居候




ガラガラガラッ


「たっだいま~~♪ オヤジーー! 強い奴連れてきたぞーー!♪」


 ラビ子が威勢よく玄関の引き戸を開け、大声で呼びかける。

 すると奥から中年のラビットル男性がゆっくりと現れ、腕を組みながら険しい表情でヒロをジロリと睨み回した。


「……強いのか?」


 低く落ち着いた声がラビ子に問いかける。


「あぁ、あたしが保証するよ! こいつ強いぜ~♪」


「そうか。分かった」


 ラビ子の父はそれだけ言うと、すぐに奥へと消えていった。


「……えっ!? あの、ラビ子さん、挨拶とか……」


 するとラビ子はキョトンとした表情を見せると、すぐさまヒロの肩を盛大に叩く。


「なっはっは~~(笑) プー、オマエ真面目な奴だな~♪ 気にすんなってーの! そんな堅っ苦しい作法なんて必要ねーからさ、オマエはなんも気にせずココでのんびり暮らしていけばいーんだって♪」


「く、暮らす? ……暮らす?」


「さぁ、そんなところにボ~っと突っ立てないで早く靴脱げよ! プーの部屋に案内すっから♪」


「…………え?」


「さぁさぁ、こっちこっちぃ~♪」


 ラビ子は硬直したヒロの手を取り、ズルズルと屋敷の奥へと引きずって行き、とある部屋の前で停止した。


「喜べ! 今日からここがオマエの住処だ♪ 布団や寝巻なんかは揃ってるから自分のもんだと思って使ってくれ! あと、何か困ったことがあったり欲しい物があったら気にせず言ってくれ。あたしは今から夕食の準備とかいろいろする事があるからメシが出来るまで部屋で待機な! ま~退屈だったら家ん中歩き回ってもいーけどな♪ じゃ~なぁ~!♪」


 ラビ子はそう捲し立てると、あっという間に台所の方へ去っていった。




スーーー


 襖戸を引き、部屋に入るヒロ。

 間取りは六畳一間で、見事に畳が6枚敷いてある。

 片隅には折りたたまれた布団。

 天井からぶら下がる和風の四角い照明器具からはオンオフ用の紐が垂れている。

 中央に丸いちゃぶ台と座布団。

 壁際には古びたタンスと戸棚が鎮座していた。


『な、なんつ~昭和な部屋なんだ……』


『レトロピキュ! 戦後レトロなのでピキュ~♪』


『でもさぁ、古びて年代物なアイテム群だけど、毎日ちゃんと掃除してるみたいねぇ~。ホコリや塵が全然積もってなくてキレイにしてあるわ~♪ 良かったね、ヒロ♪』


『あぁ、こーいった風情のある宿は、また格別の趣があって落ち着くよなぁ~』


『ねぇ~~♪』

『ピキュ~~♪』




『って、そーじゃねーだろ! どーすんだよ! ここで暮らすことになっちまったじゃねーか!』


『ちょ、ちょっとびっくりさせないでよ~。何そんなことくらいで怒ってるのよ~。別にいーじゃないの、長い長い人生のほんのひとコマよ? せっかくラビ子ちゃんが親切にしてくれてるんだからさ~、思う存分甘えちゃいなさいよ♪』


『ヒロさん、ここの暮らしはまだ始まったばかりなのでピキュ! 音を上げるには早すぎるのでピキュよ~』


『チチサマはプンスカしすぎなのです。肝っ玉がミドリムシなのです』


『……な、なんか、あれ? ん? 俺が間違ってんのか?』


『間違ってるとかそーゆーことじゃないけどね、せっかくの出会いは大切にしよーよ~♪』


『ピキュ! これこそまさに苺フルーチエなのでピキュ~♪』


『ウルさん一期一会な』


『それピキュ♪』


『……まぁ、確かに、月の裏側で巨大な陰謀に巻き込まれる、なんて事もねーか~。テラースで何かあったらすぐに【ウルさんワープ】で駆けつけられるんだし。そうか。そうだな♪ このまましばらく時の流れに身を任せてみるのもいいかもな♪』


