軟膏を塗る
三人は歩き続けていた。
「ヒロさん! あなたの干し肉、とっても美味しいです♪ いったいどこの店で手に入れたんですか!?」
“時間節約のため夕食以外は歩きながらで♪”と、ヒロから渡された干し肉をひと口食べた途端、アイリスが感嘆の声を上げる。
「あぁ~、それは手作りですよ♪ 俺、干し肉作りに関しては才能あるみたいで~」
「こ、こんな美味しい干し肉は初めて食べました……。ヒロさん、これ、お店出せますよ♪」
「そ、そーっすかぁ? ちょっと頑張りすぎちゃったかもなぁ~。ほら、こういった旅って食べることくらいしか楽しみが無いでしょう?」
「すごい才能ですね! 帰ったら作り方、教えてくださいませんか?」
「……ま、まぁ、お教えしたいのは山々なんですが、ちょっと素材を切らせてしまってまして、手に入れたらまた連絡しますよ~」
「素材の肉は何なんですか?」
「……え?」
説明しよう! それはヒロが干し肉製作時、インベントリから【日持ちして干し肉に最適な超うまい肉】という条件検索でテキトーに取り出した【デュデュカセイジンの肉[マルース産・S7級]】であり、教えたいのは山々だが教える訳にはいかない、という苦しい事情が隠されているのだ! ちなみに当然素材を切らせているわけもなく、インベントリにはあと999998体の在庫が残っているのだ!
「ん? あ~、なんか、タコみたいなクラゲみたいなよくわかんない魔物だったような気がするんですが、アレどこで倒したんだっけかなぁ~。ラビ子、憶えてるか?」
「ぜんっぜん憶えてねぇ。つーかプー、オマエはあたしに隠れてよく狩りしてっからさ、この肉もそんなやつなんだろ?」
「あ、確かに。そーゆーやつかも。アイリスさんすいません~。ちょっと憶えてないんですよ~」
「…………そうですか~。なら仕方ないですね♪」
「ははは。お役に立てなくて恐縮です~」
「いえいえ~。あとヒロさん、水もありがとうございますね! 出発前に教えて頂いたおかげで荷物が半分ほどにまで減らせました♪ まさかヒロさんがドワーフラボ製の軍用魔晶浄水器を持ってらっしゃるなんて。相当高価だったんじゃありませんか?」
「そ、そうっすね~。でも1千万イエンまではしなかったような……」
「超高級品じゃないですか! 我々の給料の4~5年分ですよ!? ……はぁ~。やっぱり冒険者って成功すると夢のような収入があるんですね~。若くして挫折した私からすれば憧れの存在です~」
「ま、まぁ、ダメな時はまるでダメですけどねぇ~。たまぁ~に大当たりを引く、みたいな感じですよ~。野宿も当たり前ですし~。ま、その日暮らしのギャンブラーです。憧れるような仕事じゃありませんよ~」
「……ヒロさんがそうおっしゃるのであれば、そうなのかも知れませんね。でも、浄水器をご提供頂いたのは何よりの功労ですよ♪ その上、魔晶まで出して頂いて……。帰ったらサンヨニクに限界まで追加報酬出させますからね♪」
「はぁ、ありがとうございます~」
その後も三人は歩き続け、西の空が茜色に染まり始めた頃、手頃な見晴らしの良い場所を確保し、最初の野営地が決まった。
ヒロとラビ子はピンピンしていたが、特別な訓練を受けていないアイリスにはかなりの疲労とダメージが蓄積しており、ヒロの“よし、ここにしよう♪”という言葉を聞くやいなや、その場にへたり込み、自らのリュックを抱きかかえるようにして動かなくなった。
「す~、すいません~~。一日中歩き続けるのが…… こんなに大変だなんて…… 思っていませんでしたぁ~~。体力には…… 自信…… あったんですが…… 今日で…… その自信も…… 粉々に…… 砕け散って…… しまいました~~~」
「まぁ、しょうがないですよ♪ アイリスさんは事務仕事の方ですし、こんな自然の中を魔物に気をつけながら丸一日歩き続けたんですから立派なもんです♪ 実はかなりハイペースで歩きましたからね~。足とか痛くないですか?」
「ひぃたいですぅ~~。申し訳ありませんが、もう暫く、このままでいさせてもらってもいいでしょうか~?」
「ぜんぜん大丈夫ですよ♪ 俺たちは野営の準備をしますから、アイリスさんはそのまま休んでいてください♪」
「すびばせぇ~~~ん」
歩みを止めた瞬間、自分でも気付いていなかった膨大な疲労と足の痛みに襲われたアイリスは、そのままリュックを枕に撃沈した。
