神の領域




 それから数時間、ラビ式波動術宗家道場では、古参メンバーによるラビ子への説明会が延々と続いていた。

 ラビ子は【メンバーによって微妙に食い違う其々のヒロ観】を個別に理解しつつ、【まず神はモロに居るし、それはスライミーではない】という世界の真理から学び直し、【実はラビ式波動術ってーのはこの世界の魔法的観点から言えば生物の中ではかな~り惜しいトコ行ってて今までの修行は案外悪くない】という事実に喜び、【実はヒロは世界最強の能力保持者で世界最大の資源保有者ではあるが、コレと言って深刻な使命を抱えているわけではなく、コレと言って深刻な敵に狙われているわけでもなく、マジでその日暮らしのプータローみたいなモンっちゃ~モンだ】という現状を知り、その過程でメンバー全員との親睦は深まり、結果として数時間後には【ヒロたちの大体をざっくり把握している家族】にまで成長していた。

 そしてラビ子的にどうしても受け入れ難かった【ヒロが自分に向ける他人行儀な言葉遣いや対応】をフランクなものに変えるべく、説得と実践と矯正を繰り返し、なんとか試運転にまで漕ぎ着けていたのだった。


「おいプー! 大体のことはわかったぞ! そろそろ稽古はじめようぜ!♪」


「ラビ子さ……ラビ子~、オレ今日はもう(心的に)疲れたよ~。修行とか稽古とかはそのうちやるからさ、今日は……あ! ラビ子の部屋にスーパーファミサターンあるだろ? バーチャルファイティンガーも持ってるよな!? あれやろうぜ♪ オレさ、その昔は【下井草パイ】として恐れられててな、あ、【千歳烏山ラウ】って名乗ってた時もあったわ。あと【聖蹟桜ヶ丘ジェフリー】とか【祖師ヶ谷大蔵ウルフ】とか……。ん~でも、結局【鬼子母神前サラ】の時がいっちゃんブイブイ言わせてたかもだな♪」


「んなっ!? プ、プーてめえ! 勝手に【スコープ】使ってあたしの部屋物色すんじゃねーよ!」


「だいじょ~ぶだよラビ子、机の中の秘密の日記とかタンスの三段目の下着ゾーンとかには誓って手ぇ出してねーからな! オレだってレディのプライベートには敏感なんだぞ!?」


「な、な、なんで日記の存在とかタンスの三段目に下着入ってんのを知ってんだよ!? 見たってことなんじゃねーのか!? おい! プー!」


「う…… ま、まぁ、白状するとだな、確かに存在は知っている。がしかし。が、しかしだ。こっからは大事な話になるからよく聞けよ。日記は開けてないしもちろん読んだりもしてない。下着もなんとな~く【下着っぽいなぁ】って感づいた瞬間から見るのやめたし。だからオマエの下着の柄とか形とかは知らん。信じてくれ。この曇りなき眼を……」


「ふ……、ふ……、ふぅ~ざぁ~けぇ~るぅ~なぁぁぁああああああああ!!!」


 ラビ子はヒロめがけて全力の【ラビ式波動術究極奥義・絶神掌】を放った。

 しかしヒロは涼しい顔でそのすべての攻撃を無効化する。


「ふっ…… まだまだだな、ラビ子。そんななまくら奥義では、このヒロ様にかすり傷ひとつ付ける事も叶わんぞ♪」


「くそぉーーー! 強くなりてぇ! 自分の弱さが憎い!!」


「そんな訳だからさ、オマエの部屋で【バーチャルファイティンガー】やろうぜ♪ 別に【ERクンフー・対戦版】でもいいぞ。あと【鉄塔栗鼠】とか【ぷよんぷよん】も持ってんな、それでもいい。これは師匠命令だ♪」


「……ぐふぅ~~~。強さってーのは、なんて残酷なんだ……。弱いあたしは従うことしか出来ねぇ~なんて……」


 その後、二人はラビ子の部屋でゲームを楽しむこととなった。

 部屋に入る直前、ラビ子から“ちょ、ちょっと待ってろ。片付けてくっから”という【まて】を食らったヒロだったが、“パッと見はもう知ってっからとっとと入れろよ~”と言い放つと、ドカドカとガサツに入室する。

 さらにゲーム開始直前にヒメ・ウル・ヒロリエル・アルロライエによる【自分らも混ぜろ】的介入があり、結局【桃持った鉄人の歩き旅スゴロク[略して桃鉄]】をすることとなる。

 3時間にも及ぶ死闘の結果はヒロの惨敗に次ぐ惨敗で幕を閉じ、ラビ子的には若干溜飲が下がったひとときとなったのだった。


『それにしてもプー、オマエはホントに桃鉄弱ぇな♪ ここまで【はぐれキング貧乏神マックス】に愛されるやつは初めて見たぜ~♪』


『ヒロの【暴走族半島をぐるぐる回りつづけてカード王になる作戦】も裏目に出てたしねぇ~♪』


『そもそもピキュ、目的地が【サッポロ一番街】なのに【暴走族半島】にとどまり続けるなんて正気の沙汰とは思えないのでピキュ~』


『しょーがねぇだろ。【サミットで責任なすりつけ合いカード】からの【ホールインワンカード】狙ってたんだからよー』


『その挙げ句、チチサマはひーたんが繰り出した【全く流れてくれない頑固なうんちカードEX】と【特定地域領空侵犯カード】の合わせ技で退路を塞がれ、あのザマだったのです♪』


『逆にこっちはゲーム的スリルが無くなっちゃって物足りなかったわよねー。ヒロが弱すぎて♪』


《余ってしまった【ヒカリニアの望みカード】を渋々使用して【はぐれキング貧乏神マックス】3体を引き連れながら、【ヒロリエルさんの鬼コンボ】によって封印された【暴走族半島】を15周ほどするお姿は…… ケッサクでした♪ (*´∀`*) 》


