報酬




 翌日。

 センタルス役場一階。

 ヒロはガンズシティ関連の報酬を受け取るため、窓口である冒険者ギルドを訪ねていた。


「ガーリックさんこんちは~♪」


「あぁ、ヒロさん、待ってたわよ。さぁさぁ、そこに座って♪」


 ヒロは勧められるままソファに腰掛ける。

 ガーリックは既に準備してあった布袋と書類を持って向かいに座った。


「はい、これが今回のガンズシティ関連の報酬よ♪ 私も初めて扱うくらいの金額だからちょっと緊張しちゃうわ~。そしてこっちが金額明細の書類よ。サインと拇印をお願いね♪」


「あ~はい、ありがとうございます~」


 ヒロは書類にサラッとサインし、拇印を押した。


「ちょ、ちょっとヒロさん! お金を確認もしないでサインなんかしちゃダメでしょ!」


「んへ? ……あ~、すいません。あまりオカネに執着がないものですから。あ、でも、何かの間違いで本来頂くべき金額より多く入ってたら、ギルド側の損失になっちゃいますもんね。はい、数えますね~」


 ヒロは布袋の口紐を解くと、中の金貨を丁寧に数え始めた。


「まったく~、あなたって本当に得体の知れない人物よね~。そんなにお金に執着しない癖に冒険者をやりたいだなんて……」


 ヒロは金貨を十枚ずつ積んで、並べていく。


「ま~確かにお金は大切ではありますけどね~。ただ、俺が冒険者になったのは……」


「…………なったのは?」


「なったのは…… ですねぇ…………」


「……………………」


 ここでヒロは金貨の枚数を数え終わる。


「はい、120枚、ちょうどでした。書類の通りですね♪」


「いや、……なったのは、のつづきは?」


「あ……、あぁ、すいません~。俺が冒険者になった理由でしたっけ? はい、強いて言うなら、……好奇心ですかね~」


「…………好奇心? つまり、いろんな物に興味があってってこと?」


「はい~。ようは世界を旅して回って、いろんな国や町や人や物を見てみたい、……みたいな?」


「……ヒロさん、あなたはやっぱり変わった人だわ~。ふふふ。アイリスちゃんからいろいろ聞いたわよ~♪ 行き帰りの道中、あなた、とっても【紳士】だったそうね~。あの娘ってば恋する少女みたいに話してくれたわ~。ま~ちょっと寂しそうでもあったけどね~。よ、この色男♪」


「いやいや~。からかわないでくださいよ~。俺は仕事として一緒に旅しただけで、アイリスさんにヨコシマな感情なんてありませんから。もちろんタテジマもシマシマもありませんよ。ただまぁ、アイリスさんは美しい方ですから人によってはベリッシマかも知れませんけどね~」


「ふふ。なんのことやら♪ でもヒロさん、あなたの評価は今回の依頼達成で間違いなく急上昇したわよ。サンヨニクなんて“ヒロさんと優先的な依頼契約を結びたい”なんて言ってきたし。ま、もちろんそんな【雇用】じみた要求は突っぱねておいたけどね~」


「助かります~。俺、そもそも一箇所に根を張るタイプじゃないですから。自由気ままにやっていけたら、それに越したことはありませんよ~」


「【お金】や【所属】に執着しないのが【あなたらしさ】ってことなのかな~? それと【美女】にも♪」


「アイリスさんのことですか? も~やめてくださいよ~。ラビ子も居たんですよ? 色恋沙汰なんて巻き起こる訳ないでしょ~」


「あら? そういえば…… もう一人の美女、ラビ子ちゃんはどうしたの?」


「あいつはそのへんブラブラしてると思いますよ~。なんか“肉食いてえ”とか言ってたし」


「そうですか~。あなた、てっきり【ソロ】だと思ってたけど、あんなに可愛らしいパートナーが居ただなんてビックリだわ~。しかもすごく強いらしいじゃない? アイリスちゃんが“お似合いのふたり”だとか言って、ちょっと不貞腐れてたわよ~。よ、この色男♪」


「いやいやいや、ラビ子もそんな関係じゃないんですってば。弟子です、弟子。それにあいつまだ十七ですよ? 恋仲になんかなったら、国によっては犯罪者じゃないですか。あいつのことは確かに可愛がってますけど、それはあくまでも弟子としてです」


「えぇ~? 十七だったらもう立派に子供産める歳でしょ? それより、男女の関係に年齢制限を設けているような国なんてあるの? 私はアンゼスから出たことがないから他の国のことは詳しくないけど……」