「んじゃあラビ子、準備すっか♪」
「おうよ師匠! やっと飯だな♪ 待ちくたびれたぜぇ~!」
「その前にまずは周辺の安全確認と最低限の野営地作りだ。飯はそのあとな♪」
「りょ~かいだ! んじゃ、あたしはそのあたりを回ってくるぜ! ついでに薪になりそうな枝も拾ってくる♪」
「おうっ、気をつけろよ~。何かあったらすぐ叫ぶんだぞ~♪」
「わかってるよ~。んじゃあ、行ってくるぜ!」
ラビ子は【神神槍ラビランス[ラビ子専用]】をブンブンと振り回しながら鼻歌を奏でつつ歩き出した。
そんなラビ子を見送ると、ヒロはテキパキと野営地作りを始める。自分とラビ子のリュックから各種サイズの布を取り出し、“ちょっと離れますね♪”と言い残すと2~3分後には草の束を抱えて戻り、器用にそれらを使って簡易的な寝床を二人分作った。
「アイリスさん、簡素ですいませんが寝床が出来ましたんで、とりあえずこちらにどうぞ♪」
「はぁ~~。すごいですね、ヒロさん。でも…… そちらの寝床をお借りするわけには……」
「いやいや、これはアイリスさんのためのものですよ。俺とラビ子は交代で夜番をしますので、二人でこっちを使い回しますから。さ、どうぞ♪」
「そ、そんな、……何とお礼を言っていいのやら。あ、ありがとうございます。何から何まで……」
しょげながら恐縮し、それでもヨロヨロと移動すると、アイリスは作りたての寝床に全身を委ねた。
「はあぁぁ~~。草のクッションがあると全然違いますねぇ。からだ全部の血が気持ちよく流れていくようです~。ご、極楽です~~」
アイリスは呆け顔を晒しながら、堪えきれずにゆっくりと目を閉じると、そのまま静かに寝息を立て始める。
(アイリスさん寝ちゃったな~。まぁかなりの距離を歩き続けたから無理もないよなぁ。飯の用意が出来るまではそっとしておいてあげよ♪)
それからヒロは周囲をくまなくスコープで観察した後、軽やかに走り回り、野営に使えそうな材料を次々と集めていった。
近くを流れるミズリン川から革袋いっぱいの水を確保し、魔晶浄水器を通して飲料水を量産する。
その道中で見繕った手頃な若いビッグラビットを瞬殺し、有り余る知識を盛り込んで【神神サバイバル短剣ヒロロライエ】にて華麗なる解体を済ませると、おいしい部位だけを厳選した。
暫くするとラビ子が乾燥した巨大な倒木を両手で抱えて戻って来たため、すぐさま【神神剣ヒロロライエ】を目に見えない速さで振り抜き、薪の山を作り出す。
手頃なサイズの石を積んで簡単な竈門も作り、薪につけた火が安定したところでひとまず準備完了とした。
黄昏時、地平線の彼方にまだ茜色が残る中、パチパチと薪の燃える音だけが心地よく野営地を包む。
実際は、ヒロ一家総出での大念話反省会がヤイヤイワーワーと繰り広げられてはいたのだが、その場には薪の燃える音しか響いていなかった。
濃密な念話合戦に一旦区切りをつけ、ビッグラビット肉の下ごしらえも完了し、並んで倒木に腰掛けたヒロとラビ子は、炎の先で幸せそうに眠るアイリスに目をやる。
「どーするラビ子~。起こしていいもんかな~?」
「そりゃ起こした方がいいだろ~。待ちに待った飯なんだぜ? せっかく美味そうな肉も焼くんだしさ~。ここで起こさなかったら恨まれるぞ~。あたしだったら恨むね。絶対に」
「ん~~。オマエは特別、飯にうるさいからな~。……ま、いっか。起こしちまおう♪ ラビ子たのむ」
「おっけー♪」
ラビ子は立ち上がるとアイリスのそばに近づき、やさしく声をかける。
「アイリスっちぃ~、飯の準備が出来たぞ~。起きれるか~?」
すると急襲に遭ったかのように目を見開いたアイリスがガバッと体を起こした。
「はえっ! んなっ? ……え? …………あ、私ってば……。いつの間にか、……寝ちゃってたんですね!? す、すいません、すぐ起きてお手伝いしますから!」
起き上がろうとしたアイリスだが、足に激痛が走り、苦悶の声が漏れる。
「つっ! いたたたた~~。あぁ~~もう、歩いている時はそれほど気にならなかったんですが…… もう、なんて情けないんでしょう。私ったら…… 恥ずかしい……」
アイリスは平謝りし、痛みによろけながらも席につき、初日の夕食が始まった。
