JKとの遭遇




『じゃあウルさん、ヒロシティまで【ウルさんワープ】よろしくね♪』


『まっかせるのでピキュ! ここから何十万キロ離れていようとも、ヒロシティまでひとっ飛びなのでピキュ~~♪』


『ちょ、ちょっと待ってウルちゃん!!』


『ピキュ!? ど、どーしたでピキュか?』


(ん~。このタイミングでの“ちょっと待って”かぁ。嫌な予感しかしねーなぁ……)


『ヒロ、あそこを見てよ! 女の子が何十人もの男に囲まれてるわよ! あれ、ただごとじゃないんじゃないの!?』


(ん~~。ますますだな~。俺の予感が当たりませんように……)


 ヒロはヒメの意識が差す方角をゆっくりと確認する。

 すると、ヒロから300mほど離れた場所にある大きな土のグラウンドの中央で、若い女性ラビットルが、大勢の男性ラビットルに囲まれている姿がスコープに飛び込んできた。


『んなぁぁぁあああ、やっぱりか! ひょっとしたらそーなんじゃないかって気もしてたんだよなぁ~』


『ヒロ? なに? 知ってる子なの?』


『ヒメも知ってる子だよ~。あれ【ルナ泉ラビ子】さんだもん』


『え…………? えーーっ!? ホントに!?』


『ピキュ~! ラビヶ丘高2年B組のムードメーカーピキュ~?』


『てことは、ルナ泉ラビ子を取り囲んでる男たちが、“今日もボッコボコにしてやるぜぇ~♪”って言ってた相手の【ラビ三高の奴ら】ってことかぁ』


『でもさぁ、それって独り言だったんでしょ? 強がりで言ってただけなんじゃない? あの状況って、ど~見ても大ピンチとしか思えないんだけど~』


『ん~。でも、多分、ルナ泉さんが勝つんだろうな~って気がするんだよ。だってルナ泉さん、あれだけの男達に囲まれてても、余裕で笑ってるもん。しかもさ、冷静にひとりひとりの動きや表情を分析してるみたいだしさ、さらには周囲にも意識を配っててさ、援軍サーチしてる様子さえ伺えるんだぜ~? ……あっ! ヤバい! 俺に気付いちゃったかも! 一瞬視線がここで止まったぞ! こりゃ逃げた方がいいかもな~』


『ピキュ~。ラビ子さん、なかなかのツワモノとお見受けするのでピキュ~』


『それホントなの~? あそこからここまで300mくらいはあるのよ~。そんな広範囲索敵能力って…… あ、まぁ、戦闘に関しては初見の種族だし、充分に有り得るのかぁ~』


『それな。なんつったってラビットル種は、頭のてっぺんにこの【ラビラビ】っつー謎のレーダー器官を持ってるからなぁ。あ、ちなみに俺のは【変身】で生成されたハリボテのラビラビだから、触り心地は同じでも機能的にはコピーされてないからね~』


『ピキュ~。結局北極国税局、これからどーするのでピキュか~?』


『とりあえずヒロさ~、ルナ泉さんが【気が強いだけで実はか弱い普通の女の子】って可能性もゼロじゃないんだからさ、あの物々しい状況の顛末だけでも見届けていこ~よ~。そんで怪我しちゃったら魔法で治してあげよ?』


『そんな可能性はゼロだと思うけど、それでヒメの気が済むんなら、別にいいけどねぇ』


『ピキュ!! そーこー言ってるあいだに決闘のゴングが鳴らされたみたいなので…… ピキューー!?』


『おおおぉぉ、相手が只の高校生とは言え、1対56の超数的不利な状況をモノともせずに暴れまわってんな~』


『なにあの子! いつの間にか囲みの外側に居るじゃないのよ。そんで動き回って弱そうな奴から次々と倒していってるわー。こりゃヒロが言うように心配なんて要らないのかもね♪』


『ピキュ! 驚きなのでピキュ! ラビ子さんは相手に触れること無く次々と倒しているのでピキュ~!』


『うん、あれは【フレーム魔法】だな♪』


『です♪ チチサマとひーたんには明確にわかるのです~♪』


『おぉヒロリエル、起きてたのか~♪』


『ひーたんはいつもバッキバキにクンスハーしてるのれす♡』


『お、おぉ、そうか』


『ヒロさん、ラビ子さんのあの技が見えてるのでピキュか?』


 説明しよう! ヒロは【イスタ島でセバスに食らわされた不意打ちのフレーム攻撃[の予備段階]】に狼狽えてしまった経験を反省し、改めて【異世界転生者支援プログラム】の詳細設定を確認し直し、自分以外の生物が発生させたフレーム魔法についても【見える・見えない】の切り替えが選択可能になっていることを知り、現在は【デフォルトON】の状態で異世界ライフを満喫しているのだ!


