27日目 ロンちゃんと世界のゴタゴタ




『さぁ~て、なんかいろいろあった気もするけど、まだ昼ね。ヒロどーする~?』


『そーだな~。勢いでもう1ダンジョン特攻してみるのも悪くないんだけど……。あ、ウルさん、【ゴッドマン家】に何か目立った動きはある?』


『ピキュ! 【ゴッドマン家】はそりゃもー大騒ぎなのでピキュ~。なにしろ当主とその側近が跡形もなく消えてしまったのでピキュからドタバタが続いているのでピキュ。そいで【ゴッドマン婦人】が近所の【ローグサッド伯爵】に泣きついたのでピキュ。するとローグサッドのオッサンは“あとはウチで対応するから騒がずじっとしていろ”とか言って部下に地元を捜索させているのでピキュ。あと、【伝書魔物】を【ユーロピア帝国】に向けて飛ばしたのでピキュ~』


『それはいつ?』


『地元捜索は昨日からで、伝書魔物はつい2時間ほど前のことピキュ!』


『よっしゃ! その魔物、探しに行こう! ウルさん、どんな種類の魔物だった?』


『どんなもなにも、念のために超小型ウル分体が尾行中なのでピキュ~♪』


『うおっ! デキるやつ発見!』


『ピキュピキュピキュ~♪ 飛ばされた伝書魔物は3匹で、鷲みたいなの、隼みたいなの、梟みたいなの、なのでピキュ! 3匹全部に超小型ウル分体が潜んでるのでピキュ~♪』


『潜んでる?』


『魔物の足にくくり付けられた【お手紙入れ筒】みたいなのに手紙と一緒に潜んでいるのでピキュ!』


『完璧だよウルさ~ん。んじゃ~その3頭の猛禽類魔物、回収しちゃおう♪』


『ガッテンショーシャンク! なのでピキュピキュ~♪』



 同時刻、【マンバタン島】と【ユーロピア帝国】を結ぶ海域の上空を別々に飛ぶ3つの影があった。

 鷲タイプの魔物【アークイーグル】は高い高度を悠々と……

 隼タイプの魔物【ロードファルコン】は低い高度を矢のように……

 梟タイプの魔物【グレーターオウル】はその中間の高度を着実に……

 雛の頃から人の手によって【通信具】として飼いならされ、過去数年間は100%の達成率で数多の仕事を遂行してきた3羽の魔物は、この日も迷うことなく目的地を目指していた。

 そして、何の前触れもなく、忽然と【熟知しているいつもの空】から消えることとなる。


 ヒロからの依頼を受け、すぐに【お手紙入れ筒】からトロッと外に滲み出たウルたちは、そのまま飛翔中の各魔物をクワッと飲み込み、亜空間ポケットに収納。そして次の瞬間には【神速転移】でヒロの目の前に現れるのだった。


『ピッキュ~♪ 回収完了なのでピキュ~』


 任務を完了し既に合体済みのウルは【3つの筒】を体内から取り出し、ヒロに渡す。


『ウルさんい~仕事するねぇ~ 大助かりだよ~♪』


 はしゃぐウルを抱きしめ撫で回すと、ヒロはそれぞれの筒から手紙を取りした。


『ん? 手紙以外になんか小さな虫の死骸が入ってんな……』


『ピキュ! 捨て忘れてたのでピキュ! あの【ローグサッド伯爵】の野郎、【お手紙入れ筒】の中に手紙だけじゃなく【気性の荒い毒虫】も仕込みやがったのでピキュ~。ま~ウルにとっては虫ケラそのものピキュから瞬殺しておいたのでピキュ~♪』


『ヒロ、いちおう確認してみるね~』



■ロンギヌス毒カマドウマ改[ただのしかばね]

ユーロピア地域に生息する虫型の魔物【ロンギヌス毒カマドウマ】の変異種。世界征服を企む組織により人工的な改造手術が施され、本来の体質や気性が変異しているフシがある。極めて凶暴に変異させられているが、一方では特定のガスを浴びると即死するように耐性が改弱されているフシもある。

体長:3cm 体重:1g

備考:本来の【ロンギヌス毒カマドウマ】は、有毒種でありながら毒を使うことはなく、自然界から滲み出る魔素を摂取することで成長し一生を終える。温厚な性質で義理人情に厚く、家族や仲間を大切にする傾向が強い。他種族にも友好的で、過去に【やさしくしてくれた人間の墓に米粒大の饅頭をお供えして手を合わせているロンギヌス毒カマドウマ】の目撃情報がある。争い事や殺生を嫌う。



『だってさ。 ……なにコレ』

『……なんだコレ』


 すると突然、それまで揚々としていたウルが、雷に打たれたように豹変した。


『ピッ……ピキュ!!!!』


 ウルは暫く黙り込むと、ワナワナと震え始める。


『そ………… そーゆーことだったんでピキュか…………』


『な、なに?』

『どーゆーこと?』


『ゆ、ゆ、ゆるせないのでピキューー! ローグサッドのやろぉ~~! なんて酷いことをしやがるのでピキュか! ロンちゃん、ロンちゃんのカタキは、このウルが必ず討ってみせるのでピキュ! 世界征服を企むローグサッドの行く手には、もはや【安心】も【安全】も【安堵】もいっっっっさい無いってことをー、このウルが、このウルが、ウ……ウルがぁぁ……ぅぁぁぁああ~~~ん ピキュピキュピキュ~~ ピキュ~~』


『ど、どしたのウルちゃん? そんなに泣かなくても……』


『ウルさん泣かないでよ~。ロンギ……ロンちゃん? がなんだかどーにかしたんだね? よくわかんないけど……』


『……ウルは、……ウルは思い出したのでピキュ。ロンちゃんは最初こそ真っ赤な目でウルを睨みつけ、キシャーー! とか叫びながら毒針攻撃や毒霧攻撃を繰り出してきたのでピキュ。けど、ウルが反撃してボコボコにしてとどめを刺す瞬間、な、なみだを浮かべてたのでピキュ~。そしてカマドウマの鳴くような小さな小さな声で何か話しかけてきてたのでピキュが、今思えば……アレは……“アリガトウ”って言ってたのでピキュ~~。その時のロンちゃんの潤んだ瞳はとっても綺麗で、青く青く澄んでいたのでピキュ~~。ウルは、ウルは、この命尽き果てるまで、あの時のロンちゃんの安らかな笑顔を決して忘れないのでピキュ~~ ごめんねロンちゃ~~~ん ピキュピキュピキュ~~~ ピキュ~~~~』


『グスっ ……ヒロ、なんでだろ。わたしも涙がでてきた……』


『ん? ……あ、あぁ。あんまり俺の脳内濡らすなよ。しかしロンちゃん…… なんて人間みたいな自我の持ち主なんだ……』


『悲し悲しなのれす~~。ひーたんはどんなに強くても…… どんなに疾くても…… 今のウルたんを助けてあげられないのれす~~ ひーたんは無力なのれす~~~ ひぃ~~~~ん うわぁ~~~~ん』


 流星4号の室内を飛び回る妖精型のヒロリエルの瞳から、フレーム形成された光の粒子が止めどなくこぼれ落ちていった。

 それはまるで、ロンちゃんが天国に旅立っていくための輝く道のように見えたのだった。





 10分後


 ヒロ達は【ハナランド】の中にいた。

 いつもヒロがソファやベッドや風呂を置いている中央部。

 必要なもの以外特に置いていないその場所に、昨日までは無かった小さなメガミウムのかたまりがちょこんと並んでいる。

 ウルがせっせと形成して大事そうに削ったそのかたまりには


 【ロンちゃんのおはか】


 とだけ彫られていた。





 やおら、魔タバコ[魔ショットホープ]を何本か燻らせ、青く寂しげな虚構の空に流れる雲をずっと眺めていたヒロが、墓の前から動かないウルにやさしく話しかける。


『ウルさん、しばらくここに居る?』


 ウルはぷるっと震えてピョンと弾んだ。


『……うんにゃりのっとなのでピキュ! ウルはヒロさんに追いつくべく絶えず精進して行かねばならぬ修行の身なのでピキュ! 未熟者のウルは、今日も明日も遥か未来も、ずーーーっとヒロさんの背中を追いかけてがんばりまくるのでピキュピキュピキュ~!』


