16日目 ガンズシティと竜とウル




 ヒロが異世界に転生して16日目の朝が訪れた。


 夜明けとともにハナに起こされたヒロは、いつもの楽しいルーチンのついでに、ちょっとしたアイテムを調整していた。


『どう? このくらいで……』


アゥ~ ウゥ~


 次の瞬間


バキィィ


 と音を立ててハナが咥えていた骨が砕け散った。


『パパごめんなの。またこわしちゃったの……』


 シュンとするハナ。


『全然気にしないでいいんだよ~。骨が壊れるのは、ハナが強く育ってる証拠なんだからねー。そんじゃーもーちょっと硬くしてみようか~』


 ヒロはインベントリに数え切れないほどストックしてあるグレートバイソンの骨の中から、ハナの短いマズルで丁度噛み応えの良さそうな太さのものを取り出すと、【硬度変化魔法】で直近のものよりやや硬めに調整して、ハナの前にそっと置く。


『これだとどう? 思いっきり噛んでみて♪』


アゥ~ ウゥ~


 次の瞬間


メキッ メキッ


『おぉぉ、もうちょっとで微調整ゾーンに突入しそうだな♪ よーしハナ、次、これでどうだ?』


 そんなラリーを繰り返し、【ハナの骨】は完成した。


アゥッ ウゥ~ アムゥ~


 ハナは【ハナの骨】に歯を立てて興奮気味に尻尾をブンブン振り回している。


『パパ! 噛み噛みきもちいいの!』


 強く噛むことで脳内に何かしらの快楽物質が分泌しているのか、ハナはこの【噛み遊び】をいたく気に入ったようだった。

 骨を噛んでは離し、また噛んで、目を細めて転がり回っている。

 そしてそんなハナを見つめながら、ヒロは幸せを噛み締めつつ、次のプロジェクトに取り掛かろうとしていた。


(ハードタイプはこの骨でイケるとして、緩衝材でもう一種類作るってのも有りなんじゃなかろうか。緩衝材を硬くしていけば、骨とは違う、弾力がありつつ反発力が心地良いミディアムタイプの噛み噛みグッズができそうだ。よし、すぐ作ろう!)


 思い立ったヒロは、ものの数分後には【ハナの骨H】に続く【ハナの骨M】を完成させていた。


『パパ! この噛み噛みもきもちいーの!』


 HとM、両タイプ共に大好評で、ヒロの達成感は朝の時点でピークを迎えていた。





『さーて、ヒメ、すっかり忘れてたんだけど、【ガンズ砦】の件、そろそろファーストコンタクトに突入してもいい頃なんじゃねーかな?』


『そーね~、センタルスを出てから今日で9日目。もう到着しても不思議じゃないわねー。行ってみる?』


『もちろん行こう。これが本来の目的だからなー』


『は~~い』


 30分後、ヒロを乗せた漆黒の【流星4号★キューブ333】は【ガンズ砦】から500mほど離れた雑木林の中央付近、上空5mにピタリと浮いていた。


『うぅ~~ん、変わってないなー』


『そうねぇー。人の数76人。病気っぽい人12人』


『相変わらず全体的に覇気がない…… まぁ元気満々の訳ねーか、よし、ここから歩いて行こう』


 ヒロは【流星4号★キューブ333】を着陸&消滅させ、大地に降り立つと、ゆっくりと歩き出した。


 センタルスから【ガンズ砦】に続く踏み固められた獣道に出て、そのまま砦に向かう。

 暫くすると見張り台を兼ねた門と跳ね橋が見えて来た。

 しかし、跳ね橋までもう50mほどの所まで近付いても、人の気配はせず、騒ぎにもならない。

 半分呆れながらも、そのまま進んでいく。

 すると、あと10mというところで、遂に門に居た見張り番らしき男が、慌てて槍のような武器を持って飛び出してきた。


「おい! そこのオマエ!! その辺で止まれ!」


 (止まれも何も、もー着いちゃってますけど……)


 などと思いつつ、ヒロは上がった跳ね橋の対岸まであと5mの場所で歩みを止める。


「あのぉ~、センタルスの冒険者ギルドに依頼されて来た者なんですけど~」


「冒険者ギルド? センタルスにそんなもん無いだろ! まずは要件を言え!」


「ん~と、センタルスから依頼を受けてここまで来ました。ガンズとり……いやガンズシティの皆さんと交渉できればありがたいんですが……」


「交渉!? まだ交渉とか言ってやがるのか! 俺達の要求はもう伝えただろうが! 早く【YESの答え】と書類や物資を持って来やがれ!!」


「それがですねー、あなた達がいつまで待っても【YESの答え】は来ないっぽいですよ」


「ふぅざけんな!! このまえ帰る時、善処するって言ってただろーが!!」


「あー、それは結局、叶わなかったみたいです」


「テメェーー殺されてーのか! 舐めやがって!! おいビーザ、ゴズさんを呼んできてくれ! 頭のおかしい奴が現れたって伝えろ!」


 すると、話の途中から駆けつけていたビーザと呼ばれる男が門の奥に走って行った。

 暫く待っていると、ガッチリとした体格の大男が門を潜り、見張り番の男に声をかける。


「トランド、もういい。ここからは俺が話をする。お前らは後ろで立ってろ」


「「「「へいっ!」」」」


 いつの間にか集まっていた男たちが大男の後方に並んで睨みを効かせている。


「よぉ、兄ちゃん、俺はここの代表をやってるゴズってもんだ。まず兄ちゃんに聞きてえことがある。兄ちゃんはひとりでここまで来たのかい?」


 いかにも曲者な雰囲気を醸し出したゴズと名乗る男が、ヒロを値踏みするかのように飄々と尋ねる。


「はじめまして。センタルスから来ましたヒロと申します。おっしゃる通り、ここへはひとりで来ました」


 爽やかに淡々と答えるヒロ。


「ヒロさんとやら、それにしちゃあ服も汚れてねぇし荷物も少ねえ。まるで5分前にセンタルスを出たばかりってナリに見えるんだが、どんな魔法を使ったらそんなに汚れもない軽装でここまで辿り着けるんだい?」


「え~、たまたま運が良かったんだと思います。特に今日は小さな魔物にも出くわさずにここまで来られましたし、最後の野営地もここからすぐ近くでした。あと、負担になるので衣類や道具は途中で結構捨てて来たんで今じゃこの量です」


 ヒロがニコリと笑う。


「…………今までの役人共とは…… ちと違うみてーだな」


 暫く思案を巡らせるような表情を見せると、ゴズは再度口を開いた。


「よし、入門を許可しよう。場所を移すぞ。ヒロさん、付いて来てくれ」


 かくしてヒロは、ガンズシティの代表者【ゴズ】に砦への入場を認められたのだった。


 ゴズの言葉を聞いて背後の男たちが一斉に動き出し、跳ね橋を下ろすと、ヒロは、門から入ってすぐにある食堂兼会議室のような建物に案内される。

 中には作りの粗雑な6人掛けほどのテーブルが6つと椅子が6脚ずつ。

 その中のひとつに座るよう促され、ゆっくりと腰を下ろすと、ゴズもヒロの正面の椅子を引き、ドカッと座った。


 長いような短いような沈黙の時間が流れ、ゴズが口を開いた。


「さてヒロさん、ここへは何の用で来たんだっけ?」


「はい、最前線基地のガンズシティが反旗を翻したとのことで、この事態をできるだけ穏便に解決できないものかという依頼を受け、交渉に参りました」


「ふん、ハッキリ言うじゃねーか。じゃあ改めてこっちが最初から主義主張をのたまう必要もねーんだよな。センタルス側の答えはどーなんだい?」


「正直、ガンズシティ側の主義主張の詳細を教えて貰うことも無いままに交渉を依頼されました。この意味、分かりますよね?」


 ゴズは腕を組み、暫く目を瞑ってから深い溜め息をついた。


「おいビーザ、茶をいれてくれ。もちろんヒロさんの分もだぞ」


 そして続ける。


「ヒロさん、ここから先の交渉に移りたいんだったら、ちょっと探らさせて貰うぜ」


「え? 【探る】とは?」


「入口でも言ったが、ヒロさんはセンタルスからこんな遠くの最前線までひとりで旅して来られた割にはかすり傷ひとつ負ってねぇ。そこで俺はこう考えるんだよ。“この男はかなり程度の良いポーション類を結構な量持ってるんじゃねーのか”とね」


