到着




 ミズアス修行から戻ったラビ子から【あたしの武者修行列伝・ミズアス編】を延々と聞かされたヒロは、満足気にはしゃぐ弟子をなだめつつ、朝食を準備し、出発のための片付けや身支度を整えていた。

 そして、頃合いを見て、ラビ子がアイリスに声をかける。


「アイリスっち~、朝だぞ~。起きれるか~?」


 やさしくアイリスの肩を揺らすラビ子。


「ん…… ぅう~~ん。ダニエルぅ~~。だめよ朝から~♡ そんなとこ触って~もぉ~~、いたずら坊やなんだからぁ~~♡」


「…………なぁプー、アイリスっち、なんか苦しそうだぞ? 悶えてやがる……」


「…………うん。……弱ったな」


「おい、アイリスっちぃ~、苦しいのか? どっか痛むのか?」


 ラビ子は触るのをやめて耳元にやさしく声をかけた。


「あん♡ 耳は弱いって言ったでしょ~~? 耳たぶ甘噛みは禁止なんだぞぉ~~♡ ダニーってばあふぅぅ~~~ん♡」


「………………」

「………………」


 困り果てたラビ子がヒロに視線を送ったその時、夢の国のアイリスは現実に帰還した。


「………………ぬはっ!!!」


 彼女は青ざめた表情で上半身を跳ね上げ、目前で固まるラビ子と竈門の先から注がれるヒロの視線を確認すると、おもむろに目を閉じた。


「………………」

「………………」

「………………」


 沈黙の時間が暫く続く。


「…………あ、ラビ子さん、ヒロさん、おはようございます~♪ ん~~、素敵な朝ですね♪」


 アイリスは伸びをすると爽やかに微笑んだ。


「お♪ アイリスっち、大丈夫っぽいな♪ なんかうなされてたから心配したぜ~」


「……アイリスさん、おはようございます。素敵な朝ですね♪」


「あ! もう出発の準備が済んでしまってるんですね? 私ったら…… 何の手伝いもせずにいつまでも寝ていたなんて……」


「あ~~、気にしないでください~。俺達の日常ですから♪ それより足の怪我とか全身の筋肉痛はいかがですか?」


「…………あら? そ、……そんな。これって……」


 アイリスは足の患部に指先を何度か押し当てると、確認するように全身を動かした。


「し、信じられません! 足の怪我も、全身の痛みも、ぜんぶ治ってます~♪ たったひと晩で、こんなことになるなんて…… ヒロさん、あの軟膏は本当にすごいアイテムだったんですね! あ、ありがとうございます!」


「いえいえ~。回復されたんでしたら何よりです~。さぁ、スープが出来てますから、三人で朝食といきましょう♪」


「は、はい! ちょ、ちょっとだけお待ち下さいっ」


 慌てて髪を束ね、寝間着の乱れを整え、小さな布で顔を何度か擦ると、いそいそと竈門前の席に着くアイリス。


「お待たせしました。うわ~~、おいしそうないい匂いですね~♪」


「今朝のメニューは【ビッグラビットと野草のスープ】です。米も持って来てますので、具が無くなったら後で入れましょう♪」


「あらまぁ、リゾットまでいただけるんですね。なんて贅沢なんでしょう♪」


「プー! あたしはもう限界だ~。早く食おうぜ! いっただっきま~~~す♪」


「待て待て……あっ! もう食い始めやがった! ったくオマエは~。……あ、アイリスさんもどうぞどうぞ♪ ラビ子の後になってすいませんね~」


「いえいえ~♪ そんなこと全く気にしませんからお気遣いなく~」


「おいプー! このスープはさいっっこーだぜ! あっさりとこってりとまったりが、じっくりしっとりほっこり染みて来やがる! さてはオマエ…… 幸せになる薬物とか入れただろ!?」


「微妙な言い方すんじゃねーよ。入れてねぇっつーのそんなもん。出汁が効いてるだけだよ、出汁が」


「だしぃ~? 何だよソレ。味噌とか醤油とかとは違うのか?」


「ヒロさん、私も気になります! この、淡く染み渡るような美味しさってどんな調味料を使ってらっしゃるんですか?」


「あ~はい、出汁っていうのはですね、…………あっ ……っと~~」


 説明しよう! ヒロのスープには【前世の記憶を頼りになんとなく作ったら出来てしまった乾燥昆布や鰹節的なもの】が贅沢に使用されているのだが、魔物が跋扈しているここテラースでは海の幸などほぼ入手不可能で全く流通しておらず、そんな超激レア食材を野宿旅の朝食に使用することなど有り得ない話なだけに、アイリスの前ではその【旨味の正体】を気軽に話せないという苦しい事情があるのだ!