「え…… っとぉ~。ちょっと説明するのも難しい、山奥の谷底の裏迷宮みたいな所にあった国が、確か…… そんな感じだったような……」


「へぇ~。ヒロさんって世界中を旅してただけあって博学なのね~。でもこの国では十七歳って言ったらもう立派な大人よ。結婚も十三歳くらいから許されてるから気にすることないわ♪」


「え? そ、そーなんですか~。でもまぁ、俺もいつ死ぬかも知れない立場ですし、結婚だなんて考えられないですよ~」


「もぉ~、なに言ってるの? いつ死ぬかも知れないからこそ結婚して子供をつくるんでしょ? あなた本当によく分からないこと言う人ね~」


「…………は、はい~。た、たしかに“よく分からないこと言う人だ”ってよく言われます~」


「ふふふ。まぁいいわ♪ このあたりで開放してあげますね。おばさんも久しぶりに若い子のドギマギした話が聞けて、ちょっと浮かれすぎちゃってたみいね♪ はい、どうぞ受け取って♪」


「…………で、では、こちらは頂いていきますね~」


「ヒロさん、あらためて依頼達成ありがとうございます。これからもセンタルス冒険者ギルドのエースとしてぜひ活躍してくださいね♪」


「ははは。こちらこそ、今後ともよろしくお願いします~」


 ヒロは金貨袋を手にすると、逃げるように役場を後にするのだった。





 役場を後にしたヒロは、センタルスの町をブラブラと歩きながら念話していた。


『いやぁ~、ガーリックさんてめっちゃ詮索好きだったんだな~。あのまま調子合わせてたらエンドレス井戸端会議に突入するところだったよ。女の詮索好きはどの世界でも共通だな~』


『ま~、ヒロの【謎の強さ】やら【謎の過去】やら【謎の弟子】なんかを目の当たりにしちゃったら、そりゃもっと知りたくなるってもんでしょ~。特にヒロは人当たりが無駄にいいからさ、“いくら踏み込んでも不機嫌にならなさそう”って安心されちゃうんじゃない?』


『“無駄に”とはなんだ。“無駄に”とは。俺の人当たりの良さは【テラースの至宝】だぞ? 無駄なわけ無ぇだろが。もうマジプンスカポンだぜ~』


『はいはーい。で、これからどーするの? とりあえず【表テラース】で頼まれてたことって粗方片付いたんじゃない?』


『そーだな。あ、そーいやラビ子はどうしてんだろ?』


 ヒロはスコープを巡らせ、ラビ子の所在を探し出す。


『あ…… いた。つーかあいつ、ひとけの無い川辺で囲まれてやがる(笑) かわいそうに…… 囲んでる奴等……』





 同時刻。センタルス北部のミズリン川近く。

 ラビ子は五人の男達に囲まれていた。


「おい白髪女、そろそろ相手しろよ~。焦らしてんじゃねぇぞ~♪」


「そーだぜ赤目のかわいこちゃ~ん、こんな場所まで黙ってついて来たってことは、とーぜんその気なんだろ~?」


「ひとりずつがいいか? それとも一度に全員相手するか? 俺たちゃどっちでもい~んだぜ~♪」


「お嬢ちゃん、最初にこれだけは言っておくけどよ、もし事が済んだ後に役場や自警団に泣きついたって無駄だぜ。俺達はこの町で一目置かれてる組織の人間だ。お嬢ちゃんが思ってる以上に手強いと思うぜ~。ま、俺達の誘いに黙ってついて来たお嬢ちゃんが意趣返しするとも思えねぇけどな~」


「さてさてぇ、そろそろその服脱いでもらおうかな~♪ 真っ昼間、青空の下でってーのも興奮するぜ~♪」


 すると男達の輪の中央で仁王立ちしていたラビ子がキョトンと返す。


「ん? なんで服脱がねーといけねーんだよ。こっちは師匠から“人目につくな”“目立つな”ってキツく言われてっからこんなトコまでついて来てやったんだぞ? まぁいいや、さぁ、とっとと始めようぜ♪」


