ドワーフ救出




 それから十日ほど経ち、アイリスと共にガンズシティの調査報告書を無事センタルス役場開拓推進課に届けたヒロは、ついにガンズシティ・センタルス間の往復任務から開放される。

 そして報酬支払日までの数日間を利用し、【うさぎの寝床】9号室に拠点を構え、散歩に出かけるような出で立ちで連日世界中を巡っていた。

 ユーロピア帝国各地で静かに膨れ上がった【魔王降臨】の騒動を観察することをメインテーマとしつつ、実際の都市に出向いては実体を伴う観光と散策を繰り返した。同時にこの一ヶ月ほどで経営が安定し始めた【テラース商会】の各店舗への訪問も実行し、その店々で大歓迎され、都市ごとの状況を確認した。

 一方で、サービス開始が難航していた【なんでも屋】の開業は見送られることとなる。その理由は、【既存の都市における貧民層に孤児院や魔法便器を広めるくらいならヒロシティを拡大して貧民層の希望者を移住させた方が支配者階層との揉め事や軋轢も起こらず簡単だろう】というもので、ヒロはウルを通じてヒロシティ住民全員に【ヒロシティ拡張工事】の旨を通達すると、五分ほどで【エンジェルス地域】全体にも及ぶ約三千平方キロメートルを【厚さ100m高さ500mのヒロニウム製黒壁】で囲い、内部の危険と思われる魔物を全てインベントリに収納し、その広大な敷地を【にぎやか地区[旧ヒロシティ]】【個別にひっそり地区】【自給自足な村人生活地区】などにざっくりと分け、世界中の貧民層の受け入れ体制を整えていった。


 そんな中、“ゲルマイセン領ベルリネッタのとある施設にて、のっぴきならない事態が発生してるピキュ”とのウル情報がもたらされる。


『ウルさん、のっぴきならない事態って?』


『ピキュ! ユーロピア帝国にスカウトされたドワーフラボ出身の科学者たちが【魔王降臨の首謀者】との嫌疑をかけられて施設丸ごと幽閉軟禁状態なのでピキュが、明日にも拷問官が派遣され、場合によっては公開処刑となる算段が進行中なのでピキュ~』


『おっと…… いわゆる魔女狩り的なやつか~。貴族連中は相当ハラワタ煮えくり返ってるんだなぁ。ちなみにさ、まさかとは思うけど、貴族連中も【魔王降臨】の話って信じてるの?』


『それはモチのロン、信じてないピキュ~。貴族連中もクリスタル教上層部連中も【神】や【悪魔】など支配のツールとして活用しているだけで全く信じてなどいないピキュが、かと言って【ヒロさんによる不可解で不合理な文明の利器消失と部下達の恥辱の丘転移】の真相にも全く辿り着けておらず、苛々と疑心暗鬼がピークに達しているのでピキュ。その結果、ドワーフラボの科学者連中に白羽の矢が立ってしまったのでピキュ。貴族たちは“あのドワーフ連中は国策として我がユーロピア帝国を滅ぼさんと入り込んだスパイだ”だの“転移技術を持ちながら秘匿し機を見て攻撃に打って出たのだ”だのと言い合って、その説に反論できる材料を持った者も現れず、結局【ドワーフラボ出身者=首謀者】とされてしまったのでピキュ~。可愛そうな奴等なのでピキュ~』


『……そっか。ご愁傷さまだな~。な~む~』


『なにが“な~む~”よ。全部アンタが招いた事態でしょーに! このままじゃドワーフ科学者のみんな、拷問されて火あぶりになっちゃうじゃないの! なんとかしてあげなさいよね!』


『ヒメ~、語気が怖いよ~。なんか、アイリスさんの足に軟膏塗ってからというもの、ヤケにやさしさ成分が減衰してないか~? キミたしか【慈愛の女神様】だったよね? ヒメリンの半分はやさしさで出来てるんじゃなかったっけか?』


『私は【史上最強の戦神】よ! 私だって実体さえあれば四六時中いつ何時でも昼夜問わずエンドレスで全身隙間なくヒロに軟膏塗ってほしいんだから! ふざけんじゃないわよ!』


《そーだそーだ! アルも全身だ! 凹も凸も余すところなくだ! ("`д´)ノシ 》


『……いや、キミたち、今はドワーフの人たちの話……だろ?』


『ドワーフの奴等なんて一秒もあればインベントリ収納してヒロシティへポイよ! それで解決よ! それよりもあの蛇炎を纏う女豹よ! ガンズシティでの夜も思わせぶりにダンマリ決め込みやがって! ヒロが気ぃ遣ってラビ子ちゃんに合流したあとも寂しそうに溜息つきながらヒロへチラチラ視線送ってたし! 挙げ句、アイリス専用宿泊部屋に向かう道中も時折ふらつきながらその度にチラッチラッとヒロのこと見てたし! 部屋に戻った後も三回ほどまた外に出て川辺でひとり佇んでヒロの部屋の方チラッチラッと見てたし! 観念して布団に潜り込んだかと思えば全裸になって時々咳き込んだりしてたし! 風邪もひいてないのに! 喉、イガイガしてないのに! 健康そのものなのによ!』


《そーだそーだ! 蛇炎女豹は危険種だ! 我々女神同盟は肉体を武器とするエロフを許さないのだ! ("`д´)ノシ 》


『あ、あのな、それはあの時、オマエらの実況中継で散々聞かされたからもう分かったっつーの。あんな念話が轟き渡る中で“ア~イリ~スちゅわぁ~ん♡”なんてノリで近付けるわけねーだろ~。あとさ、いくらなんでもアイリスさんのこと大袈裟に【エロフ扱い】しすぎじゃねーか?』