『そっか! んじゃあ次の行動に移ろうぜ! 振り落とされんなよぉぉお♪』


『ピキュピキュピキュ~♪』


 元気に飛び跳ねていつものようにヒロにじゃれつくウル。

 同時にヒロは万感の思いを抱く。


(……本当はキミより俺の方がずっとずっと未熟者なんだよ、ウルさん)


 ヒロの心のつぶやきは誰にも知られることなく【ハナランド】の空に吸い込まれていくのだった。




ピロン[消音]


《  。。゚(゚´Д`゚)゚。。  》




 しかし、7本目の魔タバコを燻らせつつ、ヒロはこうも思うのだった。


(それにしても…… カマドウマの口の動きなんて分かるのかな……)


 ハナランドの空には、ただ静かに雲が流れていくだけだった。







『さて、そんなこんなでだが、【ローグサッド伯爵の手紙】は3通とも同じ内容だった』


『ふぅ~ん、慎重に抜かりなく確実に届くようにって感じね~』


『多分な。で、途中で万が一当事者以外の何者かに手紙を読まれたりしないために、ロンちゃんを忍ばせておいて保険としていた。って感じだな』


『しかも宛先人が筒を開ける時、簡単にロンちゃんを殺せるような謎のガスまで開発してたんだもんね~』


『多分な。そんな【改造カマドウマ・ロンちゃん】まで使って送ろうとしていた手紙なんだが、宛先は、ユーロピア帝国・ゲルマイセン領の大公、【ハインツ・プライセン】という男だった』


『ヒロ~、【大公】って偉いの~?』


『多分、そこそこ偉い。はずだ。ったと思う』


『てか、わたしが調べるわ。ちょうど最近【はじめての権力入門★まずは手に入れよう![先輩権力者へのコネ編]】って本を【エンジェルバトル】の景品でゲットしたばっかなのよ~。えぇ~っと、はいはい、【大公】ってゆーのはねぇ、その土地……ここで言うところのゲルマイセン領なんだけど、その一番偉い人。よーは領主様ってやつねー』


『……な、偉かっただろ?』


『………………』


『で、内容なんだが……』


『ふんふん』

『ピキュピキュ』


『なんか、【ニョークシティにミソロジー級の能力者発現の可能性あり】とか【クリスタル教の方々にもお伝え願う】とか【研究が飛躍的に前進するかも】とか、【ただならぬ感】満載の内容だったわ~』


『その内容ってば…… ヒロがいっちゃん嫌いそうな【めんどくせーこと】のオンパレードね。【権力】やら【欲】やら【暗躍】やら【暴走】やらがグッチュグチュのビッシャビシャのネッチョネチョのテッカテカになってビックンビックンしてるわ~』


『よく分からんが、確かにミソロジー級にめんどくさそーではある。で、あるからこそ、俺は……』


『……俺は?』

『ピキュピ?』


『当分ほっとくことにする♪』


『まーねぇ~、そーだと思ったわ~。そのために手紙回収したよーなもんだしねぇ』


『そーなんだよ。実際この手紙の回収によってだな、鳥型魔物でも往復で3~4日はかかるであろう【ニョークシティ・ベルリネッタ間】の手紙のやり取りが、無かったことになる訳でだな、そーすっと1週間くらい後になって、ローグサッド伯爵は“あれ~? 手紙が返ってこないぞぉ~。困ったなぁ~。また手紙出そーかなぁ。でもまた返ってこなかったらどーしよ~。よ~し、今度はもっと確実に届けるために、凄腕の諜報員に手紙を持たせて航路で向かわせよ~っと。でもそれだと諜報員がお返事のお手紙持って帰ってくるのは、えっと~、片道2週間以上、あと陸路で2日ほどかぁ~。こりゃお返事読めるのは1ヶ月以上先だなぁ~。困っちゃったけどしょーがないよねぇ。よし、気長にやろっと♪”みたいな状態になってるはずなのだ。だから結論を言えば、1ヶ月後にまた考えよう! ってことなのだ!』


『そ~ねぇ。空路が未開拓なこの世界の長距離移動はめちゃくちゃ時間かかるんだったわ~。ウルちゃんのワープに慣れすぎててすっかり忘れてたし。ウルちゃんいつもナイスジョブよ♪』


『ピキュ~♡ まかせてちょんまげなのでピキュ! あと僭越ながらニョークシティ&ベルリネッタの両【ローグサッド家】とゲルマイセン大公【プライセン家】、タリアッテ領ルオマの【クリスタル教】本部あたりはミッチリ監視しておくピキュから大船に乗ったつもりでオッケーなのでピキュピキュ~♪』


『すごいぜウルさん! そんなのも~【大船】どころか【スペース大戦艦ヤマトナデシコ七変化】クラスに乗ってるよーなモンじゃないかよ! 気が利くねぇ~♪』


『まだまだ利かせるでピキュよ~。世界中のぜんぶの町にウル分体が常駐される日も近いのでピキュ~。てゆーかもう5割くらいは行き届いているのでピキュ~♪』


『ウルちゃんヤバいわ。も~ヒロリカ合衆国軍による世界統治も目前なのね~』


『おいヒメ、ぶっそーなことのたまうな。俺は軍を持たないし世界を統治する気もサラサラ無ぇぞ。サラサラヘアー無ぇぞ。そもそも【世界がひとつになる】なんて聞こえはい~けど、ようは【単一支配者による画一化】だ。そんなの最高につまんねーじゃねーか。隣の町の食堂のメニューが違うからこそ人生は楽しいんだ。みんなバラバラだからおもしれーんだよ。ローカル最高! ガラパゴス最高!』


『おっと……さすがは【グローバル資本に支配され尽くした世界からやってきた転生者】だけのことはあるわねぇ~。いいんじゃない? ヒロはヒロなんだから。じゃあ大好きなヒロに神界に伝わるいにしえの詩を贈るね♪』


 その道を行けばどうなるのかといつも危ぶめ 危ぶみながら歩いていけ 危ぶむことをやめたとき そこにあるのは惚けの螺旋 ふみ出す一足はこわいだろう 歩いた一足は不安だよ だけどあなたのその道は なにかに向かう道なんだ わからないから楽しいんだ 危ぶみつづけて歩いて行け 迷って行けよ 答えなどない


『……どお? 気に入った?』


『…………どっかで聞いたことあるよーな気もするんだけど、……いいね♪』


『でしょでしょ~ 神界でも知る人ぞ知る古ぅ~い時代の詩人【天尊姫子】って人の代表作よ♪ 他にも読みたかったら言ってね、わたし詩集ぜんぶ持ってるから~』


『だれだって? その詩人』


『え…… っとぉ~ あめのみこと・ひめこ……』


『おまえじゃねーかよ!』


『はうっっ! やっぱりバレたか……』


『そりゃバレるだろ。【子】付けただけで全然偽装できてねーし』


『だよねぇ~。えへへへ♪』


『でもま、いい詩だったよ。ありがとヒメ♡』


『はんっ…… っく………… ぃゃ こっちこそ 褒めてくれてありがと~ヒロ♡』


 その時、ヒロ側近担当のウルが騒ぎ出した。


『ピキュピキュピキュ~! ちょっぴり緊急事態の報告が分体から寄せられてるのでピキュ~!』


『ん? 緊急事態?』


『ピキュ! なんでも、戦争開始の兆しありとか、略奪進行中とか、そんなのピキュ~』


『おいおい物騒極まりないな。ウルさん、情報ありがと! んでヒメ、』


『ん?』


『なんか、世界の争いごとのリアルタイム最前線情報が漏れなく一覧でまとめて分かるようなやつ無い?』


『ん~~とね、ちょっと待って。今、探してみるから♪』


 2分後


『あったわよ~。ジャーン♪ 【これであなたも便乗商人★世界のゴタゴタ探知機[テラース版]】。これでどう?』


『おぉ、商人用の情報ツールか~。ゴタゴタってのが若干気になるけど、無いよりぜんぜんいいよ♪ ヒメよくこんなの持ってたなぁ♪ どーやって手に入れたの?』


『確か、【エンジェルバトル】の中のスロットの景品だったと思う』


『……【エンジェルバトル】って結構いろいろやれるんだな』


『そ~ねー。コロッセウムで戦う以外にも、カジノとか、学園ライフとか、ストリートファイトとか、ダンジョン探索とか、魔物育成とか、盛り沢山よ♪ 運営側も飽きられないように次々と新カテゴリや新アイテムを出してくるしね~。手に入るアイテムだってゲーム内でも使えて実際にこーやってゲームの外にも持ち出せるデュアルアイテムばかりだしね♪』