「いたたたた。どうも足のまめが潰れて皮が剥けてしまったみたいで……」
「仕方ないですよ~。あとで手持ちの軟膏ポーションをお譲りしますから患部に塗ってみてください♪」
「な、軟膏ポーションって……。液体ポーションの十倍くらい値が張りますよね? そ、そんな高価なものまで準備されてたんですか? 本当にすみません……」
「いやいやぜんぜん気にしないでください♪ それよりアイリスさん、今から肉を焼くんですが、味付けは俺流でかまいませんか?」
「あ、はい、お任せします♪」
「では始めますね♪」
ヒロは下ごしらえ済みのビッグラビット肉が均等に刺さった鉄串を火の周囲に次々と固定していった。
「うっひょ~! 早くも美味そうだぜ~♪ なぁプー、もう食っていいか?」
「まだに決まってんだろ。これくらい火から離して、じっっっくりと焼くのが美味さの秘訣なんだよ~。三十分くらいはお預けだ♪」
「うっへぇ~~。そんなの腹ペコで死んじゃうよぉ~! ほかになんかねーのか?」
「ワガママな奴だな~。ほれ、焼き上がるまで紅茶でも飲んでろ」
「飲みモンかよ~。ま、貰うけどな♪」
「アイリスさんもどーぞ♪ 紅茶は大丈夫ですか?」
「あ、はい! サンヨニクはコーヒーひと筋ですが、私は紅茶の方が好きです♪」
「それは良かった♪ よろしければハチミツも砂糖もありますから、お好みでどうぞ♪」
「やったぜ! あたしハチミツたっぷりの紅茶、好っきなんだよな~♪ よし、追加で砂糖もたっぷり入~れよ~っと♪」
「おいコラ! そんなに入れたら明日にも無くなっちまうだろーが! 旅はまだつづくんだぞ? あと、ま、ず、は、ゲストのアイリスさんにお勧めしろよ~。オマエはその後だろ~」
「わーった、わーったよ~。はい、アイリスっち、ど~ぞ♪」
「ふふふ。お二人は本当に仲良しなんですね♪ はい。いただきます♪」
アイリスはスプーンひとすくいほどのハチミツを紅茶に垂らし、ゆっくりと口にする。
「はぁぁ~~~。おいっしぃ~~~。一日の疲れが飛んでいくようです♪」
「ん~~~、うまいっ! プーおまえ、紅茶屋になれ! 週イチで通ってやるぞ♪」
「……開業させる割には大した客じゃねーな~。すぐ潰れそうだぜ~」
「あとチョコとかクッキーとか無ぇのか? ゴデイバーのチョコだのヨッくんモッくんのシガル~ンだのなんて贅沢は言わねぇ。ブルボン王朝印のルマン道とかバウバウロールとか白幼女とかでいーぞ?」
「オマエはここが野営地だってことを思い出せよ。んなもんあるわけねーだろがっ」
「なっはっは~♪ 冗談だよ冗談♪ この激甘ハニー紅茶でも及第点だ! プー、ナイスジョブだぜ~♪」
「オマエはマジで謙虚さってもんを知らねえな~、まったくも~~」
「ふふふふ。でも本当においしいです♪ 疲れた体に染み渡りますぅ~」
食前紅茶を飲みながら、三人の会話は程好く弾みつづけ、延々と香ばしい匂いを漂わせ続けた大兎肉は四十分ほどが経過した頃、ついにヒロ言うところの【最高の状態】に仕上がったらしく、ようやく各自の手に届いた。
「うっっっっっめぇぇぇええええ!! プー! オマエ食神とでも入れ替わったのか!? うますぎるだろー♪ この大馬鹿野郎っ! けしからん奴だぜっ!!」
「おいしい~~♪ ヒロさん、これってどんな香辛料を使ってるんですか?」
「ふっふっふ。さすがアイリスさん。そこらのよろず屋では手に入らないこのスパイスにすぐ気付くとは、さすがっす♪」
「こんなおいしいグリルは生まれて初めてです~。で、どんな香辛料を?」
「これはね、……あ、っと~ …………秘密です」
「……そうですかぁ~。残念です~。ではこの味を一生忘れないように集中していただきますね♪ いつか再現してみたいなぁ~」
「プー、オマエそんなケチ臭ぇこと言うなよな~。教えてやりゃ~い~じゃねーか、そんなもんくらい」
「…………」
説明しよう! 実はこのミックススパイスは、ヒロアル開発プロジェクトによって生み出された【ビッグラビットが最高に美味しくなるミックススパイスシリーズ】の【グリルタイプ・イプシロンZ】というもので、材料に【十光年以上彼方の遠い宇宙に浮かぶミズアスでのみ採取できる魔草の種子や葉】がふんだんに使用されているため、教えたいのは山々だが教える訳にはいかない、という苦しい事情が隠されているのだ!