『なぜか【伝説のスリ金次郎】に5回も遭遇していたのでピキュ~』


『うるせー黙れ! オレの【暴走族半島ぐるぐる戦法でブイブイ言わせるはずだった絵に描いた餅のように美しいタラレバの栄光】をいじるな! 今回は運が悪かっただけだい!』


『はいはい、そーゆーことにしときますよー(苦笑) てゆーかラビ子ちゃん、もう念話も完璧ね♪』


『おう! ヒメさん達のレクチャーのおかげで、すぐに慣れたぜ!』


『ピキュ~。たった一日でラビ子さんはもう家族としか思えない親近感なのでピキュ~。【家族】ってスキルでも持ってるピキュ~?』


『おぉ、そーいえば俺たち誰も【ラビ子のステータス】知らなかったな~。どれどれ?』


 ヒロは言い放つや否や、がさつにラビ子のステータスを開示した。





名前:ルナ泉ラビ子

種族:人間[ラビットル]


Lv:89

HP:790

HP自動回復:1秒35%回復【仁愛効果】

MP:502


STR:つよい

VIT:ややつよい

AGI:ややつよい

INT:つよい

DEX:ややつよい

LUK:ふつう


魔法:【爆掌弾】【流星爆散弾】【絶神掌】


固有スキル:【ラビラビ通信】【ラビラビ感知】【ラビラビ開放】





『…………ん?』

『あら……』

『ピキュ…………』


『おお! これがあたしの【ステータス】ってやつなんだな!? どれどれ~ ……おぉっ! プー! 見ろ! 【つよい】ってのがふたつもあるぞ! これは喜んでいーんだよな!?』


『……………………』


『おいプー! なんなんだよその不穏なダンマリはよ!』


『ラビ子、ちょっとだけ待ってくれ。……アルロライエちゃん、ちょっといいかな?』



 十秒後



《へんじがない。ただの【めちゃ美しい女神の存在感の痕跡】のようだ》


『なんだその【存在感の痕跡】って。つーか居るんでしょ~?』



 十秒後



《…………はい。アルロライエですがなにか?》


『やっぱ居た! まったく……。あ~、なんかさ、ラビ子のステータス開いたら、ステ値表記が恐ろしく大雑把になってんだけど、もちろん心当たり、あるよね?』


《…………若干、……あるような~ 無いような~》


『キミは管理神だろが! 無いわけ無いだろ~。ほら、別に俺は怒ってるとかじゃなからさ、とにかくまずは説明してよ~』


《嫌いにならない?》


『ならない』


《見捨てたりしない?》


『しない』


《蔑んだり殴ったり無視したりしない?》


『絶対しない』


《なんなら好きになる?》


『…………それは答えによる』


《チッ》


『ん? 今、舌打ちした?』


《してません。“チッちゃいツヅラ選んどけば、大概オーケーっスよダンナ~♪”と呟きかけただけです》


『そんな脈略のねー答えなわけねーだろ~。早いとこ説明してよ~』


《…………わかりました。白状します。この度、ヒロ様のレベルアップに伴い、ステータス表記が【神仕様】へとバージョンアップしたことをご報告いたします》


『か、神仕様? ん? 俺はラビ子のステ表記のことを言ってるんだけど……』


《仕様変更後、たまたま最初に開いたのがラビ子さんのステ値であったというだけです。【ヒロ一家】全員がヒロ様の条件達成に引っ張られて同様の表記となりました》


『え、え、ちょっと待って』


 ヒロは即座に自分のステ値を表示してみた。





名前:ヒロ

種族:人間[ヒト]


Lv:神1

HP:神1 + がちすんごいつよい

HP自動回復:1秒35%回復【仁愛効果】

MP:神10 + がちすんごいつよい【倍リング + STB効果:神90】

MP自動回復:1秒100%回復【アルロライエ効果】


STR:神1 + がちすんごいつよい

VIT:神1 + がちすんごいつよい

AGI:神1 + がちすんごいつよい

INT:神1 + がちすんごいつよい

DEX:神1 + がちすんごいつよい

LUK:すんごいつよい + がちすんごいつよい:神1


魔法:【なんでも変化】【錬金】【トレース】


スキル:【神スコープ[SKB]ほぼ無限】【インベントリ(ヒメのなんだからね!)】【必要経験値固定】【迷彩】【ショートカット】【メモ】【アイテムドロップ[アルロライエのセンスで]】【召喚】【スキルバフ】【ステータスバフ】【変身】


亜空間プレミアムオプション:【埋設リンク型転移ゲート 未知MAX:139光年】





『なんじゃこりゃ?』


『(ヒロ…… ついにこの時が来てしまったのね…… ヒメ嬉しい。でも……ちょっと寂しい……)ヒロ~、おめでと♪ これはね、あなたが【神域】に入っちゃったってことを意味してるのよ~。ね、アルロライエちゃん♪』


《はい。畳み掛けるように説明します。この仕様が人間種に適用されるのは神界初のことですので、まず、前例がないということを念頭にお聞きください。そもそも人間種と魔物は【数多の神々が自らを素材として作り出した劣化版の実験観察用生命体】です。これは揺るぎない事実ですのでひとまずご理解を。そしてその能力は人間種だと大体神レベルの1万分の1程度の低スペックに設定され、ランダムに量産されました。そんな実験が開始された最初の決め事のひとつにですね、【万が一、神の1万分の1の低スペックから1万倍ほどにも成長する個体が現れた時は、それっても~神レベルなんじゃね?】というような趣旨の項目がありまして、ざっくり言いますと、【HP、MP、STR、VIT、AGI、INT、DEX、LUKの8つの数値のうち、4つ以上が百万に達するような【神すら想像し得ない天才努力家】が発現した暁には、【ステータス表記も神仕様でいんじゃね?】というような内容なんです。つまり、現時点でLUK以外の7項目が百万に達しているヒロさんは、初期設定のボーダーラインに余裕で到達しており、なおかつヒロさんに関してのみですが、ハナさんの【忠誠】により未達成のLUKすら合算で百万超えを達成してしまっています。つまりヒロさんは全ステ値で神ラインを超えた【もうほぼ神】という扱いとなり、そんなこんなでステ表記が【神仕様】となったのです。なので、ヒロさんと【契り的なつながり】が開通している【ヒロ一家】のみなさんのステ表記もフォーマットの都合上、神ベースで統一せざるを得ませんでした。ラビ子さんの表記がやたら大雑把になったのもその影響です。はい》