「……あぁ、バレてましたか……」


 ゴズのカマかけにとりあえず合わせるヒロ。


「持ってるようだな。だったらここからは交渉のための交渉だ」


「と言いますと?」


「実は、この町の仲間が、何人か病気や怪我で伏せちまっててな。ここんところずっと動けない状態なんだ」


「それは大変ですね。あ、なるほど。俺が手持ちのポーションをその方たちに施して差し上げれば、交渉に移っても良いということですね?」


「まぁそーゆーこった。ただ、オマエさんのポーションがちゃんと効いて仲間が回復したら、の話だ。仲間が回復しなかったら交渉は決裂だ」


「それは困りました。が……まずはその方たちにポーションを使ってみましょう。案内していただけますか?」


 立ち上がろうとしたヒロをゴズが軽く制止する。


「とりあえず茶が入ったんで一服させてくれ。ヒロさんも良かったら飲みな」


 気付くとビーザと呼ばれていた男が盆に茶碗をふたつ乗せて立っていた。

 ゴズは無造作に片方の椀を手にすると


ズズズズ……


 と、うまそうに啜る。


「これでタバコがまだ残っていりゃあ気も晴れるってもんなんだがなぁ」


「タバコはこのあたりの植物では作れないものなんですか?」


「無理だな。やっぱり旨いタバコは専用の農家が育てた魔煙草葉じゃねーと話になんねーよ」


「そうなんですかぁ……」


 ヒロもとりあえず茶碗を手に取り茶を啜る。


ズズズ……


 すると次の瞬間、


ピーン


 と軽い音が脳内で鳴ったかと思うと、視界の上部に小さな赤丸が点滅し、その横に


【覚99】


 と表示された。

 ここでヒロは、砦に入って初めて念話を使う。


『ちょっとヒメェ、これって【エターナル覚醒薬100】が自動発動して99になったって報告だよねー』


『いやぁ~、ヒロってば見事に一服盛られたわねー。でもホント便利ねぇ、【エターナル覚醒薬100】って。自動で状態異常を無効化してくれるなんて』


『ちなみにこれ、俺が何を盛られたかは分かるの?』


『スクリーンのログ見れば【状態異常】の種類くらいは分かるんじゃないかな』


『どれどれ~。あ、【睡眠A】って出てるわ』


『睡眠系ならまだ許せる範囲よねー。細胞硬化毒とか血液凝固毒だったらこの場で全員皆殺しにしなくちゃいけなかったところよ~プンスカ!』


『まぁまぁヒメ、多分俺を爆睡させてゆっくり荷物を漁ろうとしてただけで、殺意とかは無いと思うよ。ここは事を荒立てずに知らん顔して話を進めるからねー』


『まぁそれも面白いけどねー。こいつら内心ざわつきまくると思うよ~。【睡眠のAクラス】ってことは本来デーモングリズリーでも10秒で眠りに落ちるレベルの催眠薬だからね~』


 ヒメとの脳内会話から戻ったヒロは、茶碗をコトリとテーブルに置くと、“ふぅ~”と息をつき、ゴズの目を見て話を続けた。


「それにしても、最前線の開拓っていうのは大変な仕事なんでしょうねぇ」


 少し視線を彷徨わせたゴズが


「ま、まぁな」


 と答える。

 会話が続かず、沈黙が辺りを支配する。

 何とも言えないピリピリした緊張感が部屋中に充満し始めたその時、ヒロは残りの茶をグイッと飲み干した。


「ごちそうさまでした♪ それじゃあ一服しましたし、病気のみなさんのところに移動しますか?」


 ヒロは爽やかに立ち上がるのだった。





 案内された建物は、ヒロとヒメがよく覗いていた病人部屋で間違いなかった。

 そこには12人の男達が藁を敷き詰めた寝床に転がっていて、じっと動かない。

 男10人以上が何日も服を変えず転がっていたということもあり、何とも言えない饐えた臭いが充満している。

 建物の外からは“本当に入れたのか?”とか“間違いなく入れたぞ”などとヒソヒソと話す声が聞こえてくるが、それは高ステ値のヒロだから聞き取れただけであり、実際は目の前だったとしても聞き取れるかどうかという耳打ちレベルの囁き合いだった。


 そんな中、当のヒロはスタスタと部屋を進み、まずは一番左端の男の傍らに膝を付き、顔色や肌の熱を確かめながら触診を進めていく。

 実際は適当に演技しているだけであり、その隙にインベントリ内で急遽即席の[ニセ]ポーション作りを進めていた。

 まずは【よろずやスライミー】で購入していた【蓋付きの空瓶[小]×5】全てを【おいしい川の水】と【ギガンターリの蜜】を混ぜて作った【蜜ウォーター】で満たし、蓋をする。

 そしてそのひとつを【さもリュックから取り出したかのように】手に取り、改めて恭しく病人の口に運び、流し込む。

 すると男は“んぐっ、んぐっ”と喉を鳴らして【蜜ウォーター】を飲み干すと“ふぅー”と言ってまた動かなくなった。

 中には“もっとくれ”などと呻きながらおかわりを要求してくる輩もいたが、ヒロは12人全員それぞれのリアクションを全て無視し、淡々とポーション[蜜ウォーター]の服用を完遂させたのだった。

 そして全員に飲ませ終わると、スクッと立ち上がり、キリッとした表情で口を開く。


「俺が持ってたポーションは、実は【女神の加護】が溶け込んだ特別製でして、多分効果があるだろうとは思います。しかし、効くとは言っても、数時間は待って頂かないと効果の程度は分かりません。ここは暫く様子を見させてください」


 この部屋に入ってから、ずっと黙ってヒロを観察し続けていたゴズが、訝しげに疑念を放つ。


「……オマエ、……何者だ? 祈祷師か? 巫女か? それとも聖者とかいうやつか?」


「えーっと、俺は、実は、【女神の加護】を受けた冒険者でして、【女神様】と通じているせいなのか、時々奇跡のような体験をすることもありますが、基本的には凡人ですよ」


 答えながらヒロはニヤリと不敵に笑った。

 すると、その掴みどころのない不気味さや全く怯まない態度、そして何より盛ったはずの睡眠薬が全く効いてないという不可解さに、ゴズの心のキャパシティがジワジワと窮屈になっていく。


「ヒロさんとやら、あんたが只者じゃねーってことは薄々勘付いてる。しかも、このタイミングで単身ここに乗り込んで来たってーことは、センタルスから……いや、もっと先の奴等かに信頼されていて、そして【何かしらの指示】を受けて来た筈だ。正直に言うと俺達はそれが知りてぇ。俺達はそろそろ皆殺しにされるのか? それともこのまま永遠に放置されるのか!? 俺達は己の命の軽さを骨身に染み込ませながらなぁ、大きな見返りのひとつも与えられずにぃ! これからもあいつらを肥え太らせていくことでしかぁ!! 生きていけないってーのかよぉぉぉ!!!」


 ゴズの心が溢れた。


「落ち着いてください、ゴズさん。俺はそんな大層な人達との繋がりも、大層な使命も、何も持っていませんよ。最初から申し上げている通り、センタルスの冒険者ギルドに依頼されて【交渉】をしに訪れただけです」