『それでこそヒロ! よっ! ムッツリスケベ!!』


『ピキュ! さすがテラースののんべんだらり王なのでピキュ~~!』


『チチサマの肝っ玉がホウネンエビにレベルアップしたのです!』


『………………』





 その後ヒロは、座布団にあぐらをかき、ちゃぶ台に肘を置こうとしたところで、胸から飛び出してきた元気いっぱいのハナに大慌てし、プー部屋に【ルナ泉家プー部屋監視役のウル分体】のみを残し、ハナランドへ移動し、やや急ぎ足で【3柴とのじゃれはしゃぎ運動会】【ハナの全身マッサージ&肉球ケア】【てんこもりごはん&おやつ&おやつ&おやつ】【ハナの噛み噛みホネ遊び】【高濃度ヒロ魔力風呂】【ハナトロ~ンでねんね】を満喫し、そっと【ルナ泉家プー部屋】に戻った。


『ふぅ~~。どーやらハナはかなり正確に二十四時間周期で目覚めるように生まれついてるみたいだな~。ある意味絶対的基準点だわ~』


『そぉねぇ~。日の出に反応するのかと思ってたけど、そーじゃないみたいね~』


『ピキュ。ハナちんは“おなかいっぱいでねんねして、おなかぺこぺこでおっきするの!”と語っていたことがあるのでピキュ~』


『なるほど。それほど正確でも無さそうだ』


『簡単でいいわねぇ~。ハナちゃんらしくてかわいいわ~♡』


 すると、襖戸の向こうから


「おーーーいプーー! メシの準備ができたぞぉ~~! 早く来いよーー♪」


 とラビ子の声が聞こえてきた。


 ヒロは恐縮しながらも、誘われるままに探り探り台所へと辿り着く。

 そこには大きなちゃぶ台と座布団が3つあり、すでにそのひとつにはラビ子の父が座っていた。

 物怖じしまくるヒロだったが、ラビ子にいざなわれ、席につく。


「おいプー、正座なんてしなくていーんだよ! 足崩せよ~」


 言われるがままに胡座モードに変形するヒロ。

 ラビ子父は黙ったままだ。


「さぁ~お待ちかね! 今日はカレーだぞ~! プーはカレー好きだろ♪」


 コクリと頷くヒロ。

 目前に大きめの皿に盛られたカレーライスと冷えたお茶が置かれる。

 ラビ子父は黙っている。


「おいプー! なに緊張してんだよ! 遠慮なく食べろよ、おかわり自由だぞ♪」


 ここでヒロの恐縮が限界に達した。


「あ、あの、ルナ泉さん、突然こんな形でお邪魔してしまいまして申し訳ありません。記憶を失い路上生活を余儀なくされていた私の事を、御息女のラビ子さんが不憫に思ってくださり、こうして施しを受けさせて頂けるよう、こちらに連れて来てくださったのですが、私は本当にこんなありがたい御慈悲をお受けしてもよろしいのでしょうか?」


 ヒロは自分でも何を言っているのか分からなくなるほど努めて丁寧に言葉を発した。


「ラビ子から大体聞いたよ。プー君、キミは強いみたいだね」


「……強い……と言いますか、何と言いますか…… 自分ではよく分かりません」


「いや、ラビ子の【斬流牙】と【流星爆散弾】がカスりもしなかったのなら、キミは強いよ」


「そ、そうですか。恐縮です」


「そのうち私とも御手合わせ願いたいものだ」


「は、……はい、喜んで……」


「それと遅くなって申し訳ない。私は【ラビ式波動術三十七代目宗家当主・ルナ泉ラビ之介[るないずみ・らびのすけ]】と言う者だ。今後はラビ之介と呼んでくれ」


「はい、……ラビ之介さん、よろしくおねがいします」


 ヒロはラビ之介の機嫌を計りながら、丁度いい対応を探り探り会話した。


「はいはい! かたっ苦しい挨拶はそこまでだ♪ せっかくのカレーが冷めちまうだろ!? オヤジがそんな険しい顔してっから、プーの奴ビビっちまってるじゃねーかよ。プー、オヤジはこんなだけどな、別に機嫌が悪ぃわけじゃねーから気にすんなよ! なんなら今日はスゲーご機嫌な感じだぜ♪」