『………………』


《ヒロ様? 再度説明します?》


『いやいやいや、それはいい。……っていうかさ、結局、神レベルに到達した俺に【神の試練】とか【神の編入試験】みたいな強制イベントが発動したりは、……するの?』


《いえ、べつに》


『てーことはだよ? ようは【ステ値の表記方法が変わった】ってだけ?』


『まぁ、…………はい』


『なんだよアルロライエちゃ~ん、だったら騒ぐほどのことでもないじゃんか~。説明が長いんで無駄にビビっちゃったよ~』


『ヒロ、あんたね、事の重大さが分かってないみたいだから言うけどね、これはすんごいことなのよ!? それはもう、とんでもなく、すんごいすんごいことなのよ!? 分かった!?』


『いやいや、そんな表現で俺の心の芯が響くわけねーだろ。結局“すごい”しか言ってねーじゃねーか。そもそも【俺が今の俺程度にすごいってこと】はみんな分かってたことだろーに。特に強制イベントや災難が降ってこないんならさ、別になんも変わってねーだろ。今までもこれからもさー』


『ピッキュピキューー!! ヒロさんが神であるアルロライエさんから【もうほぼ神】のお墨付きを得たのでピキュ~! これつまり、新しい神の降臨なのでピキュ~! ヒロさん! すぐにでもテラースの名だたる権力者や有力者をかき集めてヒロシティに並べるのでピキュ! そしてそいつらに“おれ神。ヨロシク。お前ら全員仲良くしろ”と命じるのでピキュ~! そしたらヒロさんの理想とする【弱い人達でも楽しく生きられる世界】が出来るのでピキュ~♪ 世界から争いや支配が無くなるのでピキュピキュ~♪ 世界平和はもうヒロさんの手の中なのでピキュ! もはやヒロさんの野望は最終段階までリーチで王手でチェックメイトでウ~ノなのでピキュピキュピキュ~♪』


『だ~か~らウルさ~ん、【生物は例外なく争うように出来てる】んだってばよ~。【個性】ってもんがある限り、【AさんとBさんが違う考え方を持っている】という前提がある限り、それは【争いの火種】なんだよ~。もちろん【楽しみの火種】でもあるだろうし【喜びの火種】にもなり得るだろうけどさ、その【火種】から【争う系のやつだけ無くす】ってのは、結局【個性を否定すること】になっちゃうから無理なんだって。【人類が全員幸せになりますように】ってのは【私は嘘つきです】ってパラドックスと大差ない、破綻した前提なんだよ~。故意であれ無自覚であれAさんの幸せがBさんの不幸につながるって話はいくらでもあることだからね~』


『!!! た、たしかにピキュ~。もし世界に【神になりたいヤツ】がたくさん居たら、ヒロさんはそいつらから妬まれ、やっかまれ、そねまれ、欲しがられ、最後は消されるかもしれないのでピキュ~! ヒロさん! 今すぐヒロシティでの世界平和大集会を中止するのでピキュ!! ヒロさんの命が危ないのでピキューー!!』


『いや、だから、そんな予定無いってば……』


『ヒロぉ~、ウルちゃんに関しては、大好きなヒロが【ほぼ神認定】受けたのが嬉しすぎて興奮状態だってことでお茶目話に収まるとしてもよ、少なくとも【お墨付き的な認定】が出たのは間違いないんだからね。あなたも【神的な存在である自覚】、ちゃんと持ちなさいよ~。家族も増えたんだしね!』


『人を【3人目の子供が生まれた中堅サラリーマン】みたいに言うなよ。そもそもなんなんだよ【神的な存在である自覚】ってよ。ヒメ言ってたじゃねーか。“神は欲望のままに各々勝手にやってるだけだ”ってさー。元々自覚もなんもねぇだろ~に』


『ギ、…………ギクゥ。あ、おぼえてた? テヘ♪ ちょっと第一妻的セリフ、言ってみたかっただけなんだ~♪』


『もぉ~~勘弁してくれよ~~。こんなことならレベル上げ、もっと控えめにやっとくんだったよ~~』


『いえ、チチサマは自覚するべきなのです! チチサマのレベルアップの背景には、神設定で言うところの【神すら想像し得ない天才努力家】的要素は【ゼロ】なのです! 皆無なのです! 言ってしまえばチチサマは、ハハサマの神仕様インベントリを操作してレベル上げしたってだけの【引きこもりハイレベルもやしっ子ニート】なのです! 今のチチサマの実力がすのいのは、ひーたんがまごころ込めて剣術指南を繰り返したからなのれす! チチサマはもっともっとひーたんに感謝するべきなのです! ひーたんは時々寂しいのれす!』