「ケ、ケチで言ってるんじゃねえ。こ、これは…… そ、そうだ。俺からアイリスさんへの謎解きプレゼントなのだ。アイリスさんがこの味を憶え、いつか記憶を頼りに再現できた時、それはそれは感動もひとしおとなる筈なのだ。俺はスパイスのレシピの代わりに未来の感動をプレゼントしたいのだっ!」
「あら♪ ヒロさん、素敵なプレゼントありがとうございます♪ いつかこの味を再現してみせますね。その時には答え合わせしてください♪」
「アイリスっちよ~、もうひと押ししてみ? プーは押しに弱ぇからさ、あと2~3押しすればペラペラ喋っちまうと思うぜ♪」
「ペラペラともヘラヘラとも喋らないのだ。今の俺は取調室でカツ丼の代わりに特上うな重が出されたって口を割らない黙秘権乱用者なのだ。舐めるんじゃねぇぞラビ子このやろう、なのだ」
「ふふふ。いいんですラビ子さん。私も教えて貰わない方がいいなぁって思います♪ 楽しい約束事がある未来って素敵ですもん♪」
「……そっか、ならい~んだけどよ♪ んじゃ~あらためてじゃんじゃん食おうぜ♪ いっただっきま~~~す!」
「はい。いただきます♪」
「よし、食うか~~♪」
ヒロの兎グリルは【ビッグラビットが最高に美味しくなるミックススパイスシリーズ★グリルタイプ・イプシロンZ】の絶大なる効果も手伝って、自画自賛も含む大絶賛の中、次々と三人の胃袋に収まっていった。
「ふぃ~~~。食った食った~。プーごちそーさ~ん♪ オマエはさいっこーの嫁になると思うぞ♪」
「へいへ~い。ありがとよ~。その言葉、明日からの生き甲斐にさせてもらうぜ~。さ、片付けっかな~、よっこらせっと」
「あ! ヒロさん、片付けは私が! っつ! いたたたっ……」
ヒロに続いて立ち上がろうとしたアイリスは足の痛みで思わずよろけた。
「あっ、アイリスさん大丈夫ですか?」
「くぅ~いたた~。すいません~。足のことすっかり忘れてました~」
「片付けなんていいですから、早く休んでください。今ポーション出しますから」
「面目ないです……。お世話になりっぱなしで……」
アイリスはヒロに支えられながらヨロヨロと寝床に座り込み、靴を脱いで靴下を恐る恐るずらしていく。
「痛っ! …………あたたたぁ~~。血まみれでした~。こんな状態で明日から歩けるでしょうか……」
彼女の足には、まめが潰れ皮がめくれ血が滴る箇所がいくつもあった。
「大丈夫だと思いますよ♪ ほら、これを患部に塗ってみてください。これは嘗て蜃気楼に包まれた謎の町に迷い込んだ時、黒装束の“ククク”と笑う旅商人から有り金全部と引き換えに譲ってもらったガチすんごい軟膏ポーションなんです。俺もラビ子もこのポーションのおかげで傷知らずなんですよ~」
ヒロは【ヒロアル開発プロジェクト製ポーション[傷ナオール軟膏★遅効性]】の入った小瓶をアイリスに渡した。
「そ、そんな高価なポーションを…… ヒロさん、ありがとうございます……。…………あの、…………厚かましいついでに、…………ひとつお願いしても、……よろしいでしょうか?」
「へ? なんですか?」
「あの………… 体の節々が悲鳴を上げておりまして…… よかったら、塗っていただけないか…… と……」
「…………」
この瞬間、ヒロの脳内で念話エクスプロージョンが炸裂した。
『出たーーー!! ついに尻尾出しやがったわよ! このメギツネが! そんなんどー考えたってヒロに肌触らせて前立腺刺激する気満々じゃないのよっ!』
『まったくなのです! あざといにも程があるのです! この手の清楚系文化系貴族系お嬢様系の属性持ちは、ぜっっったい見えない角度から意識飛ぶくらい重い左フック出してくると思っていたのです! チチサマ! すぐガードするのです! ピーカーブーで凌ぐのです!』