「そ、そーでしたか。それは安心しました♪」


 ラビ之介は黙ってコクリと頷いた。


「よしっ、そんじゃーメシだ! いっただっきまーーーす!♪」


「いただきます」

「いただきます」


 ヒロはラビ子の作ったカレーライスをスプーンですくい、口に入れる。



「!!! これはっ!!」



 ひと口食べた瞬間、ヒロの全身を特別な衝撃が駆け巡った。

 右手にスプーンを持ったまま、口を真一文字に結び、小さな震えが止まらない。

 気付けば一筋の涙がヒロの頬を伝っていた。


「ど、どどどどーしたプー!? なんか嫌いなもんでも入ってたか!? あたしのカレー不味かったか!?」


 狼狽えるラビ子に向かってヒロは左手を少し振り、心を落ち着かせ、ゆっくりと口を開く。


「……違うんです。ラビ子さん、このカレーライスが、あまりにも…… 俺が幼かった頃、俺がせがむたび、母が…… 母がよく作ってくれていたカレーライスに、そっくりだったもので……。ちょっと驚いて、感極まってしまいました……」


「そ、そーなのか? 別にあたし、言っちゃーなんだけど、特に手の込んだ作り方してねーぞ?」


「いや、そーゆーことじゃないんです。この、全然辛くなくて、ジャガイモとニンジンがゴロゴロ入ってて、いくらでも腹いっぱい食べられそうな、こんなカレーライス、ここしばらく食べたことが無かったものですから……」


「ふぅ~ん。そっか。プー! かーちゃんのカレーの味だけでも思い出せて良かったな!♪ こんなんで良かったらいつでも作ってやるぞ! さぁ、食え食え~♪」


「ふぁい。…………うまいっす……」


 ヒロは思わずこぼれた涙を恥じらいながらも、夢中でラビ子のカレーライスを貪った。

 もう前世になど何の未練もないと自負していたヒロにとって、この味覚による原体験のフィードバックは鮮明なものであり、同時に胸を押し潰されるようなノスタルジーに満ちていたのだった。


「ごちそうさまでした~」


「おっ、もうおかわりはいいのか? たくさん食ってくれてあたしも嬉しいぜ♪」


「す、すいません~。あんまり嬉しくて2回もおかわりしてしまいました~」


「プー、オマエ謝りすぎだぞ! 今日からあたし達は家族も同然なんだからよ、遠慮なんて無しだ! フツーにしてろよフツーに♪ な、オヤジ?」


「ああ。プー君、ラビ子の目にとまってこの家に来たからには、何の遠慮も要らんよ。ご覧の通り我が家には女手がラビ子しかおらんでな、こいつには色々と苦労させてしまっているが、キミもこの子の力になってやってくれると助かる」


「はい、ラビ之介さん。俺も色々とお手伝いさせて頂きます」


「よっしゃーーー! これで正式にプーもルナ泉家の一員だなっ♪ これから何かと頼むぜ! ルナ泉ラビプーさん♪」


「俺、ルナ泉ラビプーになるんすか……」


「まぁ普段はプーだ! 気にすんなプー! なっはっは~~♪」


 それからラビ子は余程嬉しかったらしく、“大事に取っておいたやつだからありがたく食えよ!♪”と前置きし、頂きものらしい【ふきのとうの絵のパッケージのホワイトチョコ】と【細長い缶に入ったチョコがけの四角いクッキー】をうやうやしくちゃぶ台に登場させた。

 直前に【遠慮禁止令】を交付されていたヒロは、断るに断れず、それらを美味しく頂いたのだった。





 食事を終え、一旦部屋に戻ったヒロは、二つ折りにした座布団を枕にゴロンと畳に寝転がる。


『…………こりゃ~いったいどーなってるんだ?』


『ヒロ~、あのカレーライスってそんなに美味しかった? アルロライエちゃんのカレーの方が完成度高くない?』


『いや………… うまいとかまずいとかじゃないんだよ。心に……というか、記憶に訴えかけてくるんだ。カレーだけじゃない。土グラからの帰り道での出来事だって、食後のおやつだって、何ならこの家、この部屋、全部そーなんだ。俺の小さかった頃の記憶。今となっては恥ずかしいだけの、自信満々で、無邪気で、我儘で、世界は自分を中心に回ってて、未来は無限の可能性に満ちている……って思い込んで、はしゃぎ回ってたあの頃。そんな【あの頃のカタマリ】が、このルナスタウン、いや、ラビ子ちゃんとの関わりの中で押し寄せてくるんだよ。俺もう涙腺が決壊寸前だわ~』


