあるからよ、逃げ出したり投げ出したりする奴はひとりもいねぇって保証するぜ♪」


「頼もしいですねぇ。楽しみですよ♪」



 軽い沈黙。



「それはそうとヒロさん、」


「はい?」


「……オレ達は…… 何すりゃいい?」



 軽い沈黙。



「確かにそうですねー。俺がセンタルス役場の担当者と話をしたのは、まだ3日ほど前のことなんで、今から開拓の話をしに【ウルさんワープ】で飛んでいくと、確実に面倒な話になっちゃいますもんねぇ」


「だよなぁ」


「ですので、俺が役場に行くのは少なくとも2週間以上は先にせざるを得ないとして、それまで何してようか、って話ですよね?」


「ま、まぁそーゆーこった。オレらは現時点では開拓事業から開放された立場になってんだから、勝手に仕事を進めちまうのもマズいんじゃねぇかと思ってよ~」


 するとヒロはピンと来た顔で答える。


「やっちゃいましょう!」


「んへ? 開拓をかい?」


「はい、今まで休んでいた分もありますし、どっちみち給料は俺が払うんですから、何も気にする必要はありませんでした。はい、今からこの【ガンズシティ】は俺達【ゴズ組】の手で開拓を再開します。それでは事業計画の練り直しを始めましょう♪」


「ヒロさん概ね了解だが、【ゴズ組】だけは勘弁してくれよ~」


 しかしゴズの願いは叶うことなく、開拓事業組織の名称は【ゴズ組】となった。

 ちなみに全員賛成だった。





 5分後。中央広場。

 ヒロは改めて、本来の事業計画を確認していた。


「まずは、規模の話なんですが、この水路で囲った土地は、計画予定だった面積より狭いんですよね?」


「あぁ、本来指示されていた面積よりだいぶ小さい。というのも、以前話したと思うが、水堀の作業途中で魔物が出ちまってよ、人命優先でまず安全を確保するために小さくするしかなかったんだ。本来の予定面積は、今の倍以上あるなぁ」


「なるほど。では建築物の質と量ですが、これももっと上を予定されてましたか?」


「そうだな。今の3倍の数と、質ももっと上を指示されてた」


「はい。では水についてですが、井戸掘りの指示もありました?」


「あぁ。今はまだ井戸がひとつだが、本来の計画では3つだ」


「他に引き渡し時に達成しておかないといけない条件などは?」


「まぁ、オレ達はあくまでもゼロからの拠点作りを担う先遣隊って立場だからなぁ。今までも予定よりショボい状態での引き渡しになっちまった事はあったが、罰を受けたりはしなかったな。役人の機嫌は当然悪かったが、とりあえずはまず拠点設営、てことだからよ、多少の下方修正は大目に見てくれるんだよ」


「なるほど。では、まず、今の水堀の外側に新規の水堀を掘って、安全地帯を最初の計画通りの広さに拡張しましょう。俺はちょっと買い出しに出掛けますので、みなさんには掘削作業をお任せしても大丈夫ですか?」


「それは任せてくれ。オレらは簡易的とは言え、先遣隊として最初の町をゼロから作り上げてきた集団だ。土木、建築、掘削、開墾、その辺のことはひと通りこなせるマルチプレイヤー揃いだぜ♪」


「それは心強い♪ ちなみに買い出しで何か買ってきて欲しいものとかあります?」


「まぁなんだ、何もかもが不足してるっちゃあ不足してるんだが、もし可能なら、ツルハシ、スコップ、手押しの荷車、ノコギリ、ハンマー、釘、斧、あと作業着も何着か欲しいな。残ってる数が少ねぇんだよ」


「ん~、ただ、皆さんのパートナーであるウルさんに頼めば、それらのものは殆ど必要無くなると思いますよ。ね、ウルさん♪」


「ピキュピキュ~ ウルは土を掘る、土を運ぶ、土を固める、木を切り倒す、木を切り分ける、木を運ぶ、石を切り出す、石を切り分ける、石を運ぶ、杭を打ち付ける、重いものを支える、などなど、何でもできるピキュよ~♪ 頼りに頼ってもらってノープロブレムなのでピキュピキュ~!」


「おぉぉぉ、ウルっち、オメエら、すげぇ奴だってのは知ってたが、まさかそこまで出来る奴だったとはな! こりゃ~最高品質の開拓はオレらの手の中だぜ。野郎ども、始めんぞぉぉおおお!」


「「「「「「ぉぉおおおおおおお!!!」」」」」」

「「「「「「ピッピキュピキュ~!!!」」」」」」


 全【ゴズ組】組員が一斉に雄叫び、士気が跳ね上がった瞬間だった。





 その後ヒロは、一旦【ウルワープ】で【テラース商会】【マンバタン島】本部事務所に飛び、ロデニロに挨拶しつつ、同時にさきほど送り出したガンズメンズ達の状況を確認する。

 ロデニロによると、ウルのデータ集計が優秀だったらしく、全員の適性分析による派遣先と労働内容もすぐに決まり、現在は倉庫で研修が始まったところらしい。

 ヒロはロデニロに謝意を伝えると、買い出しのため町に出かけた。


 【マンバタン島】の繁華街に繰り出したヒロは、まず大きめのよろず屋に入店し、1番品質の良い鋼製の釘の詰め合わせやなんやかんやを購入。次に薬屋でポーション類を何種類か購入。という勢いで、以下の品々を手に入れていった。