『あ~、見えてるよ♪ 逆にラビ子さん自身には見えてないと思うけどね~。彼女の情報の中に【実家はラビ式波動術宗家】ってあっただろ? あれは【フレーム魔法】のことだと思うんだよ。彼女は多分、【自分の手の平の中にフレームを構築して、内部の空気の質量をめっちゃ上げて、それを相手にぶつけるっていうフレーム魔法】を、【ラビ式波動術】と勝手に解釈して繰り出してるんだと思われるな~』


『なるほどね~。そりゃ無理もないかぁ。この世界で【フレーム】や【ステータス値】を視覚的に認識できてるのってヒロ……とひーたんだけなんだもんね~』


『多分ラビ子さんも、俺がいつもやってる【直接、対象をフレームで囲んで状態変化させるような魔法】も出来るんだろうけど、相手がこうもドタバタ動き回ってると、効果が出るまでの時間が追いつかないんだよ。自分の手元で拳ほどのフレームを作り込んでから相手にぶつける方が瞬時に発動できるんだろう。イメージしやすそーだしな~。で、見た限りでは、相手の男子学生たちには、その技術がまるで無いっぽい。ラビ子さんの技術はそれなりに仕上がってるようだから、MPが枯渇するまではこのまま無双状態が続きそうだな~』


『ピキュ~。結構MPの持ちもいいピキュ~。さっきから何発も撃ちまくってるピキュが、彼女から【残弾数を気にかける様子】は伺えないのでピキュ~』


『小さい頃からずっと同じことを繰り返してきてる成果なのかもな。きっとあれは【ラビ式波動術】の基本攻撃なんだと思う。何年ものあいだ、同じフレーム生成繰り返してたら、それに伴うステ値も上がりやすくなるだろうし……』


『話は大体分かったんだけどさ、少なくともテラースにはこれほどのフレーム魔法の使い手は居なかったじゃない? これって【ラビットル種】だからこそ出来る芸当なのかな?』


『それもあると思うけど、種族の特性に加えて【彼女だからこそ】って事なんじゃねーかなぁ。まず、ヒト種を例に上げると【魔法の有用性】に気付く前に【道具や人海戦術の有用性】に舵を切っちゃってる感があっただろ? アレは多分、魔法能力の成長の実感が全く得られないほどに微々たる上昇しかしないからなんだと思う。元々魔法は【毎日コツコツ】が成長の絶対条件なんだから、よほどの確信がないと【長期間に渡ってジワジワとステ値を上げていこう】なんて発想には至らない筈なんだよ。でもルナ泉ラビ子さんの実家は【ラビ式波動術】という名の【魔法技能者育成プログラム】を代々受け継いでいる家系っぽいだろ? 元々ラビットル種と魔法との親和性が高いってことに加えて、ラビ子さんが物心ついた頃から魔法修行が日常的になってたんだとすれば、テラースのヒト種とは比べ物にならない異次元の能力を身につけてても何ら不思議じゃない…… と思える』


『た、たしかに、【ラビ三高の輩共】は同じラビットル種なのに肉体による物理攻撃一辺倒ね~』


『あとまぁ【ラビ式波動術宗家・ルナ泉家】の血筋っつーかデオキシリボ拡散波動砲遺伝的なやつによるもんなのかも知れんしな~』


『あとピキュ、大昔にルナ泉家のご先祖様だけが【魔法の有用性】を誰かに教えてもらったのかも知れないピキュ~』


『情報セレブ的な? それも可能性あるか……。まぁ~、これ以上考えても、ルナスタウン住人の魔法能力系情報サンプルが全然無いんだから埒が明かないのも事実だな。一旦忘れて、ここはラビ子さんの奮闘を……って言っても、もう終盤か~♪』