『すげーな、さすが神界のゲーム♪』


『さてさてぇ~、それじゃ【世界のゴタゴタ】探知するわよ~』


 その後、ヒメから報告された案件は以下のものだった。




■テラースで起こっているゴタゴタ[商売便乗レベル【大】]


【カサンブランでのゴタゴタ】

場所:アウリカ王国モロンコ領【カサンブラン】

ユーロピア帝国イングラル領大公アーサー・ウィーザー率いる帝国海軍が宣戦布告後カサンブラン侵攻を開始した。カサンブランはゼブラ海峡をはさんでユーロピア帝国領土に近いアウリカ大陸北部の大きな町であり、海路の中継地として栄えてきた港町である。その経緯から【ユーロピア帝国とは友好的関係】であったにもかかわらず、現在は一方的に降伏を迫られている。海軍を増強したユーロピア帝国軍はカサンブラン沖に最新鋭の魔晶動力軍艦10隻を停泊させ、戦艦搭載の魔晶カノン砲による威嚇砲撃を散発的に繰り返している。現在の所、上陸戦にまでは至っていない。


【ラゴでのゴタゴタ】

場所:アウリカ王国ナイジラ領【ラゴ】

ユーロピア帝国イングラル領ランダのブラードレク商会が所有する民営軍船5隻がラゴを襲撃後拠点とし、周辺海域で略奪行為や奴隷売買のための誘拐を繰り返している。ユーロピア帝国はこの民間装甲軍船による海賊行為を賛助しており、一方的な蹂躙が繰り返されている。


【ムンバでのゴタゴタ】

場所:インダーラ連邦インダーラ領【ムンバ】

ユーロピア帝国イングラル領ランダのブラードレク商会が所有する民営軍船7隻がムンバへの侵略を開始した。大型の魔晶動力軍船【ゴールデンイングラル号】を旗艦とする船団は停泊を完了しており、頭目のキャプテン・ブラードレク率いる先遣団139名が小型艇にて上陸。すでにムンバ近隣の村が占拠されている。現在の所、ムンバ陥落にまでは至っていない。ユーロピア帝国はこの民間軍船による海賊行為を賛助している。


【ウクラインでのゴタゴタ】

場所:ルーシャ王国ウクライン地域

ユーロピア帝国ゲルマイセン領大公ハインツ・プライセン率いる帝国陸軍がウクライン地域に進軍を開始した。宣戦布告の有無や進軍の目的は不明。




『最初に出てきたのはこんなところね~』


『ピキュ! カサンブランとムンバのやつがウルに届いたやつなのでピキュ~!』


『なるほど……【ゴタゴタ】っつーか、全部【ユーロピア帝国】による一方的な侵略だなー』


『そ~ねぇ。まぁ、【ちから】を手に入れちゃった勢力は、その【ちから】を試さずにはいられないんだろうしねぇ。そして、【ちから】で圧倒できて一方的に奪えるのであれば“【奪う】1択っしょ♪”って、なっちゃうんだろうねぇ~。特にヒトは……』


『いや、それは最初の衝突までの話だろ。多分だけど、もし【アウリカ王国】に強力な軍事力があったら、当然のごとく応戦して、場合によっちゃ逆の侵略や蹂躙も起こりうるよ。特に【ラゴ】に関しては、既に現地の被害者が出てる可能性高そうだしなぁ。吹き上がってしまった獣人たちの負の感情はそー簡単には収まらないと思うぞ』


『ピキュ~。確かに戦火が上がってしまった後では、ヒトも獣人もエルフもかんけーなく殺し合っちゃうのかもピキュ~』


『ヒロ~、この4件、関与するの?』


『もちろんする。さっそく現地に飛ぼうか。まずは【ラゴ】だな~。ウルさん、この【流星4号★要塞★999迷彩】ごと【ウルさんワープ】で【ラゴ】に一番近いところにいるウルさんまで飛ばせる?』


『お安い御用なのでピッキュピキュ~! では行くピキュよ~』


 ウルは外に飛び出すと、一気に巨大化して【流星4号★要塞★999迷彩】を丸呑みにするのだった。





 数秒後、アウリカ王国カルメン領ドアラに【ウルさんワープ】で到着したヒロは、すぐさま進路をナイジラ領【ラゴ】に向けて飛び立ち、時速5千キロほどの速度で飛行すると、10分ほどで【ラゴ】の町の上空500mに浮かんでいた。


『う~ん。ひどいな』


 【スコープ】で【ラゴ】周辺を偵察しながらヒロがつぶやく。


『そぉ~ねぇ。もう町のあちこちでユーロピアの奴が闊歩してるわ~。しかもあいつら銃持ってるし~』


『海岸側に至っては、停泊中のユーロピアのデカい船と港を行き来する運搬船で、ラゴの人たちが強制的に働かされてるな。いろいろ運んでる。農産物と…… 魔物の素材各種…… あと何種類かの鉱物。あ、それと、若い男女の獣人が多数…… 奴隷だな。鎖で繋がれてる』


『ピキュ! さっそく現場に降り立った先遣隊のウルがお届けするのでピキュ! 現在【ラゴ】は【ブラードレク商会】の連中によってすでに制圧されちゃってるのでピキュ。奴らの人数は300人ほどピキュが、全員銃を装備しており5人グループでかたまって行動しているので隙が無いのでピキュ! あ、ただ、隙がないってゆーのはラゴ領民にとってはという意味で、ウルにとっては隙だらけ……いやもはや【隙の濃縮エキス】と言っても過言ではない隙隙状態なのでピキュ~』


『了解~。俺もさっきから町のそこら中を【スコープ】しまくってるんだけどさ、縛られたり監禁されてたりしてる人はあちこちに居るんだけど、意外にも死体とかは見当たらないんだよなぁ。多分【ブラードレク商会】は、領民を労働力や奴隷として再利用するつもりで最初から行動してるんだと思う。てーことは、【殺して全部奪ってサイナラ~】じゃなく【この土地に支配者層として君臨しつづけ搾り取りまくる】つもりなんだろうなー』


『ヒロさん、こんな奴ら殺っちまうのでピキュ! 殲滅するのに5分もあれば充分なのでピキュ! はやくラゴの町のみんなを開放してあげるのでピキュピキュ!』


『あ~うん、とっとと開放するのはもちろんなんだけど…… 殲滅は保留にしとこう』


 そう言うと同時に、ヒロは【ブラードレク商会】の武装構成員を次々と【インベントリ】に収納していった。

 さらに海上に停泊中の巨大な軍船5隻と運搬船も躊躇なく収納する。

 そして【インベントリ】内であらためて【船】【銃】【豆】【鉄鉱石】【イエン】【人】というように分類して再収納し、その中から【ラゴ領民】と【全てのイエンと物資】を町の広場に丁寧に置いた。

