25日目 ゴッドマンそしてヒロリエル
異世界生活25日目
創生歴660133年5月6日[水]午前7時頃
【ゼロモニア大陸】【センタルス】
宿屋【うさぎの寝床】付近に展開中の亜空間【ハナランド】
珍しく早起きしたヒロは、ハナやウルたちと【ハナランド】の【柴芝】を元気に走り回っていた。
いつものように日の出とともにヒロの中から飛び出したハナは、すでにヒロが起きていることに大喜びして、抱きつき、体を擦り付け、そして追いかけっこを始めた。
【ヒロとハナのことなら24時間即対応】をモットーにしているウルも瞬時に参戦。
かくしてもう1時間ほど6つの影は離れたり重なり合ったりしている。
『パパ~ ハナもぉつかれたのぉ~ ごはんたべるのぉ』
『おぉ~そうかそうか、もう用意してあるからねー。はい、どうぞ♡』
ヒロはハナの前に【ハナ絶叫★4種竜の肉モツ盛り竜液がけ★5キロ】を置く。
期待通りの【竜肉】に大喜びのハナはすぐさま御馳走に飛びついた。
『パパおいしい! きのうの竜のお肉よりおいしいの!』
尻尾ぶんぶん丸&全身ぶるぶる丸で目を細めてハムハムするハナ。
『ヒロ、ハナちゃんの竜肉に、なんか透明のジュレっつーか、ドロッとした透明ソースみたいのがかかってるのは何なの?』
『お、おはようヒメ。これはな、なんか、竜の体内にたくさんあった体液みたいなヤツなんだよ』
『ふぅ~ん』
『今までの魔物たちだとさ、解体した時に水分を含んだようなシットリ感は各部位の中に確かにあったんだけど、竜に関して驚いたのは、この濃いぃドロッとした透明の液体がドバドバ出てきたんだよね~。こんな大量の液体は今までのどんな魔物の解体でも見たことなかったから最初は驚いたんだけど、アルロライエちゃんに頼んで鑑定して貰ったら【魔竜液】っつって【S2クラス以上の竜種にのみ体内循環している高濃度の魔素を含んだ体液】なんだと。そんでこれがさ、生物にとって最高級の滋養強壮的なエナジードリンクだって話だったからさ、ハナのごはんにかけてあげようって思ってたんだよ~♪』
『そーなんだ。すごいねぇ~。でもヒロさ、アルロライエちゃんは神事務所の職員で忙しいんだから、私に言ってくれればすぐ鑑定したのに~』
『いやいや、何回かヒメ呼んだんだけど、何かに夢中だったのか、どっか出掛けてたのか、全然返事が無かったんだよー。だから仕方なくアルロライエちゃんに頼んだってわけ』
『ありゃ、えへへ~ それは面目ない~。アルロライエちゃん、迷惑そうじゃなかった?』
『いや全然。むしろノリノリっつーかウキウキな調子だったよ? 最後にお礼言ったら“神目黒に素敵な神カフェがあるんで今度お茶でもしませんか?”とか変なボケ言ってたし』
『で、でーとのお誘い……?』
『っつーボケっしょ。【神が一般人を神目黒のカフェに誘うボケ】なんて微妙すぎてイマイチ笑えなかったけどさ、あの娘、多分天然なんじゃね? あ、俺は全然嫌いじゃないから関係が悪化とかはしないし、心配しないでいいよ~。ちゃんと愛想笑いもしておいたし♪』
(……う~~む。アルロライエちゃん、多分マジだな。でも面倒臭いからこの問題はしばらく棚に上げておくことにしよ。変な方向に進まなきゃいいけど……)
『ヒメ?』
『あ~はいはい、で、その【魔竜液】ってのが、ハナちゃんをブルブルさせてる天国エキスってわけなのね~』
『ママ! パパ! このごはんおいし~の~♡』
『おぉ、ハナ、もう食べちゃったのか~。ウルさんのごはん、まだ出してもないのに~』
『ぁうっ…… ウルちんごめんなさいなの~』
『ピキュ! 気にしないでいいのでピキュ~。ウルは何を食べるにしても丸呑みピキュから、一瞬で終わっちゃうのでピキュ~。それよりハナちんの美味しそうに食べる姿は見てるだけで幸せになるのでピキュ~。ハナちんのおかげで今日も気分がいいのでピキュよ~』
『ウルちんだいすきぃ~♡』
『さあウルさん、待たせてごめんね~。はい、ごはんだよ♪』
ヒロはウルの前に【ヒロ魔力再超充填★メガミウムΩ30トン】をゴウンと置いた。
『ピキュピキュピキュ~! ヒロさんの魔力濃度がごっさ増えてるのでピキュ~♪ 分体数とレベルが上った分を考慮してくれたのでピキュ~。嬉しいのでピキュ~』
『そーなんだよ。ウルさんの進化をなんとなーく計算して、こんなもんかなぁ~って増やしてみたんだけど、どお? 多すぎる?』
『感動するくらい丁度いいのでピキュ~。ヒロさんはウルのこと、何でもお見通しなのでピキュ~!』
『それは良かったよ~♪』
ヒロはその後、食後のおやつにウルル魔素クリスタルを適量ずつハナとウルに与え、2人が完全満足体になったのを確認して一段落した。
一段落中は、甘えんぼうハナのスキンシップの時間となる。
ヒロの胡座の中で何度もコロンコロンして体を擦り付けたかと思うと、ヒロに赤ちゃん抱っこを要求してプニプニフカフカのおなかを撫でてもらい目を細める。
いつもならこのスキンシップタイムの後にもう一度追いかけっこタイムが始まったりするのだが、この日のハナは
『パパのなかにはいるぅ~』
と言い残すと、フッとヒロの腕の中から胸の中へと消えて行った。
『ハナちゃんてば疲れたのね~』
『ピキュ! レベル爆上がり後のハナちんの動きは劇的に成長しているのでピキュ~。でもまだ身体スペックに脳が慣れてないピキュから、調整&微調整の繰り返しで疲れるのも早いのでピキュ~』
『なるほどねー。俺の中でゆっくり休むといいよ、ハナ♡』
『ふふっ。ハナちゃん、ヒロの中で眠りながら、コロンコロン転がったり、エア走りしてるぅ~。寝てるときも一生懸命でかわいいよねぇ~』
『あふっ。想像しただけで昇天しそうだ。さっさと俺も風呂入って飯食おっと』
ヒロは【ハナランド】に設置した露天風呂に浸かりながら、風呂専用オリジナルソングを歌いまくる。
『ピキュ~~ ヒロさんの魔力と魔唱が染み出まくった【ヒロの湯】は無限の効能が期待できるのでピキュよ~。極楽極楽なのでピキュ~~』
最近では必ずヒロの入浴に紛れ込むようになったウルは、クラゲのように漂っては、何やらブツブツと幸せな念仏を唱えるのだった。
◇
午前8時 【うさぎの寝床】の食堂
ゼキーヌの作った朝食を堪能したヒロは、食後の紅茶を美味しく頂いていた。
「ふぅ~。ゼキーヌさんの料理はいつ食べても心に染み渡るな~」
すると厨房からゼキーヌが顔を出す。
「相変わらず世辞が達者だなぁ。ヒロさん、今日は仕事、休みなのかい?」
「ゼキーヌさん、おはようございます。お世辞じゃなくて本当に美味しいと思ってるんですよ、いや、本当に。で、仕事が休み……っていうと?」
「いやなに、開拓農民や土木建築関係の奴らはもーとっくに仕事に出ちまったからさ、この宿にまだ残ってんのはヒロさんぐらいなんじゃねーかな」
「はぁー、みなさん朝は早いんですねぇ。俺は自由気ままな冒険者ですから、適当にやってますよ♪」
「くぁ~、いいご身分だなぁ。羨ましいぜまったく。でもまぁ、冒険者やってんなら死と向かい合わせなんだからよ、それくらいの余裕があったほうがいいのかもな……」
「あれ? ラビさんは?」
「あぁ、あいつなら一段落したんで買い出しに市場に出掛けてったよ。そんで俺は夕食の仕込みをそろそろ始めようかってとこだ」
「そうですか…… あの、ゼキーヌさん……」
ヒロはスッと背筋を伸ばしてゼキーヌを見つめる。
「ん? どーしたんだ? あらたまってよぉ」
「実はちょっと…… お願いがありまして……」
「なんだよ、何でも言ってみな? 聞くだけは聞いてやるぜ」
ゼキーヌはニカリと笑う。
「俺、実は魔物を使役してるんですよ」
「魔物を? 噂には聞いたことがあるけどなぁ。なんでも鼠や鳥の魔物を使って連絡をとったりするってやつだろ?」
「はい。そんなところです。それでですね、俺の使役している魔物なんですが、……スライミーでして……」
「ほぉ、スライミーかぁ。スライミー使役するって話は聞いたこともねぇなぁ」
「はい。珍しいと思います。で、そいつがちょっと変わった種類なんですよ」
「ふぅ~ん。それで?」
「最近そのスライミーが子供を生んでしまいましてね」
「ふむ」
「俺ひとりの能力では戦闘時に1体を使役するのが限度でして、無理を承知でのお願いなんですが…… どうか、もう1体の方のスライミーをここで預かってもらう訳にはいかないでしょうか?」
「あぁ、そーゆーことかぁ……」
ゼキーヌは少し黙ったかと思うとすぐに口を開いた。
「わかった、いいぜ。うちで預かってやるよ」
「本当ですか!?」
「ただ、人慣れした従魔のスライミーなんぞ聞いたことがねぇからよ、客や出入りの人間には見つからねぇように、厨房の奥かどっかで檻か水槽にでも入れて飼うことになると思うが、それでもいいかい?」
「あ、そんな心配はして頂かなくても大丈夫ですよ♪」
「大丈夫……って、ヒロさんよ、スライミーは弱いとは言え魔物だぞ? こんな町中で逃げちまったりしたらオレの責任問題にもなっちまうだろ~」
「ウルさんは逃げたりしませんし、人の言葉を理解して会話もできる優秀な子ですから、何の心配も要らないんですよ~」
「な…… スライミーが人の言葉を話す、だって?」
「はい。さらにそれだけじゃなく、魔物も狩ってきてくれて、解体処理もできる、この店の従業員として考えても、とっても優秀な子なんです♪」
みるみるうちにゼキーヌの顔色が曇りだす。
「ん~~~。ヒロさんよぉ、そんな与太話を信じろっていう方がどうかしてるぜ。とてもじゃねぇが、この目で見るまでは信じられるもんじゃねぇよ」
「ですよねぇ~」
「……ヒロさん、こりゃアレか? 冒険者の定番のホラ話みてぇなやつなのかい?」
「いえ、俺は至って真剣ですし、話も全部本当です。決してゼキーヌさんをからかったりなんかしてませんよ」
「………………」
ゼキーヌはヒロの真剣な眼差しを見つめ返すと、おもむろに口を開いた。
「わぁーったよ。ヒロさんの大切なスライミーを預かることにしよう。でもって、その……会話のできるお利口なスライミーは、放し飼いにしても自分で場の空気を読んで隠れてくれて、逃げたりもしねぇし突然出てきたりもしねぇし、なんなら魔物を狩ってきてくれるっていう話も信じようじゃねぇか。どぉだ、参ったか!」
半ばヤケクソ気味にゼキーヌは了承した。
「ありがとうございます! ウルさんも喜ぶと思います~。ではさっそく紹介しますね、ウルさん、姿を見せて♪」
するとヒロのテーブルの空いたスペースから