『いや決壊してたでしょ~。カレーで♪』


『あれは完全に不意を突かれたよ~。味がさ、俺の母親の定番パターンのバーモンドセレクションカレー甘口とハードコアジャワイアンカレー甘口のブレンドにそっくりでさ~、具材の感じも同じなんだよ。も~理屈じゃなくブワッて蘇ってきてさ、なんとも言えない気持ちが溢れまくっちゃったんだよな~』


『ピキュ~。大人になってどんなに美味しい料理や高級な食材の味を知ったところで、原体験の味に敵うものは無いのでピキュ~。ウルも小さい頃に夢中で食べたウルツァイコンプ鋼が、たまに無性に食べたくなって、各地でつまみ食いしてるのでピキュ~♪』


『確かにな~。今じゃインベントリ内に世界のありとあらゆる【極うま魔物肉】と【鬼うま料理各種】を備蓄してる俺だけどさ、小さい頃に家族でホットプレート囲んで、スーパーの特売品みたいな薄っぺらい牛肉を大事に焼いてさ、エジンバラ純金のタレにつけて食べてた焼き肉が、いちばんうまかった気がするもんな~。嬉しそうにごはんおかわりして食う俺をさ、母親がまた嬉しそうに眺めててさ~』


『……ただね、それにしてもよ? ここまで徹底的にヒロの郷愁に訴えかけてくるラビ子ちゃんってさ、なんかちょっと怖くない?』


『それは俺も感じてる。このまま無邪気にあの子と接し続けたら、俺はもう二度とこのルナスタウンから出たくなくなっちゃうんじゃないかって、そんな不安感が……確かにあるな』


『ラビ子ちゃんの様子からしても、彼女が計算ずくでヒロをたぶらかしてるようには見えないわよね~』


『確かにそれは無いと思うな』


『だとすれば何? ラビットル種固有のパッシブスキルとか?』


『気に入った相手が自分の虜になるピキュ~♪ ヒロさん虜、おめでとうなのでピキュ~♪』


『洗脳骨抜きで虚ろな目のチチサマもステキなのです♪』


『んなわきゃねぇーだろ。まぁノスタルジーの津波に呑まれて切ない心地良さは感じたけど、だからと言って本当にここに居続けたいかって言えば、そんなことも無いんだよ。ヒロシティの今後も楽しみだし、【テラース商会】や【なんでも屋】のこともある。インベントリの中にはまだ開放してない難民たちもいっぱい居るし、何よりまだ行ったことのない土地や町がこの世界にはたくさんあるんだ。だからここだけに引き寄せられてる訳にはいかないよ』