 かくしてヒロの今回使用した【インベントリ領域】には【軍船5隻】と【ブラードレク商会の人間563名】と【銃412丁】だけが残ったのだった。


『いや~ヒロ、これだけの作業を1分弱で終えちゃうなんて、もうめちゃくちゃね~♪』


『なにを仰るヒメさん、ヒメの【インベントリ】ありきの話だろ? いつも助けられてばっかりだよホント♪』


『えへへへ~♡』


『ピキュピキュ~! さっすがヒロさんとヒメさんなのでピキュ! ただただ殺すことにこだわっていたウルは恥ずかしいのでピキュ~』


『いや、あいつらをどーするかは俺もまだ考え中なんだ。でもまぁ、とにかく、ラゴの町を開放できたのは良かったよ。それでウルさん、』


『なんでピキュか?』


『ウルさんには、このあとのラゴの町の復興と人の動きを監視しておいてほしいんだ』


『もちろんなのでピキュ! 元々ウルはテラースの全町コンプリートを目指しているのでピキュ~。一石二鳥なのでピキュ!』


『それでね、ひょっとしたらこのラゴの領民の中に【ブラードレク商会】を手引した裏切り者的ポジションの奴が居るかも知れないし、まとめて返却した物資やイエンを奪い合う地元住民が出てくるかもしれないから、そのへん注意しながらお願いね~』


『ピキュ! スパイチェックも奪い合いチェックも任せるのでピキュ~♪』


『じゃあ俺たちは次に行くぞ! 次は【ムンバ】だ』


『【ムンバ】にはウル分体が既にいるピキュ! もう向こうの上空500mで待機完了なのでピキュ!』


『ナイス段取り! すぐ行こう!』


『ピキュピキュピキュ~♪』





 数秒後、ヒロ軍団を乗せた【流星4号★要塞★999迷彩】はインダーラ連邦インダーラ領【ムンバ】の町の上空500mに浮かんでいた。

 到着と同時にヒロは【スコープ】を全方向に走らせる。


『……おおぉ、間に合った~。ムンバの町はまだ手付かずだ♪ ……で、10kmほど北にある小さな村が占拠されてるな。【ブラードレク商会】の船もその近くに停泊してるのを確認』


 ヒロは即座に【インベントリ】を乱れ打ち、【ブラードレク商会】の先遣団139名と小型上陸艇、そして停泊中の軍艦7隻を丸呑みにし、拘束されていた村人たちを【フレームセイバー】で開放した。


『ん~~、ちょっと面倒な問題が発覚したぞ』


『どーしたの? 【ブラードレク商会】の侵略は阻止できたんじゃない?』


『あぁ、この村や【ムンバ】の町はとりあえず大丈夫だろうけど、【ブラードレク商会】の船の中に【ここに来るまでに略奪されたであろう物資や獣人たち】がたくさん積んであったんだよ~』


『あ~、ありえるわねー。ラゴあたりからここらまで、ただただ海を航海してきただけって訳が無いもんねぇ』


『だなー。でも、捕らわれていた獣人たちを元に戻そうにも、こりゃけっこ~時間がかかりそうだわ』


『というと?』


『7隻の船の中に、全部で千人以上の人が居たんだよ。その中には獣人のほかにドワーフやらエルフやら、あとよく分からん種族も混じってる』


『うわ~。千人以上の個別面談かぁ~。大変だわそりゃ』


『ピキュ! みんな【ムンバ】の町に開放してあげればいいのでは?』


『いやウルさん、そーゆーわけにもいかんだろ~。その人達にだってそれぞれ住みたい場所があるだろうからさー』


『なるほどピキュ~ ウルには【望郷の念】が無いピキュからよくわかんないのでピキュ~』


『ま、まぁ、ウルさんは既に意識集合体って感があるから、そもそも【故郷】って概念が吹っ飛んでるんだろうね~』


『強いて言うなら【ウルの故郷】はヒロさんなのでピキュ! だからウルはいつも故郷にて故郷を想い、故郷のために生きているのでピキュ~♪』


『ウルさん、心の愛息子よ! 故郷としてこれ以上無い喜びだぜ!』


『ピキュピキュピキュ~♪ ただヒロさん、ウルには性別が無いピキュから愛娘でもいいのでピキュよ?』


『いや、分かってるんだけどさ、なんとなくつい息子のように思っちゃうんだよな~』


『じゃあ息子ピキュ! ヒロさんの息子王にウルはなる! なのでピキュ~♡』


『はいは~い、話を戻すわよ~。それでヒロ、インベントリ滞在中の捕らわれたみなさんはどーするの?』


『……うん、この件もとりあえず保留だ。優先順位はまず【ゴタゴタの解消】とする。てーわけで、次行くぞ! 次は…… 【カサンブラン】だ!』


『あ! と、ちょっと待ってヒロ、今さ、【これであなたも便乗商人★世界のゴタゴタ探知機[テラース版]】で【マル秘★追加情報】ってゆーのを見てたらさ、あちこちの海上に【ブラードレク商会】の船が5隻ヒットしたんだけど、その全てに略奪した物資や奴隷が積まれてるみたいよ~』


『……しゃーない、保留ついでに呑み込んどこう!』


 ヒロは【ウルさんワープ】と【流星4号★要塞★999迷彩】の高速飛行を駆使し、【カサンブラン】に向かう道[空]すがら、略奪物資&奴隷運搬中の【ブラードレク商会】の船5隻を次々とインベントリ収納していった。





 1時間後 アウリカ王国モロンコ領【カサンブラン】上空500m。

 【スコープ】巡回をしつつ、ヒロは次々と状況を掌握していった。


『うぅ~わ、大砲撃ちまくってんなー。魔晶カノン砲って思ってたより威力ありそぉ~。あと軍艦が【ブラードレク商会】のやつよりデカくて強そうだわ。さすが正規軍。このタイプのが現時点で【ユーロピア帝国】海軍最新鋭の戦艦なんだろうなぁ。既に鉄製のボディになってるよー』


『あれ? 【ブラードレク商会】の船も鉄っぽくなかった?』


『あいつらのは木製の船体に鉄板装甲を貼り付けたタイプだ。でもここに浮かんでる戦艦は、すべて鉄製。多分、単独航行中に魔物に襲われても耐えられるレベルにまで造り込まれてるんじゃないかなぁ』


『そっかー。既にもう、この世界の【大航海時代】は始まりつつあるのね~』


『それなー。文明先進大国による世界規模の略奪と蹂躙と殺戮の時代の幕開けだ。【ブラードレク商会】が投機的に先陣を切ってたみたいだけど、今後は次々と【ユーロピア帝国】から最新鋭の頑丈な船がテラースの海へと送り出されるんだろう。で、有無を言わさず資源や人材が土地ごと奪われていくって流れだろーな』


『ピキュッ! そんなことになったら、テラースのか弱き民はウルが守るのでピキュ! なんなら今から【ユーロピア帝国】を壊滅させるのでピキュ!』


『まぁまぁウルさん、それはちょっと待ってね。俺の計画を試してみたいんだ~』


『ウルの友であり壮大なエネルギーパトロンでもあるヒロさんが言うのであれば待つのでピキュが、その計画とやらはどんな恐ろしいモノなのでピキュか?』


『ん~~とね、恐ろしいかどうかは分かんないけど、とりあえず、この世界から【先端技術による交通と通信】をある程度無くそうと思ってるんだ』


『ピキュ~?』


『怖っ! ヒロ怖っ! 人類文明の進化を停止させちゃうの?』


『……まぁ、ざっくり言えばそーかなー』


『それって…… 人類のためを思ってのこと?』


『【人類にとって有益か否か】的観点で言えば、それはもちろん【人による】ってことで終わる話だよ。例え人類がどーなろーが、必ず【損する人】と【得する人】は出てくるからね。もちろんここで言う【損得】には資産的な意味だけじゃなく精神的な苦楽や健康状態、命の時間なんかも含まれてるよ。人……っつーか生物全般は押し並べて【争うようにプログラムされている】としか思えないからさ、どーせ争うんだったら暴力の規模は小さいに越したことは無いだろ? 世界中の何百万って人達が蹂躙殺戮される争いより、町の酒場で言った言わないの喧嘩してる争いの方が全然マシじゃないか。俺はそーゆー基準で、最終的にはこの世界から【国】という大きな統治の単位を無くしたいんだ』