□よろず屋【あるね】

■鋼の釘[各種詰め合わせ] ×2

■L字鋼板         ×2

■I字鋼板         ×2

■夢の魔接着剤クッツーク  ×2

■夢の魔塗料ミズハジーク  ×2

■万能魔粘土パテウメール  ×2

■万能魔素セメント     ×2

■耐火魔煉瓦マジモエーン  ×2

■鋼の鍋[業務用特大]   ×2

■鋼の寸胴[業務用特大]  ×2

■鋼のフライパン[特大]  ×2

■鋼のスプーン       ×2

■鋼のフォーク       ×2

■世界木の深皿[大]    ×2

■世界木のジョッキ[大]  ×2

■巨大な樽         ×2

■巨大な水瓶        ×2


□薬屋【キクゼ商店】

■ポーション[Sランク] ×2

■マムシ印の万能薬    ×2

■コブラ印の万能薬    ×2

■ヒュドラ印の万能薬   ×2


□酒屋【酔いどれ貴族】

■マカラン12     ×2

■シバリガル18    ×2

■バランタン17    ×2

■ワルドタキ8     ×2

■ジャクダニル黒    ×2

■山崎と竹鶴の響宴   ×2

■ヘネシンXO     ×2

■レミタンXO     ×2

■ブルゴヌ産ワイーネ赤 ×2

■ブルゴヌ産ワイーネ白 ×2

■ボルドル産ワイーネ赤 ×2

■ボルドル産ワイーネ白 ×2

■サンパヌ産泡イーネ桃 ×2

■スミノモノノフ    ×2

■エラドゥラド     ×2

■森林伊蔵       ×2

■虹霧島        ×2

■魔王様        ×2

■いいさこ       ×2

■虎死乃神狽      ×2

■句獺祭        ×2

■黒炎龍しずく     ×2

■朝陽ビエール     ×2

■希林ビエール     ×2

■冊幌ビエール     ×2

■ハインネッケビエール ×2

■ギネッスビエール   ×2

■ワンカプ横綱     ×2


□タバコ屋【吸いどれ貴族】

■魔タバコ・魔ゼロスピ   ×2

■魔タバコ・魔ルボロード  ×2

■魔タバコ・魔ジストライク ×2

■魔タバコ・魔ケンタウロス ×2


□働く男の作業着専門店【わっくまん】

■働く男のセレブ作業着A[大サイズ]    ×2

■働く男のセレブ作業着A[中サイズ]    ×2

■働く男のセレブ作業着A[小サイズ]    ×2

■働く男のセレブ作業着B[大サイズ]    ×2

■働く男のセレブ作業着B[中サイズ]    ×2

■働く男のセレブ作業着B[小サイズ]    ×2

■働く男のセレブ作業着C[大サイズ]    ×2

■働く男のセレブ作業着C[中サイズ]    ×2

■働く男のセレブ作業着C[小サイズ]    ×2

■働く男のセレブ下着上下セット[大サイズ] ×2

■働く男のセレブ下着上下セット[中サイズ] ×2

■働く男のセレブ下着上下セット[小サイズ] ×2

■働く男のセレブ靴下[大サイズ]      ×2

■働く男のセレブ靴下[中サイズ]      ×2

■働く男のセレブ靴下[小サイズ]      ×2

■働く男のセレブワークブーツ[大サイズ]  ×2

■働く男のセレブワークブーツ[中サイズ]  ×2

■働く男のセレブワークブーツ[小サイズ]  ×2

■働く男のセレブ軍手            ×2

■働く男のセレブ汗拭きタオル        ×2



 店々で購入品を巨大袋に詰め込み、路地裏に移動してインベントリに入れ替え、また店に戻り、……という偽装収納工作を繰り返すこと2時間、ようやく買い物が終了する。

 そしてヒロは休むことなくすぐさま【ハナランド】に篭もった。


『いやぁ~買いすぎたなー。特に酒と衣類。ちょっと店員の目がヤバい奴見る目だったもんな~』


『ヒロ、衣類は仕事に直接関わるものだから分かるけどさ、お酒はあんなに要らなかったんじゃないの?』


『いやいや、昨日の宴会で分かったんだよ。働く男って、本当に酒好きが多いんだわ。だから酒も、仕事に直接関わるアイテムだと言えるんだよ、ある意味』


『ま~別にい~けどねー。でもさ、全部2つずつ買ってたのは何で?』


『あー、あれはな、【一応念のため】と、【ふたつ買って品質に優劣があった場合に優の方を使うため】なのだ』


『なるほどね~。ちゃんと考えてるのね~』


『そうだぜえっへん!』


『で、【ハナランド】に来てるのは何で?』


『よくぞ聞いてくれたヒメよ。俺は今からここで、重大な作業に取り掛かるのだ!』


『じゅうだいな、さぎょう?』


『そう、それはな、【買ったものを全てトレースし錬金しまくって大量生産だぜプロジェクト】なのだ!』


『おぉぉ~。それは確かに凄いわねー。てゆーかヒロさ、それやりだしたら商売人として終わりなんじゃないの?』


『な、何言ってくれちゃってるんだよヒメ! 俺が俺の身に宿った能力を俺や仲間や世の中のために使って何が悪いってーのよ。そもそも昔の金持ちや権力者なんて、みぃ~んな反則技みたいな特権使いまくって荒稼ぎしてたんだし、教会が献金目当てで免罪符バラ撒いてたのなんて詐欺そのものじゃねーか。そもそものそもそも、今回の大量生産は【ゴズ組】や【テラース商会】の身内で消費するためのプロジェクトなんだから、商売とは関係ないんだしね! 経費だよ経費! 少なくとも今は!』


『わぁ~かった、分かったよ~ヒロ、そんなにガブつかないでよ~。でもさ、釘とか皿みたいにシンプルな物なら行けそうな気もするけど、瓶に入ってラベルが貼ってある酒とか、いろんな素材で出来てるワークブーツとか、トレースするの無理そうじゃない?』


『いやいやヒメよ、確かに昔の俺なら無理だったかも知れん。しかしな、今の俺はあの頃に比べると【超】が付くほど高ステ値になってるんだぞ? 集中して時間さえ掛ければ行けると思うんだよなぁ~』


 と言いながらヒロは、インベントリの中の【鋼の釘[各種詰め合わせ]】をインベントリの中で種類ごとに分別し、その中からまず1本をフォルダに入れると、そのまま直接フレームで包み、


(フレーム)ピ(トレース)


 と念じてみた。すると、


テッテレー


 間髪入れずに呑気な電子音が脳内に響き、【メモ】を確認すると


【鋼の釘[50mm・3mm][解析度S]】


 と記録されていた。


『よしっ! インベントリ内での【トレース】に成功したぞ! 余裕のよっちゃんイカだぜ!』


『すんごーい。インベントリの中にフレーム展開して魔法実行しちゃった~』


『やったね♪ 俺。しかもさ、リアル空間よりインベントリ内でやった方が、スムーズかつ省エネっぽいんだよねぇ。これからは【トレース】と【錬金】は【インベントリ】内で全て終わらせるのが得策だわ。いい実験だった~』


『どんどん便利になるわね~。あ、それとヒロ、【トレース】した情報って【ショートカット】に記録されるんじゃなかったっけ?』


『そーだったんだけど、【トレース】による解析が今後増えるとなると、いきなり【ショートカット】に登録しゃうとさ、【ショートカット】のリスト眺めるだけで時間掛かっちゃって、【ショートカット】の【ショートカット】とか作んなきゃいけなくなっちゃうわ、なんて思っちゃってさ、まずは【メモ】に入れることにした。そのあたりは設定でいじくれて便利だったわ』


『そっかー、【異世界転生者支援プログラム】も定期的にアップデートしてるっぽいわね~。思ってたよりサポートしっかりしてるのね~(……アルロライエちゃん、健気だわ……)』


『さぁ、そーしたら、準備運動も終わったことだし、どんどん【トレース】していきますか♪』


 ヒロは全集中力をまなこに宿し、【インベントリ内トレース祭り】を開催するのだった。





 2時間後。


『ぶはぁぁぁあああ~~~…… 終わったぁーーーー』


 ヒロはぶっ通しで【トレース】を掛け続け、数え切れない回数のMP枯渇を乗り越え、遂には、購入商品全アイテムのトレースデータ収集に成功した。


『ふふ……』


 【メモ】を開き、レシピの如く並ぶ沢山のアイテム名の羅列を眺め、ほくそ笑むヒロ。


『これで…… しばらくは買い出しに来ないですむ……♪』


『やったわね、ヒロ。データ万引の完遂、おめでとう♪』


『なかなかキツい表現だね、ヒメ。でも俺、充実感で胸いっぱいだから、全然カチンと来ないぞ♪』


『いや~でもヒロ、まさか全購入アイテムのトレース成功しちゃうとは思ってなかったわ。それは本当にお見事よ、すごいわ♪』


『ヒメ、もっと言うと、ポーション類や酒類の【瓶や樽に入っている液体】は、【入れ物も含めた商品全体のトレース】も成功させたし、【中の液体のみのトレース】も成功させてるんだよ。これであとは、俺がいつも水でやってるように、暇を見つけて大量錬金してインベントリに備蓄しておけば、蛇口からドバドバ出るみたいに使えるんだよ。S級ポーションが指先からジャ~~~って出続けるなんて、すごいだろ~』


『それは確かにすごいわねぇ~。何なら戦闘能力よりチートな感じさえするもん。これで商売始めるってゆーんだから、世界中の商人たちもたまったもんじゃないわね~。な~む~よ。な~む~』