『ヒロこそ【女】ってもんを【幻想種扱い】しすぎなのよ! これは【学園】という【大人社会から隔離された閉鎖空間】で巻き起こる【生娘と童貞のトクントクンな御都合主義的広域吊り橋効果な妄想絵巻】じゃないの! 目と目が合った瞬間に二人だけの新世界がインストールされたりしないの! 手と手が触れた瞬間に愛の精霊が飛び回ったりしないの! 唇と唇が重なった瞬間に深層心理と宇宙と未来がスパークしたりしないの! 現実なの! 特にこの世界はアナタの元居た世界と違って【快楽のおかず】が圧倒的に不足してる【ローテク世界】なのよ!? この世界じゃ男も女も【欲の捌け口】に飢えまくってるの! そんな【快楽飢餓】がまん延するシャバで二十七歳独身女が【十日間も一緒に旅した頼れる謎の男】に求めるものなんてひとつよ! ヒロ! この際ハッキリ言っておくわよ! 女は男よりエロいの! 欲しがりなの! そんでアイリスさんは【世話焼き委員長】でも【冷血デレ生徒会長】でも【ヤキモチ幼馴染】でも【モジモジ図書委員】でも【血の繋がってない愛玩妹】でも、そしてモチのロン! 生娘でもないの! 立派なエロガメッシュナイト、いやクイーンなのよ! そんなメスエロガッパに色目使われたってことがどーゆーことなのか、ちゃんと自覚しなさいよね! このバカチンが!』


《……あのぉ、ヒメさん、あんまりその、明け透けに物申されますと、アルの今後の戦略にも支障を来すと言いますか、何と言いますか……》


『アルちゃんは黙ってて! ヒロ、アンタはね、わたしに【性欲蛇口】を閉められてるフニャリストなんだから、どう転んだって性欲旺盛な女どもを満足させることなんて出来ないし【性欲以外の欲】については一般人の千倍以上は軽く体験しまくってる【世界全体を犯すヤリチン魔王】なんだから、お色気快楽についてだけは諦めなさい! もしどーーーしてもアフアフしたいんなら【ヒメアル開発プロジェクト】にて製造された、私の意識と完全リンクする【超高性能エロンクルス[ヒメ最上級]】を無料で貸し出すわ! アンタの蛇口ともリンクする仕様になってるから一般男性が一生かけても近付けさえしないような快楽渦巻く大海原【エクスタSea】に何度でも辿り着けるわよ! 困った時にはアパート前の自販機に缶コーヒー買いに行くくらいの気軽なノリで声かけてくれていーわよ! べ、べつに、誘ってるわけじゃないんだから勘違いしないでよね! あと誘ってないって勘違いしたりもしないでよね!』


『……どっちなんだよ~』


《あ、【超高性能エロンクルス[アルそのもの]】も既にカタパルトにオンしてますですぅ~♡》


『オ、オマエら急にグループ念話に切り替えたかと思ったら、そーゆー話かよ~。つーかさ、俺の性欲蛇口が閉められてるってことは、性欲そのものが発動しないってことだろ? だからそんなエロンクルス用意しても【独占欲やら特別視をトリガーとする系の恋愛衝動】くらいしか湧き上がってこないと思うんだけどな~。てか、オマエらの方が欲求不満なんじゃねーのか?』


『そ、そんなことないもん! ヒメはヒロくんのこと、そんな対象として見たことないもん! ヒメはヒメ以上に強い子にしか、ゆ、許さないんだもん! だ、だからってヒロくんに私より強くなってもらって純潔も一緒にもらってほしいなんて、お、思ってるわけじゃないんだからね! ヒ、ヒロくんのY染色体になんて、ぜ、ぜんっっっぜん興味無いんだからねっ!!』


《……アルはもうヒロ様より弱いので…… ノットやぶさかです…… (//∇//) 》


『はいはい、ダッチ妻の話はも~終わりな~。そんな気分になったら遠慮なく相談させてもらうわ~(呆笑)』


『むっきー! 【ヒメアル開発プロジェクト製超高性能エロンクルス】を【ダッチ妻】呼ばわりとは笑止千万! 我々の技術力を舐めんじゃないわよ! ヒロの脳内を裏路地の片隅に生息するドクダミ草の葉脈に至るまで調べ尽くして得た全ムフフデータを材料に構築した最強で最高な理想の体型、そこに装着されるは私の麗しくも表情豊かで可憐な頭部、たるみもシワもないプルプルで弾力抜群のお肌、各種凸部凹部の感度も反応もサイズ感も圧力も申し分なし! 行為前に妊娠・避妊も選択できる夢のような【強化版ほぼヒメ】なのよ! ついでに戦闘力やら癒やし力やら家事手伝い力やらも【神レベル】になってんだから、そこらのシリコン人形と一緒にしないでよね!』


《……ちなみにアルのは【アルそのもの】で再現されてます♡ ちょっと貧乳気味ですが、お嫌いじゃないはず……♡♡♡ (//∇//) 》


『わーった。わーったよ~。んじゃ、とりあえずドワーフの科学者たちを救出すっか~』


 ヒロは途絶えることの無さそうな神ガールズガトリングエロトークに別れを告げ、ベルリネッタの開発施設から十六人のドワーフをインベントリ誘拐すると、とりあえずヒロシティの【巨大棒】の頂上展望台[直径100m・手すり有り]へと放出した。