『ふぅ~ん。…………ねぇヒロ、』


『なに?』


『……ううん、なんでもない♪』


『何だよヒメぇ~ 怖いなぁ~』


『怖いってナニよぉ~♪ こんな美人のモテモテ女神つかまえて~♪』


『肉体無いんだから美人かどーかなんて分かんないだろ~が~』


『昔つくったブロマイドとかあるもん! 信者の間で大流行した下敷きとかポスターとかキーホルダーとかテレカとかもあるもん! 信者クラブが八百万リサイタルの時に使ってくれてたペンライトとかうちわとかハッピとかも記念にとってあるもん!』


『………………』


『秘密だから見せてあげないけどね~。べぇ~だ』


『なんだそれ~』

『ピッキュピキュ~』

『ハハサマの御姿♡』





 その後、雑談に区切りをつけたヒロは、カサンブラン沖に停泊中の魔晶動力軍艦10隻をインベントリにサクッと収納した。

 意図的な海岸線への威嚇砲撃に加え、降伏勧告を迫られ騒然としていたカサンブランの町は、沖合から忽然とユーロピア海軍の船団が消えたことにより静まりかえる。

 しかし、現時点では事実上、隣国からの驚異が去ったにもかかわらず、カサンブランにあるモロンコ領主館の会議室は混乱と怒号に満ちていた。

 当然のことながら誰ひとりとして事態を掌握できている者はおらず、それ故にこのあとも何日間か、カサンブランの【会議室パニック】は続くのだった。


『さて、最後はルーシャ王国のウクライン地域だな~』


『ねぇヒロ、ちょっといい?』


『なんスかヒメ様』


『モロンコ領の領主くらいには現状の説明とかしといた方がいいんじゃないの? なんか会議室、カオスってるわよ~』


『いや、それは絶対しない。俺が未知の力を使ってこんなことが出来るって知られちゃったら、今度はアウリカ王国側が俺を取り込もうとするのは自明だろ? そーなると俺の存在は単なる【最強の戦術兵器】として具体的に認知され、世界中の権力者の【欲しい物リスト1位】となり、奪い合いの争いが起こるってだけだと思うんだ。たとえその動機が“我が愛する国民の安全と幸福を守るため”だったとしてもだ。だから今後もこーゆー局面では、透明の存在のままで暗躍し続けて、対立する勢力のどちらとも一切接触せず、できれば【神の御業】とか【歴代先祖の怨霊降臨】とか【グレートマンモスラッキー】とか【スーパーマンモスアンラッキー】とか、とにかく【人知を超えた超常現象】として不気味な噂だけが世界中を駆け巡る感じにしておきたいんだよ~』


『あ~確かに、暴力装置が具現化するたびにこんな【超大規模神隠し】が民衆の目前で起こってたら、【天罰】的な【得体の知れないナニカ】を恐れる人間は増え続けるでしょーねぇ。ヒロ、ナイスかも♪』


『ただ、【テラース商会カサンブラン支店】の連中だけは、俺の仕業って勘付いてるかも知れないけどね~』


『勘付いてるピキュ~♪ 担当分体のウルがオモシロおかしく教えてるのでピキュ~』


『ウルちゃん、ヒロは極秘にしたいんだからホドホドにね~』


『ピキュッ! 秘密の共有は蜜の味なのでピキュ~♪』


『まぁ、テラース商会の中でだったら何話しててもい~よ♪ どーせ念話だろうしさ。あと、何だかんだ言ってもさ、俺がめんどくせー立場になりたくねーって理由も多少あるからね~』


『なに言ってんのよ、それが一番でしょーに♪』


『まぁ~な~♪ んじゃそろそろルーシャ王国に向かいますか!』


『はぁ~~い』

『ピキュ~~』





 ルーシャ王国ウクライン地域

 ヒロ軍団が搭乗する【流星4号★要塞★999迷彩】は、ウクライン地域の上空を飛び回っていた。


『う~~ん。現地特派員のウルさんが言う通り、ユーロピア帝国軍は隊列組んで威風堂々と行軍してっけど、ルーシャ王国側の軍隊が見当たんないなー』


『ピキュ! ルーシャ王国…… てかエルフの世界には、そもそも【政治】とか【軍備】という意識が希薄なのでピキュ~。エルフは排他的でありながら、同時に極めて個人主義的で、特に国境付近の未開拓な僻地に住むエルフ…… つまりこのあたりに住むエルフに至っては、【自分たちがルーシャ王国の国民であるという意識】すら薄いのでピキュ~。ゆえに、ユーロピア帝国軍が進軍してきているこの状況に至っても、国境警備隊はおろか義勇軍すら現れず、皆が皆それぞれに逃走したり傍観したりしてる有様なのでピキュ~』


『…………よく今までそんなんで滅びなかったな、エルフ』


『それには理由があるのでピキュ! ヒロさんも気付いていると思うのでピキュが、このあたりの森は【無限の森】と呼ばれており、信じられないほど広大で、濃密な魔素漂う深い森が延々と続いているのでピキュ~。ユーロピア帝国の東端最大の都市である【オステリア領ウィン】からでも千キロ近く離れている上に、強力な魔物も生息しているピキュから、めっさハイリスクな地域なのでピキュ~』


『なるへそ~。アホみたいにでっかい魔の森が、天然の城壁の役割を果たしてくれていたって訳かぁ』


『そーなのでピキュ! しかもエルフ族は魔物に対してある程度の迷彩能力を持っているみたいで、魔物の巣食う森でもそこそこ気楽に暮らしていけるっぽいのでピキュよ~』


『ほぉ~~、それは断然エルフ有利だな♪』


『ピキュ。さらには、エルフ族の王の住む本拠地は【エルフィンバース】といって、ここからさらに深い深い森を越えて何千キロも東にあるらしいピキュから、現時点では多種族が辿り着けるようなところじゃないのでピキュ~』


『そっかー。ちなみにウルさんはもう【エルフィンバース】には辿り着いてるの?』


『まだなのでピキュ~。そのへんの情報は、【バイカール】という地域の大きめの集落に潜伏しているウルが聞き耳を立てまくってゲットしたのでピキュ~。なんでも【エルフィンバース】はエルフ発祥の地で、テラごっさデカい木が生えているらしいのでピキュ~』