『ひ、ヒロリエル、俺はいつだって感謝してるぞ? 伝わってなかったんならゴメンな~。ほら、そんなにプンスカすんなよ~。な?』


 ヒロはやさしくヒロリエルの頭を撫でた。


『はきゅっ! チチサマ! ヒロリエルはもうエネルギー充填満タンの幸せいっぱいなのれす! 【自覚】のことは忘れていいのれす~♡』


 ヒロリエルは喜びを全身で表現するかのように妖精モードでヒロの周りを飛び回り、その後、定位置[ヒロの襟足]に収まった。


『(我が娘ながら呆れるくらい低燃費な子だわ……)……てかヒロさぁ、この話の発端ってさ、ラビ子ちゃんのステ値の閲覧…… だったような気がしてるんだけど……』


『あ! そーだった。ラビ子~、元気か?』


『元気か?じゃねーよプー。オマエらいつもこんな支離滅裂な会話くりかえしてんのか? 先が思いやられるぜ~』


『まぁ~まぁ~、そうイラつくな~。ヒロ一家はいつでもこんな感じだから諦めろ~♪ で、なんだっけ? あ、そうそう、ラビ子や俺のステ表記にある【ややつよい】とか【つよい】とか【がちすんごいつよい】ってのは何なんだってアルロライエちゃんに聞こうとして脱線しまくってたんだったわ♪ 結局コレってさ、神の数値の1が下々生物の百万ってことなんだろ? で、神目線で百万にも満たない下々生物の細かい数値なんて微差程度で面倒だから、五段階とか十段階評価のニュアンス表記にした、ってこと。かな?』


《ビンゴ♪》


『了解♪ じゃあ他にも気になる点があるっちゃ~あるけど、細かいことは気にせず行くわ~♪』


《助かります♡》


『おしっ! 現状把握終了! で、ラビ子、お父さんにはどういう風に説明するつもりなんだ?』


 ラビ子の体がピクッと揺れた。


『…………そうだな。それがいちばん辛ぇところだ。オヤジは一人じゃなんも出来ねぇしなぁ。あたしが居なくなっちまったらどーなるか…… 考えただけでも頭が痛ぇよ』


『ラビ之介さんには友達とか頼れる知人とか世話になれる別の道場とかないのか?』


『恥ずかしい話だけどよ、アテはねぇな。うちは代々ラビ式波動術宗家としてのみ血を受け継いできた家系だからな。人付き合いは恐ろしく狭い。まぁ、弟子は何人もいるんだけどさ、あの通り頑なな性格のオヤジが、弟子を頼って訪ねていくなんてことはあり得ねぇだろうし。……はぁ~~ どーすっかなぁ~~』


『だったら安心したよ♪ 人付き合いがほぼ無いんならいい提案があるんだ。テラースにある俺の作った町で第二の人生を謳歌してもらうってのはどうかな? その町に住む利点はなんつっても【衣食住が無条件で手に入る】ってとこなんだよ。特に【食】に関しては不自由しないこと間違いなしだ。二十四時間、どんな飯でも食い放題だぞ♪ で、どうしてもラビ式波動術宗家の系譜を絶やしたくないって言うんだったら、その町で新しく道場を開けばいいんだしさ。ラビ子、その方向で提案してみたらいいんじゃないか?』


『プー、オマエ…… オヤジのことまでそんなに考えてくれてたのかよ。……わりぃ』


『ラビ子ちゃん、そんなことぜんぜん全く気にしなくていいからね♪ ヒロはこう見えて最低限の一般常識はギリギリスレスレ赤点で、追試や補修でもヤバい状況に陥りがちなんだけど、最終面談でなんとか進級できる可愛げを持ってるヤツだからさ、遠慮しないで何もかも甘えちゃいなさい♪』


『チチサマは百周回って世話焼き背徳下僕神なのです♪ 血反吐を吐くまで付け入るのです♪ チョロイージーなのです♪』


『ピキュ! ヒロさんは倫理観こそゴブリン級ピキュが、こと家族や仲間のこととなると自分のことなど棚の最上段に上げて最優先で大切にしてくれるお人好しなのでピキュ! 安心するのでピキュ~♪』


『おいウルさん、人を【ゴム製の我儘王】や【転生したらスゲーのになってた奴】みたいに言わんでくれ。俺は家族や仲間も大事だが、決して家族や仲間じゃないからってゴミのように扱ったりはしない男だ。現に各地で蹂躙侵略を繰り広げようとしていたユーロピア帝国の奴らだって一人として殺すこと無く元気いっぱい五体満足でふるさと方面[の丘の上]に[全裸で]帰しただろ? モブ扱いはしてもゴミ扱いはしない。人はどんな役割であろうと俺も含めてみんな【同じ人】だ。そして【所詮人】だ。俺の主観でどんなに腹立つ、ムカつく、許せない、存在そのものが耐え難い奴であろうと、またはそんな奴が率いる軍勢の末端の一兵卒だろうと、そいつらにはそいつらなりの人生や家族や仲間がいるんだ。俺が【強い】ってだけで、そいつらの命や人生を弄んでいい筈がないんだよ。だから俺はせっかく転生させてもらえたこの世界で【ガチの敵】は作らない。想定しない。どんなに嫌いな許せない奴でも決して殺したりゴミのように扱ったりはしない。あくまでもツンツンする程度だ。程好くウリウリする感じだ。つまりウルさん、俺は家族や仲間に対してだけじゃなく、【全人類に対してお人好し】なのだよ! ……ふっ』


『なぁ~に【ほぼ神】認定もらって気持ちよ~く演説してんのよぉ~。その気になってんじゃないっつーのまったく~。じゃあヒロさ、【マンバタン島で襲ってきた殺し屋七人組】はどう説明するのよ? アンタ殺しちゃってるじゃないの~』


『あれは不可抗力だ。少なくともある程度はあいつらに対してほんのりはんなりしたお人好し対応を若干は心掛けてた気がしないでもない。あと俺もまだ未熟だった。今ほど熟してなかった。熟れる前の青い果実だったことを今は反省している……』


『ピキュ! ヤンキスクランのデジックさんは、ヒロさんに腕をもがれたりお腹に穴をあけられたりして血みどろだったのでピキュ~』


『あれは【程好くウリウリ】の範疇だ。実際デジックは元気いっぱい五体満足で実家に帰る航路についた。あとのことは全然まったくこれっぽっちも知ったこっちゃ~ないがな……。ふっ』