『ありゃりゃ~。ラビ三高の男の子たち、もう5人しか残ってないわね~』


『だがしかしピキュ、ラビ子さんはこの3人くらい前から魔法を撃ってないのでピキュ~。ついにMP切れを起こした可能性が大なのでピキュ~』


『でもまぁ彼女、【ラビ式古武術部のキャプテン】ともなってたしさ、素手でも強いんじゃねーかな?』


『あら? そ~言えばさ、ラビ三高のアホども全員、武器持ってないわね。フツーこんなグラウンドでの決闘と来ればよ? 【釘バット】やら【鉄パイプ】やら【バールのようなもの】やら【鉄鎌・鉄鍬・鉄鋤とかの百姓一揆武装】やらをぶん回しててもおかしくないのにね。案外そのへんについてだけは節度を持って取り囲んでたのかしら♪』


『紳士だねぇ~ってはならないけどな♪ お~~、そ~言ってるあいだにも、残り1人になっちゃったよ~。あ…… あぁ~、残りゼロだ』


『ぶ、武術の腕前もナカナカなのでピキュ~! 肘と蹴りによる打撃技に加えて、スキあらば関節技や絞め技も盛り込んで来るのでピキュ~。ヒロさん、あのメウサギ、ただの女子高生ではないのでピキュ~』


『ウルさんそれはもう分かりきってることだから♪ ただまぁ、俺らにとっては子供の遊び。スローモーションだったけどね~』


『それは確かにピキュ~』

『チンタラすぎなのです~』


『そりぁ~アンタらと比べたら人間種なんて誰も叶いやしないわよ~。もっと暖かく見守ってあげなさいよ~』




『………………』




『ヒロ? どーしたの?』


『……恐れていたことが起こっている』


『恐れていたことって……あっ!』


 ヒロ達が改めて視線を送ると、土グラウンド中央で決闘を終えたばかりのルナ泉ラビ子が、まさにこちらへ向き直って仁王立ちしていた。

 そして、ゆっくりと斜めに構え、拳を握った右腕を引き、ファイティングポーズを取ると、左手を前に出し、手の平を上に向け、4本の指でクイックイッと挑発して来る。


『勘弁してくれよぉ~。ドラゴンジークンフー映画の観すぎだって~』


『ヒロ~、ラビ子ちゃんってば、ニヤッて笑いながらトントンステップ踏み出したわよ~。うわっ鼻もこすった~』


『ヤル気ピキュ。ラビ子さんは完全にヒロさんとヤル気なのでピキュ。命知らずなメウサギなのでピキュ~』


『やらねーっつーの! 何でルナースの裏側まで来てJKと決闘しないといけないんだよ~。こりゃエドのパターンと一緒だわ。ハナランドに消えるしかねぇ~な~』


『え~~~!? そんなのつまんないじゃな~~い。とりあえず行ってみようよ~、近くまでさ♪』


『ピキュピキュ~♪ ウルもも~少しラビ子さんと関わってみたいピキュ~。ヒロさん【苺ドルチェ】ピキュ! 出会いは大切にするのでピキュ~♪』


『ウルちゃん、それを言うなら【一期一会】だぞ♪』


『テヘピキュ。それピキュ♪』


『……オマエら、ひと事だと思って気楽に煽んなよな~。相手すんのは俺なんだぞ~?』


『まぁまぁヒロ、好奇心の赴くままに行きましょ♪』


『ヒロさん、ドントシンキングタイム! フィーリングカップル! なのでピキュ~♪』


『ウルさんそれもかなり違う』


『さぁさぁ、ヒロ、歩いて歩いて♪』


『ピキュピキュピキュ~♪』


『……まったく。やれやれにも程があるってもんだぜ~こんちくしょ~のべらぼ~め~』


 ヒロは深く大きな溜息をつきながら、300m先の土グラウンドに向かって重たい足を踏み出すのだった。





 その後ヒロは、時間をかけてゆっくりと歩みを進めた。

 そのあいだに、辺り一面に転がって呻いていた【ラビ三高の皆さん】も、“チキショーおぼえていやがれ!”や“テメー! このままで済むと思うなよ!”などの定型文を発しながら、ひとり、またひとりと姿を消していった。


 かくしてヒロがグラウンドに辿り着くと、そこには【トントンステップで飛び続けるのに虚しくなり、イライラした表情で睨みつけてくる仁王立ちスタイルのルナ泉ラビ子】ただひとりが待ち構えていた。

 ヒロは溜息とともにさらに歩みを進め、ついに彼女まであと10mほどのところにまで辿り着く。


「おいテメー! 遅ぇーんだよこの泥亀がぁー! 来るなら来るで走って来いよなー! ラスボス気取りでダラダラと余裕ぶっこいてんじゃねーぞ! そのアホ面の中身、カラッポなんじゃねーのか!? ウスノロオヤジがっ!!」