『でた、デカい木♪』


『ヒロこれは…… 間違いなく……』


『【世界樹】的なやつだな♪』


『だね♪』


『あ~、やっぱ【世界樹】ってロマンがあるよなぁ~♪ 行ってみてぇ~』


『行けるっしょ、ちょっと飛ばせば♪』


『いや、距離の問題じゃなくて、やっぱエルフってぇ、プライド高くて貧乳で人見知りっぽいからさー。気軽には行きづれーなぁ~』


『…………確かにそんな先入観でヒロが突然訪問したら、一悶着、いや、五悶着、もとい、二十七悶着くらいは起きそうなもんよねー。要らぬ悶着まで引き寄せそーだわ』


『いやいやヒメ、俺は悶着に関しては案外回避できるタイプだぞ? 前の世界では【ゼロの悶着師】として有名だったんだ』


『わたしがヒロの前世に詳しくないからってテキトーなこと言ってるでしょ、なにが【ゼロの悶着師】よ、ホントは【千の悶着を持つ男】とかだったんじゃないの?』


『なんだと! 証拠もねーくせにぃ~。やぁ~い、証拠はあるんですかぁ~ しょーこ出してくださーい』


『証拠なんていくらでも女神パワーで捏造してやるわよ!』


『い、いま、捏造って言ったな! 卑怯だぞ! 神だからって何でもアリかよ!?』


『最初に捏造したのはヒロでしょーが!』


『俺のは捏造じゃない! レトリックだ! 表現だ! いやもはや現代アートだ!』


『出た出た出た~。アートって言えば何でも丸め込めるって思ってる、人間の悪いところ出た~~』


『ムッキィ~~! こーなったら【言い方によってはエロく感じる言葉しりとり】で勝負だ!』


『のぞむところよ! 吠え面かかしてやるわ!』


 ヒロとヒメの不毛な会話としりとりはしばらく続くのだった。





『それにしてもユーロピア帝国は、なんでこんな【森しかない僻地】にわざわざ進軍してるんだ?』


『そーねぇ~、第一にはやっぱり【領土の拡大】なんじゃないの? 【国】ってさ、領土増やしたがるじゃな~い』


『確かになー。特にこの地域の状況を見れば、ノマドみたいな放浪エルフしかいないみたいだし、彼らから【我が国の領土を守らねば】的気概はまるで伝わってこないもんなー。これといった村や町も見当たらないし、これじゃあユーロピア帝国にとっては【ルーシャ王国の領土】というよりは、【ただの未開地】なんだろうなぁ』


『ピキュ! 進軍の理由はほかにもあるっぽいのでピキュ~。アンゼス共和国からスカウトしたドワーフ集団のおかげで、銃の性能が飛躍的に向上して、今まで苦戦していたこの森の魔物が倒せるようになったっぽいのでピキュ~。下っ端の兵士がはしゃいで喋っていたのでピキュ~』


『ここでもドワーフの技術者か~。そのうち【魔晶レールガン】とか【魔晶プラズマ銃】とか【魔晶レーザー兵器】とか作っちゃいそーだな』


『さらにピキュ! 現在ユーロピア帝国では、各領都を結ぶ【鉄の道】の建造が始まっているのでピキュ~。まだチョロッとしか完成していないのでピキュが、やたらと熱心に2本の鉄の棒を地面に敷いているのでピキュ~』


『鉄道キタかぁ~。もぅドワーフによる産業革命は止められない止まらない状態になってやがるぜ……』


『ヒロ~、鉄道はあなたの言う【先端技術による交通と通信】に入るの?』


『超入るな~。特に大都市間を結ぶ鉄道は消しておきたい』


『ん~~。なんか【シュッシュッポッポって煙を上げてゆっくり走る奴】って考えると、牧歌的って気もするけどねぇ』


『いや、カサンブランの魔晶動力軍艦を見れば、そんなかわいい奴とは思えんな。おそらく同じように魔晶を動力源として走る列車が開発済みの筈だ。だからこそユーロピア帝国は領土をさらに拡大して、いずれはこの大陸、いやテラース全域にまで覇権を広げる計画なんだろうと思う。国家間の技術格差が極端な【今】だからこそ“世界、ゲットだぜ!”……ってな』


『なるほど。そー言われると確かに、アイツらなら10年後には【エルフィンバース】や【インダーラ連邦】の隅々にまで鉄道網を伸ばして大陸制圧してそーだねー』


『あと、広域に渡って大量に人や物を運べる交通網が完成すると、確実に拠点となる大都市にばかり人や物が集中することになる。そして地方には少人数の超大富豪と膨大な数の奴隷労働者による生産システムだけが残り、大都市では生活水準の格差が拡大してスラムが広がり、結局今より困窮する人達が増える……って決まっているわけじゃないんだけど、そーなるんじゃないかな~って思うんだ。あと巨大な支配の下では、地域的文化や独自性も徹底的に均一化していくと思う。【多様性】と【ひとつの世界】は本来相容れない関係だからさ。支配が進めば地域性や個性もなだらかにコピペ&均一化されていくと思うよ』


『【便利や進歩】に【夢】しか詰まってないと思ったら大間違い……ってやつね』


『まぁ、結局は【人による】になっちゃうんだろうけどなー。世界中のみんなが同じような機械を持って同じような情報を手に入れて同じような食品を食べて同じような薬を飲んで同じようなルールに従って同じような幸福モデルを目指すのが世界平和であってそれこそが理想だって思う奴だって居るだろうし、支配と統一の果てに世界がどーなっちゃうかなんて、なってみないと実際分かんないけどさ~。特にここ異世界だし~』


『分かんなくてもヒロは思ったように行動するんでしょ? とりあえず【鉄の道】回収しにいく?』


『いやいや、その件はまだあとだ。今は目の前の【進軍するユーロピア帝国】だろ~』


『あ、忘れてたわ♪』


『実は俺も一瞬忘れかけてた♪』


 そう言いながら、ヒロは眼下の森を切り開きながら進む【ユーロピア帝国軍】をインベントリに一斉収納した。




チチチチ チチチ


 鳥のさえずりが【無限の森】に響き渡る。




『さて、ここからちょっと、あからさまにワンパクなことをしようと思う』


『なによなによ、それってきっと物騒なことなんでしょ~』


『いやワンパクだ♪ ブッソーではないと思う。少なくとも死人は出さない予定だよ』


『ピキュ~♪ ヒロさんのわんぱくは、どんな殲滅劇ピキュか~? ワクワクなのでピキュ~』


『えっとね、……今から【国境】をつくろーと思います』


『国境? ……は、もう有るんじゃないの? 曖昧だけど』


『その曖昧な未開拓地に、俺が勝手に【明確な国境】を作るんだよ』


『森に長~~~い線でも引くの?』


『うんにゃりのっと。けど惜しい! ユーロピア帝国とルーシャ王国の間に【壁】をつくります!』


『か、かべぇ~~~!? あの、根性論的にもイデオロギー的にも物理的にも、【壊すことがカックイー】とされている、あの【壁】?』


『そう、その【壁】』


『そんな、【人類史のトレンドに逆行するようなこと】して大丈夫? 今は亡き伝説の吟遊詩人【ジャンレー・ノン】とか、怒って天国からイカヅチ落としてきたりするんじゃないの~?』


『ヒメ、とても神の発言とは思えない俗っぽさだなー。考えてもみろ、この世界は【ジャンレー・ノン】の生きた世界でも時代でもないんだよ。事情が違う。そもそも彼自信が“天国なんてねーし”って言ってるだろー』


『おーっとうっかり忘れてたわ。【天国のジャンレー・ノン】って言葉自体が矛盾してるってことを……』


『あと【ジャンレー・ノン】ついでに言わせてもらえば、彼が遺した有名な詩【世界から無くなってほしいものリスト】に出てくる【天国】、【地獄】、【国境】、【殺す理由】、【殺される理由】、【宗教】、【所有するという概念】ってあるだろ?』


『あぁ~、はいはい』


『これらについて、“確かに無いといいな~”って思ってる人はたくさん居るだろうけど、一方で“無いと困るから有って欲しい”って思ってる人もまたたくさん居る。もっと言えば、【無いといいって本気で思いながら実際は無意識に欲している人】もたくさん居たりする。つまり、どんなに人類全員で同じ世界を想像してみても、同じ理想を掲げてみても、その時の立場や感情によって人は必ず対立するんだ。ジャンレーは詩の結びで【みんなが自分と同じ考えを持ってくれたら世界はひとつになるんだけどなぁ~】って言ってるけど、それは無理なハナシだ。多分ジャンレー自身も“そんなこと無理だって分かってるんだけどね”っていうセンチメンタリズムとともに皮肉と自虐を織り交ぜて書き記したんだろうけど、正直怖い主張だと思う』