『あら、そこまで考えてるんなら安心ね♪ ラビ子ちゃんの郷愁ブラックホールについては謎のままだけど、それはそれでい~のかもね』


『ま、彼女に関しては、心にビシッと一線引きながら、ご厚意には甘えさせてもらうよ。最初はただの馬鹿かと思ったけど、ラビ子ちゃん、めちゃんこ良い奴だしな~』


『ピキュ~! それは間違いないのでピキュ~♪ ぶちばりくそもんげりっさ良い子ピキュ~♪』


『ん? 窓の外から何か聞こえるな……』


『ほんとね~。ラビ子ちゃんの声だわ。あ~、武道の練習してるのね~』


 ヒロはおもむろに起き上がり、木枠の窓をガラガラッと開けてみる。

 窓の外は広い庭になっており、そこではラビ子が真剣な表情で武術の型を反復していた。


「お! うるさかったか? 悪ぃけどこれ日課なんだよ。食後の2時間は我慢してくれな!」


「いえいえ、うるさくなんて無いですよ。興味が湧いて開けてみただけです。見ててもいいですか?」


「おー! 全然構わないぜ! これはな、ラビ式波動術の基本の型なんだ!」


 先刻までとは別人のような鋭い表情のラビ子が、ただひたすら、何十もの型を正確に繰り返していく。

 延々と繰り返されるその動きは、まるで【戦いの女神の演舞】のようだった。

 ヒロは時間が経つのも忘れ、ラビ子の舞いに見惚れるのだった。





「よしっ! 今日はここまでだ♪ てかプー、オマエこんなの2時間も見ててよく飽きねーな~」


「いえいえ、あまりにも綺麗で、ついつい見惚れちゃいましたよ~」


「なっ! オマエ、ななな何言ってんだよ! 恥ずかしいこと言うんじゃねーよ!」


「あ、すいません~。でも本当に美しいと思ったんですよ。ラビ式波動術って基本の型がたくさんあって、どれも流れるような動きなんですね~」


「んあぁ、術型の流れのことな! いや、こんなんじゃまだまだ駄目なんだ。あたしのかーちゃんはもっともっと凄かった。もっともっと疾くて、もっともっと力強くて、もっともっときれいだったんだ……」


「あの…… ラビ子さんのお母さんは……」


「半年前に死んじゃったよ。ルナスダンジョンのガンマに潜ってさ、戻って来なかった……」


「……そうだったんですか。すいません、つらい話を聞いてしまって……」


「いやいいよ! 今でもかーちゃんはあたしの誇りだ! こーやって誰かに話せば、かーちゃんの凄さも色褪せないだろ? だからプー、どんどん質問してくれよ!」


「……そうですか。でしたら聞きますね。お母さんはダンジョンに潜ったと言ってましたけど、それはつまり、それほどの腕の持ち主だったということなんですよね?」


「そう! あたしのかーちゃんは、ルナ泉ラビ恵[るないずみ・らびえ]って言うんだけど、ラビ式波動術三十六代目宗家当主だったんだ♪ めっちゃくちゃ強かったんだぞ!」


「え? それは…… お父さんよりも?」


「まーあんまし大きな声じゃ言えねーけどさ、オヤジは元々当主を継ぐ予定は無かったんだよ。かーちゃんが死んじゃったから、仕方なく【つなぎの当主】をやってくれてんだ♪」


「つなぎの当主?」


「あたしが当主を継ぐまでの【つなぎ】だよ。ラビ式波動術は二十歳にならないと当主を継げないんだ。だからあと3年、オヤジが肩代わりしてくれてるんだ」


「え? ということは、ラビ子さんもお父さんより……」


「ん~。まぁ強いな♪ オヤジもかなり強いけど、あたしの方が【波動量】が多いんだよ。だから鍛錬の成果にも差が出ちまうのさ。あたしの方がどんどん成長しちまってさ。オヤジはやさしいから何も言わずにかーちゃんとあたしに当主を譲るって言ってくれたけど、ホントは悲しかったんじゃねーかな……。修行の量はオヤジだって誰にも負けないくらい積んできたからな~」


「(波動量ってのはMPのことだな~)なるほど。波動術の世界は厳しいんですね~」


「そうさ! 勝負の世界はいつだって何だって非情だぜ! どんなに努力したって勝てねぇ相手には勝てねぇ。あたしがプーに一撃も当てられなかったのも、厳しい現実ってやつだ!」


「まぁ、俺は、ちょっと特異体質みたいなんで……。参考にはなりませんよ」


「プーはいったいどんな才能があってどんな修行を積んだんだろーな!? 記憶が戻ったら是非とも指南してほしーぜ! そーすりゃあたしもガンマダンジョンに潜って、かーちゃんの仇を討てるかも知れないだろ?」


「あの、ルナスタウンの3つのダンジョンは、どんな違いがあるんですか?」


「ん、っとな、まずアルファダンジョンは、3つの中で1番魔物が弱くって、攻略も進んでるんだ。で、次に進んでるのがベータダンジョン。この2つのダンジョンで取れる魔物の素材がルナスタウンの資源調達の根幹を支えてるってとこだな♪」


「ではガンマダンジョンは?」


「ガンマダンジョンだけは、未だに150mくらいしか進んでないんだ。まず、ダンジョンの開拓ってのはな、最初に魔物に勝てるレベルの強者達がチームを組んで、討伐しながら進んでいく。そしてある程度進んだところで一旦停止して持久戦を展開する。そのあいだに安全地帯となったそこまでの経路を土木作業担当の奴らが急いで崩して運んでならして扉をつけて、ダンジョン通路を作っていくんだ。そーすりゃ次回から進みやすいし戦いやすくなるだろ?」