「ピキュピキュ! ウルと申しますですピキュ! よろしくおねがいしますのでピキュ!」
という声と共にウルの分裂体のひとつが姿を現した。
「なっ…… スライミーが…… 喋った……」
ゼキーヌの見開いた目が瞬きを繰り返す。
「ね、嘘じゃなかったでしょ?」
「し、しかもこいつ、今、突然現れなかったか?」
「はい、ウルさんは自分の体を透明にして見えなくなることもできるんですよ♪」
「ピキュ! ゼキーヌさん、はじめましてなのでピキュ! これからお世話になりますピキュが、ウルもたくさん働いてお役に立つつもりでおりますですピキュ~。どうか末永く、可愛がってくださいなのでピキュピキュ~」
暫くの間、開いた口が塞がっていなかったゼキーヌは、ハッと我に返る。
「……お、驚いたなぁ。まさかこんなにペラペラと喋りやがるスライミーがこの世に居るなんてよぉ」
「あとゼキーヌさん、このウルさんは、【喋る】【透明になる】の他に、【体の中に沢山の荷物を保存できる】って特技も持ってるんですよ。凄いでしょ!」
「……ん~ もう何が何だか分からねぇよ。おい、ウルさんとやら、オマエは何を食べるんだい?」
「ウルは何でも食べるピキュが、食べ物は自分で調達するピキュのでお世話は要らないのでピキュ~」
「なに? 餌とかやらなくてもいいのかい?」
「はいなのでピキュ~。食べ物も水も何も要らないのでピキュ~。ただここに匿って置いてほしいだけなのでピキュ~」
「……なんてよく出来たペットなんだよ……」
「そうなんですよ。ただ、魔物との戦いとなると俺の能力が追いつかないので、ひとりしか連れていけないんです。ご覧の通りウルさんは、手間は全然かからない子なんで、ゼキーヌさん、何卒宜しくお願いします~」
「ピキュピキュ~」
「ま、まぁ、難しいことはよく分からねぇが、とにかく了解したよヒロさん。よーするに、うちの宿にウルさんを居させてやりゃあいいってことなんだろ?」
「ありがとうございます♪ あと、ウルさんは特殊で有能で珍しいスライミーですので、くれぐれも、ゼキーヌさんとラビさんだけの秘密にしてくださいね」
「あぁ、任しといてくれ。この子の存在がバレて連れて行かれちまうよぉなことにはぜってーしねぇからよ。ラビと2人でこの子を守ってみせるよ」
「あ~良かった~。ゼキーヌさんとラビさんなら引き受けてくれると思ってたんですよ~」
「しかし参ったね。子供のいない俺達の元に、こんな可愛らしい魔物がやってくるとはなぁ」
ゼキーヌは恐る恐るウルの体を撫でてみる。
ウルは応えるようにフルルンッと揺れて、気持ちよさそうに反応した。
「ゼキーヌさん、ではそろそろ俺、行きますんで、ラビさんにもよろしくお伝えください♪」
「お、おう、冒険者の仕事、気をつけるんだぞ!」
「ありがとうございます! ウルさんもいい子にするんだよ~」
「ピキュピキュピキュ~♪」
ヒロは晴れやかな気分で【うさぎの寝床】を後にするのだった。
◇
『ヒロってばやさしいのね、ラビさんとゼキーヌさんにウルちゃんという【守り神】を置いていくなんて♪』
『確かに守護者としてのウルさんにも期待してるけどさ、最大の理由は【気軽に俺の素材ストックから良い肉をプレゼントしたい】ってやつかな~』
『あー、インベントリで大量に余ってる新鮮な魔物のお肉をゼキーヌさんに使ってほしいのね?』
『そんなとこー。ビッグラビット以外にも美味しい肉は数多有るのに、今はインベントリの肥やしになってちゃってるからねー。良き肉は良き料理人の手に渡るのがいちばんかと思ってさー』
『ピキュピキュ~ ウルも自分でおいしい魔物を狩って献上するのでピキュ~』
『いいねぇウルさん。あ、それからさ、そのうちラビさん達には【念話】も教えてあげてね。それとウルさんの中の無限時間停止亜空間ポケットのことも説明して使わせてあげて~』
『もちろんなのでピキュ~ ウルはラビさんとゼキーヌさんのお役に立つことをここに宣言するのでピキュ~♪』
『まぁ、別に【うさぎの寝床】に置いてきたウルさんがずっと居続けるわけじゃないんだろうけどさー』
『ピキュ! 今やウルの意識や経験は、世界中に散らばるウル達とリアルタイムの通信を繰り返しつつ、実態そのものも絶えず分裂と融合を繰り返して共有されているピキュから、もはや【個】という概念自体が無くなりそうなものなのでピキュが、ところがどっこい、その場所その時に何かを感じて経験し判断するのは、僅かに残った分裂体単体の【個】に起因するものであったりもするのでピキュ! ウルは今後の進化の過程でも、その【個】に宿る【ゆらぎ】を大切にしていきたいと思っているのでピキュ~』
『よくわかんないけど分かったよ。【個性は大事】ってことな?』
『ま、まぁ、そうなのでピキュ~』
『とにかくウルちゃんの【うさぎの寝床】における今後の活躍に期待ね♪』
『そーだな♪』
『がんばるのでピキュピキュ~!』
◇
その後、ヒロはハナランドに隠れ、青空の下、お気に入りの【1人掛けソファ改】を生成し、ボフッと体を埋めると、やおら魔タバコ[魔ペイス]に火を付けた。
シュボッ
すぅーーーー
『ふぅ~~~~ 平和だねぇ~~』
『ヒロ~ このままガンズシティへ行く約束の昼頃まで、ここでのんびりするの~?』
『そーだなぁ。それもいいかなぁ……』
何も考えていないような素振りでタバコを燻らすヒロ。
こう見えて彼はこの時、……何も考えていなかった。
ほぼ【無】のような時間が過ぎていく。
そして30分ほどが経過した時、ウルが念話を発した。
『ピコーン ピコーン なのでピキュ~』
『んぁ…… あえ? どーしたの、ウルさん?』
『分体からのプチ緊急連絡なのでピキュ~。なんでも【ニョークシティ・ブロンカーズ地区】の【ヤンキスクラン】の一部の連中が、マフィアの【コリンパウファミリー】に拉致されて【マンバタン島】に渡ったらしいのでピキュ~』
『んなるほどぉ~。どーにも放っておいてはくれないのかぁ~』
『ヒロ、これってやっぱり【目をつけられた】ってことなんだろうねー』
『俺、名乗っちゃってるからなぁー。もうコリンパウファミリーには確実に存在を知られてるんだろうし、あいつらの送り込んできた暗殺部隊と拠点の建物消しちゃったからさー、恨まれてるのかもなぁ~』
『まー盛大に恨まれてるでしょうねぇ(笑)』
『んなぁぁぁぁぁ~~~~~~~~』
ヒロは思い切りソファの中で伸びをして、珍しく独り言を発した。
「……めんどくせぇなぁ~」
◇
『で、ウルさん、輩共の御一行は現在どーしてんの?』
『ピキュ! 【コリンパウファミリー】幹部と【ヤンキスクラン】の残党を乗せた馬車は、現在【マンバタン島】の4番街104ラインあたりを南下中なのでピキュ!』
『ん~ てことは、もうしばらくすれば、恐らく奴らのお目当てのマンバタン島を牛耳ってる連中の誰かんところに辿り着きそうだって状況か~』
『ヒロどうするの? 消しちゃう?』
『【消す】っつってもなー。今は特に何もされてないわけだしなー』
『じゃあしばらく様子見?』
『うぅ~~ん。…………よし、近くで様子見しよーっと♪』
『様子見だけならウルちゃん通信の速報聞いてるだけでもいいんじゃないの?』
『ウルさんのリアルタイム実況でもいいんだけどさ、何かほら、臨場感も味わいたいじゃん♪』
『臨場感ねぇ……』
『まぁ、とにかく昼まで暇だし、暇潰しに見物しようぜ~ みたいな♪』
『分かったわよ~。確かにどちゃくそ暇そうだったもんねー』
『イエス! アイム暇! そうと決まれば出発だ!』
『は~~~い♪』
『ピキュピキュ~♪』
ヒロはすぐさま自分の履いているスニーカーのアウトソール裏にほぼ同サイズの薄いフレームを生成し、その中を【メガミウム】に変換する。
そして、両足裏に生成したそのフレームに、脳内で座標移動の命令を与え、フワッと浮き上がった。
『あらぁ~ 器用なものね~。フレームに乗って浮いてるようには全然見えないわよ~。まるで空飛ぶ靴を履いてスイスイ飛んでるみた~い』
『でしょでしょ~。ステ値が鬼ごっさ上がったからさ、軽いノリでこんな空中浮遊も出来るようになったんだよ~』
そう言いながらヒロは、【服や靴を身に着けている自分】をイメージして【迷彩】を施した。
『ピキュ! ヒロさんが見事に消えたのでピキュ! 服も靴も靴の裏のフレームもなーんも見えないのでピキュ~』
『これで【マンバタン島】のどこをうろつこーが、誰も俺に気付かないだろ♪ この状態が維持できるからこその、【接近見物】なのだよ~』
『凄いのでピキュピキュピキュ~!』
『よし、この状態を例に漏れず名付けよう! ある意味この状態もフレームに乗って移動している訳だから、そう、これは【流星4号★アウトソール★迷彩】だ! みんなよろしくな!』
『はぁ~~い(苦笑)』
『ピキュピキュ~♪』
ヒロは【流星4号★アウトソール★迷彩】状態で【ウルワープ】を使い、一瞬で目的の馬車の後方に移動した。
『ちょっと低空飛行過ぎると通行人とかにぶつかっちゃうから高度上げま~す』
そう言うと、5mほど上空まで浮き上がり、馬車との距離を保ちながらスーーっと移動していく。
『ん~。馬車の中には……悪そうなオッサン3人と、おっと、見覚えのあるヤンキスクランの幹部っぽい奴が2人か。おや、クランの代表は居ないみたいだなー』
『ピキュ! プチ情報なのでピキュ! ヤンキスクランのリーダーだったデジックは、ヒロさんから受けた【可愛がり】が原因で冒険者を引退し、現在は実家のあるユーロピア帝国のイングラル領ランダに向かう船の中なのでピキュ!』
『ウルさん抜かり無いねぇ~。あんな奴の事まで追尾しててくれたのか~』
『ヒロさんから日夜頂いているエネルギー源のおかげで、ウルはあんな小物キャラにまで気が回るようになっているのでピキュ! でもまぁ小物とは言え、デジックにはデジックなりの人生があるピキュから、ウルが奴の生き方をどーこー言うつもりはないのでピキュ!』
『そっかー。デジックも大変だったんだなー。実家で元気にやってくれるといいけど……』
『…………』
『…………』
『ところでウルさん、馬車の中の連中、なんか【人の名前】みたいなの言ってた?』