『まぁ、【トレース】を商売に乱用するのは基本やめとくよ~。なんとなく美学としてさ。身内の個人消費だけにする』


『そーねぇ。もはや後戻りができない所まで来ちゃってる気もするけど、確かに暴走を止めるにはブレーキが必要よね~。ヒロの美学には踏ん張ってほしいところだわ~』


『だねぇ~♪』


『だねぇ~♪』


 ヒロとヒメは、言い知れぬ超越者としての虚無感への畏怖を振り払うかのように、楽しそうに笑い合うのだった。





 その後、宣言通り、購入品の大量生産を【インベントリ内錬金】の連打で成し遂げたヒロは、ホクホク顔でまずは【テラース商会】本部を訪れる。


「ヒロさん、結構長い買い物でしたね。見つからない物でもありましたか?」


 ロデニロが声を掛けてくる。


「ロデニロさん、まずは昨日俺がここの倉庫からくすねた酒を返却したいんですが……」


 上目遣いで犯罪を告白するヒロ。

 するとロデニロは、ケロッとした表情で答える。


「あぁ、そのことでしたら別にいいんですよ♪ こちらこそお世話になりっぱなしですから」


「あら、やっぱりバレてましたか~。優秀ですね~」


「まぁ、在庫のチェックは毎日のルーチンですし、何より、今や高額なものや希少なものの在庫は全てウルさんの亜空間ポケットに収まってますし、倉庫の隅に残っていた在庫品は元々うちが備蓄していた一般流通品ですからね。すぐに気付きましたよ。あ、ですので本当に返却は不要ですよ♪ 残りの在庫も飲んで頂いて構いません♪」


「そーすかぁ~。でしたらまた今後の魔物素材でチャラにしてください。どんどんウルさん経由で納品しますから♪」


「それはありがたい♪ 心強いです♪」


「ところでロデニロさん、」


「はい、なんでしょうか?」


「ここに備品倉庫的な場所ってあります?」


「まぁ、消耗品や仕事道具を保管している部屋はありますが……」


「そこに案内してください♪」


「はぁ、わかりました」





 ロデニロに案内された【テラース商会】本部の備品倉庫は六畳間ほどの空間だった。


「ロデニロさん、いろいろと手に入れたので、組織内の消耗品として使ってください。あ、売り物にはしないでくださいね~」


 そう言うとヒロは、ポーション1式300セットと、衣類1式300セットをその場に山積みにすると、


「では~~♪」


 と手を振り、颯爽と【ウルワープ】で去って行った。


「あ~、ヒロさん! あぁ、消えちゃいましたね……。しかし…… よくもまぁこんなに沢山の…… ぅわっ! このポーション、S級じゃないですか! ああ! ヒュドラの万能薬まである! ……あとこの作業着、まさか…… ぜ、……全部、【わっくまん】の【働く男のセレブシリーズ】じゃないですか! ……はぁ~~~~」


 ロデニロは深く息を吐いてから呟いた。


「ヒロさん……、【マンバタン島】で1番高額な商品……全部買い占めちゃったのかな……」





 【ガンズシティ】に戻ったヒロは、食堂兼会議室で、ご機嫌に差し入れ品を披露していた。

 堀の掘削作業を中断して品々を確認していたゴズと数人の男達は


「こんなにいい釘がこんな大量に手に入ったんすか!? ひゃっほぉ~い!」


「初めて見る建材だなぁ~。こりゃ使えそうだぜ!」


「俺達全員分の食器やジョッキまであるぞ!」


「何だか凄そうなポーションっすねぇ~。しかもこんなに!」


「うおっ! これ全部、酒じゃねーですか!? ぅおおおお! 神様仏様ヒロ様~♡」


「魔タバコもあるぞぉ~! 夢みてーだぁ~!」


 と大興奮だった。

 それを見て、ヒロは【ウンウン】と嬉しそうに頷く。


 さらに気を利かせたゴズが、


「おめぇらーー! 俺達全員に揃いの作業着が届いたぞぉーー! しかも1人何着もだーーー!!!」


 と、一旦全員を休憩させ、会議室に並ばせると、たちまち最高級作業着の採寸&支給大会が始まる。

 そして今度は30人による絶賛の大騒ぎが巻き起こり、ヒロはさらに嬉しそうに【ウンウン】と頷くのだった。





 ピカピカの作業着に身を包んだ【ゴズ組】の構成員達は、気分良く作業を再開していた。

 作業の内容は、予め引いたラインに沿って、各自受け持った距離を掘削する、という単純な穴掘り作業だが、実際の【ゴズ組】構成員の手にはツルハシもスコップも握られてはおらず、ただ口だけが動いていた。


「ピキュピキュピキュ~♪ もっと深いほうがいいでピキュか~?」


「お~そーだなウル公、こんなに速く掘れるんなら、あと1m掘り下げてくれ~」


「任せろなのでピキュピキュ~!」


 ウルは手練の【ゴズ組】メンバーを遥かに凌駕する作業効率で、組員達から労働を奪い取っていた。

 見ている間にもどんどん掘削行程は仕上げの段階に入っていく。


「ウルの字~、堀の壁と底の強度上げ終わったら、掘り出した土石は全部、堀の10mくらい外側に積んどいてくれ~」


「任せるのでピキュ~ こんなのお茶の子さいさいなのでピキュ~♪」


 本来【センタルス】役場開拓推進課から指示されていた開拓面積は16ヘクタール前後。

 正方形にすると1辺400mほどのものだった。

 しかし魔物の襲撃等で下方修正を余儀なくされた【ゴズ組】の現在の成果は6ヘクタール弱ほどでしかなく、目標の3分の1ほどに留まっている。

 そこでゴズは、作業開始とともに、まず、既存の堀を無視し、新たに、現在の水堀を大きく囲い込むような直線を引いた。

 その1辺はきっちり400m。

 幸いにして【ガンズシティ】はミズリン川の支流に隣接して開拓計画が立てられていたため、4辺の掘削予定ラインのうち、1辺は川が担うこととなり、実際の掘削距離は400m×3辺で1200mとなる。

 この1200mを【ゴズ組】30人で割ると、1人あたりの担当距離は40m。

 現在は目印に引いた仮りの線に沿って各自が均等に分散し、ウルの大活躍のもと、掘削作業が進んでいるのだが、なんと、30分割された担当区分は、既に全て開通していた。

 しかもその新しい外堀は、幅7m、深さ7mであり、ゴズ達の内堀の倍以上のスペックを誇っていた。

 さらに、その堀面の最終工程を、ウルの【神速変質】を利用して、高圧力で調整したため、まだ水入れ前の空堀の壁面と底面はガチガチに硬く仕上がっていた。


「いやぁ~、もう外堀が完成しそうですね~」


 総監督の立ち位置で、ウルを通じて指示を出し続けているゴズに、ヒロが話しかける。


「おぉヒロさん、実際に見て貰ってから話そうと思ってたんだが、どーだい、この光景! まるで夢でも見てるみてぇだろ?」


「確かに速いですが、まぁ、万能重機とも言えるウルさんを30体……いや実際には100体くらい活動してるみたいですが、こんだけ投入すれば、このくらいの仕事は当たり前田のキャプチュードですよ。余裕っす♪」


「いやすげぇよ、もうちょっとで外堀が完成しちまう勢いだぜ~。信じられねぇよ。16ヘクタールもの囲い堀が1日とかからずに完成しちまうなんてよ? そんな話、どこの誰に話したって信じちゃもらえねぇだろうぜ。この調子なら、日暮れ前には水入れも終わりそうだしよぉ、明日からは建築工程に取りかかれちまうぜ~」


「いいことじゃないですか♪ 俺もウルさんも力になれて嬉しいですよ~」


「しかしヒロさんよぉ、こんだけウルっちが何でもかんでもやってくれちまうとよぉ、オレぁ申し訳なくて、ウルっちに足を向けて寝らんねぇぜ~。今後一生な~」


 ゴズが心底不甲斐ない表情でヒロを見つめる。


「何言ってんすかぁ~。ゴズさんあっての【ゴズ組】じゃないですか~。そもそも、計画するのも、指示を出すのも、調整するのも、決定するのも、全部【ゴズ組】のみなさんでしょ? ウルさんは、みなさんの計画をお手伝いしているだけなんですから、そんなに卑屈にならないでくださいよ~」