『……“元気いっぱい”ねぇ……。んじゃあなんで【魔物】はいくら殺しまくってもいいわけ? ゴブリンやギオークは集落を作って生活するくらい、ある意味【人間的】じゃない? だったら魔物たちに対してもお人好しになってもいいんじゃないの?』


『確かにそれは人類にとって最大の難問だ。【人間の仕様の問題】と言ってもいい。【生殖】や【優越】や【狩猟】には、人間が生き残るための【脳汁ドバドバ気ん持ちいいシステム】がパッシブオンになるように設定されちゃってるっていう【性[さが]の話】だ。つまり【サガ・サーガ】だ。ここで俺の前世の話をしよう。俺の前世では、ほぼ100%の食材が【人工生産】によって供給されていたし、生きるために他の野生生物を獲る必要なんて全く無かった。にもかかわらず、【山菜採り】や【クワガタ捕り】や【釣り】に夢中になる人は後を絶たなかった。これは人類の先天的、というか原始的なプログラムがそうさせているんだ。人間は【狩猟・採取】でしか日々の糧を得られなかったウッホウッホな頃に、【獲物を得ることで脳汁ドバドバ出る仕様】が定着してしまったために、そ~簡単にはその野生に逆らえなくなってしまってるんだ。【獲物をゲットすると気ん持ちいぃ~アフアフ♪】っていう初期設定により、気ん持ちいいからまた【狩猟】をし、結果飢えずに済む。つまり【種の保存】が成される。だから、文明が進んで【狩猟採取の必要】が無くなっても、【本能】、言い換えれば【システムによって保護されている削除不能の既定のプログラム】としての【狩猟は気ん持ちいぃ~♪】が走り続けて抗えないでいるんだよ。人はすべからく【気持ち良くなるため】に行動するもんだからな。抗える筈もない。俺の前世では、【カード集め】や【育成アプリ】や【ギャンブル】がその代替品として広く流通していたけど、それでもより原始的な快楽を求める人達は【釣り】とかに夢中になってたりしたもんだ。もっと簡単な例を上げると、昔から【民衆を支配する立ち位置】であり【勝ち残らないと破滅する身分】でもある【貴族】なんかは【狩猟】が【子供の頃からの必須科目】だろ? これがつまり【ニンゲン★サガ・サーガ】だ。ただ、人間も若干は変化するもんで、【人間以外の全ての生物は獲物なのか?】と言えばそうでもなくなってて、【トモダチ生物とエモノ生物のボーダーライン】みたいなのも存在してた。ざっくり例えるとだな、馬や犬や猫はトモダチ生物だけど、山菜やクワガタや野鳥や魚はエモノ生物、みたいな感じだ。しかしだ、じゃあ“馬や犬や猫は人間によって生物としての尊厳を守られているのか?”と言えば微妙なところだ。【人間によってトモダチ認定された生物】ほど、ナチュラルな自然交配による進化や自然任せの淘汰など遂げてはおらず、馬なら【よりハイスペック】に、犬や猫なら【より都合の良い愛玩生物】になるよう、人間の欲望のままに日夜実験交配が繰り返されていた。もはや彼らは【人工生命体】と言っても過言ではない異型の生物になっていたんだよ。ちょっぴり話が長くなっちゃったかも知れんが、結局南極経営が苦しい地方の放送局、狩猟対象であろうが愛玩対象であろうが育成対象であろうが、人間以外の生物は、人間に目をつけられた瞬間から、漏れなく弄ばれるようになっちゃってるってことなんだ。【真っ黒毛和牛】や【三次元豚】に至っては、ボーダーラインどころか極に振り切った【食われるためだけに生を受ける食用生命体】でしか無い。どれもこれも、広い意味で【人間が気持ちいい】って理由で利用される生命体だな。だからヒメ、【ありのままの生を謳歌する野生のゴブリンやギオーク】と【トモダチ】になるのはまだもう少し待ってほしい。俺のさらなる開眼と解脱が達成され、俺の中の【人間の仕様】がもっと上位のレイヤーにカット&ペーストされる、その日まではな……。ふっ』


(ながっ…… うざっ……)


『し、しかしながらピキュ~。ウルもハナちんも分類上はたぶん【魔物】なのでピキュ~。なのにナチュラルに勝手気ままに大切にしてもらって家族になっているのでピキュ~』


『ハナとウルさんは特例だ。なんつっても俺より優れた生命体だしな。あとイレギュラーはどんな世界にも起こり得る。これからも起こり得るかも知れない。それが人生のおもしろいところだ……。ふっ』


『じゃあさ、例えばよ、もしヒロの大切な人が理不尽に殺されちゃったりしたとするじゃない? そしたらヒロはその相手を殺さないで済ませられるってこと?』


『愚問だな。俺の大切な人は決して殺されたりしない。なぜなら俺とウルさん分体が絶えずバックアップしているからだ。殺そうとした奴は未遂のままあっという間に例の【ウィンの近くの丘の上】に全裸で放置だ。元気いっぱい五体満足でな。ふっ。…………っても~疲れた! もうこんな神気取りの【哭きのドラゴン】みたいな“ふっ”の量産体制維持すんのめんどくせーよ! おまえらみんな分かってっと思うけど、俺は肉体スペック的に神レベルになったってだけで、精神構造が神っぽくなったわけじゃねーんだってばよ! もーちょっと気ぃつかってくれよ~。俺だって自己矛盾に苦しんで思い悩む時もあるんだぞっ!! 極稀に超短時間だけど!』