 ヒロはすぐ念話を走らせる。


『ちょ、ちょっとみなさん聞きました? 酷い言われようなんですけど~。もうハナランドに移動しない? 俺、このまま言われ続けたら、【心】、いびつに変形しちゃいそーなんですけど~』


『ドンマイよヒロ! まだまだやれるわ! 心を強く持って!』


『ヒロさん! 小娘の戯言になんか耳を貸しちゃだめピキュ! ヒロさんはオヤジなんかじゃないピキュ! 巣鴨地蔵通り商店街をひとたび練り歩けばヤング以外の何者でもないのでピキュ!』


『…………』


「おいオッサン! おまえ耳付いてんのか? ここまで来たってことはあたしと1戦交える気ってことなんだろ!? ほらっ、来いよ! メッタメタのギッタギタにしてやるぜっ!」


 ラビ子は満を持して戦闘ステップを軽やかに踏み始めた。


「……いや、あのですねお嬢さん、俺はただ、なんか呼ばれているような気がするなぁ~なんて気がしましたので、こちらに伺っただけでして……。1戦交えるだなんてつもりはサラサラ無いと言いますか……。あと年齢も20代前半でして、決してオッサンという程のものでもない訳でして……」


「問答無用!!!」


 刹那、ルナ泉ラビ子が地面を蹴った。

 人間業とは思えない速度でヒロの目前に到達すると、左手でジャブ、右手でストレート、重心を入れ替えての左フック、そのまま前に倒れ込みながらの浴びせ蹴り、というコンボが炸裂する。

 しかしラビ子の【目にも留まらぬ連続攻撃】は一撃たりともヒットすることはなく、ヒロは戦闘態勢すら取らずに棒立ちのままだった。


「なっっっ!?」


 驚愕するラビ子。改めてヒロのことを穴が空くほど観察し始める。


「て、てめーナニモンだ!? ただの焦らしマニアなオッサンじゃねーみたいだな!」


 初手のコンボを全てかわされ、慎重になったラビ子は作戦を切り替え様子を見ている。


「あの、ですから、俺は呼ばれたような気がしたからここまで来ただけであってですね、別にあなたと戦うつもりなんて無いんですよ、分かっていただけましたか?」


「うるさいっ!! あたしの【斬流牙】を軽くかわしておいて、よくもまぁそんなトボけたこと言ってられるな! オマエどこの流派だ!? それとも軍のヤツか!?」


 ヒロは念話を走らせる。


『おいおい、【斬流牙】と来たもんだぜぇ。チューニーな世界観にも程があるだろ~』


『ピキュ! 斬っても噛んでもいないのに【斬流牙】とはこれ如何に? 的なトンチを仕掛けて来てるのでピキュ~』


『ウルちゃん、大人の階段のぼりすぎよ。もっとロマンを受け止めてあげなさい!』


『しかし弱ったぜ~。オマエハナニモノダ的な興味持たれちゃったぞ~。どーすっかな~~』


「黙ってないで何とか言えよこの茹でダコッ! オマエがそこいらの素人じゃねーってのはもう分かってんだ! とっとと所属を答えろ! それがこの世界の流儀ってモンだろ!!」