《アルにも言わせてください! このハイブリッドエルフ娘は99.99999%の確率でヒロ様に惚れ始めていやがります! いやもうガチ惚れしました! ガチ惚れしすぎたかもしれません! ナイスですねえ級の超火力を配備した超超戦略級エロフだと言っても過言ではないでしょう! ヒロ様! 存分にお戯れを! もとい、お気をつけください! (;`Д´)ノシ 》
『つーかよぉ、みんな考えすぎなんじゃねぇのか~? あたし的には、アイリスっちって悪いやつじゃないと思うんだけどな~』
『ラビ子ちゃんは純真モンスターだから見えてないのよ! この女の奥に揺らめく【二十七歳独身女性特有の青白い蛇炎】がっ!』
『じゃ、じゃえん? なんだそりゃ。確かにあたし、そんなの見たことも聞いたこともねぇ……』
『そもそもなのです! 足の患部に軟膏塗るだけならまずは同性のラビたんに頼むのが自然なのです! ま、ず、は、ラビたんなのです! だがしかしなのです! このたらしこみ女職員は何食わぬ顔でいきなりチチサマにファイナルアンサ~?を突きつけやがったのです! 突然の王手!なのです! これはもはや【先手一手目で自飛車をむんずとつかむやいなや、相手王将前5三マスで平和に鎮座している歩を弾き飛ばし、成龍を打ち込む】が如き、掟破りの超反則王手!なのですっ!』
《追加情報です! 私アルの持つ神測定器を駆使し調べましたところ、この女の心拍数が2分前と比較して現在20%以上も上昇しているという事実が判明しました! つまるところこの女、【痛い→塗ってほしい→助かる】程度の目的で頼んでいる訳ではなく、【痛い→塗ってほしい→ヒロさんが私の足を舐め回すように見る→ヒロさんがゴクリと唾を飲む→ヒロさんがいやらしく軟膏の瓶の蓋を開ける→ヒロさんがねっとりと軟膏を指先に絡ませる→ヒロさんが私の足を凝視して再度ゴックンチョと生唾をだくだく飲みこむ→ヒロさんがゆっくりと軟膏まみれの指先を私の足に近付ける→ヒロさんの指と私の足が軟膏という名のローションを介してヌトッと触れる→ヒロさんが限界に達する→ヒロさんが私を滅茶苦茶にする→ヒロさんの滅茶苦茶が何度も何度も夜通し続く→夜が明ける→疲れ果てつつも充実した様子のヒロさんが満足気にタバコに火をつける→ヒロさんの横顔を聖母の如き眼差しで見つめる私→し♡あ♡わ♡せ♡】くらいのことを企んでいるに違いありません! あふ。鼻血が…… と、とにかく此奴は女策士です! 女ドンファンです! 寝技専門くのいちです! 稀代の女トリックスターがここに降臨してしまいました! ヒロ様! お気をつけください! この世界はもう安全とは程遠い様相を呈しています!! (;`Д´)ノシ 》
(ピキュ~。恐ろしい小姑三人衆なのでピキュ~)
ヒメ、ヒロリエル、アルロライエの三者によるアドバイスはこのあとも数ターン続き、ヒロはただただ黙して時間が過ぎるのを待つのだった。
「あの、……ヒロさん?」
「んへっ!? あ、アイリスさんじゃないですか~。いったいどーしました?」
「あの、体の節々が痛くて、もうまともに動かせません。何から何まで不甲斐なく申し訳もないのですが、足の裏にお薬を塗って頂けませんか?」
「あ、なんと言いますか…… 作業としてはやぶさかでないのですが、ほら、アイリスさんは女性ですし、男の俺があなたの肌に触るのも何だか、ためらわれます。ラビ子でもかまいませんか?」
「は、はい、もちろんです。でもラビ子さんが忙しそうなので、恥を忍んでヒロさんに直接お願いしました」
ヒロが振り返ると、“やっぱまだ足んねぇわ♪ 余ってる肉も焼いて食お~っと♪ それとこの肉、ハチミツ塗ってもうめぇんじゃね~かな。なはっ! こりゃいいアイデア思いついちまったぜぇ~♪”などと言いつつ鼻歌交じりに忙しく肉串をセットしているラビ子のご機嫌な姿が飛び込んできた。