「ま、まぁ、ヒロさんがそう言ってくれるんなら、オレらの立つ瀬も少しはあるんだって思えてくるかな……。それにしても…… ウルっちは偉ぇなぁ~」


 しみじみとゴズは語るのだった。


「あ~、あとゴズさん、街道の突き当たる場所に、橋を掛けなきゃいけませんし、その周辺だけでも石畳にしておいた方が何かと便利ですよね? 明日からは建物の建築も始まりそうですし、俺、ちょっと木材と石材の調達に行ってきますわ。ここのことはよろしくお願いしますね~」


「おう、任せといてくれ! ヒロさん、オレ達の尊厳のためにも、あんまり活躍しすぎるんじゃねぇぞ~」


「はい、行ってきま~す」





 【ガンズシティ】を後にしたヒロは、今後の引き渡しの際に悪目立ちしすぎないよう、出来るだけ近場で入手しやすい木材と石材を探しに、とにかく近場、近場を徘徊した。

 ヒメの【ゴブリンでも簡単DIY★近場で使える建材マップ★ゼロモニア編】という書物にも助けられ、小1時間ほどで【デーモンウォルナット】という大木と【ゼロモニアグラニット】という石を大量ゲットする。

 “戻るにはまだ早いかなぁ”と呟いていると、周囲を楽しそうに飛び回っていたヒロリエルがピクリと反応し、


『チチサマ♪ お暇なのでしたら、ひーたんが剣術を教えてさしあげましてなのです!』


 と食いつく。

 特に断る理由もなかったヒロは、


『ん~ じゃあお願いしようかなぁ』


 と了承する。

 ヒロリエルは


『はきゃっ♪ やったのです♪ チチサマにいーとこみせるのです!』


 とはしゃぎながら、足をバタ足のようにパタパタしつつ、ビュンビュンと飛び回るのだった。





 1分後。2人は【ハナランド】に場所を移し、5mほどの間隔を開けて対峙していた。

 ヒロリエルは【妖精モード[身長10cmほど]】から【少女モード[身長150cmほど]】に変身し、手には白銀に輝く【神聖剣エクスカリビュランサー】が握られている。


『…………あのさ、ヒロリエル』


『はいなのです! もう始めるなのです?』


『いや、オマエが握り構えてるその剣……』


『【神聖剣エクスカリビュランサー】のことなのですか?』


『そう。その【神聖剣エクスカリビュランサー】ってさ、』


『?』


『すごい剣なのか?』


 ヒロリエルは“よくぞ聞いてくれた”とばかりに羽をブルブルッと震わせると、小さな胸を目一杯張り、嬉々として答える。


『はいなのです! 【神聖剣エクスカリビュランサー】は、昔むかしの伝説の聖剣を、現代魔学と最新神技学の粋を集めて混ぜて練り込んで地獄の釜で三日三晩じっくりコトコト煮込むことで生まれた、この世はおろか、神界にもふたつと無い銘剣中の銘剣なのですっ! ハハサマが、チチサマの稼ぎから大枚を叩いてひーたんに与えてくれたと聞いているのです!』


『そ、そうか。高級品なんだな……』


『ハハサマからは、“完成までのブラックスミス魔錬金融合には多種大量の幻魔アイテムが必要で、自力で集めた材料ではどうしても足りず、泣く泣く[古代アラクネクイーンの玄孫の血涙]と[カオスサチュレーターの抜け殻]だけはゲーム内トレードで購入するハメとなり、その金額が桁外れだった”と聞いてるのです!』


『そ、そうか……。高難度の錬金合成系武器なんだな……』


『はいなのです! “現時点で実装されてる武器の中では最強”という話なのれす! ほかにも、スライミー村のカジノの最高景品である[はぐれオリハルコンスライミーキングの剣]と、ドミノ王の城の最高景品である[銀河天空魔界勇者の竜神剣]もかなりの名剣らしいなのですが、この【神聖剣エクスカリビュランサー】には及ばないのなのです!』


『そ、そうなのか…… 凄いな……』


『ハハサマはこの聖剣の材料を買うために、【iホン296プロマックスマックス】の購入を涙をのんで見送ったらしいなのです! そんなハハサマのためにも、ひーたんは【神聖剣エクスカリビュランサー】を誰よりも上手にぶん回すのです! 歯向かう奴らは全員バラバラミンチの合い挽き死体にしてやるのですっ!』


『そ、そうなのか…… ところでヒロリエル?』


『はいなのです!』


 ヒロは溜まり始めていた違和感を解消するために質問する。


『ちょっとひとまず話を中断して聞きたいことがあるんだが…… オマエってば、話し方が随分変わってきてないか?』


『ふぇ? はぬ? なのでしたら……多分……』


『多分?』


『ずーーーーっと、直通念話でウルたんとおしゃべりしてたのなのです~。ひーたんは自分ではよく分からないなのですが、戻した方がいいなのです?』


(ウルさんの影響だったのか~。自発的にしては変わりすぎだと思ったんだよな~)


『チチサマ?』


『いやいや、気にしなくてもいいよ♪ ちょっと気になって聞いただけだからさ。ヒロリエルはそのままスクスク育てばいーからね♪』


『はいなのです~♡』


『でさ、話を元に戻すけどさ』


『はいです!』


『このままヒロリエルが本気でその剣ぶん回すとさ、俺も……バラバラミンチ死体になっちゃわないか?』


『チチサマ、そこはご安心をなのです♪ ひーたんはフレーム由来の生命体ゆえ、物理反応のオンオフが自由自在なのです~。チチサマへの稽古の時は、もちろんオフにしてあげるのなのです~』


『ん? てことは、俺がヒロリエルに斬られても、俺がヒロリエルを斬っても、剣がすり抜ける……ってこと?』


『です! その方が全力でぶん回せるです♪ チチサマも本気だと上達するのです!』


『なるほどな~。それは親切設計だねぇ』


『はいです! ヒロリエルは【地元新聞が表彰する地域の定年間際のおまわりさん】くらい親切設計なのです!』


『……ち、ちなみにさ、もしヒロリエルが【物理反応オン】の状態で斬られちゃったりしたら、どうなるの?』


『その時は、一旦はパックリと傷口が出来るのです~』


『一旦?』


『なのです。でもひーたんはフレーム由来の生命体ですゆえに、すぐ元に戻るのです~♪』


『……ヒロリエル、オマエそれ、最強じゃね?』


 するとヒロリエルは困惑した表情を浮かべる。


『……ん~~。でもぉ、チチサマもおんなじなのです。HP自動回復がバカっ速なのですゆえに、ひーたんとそれほど変わらないのですよ~』


 ヒロは低周波治療器に打たれたような小さな衝撃を受けた。


『そ、そーいや俺も、死の淵から10秒ちょっとで全快できる体なんだったわ。そー考えると、ヒロリエルと一緒だったね♪』


『はいなのです! ひーたんとチチサマは一緒なのれすぅ~♡』


 親子のイチャイチャトークはさらに3分ほど続いた。





『さぁ、それじゃあそろそろ、始めようか~』


 2人は【ハナランド】のほぼ中央で、5mほど離れて向き合っている。


『チチサマ、武器は、いずこなのです?』


 辺りをキョロキョロと探すヒロリエル。


『あぁ、俺はもっぱらコレなんだよ~』


 ヒロは微笑みながら【フレームセイバー★メガミウム★1µm1m】を生成した。

 両手をぶらりと下げたヒロの目前には、1µmという、肉眼では確認できないサイズの直径を持つ、超超超鬼細いメガミウム製の【線】が浮かんでいる。


『チ、チチサマ…… それは?』


『俺の武器……なんだけど、すごいな。ヒロリエルにはこれが見えてるの?』


『はいです。しかもチチサマ、その素材はウルたんと同じ性質のものなのです! ありえない性能を持っているなのです! 偶然とは思えないなのです!』


『あぁ、これはね、俺がいろんな金属こねくり回して偶然できちゃった新物質なんだよ~。なんでも【世界一すごい物質】らしいんだよねぇ。で、ウルさんがそれを食べちゃって、体がメガミウムに変化しちゃったってわけなんだ~』