『ピキュ! どーやら奴らは【ゴッドマン家】という貴族の邸宅に向かっているっぽいのでピキュ! 【ゴッドマン家】は【マンバタン島】を牛耳る【ローグサッドファミリー】に仕える貴族で、【ブロンカーズ地区】の【コリンパウファミリー】に血縁関係者が居ることから友好な関係を築いているのでピキュ。今回の訪問は、ヒロさんに神隠しにされた暗殺部隊の消息調査依頼、暗殺部隊の再編成に伴う人員補給の嘆願、消された拠点の建物の再建築にかかる費用の無心、そして、【ヒロという名の冒険者の情報収集要請】と、盛沢山のお願い事をするためのものらしく、当然【ヤンキスクラン】の2人は【ヒロさんの存在を知る証人】として無理矢理連れてこられたみたいなのでピキュ~』
『なるほど~。ヤンキスクランの2人は積極的ではないのかー』
『プチ情報なのでピキュ! ヤンキスクランのメンバーの殆どは、ヒロさんの魔王的な側面に触れたことにより、コリンパウファミリーが送り込んだ暗殺集団【不問の七柱】が忽然と消息を絶ったという情報を得てからは、まるで蜘蛛の子を散らしたようにブロンカーズ地区から姿を消してしまったそうなのでピキュ。ただ、実家がブロンカーズ地区にある幹部の2人だけは、親元を放って消える訳にもいかず、近場をコソコソ隠れ回っていたらしいのでピキュが、すぐに見つかってしまい、現在は馬車の中、ということのようでピキュ~』
『そっか~。だったら今回はヤンキスクランの2人はスルーだね。ちょっとかわいそうだし』
『そーねぇ。【実家を離れられなかった】ってあたりがグッと来るわよねー』
『あ、ちなみにあの獅子耳っ娘のリオはどーなったの?』
『ピキュ! 獅子耳っ娘のリオは、実家のある【アウリカ王国】の【ケニャ領】に向けて旅立ったそうなのでピキュ』
『……みんな人生に疲れると実家に帰るんだなぁ』
『なんか、しんみりしちゃうよね、【実家】ってひびき……』
『全くだ。ちなみにヒメの実家はどこなの?』
『わたしの実家って言っても……領域超えちゃってるから、この世界には無いんだけど、位置的には【和能呉呂島】の辺りよ~』
『まぁ俺と一緒だな。つーか、ヒメは俺の脳内領域に定着してるんだからさ、【実家はヒロ】でいいじゃないか♪』
『んはっ………… そ、そうね~。私の実家はヒロだったわ♪ どーりでいつも寂しくないと思ってたんだ~ えへへ♡』
『それはお互い様だよ~♪』
そんな会話を交わしながらも、透明浮遊するヒロの追跡は続いている。
『ところでヒロ~』
『ん?』
『今現在、ヒロの【スコープ】って、どれくらい遠くまで見えるようになってるの?』
『あーそれな、がんばらないノリで大体12キロくらいかなぁ』
『わぉ、めちゃごっつ伸びたのね~。12キロって言ったら【上石神井駅のホームから早稲田の学生会館のラウンジで駄弁ってる学生の生気のない顔が確認できるくらいの距離】じゃないのよ! すごいね~』
『なんでそんなやる気のない例えなんだよ。【吉祥寺から渋谷】とかでいーじゃねーか』
『まぁ別にそれでもいいんだけどさ、とにかく広い視野よねー』
『あと、今気付いたんだけど、【スコープ】には音声のオンオフ設定があるんだよ~。ま、デフォルトがオフだったから最初からあった機能なのかも知れないけどね~』
『……なんていーかげんな能力管理なのよ。自分の性能の詳細くらい把握しときなさいよね~』
『まぁまぁ、特に困ったことも起こってないし、い~じゃないか、別に♪』
『ヒロがそー思ってるんなら別にい~けどね~』
そんな雑談がダラダラと続く中、追跡中の馬車が停車した。
『おっ、4番街71ラインで停まったなー。ここが【ゴッドマン家】の邸宅か~。でけぇな~』
『この辺りって、お城みたいな豪邸ばっかねぇ~。ねぇ~ヒロぉ~、わたしも住みた~い~。ヒロなら【魔晶】売れば買えるでしょ~。ヒメもこんなとこにヒロと住~む~』
『冗談は【存在】だけにしてくれ。家なんて面倒なもん、持つ訳ないだろが』
『も~、独身乙女の夢、壊さないでよーぷんすか!』
『ピキュ! ヤンキスクランの2人が【ゴッドマン邸】に引きずり込まれてるのでピキュ~』
『かわいそうに。ありゃそーとービビってるだろうな~』
ゴッドマン邸には門がふたつあり、ひときわ大きく立派な正門にはきらびやかな正装に身を固めた騎士達が整然と並んで警備にあたっていた。
しかしヤンキスクランの2人を引き連れたコリンパウファミリーの幹部らしき3人の男達は、少し奥まったところにある、出入り業者や使用人達が使う裏門から人目を忍ぶように入邸している。
『表の豪華な門と違って、こっちは怪しげな連中が警備にあたってるなぁ』
『雰囲気的には私達を襲ってきた暗殺部隊の【不問の七柱】っていうバカ7人に似てるわね~』
『ピキュ! あの門番の奴ら、ローブやコートの中が暗器系の武器でいっぱいなのでピキュ! これはもう、暗器の総合商社なのでピキュ~』
『おっと、あそこの、奥で指示出してるヒョロッとした初老の男、あいつが持ってる杖、先端に毒噴射ニードルが仕込まれてるぞ』
『すごーい。ヒロってばそんな細かいとこまで見通せるんだ~』
『まーな。【スコープ】のスペック上昇で、遠くにあるものの細かい内部とかまで見ることが出来るようになってんだよ。まぁ、毒に関してはカンだけどな~』
『てかさ、前々から気になってたんだけど、ヒロって【スコープ】使ってさ、女の子のパンツとか裸とか見られちゃうんじゃないの?』
『………………』
『ヒロ?』
『………………ハッキリ言おう。見られるぞ。ただ、その手前にある障害物、つまりパンツで言うとスカートとかになるわけだが、その存在を無いものとして距離をおいて見ることはできないから、パンツを見ようと思ったら視点をスカートの先でパンツの手前……という、凄く短いストロークの中に置かないといけなくなる。よって【綺麗なお姉さんの下着姿】とか【美女の全裸の立ち姿】なんて都合のいい見方はできない。どうしてもパンツを見ようとした場合は、ミリ単位の近距離からの【超ドアップのパンツ】しか見られない。そんな超至近距離から見たパンツなど、男のロマン的観点から言えば、まるでパンツとは言えない。それはもう【布生地のゼロ距離凝視】でしかないのだ。パンツは全体像と女性の体が相まって見えてこそのパンツだ。布生地の一部はパンツではあるが、厳密にはパンツと呼ぶには相応しくない。だから俺は敢えて言わせてもらう。俺はパンツの布生地は見られるが、【本当の意味でのパンツ】は見られていない……とな』
『なにが【本当の意味でのパンツ】よ。つーかヒロ、言葉の節々に、数え切れないほどのトライアンドエラーを繰り返してきた痕跡が感じられるんだけど……。何度も試したんでしょ?』
『そんなことはない! 俺は【真のパンツ】は見ていない! これは冤罪だ!』
『ピキュピキュ! 冤罪なのでピキュ!』
『おぉぉ、ウルさん、心の友よ!』
『ピキュピキュピキュ~』
ヒロは心の中でギュッとウルを抱きしめた。
『……まぁ、今日はこの辺にしておいてあげるけど、ようはアレでしょ? 着替え中の女子とかは普通に覗けるんでしょ?』
『…………ヒメ、現場に動きがあったぞ。ヤンキスクランの2人のうちの1人が逃げ出そうとして毒針で昏睡させられたっぽい』
『ありゃりゃ~。事態はどんどん重苦しい方向に転がっていくわねぇ』
『この感じだと、あの2人は数時間後には死んでるな』
『でしょうねぇ。なんとかしてあげなくちゃねー』
『まぁ、いざとなったらインベントリに収納するとして、今は目立つ行動は起こさずに状況の観察を続けよう』
『そーね、登場人物が出揃うまでは黙って見ておきましょ』
『ピキュピキュ~』
【ゴッドマン邸】に入った【コリンパウ御一行】は、緊張を隠しきれずソワソワしながら複雑な廊下と階段を進んでいく。
ヒロは【スコープ】を使い、【ゴッドマン邸】上空でホバリングしながらにして、間近で尾行しているかのような臨場感を得ていた。
そんな【目と耳】がすぐ近くにずっとあることになど全く気付かず、御一行は3階の奥にある【密談専用】と思わしき部屋に到着する。
『この密談部屋は造りも特別だな。石造りの壁の厚みが他の部屋の倍ほどあるし、隙間に流し込まれてるコンクリート的なものの丁寧さも特別だよ。ドアも2重構造で鉄製だし。あと窓がない』
『これは…… 密談するためだけに造った部屋ではないんでしょうね~。なんとなくだけど、女性の届かぬ悲鳴が聞こえてきそうな部屋だわ』
『死に直面した人々の悲鳴もな。カーテンで区切られた奥の空間にはベッドしかないように見えるけど、壁の向こうの隠し部屋には拷問器具と刃物が山ほど陳列されてるぜ』
『強欲な主ねぇ~』
『興奮するんだろうなぁ 恐怖を与えることに……』
『パンツで大騒ぎする転生者とは【欲】の次元が違うわねぇ』
『…………そんなことよりヒメ、主役のお出ましだぞ』
コリンパウ御一行が密談部屋に入ってから少しして、付き人を従えた1人の男が入室する。
歳は40前後、中肉中背で糸目、癖毛の金髪を肩の辺りまで伸ばしている。
髭はなく、上品な装飾が施された3つ揃いにマントを羽織り、手には白手袋。
見るからにこの館の主であろうことが伺える立ち振舞だった。
廊下側のドアには3人の黒装束の男達が付いており、男が入室したのを確認すると、手慣れた動作で重厚な扉を閉じていく。
颯爽と登場した男は2枚の扉が完全に閉じるのを確認し、奥のソファにツカツカと近付くと、ゆっくりと腰を下ろした。
音も無く後に続いた付き人が、男の側にスッと立つ。
気付けば付き人の手には男のマントが収まっていた。
「ジャガール、あらためて聞かせてもらおうか。ブロンカーズで何が起こった?」
挨拶もなく男が喋り始める。
「ゴッドマンさん、報告書に書いた通りなんです。うちのシマにある【ヤンキス】って冒険者クランの依頼で【不問の七柱】に【ヒロ】って男の暗殺を命じた所、その日のうちに消息が途絶えてしまいまして。次の日の朝にはそのクランの拠点とうちの拠点が建物丸ごと無くなってしまったんです」
「それは読んだよ。それでその【ヒロ】って男は見つかったのか?」
「それが、その後の調べで分かったことなんですが、奴は翌日に堂々と渡船で【マンバタン島】に入り、【バシャッカス】で荷馬車を借りてます。ただ、その後の足取りは不明でして、今も情報屋を脅しながら聴き込んではいるんですが、プツリと消息が途絶えているんです」
「ということは、奴はまだマンバタン島から出ていないんだな?」
「川を泳いで渡っていれば分かりませんが、少なくとも船に関しては利用した形跡がありませんでした」
「魔物の泳ぐ汽水の川を泳ぎ渡ろうとするようなバカではないだろう。裏切り者が居ないのならば、奴はまだマンバタン島かもな」
「……はい、……確かに」