「うるせえーー!! それならそれで馬鹿にしてるじゃねーか! いったい何度同じことを言わせるんだ! いったい何度同じことを繰り返せってゆーんだ!! 毎回“戻って検討します”なんて言って消えたかと思うと、次には全く別の奴等がやってきて“最初から話したい”だのとほざきやがる! 挙句の果てにはテメーみてーな訳の分からんヤローがひとりでやって来てまた【交渉】だと!? また最初からってか!? ナメるのもいーかげんにしろやぁぁぁ!!!」


 ゴズはこれまでの長い立て籠もり生活の中で溜まりに溜まっていたストレスを一気に吐き出す。

 勢いのままに【開拓最前線の生活の過酷さ】や【命を懸けた大変な仕事に対しての見返りの少なさ】、そして【検討すると言いなが全く検討していないセンタルス側の誠意の無さ】についてまくし立てた。

 それに対してヒロは、黙ってゴズの口撃の的になることを受け入れ、静かに頷き続ける。


 結果、撃てども撃てども反発されることなく繰り返された口撃は、最後には撃っている側のゴズだけを疲弊させ、哀しいような虚しいような、それでいて少し滑稽な、混沌とした空気を漂わせる事となる。

 かくして訪れた長い沈黙の後、ヒロはゆっくりとペースを握った。


「ゴズさん、あなたの主張はセンタルス側も私も理解していない訳ではありません。むしろ、理解しているからこそ、簡単に話を進められないのです。その意味が分かりますか? 既にお察しでしょうが、センタルス側はゴズさんの要求を飲むつもりはありません」


 途端に壁や入口付近に居た部下達から様々な野次が飛ぶ。

 ヒロは野次が一旦落ち着くまで待って、再度口を開いた。


「飲むつもりはありませんが、決して見捨てようともしていません。ゴズさん達が納得してくれる妥協点を本気で知りたがっています。ゴズさん、そもそもあなた達は奴隷でもなく【正規に雇われた労働者】じゃないですか? 納得して働いていたんじゃないんですか?」


 ゴズはヒロの落ち着き払った物言いに、何か腹を括ったような表情を見せ、先程までの激昂がまるで芝居だったかのように静かに話し出す。


「【納得】? そんなもんは一度として腹に収まったことは無いね。俺達はここから遙か南の生まれだが、生きていくのに【前向きな選択肢】があったことなんぞ笑えるくらい無いのさ。いつも貧しく、いつも飢え、後ろ盾やコネどころか、まともな家族さえ無い俺達は、ただただ金持ち達の都合のいいように追い立てられて、結局は狭く窮屈な末路に収まるべくして収まってるってだけだ。金持ちが持ってる沢山の箱の中のひとつに放り込まれて【君達は自由だ】って言われてよ、喜んでその箱ん中を走り回ってるだけの無自覚な奴隷さ」


 ゴズは遠い目をしながら続ける。


「俺達は最前線を自分達で開拓している内に気付いちまったんだ。開拓なんてしようがしまいが、結局は後ろの方で金と物資と権力をいじくり回してる奴等の問題でしか無いって事をな。俺達はそもそもが逃げられない。“辞める”なんて言った途端、誰もが契約解除金、支度金の返却、紛失破損品の請求云々と、どこで搔き集めて来たんだってくらいに書類を並べられて金を要求される。その結果、誰であろうと、ある意味平等に、100万イエンを超える借金持ちに変身させられちまう。俺達のような逃げ込む場所も後ろ盾も無ぇ輩が100万クラスの借金なんぞ抱えたら確実にのたれ死ぬ。そもそも借金を認めた時点で借金完済までは辞められないって契約に縛られちまうんだから、【辞める=辞められない】っていう地獄のループの完成だ。“違う仕事を”って言った場合は、他にも盛り沢山ある過酷な現場、石切り場や炭鉱、干拓、伐採、そんな現場をたらい回しにされ、まぁどっちにしたって地獄のループだ。終わんねーんだよ。もちろん中には黙って突然足抜けしちまう奴だっているが、そいつらが魔物の跳梁跋扈するこの世界で無事にどこかの平和な村や町に辿り着いて、疑われることもなく親切にされ、安心安全な仕事に恵まれ、家族を持ち幸せに暮らしましたとさ……なんて夢物語は、少なくとも俺達は考えねぇ。そんなことはありえねぇ。世の中……いや、支配者が逃げた奴を“残念、逃げちゃいました”で終わらせるような、そんなに甘い訳が無ぇんだよ。支配者が支配者で居続けられる理由はただひとつ、それは奴等が決してぬかったことをしねぇからだ。舐められるようなことを絶対にしねぇからなんだ」


「そこまで分析しているんでしたら、今この状況がどれくらい危ないのかってことも……」


「あぁ、分かってるよ。俺達だって最初からこんな立て籠もりを始めるつもりじゃなかったからな」


「え? といいますと?」


「最初は俺達も、いつもどおりの仕事のつもりでガンズシティ開拓を始めたのさ。そーしたら序盤の堀の囲い込み工事の最中に、森からハグレのでっけー魔物が飛び込んできやがって、料理人や治療担当の……俺の旧友を含む仲間達が20人以上死んじまってな……」


「それは……お気の毒です……」


「いや、アンタには関係ねーこった。それよりも、この事件が話しの発端となるんだよ」


 苦々しい表情でゴズは続ける。


「生き残った俺達は、すぐに自分達の安全を最低限確保するために、死んだ仲間の埋葬も葬式も後回しにして、堀の工事を死物狂いでやった。それが自分達の命を守る最優先事項だったからだ。すると事件から5日ほど経った頃に【調査団】っていう、俺達は【チクリ屋】って呼んでるんだが、定期的に最前線の開拓状況を監視・報告する【センタルス役場の下っ端役人集団】がやってきた。俺達は正直に事件の顛末を報告し、欠員の補充とさらなる増員、仲間達に使ってほぼ無くなっちまった各種ポーション類の補充を要請したんだが……」


「……補充も増員もされなかったんですか?」


「あぁ、それどころか【調査団】の奴等は理不尽にキレやがって、“責任問題だ”だの“まずはすぐにセンタルスに報告すべきだった”だの“報酬が約束通り出るとは思うなよ”だの“大事なポーションを無駄使いした”だのほざくだけほざいて去っていきやがったんだ」


「ひどい対応ですね……」


「まぁな。それでも俺達は堀の工事を続け、淡い期待を胸に人員とポーションの追加を信じたりもしていた。そんな時期も確かにあった。だが、ひと月ほど経ってこの土地にやって来たのは、顔ぶれが全く違う別の【調査団】で、取り付く島もなく“追加人員や物資は契約にない”だの“罰金の代わりに増員を諦めろ”だのと俺達はとにかく命令された。【労いの言葉】も【哀悼の意】も無く、ただただ“残った人員で第一段階は終わらせろ”の一点張りだったんだ」


「ん~、人の気持ちを逆なでしますね」


「だろ? だから俺は静かにキレた。中でも特に偉そうだった奴の腹に無言で全力の蹴りを入れ、“まずは死んだ仲間の墓前に立て。話はそれからだ”と言ってやった。その役人はギャーギャー騒いで転がり回った後、酷い形相で“こんな事をしてただで済むと思うなよ!”だの“オマエらには自分の立場ってものを分からせてやる!”なんて言い出した。ここで俺は思ったんだよ。“あ~もう終わりだな。少なくとも戻る道はないぞ”ってな。つーわけで、俺は苦肉の策ではあったが、糞役人どもに【独立宣言】をぶち上げたんだ。まずは帰ってさらなるお偉いさん方に“独立宣言されちゃいました”って報告しろってな。そーすりゃ少なくとも時間はさらに稼げるだろ?」