『すのいのれす。すおいのれす。すんもぉーいのれすです!  チチサマはウルたんのチチサマでもあったのです! てことはです…… 少しだけ意識し合う関係だったウルたんとひーたんは、実は血の繋がってないきょーだいだったのです! しかもひとつ屋根の下でなのです! これはまるで…… アヴィーチーみつる先生の次回作みたいなお話なのです! なんてドラマチックな展開なのです~』


『…………ちょっとウルさんの影響がひどいなぁ~。……ま、そんなことはさておき、さぁ、ヒロリエル、』


『……それで必ずひーたんに一目惚れする噛ませ犬的三枚目が現れるのです。そしてウルたんのそばには良き理解者的肥満体型の友。そしてついに現れる、噛ませ犬シリーズの最終兵器、ハンサム男! ウルたんはハンサムの登場にドギマギするのです。でも実際のところ、ひーたんの乙女心は1度としてハンサムになびくことなどないのです! 安心してほしいのれす! しかし今度はハンサムの妹なる奴が登場。こいつがまた面倒なことにウルたんにズキュハキュンなのれす~。もぉ~ど~なってしまうのれすか~。ブツブツ…… ブツブツ……』


『ヒロリエル?』


『ブツブ…… はっ! は、はいなのです?』


『そろそろ剣の稽古、しようよ~』


『で、ですなのです! いざ、尋常に勝負!なのです!』


 そして2人の模擬戦は、いざ尋常に始まった。





『チチサマ! ひーたんから仕掛けるのです! チチサマは受けるか避けるかするのです! 行きますのです~♪』


 ヒロリエルは脇構えに近い姿勢で【神聖剣エクスカリビュランサー】を真横に寝かせ、やや腰を沈めた。


『お~~う。りょ~かぁ~い』


 ヒロは【フレームセイバー】を目前に浮かせたままリラックスした状態だ。

 すると


『てやっ!!』


 ヒロリエルは発声するとともに、何の予備動作も無いまま中空を高速で推進し、ヒロの傍らを横薙ぎの一閃とともに通過すると、後方でボールが壁に跳ね返るかのように反転し、そのままの速度でまたヒロの真横を突き抜け、元居た場所にピタリと静止した。

 それは瞬きほどの時間に起こった高速移動であり、この世界の生物の能力で捉えられるような動きではなかった。

 ヒロリエルはフッとヒロに向き直し、ニコリと微笑む。


『チチサマ、2回、斬らせて頂きましたのです! 輪切りなのです♪』


 刹那の出来事に驚いたヒロは正直に悔しがる。


『す、すげぇ~な、ヒロリエル~。俺も少しは対応できるかと思ってたんだけど、予備動作がゼロで、加速にかかる時間もゼロ、いきなりトップスピードで飛んで来られるのって、こんなにも反応しづらいモンなんだなぁ~♪ あまりの疾さに感動したよ~』


 ヒロは心からヒロリエルの能力に感服していた。

 しかし同時にこうも思っていた。


(確かにヒロリエルの動きは鬼恐ろしマックスレベル、いや、【めちゃなまらぶちがいな級】と言っても過言ではないくらいに疾かった。しかし、正確に言えば“疾く感じた”だ。もし最初から例の【予備動作ゼロ&加速時間ゼロ】という特殊能力が理解できてたら、反応くらいは出来たはず……。だって俺の【フレームセイバー】だって、ヒロリエルと同じ、フレーム由来の特殊能力なんだから……)


 ヒロはヒロリエルに白旗を振りながらも、“ちょっとくらいは苦戦させてやれるんじゃないか”と考えていた。

 そして間も取らず、【振っていた白旗】をインベントリに収納し、


『ヒロリエル、ここから息継ぎなしのノンストップで、斬り合い、続けられるか?』


 と嬉しそうに尋ねる。

 ヒロリエルは羽をブルブルッと震わせると、欲しかったプレゼントを手にした子供のように喜び、叫んだ。


『はいなのですっ!!』


 そして、ここから3時間ほどの間、ふたつの影は1度として静止すること無く、延々と斬って斬られて斬られて斬ってを繰り返すのだった。





 【ハナランド】 17時頃


『……おっと、そろそろいい時間だな。ヒロリエル~、今日はここまでにしよう。みっちり3時間も稽古付けてくれてありがとな~♪』


 ヒロはさわやかに話しかける。


『チ、チチサマ、すのいのれす! ひーたんの斬撃を143回もかわして、ひーたんを172回も斬るなんて…… 生物の領域を超えちゃってるなのです!』


『いやいや、ヒロリエル、オマエは俺の攻撃を1897回かわして、俺を1902回切り刻んでるんだから、驚かないでくれよ~。俺が惨めになるじゃないか~(苦笑)』


『それは……そーなのです。けど』


『さぁ、そんな訳で今日の稽古は終了だ! 相手してくれてありがとうな~。これからも暇を見つけて教えてくれな♡』


『は、はいなのです!』


 娘による父への稽古は父の惨敗に終わった。

 それでもヒロはとても充実し、ニコニコ顔で気持ちよさそうにしている。

 そんな中、ヒロリエルは心の中でただただ驚愕していた。


(いやいやいやいや、なのですっ、本来のスペックから換算すれば、ひーたんが1度でも避けられたり斬られたりする事態はあり得なかったのです! 何万回、何億回対峙しようと、ひーたんの屈辱回数はゼロの筈だったのです。しかも……、最後の30分だけで計算すれば、チチサマの勝率は3割以上にも及ぶのです! 若松勉の生涯打率をも上回るこの数値はもう、天災級の大事件の大津波がフレーム技術の心臓部を鷲掴みにして揉みしだいたと言っても過言ではないなのれすぅーーー! チチサマ…… スゴすぎるのれす……♡)


 ヒロリエルは改めて、ヒロに敬愛の念を抱くのだった。





 初めてのヒロリエルとの戦闘訓練で敗北を味わったヒロは、それもまたいいもんだという気分でガンズシティに戻った。

 現場では既に外堀が完成しており、入り口に当たる場所に【ゴズ組】全員が集合していた。


「ただいま~っす」


 姿を見せると、全員が異口同音に労いの言葉と笑顔で迎えてくれる。

 ヒロは幸せを噛み締めつつ、ゴズに話しかけた。


「ゴズさん、ただいま戻りました~。木材と石材は十分確保できましたよ~」


「おおぉ、さすがはヒロさんだ。じゃあさっそく石畳と橋の整備にとりかかっちまおうか!」


「わかりました! それでは…… まず橋から造りましょうか♪ ちなみにゴズさんたちはどんな橋を造る予定なんですか?」


「ん~とな、今んところ木製にするか石造りにするかで意見が分かれてるんだよな~」


「というと?」


「質にこだわるんなら石橋なんだけどよぉ、石橋は石材を正確にアーチ型に並べて造らなけりゃいけねぇもんで、石材ひとつひとつにかなり細かい加工が必要なんだよ。だから時間と手間がかかる。逆に木製は傷みやすいし強度も弱いが簡単に作れる。ってー流れでの相談なんだ」