「ちょ、ちょっとした昔にですね、そう! あれは俺がまだ一人で売り出そうと躍起になってた青二才だった頃、カリヲスートラの森っていう、それはそれは鬱蒼とした魔境の探索に意気揚々と乗り出したことがありましてね。そこにはハックシャークとかジョードーとかグースターフなんていう恐ろしい魔物がウジャウジャ湧いてまして、もうほぼ死にかけたんですが、どーにかこーにか命からがら逃げ切って木陰で休むことが出来たんですよ~。そしたら死にかけの俺に近寄ってくる小さい魔物が居ましてね、それがクラリスライミーっていう超希少種の奴でして、そのスライミーが瀕死の俺に“あの…… お出汁……”とか言ってコップに注がれた液体を差し出してくれたんですが、その液体の旨いのなんのっても~、疲れた心と体に染み渡るようでした~。それが俺と【出汁】との最初で最後の出会いでしてね、その後怪我から回復した俺はクラリスライミーと別れることになるんですが、あまりにも旨かったもんで、別れ際、奴が粉末状にして大事に保存してた出汁を盗んできたんですよ。で、これはその残りです。後から聞いた話では、この粉末出汁はクラリスライミーにとって【とんでもないもの】だったらしく、トッツアーン・ゼ・ニガータという自警団の団長が感心してましたよ~。ま、もう二度とてに入れることも無いとは思いますがね~。懐かしいなぁ~、あの頃~」


「そ、そうでしたか。ヒロさんの冒険譚は聞く度に驚かされるものばかりですね。あらためてヒロさん、昨日の干し肉と言い、スパイスと言い、この出汁と言い、希少な食材を次々とご提供いただき、本当にありがとうございます♪」


「い、いえいえ~。気にしないでください~。こっちとしても在庫処分的な意味もあるので遠慮なんかしないでグビグビ飲んじゃってください~」


「プー、遠慮なんかするわけねーだろ! うまいもんは腹いっぱい食う! それが料理人への礼儀だぜ♪」


「オマエに言ってんじゃねーよ。ささ、アイリスさん、おかわりどうですか?」


「あ、はい。では遠慮なくいただきますね♪」


 アイリスは歓びを抑えきれない表情で、二杯目のスープに口をつけるのだった。


 その後、雑炊を堪能した三人は、身支度を整えた後、ラビ子の元気な掛け声とともに野営地を出発した。

 初日同様ヒロがスコープを張り巡らせていたため、イレギュラーなトラブルなど発生する筈もなく、旅は雑談中心のほんわかムードで進行した。

 アイリスの身体的ダメージは日を追う毎に軽減されていき、3日目には筋肉痛も起こらなくなり、5日目には傷軟膏を施す必要がほぼ無くなるほどに頼もしくなっていた。

 道中、ヒロは、定期的にウルを介してゴズとガンズシティ到着予定日等の連絡を取り合い、ヒロシティにて住民達から溺愛されまくっているハナの様子に目尻を下げに下げ鼻の下を伸ばしに伸ばし、宙と天のぶらり散策の日々を観察し、テラース商会各支部から送られてくる新しい住民の新居を建造し、ヒロリエルによる近接物理戦闘修行に精を出し、ヒロアル開発プロジェクトやレベル上げや資源採取に勤しんだりと、いくつもの作業をサクサクとこなし、ラビ子は、アイリスが寝静まると同時にウルワープで武者修行へと出掛け、日の出前に帰還する毎日を謳歌していた。


 そんな中、ユーロピア帝国ゲルマイセン領の森の中を三頭の馬が疾走していた。

 三頭は目視できるギリギリの間隔を開けながら、馬上には其々目つきの鋭い男達が跨がり、彼らは一様に大きく獅子の紋章が縫い込まれた黒装束を纏っていた。男達はゲンズ、ギュンタ、ゲオルグと言い、ローグサッド家に育てられた生え抜きの諜報員だった。幼い頃から馬術、武術、社交術、読唇術、料理術、園丁術、執事術、郵便術、医術、薬術、など、諜報・暗殺の英才教育を叩き込まれ、数々の実績を残してきたエリートである彼らの使命は【ローグサッド伯爵から預かった書簡をゲルマイセン領大公ハインツ・プライセンの元に届けること】だった。彼らはその使命を果たすべく、マンバタン島からユーロピア帝国ゲルマイセン領ハンボルグまでを武装客船で渡り、ハンボルグからは馬に乗り、凄まじい速度を維持しながら領都ベルリネッタを目指し鞭を振っている。