 ゴズは自嘲気味に笑った。


「しかしまぁ、その後は不毛なやりとりの繰り返しだ。事情を何も知らない【調査団】がまたやって来て善悪を語り出したり、法外な値段でポーションを売る道具屋が現れたり、くだんの役人の嫌がらせとしか思えない訪問がここ3ヶ月くらいは繰り返されてる。もう悪意の【交渉】にはうんざりしていたんだが、そこでヒロさん、アンタの登場だ」


「……なるほど。ここまでの経緯を詳しく教えて頂いてありがとうございました」


「なーに。話せて俺もスッキリしたよ。……で、ヒロさん、アンタ、……俺を殺すのかい?」


「殺しませんよ~」


「ほぉ。てーことは、殺そうと思えば殺せるってことなんだな?」


「……ご想像にお任せします♪」


 ヒロはニコリと爽やかに笑った。


「怖い怖い。今までやって来た、いや、今まで対峙したことのあるどんな生物よりも怖いねぇ~」


「そんな~。俺は全然怖くなんかないですよー」


「いや、もう充分ビビった後だからこの話は終わりだ。それよりヒロさん、ビビったついでに観念してやるよ。俺達にどうして欲しいんだ? その通りに動いてやるから喜びな」


 ゴズはサラリと敗北を宣言する。


「ホントですか!? ありがとうございます~」


 ヒロは屈託のない笑顔で丁寧に頭を下げるのだった。





 ひとまず方向性の決まったヒロとゴズは、場所を最初の部屋に戻し、テーブル越しに話をしていた。


「まず、役人からの報復についてなんですが、俺が冒険者ギルドからの依頼で感じたイメージを率直に言いますとですね、多分、ゴズさん達にはまだ、それほど深刻な罰は準備されてないような気がするんです」


「ほぉ、楽天的だな」


「と言うのも、多分ですが、その役人達はまだ【組織の上の人達】に【独立宣言云々】の報告をしていないんじゃないかなと思うんです。いや、正確に言うと【自分の責任問題にも発展しそうなそんな拙い報告】はとても出来ないっていう状況で、それ故に【救援物資】や【増員】も小役人の裁量の範囲では簡単に出来ず、かと言って開拓を再開して貰うために【ゴズさん達に歩み寄る】なんてことも絶対したくない。それらのジレンマで大胆な対応ができず、訳の分からない嫌がらせみたいな交渉が続いているのではないか、と」


「……確かに、……無くもない話だ」


「そこでなんですが、俺は再度センタルスに戻って、冒険者ギルドの担当者から【この件が冒険者ギルドに依頼された経緯】を確認しつつ、【最初の役人達の訪問時の不当な対応についての報告】の有無も確認。できるだけ先入観や誤解を取り払った客観的情報を集め、その流れでゴズさん達の本心からの要求を伝え、その要求を実現するためにはどうするのがベストなのかを相談し、最終的な落とし所を向こうさんから捻り出してここに持って帰ります。必ず俺自身が戻ってきます。で、そこからさらに現実路線で落とし所の調整を詰めていく……という感じでどうでしょうか?」


「了解だ。ヒロさんに全て任せるよ。よろしくな」


 ゴズはほとんど間を置かずに即答した。


「ありがとうございます。つきましては、ここから重要な話になるのですが……」


「なんだい?」


「ゴズさん達が本当の所、【今後どうしていきたいのか】を教えて下さい」


 この質問にゴズは黙り込んでしまう。


「……………………」


「正直な気持ちでいいんですよ?」


「…………ん~…… 正直な気持ちっつったってなぁ、【大金持って異国の平和な町に飛んでいきたい】ってんじゃ駄目なんだろうからなぁ」


「駄目ですね。相手……つまり開拓組織の皆さんが納得してくれそうな範囲で考えないと話になりません」


「……そうだなぁ。んじゃあ、と言ってもこれだって叶わない話になりそうなんだが、一応理想から言わせてもらう。俺達が独立したいってのは全部がハッタリって訳じゃないんだ。実は本当に【最前線の開拓を専門とした独立組織】としてやっていきたいって思いはある」


「ほぉ」


「まぁ笑わずに聞いてくれ。そのためにはまず【金】が全く足りないし、【後ろ盾】が全く無いのも事実だからな。しかし俺達には【専門的な経験とノウハウ】がある。役人の腹を思いっきり蹴ってもその場で殺されないのは、【俺達が多少は一目置かれている存在】だからなんじゃないかとも思う訳だ。だからこそ、【最前線の特殊な仕事をこなせる集団】として独立し、開拓組織とは金を介し、対等な契約を交わした上で、この仕事を続けていきたい……っていうのが……現実的な理想だな」


「……なるほど。しかしそれでは【雇い雇われ】の関係ではなくなりますから、責任も大きくなるでしょうし、ライバルが出てくれば仕事を取られる可能性もありますよ?」


「それに関しては経験者の少なさから当分は俺達が最強だと思うぜ。責任にしたって今も理不尽にキレられてるしな。むしろ脅し合う刀が真剣になった方が話はスムーズに運びそうな気すらするんだが……」


「戦いながら付き合う覚悟は既にあるって事ですね」


「そうだな」


「となると、あとは……【金】と【後ろ盾】ですね。【後ろ盾】については、冒険者ギルドに頼めないか打診してみますよ」


「……なるほどな。冒険者ギルドなら、確かに……可能性はゼロじゃないかもな」


「はい、最前線の開拓には確かに当事者である国家や役所の利権が大きく絡みますが、大きく絡みたい組織は他にもあって、それが冒険者ギルドです。あと宗教もですかね。まぁ今回は独立性の信頼度から冒険者ギルドに頼んでみましょう。その方が借りも小さく抑えられそうですしね」


「お、おぅ」


「では最後に【金】の問題です。さっきのゴズさんの話からすれば、組織を抜けるのにひとりあたり【100万イエン】ほどかかるという話でしたが、それは誇張してない話で間違いないですか?」


「本当のところはよく分かんねぇんだ。今まで誰一人として本当に金払って抜けた奴なんていねーからな。有りもしない契約を見せられて脅されてるだけなのかも知れねぇ。ただ、書類を並べられて“辞めたいんだったらこの書類に書いてあるとおり100万イエン以上の金を払うしかないぞ”って言われた奴が何人か居るのは確かだ」


「今まで書類にサインをしたり、指の模様を写されたりしたことは?」


「組織に入ったばかりのガキの頃に書いた覚えはある。だが内容は全く覚えちゃいねぇ。仕事にありつけるって喜びで、言われたとおりに名前を書いて拇印を押したって記憶しか残ってねーな。ここにいる奴らはみんな同じようなもんだと思うぜ」


「なるほど……。だとしたら【解約代100万イエン】の話がハッタリじゃないって可能性も出てきましたね。現存人員が76人だから7600万イエンか、もしくはそれ以上か……」


「なぁヒロさん、【解約金の話は無かったことに】って訳にはいかないもんかねぇ? 俺達は胸を張って言えるが、少ない給料で貧乏ったらしくその日暮らしをしてきたとは言え、借金を抱えるような散財や使い込みは一切やってねぇんだ。その100万イエンの話にしたってそもそも覚えがねーんだからよ」


「たとえゴズさんたちが筋を通して真面目に働いてきたんだとしても、契約書に解約代の事が書かれていれば、サインした時点で約束したことと同じになってしまいますからね。一度交わされた契約を片方の都合で反故にする事は不可能です。それこそ世界の果てまで逃げ続けるしかありません。ここはやはり、その未確認な契約と正面から向き合うのが得策でしょね」