「なるほど~。あ、だったらちょっと俺に任せてもらえませんか?」


「任せるって……橋の建築をかい?」


「はい、その間ゴズさんたちは街道の石畳を担当していただけるとありがたいです」


「ヒロさん…… 橋をひとりで造ろうってーのかい?」


「はい。ちょっと試してみたい方法があるんですよ~」


 ヒロは爽やかに笑いながらゴズを見つめた。

 ゴズは悟ったように“ふっ”と笑い、すぐ動き出す。


「おいオメエら! 橋はヒロさんが造るから、オレたちは石畳をやるぞぉ~!」


「「「「「あいよぉ~~~!」」」」」


 【ゴズ組】の30人からはひとつの異論も出ることはなく、ウル軍団との打ち合わせを繰り返しながらサクサクと石畳工事が始まった。

 ヒロが山積みにした立方体の【ゼロモニアグラニット ※1辺30cm】を、地面を掘り固めながら次々と並べていく。


『ヒロってば信用されてるわねぇ』


『なんつーか、信用されすぎてて恐縮しちゃうよ~。本来、専門家はゴズさんたちなんだから、うるさく言ってもらっても全然オーケーなんだけどなー』


『でもヒロ的には自分で造ってみたいんでしょ?』


『まぁ~ねー。ほら、【マンバタン島】のよろず屋で【万能魔セメント】ってやつを買ったでしょ? アレを使えば簡単に石橋が造れるんじゃないかと思ってるんだ~』


 ヒロはまず、7m幅の正面外堀に、掛けてみたいアーチ型の橋をイメージして、その形より大きめにフレームを構築した。

 イメージ通りのフレームが完成すると、次にその中に【拳大のゼロモニアグラニット】と【ドロドロに水で溶かした万能魔素セメント】を次々と交互に錬金生成していく。

 フレームの中が【ゼロモニアグラニットと万能魔素セメント】でいっぱいになると、フレームを収縮させ圧力を加える。

 するとゼロモニアグラニットの隙間に残っていた空気がブスブスと音を立てて抜けていき、一気に密度が増す。

 最後は成形が終わったフレームの中に【湿度変化】と【硬度変化】と【質量変化】の魔法をやや大雑把にかけ重ねて調整し、わずか10分ほどで【ゼロモニアグラニットのコンクリート橋】は完成した。


『早っ! ヒロ、プ~ヤング焼きそば作る感じのノリでコンクリート橋造っちゃったね』


『出来たねー。でもこのままだと橋の全ての面がツルツル過ぎて悪目立ちしそうだから、セメント部分を少し削るよー』


 ヒロはそう言うと【フレームセイバー★メガミウム★1mm10cm】を出現させ、橋の見えている面のセメント部分をテキトーに削っていった。

 御影石のようにスベスベだった橋の表面はたちまち起伏を持った質感となり、【天然石の橋】らしいリアリティを増す。

 こうして表面が適度にゴツゴツした【ヒロのイメージした通りの石橋】が完成した。


『いやぁ~、初めて造った石橋にしてはいい出来なんじゃねぇかなぁ~。我ながら口元がニヤニヤしちゃうよ~』


『ヒロすごーい! ちなみにこの橋、強度的には大丈夫なの?』


『うん、問題ないと思う。本来なら内部に鉄筋とか組んだ方が良かったのかも知れないけど、万能魔素セメントっていう凄そうな素材と、重ね掛けした各種魔法の効果でめっちゃ頑丈になったはず。まぁもし早いうちにヒビ割れとか出来たら固め直せばいいだけだしね~』


『まぁ見た感じだと問題無さそうだしねぇ。完成オメ♪』


『さんきゅ~ヒメ♪』


 2人が軽い脳内打ち上げを楽しんでいると、そこへゴズがやってきた。


「ヒロさぁーん、またもやウルっち達が大活躍でよぉ、30cmのグラニットがもう残り少なくなってきやがったんだ。追加でいくらか作って……うわっっ!!」


 既に完成している橋を目にしたゴズが固まる。


「ま…… ま、ま、マ、マジかよっ!!! もー橋が出来ちまってるじゃねーか!!」


 ゴズの叫びにつられ、次々とみんなが集まってきた。


「おいおい嘘だろ~! オレらの石畳工事の速さ自慢しようと思ってたらコレだよ!」


「【10m級の石橋】っつったらフツーは大工事なんですよ~。空気読んでくださいよ~!」


「オレ長いこといろんな現場見てきたけど、こんな立派な作りの橋、見たことねーわ笑」


「ふざけんなよ~! すごすぎるだろーが!」


「うっほぉー、オレ、一番に渡ってみていーすか!?」


 次々と投げかけられる称賛とブーイングの嵐。

 仲間たちからの声はどれもヒロにとって誇らしいものだった。


 その後、強度テストも兼ねて【ゴズ組】全員で橋を渡ったり飛び跳ねたりしたが、ビクともしないその安定感に確信を得ると、最後にはウルを大量の人型に分裂させ、


「300人乗ってもだいじょーぶだぜ!!」


 と全員で盛り上がったのだった。





「いやぁ~、まさか日暮れ前に水入れまで終わっちまうとはなぁ」


「石畳もセンタルス方面に500mも伸ばせたしなぁ」


「ウル坊たちのおかげで石畳の先も何キロって道路整備が出来たしよ~」


「さらにはヒロさんが西側の堀にも正面とおんなじ橋つくっちまったしなー♪」


「さらにはのさらには、堀の中の区画整備まで石畳で埋め尽くしちまった!」


「これでもう、どこに出しても恥ずかしくないガンズシティが完成したぜ!」


「おぅ! もう今の状態でも強気の値段で引き渡せるな~こりゃ~」


「明日からは早くも住居や役場の仮建築に進めるなぁ~」


「トントン拍子ってやつだぜ~」


 第1段階の開拓整備を理想以上の完成度で達成した【ゴズ組】は、誰もが満足感と充実感に酔いしれ、そこには笑顔が溢れていた。

 ヒロは思わず立ち上がり、大声で叫ぶ。


「それじゃあみなさーん! 今日の仕事はここまでとして、このあとは盛大に宴会としましょ~! 肉と酒とタバコならいくらでもありますよーーー!!」


「「「「「「「「ぅおおおおーーーーー!!!」」」」」」」」





 宴会は新設ガンズシティの中央広場で準備された。

 ヒロはグレートバイソン、グレートエルーク、グレートボア、コケアトリス、デーモングリズリーなどの【うまいの確定肉】を即席の巨大バーベキューコンロで焼きまくり、加えてインベントリトレース&錬金で増殖させたゼキーヌさん特製のシチューや肉&魚料理、さらにはアルロライエの手作り料理シリーズを巨大テーブルに惜しみなく並べまくった。

 酒も全種類を並べ、飲み放題とし、魔タバコも山積みにした。

 ちなみにビエールに関しては、インベントリ内冷却を施した冷たい状態のものを、ウル分体に一旦飲み込ませ、ビエールサーバー係として数カ所に配備した。

 かくして【ユーロピア帝国】の王族でさえ未経験であろう贅沢な宴会が【ゴズ組】歓喜絶叫の中、盛大に開催されたのだ。


「やっぱヒロさんの肉は世界一だな~!」


「くぅぅぅぅ~。ウルっちが出してくるビエール、冷えてて最高だぜ!」


「おいおい、焼いた肉をあそこの【わさび醤油】ってーのにつけて食ってみろよ! めちゃくちゃうめぇぞ!」


「いやいや、オレは【ポン酢】ってやつにつけたのが最高だった!」


「おーい、この【ぬか漬け】って食いもんは酒が進むぞ~♪」


「おおぉぉ、このシチューはセンタルスのウサギ小屋のオッサンの味そっくりだ! いやぁ~また食いたかったんだよなぁ~! うんめぇ~~~!」


 【ゴズ組メンバー】は各々に喜びを爆発させ、ヤンヤヤンヤの大宴会は続いていく。


『ヒロ~良かったね~。みんな最高の笑顔で喜んでくれてるよ~♪』


『うまい食事は人生最高のエッセンスだからなー♪』


『アルロライエちゃんの料理まで奮発しちゃって大盤振る舞いだね~』


『大盤振る舞いもなにも、アルロライエちゃんの料理もインベントリ内増殖が成功したから、もう無限に提供できるしな~』


『そ、そーだったんだ。んじゃあこれからはもう【寿司の残量】気にすることなく食べられるんだね』


『それそれ~。今後は自分たちで消費する物資については何の心配もないな~♪』


『……なんつーの? 【苦労の数だけ幸せが訪れる】的な格言が虚しくなってくるわねぇ』


『あ~、【苦しみと喜びはみんな同じ量】みたいなやつ? そんなのデタラメだよ。【喜びや幸せばっかがつづく】のがベストに決まってるし、多かれ少なかれそれは可能なことさ。【苦しむことの美徳】なんて、きっとどっかの権力者が庶民の欲を押さえつけるために作ったキャンペーンのコピーライトだろ。人間の歴史は支配の歴史だからなー』