『あんたが勝手に語りだしたんじゃないのよ~! 様子がおかしくなったからみんなに質問浴びせかけられたってだけじゃないのさ! 自業自得よ! 今後、見切り発車でカックイー風なこと語り出そうもんなら、私が神に代わって……っていうか私神だったわ。神そのものとしてダイレクト天罰を落とすからね! 覚悟しなさい! まずは一週間ほど不眠不休でヒメルームでのレベル上げに付き合わせてやるんだから!』


『! だったらひーたんは一週間不眠不休の剣術特訓なのです! そしてそのあとは一週間不眠不休のおんぶなのれす!』


『ピキュ~! ウルは一週間不眠不休の楽しいおしゃべりなのでピキュ~♪ あとしりとり禁止令の発令なのでピキュ!』


《アルは婚約と婚前交渉についての密談を一週間不眠不休で……》


『あたしは特訓でいいぞ♪ 一週間不眠不休で修行だ! 合間の飯はプーが作れよな♪ うまいもん食わせろよ~♪』


『………………』


 ヒロは心の中で“もう二度とわかったよーな口はきかねぇ~”と誓った。

 そして“こいつらの天罰、もはやただのリクエストじゃねーかよ”と呆れると同時に、ますます一家の面々のことが好きになったのだった。


『ピキュ! そーいえばさきほどヒロさんが口にした【ウィンの近くの丘】なのでピキュが、早くも現地の被害者を発端に【恥辱の丘】という名付けが完了しているようなのでピキュ~。最初に全裸放置された貴族共を中心に、会議、会合、MTG、ブレスト、パワーランチ、円卓フルパワーディナー、超円卓フルマックスパワー飲み会、なるものなどなどを経て、“いでよ! アグリーメソッドリスケマージコンセンサスサマリーアサインスキームタスクアジェンダブラッシュアップペンディングマストーー!!”みたいな謎の呪文を唱えながらワーワーと答えの出ない雑談を繰り返しているのでピキュ~。有り体に言ってしまえば【怒れる暇人共】なのでピキュピキュ~』


『おぉ、あいつらな♪ ウルさん定点観測サンキューだぜ! そっかそっか~。あいつらが理解不能の状況に恐れ慄き苛立ち混乱してくれてるんなら、そりゃ極めて朗報だ♪ 今後も【ユーロピア帝国の世界侵略大好きっ子たち】には奇妙奇天烈で奇想天外で奇々怪々で摩訶不思議なアドベンチャー体験を折りに触れ浴びせかけよーっと♪ そーすりゃそのうち大人しくなるかもだしな~』


『ウルちゃん、あの貴族たちは本国……っていうか、自分たちの町には帰ってないの?』


『貴族のお偉い様っぽいやつらは全員まだウィンの町にいるピキュ。そして一部の兵たちは手紙を携え馬に乗って街道を疾走中ピキュ。まだ目的の町に到着しているやつは居ないピキュが、ヒロさん、ちょっかい出すピキュ?』


『おおぉ、出す出す、出さいでか~♪ ウルさん、俺がやったみたいに出来る?』


『モチのロンジンペアウォッチを参加者全員にプレゼント!なのでピキュ! 只今疾走中の伝書兵の皆さんには全裸で【恥辱の丘】に移動していただくのでピキュ~♪』


『ナイスだぜウルさん♪ で、これからも機密文書持ってそーなやつが動き出したら、みんな【恥辱の丘】に戻してあげて♪』


『了解なのでピキュ! ちなみにヒロ提督! 大量の敗残兵……的な下っ端兵が【足手まとい】的理由から最低限の衣類と食料を持たされ、今まさに各々の町へ帰還するべく準備段階に入ったようなのでピキュが、そいつらはどうするピキュか?』


『ん~~、そいつらは放っておけばいいよ。なんなら道中【飢え】やら【魔物の驚異】やらが迫った時には助けてあげて♪ なるべく目立たないようにね~。そんで元いた町までたどり着いてもらおう♪ 帝国の世界侵略失敗と【恥辱の丘】の噂をユーロピア帝国全土に広げるためにもね~』


『ピキュピキュ~! ヒロさんが決して【全人類に対してお人好し】などではないことだけは分かったのでピキュ~。ただ【残虐非道なバトルジャンキーではない】というだけだったのでピキュ~。ウルはてっきり【ヒロさん=ドM】だと思っていたピキュが、実はドSだったのかも知れないのでピキュ~』


『ウルさん、MだのSだのってのは表裏一体の合わせ鏡みたいなモンなんだよ。この話は長くなるから今はしないけど、今度ゆっくり語り合おうぜ!』


『ピキュ! 【ヒロさんとゆっくり楽しいおしゃべりが出来る券】をゲットしたのでピキュ~!♪』


『ね、ねぇウルちゃん、(しょーもないことで)盛り上がってるところ悪いんだけどさ、ウィンから【伝書魔物】みたいなのは放たれてないの?』


『それピキュ! ウルは二度と【ロンちゃん事件】のような悲しい歴史をクロニクルしたくないピキュから、帝国各地に駐留してからというもの、全力で調査を繰り返していたのでピキュ! そして、ついに、ついに、見つけたのでピキュ! 【ロンギヌス毒カマドウマの繁殖施設】と【ロンギヌス毒カマドウマの改造手術施設】を!』


『そ…… そうなんだ。それで…… その施設はどうなったの? かな?』


『モチのロンギヌス! 壊滅させたのでピキュ! 全ての関連施設を丸ごと飲み込んで、今は体内の亜空間ポケットに保管してるのでピキュ! それで改造手術前のロンちゃんたちは人里離れた草原に開放したピキュ~♪ だがしかしピキュ! 改造後のロンちゃんたちはそーもいかなくて大変だったのでピキュ~。それはそれはもう、大変だったのでピキュピキュ~』