「てーことは金を用意しなくちゃいけなくなるってことじゃねぇか」


「そうなります」


「……やっぱ組織には頭を下げて、今後も雇われるしかないんだな……」


 ゴズが落胆した表情でブツブツ呟く。

 しかし、そんなことは気にも留めず、ヒロは話を続けるのだった。


「ゴズさん、このあたりで、あなた達が手に入れることが出来そうなお宝や魔物の素材で、一番高価なものって何ですかね?」


「あん? このあたりで……って言われてもなぁ。巨アリの死骸が転がってたら、そりゃもうラッキーって感じだなぁ」


「巨アリの死骸っていくらくらいになるんですか?」


「まぁ、アリにもよるが、メンシスまで持って戻れば5万は固いな。サイズと程度によっては10万以上も有り得るぞ」


(……やっぱ干からびて野ざらしになったアリの死骸なんてその程度なんだなぁ。俺のストック出せばもっと高いのは間違いないけど……あの高品質なギガンターリが7600万イエン分も市場に出たら、間違いなく世界最大級の悪目立ちになっちゃうだろうし、やっぱここは、ゴズさん達でも手に入れられるものじゃないと意味がないんだよなぁ)


「ゴズさん、可能性はどんなに低くてもいいんです。万が一にでも手に入る可能性があって、最高に価値が高いものって何か思いつきませんか?」


「おいおい、無謀なこと考えるんじゃねーよ。万が一なんて言い出したら結局手に入らねぇのと同じじゃねーか。でもまぁ、強いて言えば……【ドラゴンの鱗】とか【とんでもなく希少種なスライミー】とかになるのかねぇ」


「おぉぉ、このあたりにはドラゴンがいるんですか!?」


「ん~、まぁ【いる】っつっても見た奴なんて一人もいねぇけどな。あくまでも【噂】とか【神話】みたいなレベルの話なんだ。この大陸の西の果てにはな、それはそれはデカい山々が連なった山脈がそびえ立っているらしいんだ。で、その山脈の中にひときわ熱を持った山があって、いつも激しい炎や沸騰したガスを吹き出しているらしい。そんな、生き物なんて絶対住めないような燃える山に、ドラゴンの住処がある……とかいう話だ」


「誰も見たことないのに【いるんじゃないか】と思われている理由は?」


「まずは、ギオークやオルガ系の魔物の中でもそれなりに知性が発達した種の巣や遺跡なんかから、それっぽい絵や【ドラゴンの鱗】が少量ながら見つかってるらしい。あとこの大陸の……今はもう滅んじまった先住民族の遺物なんかからもドラゴンの存在が伝わってるそうだ。まぁどれも雲を掴むような話なんだが、そんな中にも共通した点なんかもあってだな、空想好きの奴等によって【ドラゴン伝説】が創り上げられちまったんじゃねーかなぁと俺は思ってるんだが」


「【ドラゴンの鱗】は普通に落ちてるものなんですか?」


「だから落ちてるわけねーだろ。そんなもん当てにしたって時間の無駄だぞ。俺は【見たことあるって奴】すら知らねぇんだ」


「でも存在するのは確実なんですよね?」


「まぁ、ドラゴンがいるんなら、ドラゴンの鱗もあるんだろうよ」


「ちなみに【ドラゴンの鱗】は一枚いくらくらいなんですかね?」


「伝説級の魔物だからなぁ。ちょっと分かんねぇな。でもまぁ凄い金額にはなるんじゃねーか?」


「そうですか…… 俺、ちょっと探してみようかな」


「おいおいおいおい、何を探すって?」


「【ドラゴンの鱗】ですよ。落ちてるの見つけたら、ゴズさん達の交渉の武器に使えるかも知れないじゃないですか」


「ここまでの話、本気で言ってんならこっちも本気で言わせてもらうが、そんなもん無理に決まってんだからやめておけ。【ドラゴンの鱗】探して歩き回るくらいなら、巨アリの死骸何千個も集めて回った方がまだ早く7600万イエンに辿り着くだろうぜ。それくらい【ドラゴンの鱗】ってーのは幻に近いようなもんなんだ。【見つからないもの】の代名詞なんだよ」


「でも、俺には【女神の加護】があるんです。神の力が降りてくるかも知れないんですよ? チャレンジしてみてもいいと思うんですがねぇ」


「まぁ、ここまで言ってもヒロさんが“やる”って言うんなら、もう止めたりはしねぇけどよ、ま、せいぜい引き際はちゃんと見極めるんだな。気付いたらあれから30年経ちましたがまだ見つかりません……なんて事にならねぇようにな」


「はい、そもそもこれはゴズさん達の交渉のための流れの一部ですから、本末転倒な事はしませんよ。とりあえず7600万イエンの話は俺が再度戻ってから考えても遅くないので一旦保留にするとして、差し当たっては【独立】の話をできるだけ具体的に詰めて来たいと思います」


「分かった。すぐにセンタルスに向けて立つのかい?」


「はい。目的がはっきりしたので、もう時間が惜しいです。すぐに出発して出来るだけ早くまた戻ってきますね」


「そうか。頼んだ」


「まかせてください」


 ヒロはゴズと強く長い握手を交わし、何十人もの男達に見送られながらガンズシティを後にしたのだった。





 ガンズシティを後にしたヒロは暫く歩き、もう誰からも見えなくなった頃合いで【流星4号★キューブ333】に乗り込んで、中央に生成した1人掛けソファに腰を沈める。

 そして、少し浮かぶと【スコープ】を飛ばし、ガンズシティの寝込んでいる12人にフレームを合わせ、ひとりひとりに【治癒力上昇魔法】をかけていった。


『ふぅ、これで寝込んでた人達も大丈夫だ』


『ヒロ~大変だったねぇ~。お疲れさまでした~』


『いやぁ、なかなかデリケートな仕事だよなー。双方の認識とか微妙に食い違ってる部分あるし』


『この感じだと、ゴズさん達を全力でサポートするつもりなんでしょ?』


『まぁ、話を聞く限り、ゴズさん派だな、俺は。あれで嘘八百並べられてるんだったら逆に拍手を贈りたいよ』


『一服盛られたとは言え、最後まで強硬策に出て来なかったのもポイント高いよね。話し合いを重んずる強面集団だね』


『それよりヒメ、ドラゴンが西の山にいるって本当なの?』


『うん、いるっぽいよ♪』


『そ~かー、本当にいるんだね~。なんだか感慨深いなぁ』


『なにヒロ、ドラゴンと因縁でもあるの?』


『いや、全然面識ないけど、異世界転生と竜って切っても切れないくらい密接じゃん? やっぱ【ゴブリン】と【竜】はミーハー心がくすぐられるよ~』


『あぁ~、ベタな【あるある】って意味ね~』


『そうそう』


『で、ヒロ、』


『何?』


『行くんでしょ』


『行く。俺、ドラゴン、見に行く』


『こりゃガンズシティの真剣な皆さんには悪いけど、当面の第一目標は【ドラゴン】に決定ね。もうヒロの目の中にワクワクの炎が燃え盛っちゃってるもんねー』


『センタルスにはどんなに早くても1週間後くらいに着けばいいんだからさ、それまでの時間調整にはどのみち何かしなけりゃいけないだろ? だったらそれはドラゴンだよ。間違いないね』


『別段何かしなけりゃいけないこともないんだけど、は~~い』


 ヒロは【流星4号★キューブ333】を上空300mまで浮上させ、西の山脈に向けてぐいぐいと加速していくのだった。





『ところでヒメ、その竜のいる山ってどの辺りか分かる?』


『え~っと、ちょっと待ってね、…………ほい。私の【世界まるごと爬虫類レーダー[無料版]】によると、ここから2時の方向、はるか1500kmほど先にある【エロストン山】ね。そこに【レッドドラゴン】が数匹いるわ。……あ、それと、このゼロモニア大陸には竜種に分類される生物が結構いるみたいなんだけど、ヒロが求めてそーな【上位の竜種】が他にもいるみたいよー。全部で3種、20匹くらいだねー』