「……所属とか言われましても……。俺は本当に只の通りすがりの若者でして……。まぁプータローみたいなモンですかね~(爽やかにニッコリ)」


「ふ、ふざけるんじゃねーー!! あくまでもシラを切る気かよ! だったらこっちにも考えがあるぞ! 後悔しても知らねぇからなぁぁあああ!!!」


 ラビ子はそう叫びながら、両の手の平の中に高質量の空気のフレームを作り出し、さらにその温度を急上昇させる。


『おおぉ、空気の質量をめっちゃ高めて温度まで上げてるなぁ。しかも小振りな粒をたくさん練り上げてる♪ あれを数秒間でやってのけるとは、この子けっこーやるわ♪』


『念の為にMP残してあったのねぇ~。直情的に見えてなかなかの戦略家ね♪』


『喋り始める前から両手の中で【波動粒】をコツコツ作り始めていたのです! 小賢しいメウサギなのです!』


 そしてラビ子が叫ぶ。


「ラビ式波動術ミソロジカリエスト奥義!! 流星爆散弾!!! ハアアアアアーーー!!!!」


 しかし、ラビ子が【ラビ式波動術ミソロジカリエスト奥義の流星爆散弾なるもの】を放った瞬間、対象である相手は、すでにそこには居なかった。


「なっっっ!? き、消えやがった!?」


 ラビ子の両手から勢いよく放たれた複数のフレーム群が、虚しく空を切り裂き、10mほど先で霧散する。



 数秒間、凪とも思える静けさがグラウンドを包んだ。



 ワナワナと恐怖にも似た怒りに震え、その場に膝をつくラビ子。


「み、見えなかった……。消える直前の予備動作も、筋肉の動きも、注意してたのに全く分かんなかった。な、なんなんだアイツ。あんなバケモノがこの世界にいるって言うのか? あんな奴、どんなに修行したって敵いっこないじゃねーか……」


 するとラビ子のすぐ背後から、聞き覚えのあるとぼけた声が発せられた。


「いやぁ~、恐縮です~~♪」


「んぴゃぁあああああーーーー!!!」


 突然の背後からのヒロの声に、ラビ子は絶叫しながら飛び上がり、慌てふためき転がり離れ、少しチビリながらも向き直り、スクッと立ち上がってファイティングポーズをとる。


「あ、すいません~。驚かせちゃいました? なるべく穏やかにお声掛けしたつもりだったんですけど……」


「ま、…………まだ居たのかよ、オッサン」


「そーっすねぇ~。まだ居たのかと尋ねられれば、何故かまだ居ちゃいましたね~」


「あ、あらためて質問するぞ。オマエ、ナニモンだ?」


 落ち着いたトーンでヒロをまじまじと見つめながら、ラビ子が問う。


「ん~~。ですから、ただの通りすがりのプータローなんですよ。俺は他人より少しだけ目が良くてですね、遠くでか弱げな女の子が大勢の男達に囲まれていたもんで心配になっちゃいましてね、人を呼んでこようかどうか迷っていましたら、あっという間にあなたが男達を倒してしまったので、ホッと胸を撫で下ろしていたところだったんですよ~。いやぁ~、そんなにお強いとは知らず、余計な心配を巡らせてしまいましたよ~。まったく、ねぇ~~?」


「誤魔化すなよな。オマエが特別なラビットルだってのはもう分かってんだ。さぁ答えろよ、オマエはナニモンなんだ?」


「ん~~~。これ以上話しても埒が明かない気もしますが……。まぁ、ちょっと表現を加えて言いますと、俺は【強めのプータロー】ですね♪」


「流派は? 所属は? どこでそんな人外の技を身につけたんだ?」


「あのぉ~、俺はあなたに何の敵意も戦闘意欲もありませんので、とりあえずファイティングポーズだけでも解除して貰えます?」


 ラビ子はハッとなり、慌てて腕組みに切り替えた。


「ス、スマン。で、どうなんだよ。質問に答えろよ」


「流派とか所属とかは無いですねー。プータローですし。あと、強めの能力を手に入れられたのは、まぁ、【運】と【女神様のご加護】と【魔物狩り】のおかげですかねぇ」


「ま、魔物!? オマエ、ダンジョンに潜ったことがあんのか!?」


「ん~~、まぁ~、あるっちゃあ~あるって言ってい~のかど~か、って程度のモノですけどねぇ~」


「どこだ!? 3つのうち、アルファ? ベータ? まさか、ガンマか?」


「ん~~と、どこだっけかなぁ~。なんか、暗くて…… 確か…… 魔物がいたような……」


「そんなの3つともだろが! オマエ、あたしをバカにしてんのか!?」


「いやいやいや、そんなことは無いんですが…… ぁああ! あぁぁぁあああああ!!!」


 突然のヒロの叫び声に反応したラビ子が咄嗟に身構える。


「な!? な、なんだよ突然!」


「あの、俺ですね、ここだけの話なんですが、実は、記憶喪失なんです~」


「き、記憶喪失? 記憶が無いってことか?」


「そーなんです♪ 何ならその、自分が記憶喪失である事すらも記憶から抜け落ちるほどの特殊な記憶喪失でして、今あなたとお話している途中でその記憶だけは蘇ってきました。ありがとうございます、えっと、お名前お聞きしてもいいですか?」