「なんだよコイツは~。ヤる気あるくせに色気の無ぇ女だな~。よし、まずは俺が……」


 次の瞬間、ラビ子の右足は動き始め、流れるような十の軌道を一閃のうちに描きあげた。

 五人の男達は同時に両足の脛を折られ、膝をつき、倒れ込み、うめき声を上げる。

 そしてその激痛が脳に届き、叫び声に変わる時には、ラビ子の姿はもうそこには無かった。

 ラビ子はハナランドワープで移動すると、何食わぬ顔でセンタルス中央広場の肉串屋に小銭を渡していた。

 そこにヒロが声をかける。


「おまえはホントに肉好きだな~。朝もゼキーヌさんに【肉の盛り合わせ】頼んでなかったっけ?」


「おっ、プー♪ もう済んだのか~?」


「おう。それなりの報酬貰ったからさ、インベントリのイエンフォルダに入れといたぞ~。好きに使ってくれ~」


「サンキュ~♪ それよりプー、聞いてくれよ~」


「あ、川辺の惨劇なら見てたぞ♪」


「なんだよ見てたのか~。あいつらさ、あたしに決闘申し込んでおきながら、恐ろしく弱ぇんだよ~。なんかツベコベ訳わかんねーこと言いやがるしさ~。でも見ててくれたんなら褒めろよな! プーにいっつも言われてる通り、目立たないよう、殺さないよう、すげー調整したんだぞ~。あんだけ相手が弱ぇとさ、手加減の調整がハンパなくシビアで逆に難しかったぜ~♪」


「…………まぁ、あいつらが本当に決闘を申し込んでたのかどうかは置いとくとしてだな、おまえの攻撃は悪くなかったぞ。骨折はうまくやれば完治するしな~。いちいち殺したり部位欠損させたりしてると後味も悪ぃし、問題もデカくなるし、アレで良かったんじゃねーか?」


「やったぜ! 師匠に褒められた! よ~し、これからも激弱な奴との決闘では全力集中で手加減すっぞぉ~♪」


 ラビ子は元気に右拳を振り上げると、鼻歌交じりに左手に持った肉串を頬張るのだった。





 それから暫くの間、ヒロ達はヒロシティを拠点としながら世界中を旅して回った。


 全世界津々浦々の飲食店や屋台を巡り、出来立ての料理をあれもこれもとトレースし、集めた膨大なデータを元に錬金複製を繰り返した。

 ライフワークとも言えるパン屋巡りにも精を出し、備蓄された焼き立てパンのレパートリーも数百種類にのぼった。

 酒類、魔タバコ、香辛料などの収集にも余念がなく、集めた全ての嗜好品や飲食物は完全トレースされ、インベントリ内で大量生産された。

 そしてその全てがウルを介してヒロシティの食堂や家屋で住民に無償提供されるのだった。


 同時に、町々の貧民層やスラム街では【死】に直面した弱者を確認する度に、そして時には飢饉によって滅びかけていた村の住人全てをインベントリ収納していった。

 自覚のない者も含めたインベントリ保護難民の総数は、この時点で数万人に達しており、これからも増え続けることをヒロは予感していた。


 ユーロピア帝国での【情報と人の封じ込め】はルーチンワーク化しており、その影響でついに【恥辱の丘】周辺には目ざとい商人達によって【衣料品専門の屋台】が乱立するようになっていた。更には【帝国直轄の転送被害者一次避難施設】までもが建設され始め、このタイミングでヒロは【恥辱の丘[全裸放置ポイント]】の位置を二百キロほど離れた別の場所へと変更する。呆れたヒメの“アンタってば何て意地悪な奴なの~(苦笑)”に対し“服屋やら避難所が隣に出来ちゃったら【恥辱の丘】の名が廃るだろ~が。恥辱を満喫できるからこその【恥辱の丘】なんだぞ!”とヒロが返す一幕もあった。

 そんな中、イングラル領公認の海賊商【ブラードレク商会】代表【ガスパー・ブラードレク】の公開処刑が執行されようとしていた。罪状は【大逆罪】とされ、一連の戦艦消失事件と全裸転移事件の首謀者としての受刑だったが、その件に関しては当然冤罪であり、真犯人のヒロはヒメ達との念話会議で“こりゃ~情状酌量の余地ありだな♪”などとのたまうと、処刑台のブラードレクの首に落下するギロチンの刃が触れる直前、彼を【恥辱の丘】へと全裸転移させた。ブラードレクはその後も【帝国による三度の公開処刑】と【ヒロによる三度の全裸転移】を繰り返され、諦めた帝国側が終身投獄とするとまたもや全裸転移され、後に彼は【歴史上最も恥辱の丘に愛された男】として語り継がれることとなるのだった。





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