『……ウルさん、……具体的には?』


『ピキュ? もちろん全員もとに戻ったのでピキュ! ウルが心を込めて一生懸命おはなししたら、ひとり、ふたりと、真っ赤にギラついていた瞳が青く澄んだ色に変化していったのでピキュ♪ そしてみんなが“もう大丈夫です。ウルさん。本当にありがとう”と言ってくれたのでピキュ~! ウルとロンちゃんたちは何度も抱き合って【抑圧傀儡奴隷から開放される歓び】を分かち合ったのでピキュよ~!』


『そ、そんなことがあったんだ……。知らなかったよ。なんかごめんね』


『ヒロさんが謝ることなんて何もないのでピキュ! ウルはウルで勝手にいろいろと自由行動しているのでピキュ♪ これも全て、ヒロさんがウルたちの生命とスペックを支えてくれているから実現している奇跡なのでピキュ~。ヒロさんには足を向けては寝られないのでピキュが、ウルは眠らないし足も無いピキュから、何を向けて何をしてもいいのでピキュ~~♪』


『……ま、まぁ、そーゆーことになるのかな。ところでウルさん、ロンちゃん関連の施設に居た人間たちはまだ生きてるの?』


『ピキュ! 勝手に殺すのもどーかと思ったピキュから、時間停止状態で保存中なのでピキュ~♪』


『だったらさ、毎度お馴染みパターンで【恥辱の丘】に全裸放置しておいて♪ これからも何かあったらそんなんでいいからね。まかせるよ♪』


『了解ピキュ! ウルは今、ヒロさんから【ヒロさんとゆっくり楽しいおしゃべりが出来る券】につづいて【裁量権】までをもゲットしたのでピキュ~! うれし恥ずかし朝粥オンリーなのでピキュピキュ~~♪』


『……ちなみにウルさん、話をちょっと戻すけどさ、ロンちゃんが潜んだ文書ケースみたいのを携帯した【伝書魔物】みたいなのは…… 結局いたのかな?』


『そーだったのでピキュ! 鷹さんと隼さんと梟さんと烏さんが飛び立ったピキュが、彼らにもウルのまごころ込めた説得が伝わったみたいピキュ♪ “オレたちゃ今までどーかしてたぜウルのダンナ~。これからはニンゲンの居ない土地で家族でも作って楽しく余生を送ることにすらーな♪”なんて微笑んで青い空に去っていったのでピキュ~♪ ちなみに文書ケースは回収済みピキュし、改造ロンちゃんも説得して青いお目々にして開放したピキュ~♪』


『な…… なんか、ウルさんにはウルさんなりの大冒険があったんだね~。ちょっと感動したよ♪ スピンオフに期待しちゃいそーだぜ~♪』


『ウルちゃん大活躍だったのねぇ~♪ でさ、改めて聞くけど、ウルちゃんって【魔物との意思疎通】が…… できちゃうの?』


『出来るピキュ! 特にレベルが爆上がりした頃から【なんとな~く】が【めっちゃ】に進化したのでピキュ~♪』


『おおぉぉ、なんて曖昧な答えなんだ。ウルさん、俺は実際のところ【魔物の意思】なんてサッパリわかんないからさ、もしこれから、なにか訴えかけてくる魔物がいたら教えてね。その辺の判断は任せるからさ』


『了解なのでピキュ! ただ、大概の魔物は“うめぇ”とか“ねみぃ”とか“やべぇ”とか“うぜぇ”くらい程度の意思しか発してないピキュから、意思疎通もなにもあったもんじゃないのでピキュ~~』


『それはそれで少し安心したよ。もし全ての魔物が人間並みの思考と感情を持ってコミュニケーションしてるんだとしたら、ちょっとこの世界での生き方変えないとやべぇんじゃね~かって思っちゃってたからさ~。まぁ、特別っぽいのが出てきたらよろしくね♪』


『ピキュピキュピキュ~~♪』





『…………で、何の話なんだったっけ?』


《ラビ子さんのお父様への説明の件です》


『そーそー! それそれ♪ で、ラビ子、お父さんは今どこに?  ご挨拶しないとな~♪』


『んへ!? プーまさかおまえ、“ラビ子さんを僕にください”とか言い出すんじゃねーだろうな!?』


『んーー。別にそれでもいいんだが、それだと話がややこしくなりそうだろ? だから“ラビ子さんを俺に預けてください。必ず強くしてみせますから”くらいにしておこうかと思ってるんだが……』


『…………そっか♪ 本当にあたしのことを面倒見てくれるつもりなんだな』


『今更何言ってるんだよ~。あったりまえじゃねーか♪ それともラビ子、まだ迷ってんのか?』


『いや、ぜんぜん迷ってなんかねぇ。死ぬまでプーについてくつもりだ。ただ、オヤジにはあたしから話をする。プーの町へ移住する件も説得してみる。これはルナ泉家の問題だ。任せてくれっ』


『…………そうか。じゃ~任せた♪』


『おう、ちょっと待っててくれな!』


 ラビ子はそう言うと、スタスタと部屋を出ていった。





『ラビ子ちゃん…… うまく説得できるかなぁ』


『ん~~。なんか頑固そうなオヤジさんだったしなぁ。一筋縄ではいかないんじゃねぇかなぁ』


『ピキュ~。ラビ子さんの修行の旅については突破できたとしてもピキュ、お父さんのヒロシティへの移住は難しそうなのでピキュ~』


『そうねぇ~。なにしろラビットルはテラース人を全滅させたがってるわけだからねぇ~。そのテラース人が住む町に移住しようなんて思うわけないわよねぇ~』


『まぁ、ここはラビ子に期待して気長に待つしかねぇだろ~♪ 時間はいくらでもあるんだしな♪』


『ま、そ~よねぇ~。別にラビ子ちゃんの旅立ちが半年後になったところで特に深刻なことではないわよね~』


『そうそう、三年後でも何の問題もねーよ♪ ラビ子の都合でラビ子のペースで焦らずやってくれればいーってだけのことさ♪』


ドタドタドタドタ スタンッ!