『おっと核心でました~。でもアレね。もうヒロってば、ここまで多才になってくると、能力上げる必要無くなってきたのかもね~』


『そんなことないよ。まだまだ俺は成長しないと。今のスペック程度では、やりたいことの10%もできないような気がしてるしね』


『そーなんだ。てかさ、ヒロのやりたいことって具体的に【コレ】ってやつがあるの?』


『そーだねぇ。日々変わるっちゃー変わるんだけどさ、大きな目標はうっすら見えてきてるんだ。これは多分、ずっと変わらないと思う』


『ふぅ~~ん……』


『秘密だよ~』


『あ~~、聞く前に答えた~~』


『いつか相談するよ~♪』


『ふふふ。楽しみにしてるねん♡』





 宴会が進み、メンバーたちの腹は概ね満たされ、酒と会話が宴の中心となっていく。

 肉の焼き場を片付け、いつものように巨大焚き火の守り人となったヒロは、無限に形を変えて揺らめく炎に見入っていた。

 そこにゴズがやってくる。


「となり、いいかい?」


「おぉゴズさん、もちろんですよ♪」


「ヒロさんは火が好きだねぇ。いつもじっと火をみつめてる印象だよ」


「ん~、なんか、火って、一度として同じ形になることは無いじゃないですか。いつまで見てても、どんなに記憶しても、さっき見た火はもう二度と見られない。俺、そーゆー儚さが好きで、ついつい見とれちゃうんですよねぇ」


「あぁ~わかるぜ~。川の流れとか海の波とか、あんなのもついついずーっと見ちまうよなぁ」


「はい~。あと雲とか…… タバコの煙なんかもそうですよねぇ」


「だなぁ。そーすっと、人の心や人生なんかもそーゆーもんなのかも知れねぇなぁ」


「おぉ、ゴズさんカックイ~♪」


「茶化すなよ~。仲間だろ? オレだって柄に似合わずセンチになることもあるってーの」


「仲間…… って思ってくれてるんですね」


「あたりめーだ。オレはヒロさんがこれからどんなバケモノになったとしても、弱いひとりの人間として、親友だと思ってるぜぇ」


「…………最強ですよ、ゴズさん」


「バカヤロウ、弱ぇって言ってんだろ~」


「ふふふ……」


 ヒロとゴズのセンチメンタルな会話はその後も暫く続くのだった。





「ところでゴズさん、」


「ん? なんだいヒロさん」


「なにか困ってる事とかあります?」


「なんだよ。やぶからぼうに」


「いや、人生において的なデカい話じゃなくて、なんかその、生活の中で困ってる案件とかありませんか?」


「生活ねぇ……。ヒロさんがここに現れる前のことを考えりゃ、今は天国みてぇな生活だなぁ~。ただ、強いて言うなら、まぁ、オレに限った話じゃねーけどよ、やっぱ集団で暮らしてるとなぁ、どーしてもつきまとうのは【糞の臭い】だよなぁ」


「あ、あぁ、……そうですねぇ」


「あぁ。こんな開拓地だと人の数も100人程度のもんだしよぉ、便所はなるだけ川の近くに作って、糞したらすぐに糞桶を洗うようにしてっから、町中が糞臭えってことにはならねぇけどなー。やっぱ風向きによっては時々うっすらと臭うよなぁ」


「そ、そうですね~」


「ちなみにヒロさん、【ヒュスタン】には行ったことあんのかい?」


「それがないんですよ。なんでも大きな町なんでしょ?」


「あぁ。でかい町だぜぇ。そんでセンタルスよりはるかに人が多いからよぉ」


「やはり臭いんですか?」


「臭ぇのなんの、一応金持ちたちは【防臭ポーション】なんてやつを使って抗ってやがるみてーだけどよ、貧しい連中にはそんなもん買える訳もねーだろ? そーすっと広大な労働者地区ではいっつも慢性的に臭ってるんだよ。金持ちが高い場所に住みたがんのは、臭い避けのためでもあるからなぁ。ただまぁ、人の集まるデケぇ街ほど糞尿臭えのは今に始まったことでもねぇし、ユーロピアでもどこでも変わりゃしねーことだけどな~」


「大きな町だと【下水道】とか完備されてないんですか?」


「【下水路】なんつってもよ、所詮は糞尿を流す水路を地下に作ってるだけだろ? ヒュスタンには元々下水路があったんだが、水を流し続けてないと糞が乾燥してしょっちゅう詰まるし、詰まったらそこから溢れ出しやがるし、詰まりを直す工事も地獄でよぉ、全く機能してなかったぜ。むしろトラブルの方が多くて、“こんなんなら糞桶に貯めて川まで捨てに行ったほうがまだマシだ”なんつってよー。まぁとにかくだ、人が多く集まっちまったら糞の臭いからは逃れられないってーのがこの世の宿命なんだわ。糞臭いのが嫌なら小さな村で暮らすか、家族だけで人里離れた危険地帯で暮らすか、とにかく糞が集まる場所を避けるこった♪」


「なるほどねぇ。魔物に襲われない安全な町には人が多く集まるから臭い。逆に悪臭から逃れようとすると人の少ない危険な生活になる……か」


「そーゆーこった。しかしヒロさん、今更こんな話に食いついてくるってーことは、アンタ、よっぽど人の少ない土地で生きてきたんだなぁ」


「確かに、ひとりで暮らしてた時もありますねぇ。大きな町がいつも糞尿臭いっていうのは最近知った衝撃の事実でしたよ~」


「そりゃ災難だったな♪ まぁここはごくたまにしか臭わねぇからセンタルスなんかと比べたって全然マシだろ?」


「そうですね。開拓地の生活は気に入ってますよ♪」


「そんじゃあ改めて、俺達とはカンケー無ぇ糞溜めの大都会に乾杯だ~♪」


「は~い……」





 その後、ゴズが寝床に去ってすぐ、脳内緊急会議が開かれた。


『ヒメェ、俺もうウンコの話は許容オーバーだよ~』


『ウンコだらけの雑談大会だったわねぇ。おつかれヒロ~』


『盲点だったよ。なにしろ俺、アルロライエちゃんから貰った神仕様の【肌触りの良い衣類コレクション】の中の【普通の服フルセット】をいつも着てるからさ、アレって【神の加護】とか【悪臭遮断】とかのパッシブ性能が付いてるから、今まで1度も【臭っ】とか思ったことが無かったんだわー。まさか人の集まる町がそんなにウンコの臭いで充満していたとは……。確かに中世ヨーロッパの町の住人たちは窓から道路にウンコ捨ててたって話だしなぁ。まさか俺だけがウンコ臭を感じずに生きていただなんて……』