「なんだよジャガール、さっきから含みがあるな。まずは何でも話してくれ。情報を全て並べないと考える気にもならんよ」
「……あの、自分は会ってもいない男なので、何とも判断が難しいんですが」
「判断は私がする」
「は、はい、そのですね、ここにいるヤンキスクランの残党に聞いた話でしかないんですが、その【ヒロ】って男は、目に見えないほどの疾さで動き、何十人ものメンバーからの連続した攻撃を1度も受けることなくかわし続け、クランリーダーの体に穴を開けて殺しかけたと思ったらまた元に戻したって話なんです。……こんな話、とてもじゃないが信用できず……」
「だから私の元に届いた報告書には、その事が書いてなかったのか?」
「え、あ、いや、はい…… もしそんな話を正規の報告書に記そうものなら、じ、自分の頭がおかしくなったんだと思われる……と……」
「なるほど。気持ちは分かるよ。ただその話はオマエの話ではなく、そこのクランの連中の話なんだろ? だったら頭を疑われるのはコイツらだ。ジャガール、オマエは事実だけを報告すればいいんだ。その上で、コイツらの頭がおかしいのかどうかは、私が判断する。いつも言っているよなジャガール、オマエは判断するな、と」
「す、すいません! ただ、今回の話はあまりにも無茶苦茶だったもんですから、きっとコイツらが幻術にでも掛かったんだろうと思ってしまいまして……」
ゴッドマンがヤンキスクランの男に目を向ける。
「ジャガールはこう言っているが…… オマエは幻術を見せられたのかな? それとも嘘を言っているのか?」
すると憔悴しきったクラン員は淡々と喋りだした。
「いえ、あの【ヒロ】って男は幻術使いではなかったと思います」
「なぜそう思う?」
「【幻術】は【術】と言いながらも実際は【魔道具】の助けを借りて行うものです。必ずその兆候と余韻が表に現れます。でもあの男の行動の中には全く【幻術っぽさ】が無かったんです。何十人もその場に居たのに、幻術の兆候や余韻に気付いた人間はひとりとして居ませんでした。ですので……術の類ではない……と思いました。ただ、オレの知らないような【凄い魔道具】が新しく出来ているのなら……幻術だったのかも知れませんが……」
「うん、分かりやすい回答ありがとう。キミはジャガールより優秀かもね」
「ゴ、ゴッドマンさん、俺は決して手を抜いた訳では……」
「そんなことは分かっている。オマエが私に対して悪意が無いのも協力的であることも、もちろん分かっている。だがな、」
「……す、すみません!」
「そう、結果はこの有様だ。百歩、いや千歩も万歩も譲歩するとして、建物の消失に関しては金で解決出来ることだ。オマエたちがちゃんと返すと言うのであれば貸すことも出来る。ただ、【不問の七柱】に関してはそんな話では終わらないよ。ジャガール、もちろん忘れてはいないだろうが、あの7人のうち、3人は私の手駒だったよね? しかもかなり気に入っていた私のコレクションだった」
「はい! もちろん分かっています! 今も手を緩めず、マンバタンだけでなく、ブロンカーズにも、ロンガーランドにも、ニャージーにも、捜索の者を走らせています! ですのでもう少し、もう少しだけ時間を頂けないでしょうか?」
「無駄だね」
「え、は?」
「無駄だと言った。多分7人とも死んでるよ。多分だけどね」
「そ、そんな…… か、彼らは本国でも名を知られたプロ中のプロですよ? 3年前の130革命の折には百を超えるクリスタル教の重装騎士団をたった10名で殲滅した【十戒】のメンバーですよ? 彼らが死ぬだなんて……」
「ハマる」
ゴッドマンがポツリと呟く。
「な、は?」
「ハマるんだ。もし、そいつの言っている【ヒロ】という男の話が本当だと仮定するとね、見事にハマるんだよ。ピースが。そして合うんだ。辻褄が。そして物語はヒラリ、ヒラリ、舞いながら、腑に……落ちる」
「そんな…… 【不問の七柱】が…… ひとり残らず…… 死ぬなんて…… そんな…… ありえない……」
ジャガールは焦点の合わない視線を足元に向け、蚊の鳴くような声でブツブツと呟いている。
ヤンキスクランの男の唾を飲む音が、微かに響いた。
「さて、どうしたものかな……」
「ひぃっ!」
ゴッドマンの一言にジャガールが過剰に反応する。
「ジャガールよ、私は思案中なんだ。頼むから静かにしていてくれ」
拷問のような静寂が空間を支配する。
僅かな時間経過がジャガール達にとっては永遠のように感じられた。
しばらくして、やおらゴッドマンが口を開く。
「セバス……」
すると隣で微動だにしていなかった付き人が初めて声を出した。
「なんでございましょうか旦那様」
「この【ヒロ】という男、ひょっとすると、オマエと似た怪物かも知れんな」
セバスは一呼吸置いてから、低く優しげな声で返答する。
「わたくしもそのように考えておりました」
セバスの答えを聞いたゴッドマンが微笑む。
「どうだ? 勝てると思うか?」
「全力を尽くしましょう」
「探し出せるか?」
「全力を尽くしましょう」
「よし、まかせた」
「旦那様、必ずや【ヒロ】という男の首をここに」
「よし、行け」
「では」
ゴッドマンに深く頭を垂れ、セバスは扉に向かい歩き出した。
(インベントリ)
この瞬間、
ニョークシティ・マンバタン島の4番街71ライン沿いにあるゴッドマン邸の3階、通称【叫びの部屋】から、家主のサクソン・ゴッドマン、執事のセバス・ローフィールド、訪問中だったコリンパウファミリーのジャガール、ベンジ、トレモロ、元ヤンキスクランのラモンズ、瀕死のルリドー、計7名の姿が忽然と消えた。
◇
『ん~~、結局こーなっちゃったかー』
『なっちゃったねーヒロ。でも結構粘った方だと思うよ♪』
『だろ? 俺かなり我慢してたよね? 最後のゴッドマンとセバスの会話だってさ、セバスの“必ずやヒロという男の首をここに”に対して、もしゴッドマンが“いや、殺してはならん。ヒロという男、私が思うに、気は優しくて力持ち、横断歩道で困っている老婆を見れば背負い、捨てられている子猫を見れば保護し、野菜嫌いの子供を見ればサプリメントを渡し、たとえ透視能力があったとしても決して可愛子ちゃんの着替えを覗くような真似はしない、そんな素晴らしい男と見た。だから接待に接待を重ね、我がゴッドマン家の賓客として粗相の無いようここにお連れしろ!”なんて言ってたらさ、俺まだ我慢して静観するつもりだったもん。何ならその場に現れて、“ちゃーっす、それ俺っす~♪”みたいな友好的接触も考えてたもん。それなのになんだよ“よし、行け”ってよー。それってつまり俺のこと【殺す】って言ってるよーなもんだろ。酷い奴だぜこいつ~』
『ピキュピキュ! ヒロさんの殺害を企てるとは! 例えヒロさんが許してもウルが絶対許さないのでピキュ! ヒロさん、はやくあの主と執事をインベントリから出すのでピキュ! ウルのメガミウムメイデンで串刺しにしてやるのでピキュ! 全身に10万個ほどの穴ぁ開けてやるのでピキュ~~~!!』
『まぁまぁ、ウルちゃん落ち着いて。ヒロもごめんね~。そんなに根に持ってるとは思わなかったわ~』
『ん? 何のことだか分からんが、とりあえずこの7人のことは早めに処理しないとな』
『え? 殺っちゃうの?』
『いや、まずはヤンキスクランの2人を地元に放流しよう。話はそれからだ』
『そ~ね~。この2人は災難だったわね~』
ヒロは【流星4号★アウトソール★迷彩】状態のまま、急いで隣のブロンカーズ地区に飛ぶと、人目につかない路地裏を見つけ、まずは毒で昏睡していた方の男をインベントリから取り出し地面に寝かせた。
そして……
(フレーム)ピ(治癒力上昇)
強めの治癒力上昇魔法を叩き込む。
そしてすぐ、もうひとりの男も取り出した。
「ぉわあっ! …………………………」
一瞬、突然の環境変化に驚いて大声を上げ、体のバランスを立て直すようにクネクネと動きつつ、すぐに冷静さを取り戻し辺りを見回す男。
キョロキョロと挙動不審になりながらも、男はすぐに隣で仰向けに転がっている仲間に気がついた。
「おい、ルー、ルー、大丈夫か? 意識はあんのか? ルリドーってば……」
男はルリドーに駆け寄り、体を遠慮がちに揺らし声をかける。すると
「んんん…… ど、どこ? ここ……どこだ?」
「おぉ、ルー、体は大丈夫か? お前、ずっと意識なかったんだぞ」
「ラモンズ…… そう言や…… ん? あ? なんでだ? どこも痛くない」
ルリドーは上半身だけ起き上がり、自分の顔や胸に手を当てる。
「顔色もすっかり良くなったじゃねーか、さっきまで紫色だったのに」
そう言われて大きく呼吸を繰り返すルリドー。
「息も全然つらくない。オレ、大丈夫みたいだ…… なぁラモン、」
「なんだ?」
「オレたち、見逃してもらえたんだな…… 殺されずに済んだんだな……」
心の底から、自分達の生還を噛みしめるように確認する。
するとラモンズはルリドーの隣に腰を下ろし、胡座をかいて話し出す。
「そ、そのことなんだがよ……」
「ん?」
「オレにもよくわかんねぇんだよ……」
キョトンとするルリドー。
「……わ、わかんねぇって何だよ。オマエも眠らされてたのか?」
「いや、そうじゃねぇ。オレはずっと意識があった。オマエが逃げ出そうとして毒針食らってぶっ倒れた後のこともオレは憶えてる。ゴッドマンの家の3階の……やたら厳重に守られた部屋まで連れて行かれて、死にかけのオマエも床に転がされた。ゴッドマンと話したのは殆どコリンパウの連中だったけど、途中、あの、【ヒロって人】の能力の話になった時、役割上、オレも話した」
「話しちまった……のか?」
「あぁ、話しちまった。もう無理だった。あの【ヒロって人】の口止めが悪ふざけや冗談じゃねぇってのは、重々理解してるつもりだったんだがな……。だが、あんな恐ろしい空気の密室で促されたら…… もうとても抵抗する気にはなれなかったよ」
「デタラメ言っとけば良かったのに……」
「いやビル、オマエはあのゴッドマンと会ってねーからそんなことが言えるんだ。あの男の目…… いやなんつうか、空気ってやつなのかな、とてもその場しのぎの嘘が通用するような相手とは思えなかったんだよ……」
「噂のゴッドマンは、やっぱ恐ろしい奴だったってことか……」
「あぁ。もっと神経質そうな男かと思っていたんだが、実際は…… なんだか掴みどころのない、穏やかそうで、……いや、やっぱよく分からん。……とにかく恐ろしい男だった」
「なんだそりゃ…… ぜんぜんわかんねぇわ(笑)」
「へへ、すまん……」