 十分後。




 地上1000mの展望台に放り出され、最初は状況が把握できず狼狽えるばかりだった十六人の面々は、次第に好奇心と探究心に突き動かされ、自らの身に起こった現状が【一連の魔王騒ぎ】と通ずるものではないかと推測し始めていた。

 そしてその機を見定めたヒロが姿を現す。


「ど~も~♪ 研究者のみなさん、今日は下層雲も無く風も弱いので最高の見晴らしでしょ?」


 何箇所かに分かれていたドワーフ達はそこそこザワついたのち、テキパキと集合すると、暫くヒソヒソと相談し、一人の男性を先頭にヒロに近付いて来た。


「………………」


 十六人のドワーフが鋭い視線をヒロに向ける。


「突然現れてすいやせん~。みなさんが拷問されて殺されるかも知れなかったので緊急避難的にここへお連れしました~。あ、俺、ヒロと申します~♪」


「…………はじめまして。私はガーゴルゴンという者です。ユーロピア帝国ゲルマイセン領ベルリネッタにあるドワーフラボの主任研究員です。あなたは、ひょっとして、最近“魔王だ”と話題の人物ですかね?」


「お♪ 察しが良いですね~。はい、ある時は最近ユーロピア帝国各地で“魔王、魔王”と噂されている謎の人物! またある時は保護イデアの自立支援活動に精を出すも実際は子離れできない愛娘溺愛活動家! そしてまたある時はラスボス最強スライミーと苦楽を共にしつつも実際はコミュ好きわらび餅との縁側系おしゃべり友達! そしてそしてまたある時は世界最強特殊生命体剣士との守破離を序破急しつつも実際は匂いフェチっ娘の充填ドック! そしてそしてそしてまたある時は月の兎を人外の域にまで鍛え上げつつも実際は舐められっぱなしの下僕師匠! そしてそしてそしてそしてまたある時は二柱の女神に見初められ愛されつつも実際は不可視な尻に敷かれまくる世界のマスオさん! しかしてその実体は! さすらいのフリーランス冒険者、ヒロと言う者ですぅ~」


 ガーゴルゴンは仲間達とコンパクトに輪を作り、ヒソヒソと密談を交わした。


「…………では、……ヒロさん、まずお聞きしたい。ここはどこなんでしょうか?」


「はい~。ここはですね、とある大陸の海岸沿いにある【ヒロシティ】という町の展望台の頂上です~」


「ヒロシティ? そんな町の名など聞いたことがありませんが……」


「はい~。そりゃそーでしょう。だって俺が作った秘密の町ですから♪」


「…………町を、あなたが、……作った、と?」


「はい~。この世界にある数多の町を調べてみたんですが、あんまし住みやすそうなトコがなかったもんですから、自分で作っちゃいました~」


「…………暫しお待ち下さい」


 ガーゴルゴンは再度仲間達とコンパクトに輪を作り、ヒソヒソと密談を交わした。


「…………な、なるほど。では次に、こ、この展望台とやらは、一体全体どーいった工法で、どーいった建材を使って建てられたものなんですか? 見下ろす限りでは相当な高さの建造物のようですが……」


「はい~。直径100mの円柱で、高さは1000mです♪ 素材と工法は…… 今のところ秘密ですが、俺が作りました~(ニコリ)」


 ガーゴルゴンは仲間達と円陣を組み、ヒソヒソと密談を交わした。


「…………そ、そうですか。では私が一番お聞きしたい質問です。ヒロさん、あなたは【転移の技術】を持ってらっしゃいますね?」


「はい~。先程もお見せしたとおり、ズバリ、持ってます! キラーン♪」


「…………暫しお待ちを」


 ガーゴルゴン達は再度輪を作ると、少し長めのヒソヒソタイムを繰り返した。

 そして緊張の面持ちでヒロへと問いかける。


「……ヒロさん、あなたはどこの研究者なのですか? 少なくとも我々の知り得る文明国、アンゼス連邦共和国やユーロピア帝国の関係者ではないとお見受けします。であれば、このテラースには、その両国の技術力や財力を遥かに凌駕する第三の文明国が存在するということになります。もしよろしければ、ぜひ、あなたの出自をお教え願いたい」


「……えっとですね、俺はちょっと複雑な経歴の持ち主でして、特に【国】という統治機構に属している訳ではなく、まぁ、なんつーか、個人です。個人経営の町の代表だと思ってください~」


「…………暫しお待ちを」


 ガーゴルゴン達のヒソヒソタイムが繰り返される。


「…………何度もすいません。はい。では一旦ヒロさんの主張を全て受け入れることにしましょう。で、ですが、ヒロさんはどういった目的で私達をこの場に転移されたのですか?」


「はい~。それはですね、最初にも申し上げましたが、あなた方が明日にも拷問にかけられ、場合によっては処刑される可能性が高かったから、なんですが、それにしてもだからなんで転移させたのかと言えば、あなた方にかけられた嫌疑が、実は全て俺の仕業だったからであり、なんか俺の代わりに無実の皆さんが棘鞭打ちやら針正座石置きやら垂直爪めくりやら乳首ちぎりやら顔皮剥ぎやら眼球潰しやら肛門焼き閉じやら大腿骨折りやら部位欠損やら首鋸やらを食らった挙げ句に公衆の面前で人糞投げつけられて火に炙られるのは忍びないなぁ~なんて思いまして、救出させて頂きました~」