『怖いっつーと?』


『考えてもみろよ。いや、想像してごらん、【世界がひとつ】になんてなっちゃったら、【異論を許さぬ監視社会】が誕生しちゃうだろ? 【世界がひとつになるためのステキな目標】からの、【ひとつになったステキな世界を維持していくための守らなきゃいけないステキなルール】みたいのがぜってー出てくる。そんなストレスまみれのめんどくせー世界なんて嫌だよ~。たとえ、どんなに耳障りの良い主張であろうと、【世界がひとつになるといい】なんて言い出すのは、独善的で自意識過剰のサディストだと俺は思うねー。あと、どんな内容であれ【みんなが同じ考えを持つ世界】なんて、まさにジャンレーが“無くなってほしい”って自ら言ってる【宗教】そのものじゃねーか』


『う~~ん、じゃあさ、みんなが【ルールを守る】って感じじゃなく、【自発的に進化した新しいタイプのハッピーな精神で気持ちよ~く繋がっちゃお♪】って感じだといいんじゃない?』


『ヒメ、おまえは【アー・シャズナブルン】の生まれ変わりか。人間は最初から争うようにできてるんだっつーの。小さい頃にカード集め流行ったろ? そんで誰か1人が【ホログラフィック極シークレット超エクストラ鬼レアカード】みたいの当てたりするだろ? するとそいつの周りには、褒め称えるやつ、憧れるやつ、無反応を装うやつ、嫉妬するやつ、強奪を企むやつ、虚しくなってカード集め自体をやめるやつ、いろいろ出てくるだろ? そしてカード集めを続けるやつらはみんな、“自分も抜きん出た凄いカードが欲しい!”って思うだろ? そんなこんなでカード集めは盛り上がって続いていくんだ。これ、一見楽しい遊びに見えてもコアの部分は紛れもない【争い】だろ? 【欲の坩堝】だろ? 【戦争のキッザニ~ア】って言っても過言じゃない』


『ヒロ、わたしは【アー・シャズナブルンの生まれ変わり】じゃないよ! それだけは信じて!』


『……ヒメ、それは信じるよ。で、話を戻すとだな、今言ったカード集めはほんの小さな一例でしかない。勉強でも運動でもゲームでも、そして受験でも就活でも仕事でも家庭でも近所付き合いでも遺産相続でも、人はいっつも多かれ少なかれ争ってるんだよ。そしてその争いの中で、または争いの結果生じた其々別々の立場の中で、【人によって異なる幸せ】をひとりひとりが勝手に手に入れていく。それが【人間らしい多様性】であり【人間に与えられたささやかな自由】だと思うんだ』


『うーーーんと、……ごめん何の話だっけ?』


『ヒメ、ヒメの気持ちはよぉ~~く分かる。語ってる俺ですら俺の話がウザくなってきてるのは事実だ。しかし今後のこともあるし聞いてほしい。結局俺が目指したい世界というのは、【世界をひとつにしてしまうほどの強大な統治や信仰は無く、かと言って全員バラバラってほどでもない、村とか町くらいのサイズのコミュニティが、其々に独立して、飢えず安全で清潔な生活をしていける世界】ってことなんだよ』


『おおぉ、だから【国家】は大きくて強すぎるから要らないし、【魔法便器】は健全な生活のために必要ってことなのね♪』


『そう。本来なら、強大な統治や信仰の傘の下に潜り込まないと手に入りにくい【安全で清潔で飢えない生活】を、その強大な支配を否定する代わりに、俺が俺の高ステータスを使って世界中に提供しようって事なんだよ』


『なるほどっ! ようはヒロが【世界をひとつにしてしまうほどの強大な統治や信仰の対象】になって世界を平和に牛耳るぜってコトね♪』


『………………』


『ん? ……ヒロ?』


『ヒメ、それじゃーこの世界の【ユーロピア帝国】と大差無いだろ。下手すっと、アイツらも“我々が世界を統治支配して、より良い人類の未来を作ってやるぞえ~。喜ぶがいい、世界中の民草どもよ♪”くらい思ってる可能性あるしな。なんなら“いずれは【世界全人類共通の永遠に続けたい目標】なんぞを示してやって、同じような価値観のなだらかな平民層で世界を埋め尽くし、我々がコントロールしてやろうではないか! これまさに【世界平和の実現】じゃぞえなぁ~♪”とかな~』


『でも結局はさー、【良い王様か悪い王様か】って話じゃないの?』


『ちょっと違う。俺がしたい…… いや、するのは【生活水準の底上げ】と【争いの規模縮小】だ。王様がやるような事ではなく、町奉行がやるような程度の事を世界規模でチマチマやるってだけの話だよ』


『そっかー。ヒロはブレずに地味路線まっしぐらってことね~。いいと思うよ♪』


『あざ♪ そんなわけで、この世界から国境が無くなっちゃう前に【国境の壁】、作りたいと思います!』


『はぁ~~い♪』


 ヒロはすぐに【ルーシャ王国】と【ユーロピア帝国】の国境あたりと思われる地域の上空に移動する。


『ヒメぇ、実際の所、正確な国境ってあるの?』


『ん~、無いわね。そもそもどちらの国にとっても関心が希薄だった果ての地域だから、生活してる人間がまず居ないし、このあたりだったらテキトーに壁作っちゃえばいいんじゃない?』


『オッケ~♪ ちなみに壁なんだけどさ、ユーロピア帝国が侵攻を諦める高さってどれくらいだと思う?』


『そーねぇ~、30mくらい?』


『いやいや、そんな程度じゃ無理だろ~。アイツら簡単に【階段型巨大工作車】みたいの作って、越えてきちゃうと思うぞ』


『でもさー、それならそれで、ウルちゃんに監視してもらって、ちょっかい出してきたら懲らしめてやるって感じでもいーんじゃない?』


『懲らしめる、か。“ウルスケさん、ウルカクさん、懲らしめてやりなさい”ってやつだな。 懲らしめると言っておきながら実際は殺しまくってるじゃねーか、的な♪』


『ピキュピキュ~! ウル、監視するのでピキュ! そして帝国の奴らどもを懲らしめまくるのでピキュ~ このメガミウムボティが目に入らぬかーー! なのでピキュ!』


『よし、じゃあウルさんの監視ありきで、壁のサイズは【高さ50m 厚さ20m】くらいで統一しよう♪』


『分厚っ! それだったらどんな天変地異が起こってもビクともしなさそ~ねぇ。地面に置くだけでいーんじゃない?』


『それでも大丈夫だとは思うけど、念のため地下にも同じだけ伸ばしておくー』


『地下にも50m? うわぁ~そりゃエグいわ~』


『とりあえず、インベントリの中で【高さ100m 厚さ20m 長さ500mm】くらいのメガミウムの塊を自動錬金し続けてさ、壁設置予定地には深さ50m、幅20mの溝が出来るように、フレームで正確に地中を囲って土やら石やら丸ごとインベントリに収納する。そんで、出来た溝に次々と製造したメガミウム壁パネルを差し込んでいく。って感じで進めていこうかと思いやす!』


『なんつー大規模な土木工事なの~。いったい完成までどれくらいかかるのかしら……』


『いや、そんなにかかんないと思うぞ。今の俺のスペックだと、インベントリ内で【500mのメガミウムパネル】ひとつ錬金するのに3秒弱くらい。フレームで指定した地面をインベントリ収納するのなんて一瞬。パネルを溝にハメたあと、念のため周りの土地をカチカチに踏み固めるのは……ウルさん頼める?』


『まっかせるのでピキュピキュ~♪ ガンズシティの外堀工事でウルは【転圧神】の異名をとっていたのでピキュ! メガミウムウォールの周りは、蟻の巣ひとつできないくらいにカッチカチに固めてやるのでピキュピキュ~♪』


『おおぉぉ、だったらウルさんが固める前に、壁の両サイドに、ある程度土盛っとくね~』


『完璧ピキュ~ 任せろピキュ~♪』


『そんじゃー【黒壁計画】開始ーー!』


『ピキュピキュピキュ~!』



 ヒロはまず、ウクライン地域を南下し、【黒々海】と呼ばれる巨大な内海の北西部沿岸を【黒壁の南端】と定め、陸軍が迂回できないように念のため沖合1キロ地点まで壁を設置すると、そのまま内陸の作業に取り掛かり、大体3秒で1枚のメガミウムパネルを設置完了させ、どんどん地上高50mの黒壁を北へ北へと伸ばしていった。