『3種類もいるのか~』


『うん。まずは今から向かう【ロック山脈】の【エロストン山】に【レッドドラゴン】が数匹でしょ、大陸中央北部の【ゴダイゴ湖】に【ブルードラゴン】が十数匹、あとは東の方の地下深くに【金龍】が1匹。今んとこ私の高性能レーダーに引っかかってくるのはこの3種だねー』


『なるほどなー。その3種の竜の魔物ランクってどれくらいなの?』


『みんな同じくらいね。S2級だって』


『おぉぉーS2級……。確か俺が今まで倒してきた魔物の最上級はA級だった筈だから、S級をすっ飛ばして二階級特進の強敵出現だぜ~』


『え? ヒロ、ドラゴンと戦うつもりなの?』


『……いやいや、今のところはとりあえず、“ドラゴンってどんなんかなぁ~?”っていう、好奇心オンリーの観察企画だよー』


『ん~まぁ別に戦うなとは言わないけどさ、一応、気をつけた方がいいよー。S2級ってもはや次元が違う生物だからねー』


『うん、くれぐれも注意する。いつも以上のビビリっぷりで遠ぉ~くから見ることにするよ~』


『そうだねー。あーっとヒロ、方向をちょっとだけ左』


『ちょっとだけっつーと……こんくらい?』


『うんうん、今のをもーいっかい』


『……どお?』


『お~、バッチリだね~。方向修正完了!』


『そんじゃあ【エロストン山】に向けてさらに加速しまーーす』


『いぇ~~い♪』


 ヒロ達を乗せた【流星4号★キューブ333】は時速800kmほどまで加速を続け、そのまま上空を滑るように進んでいくのだった。





 2時間ほど経過した後、【流星4号★キューブ333】は【エロストン山】まであと10kmほどの空中に静止していた。


『初めて来たけど、やっぱロッキ……【ロック山脈】って、超~山だらけなのな。【スコープ】でかなり上空から見渡してみたけど、とんでもない規模の山々だわ』


『その中でも一番ホットな火山地帯を持つ山、それが0時の方向にそびえ立つ【エロストン山】なのです~!』


『ヒメ、【レッドドラゴン】はあの山のどの辺りに?』


『え~っとね、ここから見てちょうど中腹あたりの左の方に【プリズマの泉】っていう大きな虹色の熱泉があるんだけど、【レッドドラゴン】軍団はその熱泉周辺に巣を作って暮らしてるみたいね』


『軍団は結局何匹なの?』


『私の【広範囲ドラゴンカウンター∑】によると、竜の顔のアイコンは6つあるわね。大きな爺さんのアイコンがひとつと、若い夫婦みたいなペアのアイコンが2組、あと、おしゃぶり咥えた赤ちゃん竜のアイコンがひとつ、そして卵のアイコンがよっつ。結局、赤ちゃんと卵も入れると10人家族……ならぬ10竜家族ね』


『普通に繁殖してるんだな……て、あーそーだった。魔物の繁殖は特殊なんだったよな』


『まぁ伝説級の生物とは言え、彼らも所詮【魔物】だからね。突然マグマの中から生まれ出たりはしないわ。ほかの魔物と同様に【魔晶の分裂】が繁殖の基本だから、個体数の少なさが原因で絶滅したりもしない。ただ、竜に関しては、意識的に数を調整して、増え過ぎないようにしているフシもあるけどねー』


『こんな雄大な山脈に無敵を誇って巣作りしてるのに10竜家族だもんなー』


『まぁ、竜種に関しては、共食いが激しいからねー。【家族】って感覚は当事者には無いのかもよ。さらに、【歳を重ねるだけ大きく強くなって衰えない】ってのも、【最強の個体にのみ生きる権利あり】と言われる【竜】の凄まじい生態のひとつよ。ここの軍団で言うと間違いなく【大きな爺さん】が頂点に君臨していて、他の竜はみんな【より強くなるための餌】か【使いっぱしり】なんだと思うわ』


『怖っ! 竜、怖っ!』


『とにかくもう少し近付いてみましょうよ。まだここからじゃいくらヒロでも見えないでしょ?』


『そうだな。レベルやらステ値やら経験やら合算やらを総動員しても、まだ2kmくらいまで近づかないとくっきりとは見えないんだよなー』


『それは【2000m離れてもくっきり見える】とも言い換えられそーだけどねー』


『でもなんかさ、【あの伝説の竜】が相手なだけにさ、2kmなんて距離……余裕で察知されて一瞬で目の前に来られて轟々と灼熱のブレス浴びせかけられて黒焦げになったり……しないかな?』


『大丈夫よ~多分。【察知する】って言ったって、【竜】の感覚器官程度じゃ、【2km先で音も無く浮いてるメガミウム製のキューブな塊】を捉えることは不可能だわ』


『そっか。ヒメがそう言うんなら大丈夫そうだね。よし、移動開始だ』


『ほ~~~い』


 ヒロは【流星4号】を音も無く動かし、出来るだけ見通しの悪い風下から抜き足差し足忍び足モードで【プリズマの泉】に近付いていった。





『この辺りで丁度、泉まで2kmくらいの距離ね。ヒロ、どう?』


『おぉぉ、見える見える、ぅわぁぁ~虹色の泉キレーだなー。めっちゃ湯気出てるし。あらぁ~きゃわいい赤ちゃん竜がよちよち歩いてるよヒメぇ。まだ飛べないんだねぇ』


 【プリズマの泉】の周囲には岩石で作られたすり鉢状の巣が点在しており、その中のひとつに赤ちゃん竜がヨタヨタと動く姿があった。


『大人の竜が見当たらないな。俺すげー心配。俺すげー心配』


『さっきまで【大きな爺さん】以外はここに居たっぽいんだけどなぁ。多分狩りにでも行ったんじゃないの? 赤ちゃん竜もいるんだし、すぐに戻ってくると思うけど……』


 そんなことをやりとりしていると、山の反対側からふたつの影が飛翔してくるのがヒロの目に映った。

 ふたつの影は間違いなく【竜】であり、ヒメが【若い夫婦】と形容したどちらかであろうツガイだ。

 2頭は羽ばたきながらゆっくりと赤ちゃん竜のいる巣に降り立ち暫く辺りを警戒するが、やがて安全を確認すると、口の中で咀嚼していた【何かの肉】を、幼き命に少しずつ与えるのだった。