「…………(こ、こいつ……。話をややこしくしやがったからに……)」
「あの、ヒロさん、ふしだらなお願いをしてしまいすみませんでした。ラビ子さんの手が空いてから彼女に頼みますので、先刻のことは忘れてください。私も正直、とても恥ずかしかったので……」
「いえいえ、そんな大袈裟に言わないでください。今すぐラビ子と代わりますから♪ ラビ子~、追加の肉なら俺が焼いてやるからさ、オマエはアイリスさんに軟膏塗ってあげてくれよ~♪」
するとラビ子の表情が一変する。
「嫌だ! この肉はあたしが焼くんだ! さっきプーのグリル師としての技は一通り見させてもらった。あたしはあたし自身をグリル師の高みに昇華させてーんだよ! プーを超えるハイエンドグリル師にあたしはなるんだっ!」
ラビ子の瞳には一点の曇りもなく、その眼差しは遥か遠いルナースを見据えていた。
「…………おまえなぁ~~」
「つーかプーこそ暇丸出しじゃねーか! 今一番手が空いてるのはプーだろが! アイリスっちは怪我人なんだぞ? オマエに少しでも人としての思いやりがあるってんならさっさと看病しろよ! このウスノロ師匠!」
「………………」
こうしてヒロはアイリスの足に軟膏を塗ることとなった。
◇
「あの………… なんだかすいません……」
「いえいえ、い~んですよ。ラビ子は言い出したら聞かないタイプでしてね~。ちょっと痛いかも知れませんが我慢してくださいね♪」
ヒロは【頭の中で吹き荒れる三大女傑による念話の大嵐】を、自ら編み出した【ヒロ無心流奥義★心頭滅却明鏡止水無念無想の術】によりどうにか防ぎながら、出来るだけさりげなく、そして【異性として意識なんてしてませんよ感】を極限まで発動し、【ヒロアル開発プロジェクト製ポーション[傷ナオール軟膏★遅効性]】をアイリスの足に塗りはじめた。
「あっ……」
「あ~、我慢してくださいね。踵の皮が剥がれてます。ここがいちばん酷いですねぇ」
ヒロは出来るだけ患部を刺激しないようにやさしく軟膏を塗っていく。
「んくっ……」
「親指の付け根も外側がめくれてますねぇ。あと小指の付け根も……」
「あぅっ……」
「甲も腫れてますし、指の内側にもマメが出来てます。アイリスさん、よくこんな状態で俺たちについてこられましたね~。感服しますよ」
「んはぅ…… ヒ、ヒロさんについていくのに夢中で…… 夕方まで、気付きませんでした。鈍感ですね、私♪」
「ん~。脳内麻薬的な分泌物の影響で痛覚が麻痺してたのかも知れませんねぇ」
ヒロはアイリスの土踏まずを軽く押してみる。
「はうっ、んくっ……」
「腱膜炎も発症しているかもです。別の軟膏も塗っておきましょう♪」
ヒロはリュックから【ヒロアル開発プロジェクト製ポーション[炎症ナオール軟膏★遅効性]】を取り出すと、アイリスの土踏まずに塗った。
「く、くすぐったいです~。ヒロさんて色んなポーションを持ってらっしゃるんですね」
「まぁ、旅ばかりの生活ですからね~。傷や炎症に効くポーションがあると聞けば、その都度カネに糸目はつけていません」
「そんな大事なポーションを、私なんかのために……」
「いえいえ~、俺たちはもう、ちょっとやそっとの運動では筋肉痛ひとつ起こらない肉体になっちゃってますから。このポーションも検査官の人のためになるかも知れないと思って持ち込んだものです。つまり、アイリスさん専用だと思っていただいて結構ですよ♪」
「私…… 専用……」
「あ! あんまり空想めいたことは考えなくていいですよ? 怪我人専用です、怪我人専用♪」
「あぁ、そ、そうですね。怪我人は怪我人らしく、お情けを頂きます♪ 明日からの旅路が少し心配ではありますけど……」