「…………そ、それは、……ありがとうございます」


「いえいえ~。こちらこそすいませんね~。なんか、皆さんがせっかく造った鉄道やら戦艦を消しちゃったりなんかしちゃったりして~」


「あ、あの、消えてしまった我々の列車や船は、今もどこかに転移されて存在しているのでしょうか?」


 ガーゴルゴンは悲痛な表情でヒロに問いかけた。


「あ~、はい。とある秘密の場所に保管してあります♪」


「でしたら! でしたら、是非に、私共を助けてくださるお気持ちがあるのでしたら、あれらを帝国に戻しては頂けないでしょうか?」


「…………ん~~。戻してどーなります?」


「ま、まずは、少なくとも私共の嫌疑を払拭するための材料となります。その上で、ヒロさんをプライセン公にご紹介いたしましょう。あの方は理性的に話の出来る立派な人物です。順を追って御報告すれば、ヒロさんにとっても必ず良い結果になると思いますが……」


「ガーゴルゴンさん、それ、本気で言ってます? 俺がユーロピア帝国の世界侵略とか世界征服に好意的だとでも? 俺がハインツたん推しだとでも?」


「…………それは…………」


「ガーゴルゴンさん、もう諦めてください~。あなた方がアンゼス共和国からスカウトされた時や、ベルリネッタで次々と開発を進めていた時は、そりゃも~彼らも大喜びで聞く耳持ちまくりだったんでしょうけど、今はもう、そんな状況じゃなくなっちゃってるんですよ。仮にあなたの言う通りにして、列車や船を返却したとしても、ユーロピア帝国があなた方に抱いてしまった疑念は二度と晴れないでしょう。それよりも、【国の各地で巻き起こった不都合な大問題の数々】を【あなた達の陰謀】として一気に片付けてしまいたい、というのが現在の奴等の本音です。もし、あなた達を生かして開発を続けることになったとしても、今までのように【あなた達任せの自由な開発環境】は与えられるはずもなく、四六時中監視されながらの軟禁状態で生涯を終えることになるでしょう。これは国家機関とクリスタル教上層部の合意がワンセットで阿吽の呼吸のもと進められている既定路線であり、あなた方がどんなに釈明したとしても信頼が回復することはないと思いますけどね~」


「…………ヒロさん、もしあなたの言っていることが事実なのだとしたら、あなたはなんという恐ろしいことをしてくれたんですか。我々に何の恨みがあってこんな仕打ちをするんですか?」


「いやいや、恐ろしいことをしようとしてたのはユーロピア帝国でしょうに。彼らはあなた方の開発した戦艦や武器を使って、これから世界中の人間や資源や土地を略奪・殺戮・支配・統治・搾取しようとしていたんですよ? ちょっと想像しただけでもそら恐ろしいことでしょうに」


「……それは、……彼らの、……現在の帝国がひとつになるまでの血塗られた歴史を紐解けば自明のことでしょう。しかし少なくとも帝国は、一国支配となり統治が行き届いたことで、絶え間なく繰り返された戦争の螺旋から開放され、過去に類を見ないほどの豊かで安定した国家を手に入れました。そしてその安寧は、いずれ他国とのより大きな戦争により崩れ去るかも知れません。我々は現時点で最も世界統治に相応しい人材とシステムとテクノロジーを擁するユーロピア帝国が覇権を握ることで、最終的には世界平和をもたらすものと信じています」


「……まぁわかります。実際俺もそんな世界統治の成れの果てみたいな世界で暮らしていたこともありましたしね~。ただガーゴルゴンさん、世界平和なんてもんを謳うにしては、あいつらは殺し過ぎるし奪い過ぎるんですよ。みんながみんな、人当たりのいいお人好しなんてことは有り得ないし、そもそも【チカラ】で統治を成した連中が、ある日突然【慈しみ】タイプに切り替わる訳が無いでしょう? あなた方は自分に都合の良い夢を見過ぎですよ。何百万、何千万という死体や奴隷の上に成し得る世界平和なんて要らなくないっすか?」


「しかし! それではいずれ、さらなる大きな戦火を招き入れてしまうことになる! 人はすべからく奪い合うものなのだ!」


「確かにそうだと思います。でもガーゴルゴンさん、俺が帝国の戦艦を全て消してしまったわけですから、少なくとも当面はアウリカやインダーラやルーシャ、そしてあなた方の故郷であるアンゼス共和国でも巻き起こる筈だった殺戮や略奪は回避できたでしょ? 少なくともこれで、そのままにしておくよりは世界は平和になりました♪」


「いやだから! それでは他国からの侵略に遅れをとると言っているんだ! 戦力が均衡すればするだけ死体は増える! 帝国の戦力が群を抜いている今だからこそ、最終的な平和への犠牲も少なくて済むんじゃないか!」


「大丈夫ですよガーゴルゴンさん。俺、ユーロピア帝国にだけ意地悪する訳じゃないですから~」


「……な!? なんですと?」


「俺は別に世界を統一することでみんなが幸せになるなんて思ってませんから。みんな、っつーか、ひとりひとりが勝手に幸せになればいいと思ってるんです。だからユーロピア帝国に限らず、今後いかなる国家であろうと、いかなる集団であろうと、めっちゃヤベえ【チカラ】が動きだした時は、それを消していくつもりです。あ、“めっちゃヤベえ”の具体的な定義とかは割愛しますけどね~」


「し、しかし、たとえそんな事が出来るのだとしてもだ、人類の探究心、進化、叡智をことごとく否定する事になるんだぞ!? それでは【人間】という【種】そのものが退化してしまう!」