 ローグサッド伯爵から命ぜられたこの軽易とも思える任務は、なぜか【機密S火急S】という最重要ランクであり、三人はそのギャップに僅かな緊張を覚えながらも、築き上げた長年の経験と誇りを糧に淡々と馬を走らせる。

 そして、ベルリネッタまであと半日ほどという地点を通過し、三人は任務達成の手応えを予期し始めていた。


(インベントリ)


 次の瞬間、三人の精鋭諜報員と三頭の馬は、ベルリネッタまであと百キロほどの森の街道から忽然と姿を消した。


『よし。周りに人も居ないし、誰にも見られてないな♪』


『ヒロさん、こいつらもゴッドマン達同様、島流しピキュか? それとも全裸で恥辱の丘ピキュか?』


『う~ん。こいつらを恥辱の丘に転送させるとウィンの町で情報源になっちゃうかもだからマズいよな~。ウルさん、俺、たま~に生存確認くらいでしか【ゴッドマン御一行】の様子、見てないんだけどさ、あいつら実際のところどんな感じ? イスタ島現地特派員的視点でざっくり教えてもらっていい?』


『ピキュ~♪ ゴッドマン達は決して仲良しではないピキュが、今のところ役割分担などをしながらどうにか自給自足の生活を続けているのでピキュ~』


『揉め事とか喧嘩とかしてない?』


『セバスがニ度ほどゴッドマンを殺そうとしたピキュが、その度に【ひーたん直伝魔法探知技能】のおかげでフレームロック前に気付いたピキュから、セバスの側頭部に毎度軽めのウルパンチをお見舞いしてやったピキュ。そしたら、それからは大人しくなったピキュ~。ご主人さまの暗殺を企てるとは筆頭執事の風上にも置けない反逆野郎なのでピキュ~』


『まじか~。てか、なんでセバスはゴッドマンを殺そうとしたんだろ……』


『ピキュ! それはゴッドマンが全然働かなかったからピキュ♪ みんなに命令してばかりで、自分は横穴洞窟から動かなかったピキュ~』


『なるほどね。で、その状況は今も変わってないの?』


『何日か経ったら変わったピキュ! ただ、みんながみんな疑ったり警戒したりで、とても仲良しとは言えない状況ピキュ~』


『……ん~~。よし、今回の伝書諜報員たちはイスタ島へ送ろう♪ ゴッドマンたちも運命共同体が増員した方が何かと便利だろ~しね。ウルさん、もしイスタ島で不穏な動きがあったら阻止してね♪ 特に殺人とか過度の暴行とかはNGで』


『問題ないピキュ~♪ ちなみにヒロさん、今のところは大丈夫っぽいピキュが、もし餓死しそうになったらどーするピキュ?』


『もちろん助けてあげて♪ ただ、食料をいきなり出現させるとかじゃなく、弱くて食える魔物をバレないように放つとか、年中実をつける植物をバレないように移植するとか、そんな感じで頼める?』


『バッチリおまかせピキュ~! あくまでもサバイバルな生活感を大事にするのでピキュ~♪』


『よしっ決まりだ! じゃあウルさんよろしくね~♪ (インベントリ)』


 こうして、ゴッドマン、セバス、ジャガール、ベンジ、トレモロの5人がイスタ島を舞台に繰り広げている無人島生活に、ゲンズ、ギュンタ、ゲオルグの3人が加わった。

 しかし彼らは、自分たちの一挙手一投足をリアルタイムで監視し続けている透明スライミーがすぐそばに常駐していることなど、知る由もなかったのだった。





 ヒロたち3人がセンタルスを出発して十日目の朝が訪れた。


「よっしゃーー! 今日も張り切って出発だぜ~~♪」


「ふふふ。ラビ子さん、毎日元気いっぱいですね♪」


「あったりめーだぜアイリスっち! 元気は自分の能力を最大限に引き出す燃料だからな♪ 元気があれば何かはできるんだ!」


「そりゃ何かはできるだろ~。物は言いようだな~ラビ子~」


「プー! おまえ【がんばれば元気】読んだこと無ぇーのか!? あれはあたしのバイブルなんだぞ!」


「その【元気】は固有名詞だろ~が。つーか【がんばれば元気】の話は金輪際やめてくれ。三島さんとの最後のスパーリング、思い出しただけで涙が止まらなくなる……」


「おおぉ、さすがプー! 心の師……いやプ島さん! あたしはぜってー世界チャンピオンになってみせるぜ! 覚悟しやがれ補正メンドーサ!」


「おいこら、ティアドロップ橋の話に乗り移るな。正直オマエの悪ふざけで大決壊寸前だった涙腺がピタリと閉じて助かりはしたがな、残念ながら俺という強者が居る限りオマエが世界チャンピオンになることは無ぇ。あと、そもそもこの世界にボクシングなんてもんは無ぇ」