「で、ラモン、話しちまったのに何でオレ達は生きてんだ? どうやって逃げた? それともまさかだが、ゴッドマンがオレ達を馬車に乗せて送り返してくれたとでも言うのか?」
「よくぞ聞いてくれた。あの時、話し終えたオレは、隙を見てオマエを抱え、風のように建物を飛び出し、光の速さでここまで逃げてきたんだ。感謝しろよ」
「…………」
「と、言いたいところだが、正直オレにも全く理解できてねぇ。なぜなら、ついさっき、そう、オマエが意識を取り戻す直前まで、オレ達はゴッドマン邸の3階の部屋に居たんだからな。ほんの1分前のことだぞ? それが…… 何の前触れもなく、何の衝撃もなく、何の音も光も声も説明もなく、パッと瞬間移動したんだ。この路地に。オマエは意識が無かったからそんなにのんびりとしていられるんだろうが、オレとしては、今もその角からゴッドマンの刺客が現れるんじゃねーかと不安でたまらねぇ状況だ」
「…………」
「いや、今のは本当の話だ! マジなんだ! いや、……最新の幻術でもかけられたんなら……オレもそんな夢を見させられてたってだけなのかも知れんが、……いやそうだったとしても、こんな路地にオレら2人だけを放置して、いまだに何も起こらねぇってのは、やっぱおかしいだろ?」
ラモンズは必死の形相で理解を求めた。
「……スマン、今のオマエの顔を見ると……疑うのは無しだな。オマエがここに【パッと瞬間移動した】と思ってるってーのは、……本当なんだろう」
「ん……ま、まぁそーゆう解釈になっちまうよな。ありえねぇ無茶苦茶な話だからな」
「いや、オレはその話、ありえなくもねぇと思い始めてる」
「え? 信じてくれるのか?」
「あぁ、つーかオマエを疑ってはねぇよ。オレは、瞬間移動の話を【ありえる】と考え始めてるんだ」
「そ、そんな、噂にも聞いたことがねぇような…… 神の如き業なんて……ぁあっ!」
ラモンズが口を開いたまま固まった。
「そうだ、オレ達は既に知ってるじゃねーか。【神の如き業を使う男】をな。そして死にかけていたはずのオレがこの通りピンピンしている。そー考えるともう、1択だろ」
するとラモンズはスクッと立ち上がり、怯えるように辺りを警戒し始める。
それに合わせてルリドーも腰を上げた。
「そ、……そうだったとしたらルー、オレ達は……」
「多分だが、安全な状態とは程遠いってこったろうな……」
「もし、あの人に、全て見透かされているんだとしたら……」
「オレ達は、……あの日の宣言通り、お仕置きされるだろうな。あ…… いや、オレは逃げようとしたし喋ってもいなかったんだった。そこを汲んでもらえれば……お仕置きはオマエだけかも♪」
ルリドーはニヤリと笑った。
「おいおいおいおいおい、それはねぇだろ、オレ達は……」
文句を言いかけたラモンズが、言葉を止め、その後ゆっくりと溜め息をつく。
「はぁ~、そうだな。確かにオマエの言う通り、あの人の話をペラペラと喋っちまったのはオレだったよ。うん、自業自得ってやつだ。もしこの後あの人が現れて、オレが殺されることになったら、ルーよ、あそこに埋めたオレの金を、母ちゃんに渡してくれ。そしてバストンにでも逃げるように伝えてくれ。……頼む」
ラモンズの瞳に涙が滲んだ。
しかしルリドーはそんなラモンズに向かって淡々と言葉を放つ。
「いやラモン、実は…… オレの考えではな、オマエが憂うほどの事態にはならないんじゃないかって思ってるんだが……」
「ど、どうしてだ?」
「考えてもみろ、もしこの【瞬間移動】があの人の力によるものだったとしたら、何でオレ達は今も生きてる? 殺す気ならとっくに殺されてるはずだ。少なくともオマエはな。でもオレ達は今も生きている。そして思い出してみろよ。あのデジックだって、あんだけグチャグチャの血まみれにされはしたが、結局殺されはしなかった。約束を真っ先に破ったらしいリオにしても、あいつは詳しくは語らなかったが、少なくともお仕置きされたっつったって、五体満足で実家に帰っていったじゃねーか。つまりだ、あのヒロって人は、【面倒事に巻き込まれるのを何より嫌がるが、人を次々と殺すようなタイプの人間ではない】とオレは推測している。だからラモン、多分だいじょうぶだと思うぜ」
「…………」
ラモンズがルリドーに何か言いかけた瞬間、第3の声が2人の耳に響く。
「鋭いなルリドーさん、大体当たってるよ♪」
そこには笑顔のヒロが立っていた。
「ぅわああっ!」
「おぉ……」
2人は驚いた表情のまま、その場に立ち尽くす。
「……まぁ、驚くよね。お久しぶり~ ヒロです♪」
「…………とつ ぜん 出てきた……」
「ヒロ……さん。やはり……あなたが……」
驚きと戦慄と不思議な安堵を覚えながら、2人はヒロを見つめる。
「うぅ~ん。ずっと見てたし聞いてたから、大体のことは分かったよ。でも、そっちは俺のこと、よく分かってないでしょ? だから今から説明するけどさ、いちいち疑ったりツッコんだりしないで素直に聞いてね~。俺もできるだけ分かるように誠意を持って話すんだからさー」
ヒロの申し出に2人はコクコクと頷くことしか出来なかった。
◇
「……で、今に至るってわけだ。大体分かったでしょ?」
長い状況説明を終え、確認するヒロ。
「はい、【神の如き力】を使ってオレ達を助けてくださり、ありがとうございました」
「オレは治癒までしていただいて、重ねてありがとうございました」
「いやいや、いーってことよ♪ オマエら、思ってたほど悪い奴でも無さそーだしなー」
「しかし……」
「ん? ルリドーさん、何か心配事でも?」
「あ、これからはオレのことはルーでいいです」
「オレもラモンと呼んでください」
「了解。で、なんだよルー、どうした?」
ルリドーはゆっくりと話しだした。
「助けて頂いたことは本当に感謝しています。それこそヒロさんのことは神様みたいな人だと思ってます。でも、これからのことを考えると……」
「これからのこと?」
「はい。少なくともコリンパウファミリーの連中には、オレとラモンがゴッドマン邸に連れて行かれたことは周知の事実です。そして、ゴッドマン邸の関係者達にもオレらの顔や素性は知られています。ですので今後、どんなにコソコソ隠れて生きようとしても、いずれはそのうちの誰かに捕まって、只では済まない事になるんじゃないかと……」
「まぁ~なー。そーなるだろうなぁー」
「はい。しかもオレら2人はブロンカーズ地区に親の家がありまして、勝手に遠くへ逃げ出すことも出来ず…… そこがつらいところです」
ルリドーは悔しそうにうつむいた。
「なるほど。ところでオマエら、俺の組織で働いてみる気はないか?」
「「えっ?」」
キョトンとする二人。
「もし俺の…… っつーか【俺の関係する組織】で働いてくれるんなら、俺のすんごい能力を惜しみなく使って、オマエらを家族共々守ってやれると思うんだが……どうだ?」
2人はお互いの顔を見合わせてから
「「はい! お願いします!!」」
と元気よく答えた。
◇
ヒロの説明は第2段階に入った。
ウルとその能力の紹介、ヒロの組織に加わる代わりに1人につきウル1体が護衛&監視任務につくということ、そして既に動き出している【テラース商会】のことなど、【ヒロが転生者であること】と【ヒメとハナの存在】以外については一通りリミッター掛け気味で説明した。
「……というわけだ。まずは紹介するよ。ウルさんです♪」
2人の目の前の何もない空間から突然ウルが現れる。
「ピキュ! ウルなのでピキュ~ ルーさんとラモンさん、よろしくなのでピキュ~」
「うわっ! ……す、すいません。聞いていたのに……」
「……真っ黒なスライミー。初めて見ますね」
「まぁウルさんは、基本色は黒なんだけどさ、進化しすぎて何色にでもなれるし透明にもなれるんだ。あと、自由自在に分裂も合体も変形もできるから、人数や容姿の概念もほぼ無い。一応便宜上【スタッフ1人につき1体】とか言ったけど、必要となれば、その1体が一瞬にして百体にもなるから、あんまし細かいことは考えないでいいよ♪」
「ピキュ! ウルを味方に付けるとは幸運な若者達なのでピキュ~ ヒロさんに感謝するのでピキュよ~」
「は、はい~」
「よ、予想以上に普通に会話するんですね……」
ラモンズとルリドーの心は既に腰砕けとなっていた。
「そーゆーわけで、もしオマエらが、俺の関係する組織にどーしても嫌気が差して、抜けたいって思ったら、まずは必ず俺に相談してくれ。出来る限り穏便かつ平和的に対応させてもらう。しかし、もし、俺に何も言わずに横領したり逃げようとでもしたら、ウルさんに瞬殺されちゃうかもだからな。いいか、これは脅しじゃなく、オマエらのためを思って言ってんだからな。ウルさんは俺の敵対勢力に対して容赦しない傾向が強いんだから。むしろ俺の方が話が通ると思っておいた方がいいからな、マジで」
「いや、絶対に裏切りませんよ! ウルさんに……いやヒロさんに忠誠を尽くします!」
「オレもヒロさんに付いていきます。既に命を救われた身ですから。家族のことも本当にありがとうございます!」
2人は心の底から喜びを表すのだった。
「……じゃあ俺はやることがあるから行くわー。オマエらはこのままウルさん連れて実家にでも帰ってゆっくりしててくれ。そのうちウルさんから指示があると思うし、それまでは待機な~。あと、これ支度金♪」
そう言ってヒロは、2人に30万イエンずつを手渡した。
「こ…… こんなに」
「あの、オレ達まだ、何もしていないのに……」
「いやいや、働き出しても給料日までが大変だろ? その金でしばらく食いつないでくれよ。月末までの生活費だ。足りなくなったら気軽にウルさんに言ってねー んじゃ♪」
そう言うとヒロはフッと消えた。
そして静寂が訪れる。
「ルー、これ…… 現実だよな?」
「ラモン、生きてると…… とんでもない出来事に遭遇することもあるもんだな……」
「ところでルー、よくよく見渡すと、ここって、俺達の実家の近くじゃねーか?」
「あぁ、ジルダん家の奥の路地だ。歩いて5分で帰れる」
「……とりあえず、帰るか」
「あぁ、帰ろう」
のちにヒロの組織の幹部となる……かもしれないラモンズとルリドーは、不安と希望を胸に、一旦実家に帰るのだった。
◇
同時刻 【ハナランド】
『ねぇヒロ、【やること】って、ガンズシティに行くにはまだちょっと早いんじゃないの?』
『違うよー。その前にやることがあるでしょうにー』
『ピキュ! ラモンズさんとルリドーさんの存在を知る、全ての連中を皆殺しピキュ!』