『デ、デカいなぁ。やっぱ竜ってデカいねぇ、ヒメ~』


『頭から尻尾までだと20m以上ありそうだけど、あれでもまだ若くて小さい方なんじゃないかしら』


『ま、まじかよ!? どんだけデカくなるんだよ』


『【大きな爺さん】って言ってた奴は多分相当大きいと思うよー』


『ジジイなのにデカくて最強ってなんか嫌だなぁ』


『まーそれが【竜】ってもんだからねー』


『……それにしても…… 竜であろうと命の営みは同じなんだなー。小さな命が必死に生きようとする姿って、 ……俺弱いんだよ~』


『ハナちゃんにも弱いもんねぇ~ ヒロは』


『あぁ弱い。俺は世界一弱いよ。ハナにはねー』


『ふふふ…… あ、いつの間にかもう1組の夫婦も戻ってきたみたいねー』


 気付けば泉の対岸の巣に、もう片方のツガイも降り立っていた。


『あっちには卵があるみたいね』


『おぉ、赤ちゃんと卵は親が別だったのかー。あとは【大きな爺さん】だな』


『【大きな爺さん】は…… レーダーによると、ずっと山の頂上付近にいるわね』


『ボスの巣はここじゃないのかもな』


『おっしゃる通り、ボス竜的には、この【エロストン山】全てが自分の巣なのかもねー』


『どーしようかな。山頂までボスジジイ竜、見に行こうかな……』


『うんにゃ、このまま待機でいいと思いまーす。さっきから山頂のさらに上空をぐるぐる回ったり急降下したりで落ち着きが無いのよ。きっと今にここにもやってくると思うわ』


『了解~。じゃあこのまま待機で~』


『は~~い』


 ヒロ達はそのまま【プリズマの泉】周りの2組の若い親子を観察して楽しんだ。

 特に赤ちゃん竜は親に甘える仕草も可愛らしく、ひとりとひと神は、悶絶しながら癒やされるのだった。


 そして30分ほどが過ぎた時……。


『ヒロ、来るわよ! 真上から降りてくるわ!』


 ヒメの突然の念話の直後、泉の上空に咆哮が轟き、巨大な影が隕石の如く振ってきた。


ドズゥゥゥゥゥゥゥン


 轟音と共に舞い上がった土煙がゆっくりと風に流されていくと、そこには、ヒロが見たこともないサイズの巨大生物が堂々と佇んでいた。


グォォォオオオオオオオオ!!!!


 巨竜は2組の家族に向けて、明確な敵意と苛立ちを撒き散らした。


ガォォォォォオオオオ!!


グガァァァアアアアア!!


 それに対して若い夫婦達も必死に威嚇し身構える。


 竜たちの【咆えて咆えられ咆えられ咆えて】は“もういいよ!”とツッコミたくなるくらい繰り返される。


『ヒメ…… 思ってたより…… デカいな』


『そうねー。50mくらいあるもんねー。なんであんなに機敏に動けて空まで飛べるのか不思議よ』


『【大きな爺さん】って言うから、もっと体中ボロボロで、デカさだけが取り柄のシワシワじじいかと思ってたけど、……キビキビしててツヤツヤしてるし!』


『だからー、老いないんだってば。竜は。寿命で死ぬ直前まで成長し続ける生き物なの~』


『やべぇわ。こりゃあやべぇ奴だわ。さっきから俺達の【パピー竜】を食おうとしてるっぽいところなんか、絶対許せんヤバさだわ』


『でもヒロ、これが竜の日常なのよ。多分あの子にも兄弟が居たんでしょうけど、もうジジイの腹の中。最後のわが子を若い夫婦が必死に守ってるんだわ』


 次の瞬間。



(フレーム)ピ(物質変化★水)(インベントリ収納)※この間0.2秒



 全長50m程もある【レッドドラゴン】が、【プリズマの泉】のほとりから忽然と姿を消した。


『ヒメ~、S2級の巨竜でも普通に殺れたわー。こりゃ強ぇな、俺♪』


『……なんの躊躇もなくいきなり殺らないでよ~。残されたドラゴンたちも驚いてるじゃな~い』


 泉のほとりでは、たった今まで威嚇し合っていた最強の相手が視界から消滅した事で、何が何だか分からない2家族がキョトンとしていた。


『いや、今にもパピー竜が食われそうだったからさー。食われてからじゃ後悔しか残らないでしょーに』


『まぁ別にいいけどさ、今回は私もびっくらこいたわよ。ヒロってば、最大級のレッドドラゴンまで一瞬で片付けられるようになってたのねー。しかも2km先から。……あれ? ヒロ、そーいえば【インベントリ狩り】じゃなく、ちゃんと魔法で狩ったのね~。よっ、趣味人♪』


『ま、まあな。【インベントリ狩り】のことをすっかり忘れてたとも言えなくもないんだが、と、とにかく効いて良かったよ♪』


『ヒロの実力を計る意味でも【魔法狩り優先】でいったほうがいいのかもね~。魔法が効かない相手にだけインベントリ使う、みたいなさー。……まぁとにかく、あの2組の親子にとっては、平穏を手にする機会になったんでしょうし【ヒロ様様】なんじゃない? さっきから“キュルキュル”鳴き合って喜んでるよ~』


『おっ、ヒメってば竜の言葉分かるの?』


『分からないってほど分からない訳でもないくらいの理解力かなぁ』


『その表現が何より分からないけど、まぁ可愛い声で鳴き合ってるってことは、当分共食いなんかはしないだろうって理解でいよーっと』


『で、どーするのヒロ? レッドドラゴン、もっと倒す?』


『少ないしやめとくわ。もしバッタみたいに増えちゃったら減らせばいいっしょ』


『そんなこと簡単に言ってのけるあたり、強者の貫禄ねー』


『どうなんだろうなー。今日簡単に倒せたのは、あくまでも【俺がスナイパー体質】だからであってだな、当然【近接肉弾戦】だったら負けてる可能性【特大】っしょ? でも、だからこそ、死にたくない俺としては【スナイピング】にこだわる訳で、ん~、強いとか弱いってこととは違う気がするんだよなぁ』


『確かにね。万能に強い奴って神界にもそうそう居ないからねー』


『ヒメは強かったんだろ?』


『私? 私はそりゃ強いなんてレベルじゃなかったわよ~。もぉ~、ボッコボコのザックザクのグッチョグチョよ~~』


『おぉ、確かに強そうだ。千年後に出逢うのが楽しみだよ♡』


『!……………………』


『ん? どーしたの? ヒメ』


『……な なんでもないよぉ~だ。あ、ヒロぉ、レベルは?』


『レベルな、今回は5上がったよ』




Lv:165[5up]

HP:1000 + 678

HP自動回復:1秒5%回復

MP:1000 + 663

MP自動回復:1秒10%回復


STR:500        + 575

VIT:1000       + 698

AGI:2000       + 769

INT:2000       + 735

DEX:2500[300up] + 696

LUK:434 [7up]   + 1252




『S2クラスの巨竜倒して5かぁ~。なんか絶妙よねー』


『だろ? 結果的に瞬殺だったから得した気もするし、もっとくれてもいいよーな気もするし』


『アイテムドロップは……さすがに無いみたいね』


『無いねぇー。レッドドラゴン程度では、プレミアムな落とし物は無いみたいだなー』


『そーすると、あの可愛いパピー竜の安寧が今回のドロップアイテムだねー』


『そーだなー。ほら、今もプルプルしながら親に甘えて…… …………ん?』


『え? どーしたの? ヒロ』


『ヒメ……【プリズマの泉】にさ、しかも泉の底の方に、ドラゴン以外の凄いのが居るような気がするんだけど……』


『え~? て~ことは、【世界まるごと爬虫類レーダー[無料版]】の守備範囲外だったってこと? だったら次はこれで! 【そこそこ近場の凄い奴レーダー[学生版]】よっ!』


『オマエ学生じゃねーだろ……』


『ん~~と、出ました! 今現在、この近辺でこのレーダーが【凄い奴】って認定しているのは、確かに【プリズマの泉】に居る1体だけっぽいわね~』


『……レッドドラゴンは【凄い奴】に含まれないんだ……』


『このレーダーはS3級以上じゃないと反応しないの。レッドドラゴンはS2級だから“惜しいっ!”って感じねー。でもヒロってば、よくレーダーも無く、しかも見えてないのに【凄い奴】が居るって分かったわね』