「ん~。まぁ進化とか退化とか言っても人によりけりでしょうが、俺的には、テクノロジーが進んで、オートメーション化が進んで、個人の価値が下がって、世界統治下の規律規範めいたものがバラ撒かれて、皆が同じ情報源を頼って、同じ信仰に従い、同じような食品を食べ、同じように生きて死ぬのが【進化】だとも【平和】だとも思えないんですよね~。あ、あくまでもこれは世界人口の99.9%以上を占める【統治される側の庶民層】の話ですけどね~。少なくとも世界統治の果てってそんなモンだと思いますよ。コピペっす。コピペ。コピペ人間の大量生産っすよ~」


「……よ、よく分からんことを言う。ではもし、世界統治への道が絶たれたとしよう。すると文明の格差は国や地域によって更に大きくなるだろう。世界統治は貧しい地域の技術進化や豊かさにも結びつくものと言えるのではないのか!?」


「いやまぁ、それも一理あるんですがね、そこはお任せください♪ 俺がなんとかしますから~」


「…………お、“俺が”と言いましたか?」


「はい~。俺、転移だけじゃなく、いろいろ出来る男なんですよ~」


 ガーゴルゴン達のヒソヒソタイムが再臨する。


「…………お待たせした。……た、例えばだ、あなたは貧しい国、貧しい地域、貧しい階級の人々の、飢えきった腹を満たせるというのか?」


「はい~。できます」


「では魔物に怯えて暮らす人々に安全を授けることができるのか?」


「できますね~」


「家をも持たぬ人々に住処を与えることはできるか?」


「できます」


「疫病に苦しむ人々を救うことは?」


「できます」


「“救う”というのは“安らかに殺す”という意味ではないぞ?」


「はい、健康に戻せます」


「……………………」


「あ、あと、世界中の大都市でまん延している糞尿臭を含む汚物問題をほぼ無くすこともできますし、清潔な衣類や寝具を提供することもできます。腹を壊さない綺麗な飲水も提供できますし、なんなら多少の娯楽も提供できるでしょう。そして、その全てのサービスは無償で提供する前提であり、その結果、【納税】や【貨幣】という概念自体が消失するかと思いますよ」


「……………………」


「あとガーゴルゴンさん、あなた方が近年開発に成功した回転式拳銃の弾丸はもちろん、戦艦搭載の魔晶カノン砲でも弾き返すことができます♪ あ、もちろん苦もなく♪」


 ガーゴルゴンは背筋に冷たいものが走るのを自覚しながら、内から湧き上がる畏怖の念に抗おうとその内側を言葉にする。


「…………ヒロさん、もし、それらの話が実際に可能なのだとすれば、あなたは……」


「はい?」


「………………あなたは、…………神……か、…………魔王だ」


 ヒロは一拍置いてからニコリと微笑んだ。


「はい~、どうやら魔王側で定義されてるっぽいです~♪」





 その後、さらに数え切れないほどの質問を受け続けたヒロは、ガーゴルゴン達が言葉を撃ち尽くし沈黙するまで、そのひとつひとつにテキトーかつ丁寧に答えていった。

 そして“まぁ、話だけでは良く分かんないでしょうから”というヒロの言葉をきっかけに、ヒロシティの体験視察が提案される。

 御一行は、インベントリ収納&排出により1000m下の地表へと瞬間転移され、住民が集う【中央広場】から歩き始め、子供達を中心に大勢の住民がはしゃぎ遊ぶ【大プール★パシャリエル】の横を通り、世界中の料理が揃った【大食堂★ウルウル亭】で試食を繰り返し、格闘技大会開催中の【大会議場★ヒロビロ】を見物すると、【大浴場★ハナの湯[男湯]】【大浴場★ハナの湯別館★杏杏庵[女湯]】に分かれ溜まっていたストレスを癒やし、各建造物や住宅のクオリティに目を見開くと、特に各所にデフォルトで設置されている【魔法便器[亜空間転送型腰掛式便器★ダシテキエールRZ2座EX]】に驚愕し、遠くにそびえ建つ厚さ100m高さ500mのヒロニウム製【新黒壁】を呆然と眺めながら体験視察を終えるのだった。


「ガーゴルゴンさん、俺達の技術力、ご理解いただけましたか?」


「……………………」


「ガーゴルゴンさん?」


「…………はい。……嫌というほどに」


「でしたら御提案があるんですが、ここで暮らしてみてはいかがですか?」


「…………それはとても興味深いお話です。……しかしヒロさん、こんな、水も食料も資材も、無制限に住民に振る舞っている状態を続けていけば、いずれ近い将来、この町はあらゆる資源が枯渇してしまうんじゃないですか?」