「多分大丈夫だと思いますよ♪ 一晩寝れば効果が出る筈ですから。ところで、ほかに痛むところはありますか?」
「はい、傷はもう無いと思います。あとは、節々の内側が痛みますね……」
「筋肉痛ですね~。具体的にはどのあたりが?」
「ふくらはぎ、太腿、お尻、腰、背中、肩、腕、あと首も少々……」
「ほぼ全身ですね~。まぁそのへんについては、あとでラビ子にやらせますよ♪」
「あ…………」
「ラビ子のおかわり肉が無くなったら、どのみち寝る前に体を拭きますからね~。お湯も用意してますし、二人で汗や汚れを拭いてもらって、その時あいつに炎症用の軟膏を塗ってもらってください♪」
「…………はい。……わかりました」
「ではそれまで、横になってゆっくり休んでくださいね♪」
「…………はい。……ありがとうございます」
ヒロは踵を返しラビ子の元へと向かった。
ここまでヒロが淡々と【アイリス=只の怪我人】という対応に徹することが出来たのは、いや、徹さざるを得なかったのは、当然ながら【頭の中で吹き荒れる大奥三傑による念話での鬼誘導】が絶え間なく機能していたからであり、ヒロの【年上の綺麗なお姉さんの全身にドキドキしながら軟膏塗りたくり隊への入隊】も、アイリスの【もう恋なんてしないなんて思ってたけどヒロさんとなら恋してみ隊への入隊】も、実現することなく未遂に終わったのだった。
その後、ラビ子とヒロによる“あたし特製のハチミツ追加した肉の方がうめぇだろ♪”“い~やこれはこれでうまいが俺の方がトータルバランス的に完成度が高い!”“ハチミツ追加した分だけあたしの方がパワーアップしてるに決まってんだろ!”“ラビ子オマエは物事の真理をまるで分かってねぇ。大事なのは足すことじゃなく引くことなんだよ。限界ギリギリの引き算の彼岸にエルドラドめいたソレっぽい何かがあるって噂だ。まだまだ青いな♪”からの、“つーかプー!オマエはもう食えねえって言ってただろーが!横取りすんなっ!”“い~やもう食えるのだ!だから食うのだ!ケチケチすんじゃねえ!”“なんだかんだ言ってあたしの肉すげーうまそうに食ってるじゃねーか!”“だから最初からうまいって言ってんだろが!世界二位のうまグリルだな!褒めてやる♪”“むっきー!その【一位は俺で確定だがな♪づら】が癇に障るぜ!真っ赤になるまで熱したラジオペンチでオマエの舌挟みてえ!”“おいおい真っ赤に熱したラジペンなんて持ったらオマエの手が先にダメージ食らっちまうだろ~♪”“うっせー!我慢して持ってやる!あたしの指が焼けて骨だけになってもオマエの舌挟んでやる!”“ラビ子そこまでだ!そんな無茶すんな。オマエのキレイな指が骨だけになるなんて考えただけでも耐えられん。俺の負けだ。強くなったな。かわいいやつめ♪”からの、“し、師匠ぉー!一生ついてくぜ!最悪一生ニ位でも我慢するっ!”“ラビ子、我が愛弟子よ。ニ位を恥じるな。近年の運動会では【がんばった子が全員サイコー!】らしいぞ。数年後には【偏差値という慈悲も情けもない明確な序列の濁流の中】に放り込まれるにもかかわらずな”“ん~なに言ってんのかよくわかんねーけどニ位でもサイコーってことなんだよな♪サイコーってことは一位なんだよな?やったぜっ!”“うんうん。ラビ子はいい子だ♪”などを経て、ステージは【各自お湯を含ませた布で体を拭いてさっぱりしようタイム】へと移り、“プーてめえぜってー覗くんじゃねーぞ!このエロガッパ!”“だからちゃんと布で囲って小部屋みたくしてやっただろーが!”“んなもんオマエのスコー……すこだまスケベな劣情の前では信用できねぇ!ガチで瞑想してろ!”“何度も言うが俺のスケベレーティングは所詮【アヴィーチーみつる作品カテゴリ】なんだよ!つまり全年齢対象のGだ!ふざけんな!”“逆ギレしてんじゃねーよ!間違ってもアイリスっちの突起物なんて妄想するんじゃねーぞ!オマエが今すべきは妄想じゃなく瞑想だかんな!”“生々しい言い方すんなっ!とっとと体拭けよ!妄想、もとい、瞑想しながらこんなしょーもない会話すんの大変なんだぞ!”などと続き、現在に至る。