『いやいやウルさん、そのあたりの事は、今後の成り行きを見て対応するから、今はいいよ~』
『じゃあ…… 何?』
『インベントリの中の残りの5人の処理だよ』
『あぁ~あいつらね。でもさ、ヒロはこのままインベントリに入れっぱなしにして忘れるもんだと思ってたんだけど、違うの?』
『なるほど、その手もあるな♪ でもなぁ、それって確かに【時間停止保存中につき殺してはいない】んだけど、実際は【死んでるも同然】だろ? 何か後味が悪いんだよねー』
『まぁ、気分の問題なら仕方ないわね~。てことはどこかに5人を放流するってこと?』
『そう。あいつらには【今後俺に絶対関われない場所】で楽しく人生を謳歌してもらう』
『……それって、インベントリ内の時間経過空間じゃなくて?』
『そう。それも考えたんだけど、やっぱ俺とヒメの愛の巣であるインベントリにあいつらを住まわし続けんのって、全然気が乗らねー』
『……まっ、ヒロってば♡』
『だから、もっと現実的な…… おっともう時間がない。出発するぞ!』
『は、は~~~い♡』
『ピキュピキュピキュ~!』
ヒロはすぐさま【ウルワープ】で【アンゼス共和国】の【ティーリ領サンチャ】に移動し、サンチャ駐留のウルをひと撫ですると、【流星4号★アウトソール★迷彩】状態のまま、全力で飛翔した。
そして西へと飛び続けると、ヒメの【漂流者にオススメ★困った時の海ナビ★お試し版】を使い、目的の地にたどり着く。
『ふぅ~、そこそこ早く着けたな。まだ【センタルス時間】で昼前だ』
『ピキュピキュ~ 今回は振り落とされなかったのでピキュよ~♪』
『ヒロ~ とんでもガッデムなスピードだったわねぇ。あれじゃウルちゃんも泣くわよ~』
『もう大丈夫なのでピキュ~♪ ウルはこの時に備えて、自宅の庭にサッスーケ・全エリアセットを自作してトレーニングに励んだのでピキュ~。これからは光の速さでヒロさんが飛んでも振り落とされない自信があるのでピキュ~』
『……よく分かんないけど、ウルさん、心強いよ♪』
『ピキュピキュピキュ~♪』
『で、ヒロ、無理矢理ここ…… イスタ島ってとこに来たのは……』
『そう、ここにあの5人を放つ!』
『……でもヒロ、なんか、絶海の孤島的な島にあいつらを放ちたかったのは分かるんだけどさ、そもそもこの世界の海には凶悪な魔物がウヨウヨ居るんだし、移動中に神ネットで調べてみても、大陸以外で人間種が住んでるような島は、【赤道諸国群】の比較的大きめの島か、【和能呉呂島】周辺にしかないみたいよ~。つまり、こんな辺ぴなとこまで来なくても、この世界の島々は、ほぼ無人島みたいなんだけど……』
『え? 古代何々海人とか何々海洋民族の移動……とかは?』
『そもそも人間が安全に海を渡れるようになったのは、【ユーロピア帝国】に【アンゼス共和国】のドワーフラボが開発したガレオン船が到達してからのことだからねー。ほんの数十年ほど前? それまでは、頑丈で大きな船なんか無かったからさ、チャレンジャーも居たとは思うけど、みぃ~んな海の魔物の胃袋に収まっちゃったんじゃないかしら。だから、ヒロが言うような海の民族みたいなのは、この世界には居ないよ。なんたって魔物の跋扈する世界なのよ? 奇跡が起きて隣の島に辿り着けたとしても今度は島在住の魔物に食われちゃうじゃない。どこもかしこも魔物だらけのこの世界では、冒険=死なのよね~』
『そ、そーだったのか……。魔物の存在をすっかり忘れてた。てっきり…… 人はみな、新たな地を目指して海に出るものだとばかり……』
『ないない、海に出るってーのは、つい最近までは戦略的国家事業! 大型船が増えてきた現在でも、客船であれ商船であれ軍艦であれ、魔物対策の大砲積んで側面に鉄板張り巡らせた船が、過去のデータを参考にして出来るだけ大型の魔物が出現しない海洋ルートを慎重に移動するのよ? 個人的ロマンや村単位の勢い程度で海に漕ぎ出すようなそんなバカ、この世界にはいないっての』
『む、むぐぅぅ…… だ、だとしたら、このイスタ島は、より好都合だな! なにしろ近場に米粒みたいな岩礁島があるだけで、ちゃんとした島までは2千キロ、アンゼス大陸までだと3千キロ以上離れてるんだ。この世界の海洋交通事情がそんなにも遅れてるんなら、なおさら孤立感があっていいじゃないか! それ! いいじゃないか! いいじゃないか! いいじゃないか! いいじゃないか!』
『ピッキュピッキュ! ピッキュピッキュ! ピッキュピッキュ! ピッキュピッキュ!』
『ヒロ、ウルちゃんの教育に悪いからやめて。このイスタ島がベストだって認めるから』
『いいじゃな…… そ、そうか? やっぱこの島でベストだよな? 南国だから凍死するってことも無さそうだし』
『でも、この島にもそれなりの数の魔物がいるみたいだから、あの5人、食べられちゃうんじゃないの?』
『おぉ、そうか。ちょっと【スコープ】でこの島全域の生態系を調整してくるわ~』
そう言うとヒロは【スコープ】を発動し、イスタ島の隅々までを把握した。
そして、一般人の手には負えないレベルの肉食系の魔物や猛毒を持つ魔物を数百匹見つけると、全て瞬殺しインベントリに収納した。
さらに手頃な場所に横穴洞窟を削り出すと、その近くに細い縦穴を掘り進め、地下水脈にまで到達させる。
『よし、こんなもんだろ!』
『早っ! もう終わったの?』
『魔物の調整はもちろん、家と井戸まで用意してやったぜ。俺ちょっとやさしすぎるかなぁ。昔からよく言われたんだよ。“根はやさしい子だ”って』
『【根は】が付いてたんなら、きっと普段は評判悪かったんでしょうね~』
『ヒメちょっと当たりが厳しいなぁ~。パンツ関連のやりとり以来、言葉の端々にトゲを感じるんだけど』
『パンツも覗きも関係ないわよ~。ちょっと生理なだけー』
『え? …………』
『冗談よ♪ さぁヒロ、あいつらをこの島に解き放つんでしょ? 早くしないとガンズシティに遅れちゃうよ~』
『あぁ、そーだった。では……』
ヒロは【迷彩】を解除すると、心でつぶやく。
(インベントリ)
次の瞬間、絶海の孤島、イスタ島の中央南の砂浜に、ゴッドマン、セバス、ジャガール、ベンジ、トレモロの5人が、ひとかたまりになって転がった。
5人は突然の瞬間移動に平静を保てるはずもなく、もつれ合い、怒鳴り合い、罵り合っていたが、それでも最初に心を落ち着かせ、ヒロの存在に気付き、立ち上がったのはゴッドマンとセバスの2人だった。
そしてセバスを傍らに従えたゴッドマンが口を開く。
「この、極めて希有な状況に招待してくれたのは、キミかい?」
「どうもはじめましてゴッドマンさん、ヒロと申します♪」
ヒロは爽やかに微笑んだ。
「……なるほど。キミが噂の……ヒロくんか」
ゴッドマンはヒロの一挙手一投足に視線を射続ける。
「ちょっと手荒な感じになってしまってすみません。まだこの術に慣れてないものでして」
「術……か。ヒロくん、まずは、我々をこの場所に連れてきた理由を聞いてもいいかい?」
「理由……はですね、ゴッドマンさん達にこれから住んでもらおうと思いまして」
「……住む? 我々が? ここに?」
「はい♪」
「それはどうしてかな?」
「なんつーか、言いにくいんですけど……」
「いやいや、遠慮せずに教えてくれないか?」
「そうすか? では……あなたが俺を殺そうとしているからですよ♪」
「ほぅ……」
その直後、ゴッドマンの口元が“殺せ”と小さく動く。
間髪入れず隣に黙していたセバスがヒロに向かって目を細めた。
刹那
ヒロの視界が薄赤く染まり、スクリーンに
《警告■敵対的フレームの侵入■警告》
という文字が飛び出した。
初めての経験に戸惑うヒロ。
何か深刻な問題が自らの身に降り掛かっている事態を把握しながらも、この状況にどう対処していいのかが分からず、急速に焦りと不安が湧き上がってくる。
しかし、次の瞬間……
『ていっ!!』
かわいらしい念話とともに、露出多めの戦闘鎧に身を包んだ美少女がヒロの背後から目前に飛び出し、銀色に輝く長剣を振り抜いていた。
そして、その一閃と同期するかのようにヒロの視界の薄赤色は元に戻り、警告文字も消える。
ここまで、セバスが目を細めてから2秒ほどの出来事だった。
突如現れた銀鎧の美少女は、ヒロを背にして守るように立つと、セバスに向かって剣を構え微動だにしない。
よく見ると彼女は浮いており、しかも背中からは美しく立派な羽が生えていた。
『羽…… 天使…… まさか……』
ヒロが謎の美少女戦士の正体に当たりをつけ始めた時、セバスは焦りの表情を見せていた。
「な………… そんな…… 効かぬというのか……」
一向に変化のないヒロを確認すると、セバスは一旦目を閉じ、奥歯に仕込んでいたカプセルを噛み砕く。
割れたカプセルからは高濃度のMP回復ポーションが飛び出し、それをゴクリと飲み込む。
そして今度は“ぬぅぅぅぅぅうう”と唸りながら、こめかみに血管を浮き上がらせ、あからさまにヒロを狙っている姿を隠すこともなく、ギラついた目をギュッと細めた。
『てやっ!!』
再度、美少女天使がかわいらしい声とともに剣を振り抜く。
今回はヒロのスクリーンに警告が出ることすらなかった。
特に何も起こらないまま、数秒の時間が過ぎていく。
「んはぁぁ、なんだコイツは…… バケモノか……」
それまで無言で微動だにしていなかったセバスが、無呼吸から開放されたように吐き捨てる。
するとゴッドマンが狼狽気味のセバスを隠すように1歩前に出た。
「ヒロさん、あなたは素晴らしい能力をお持ちのようですね♪」
「え? なんのことでしょうか?」
「とぼけ合うのはやめにしませんか? 正直に言いますと、うちのセバス、これまでに只の1人として殺し損ねたことのない、最高の暗殺者でしてね」
「なるほど。でももう2回、殺し損ねてますけど……」
「おっとこれは手厳しい。手厳しいったら手厳しい。セバス、言われてますよ?」
セバスはゴッドマンの背後で膝を付き、苦虫を噛み潰したような表情で小さく呟く。
「もうしわけございません……旦那様……」
その瞬間、ガリッという音とともにセバスの奥歯が何本か割れた。
しかしもう、そこにMP回復ポーションは存在せず、ただ彼の悔しさだけが血の味とともに口の中に溢れ出すのだった。
「いや、いいんだセバス。【上には上がいる】などという凡庸な格言を、オマエと共に知ることになる日が来るなどとは考えもしていなかったよ。喜べ。これは男のロマンだぞ♪」
ゴッドマンは心底嬉しそうに微笑むと、言葉を続けた。