「あぁ、それは問題ありません。俺が無限に保有してますから♪」


「…………な!? …………つ、つまり、この町で消費されている資源の全ては、ヒロさんの個人所有によるものだと?」


「はい~。そ~です」


「し、しかし、それにしたっていずれは枯渇するものでしょう! その時になったら、やはりあなただって他所から奪わざるを得なくなるんじゃないですか!?」


「いえいえ~。俺は錬金術師でもありますから、資源はいくらでも生み出せるんですよ~」


「…………れ、錬金術…… ですと?」


「はい~。生命体もしくはごく一部の特殊物質以外は大概大量に自己生産できるんですよ。すごいっしょ?」


「…………あ、あなたは、その代償に、何を失っているんですか?」


「あ、MP…… っつっても伝わらないっすね~。まぁ、魔力です。俺の魔力を原料に、このヒロシティは回ってるんですよ~」


「ま、魔力? あの、魔力技能者が使用する内なるエネルギーのことですか?」


「はい~。その魔力がですね、俺はめっちゃ多いんですよ。あと回復速度もすんごいんです♪」


「…………では、そのお話が事実だと仮定した場合、ヒロさんが死んでしまったら、この町は即座に立ち行かなくなるということではありませんか?」


「それも大丈夫です♪ だって俺、どちゃくそ強いですし、あと鬼ごっさ長寿……のはずですから♪」


「…………なんという無茶苦茶な。荒唐無稽な。不合理極まりないお話なんですか……」


「そこは“ファンタスティック”と言ってください♪」


「……ちなみにヒロさん、あなたの寿命はどれほどなのですか?」


「ん~~、極秘事項ではあるんですが、少なくともガーゴルゴンさん達の雲孫たちが寿命を全うし終える頃でも、まだ生きてると思いますよ~。ピンピンして♪」


「…………そうですか。では最後に、あなたの強さを確認させて欲しい。あなたは我々の回転式拳銃の弾丸を弾き返すことができると豪語されていましたよね?」


「はい~。容易いですね~」


「では、それが外連でないと証明できますか? 我々は現在、2丁の銃を所持しています。この中の2名が突然あなたに向けて発砲しても、あなたはそれらを弾き返せますか?」


「いやいやガーゴルゴンさん、銃は5丁でしょう。持ってる人も把握済みです。あなたを含めてね(ニコリ)」


 ガーゴルゴンはゴクリと喉を鳴らした。


「…………ヒロさん、だんだんあなたの言っていることが全て真実なんじゃないかと思えてきましたよ。……で、どうですか? 5発の弾丸を防ぐことができるんですか?」


「できますできます。正確には六連式5丁なので30発ですね? まぁ試したことは無いですけどね~」


「……で、では、撃っても構いませんか?」


「はい~。いつでも、お好きなタイミングでど~ぞ♪」


「……冗談や脅しで言ってるんじゃないんですよ?」


「はい、こっちも冗談やハッタリではありませんから、お気になさらずどーぞどーぞ♪」


 ヒロは爽やかに微笑んだ。

 すると次の瞬間、ガーゴルゴンが短く号令のような叫び声を上げると、彼を含めた五人の手に握られた銃が一斉にヒロへと向けられる。


 間髪入れずに鳴り響く銃声。


 それは軍の精鋭部隊とも思えるほど一糸乱れぬ統率された素早い動きだった。

 弾丸はそれぞれの銃口から連射され、銃声は六連式のシリンダーが全て空になるまで続いた。



 ヒロシティ中央広場に残響と火薬のにおいが漂い、ゆっくりと消える。



 静寂が訪れた時、そこには三十の弾丸を手のひらでジャラジャラと遊び持つヒロの姿があった。



「な!? ……う、受け止めたのですか?」


 驚愕の表情で目を見開くガーゴルゴン達。


「まぁ、そんなところです♪ ね、苦もなく無効化できたでしょ?」


 ガーゴルゴン達は改めてひと塊となり、何言かを交わし合った。


「…………ヒロさん、我々は今を持って、このヒロシティのお世話になることを決心しました。今後、我々の持つ知識、経験の全てをあなたに捧げる所存です。今までの数々の御無礼をお許しください。そして、今後とも、何卒宜しくお願い致します」


 ガーゴルゴンを筆頭に、チーム全員が片膝をついた。


「いやいや、そんなに改まってかしこまらないでくださいよ~。俺は最初に言ったとおり、あなた方を救出しただけですから~。あ、もちろんこのヒロシティで末永く生活していただいても全然問題ないですけど、別に俺の下で働く的なことではないですから、テキトーに楽しく暮らしてくださいね♪」


「い、いやいや、それでは我々はタダ飯ぐらいの穀潰しではないですか。そこまで世話になるつもりはありません! ぜひ、我々に仕事を与えてください! お役に立ってみせます!」


「いやいやいや、ガーゴルゴンさん、この町の住人は全員タダ飯ぐらいなんですよ~。あとタダ湯浸かりでもありますし、タダ住居住まいでもありますし、タダプール泳ぎで、タダ水飲みで、タダ便器使いで、言わば【タダ人生おくり】の自由人なんです~。みなさんも気にせず、タダ遊びライフを満喫してくださいよ。本当に、特にやってもらうことは無いですから」


「……いや、それでは、この町の秩序が崩壊してしまうのではありませんか?」


「あぁ、秩序っつーかですね、みんな勝手にやってい~んですが、当然、みんなが勝手をやりだすと迷惑する誰かも出てくると思いますんで、それらの【集団生活で起こる人と人とのトラブル】に関しては、【ある程度までは無視するけど逸脱した問題が起きそうになったら出てくる仲介者】みたいな存在がおりましてですね、ヒロシティの全住民ひとりひとりに一体ずつ、その自警団員っつーか便利屋さんっつーかが、守り神兼コンシェルジュ兼監視役としてバディってるんですよ~。もうあなた達にも憑依してますので各自挨拶でもしてください~♪」