「え? あたしは……ラビ子。ルナ泉ラビ子だ。で、オマエは?」


「俺はヒ……ひ、必死に思い出そうとしたんですが、名前も、思い出せない始末でして…… すいません」


「へぇ~、そーかぁ~。オマエってなんだか可愛そうな奴だったんだな! よぉ~し、分かった! 今日からオマエは【プー】だ! プータローから取った【プー】♪」


「プーっすか……。ありがとうございます~」


「ところでプー、オマエどこに住んでんだ? 新宿の近くか?」


「い、いやぁ~、悲し恥ずかしこむらがえり……とでも言いますか……、日々点々と彷徨い歩く根無し草的な侘しい生活でして……」


「なんだよ宿無しか? そりゃ大変だな! よしっ! 分かったぞ! あたしに付いて来いよっ!♪」


「えっ!? いや、俺は…… そんな根無し草的生活が案外気に入っていると言いますか、このまま爽やかに裏路地の片隅に去って行くのも全くやぶさかでないと言いますか……」


「なぁ~にゴチャゴチャ言ってんだよ! さっさと付いて来いって!♪」


 ラビ子は元気にヒロの手を握ると、グイグイと歩き始める。


「あの、ルナ泉さん? マジでこれだけは聞いておきたいんですけど、いったい何処へ?」


「プー! も~安心していいからな! 今日からオマエの宿は、あたしが面倒見てやるからよ! うちは道場やっててさ、弟子が暮らす用の部屋がちょうど今空いてんだ! オマエほんとにラッキーな奴だな~♪ あとあたしのことは【ラビ子】って呼んでいいぜ!」


「……あの、ラビ子さん、とっても嬉しいお話ではあるんですが…… 俺にも都合というものがありましてですね……」


「な~に言ってんだ! 根無し草のプータローの都合なんて大した都合なわけねーだろ! 遠慮すんじゃねーよ、このバカチンが~♪ ほらっ、行くぜっ!」


 ラビ子はさらにヒロの手を強く握ると、鼻歌を奏でながら上機嫌に住宅街を闊歩していくのだった。


 そしてヒロの念話が幕を開ける。


『うわぁぁ~~ん、やっぱりあのときハナランドに消えるべきだったんだ~~』


『今さらそんなこと言っても後のどんつく祭りよ~。ヒ、いやプー(笑)、むしろおもしろい展開になって来たじゃないの~。もちろんこのままレッツラゴーよね♪』


『いやまず、念話の中で【プー】はやめてくれ。そこは頼む』


『ピキュ~、プ……ヒロさん、ウルもこのままラビ子さん家に潜入してほしいのでピキュ~。観光も楽しいピキュが、その土地の人達の生活を肌で感じられるのは貴重な体験なのでピキュ~♪』


『チチサマ、ホームステイなのです♪』


『お、おまえら…… 俺がアワアワ言ってるサマが面白いってだけなんだろ~』


『そんなこと無いってば~。それにしてもヒロ、まさか【記憶喪失】とは……。最高に古典的でベタな窮地の脱出方法を繰り出したもんよねぇ~。わたしマジ、心の中で“で、出たぁぁあああーーーー!!!”って叫んで大喜びしちゃったもん! 至福の興奮をありがとね、ヒロ♪』


『ピキュ! ウルは感動したピキュ! ヒロさんの演技は一級品だったのでピキュ! その証拠にラビ子さんはヒロさんの言い分を完璧に信じて疑ってないのでピキュ~♪』


『いやそれは…… こいつが単純馬鹿なだけって気もするんだけど……』


『ま~とにかく、こーなっちゃったら行けるとこまで行きましょ! 前門の軽トラ、肛門を覆う紙ってやつよ♪』


『ピキュ! ヒメさんそれを言うなら、禅問答のカーマスートラ、黄門様の王カミング! ピキュ~♪』


『全方位的に間違ってんだろ。なんつートホホな展開なんだよまったく……』


 その後ヒロは、ラビ子の行きつけの駄菓子屋で【ビッゲステッドカツ】という駄菓子と【チェリー王】という炭酸飲料を奢ってもらったり、ムカつく同級生の家だからとピンポンダッシュをするラビ子と並走させられたり、空き地で野球をやっていた小学生に凄んで代打で打席に立つラビ子を応援させられたり、三百段ほどもある神社の階段を戦場に【グーテンベルクフレンゾクメン・チヨキンツウチヨウ・パーラメントエクストラライトウルトラメンソール】のメニューで延々とジャンケンさせられたり、秘密の穴場とかいう溜池でザリガニ釣りを強要されたりと、盛り沢山の経路を辿り、2時間以上を費やして、ようやくラビ子の実家【ラビ式波動術宗家道場】へと到着した。





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