「マ、マジかよ!? くっそーーー! 最後の決戦でプーを恐怖させて総白髪にしてやろうと思ってたのに!」


「だったらオマエは全身真っ白だがな。つーか【がんばれば元気】の話だったろーが! ざけんな! 三島さんに謝れ!」


「…………あ、あのぉ、その【がんばれば元気】というのは…… 寓話かなにかのお話なんですか?」


「あぁ、アイリスさん、それはですね、…………っと~。えっとぉ~~、……そうだ! あれはたしか【アウリカ王国】でラビ子の又従兄弟のはとこを訪ねて道に迷ってた時でした。たまたま立ち寄った【霧に包まれた名も知らぬ町】で“ククク”と笑う館長が運営する移動馬車図書館を利用したことがあったんですが、その蔵書の中に【がんばれば元気】っていう古代書物があったんですよ~。それはそれは涙無くして語れない感動物語でした~。ラビ子はその物語に感化されて、今でも主人公に成り切って“武術のチャンピオンになりたい!”なんて世迷い言をたまに言い出すんですよ~。あと、その町のどす黒い霧に意識の一部を持ってかれたことにより少々記憶が混濁してるフシも有りましてね~。困った奴です~はい~」


「プー、【がんばれば元気】はマンガじゃねーか。ルナスタウンじゃベストセラーだったん」


「ラビ子! オマエ、旅慣れてきて気が緩んでんじゃねーか!? 確かにあの【アウリカ王国の辺境にあった霧に包まれた名も知らぬ町】は【る~なすた~う~ん】みたいな名称だったような気もしないでもない! そしてその謎の町の中でだけ、何故か【古代書物】のことを【ま~んが~】と呼んでいたような気もする! だからと言って、その謎の町のことを全く全然これっぽっちも知らないアイリスさんに、ヤシャゲンゴロウ級のマイノリティ固有名詞で説明しても理解できるわけ無ぇーだろ! せっかく俺が噛み砕いて分かりやすく話したあとにわざわざディープスラングな表現でおんなじこと言ってんじゃねーよ!」