「ヒロさん、あなたに提案があるのですが、聞いていただけますか?」
「お断りします」
「おや、どうしました? 余裕がありませんねぇ。提案を聞くくらい、いいじゃありませんか?」
「いや、ちょっと……確かに時間的余裕が無くてですね…… あ! もうこんな時間じゃねーかよ! ヤバい、すぐ行かないと間に合わん! あ、ゴッドマンさん、セバスさん、あとその他の人々、住居用の横穴と井戸はあっちの森の中にあります。あと強めの魔物は消しときましたんで問題なく暮らせると思います。そーゆー訳で、……では!」
次の瞬間、【ハナランド移動→ウルワープ】というコンボを使ったヒロは、5人の前からさっぱりと消え失せた。
「あ…… ヒロさん? ご提案が……ある……」
ゴッドマンの声が南の島に虚しくこぼれ落ちる。
こうして、【ゴッドマン軍団の無人島生活】が始まったのだった。
◇
【ゼロモニア大陸】【ガンズシティ】正午。
約束どおりの時間に無事到着したヒロは、いつもの食堂兼会議室でテーブルを挟み、ゴズと向き合っていた。
「ヒロさん、待たせちまって面目ない。時間の猶予をくれて助かったよ」
「いえいえ~。仲間のみなさんとは、ゆっくりお話できましたか?」
「あぁ、75人全員とじっくり話させて貰った。おかげでついさっきまでかかっちまったけどな」
「それは大変でしたねぇ。それで、みなさんはどうされますか? 何か……ひとりずつの希望先が書かれたようなメモとかありましたら纏めやすいんですが……」
「そうだな。では、まずオレだが、ヒロさんの仲間の【テラース商会】で働きたいと思ってる。そんで、オレを慕ってくれる仲間も一緒に付いてきてくれるそうだ」
「おぉ、それはありがたいです~。ちなみに何人ほど?」
ゴズはひと呼吸溜めてから、宣言した。
「75人だ」
「へ?」
「あんたに付いていくのは、オレを含めた【ガンズシティ】の76人、全員だよ、ヒロさん♪」
ゴズはニカッと笑って右手を差し出す。
「開拓の現場しか知らねぇオレたちだけどよ、もしそれでも構わねぇって言ってくれるんなら、よろしく頼むぜ!」
ヒロは迷うことなくゴズの手を握りしめ、満面の笑みで応えた。
「こちらこそですよ! 助かります! これからよろしくお願いしますね!」
◇
10分後。
【ガンズシティ】の中央にある広場では、ゴズ達76名を集めて説明会が開催されていた。
ヒロについて、【すげぇ男だから付いて行ってぜってー損は無ぇ】程度のことは、事前にゴズから聞かされていたらしく、ガンズ軍団からのヒロの資質を疑うような質問は無かったが、肝心の【具体的なヒロの凄さ】と【ウルの存在とその役割】に関してはまだ伝えていなかったため、矢継ぎ早に質問が飛び、その都度驚きの声が上がった。
特に【実際のウルの紹介コーナー】では何人かが腰を抜かし、質問は雨のように降り注ぎ、収集がつかなくなって困ったヒロは、ウルにお願いして76体に分裂してもらい、個別対応に切り替えた。
76人の男と76体のウルがペアになって質疑応答を繰り返す様は壮観で、そのうち、ウルの愛嬌と知性が男達に浸透したらしく、気付けば誰もが愉しげに笑って話をしていた。
その後、気分を良くしたヒロは、インベントリから大量の魔物の肉と酒を取り出し、就職祝いと称してバーベキューパーティの開催を宣言する。
酒と肉のもてなしを遠慮するような男は1人もおらず、広場はたちまち大宴会会場と化したのだった。
途中、ヒロの計らいで、午前中に仲間になったラモンズとルリドーも【ウルワープ】で呼び出され、訳も分からないまま酒を注がれていた。
飲めや歌えや踊れや語れやと、時間はどんどん過ぎていき、宴会は延々と続いた。
酔いや眠気、疲れが限界を迎えた男達が、ひとり、またひとりと自分の寝床に向かい、歩く気力も残っていない者はその場で眠りにつき、気付けばガンズシティはすっかり闇に包まれ静かになっていた。
近くでは数人の男達のイビキと、虫や蛙のような鳴き声が一定の周期で繰り返され、遠くからは魔物のものらしき遠吠えや唸り声が微かに聞こえてくる。
広場中央に設けた特大の焚き火の管理を担当していたヒロは、肉のおかわりの声が完全に途切れた後は、ただ黙々と薪をくべ続けていた。
【スコープ】で周囲12キロから手頃な倒木や枯れ木を見つけ、【フレームセイバー】で手頃なサイズに切り刻み、【湿度変化魔法】で乾燥させ、【インベントリ】に収納して手元に出す、を繰り返し、焚き火の前から一歩も動かない火の守り人となっていた。
パチパチと薪が奏でる乾いた音が耳に心地いい。
◇
『さてヒメ、そろそろ大騒ぎも落ち着いたし、こっちの話をじっくりしたいと思うんだけど』
『ん? こっちの話…… って?』
『ヒメ、とぼける意味なんて今更無いだろ~。【イスタ島】でセバスに不気味な攻撃食らった時、突然現れた謎の剣姫、あれは…… 【ヒロリエル】だろ?』
『ギクゥゥゥゥ』
『いやいや、バレバレだっつーの。俺の周りで【天使ネタ】が出たのって、あの時のヒメのゲームの話しか思いつかねーもん』
『……バ、バレちゃあしょうがないわねぇ。確かにあの時、ド腐れジジイが放った【敵対的フレーム】を一瞬で感知し、さらに一瞬で破壊してのけた麗しの天使、そう、彼女こそは【エンジェルバトル】史上最多の5連覇を成し遂げ、今も無敗のまま継続中の最強剣姫【ヒロリエル】! またの名を【悠久の神殺し】! 【天界のジャガンナルト】! 【乱舞する暴虐の美少女】! 【全知全能の戦姫】! 【サディスティックデストロイ】! 【腕白ロリータ】! 【千刃暴れ太鼓】! 【リアル・リアル最強】! 【逆に平和の使者】! 【アメノミコトヒメの再来】! なのよっ!』
『【またの名】が多いよ~、全部ヒメが勝手につけただけでしょ~』
『ギクゥゥゥゥ』
『そんで、その【ヒロリエル】なんだけどさ、あの後からずっと俺の周りをブンブン飛び回ってる妖精みたいな生き物、この子も【ヒロリエル】でしょ?』
すると、ヒロの周りを飛び回っていた10cmほどのヒロリエルが肩に降り立ち、ちょこんっと腰掛ける。
『ヒロ、もはや鋭すぎて“ギクゥゥ”を言う気にもならないわ。よくこの【ヒロリエル★妖精モード】を看破したわねぇ』
『いや、だって、少女サイズの【ヒロリエル】が妖精サイズに変化するの見てたもん。あと小さくなっても顔とか全部一緒じゃん。そりゃ気付くよ』
『いやぁ~、さすがヒロねぇ~。サイズの変更には瞬き程度の時間しかかからないっていうのに。参ったわ。ならもう説明は不要だよね、ヒロリエル、ヒロにご挨拶しなさい♪』
するとヒロの肩に腰掛けていたヒロリエルが、キリッとした表情になり
『はい、ハハサマ!』
と答えたかと思うとスクッと立ち上り、グッと屈んで……
『てやっ!!』
というかわいらしい声とともに飛び上がり、膝抱え込みでクルクルと回りながら、シュバッと巨大化し、
スタンッ
とヒロの目前に着地した。
サイズは初めて見た時と同じ【少女モード[身長150cmほど]】だ。
ヒロリエルはクルッと振り返り、緊張の面持ちで挨拶を始める。
『初めてお目にかかりますチチサマ。ひーたんの名は【ヒロリエル】と申します。以後お見知りおきを!』
『……“チチサマ”て。あと“ひーたん”て……』
『ち、違うのよヒロ~、これは私がゲーム内で軽い気持ちで使ってた設定が……そのまま具現化しちゃったっていうか~なんつぅか~』
『……というと?』
『ん~と、【エンジェルバトル】ってゲームは、とにかく設定が細かく出来るのね、そんで、【天使の卵】を孵す時に父は誰で母は誰、みたいに設定できるオプションがあってね、その派生項目で“呼び名”ってのもあって、つい……』
『オマエのセンスなんじゃねーか。あと1人称で“ひーたん”って言ってるのも設定か?』
『それは断じて違うわっ!』
『じゃあ何だよ』
『それは…… 私が…… ゲームしながら…… ヒロリエルのこと“ひーたん”って呼び続けてたから……』
『オマエじゃねーか』
『いやぁ~ん、怒っちゃいや~ん』
『いや、怒ってなんかねーけどさ、本人に定着しちゃってるから若干“かわいそうだなぁ”とか思っちゃっただけだよ……』
『……まぁとにかくさ、細かいことは気にせずに、新しい家族のひーたんも加わったことだし、ヒロファミリー、これからも頑張っていくぞぉーー!』
『おーーーーー!』
ヒロの目の前でヒロリエルがひとり、拳を突き上げかわいらしく雄叫んだ。
『待て待て待て待て、ヒメ、そんな簡単な説明で終われるわけねーだろ。まずは基本中の基本事項から聞くぞ。ヒロリエルは俺にしか見えてないんだよな?』
『ううん、ハナちゃんにもウルちゃんにも私にも見えるよ。だって家族だもん。あ~、てゆう意味では、家族以外の生命体には見えないわね。ここにゴロゴロ転がってる雄ゴリラ共にも全く感知できてないわよ~』
『……まぁ分かった。次だ。そもそもゲームの中のキャラであるはずのヒロリエルが、なんで現実世界に現れちゃってんだよ?』
『あ~そこね、それは、【エンジェルコロッセウム】5連覇の特典が、【自分のバトルエンジェルをスペックはそのままに実体のある天使として具現化できる権利】だったからよ。ちなみに今後ずっとアップデートされながら存在し続けるらしいから【可愛い娘との突然の別れ】とかに怯えて過ごさなくてもいいからね♪』
『実体……って、ヒロリエルは生きてるのか? ……なんか、ちょっと違うような感じを受けるんだが……』
『おぉぉ、さすが超高ステ値男、またまた鋭い。“実体”って言ってもひーた……ヒロリエルは、“生身の体を持つ生物”って訳ではないの。私がゲーム内で育て上げ、磨き上げた詳細なスペックがそのまま【フレーム技術】によって、神界の最先端サーバーのバックアップのもと具現化された【細密なフレームの塊】、つまり【神界のフレーム技術の集大成的実験生命体】なのよ、このひーた……ヒロリエルは!』
『もう“ひーたん”でいいよ~。しかしさ、てーことは、ヒロリエルには、細胞とか血液とか内蔵とか、もっと言うと生殖機能とか、あと自我、みたいなもんとかは無いってことなのか?』
『それは考え方次第ね~。こう見えてひーたんは【何千垓個ものフレームの集合体】で、ちゃんと生物みたいに【新陳代謝的なフレーム単位の廃棄と再生成】も繰り返してるから、理論的には【人間よりはるかに高度な生命体】とも言えるわね~。ほら、人間の細胞の数なんて精々数十兆個くらいでしょ?』
『ん~~、なんか凄い。もはや、なんか凄いとしか言いようがない』