「なるほど。ただのゴツゴツした洞窟を、通路に改築して進むんですね?」


「そのとーり! 基本はその繰り返しでな、アルファとベータはすでに足すと数百メートルほどにもなる複数の縦穴と、それを繋ぐたくさんの横穴の殆どを【通路】に変えちまってるんだ。途中にシェルターも作ってあるし、ラビットルが戦いやすいような障害物や仕掛けも既にある。だから魔物狩りも効率よく出来るし安全性も高い。けどな、ガンマだけは特別だ。あのダンジョンだけは攻略がほんとーに難しいんだ!」


「魔物が強いんですか?」


「それもある! ただそれだけじゃねぇ。ガンマダンジョンは、まず、100mほどもある垂直に近い縦穴から始まるんだ。しかもその経が恐ろしく狭くてな、人ひとりがやっと通れるほどの箇所もいくつかある。だから入り口から穴を広げようにも、崩した土砂や岩が落下しちまって、途中で経路が埋まっちまうトラブルもよく起こるんだ。でな、そんな狭くてグネった縦穴は100m下でようやく底に着くんだけど、その場所には既に魔物がけっこー居やがる。そしてそこからがまた大変で、いきなり3つもの横穴が伸びてるんだよ。もちろんその横穴にも魔物がウジャウジャ居やがる。今はようやく地下50m地点くらいまでは移動しやすい縦通路が整備されたみたいだけどな、そのさらに下の50mは、未だに手つかずの天然洞窟のままだ。だから実際の話しはって言うと、まだ第一の底にすら整備が届いてねぇ未開のダンジョンってことになるんだよなー」


「あれ? さっき150mまで進んでるって言ってませんでした?」


「……かーちゃんだよ。あたしのかーちゃんが、弟子を7人連れて、半年前に潜ったんだ」


「あ、……その時、底から横穴を50mまで進んだ……んですね?」


「あぁ、そーらしい。戻ってきたのは2人だけだったけどな。その2人も欠損だらけで生きてるのが不思議なくらいだったぜ」


「…………そうだったんですか」


「おいプー! オマエが落ち込んでどーすんだよ! 不幸中の幸いっつーか、戻った2人は死なずに済んだし口もきけたんだ。そのおかげでガンマの底の魔物の情報や横穴の情報が手に入った! そーやって少しずつでも攻略していけば、いつかはガンマダンジョンの先が開けて、新しい素材の供給ルートが手に入るってもんだよ! そーすればさ、この町にまだまだたくさん居る親のない貧乏なガキたちにも、少しは良い生活が出来るようにしてやれるかも知れねぇ! あたしもそんなかーちゃんの思いを継げるよーに鍛錬を続けねーとなっ♪」


「……………………」


「どーしたんだよプー! オマエは強いんだからさ、人死にの話なんかで黙んなよ♪」


「……………………」


「わ、悪ぃ。強くったって記憶が無ぇのは不安だもんな。よしっ! あたしが何でも教えてやるからよ、いっしょにがんばって、お互い、今以上に強くなっていこうぜ!!」


「………………くない」


「プー? ど、どーした?」


「……俺は、…………ラビ子さん、俺はね、…………おれは、…………ほれは、…………でんでん、ばっだぐ、ぢっども、ごれっぼっぢぼ、づよぐなんて、づよぐあんて、づおぐだんで……………… だいんでずよ…………」


 ヒロは握りしめた拳も震える声もぐしゃぐしゃの顔も涙も鼻水も、何ひとつ隠すことができなかった。

 ラビ子の思いに対してビシッと一線を引くことなどまるでできなかった。

 わずか半年前に最愛の母を無残に亡くしているにもかかわらず、自分の死が待ち構える未来を、気丈に、そして明るく語るラビ子に、何ひとつ敵わないと痛感し、己の心の弱さを深く思い知った。


 繰り返し、嗚咽することしかできなかった。


 繰り返す嗚咽を止めることもできなかった。




 そしてラビ子は、そんなヒロの無様な姿をずっと、ただずっと見つめていた。

 ずっと見つめて、ずっと黙ったあと、ポツリと呟いた。


「プー…… オマエ、やっぱイイやつだ♪ そんで、……やっぱ強いやつだ」


 ラビ子の表情はまるで女神のような微笑みに満ちているのだった。

 