 するとガーゴルゴンの肩にこぶし大のわらび餅が姿を現す。


「ピキュ! ウルはみなさんの生活と人生を見守る特殊スライミーなのでピキュ~♪ 何か困ったことやリクエストがあったらいつでも相談するピキュ♪」


「うわっ! こ、これは、…………スライミー!? 人間の言葉を話せるのか!?」


「ピキュ~♪ ウルはギリギリ魔物カテゴリーに属してるピキュが、知能は人間なんて目じゃないレベルなのでご安心ピキュ! これから夜露死苦なのでピキュ~♪」


「………………私たちは………… 長い夢でも見ているのか…………」


「ピキュピキュ~♪ 夢は見るものじゃなく疑うものピキュ! ガーゴルゴンさん、早く大人の階段の住人になるピキュ~♪」


「……………………」


 それからドワーフチームの面々は、ウルを相手に様々な質疑応答を繰り返し、いい加減面倒臭くなってきたヒロは後の事をウルたちに任せ、一旦ハナランドへと場所を移すのだった。





 ハナランド中央。

 愛用の【一人掛けソファ】に体を沈め、お気に入りの魔タバコ[魔ショットホープ]を燻らせながらヒロは一段落していた。


『あーーー疲れたぜ~~。なんつーかさ、研究者って頭いいから話がややこしくなるよな~。めんどくせ~わ~。ゴズさん達のシンプルさが恋しいよ~』


『ピキュ! そーは言ってもガーゴルゴンさんたち、早くもヒロシティの常識に順応し始めているのでピキュ♪ メンバーから口々に“まずは研究所をつくりたいからヒロさんの許可を”的な申請が出ているのでピキュ~』


『ん~~。やっぱあの人達、なんもしなくていいっつってんのに、研究がしたいんだなぁ~。感心するぜ~』


『ピキュ! 彼らにとって研究とは、仕事や労働というカテゴリーではないのでピキュ。ラビ子さんにとっての修行みたいなものなのでピキュ~』


 するとそこにラビ子が現れる。


『あたしが何だって~? つーかプー、ハナランドに来るんなら言ってくれよ~。探しちまったじゃねーか~』


『おぉ、そ~言えば忘れてたぜ。ラビ子、おまえヒロシティのあちこちで見かけたけどさ、何してたんだ?』


『……ん~~。最初は遠巻きにプーの護衛でもすっかな~ってノリでちょっと離れて同行してたんだけどさ、途中集会所でやってた格闘技大会に無理矢理参加させられちまったんだよ。で、ついさっきまで相手してた♪』


『格闘技大会ねぇ~。そーいややってたな~。で、どうだったんだ?』


『もちろん優勝だっつーの。あんな雑魚連中相手にあたしが負けるわけねーだろ~。ま~最後の方はちょっと苦戦する相手も居たけどよ、やべぇって思ってからは全力の本気モードで勝利してやったぜ! なっはっは~♪』


『おおぉ、おまえが苦戦するってそーとーに強いんじゃねーか? どんな奴だった?』


『ん~とな、準決勝であたった【宙】って奴と、決勝であたった【天】って奴だ。飛び抜けて強かったぞ~。なんかあいつら友達同士みてーでよ、あたしが優勝決めた後、ふたりしてあーだこーだと言い寄って来やがった♪』


『言い寄ってきた?』


『うん。“強さの秘訣を教えろ”だとか、“弟子にしろ”だとかな。鬱陶しかったからさ、オヤジの道場紹介してやったぜ。“あたしも時々顔出すよ”って言ったらさ、あいつら喜んで入門するってよ♪ オヤジ、あいつらより全然弱ぇからさ、苦労するんじゃね~かな~♪』


『そ、そうか。オヤジさんも大変だろうけど、強い門下生が増えて良かったじゃねーか。ラビ子もちょいちょい顔出すんだろ? こりゃ【ラビ式波動術宗家】も安泰だな♪』


『おっとそうだ。プー、一応報告しておくけどよ、オヤジの意向でさ、あたし、ラビ式波動術三十八代目宗家当主になったんだよ。なんか“二十歳になってないけど強いから問題ない”んだってさ。だからオヤジは【師範代】って感じかな~。もしくは【管理人】だな♪』


『おぉ、そりゃ良かったな~♪ これでオヤジさんも肩の荷が下りたんじゃねーか?』


『まぁな。オヤジのやつ、“これで私も悠々自適だ。これからは【タバコ傘】だけじゃなく【5イエン硬貨の金閣寺や五重塔】にも手を出してみる♪”なんつってほくそ笑んでやがったぜ~。これもプーのおかげだよ♪ あ、でもよ、三十八代目当主になっても、あたしの芯の部分は【プー式魔法術宗家】の門下生であり一番弟子だぞ! 【愛弟子】のポジションは誰にも譲る気ねーからな! 見捨てるんじゃねーぞ!?』


『わーったよ~。別にそんな予定はねーから気にすんな~』


『ピキュ~。【愛弟子】はウルの専売特許だったような気がするのでピキュ~。ヒロさんはラビ子さんばかり可愛がりすぎなのでピキュ~』


『ウルさんはもう、【弟子】っつーより【友】って感じじゃね? 実力差もほとんど無いだろうしさ~』


『ピ、ピキュ! だったらウルはラビ子さんに【愛弟子】の称号を正式に譲渡するのでピキュ! これからは【愛友】なのでピキュ~♪』


『ヒロ、私は【愛妻】だからね!』


《アルも【愛妻】ですですぅ~♪》


『ひーたんも【愛妻】なのれす!』


『ヒロリエルは【愛娘】な。つーか全員【仲良し】とかでい~だろ~。いつも言ってることだけど、ヒロシティの住民も含めて俺達は【既存の国家や信仰の制度・習慣】に何ら縛られてない存在なんだからさ、敢えて古めかしい枠に収まる必要ないんだってば。そもそも衣食住、安全、治療、移動、武力、そんなどれもこれもが無償提供されて税が無いんだぞ? つまり【夫婦】【親子】【兄弟】【親戚】【恋人】【ご近所】なんかの繋がりは、有っても無くても個人にとっては大した問題じゃないんだよ。繋がりたいやつは繋がって、別れたいやつは別れりゃい~の。公共サービスが行き届かないコミュニティでなら【生きていくため】に色んな繋がりに帰属して頼って寄り添い合う事も必要だけどさ、ヒロシティでは一人っきりでも問題なく生きていけるんだし。あとは【精神的な満足感】の問題くらいだろ?』