気付けば空には銀河が横たわり、薪の燃える音に加え、虫の鳴き声も響いていた。
アイリスはヒロの作った【布囲い簡易小部屋】でラビ子協力のもと体を拭き、軟膏を全身にコーティングされ、ゆっくり横になると瞬く間に寝息を立て始めてしまう。
ひと段落したラビ子はヒロの横にちょこんと座り、二人は並んで竈門の火を眺めながら念話で話し出すのだった。
『ふぃ~~。やっと好き勝手にしゃべれるぜ♪ なんかよ、隠し事しながら話すのって難しいんだよな~。あたしはもう疲れたぜ~』
『オマエは肉声でも好き勝手にしゃべってただろーが。あと後半なんて【俺・ヒメ・ヒロリエル・アルロライエ限定の念話グループ】でギャーギャー言われてたから大変だったんだぞ~。“疲れたぜ~”は俺のセリフだ』
『お、そーだったのか~。なんかさ、姉さんたちが突然黙っちまったから逆に怖かったんだけどさ、そーかそーか、プーの頭ん中では大騒ぎだったんだな♪ お疲れさ~ん(哀笑)』
『はぁ~~。気楽なもんだなぁラビ子~。アイリスさんが“あ…………”ってこぼしてからの三人官女の騒ぎ様ったら、そりゃも~姦しいのなんのって。【念話禁止用語】的な規制ワードをいくつ制定しても追いつかないくらいだったよ~』
『ちょっとヒロ~、三人官女とは片腹痛いわね~。いつから私達はあなたの官女になったっていうのよ~。世界三大美神とか三美賢者とか三美柱とかならまだ許容してあげるけどさ~』
『まったくなのです。チチサマのエロ男爵っぷりにはハハサマ同様片腹痛い上に呆れて侮蔑の念しか湧いてこないのです。ひーたん達が御指導御鞭撻をくれてやってなければ、今頃チチサマは完膚無き迄にお色気篭絡されていたところだったのです! 感謝するのれす!』
『ヒロリエル~、そんなに怒んなって~。つーかさ、何度も言ってる通り、俺はなぜか【アヴィーチーみつる作品クラスの全年齢対象カテゴリなG級スケベ】くらいしか発動しない体になってるんだよ~。ま、娘のヒロリエルに訴える話でもないけどな~』
『プー、てーことはオマエ、前の世界では今のレベルじゃ収まらないような、インフィニティスケベだったってことなのか?』
『いや、インフィニティスケベではなかった。それだけは断言できる。つーかフツーだよフツー。結婚はしてなかったけど、恋人は遡れば4~5人程度ではあるが思い当たるし、やることもしっかりやってた。決してハーレム大好きな異世界転生者にありがちな【スケベビッグバンやエロスーパーノヴァを巻き起こす原因のひとつとされる性体験的に不遇だった前世の因子】などは特に持ってない。拙者長くは持たないので候……ではあったがな。ふっ。って誰がソーローだこらっ! …………でだ、毎日フツーに材料さえあってその気にさえなれば“元気100倍!パンパンマン!”だった俺ことポール・マッカーチンがだ、この世界に転生してからというもの、ぜんぜんパンパンマンにならないんだよ。最初は“異世界ってそーゆーもんなのかもな~”くらいにしか思ってなかったんだけどさ、1ヶ月以上もフニャフニャモードが続くとちょっと心配になっては来ている。まぁ、現状フニャってるからって別段深刻な問題は無いんだけどさ、これって1万年以上先まで変わらず続くのかなぁ……という素朴な疑問は正直あるんだ。あ、ヒメはなんか知ってる?』
『………………』
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