『確かにさ、よくよく考えてみれば、まず私は実体を持ってないから【臭い】なんてデータでしか確認できないし、ハナちゃんはほとんどヒロの中でねんねしてて、外に出てくる時も大自然の中か【ハナランド】だったし、ウルちゃんは……あんまり臭いとか気にし無さそうだし、ヒロリエルはフレーム生命体だし…… つまり、ヒロ一家の中でウンコの臭いに気付けるメンバーは1人として居なかったってことなのねっ』


『ガーーーーン』


『ガガガーーーーーン』


『目の前にある不都合な真実って案外気付かないものなんだな……』


『でもさ、悪臭を受信しないのはいいことだと思うしさ、今後わざわざ積極的に嗅いでいくこともないでしょ?』


『そりゃまぁもちろんそーなんだけど……』


『……じゃあ、これからもウンコの臭いは無視して生きていく……ってことで……いいんじゃ…………ない? あれ? ヒロ?』


 ヒロはこの瞬間、心の奥底から一筋の光を受信し、そっと目を瞑った。

 そして数分間の深い瞑想に入る。

 ヒロの頭の中を数多の景色がフラッシュライトを浴びた絵巻物のように流れていく。

 ビッグバン、超新星爆発、銀河形成、恒星を巡る惑星群、水の星、生命の起源、オゾン層の形成、水中から陸へ、恐竜の世界、絶滅と進化、哺乳類という奇跡、ヒロ誕生、ヒロ泣く、ヒロ言葉をおぼえる、ヒロ育つ、ヒロ駄菓子屋に入り浸る、ヒロ近所の用水路でミズカマキリを捕まえ大喜びする、ヒロ家の外の水槽で飼育していた自慢のミズカマキリを盗まれて泣く、ヒロ成人する、そして異世界転生…………。

 やおら“カッ!”と目を見開くヒロ。


『…………よし決めた!!』


『ど、どーしたのよヒロ、ずっとだんまりしてたと思ったら』


『ヒメ、俺は悟ったぞ! 今からちょっと長い作業に入るからしばらくそっとしておいてくれ』


『わ、わかったよ。ただヒロ、』


『ん?』


『ミズカマキリのことはもう、……忘れたほうがいいと思うよ』


『………………』





 5時間後


『やったぞヒメ! 大成功だよぉ~!』


『ど~したのよヒロ、ひょっとして【暫くの間】ってゆーのが終わったの?』


『終わった。もっとかかるかと思ってたけど、つい、今しがた終わった!』


『ヒロの作業で5時間って……確かに今のスペックを考慮すると長い作業ねー。いったい何をやってたの?』


『よくぞ聞いてくれた。コレを見てくれ♪』


 ヒロはあえてインベントリから今回の作業の成果である物を取り出した。

 そこには……


『こ、これは……』


 そこには【亜空間転送型腰掛式便器★ダシテキエールRZ2座EX】が鎮座していた。


『これって……アルロライエちゃんがドロップしてくれた神仕様便器だよね?』


『そうっ! あの究極の便器だ!』


『コレ…………が、何?』


『ふふふふふ、ヒメよ、この【亜空間転送型腰掛式便器★ダシテキエールRZ2座EX】は、ただの【亜空間転送型腰掛式便器★ダシテキエールRZ2座EX】ではないのだよ。この【亜空間転送型腰掛式便器★ダシテキエールRZ2座EX】は、実は……』


『……実は?』


『俺がインベントリ内でトレース&錬金で完全複製した、2台目のぉぉぉ~、【亜空間転送型腰掛式便器★ダシテキエールRZ2座EX】なのだよ!!!』


 5秒ほどの沈黙が流れる。


『んと…… えっと…… あの…… 聞いた瞬間“なんだそんなことか……”って思っちゃったんだけどさ、考えてみたらこの【神仕様便器】をトレース&錬金できちゃったって、ものすごいことなんじゃないかなぁ~とも思っちゃってさ、今わたし、頭が混乱してるわ。大騒ぎしていーんだか、淡々と受け流しちゃっていーんだか、どーなんだろ……コレ』


『なに言ってんだよヒメ~、こりゃどー考えたって大事件だぞ!? 大騒ぎしていいに決まってるじゃないか! だって、これでこの世界のウンコ臭い問題が解決しちゃうんだ。下水道の要らない世界が誕生したんだよっ♪』


『ヒロあんた……、いったい何台の便器をバラ撒くつもりなのよ』


『ん~まぁ、たくさんだな~』


『何千万台もってこと?』


『そのつもりだ』


『そんなこと……って、あれ? なんかヒロならやっちゃいそーな気もしてくるわね~』


『やるっつったらやる! しかも商売にする!』


『商売?』


『うん、この神便器を、【レンタル専用】で【テラース商会】経由で世界に貸し出すんだ!』


『お、……おおおぉぉ~。なんか突然マジスゲー感がほとばしり出したわ~』


『だろだろ、考えても見ろ、この神便器がどんなにハイスペックで複雑な構造をしている高級品だとしてもだぞ、生産するのにかかるコストは俺のMPだけなんだよ。しかもそのMPは自動回復によって10秒で完全回復する。これって濡れ手に粟の生産ビジネスだと思わないか?』


『でもヒロ、あんた確か、“データ万引して量産した商品で商売するようなマネはしねぇ”みたいなこと言ってなかったっけ? “身内でしか消費しねぇ”とかさ』


『あ…… っと、そ、それはぁ、食べ物とか飲み物とか日常的な消耗品の話であってだな、つーか【既にそのアイテムが商材として流通してる場合】の話しであって~、他の業者さんが迷惑しゃうだろ~な~って意味での【自重】じゃないか~。その点この【神便器プロジェクト】にはまずライバル業者が居ないしぃ、さらには【世界をウンコ臭さから守る】っていう壮大なテーマもあってだな、そ、そもそも人類のためのインフラ事業であって、そそそ、そもそもそんなに儲けるつもり無ぇーし! 【テラース商会】のみんなが食べていける給料分くらいしか考えて無ぇーし! いいことだし! ウンコ臭いのが無くなるの、いいことなんだだしっ!』


『わーったわーったわよ~。別に責めてないから~。ヒロが“濡れ手に粟”とか言い出すからちょっと意地悪言ってみただけだよ~。たださぁ、この話って、もし本当にヒロが神便器の大量生産に成功したら、大きな町の人たちは本当に心から感謝するだろうね~。いつも臭いのってすんごいストレス溜まるだろうしさ』


『やっと分かってくれたかヒメよ。俺はこれから作っていくぜぇ~』


『ちなみに現在の生産力ってどんなもんなの? 1台錬金するのにMPは?』


『大体2000MPくらい飛んでくなぁ』


『れ、錬金ってさ、トレースと違って消費MP少ないって言ってなかったっけ?』


『少ないよ。断然少ない。だってこの便器、トレースには1千万MPくらいかかってるもん』


『マジでぇ~!? 10,000,000MPぃ~!?』


『だから5時間近くもかかったんじゃねーか~』


『や、やっぱ神仕様のアイテムってすごいのね~。あとアンタの能力も』


『あぁ、すごいんだよねぇ~』


『そっかぁ~ そう考えるとヒロさー』


『ん?』


『MP自動回復を最初の森でゲットしてて良かったわね~』


『それは言えるよなー。これが無かったら俺の異世界ライフは全然違うものになってただろうしなー』


『ツイてたねぇ~』


『ツイてたなぁ~』


『えへへへへ♡』


『えへへへへ♡』


 その後ヒロは【ハナランド】に籠もり、【1人掛けソファ改】に体をうずめ、MPフル稼働で【亜空間転送型腰掛式便器★ダシテキエールRZ2座EX】をインベントリ内生産し続けた。

 大体1時間で千台を生産するペースを維持し続け、夢中で繰り返すこと数時間。

 気付けば外は明るくなっており、神便器のストックは5千台に達していた。


 こうしてヒロの異世界生活26日目は珍しく徹夜で終わった。



 



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