 パネルとパネルの継ぎ目に関しても、ヒロの化け物じみた【INT】と【DEX】により1mmの隙間も空くことはなく、さらには、ヒロが【夢の魔接着剤クッツーク】と【万能魔粘土パテウメール】をアルロライエと相談しながら独自調合&独自改良&独自進化&独自強化させて開発した新素材【究極パテ★無垢トナール】を接触面に塗り込んでいたことで、設置して10秒後には、ふたつのパネルは一体化していた。

 ウルも分身・変形・変質・転移を駆使し、【究極パテ★無垢トナール】によって新設されたパネルが固着一体化するのを確認すると、黒壁の周りに5mほど積まれた土砂を徹底的に固く固く固めていった。

 ふたりの作業は繰り返されるごとにテンポが上がり、お約束の【熟練の餅つき師】状態で華麗に進行していった。

 ちなみに作業の品質確認は、妖精型ヒロリエルがヒュンヒュンと飛び回り、1パネル毎に丁寧にチェックしていた。

 その間ヒメは、あーでもないこーでもないと口を挟み、単調になりがちな現場の空気を賑やかしていた。が、皆に喜ばれていたかどうかは定かではない。


 かくして作業開始から2時間17分後、【黒々海】北西部沿岸から【バルチク海】南岸に至る1200kmほどの陸地が、高さ50m、厚さ20mのメガミウムの【黒壁】によって分断されたのだった。



『ま、まさか…… こんなにはやく…… 出来ちゃうなんて……』


『ヒメ、少しは俺のこと見直しただろ? やる時にはやる男だと……。あとウルさんありがとね~♪』


『ピキュピキュ! ウルはとっても楽しかったのでピキュ! ヒロさんとの共同作業は格別の体験だったのでピキュピキュ~♡』


『ヒロリエルも作業チェックしてくれてありがとな! 助かったよ♪』


パタパタパタパタパタ…… ギュッ


『チチサマ……クンス クンスハー♡ ひーたんはがんばったのれす!』


 ご機嫌にヒロの頭の上を飛んでいた妖精ヒロリエルは、赤面しながらヒロの背首にしがみつくと、しばらくじっとして動かなくなった。


『……あとヒロ、速さも凄かったけど、クオリティがハンパじゃないわ。……もう、どこからどー見ても無垢の一枚壁じゃないの。あの接着剤みたいなの、どーしたの?』


『お、【究極パテ★無垢トナール】のことだな♪ あれは、俺が【マンバタン島】のよろず屋で買って増殖させてあった魔系建築材をテキトーに混ぜて魔力込めまくって、また混ぜて、とかやってたら出来たんだけど、作業中ずっと、アルロライエちゃんを心に描いて【永久に腐食しませんように!】とか【接着した素材に同化して一体化しますように!】とか【すぐ乾きますように!】とか何度も願掛けしながら実験してたら、いつの間にか理想通りに出来ちゃってたんだよ~。何度もピロピロ鳴ってたから、きっとアルロライエちゃんが助けてくれたんだと思うぜ。アルロライエちゃん様様だよ~♪』




ピロン


 ヒロのスクリーンにテキストのみのダイアログボックスが現れた。そこには


《がんばりました♡ (〃▽〃) 》


 と書かれていた。

 そしてその後しばらく消えなかった。




(アルロライエちゃん、ついに【♡】使い出したわねぇ。もはやヒロが望めば何だってやっちゃうんじゃないかしら。いよいよ心配だわ……)


『やっぱりそーだったのかぁ~♪ アルロライエちゃんもがんばってくれたんだな! もうさ、【ヒロファミリーの一員】だよな~♪』



!!ピッ………………



(あ……)


『ん? ねぇヒメ、アルロライエちゃんはもう家族だよな♪』


『んえっ? あぁ、そーだね~。いろいろと助けてくれてるもんね♪ アルロライエちゃんは本当にいい子だと思うわよー』


『だな♪ つー感じで【究極パテ★無垢トナール】は完成したんだよ。具体的な設計無視のリクエストアイテムだぜ~。まるで未来ロボットがポケットから出してくる道具みたいだよなぁ~』


『なんか今後も活躍しそうなアイテムね~。良かった良かった♪』


『さぁーて、そんじゃ、次の行動に移ろうか。インベントリ内で保存中の人間を一部開放しやっすー』


『ん~、どっちの人間?』


『まずは、ユーロピア帝国の人間だ』


『おおぉ、そっちから開放するんだ~』


『捕らわれてた人達はどこの人かも何も分かんないから、日を改めてじっくりやるしかないかなぁと』


『そーだねぇ。個別面談だしね~』


『そゆこと~。じゃあウルさん、ユーロピア帝国オステリア領のウィンまでワープお願い♪』


『まっかせるのでピキュピキュ~!』



 直後、ウィン上空。



『このあいだウルさんを世界中にばら撒いた時にも思ったんだけど、ユーロピア帝国の町は、しっかりと防壁が造られてて立派だよな~』


『そーねぇ。どの町も周囲を見通しよく伐採してるし、石積みの防壁も10mくらいはあるし、何より道路の整備が進んでるわよねぇ』


『ちゃんと見通しのいい経路を選んで石畳の街道が整備されてるし、防壁の中も主要な道路は石畳だしなー。マンバタン島を思い出すよ~』


『で、ヒロ、ユーロピア帝国の軍人さんや海賊商会の人達は、どこに開放するの?』


『うん、町の中に突然開放すると、人数も人数だし、めちゃくちゃな大騒ぎになりそうだから、ちょっと離れたところにするよ。ちょうど町の東側に伸びた街道の先が見通しのいいエリアだし、なによりも進軍するのと物資補給のためにしか使われてないっぽくて全然人の気配がないから、驚くのは本人たちだけで済むだろ? うん、そうしよう♪』


 ヒロは高い防壁に囲まれたウィンの町から街道沿いに東に1kmほど進んだ先の丘の上に、この日インベントリ収納したユーロピア帝国の人間を全員開放した。


 直後、東の丘は人で溢れかえり、混乱が混乱を呼び、怒号が怒号を呼ぶ。




『うっわぁ~、すんごい数ね~』


『まーな~。ブラードレク商会の連中も海軍の連中もめんどくせーからまとめてここに出しちゃったしなー。1万人以上は確実にいるよ』


『ヒロってば意地が悪いわねぇ~。しかもあいつら、武器はもちろん、衣服までインベントリに残されちゃって、全裸だし。酷い。酷すぎる♪』


『嬉しそうに言うな♪ あの丘からなら遠くにウィンの町が見えるし、丸腰でも無事に帰還できるだろ。まぁイングラル領の海軍関係のやつらは大変だろうけどなー。なんたって最新鋭の魔晶動力戦艦10隻を失くしちゃったんだからさ』


『海賊商会のブラードレク団もえーらいこっちゃだよね~。大切な略奪船、20隻近くも失くしちゃったでしょ。あとここから全裸でイングラル領まで帰るのも茨の道よね。切り替えて“大冒険の始まりだい!”って思えるのかな……』


『思えるかっつーの。実質ブラードレクは終わりかけだろうなー。雲隠れしてどっかの町で別の仕事についた方がいいかも知れん。ただまぁ、後ろ盾次第では……ってこともあるのかもなぁ』


 ヒロは上空500mに浮かぶ【流星4号★要塞★999迷彩】の室内で魔タバコ[魔ショットホープ]の魔煙をゆっくりと肺に入れた。


(ま、いっか。先のことはそのとき考えよっと)


 そしてゆっくりとはきだすのだった。




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る