『だからその【精神的な満足感】の話をしてるんでしょーが! このバカチンが!』


『そーなのです! 血縁関係の無いひーたんはチチサマと夫婦の契りを交わしても何ら問題ないのです! インブリードの弊害も心配御無用なのです!』


《ヒロリエルさん、あの、“チチサマと夫婦の契り”という表現には、腐女神属性持ちのアルでも些かゴクリと来るモノが……》


『ひーたんは特注ワンオフな変幻自在の特殊フレーム生命体なのです! これまでチチサマに娘として溺愛して貰うためだけに【かわいい少女型】を貫いてきただけで、その気になればピコ秒で【絶世の美女型】にも変形できるのです! チチサマ! 固定観念の呪縛から今こそ解き放たれるのれすっ!』


『いやいやヒロリエル、俺は絶世の美女も嫌いじゃないが、やっぱヒロリエルは娘として可愛がりたいぞ。実際可愛いしな~♡』


『はふぅ~ん♡ ならひーたんは絶世の美女やめるのれすぅ~♪ 少女型初期形態を大事にするのれすぅ~♡』


『よし、よいこだ。あともう面倒だから、みんな好き勝手に関係性をメタファって楽しめばいいよ。俺はもう何も言わんし知らね~』


『私は最初から【妻】単騎待ちでプンリーかけてんだから、何があってもブレないもんね!』


《アルも【妻】に入札中ですが、ポートフォリオとしての【側室】にもベット中ですぅ~♡ あと暗器として【内縁の秘書】も熟考中ですですぅ~♡》


『ひーたんは【愛娘】なのれす~♪ 限りなく【恋人】寄りの【愛娘】なのれす~♡』


『ピキュ! ウルは最近【相棒】がいいのではないかと思案中なのでピキュ~♪ ヒロさんと二人で特命につぐ特命をベルトコンベア工場のようにこなして行くのでピキュ~♪』


『はいよー。そろそろ終わんぞー。あぁ、そー言えばガーゴルゴン軍団が研究所ほしいって言ってるんだっけ~。ちょっと戻るか~』


 ヒロはハナランドからヒロシティへと舞い戻り、ガーゴルゴンからリクエストをひと通り聞くと、空き区画に研究所を中心としたドワーフラボエリアを造り上げた。

 ラボエリアには研究所の隣に巨大倉庫も建設し、彼らの要望に答え、多種に渡る木材・石材・金属・魔晶・魔物素材などを提供した。

 挙げ句には“ベルリネッタの施設にある設備や道具があれば……”という言葉を受け、すぐにインベントリを使ってそれら全てを万引きする。

 たった数分で希望以上の環境が整ってしまったガーゴルゴン達は大いに喜び、喜々として会議を始めるのだったが、そこへヒロが口を挟む。


「あの~みなさん、お好きな研究に精を出すのは結構なんですが、ヒロシティ的にはですね、鉄道やら船は要りませんからね。各住民にウルさんがバディってることで個々のウルさんワープが可能ですし、変形したウルさんに搭乗して空をとぶこともできますから【交通】という概念自体が重要ではなくなってまして、乗り物類は何も要りません。あと【通信】についても同様です。それと、銃器や兵器の類も必要ないですね~。これもウルさんが上位互換となるため無意味です。あとぉ、食材を冷やしておけるような道具もウルさんが居れば必要ないしぃ、建物内の温度や湿度調節もウルさんが体内亜空間ポケットを介して適度に循環できますしぃ、水も大丈夫だしぃ、衣類や布類や食器類の洗浄も亜空間ポケットへの出し入れ一発で出来ちゃいますしぃ、風呂もトイレも無問題。下水全般とゴミ処理問題に関しても、最近俺の方で開発した【亜空間転送型下水&廃棄物処理システム★ナゼカキエールRZ箱EX】ってのが全世帯で大活躍してますしぃ、……うぅ~ん。そー考えると、今現在ヒロシティにおいて必要に迫られてるモノって無いんですよね~。困ったな。何を研究してもらいましょうかね……」


「…………なんということだ。この町では【不足しているもの】を思いつくことさえ難しいというのか……」


 ガーゴルゴンがじんわりと落胆する。


「あっ! そうだ! ガーゴルゴンさん、照明関係の開発をお願いしてもいいですかね?」


「照明?」


「はい、明かりです。この町の要所要所にまずは街灯を。そして住居を含む各建築物に室内照明器具を。魔晶をエネルギー源として、街灯は暗くなると自動で点灯するようにして、室内照明はスイッチでオンオフ出来るようなもので研究開発してみてもらえませんか?」


「……はい! やってみましょう♪ 過去の試案もありますし、我々にとっては比較的得意分野です。近日中に良い結果をご報告できると思いますよ♪」


「ありがとうございます♪ ではまた何か思いついたらお願いしますね~」


 ヒロは笑顔のガーゴルゴン達に一礼すると、再度ハナランドへと移動した。




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