『おいみんな! オヤジがOKしてくれたぞ! プーに付いていく件も移住の件も解決だ!』


『早っ!! ……ラ、ラビ子、オヤジさんってこの家に居たの?』


『ん? 自分の家なんだから居るに決まってるじゃねーか。オヤジは今日はタバコの空き箱で傘つくってたんだよ。まぁひとりでコツコツやる趣味だな♪ んでさ、プーのこと話してみたら二つ返事で許可してくれたぜ! さっすがオヤジ! 話がわかるぜ~♪』


『ま、まぁ、なんか拍子抜けしちゃったけど…… ラビ子、良かったな♪』


『おう! これであたしも胸張って【ヒロファミリーの一員】って言えるぜ♪ よぉ~~し、いっそがしくなるぞぉ~!♪』


『ふふ。ラビ子ちゃんてば浮かれちゃって。元気いっぱいね♪』


『ピキュピキュピキュ~。神速で丸く収まって良かったのでピキュ~♪』


『あ、そーいえばプー、オヤジが礼を言いたいから二人きりで話したいんだってさ。ちょっと顔出してやってくれよ♪』


『おーーーっと、そうだな。たしかに挨拶しないとな。わかったよ』


 ヒロはラビ子とバトンタッチするように部屋を出ると、【変身】でラビットルの姿に戻り、ゆっくりと歩き出し、ラビ之介のもとに向かうのだった。





 三分後、ラビ之介部屋。

 ヒロは促されるままにラビ之介の正面に正座し、なかなか会話が始まらないことに若干のストレスを感じ始めていた。

 そして自ら先に口を開こうかと思い立った矢先、ラビ之介が静かに口を開く。


「プーくん…… いやヒロさんだそうだね。うちの娘を引き受けてくれるようで感謝するよ」


「あ、はい。俺もまだまだ修行中の身ですが、お嬢さんを預かるからには全力でおまもりします」


「そう言ってもらうとありがたい。もうこの界隈ではあの娘の目標となるような強者は見当たらなくてな。このまま三年後に当主を譲るか、それとも一度【軍】にでも入隊させようか、悩んでいたところだったんだ。ヒロさんが面倒を見てくれるのなら何よりだよ。これであの娘もひと皮むけるだろう」


「いえいえ、こちらこそ了承していただき恐縮です。それで……ですね、俺が【実はテラース人である】ということは……」


「了承しているよ」


「あ、恐縮です。では、そのテラースに移住してもらいたい…… という話は……」


「了承している」


「あ、はい。で、ですね、ラビ之介さんは…… そのですね、テラースに住むということについて抵抗とかは…… 無いんですかね?」


「それはある」


「…………ですよね~」


「しかしヒロさん、私のそんな葛藤など些末な問題だよ。ラビ子は私より強者であり、そのラビ子より遥かに強者なのがヒロさんだ。私は何より強者を敬う。だから私の心情など気にせず、強者として何の遠慮もなくラビ子を預かって欲しい。そして私もあなたという強者に従い、新天地で生きてみようと思う」


「…………わかりました。では今後もよろしくおねがいします」


 ヒロは正座したまま深々と頭を垂れに垂れた。それはもう【ほぼ土下座】だった。


「それとヒロさん、あなたにひとつだけ伝えておきたいことがある」


「はい、なんでしょうか」


「あんなに幸せそうで前向きなラビ子のラビ波を受け取ったのは暫く振りだ。あの子が幼かった頃以来かもしれない。私はそのことが何よりうれしい。不甲斐ない父として心から感謝するよ」


 今度はラビ之介が深々と頭を下げる。


「……ラビ子を…………あの子の笑顔を…………たのみます」


 その声は押し殺したように切実で、静かに震えているのだった。





 ヒロがラビ子部屋に戻ると、真っ先に当人が襲いかかってきた。


『プー、どーだった? オヤジに何言われた? 機嫌悪かったか? ひょっとして殴られたりしたか?』


『………………』


『プー? ……ど、どーした? オマエ、涙浮かべてんじゃねーか? オヤジになんか嫌なことでも言われたのか?』


『…………ラビ子、』


『……は、はい』


『おまえのオヤジさんは、……立派な人だな……』


『……え? あ、……そ、そうさ! オヤジはあたしの師だからな! 小さい頃からあたしを鍛えてくれたのはオヤジだったんだ! 奔放で天才肌のかーちゃんはいつも自分の鍛錬に夢中でさ、よく遊んではくれたけど、修行に関しては“見て想像して成長しなさい”ってのが口癖だった。でもあたしはそんな事言われても全然わかんなくってさ、道場の隅っこでよくうずくまってベソかいてたんだ。そんな時、泣き疲れて顔を上げるとな、いつもオヤジが静かに立ってた。黙ったまま、無愛想な顔してさ。で、あたしが稽古を再開すると一緒に付き合ってくれるんだよ。オヤジってばよ、なんにも言わねーかわりに、あたしが疲れ果てて床に転がるまで、ぜってー自分からはやめてくれねーからさ、そりゃもう迷惑だったぜ~。おかげで毎日、あたしはぶっ倒れるまで稽古し続けるしかなかった。毎日毎日、無口なオヤジと一緒にな~』


『オヤジさんは…… ラビ子に生きてほしかったんだろうな。少しでも強くして、少しでも死ぬ確率を減らしたかったんだと思うよ』


『…………なぁプー』


『ん?』


『……オヤジのこと…………ありがとう、な』


 ラビ子の声もまた、押し殺したように切実で、静かに震えているのだった。


『…………ラビ子、』


『…………?』


『おまえは間違いなく、オヤジさん似だな♪』


『…………そう思うか?』


『あぁ、そう思う』


『へへ。……だったら一生の誇りにするよ♪』


 ラビ子の笑顔は旅立ちの日に相応しい晴れやかな輝きに満ちているのだった。




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