 ラビ子が鼻歌を奏でながら自室に戻ってから数分間、ヒロはあまりのバツの悪さに念話を始められないでいた。


『ヒ、ヒロぉ~、ラビ子ちゃんもう居ないよ~。お部屋に戻ったよ~』


『ピギュッ…… ヒッピギュッ…… ウルは…… ウルはまだもらい泣きが止まらないのでピギュ~~~』


『ウルちゃん、あなたがそんなに泣いてどーするのよ~。ヒロはとっくに泣き止んでるでしょ~?』


『ウルは…… ウルは今宵、改めて、ヒロさんの心に強く撃たれたのでピキュ~! も~何があってもヒロさんを離さないのでピキュ~! ヒロさんがどんなに長生きしたとしても、ウルはそれ以上長生きして、ヒロさんの最期を看取るのでピキュ~! おくりスライミーになるのでピキュ~。ヒロさんずっと一緒ピキュピキュピキュ~!』


『なんなのよその愛情表現は~。ほらヒロ、ウルちゃんもヒロの事がさらにマシマシで好きになったんだって♪ そろそろお話しましょ♡』


『……うん』


『まぁ、わたしもヒロがあんなに泣いちゃうなんてびっくりしたけどさ、ヒロのこと、改めて好きになったよ♪』


『……うん。ありがと』


『ラビ子ちゃんの人生観が勇敢すぎて当てられちゃったよね~』


『ふぅ~~~~。いや、参ったよ。俺本気で泣いちゃった』


『分かるよ~。だってあの子、けなげ過ぎるよ~。毎日元気で必死に続けてる鍛錬が、死のダンジョンに挑むためなんだもん。しかもそれはルナスタウンの貧しい子どもたちの生活を良くするためで、それが、大好きだったお母さんの悲願だったなんて……』


『あ~ヒメ、もう止めてくれ。反芻されると俺また泣いちゃうから』


『ごめんごめん。でもラビ子ちゃんはもう大丈夫だよ♪』


『……なんでそんな事が言えるんだよ?』


『だってヒロ、あなたが付いてるじゃないの。だからもう彼女は死なないんじゃない?』


『……ま、まぁ…… そうかもな』


『ヒロ~、ためらわないであの子を大切にしてあげなさいよ~。わたしやハナちゃんやウルちゃんやひーたんにしてくれたように、大切にさ♪』


『…………ヒメ、』


『ん? なに?』


『…………やっぱりおまえは、……最高の嫁さんだな』


『ぬあっ! んくぅぅっ…… あ、 ……ありがと~♡』


『ピキュ! ウルも最高の息子ピキュピキュ~!』


『もちろんだぜマイサン!』


『ひーたんもなのです~♡』


『当然だぜマイ次女!』


『ZZZ…… パパァ~ ZZZ』


『わかってるよ~マイ長女~♪』


『よし、うまいことまとまったわね♪ それじゃヒロ、最後にみんなにビシッとひと言ヨロシク!』


『え~~みんな、今まで読んでくれてありがとなっ! これからも俺達ヒロファミリーの冒険は続いていくんだけどさ、ここいらで、ちょっぴり悲しいけど、冒険の報告は終わりにしようかと思ってるんだ。ただ、いつになるかは分からないけど、もし、またこの世界のどこかで俺達ヒロファミリーを見かけることがあったら、遠慮なく声をかけてくれよなっ! その時のキミの思いが【宙来】や【冥界王ハデス】なんかよりずっと強かったなら、奇跡が起きて、俺達の冒険譚は再びキミの元に届きはじめるかも知れないぜ? 俺は、心から、その時が来るのを待ってるよ♪ 今までホントにありがとう! またいつか会えると信じてる! みんなあばよ~~~!!』


『あんた、どこの【みんな】に向かって熱く語りかけてんのよ~。そもそもこんな冒険の途中で終われるわけ無いでしょ~。あとよく考えたら【終わる】って何よ。もぉ~、ちゃんとしてよね~』


『ごめんごめん。ちょっとソレっぽいこと言ってみたかったんだよ。ん~と、それじゃあ…… 俺達ヒロファミリー、これからもドタバタワイワイやっていくぞーーー!!』


『いぇ~~~い♪』

『ピキュ~~~♪』

『はいなのです~♪』

『ZZZパパァ~♪』





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