『そう、凄いのよ~、私達のひーたんは~♪』
『……じゃあ次だ。あのセバスって奴が繰り出してきた攻撃、俺のスクリーンが赤くなって警告文が出てきたやつ、あれは……』
『んーとね、簡単に言うと【魔法】だよ。【敵対的フレーム】って書いてあったでしょ?』
『やっぱりそーだったか。つまあれは、セバスが俺を魔法で殺そうとしたって事だったんだな? でもヒメ、』
『はいはい?』
『セバスの1発目の時、視界が赤くなって警告文が出たってことはだな、その後すぐヒロリエルにズバッとやってもらったとは言え、わずかな時間、俺の体のどこかにあいつの魔法が届いてたってことだろ?』
『脳よ。あのド腐れ糞ジジイはヒロの脳を狙ってたの。今までもずっと同じ殺り方で敵を葬ってきたんでしょうねー』
『いや、それがさ、もし俺が仕掛けた側だったとしたらさ、あの1秒ほどもある時間の中だったら相手を10回以上は殺せてると思うんだけど、あのジジイの魔法攻撃ではさ、俺、痛みどころか、違和感すら感じられなかったんだよ。それが逆に気持ち悪くてさぁ、あれは一体、どんな魔法だったんだ?』
『まぁ正確にはヒロのスクリーンのログを見れば分かると思うんだけどね、この場で簡単に言っちゃうとね、あの糞セバスは、【フレームをヒロの脳のあたりに発生させようと集中している段階】で、スクリーンのセンサーに引っかかってバレちゃったの。【敵対的魔力もしくは過剰な魔力の疑いのあるフレーム生成の予兆】って項目に見事引っかかったみたいよ。んで、警告モードが発動したってこと』
『……てことは……』
『魔法の発動に取り掛かる前の段階でバレた……ってことね~』
『……な、……なんだよ~。単にショボかったってだけなのかよ~。いやさー、その割にはあいつ、【凄腕の能力者】的なオーラ出しすぎでしょーに。俺てっきり【認識不能の攻撃で殺されかけた】って思ったもん』
『ただね、ヒロ、あのド腐れ糞ジジイは、ヒロ以外の人間の中では、それなりの魔法の使い手と見てもいいと思うわよ~。2度の攻撃から割り出した分析結果によると、頭部への直径10cmほどのフレーム生成に3秒、温度上昇魔法の致死域到達までに5秒って数値が出てるから、相手が8秒間じっとしててくれたら殺せるってレベルね。まぁ6秒くらいでも狙いが脳だから昏睡させて意識を飛ばすことくらは出来るでしょうし、ほら、脳って痛覚無いから気付かれにくいしね~。まぁとにかく、一般の人間界では上級者と言っていい魔法使いね~』
『そうなのか~。となると、もっともっと凄い魔法使いも、この世界のどこかに存在してるのかもなぁ。身が引き締まる思いだぜ~』
『まぁ、ヒロを脅かす存在って意味では居ないと思うけどねぇ~。今まで出会った生命体の中では、あの【セントラルバグ・ダンジョン】の最深部に居た【マンバ不死命王】と【マンバサタン】が1番の魔法能力者で、強力な魔法攻撃の使い手だったみたいだけど、ヒロってば、公園のベンチでタバコ燻らせながら収穫しちゃったもんね~』
『そーだったのかぁ。知らぬが仏とはよく言ったもんだなぁ……』
『いやいやヒロ、あの最深部の魔物にしたって、ヨーイドンでやりあったら、ヒロの方が強い筈だからね。今のヒロのステ値なら、多分最高位の竜種とボコり合ってもヒロが勝つんじゃないかなぁ』
『ヒメぇ、それは身内贔屓すぎるだろぉ~。俺が勝者であり続けられてるのは、あくまでも【スナイピング】的な卑怯者戦術を自覚し徹底してるからであってだな、あんな最深部のおどろおどろしいバケモノなんかといちいち近接戦闘なんかしてたら、いくらSTRやVITが上がった俺とは言え、命がいくつあっても足りないって、マジで』
『まぁ、ヒロがそう思うんならそれでいいけどねー』
『あとは…… ヒロリエルの今後についてなんだが、ハナやウルさんみたいな、食料供給についてはどーなんだ?』
『ひーたんは全身フレームで構成されてる生命体だから、特に何も要らないわよ~。必要なエネルギーも神界のサーバーから供給されてるし、ただ……』
『ん?』
『ひーたんがこれからも強くなっていくためには、当然ながら【魔ポイント】が必要になってくるし、そのためには私達のインベントリに獲れ獲れ魔物の収納が不可欠。つまり、ヒロが定期的に魔物狩りを続けていかないと、ひーたんの能力も頭打ちになっちゃうってことなのよ』
『そこは実体化しても同じ設定なんだな。ちなみに【魔ポイント】はもう残り少ないのか?』
『……あなた、うちの【魔ポイント】はもう【844,625,239ポイント】しか無いのよ。これじゃあヒロリエルを都会の私立大学になんて、とても行かせてやれないわ! ヒロリエルは容姿もかわいらしいし、安全のためにもオートロックのマンションは必須なのに……こんなんじゃ、とても…… あぁ、わたし、新聞配達とスーパーのパック詰めのパート、始めようかしら……』
『おまえ…… そ、そんなに少なかったのか……』
『冗談よ♪ 多分全プレイヤーの中でダントツにポイント使ってるし、ダントツに残りのポイント数も多いんじゃないかな~。でもヒロ、私達のかわいいひーたんのためには、いくらポイントが有っても多すぎて困ることはないわっ。がんばりましょ!』
『まぁ、よーするに今まで通りの感じで問題ないってことだな?』
『簡単に言えばそうね♪』
『ふぅ~、りょうか~い。あとさ、ヒロリエルは今後ずっと俺の周りを……飛び回ったり、歩いたり……すんの?』
『そー、だねぇ。多分そうなると思うよ。ゲーム内でのひーたんは別に居るし、この現実世界に舞い降りた【実体持ちひーたん】は、あくまでもステ値やビジュアルがゲーム内ひーたんとリンクしてアップデートされるってだけで、感情や経験に関してはスタンドアローンだからさ、1人の女性として接してあげてね、チチサマ♪』
『ふぅ~ん。ところでヒメ、ヒロリエルってさ、強いの?』
『つ、強いわよ~。てか強いなんてもんじゃないわよ~。てくらい強いわよ~』
『なんだその超抽象的な表現(笑)』
『ひーたんはねぇ、間違いなくだけどねぇ、……ヒロより強いわよ♡』
『ま、マジか!?』
『当たり前でしょ~。この、伝説の戦神アメノミコトヒメが、有り余る【魔ポイント】を惜しみなく投入し、手塩にかけて育てた子なのよぉ~。弱いわけないじゃん!』
『そ、そーなのか…… だったら心強いな~。ついでに近接戦闘の練習相手とかもしてくれると助かるし……』
『その辺のことはひーたん次第だけど、快く引き受けてくれると思うわよ~。てゆーかさ、ヒロ、私とばっかじゃなく、ひーたんと話してあげてよ~。これからは1人の人間として接してあげてね♪ よろしくね♡』
『お、おう』
ヒロはあらためてヒロリエルに向かってやさしく微笑んで声を掛けた。
『はじめましてヒロリエル、キミのチチサマのヒロです。これからずっとよろしくね♪』
するとヒロリエルは背中の翼をブルブルッと震わせ、
『はい♪ チチサマ、ヒロリエルはチチサマを守り抜く所存です! この生命尽きるまで!』
と、かわいらしい声で宣言した。
『……た、頼もしいな。ヒロリエル、普段の生活の中では好きにしてていいからね。なにか分からないことがあったら俺かヒメに聞いてね♪』
『はい! これからもあのド腐れ糞ジジイのような輩が、身の程知らずの図に乗った攻撃をチチサマに仕掛けてきた暁には、このヒロリエルが【神聖剣エクスカリビュランサー】で一刀両断にしてみせるのです!』
ヒロリエルはヒロの前で得意げに銀色の大剣を振り回している。
『あ、……ありがとう』
(こりゃけっこーヒメの毒の強さが遺伝しちゃってるなぁ。俺の周りって、自然と口の悪い連中が集まってくるようになってんのかなぁ。まぁヒロリエルに関してはまだ出会ったばかりだし、少しずつ理解を深めていこうかな~)
溜まりに溜まっていたヒロの【質問コーナー】はここで一旦おひらきとなった。
◇
そんなこんなのヒロファミリー脳内談義を終え、焚き火に薪をくべていると、ヒロの隣にゴズが腰を下ろし話しかけてきた。
「ヒロさん、本当に良かったのかい? オレたちが飲んじまった酒、食っちまった肉、ありゃどう考えてもそこらで手に入るような代物じゃねぇだろ?」
「大丈夫ですよ♪ 肉は全部、俺が狩りで手に入れたものですからタダですし、酒も【テラース商会】の倉庫からくすねてきたものですから、これもタダです(笑) ゴズさん、まさか遠慮してセーブしたりしてました?」
「わははは、すまん、それは無ぇ。限界まで飲み食いさせてもらったよ♪ こんなに美味い酒と肉にありつけたのは生まれて初めてだぜ。……色んな意味でな~」
「それなら良かった。せっかくの皆さんの門出ですからね~。門出は楽しくないとね♪」
するとゴズが急に神妙な面持ちでヒロに語りかける。
「ヒロさん、オレは何だか恐ぇよ。こんなに良くして貰ってよ、この恩を…… 果たして本当に返していけるのかどうか……」
「……ゴズさん、そんなこと心配してたんですか? もう俺達は返すとか返さないとかの関係じゃないでしょ? ガラじゃないですねぇ(笑)」
明るく呑気に笑うヒロ。
その様を見て、ゴズの顔からも憂いが消える。
「ふっ、……確かにな、今まで幸運や幸福って類のやつに縁が無かったもんでな、少し戸惑っちまったぜ…… さぁてと、ヒロさんと話して気も晴れたし、そろそろ寝るとするわ♪ ヒロさんもほどほどになぁ~」
そう言うとゴズは、機嫌よくヒロの背後にある宿舎に向かって去っていった。
「はぁ~~い。俺ももう少ししたら寝ますよ~。おやすみなさ~い♪」
ヒロもご機嫌に返す。
ゴズはしばらく千鳥足で歩くと、宿舎の影でふと立ち止まり、ゆっくりと振り返る。
遠くには焚き火の側に座るヒロの後ろ姿が小さく見えた。
ゴズはその背中に向かって深々と頭を下げる。
リーダーとして、どうしていいか分からなくなるまで追い詰められていた立て籠もりの日々が脳裏を駆け抜け、感謝と安堵、そして親愛からか、こみ上げる気持ちは止まらず、涙が止めどなくこぼれ落ちる。
気の優しい力自慢の大男は、そのまま宿舎の影で頭を下げながら嗚咽をこらえ、こぼれ続ける涙を拭うこともなく、長い長い時間、頭を下げたまま動くことはなかった。
その様子を【スコープ】でずっと見ていたヒロは、そんなゴズの姿を繰り返し心に焼き付ける。
そして、静かに次の薪を焚き火にくべるのだった。
こうしてヒロの異世界生活25日目が終わった。
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