「あ…… っとぉ~~、師匠、悪ぃ悪ぃ。なんかよ、毎日一緒に旅してっからさ、アイリスっちにもとーぜん話が通じる気になっちまってたぜ~」


「分かってくれたかラビ子よ。ならこれ以上は言うまい。ただ、もっと敏感な気配りを俺はいつでも望んでいる。それだけは肝に銘じておいてくれ」


「師匠! あたし敏感になる!!」


「うんうん。それでこそ我が愛弟子だ♪」


 ヒロはラビ子を軽く抱き寄せ、師弟ハグは暫く続いた。

 そしてその時間をフルに利用して、ヒロは念話による教育的指導をラビ子に叩き込むのだった。


「…………師匠、鈍感って罪なんだな。あたし、反省した」


 ヒロとの説教ハグがまんざらでもなかったように若干頬を染めるラビ子。


「そこ大事だぞ。あんまし俺を窮地に追い込むなよな~」


 頬染めラビ子に全く気付くこともなく、ヒロはアイリスへと向き直る。


「そんじゃアイリスさん、そろそろ出発しましょう♪ 多分、今日の昼過ぎにはガンズシティに到着できると思いますよ♪」


「え! 本当ですか!? 私、ニ週間以上は覚悟していたんですよ? まさか、こんなに早く辿り着けるだなんて」


「アイリスさんも日を追う毎に成長されましたしね。寄り道もせずひたすら歩き続けた結果です♪」


「そーだぜ~。アイリスっちは毎日がんばったんだ! 弱音ひとつ吐かずにプーとあたしに付いて来れたんだから胸張っていーぜ!」


「そんな。私なんか……。全てはお二人のサポートやポーションのおかげです! 感謝の言葉もありません……」


「まぁまぁ、気にせず行きましょう♪ ゴールはもう目前ですからね(ニコリ)」


「よっしゃーー! んじゃ~あらためて出発だーーー!」


 ラビ子の元気な掛け声で、一行は歩き出すのだった。





 順調に歩みを進めた三人は、陽が傾き始める前には無事ガンズシティへと辿り着いた。

 同時にアイリスは見るもの全てに言葉を失う。


 町の手前から長く続く石畳の街道。

 深く広くしっかりと整備された水堀。

 頑強な石造りの橋と、その先の正門。

 出迎えるゴズと仲間たちの丁寧かつ晴れやかな対応。

 とても仮設とは思えないクオリティの集会場や住居群や井戸。

 中間報告書を裏切る形で本来の発注規模に拡張された開拓面積。

 そのどれもがアイリスの予想を遥かに上回り、文句のつけようがない完成度だった。


 アイリスは日没までガンズシティを歩き回り、持参した専用用紙に次々と町の詳細を記録し報告書を完成させた。


 その後アイリスからの労いの言葉とともに引き渡しは完了し、夕食は広場でのバーベキューとなった。

 大きな焚き火を囲むように調理用の竈門がいくつか造られ、それらの周囲にテーブルと椅子が乱雑に置かれる。

 その中のひとつのテーブルに陣取ったヒロとアイリスは、各テーブルを回っては楽しそうに口説かれているラビ子を眺めながら、ささやかにお互いを労っていた。


「……それにしても驚きました。まさかこれほどの良い調査結果を持ち帰ることになるなんて。思ってもいませんでした……」


 食事を終えたアイリスが未だ信じられない様子で呟く。


「そ、そうですね~。俺もこれほど立派に仕上がってるとは思ってなかったんで、ビックリですよ~」


「…………あの、ヒロさん、本当にビックリされてます?」


「え? はい、もちろんですよ~。何なら俺がビックリしてることを疑うアイリスさんのその視線にビックリですよ~」


 アイリスは半開きの目の奥を曇らせながら口を開く。


「ヒロさん、私はもう十日ほどもあなたと喋り続けてきたんですよ? あなたのオトボケ体質はよく理解しているつもりです。その上で改めてお聞きしますが、本当に何も協力していないんですか?」


「……あ、あぁ、その~、なんつーか~、そうですねぇ。確かにアイリスさんとはもう気心知れ始めてる感もありますので正直に言いますと、情報提供…… と言いますか、アドバイス…… と言いますか、超ウルトラスーパーバイジング…… と言いますか、俺が色んな土地を回って得た経験と知識から、使えそうなものを惜しみなくご提供させて頂いた、……みたいな流れはありますね~。でもまぁ、最大の功労は、ゴズさん達の飲み込みの速さや技術力の進化なんじゃないかと思いますよ♪」


「…………やはり関わってらしたんですね。……でも、それにしたって、こんな劇的な、………………まぁいいです。ヒロさんですものね。それで納得することにします……」


「それはありがたいです~♪」


 アイリスは喜ぶヒロの表情を少し悲しげに見つめると、周囲で騒ぐ男達やセクハラ行為に暴力で応戦する楽しげなラビ子に目を移し、最後は中央で燃え盛る焚き火の炎を見つめ、ぽそりと口を開いた。


「ヒロさん、私達の組織に入りませんか?」


「……へ? 開拓推進課に、ですか?」


「はい。広義では国のゼロモニア統括部、……いえ、最終的には、アンゼス連邦共和国情報機関【デウセクスマキナ】への加入を促されることになると思います」


「促される? ……どなたにですか?」


「それは今の段階では分かりません。ただ、ヒロさんなら1年以内に国の中枢機関まで辿り着きそうな気がするんです。ヒロさんが望みさえすれば、のお話ですけどね」


「いやいや、望まないですよ~。俺がそんなこと望む訳ないでしょ~。望まないって気、しませんでした?」


「……ふふ。それは確かにしました♪ やはり無理ですかね?」


「無理ですねぇ。つーかですね、全く興味がありません。俺は今の【さすらいのフリーランス】という、ほぼ無職な職業が気に入ってまして、大きな組織の下でシステマチックに働くなんて考えただけでも目眩がしますよ~。なので、逆に言えば、アイリスさんやサンヨニクさんの事は尊敬しています。あ、もちろんゴズさん達のことも……」


「……そうですか。…………はい、わかりました。なんだか無理なお誘いをしてしまい申し訳ありませんでした。きっぱり諦めますね♪ ヒロさん、明日からの帰路の旅もよろしくお願いします♪」


「あ、はい。こちらこそよろしくお願いします~」


「……………………」


 ヒロの言葉を最後にアイリスから新しい会話が発することはなかった。

 憂いを帯びた彼女の瞳は、ただ刻々と燃え続ける炎を映し、その焦点はまだ知り得ない未来を求めるように彷徨うのだった。





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