『【スコープ】の性能が極まってきたからなのか、ステ値が上がったからなのか、今までは感じられなかった何か……が感じられるようになったっぽいんだよね』


『【魔素の濃度】とか【高スペック生物が発する特有の周波数】とかなのかな。DEXとかINTが異常に高いから体内レーダー的な機能の感度も上がってるのかもね』


『ふぅ~ん。そーゆーもんなのか。 おっ!』


『どーしたのヒロ!?』


『【凄い奴】が泉の底から岸辺に近付いてる!』


『……本当だ! 【凄】ってマークが【熱】ってマークの中をゆっくり動いてる~』


『こんな熱そうな熱泉の中にずっと沈んでいられるってだけで、相当な耐久力だよなー』


『確かにね~。この温泉、魔素を含んだ特殊な成分の液体で、底の方だと500度近い高温みたいだから、普通の生物なら一瞬で茹で上がっちゃう筈なんだけど……』


 ヒロは【スコープ】で、ヒメは【そこそこ近場の凄い奴レーダー[学生版]】と【神の目】で、2km先の泉のほとりに集中する。


『ヒメ、S3級以上の魔物って結構いるの?』


『そんなには居ないと思うんだけどなぁ。まぁそのへんの事は【この世界の神】の匙加減でもあるから何とも言い当て辛いところなんだけれどもねー』


『S3級魔物の代表的な奴って例えば?』


『う~ん、例えばぁ……ゴールド&プラチナムドラゴンとか、亜殊羅王とか、サタンとか、イフリートとか、リヴァイアサンとか……かな』


『めちゃめちゃ凄そうだな。そんな奴が今まさに泉から飛び出して来ようとしてるのか……』


『さらに言うともっと上かも知れないからね。S4級とか。因みにヒロの感覚では、どんなのが出てきそうな感じなの?』


『……それがさぁ、なんか…… 【敵】って感じじゃないんだよねぇ』


『ん? ……それは…… ハナちゃんみたいな存在ってこと?』


『あーー、はいはい、ハナと初めて出会った時の感覚に確かに似てるかもなぁ』


『てことは、2頭目の【イデア】と出会っちゃうのかもね♪』


『ただ、ハナの感じとは似てるんだけど違うんだよ。全く違う生物の感じなんだよ』


『おっと、ヒロ、そーこー言ってる間に岸から出てくるわよ~。鬼が出るかじゃがバターが出るか、ここは注目ね~』


『…………』


 その直後、2人が注視する中、岸辺の水面が揺れた。


 揺れの中からは、ちゃぷんっと【漆黒のぷるぷるしたやつ】が湯気を出しながら姿を現し、岸から2mほどの所で【ぷるんっ】と大きく揺れたかと思うと【ぶるぅぅ~ん】と脱力したかのように動かなくなった。

 【ぶるぅぅ~ん】後の【漆黒のぷるぷるしたやつ】からはモワモワと湯気が出ている。


『スライミィ~~!』


『なんだろ、のぼせたのかな』


『ヒメ、あの真っ黒のスライミーは何者?』


『はーい。えっとね……』




■はぐれウルツァイコンプスライミー

スライミー種最強と言われるウルツァイコンプスライミーが何故かはぐれて更に強くなってしまった超特異変種。S5級モンスター。ウルツァイコンプ鋼の体を自由自在に操り平均的な人間の肉眼では認識不能の速さで行動できる。想像を絶するほど硬く逃げ足が速い。

体長:50cm

体重:200kg

備考:倒すと想像を絶する量の経験値が手に入る。色はウルツァイコンプ鋼同様漆黒。




『なんですとぉ! スライミーなのにS5級って!』


『こ、これは…… あの伝説の【はぐれキングオリハルコンスライミー】を超える逸材が現存するとは……』


『ヒメ、俺、ウルさんの姿を見て、改めて“友達になりたい”って思ったよ。出逢ってみていいかな?』


『え? ヒロ、【プリズマの泉】のほとりまで行くの? あと【ウルさん】て……名前付けるの早くない?』


『いや、なんだか【想像を絶するほど逃げ足が速い】みたいだから、こっちから近付いて行っても逃げられちゃうと思うんだ。だから、この【流星4号★キューブ★333】の中に招待してみようかなぁ~と』


『えぇ? ……あ~【インベントリ】を使うのね?』


『そう。2km先のウルさんを問答無用で【インベントリ収納】して、この流星4号の内部空間で取り出せば、はい、密室空間でのお見合いが成立! ってなるよね?』


『確かにメガミウム製の密室で2人きりにはなれるとは思うけど、ヒロ、はぐれウル……えっと【ウルさん】だっけ? の気性とか性質とか攻撃力とか必殺技とか、何も知らないでしょ? 相手はS5級の魔物よ? さすがにハイリスクなんじゃないの?』


『それがさ、気配を感じてから今の今まで、一度たりとも【攻撃されるような危険性】を感じないんだよ。逆に【謎のシンパシー】まで湧き上がってくる始末なんだ。この特別な感覚は是非とも解明したいんだ……』


『ん~、分かったわ。了解よ♪ ヒロの思うようにやってみればい~んじゃない?』


『サンキューヒメ、大好きだよ!』


『んくっっ!! …………は、は~~い♡』


『ではでは、ウルさんを召喚しますか……』


 ヒロは【スコープ】の限界まで【はぐれウルツァイコンプスライミー】をズームし、【インベントリ収納】をイメージする。

 すると、湯気を出しながらのぼせてぐったりしていた【はぐれウルツァイコンプスライミー】の体は、一瞬で【プリズマの泉】のほとりから消滅した。


『おぉぉ、例えS5級の魔物であろうと、何の抵抗も気配察知も無く収納しちゃうんだなーこの【インベントリ】は。さすが神仕様!』


『えっへん!』


『それでは、ご対面といきますか……』


 ヒロは【流星4号★キューブ★333】の内部空間から【一人掛けソファ】を消し去り、己の身ひとつでスッと立つ。

 そしておもむろに【インベントリ】から【はぐれウルツァイコンプスライミー】を目前に取り出した。


ボチャッ


 巨大わらび餅が床に落ちたような音がした次の瞬間、【はぐれウルツァイコンプスライミー】は想像を絶する速さで真横に飛んだ。


ゴゥゥゥゥン


 巨大わらび餅とメガミウム製の壁が衝突し、残響が漂う。

 そして次の瞬間、【はぐれウルツァイコンプスライミー】は想像を絶する速さで剛性を本来のウルツァイコンプ鋼レベルにまで高めつつ、逆方向に飛んだ。


ガキィィィィン


 ウルツァイコンプ鋼とメガミウム製の壁が衝突し、残響が漂う。

 因みに、この時点で2度の超高速衝突を食らった【流星4号★キューブ★333】の内壁には、凹みどころか、かすり傷ひとつ付いていない。


ピキュゥゥゥゥゥ


 偶然にも元の位置に転がった【はぐれウルツァイコンプスライミー】が、【逃げられないもどかしさ】からか、切なそうに声を漏らす。

 そしてヒロは、その一瞬の一拍を利用し、改めて爽やかに挨拶を繰り出すのだった。


「はじめまして! ウルさん、俺、」


 と、そこまでヒロが発した瞬間、


ヒュン! キィン! ヒュン! ヒュン! キィィン!


 問答無用の【はぐれウルツァイコンプスライミー】が、自らの身体の一部を鋭利な針に変形させて、次々と刺突してくる。


『あ、あれ? ウルさん、めっさめさ攻撃してくるな~』


『あてが外れたわねぇ。でもヒロ、ウルさんのこのとんでもない速度の連続刺突を余裕でかわせてるのは凄いことよ。この世界で一番素速いかも知れない魔物……よりも、ヒロの方が素速いってことなんだから』


『うん、確かにウルさん超速いんだけど、冷静に集中すれば対応できる速さかなー。それよりこの取り付く島もなく繰り返されてるバーサク状態をどーすっかだなー。もう暫くこのまま攻撃させつつ様子見てみようかねぇ』


『……まぁ、ヒロから攻撃するつもりが無いんだったら、様子見るしかないよねー』


『とりあえず、ウルさんが攻撃し疲れて落ち着くまで、このまま回避専門で対応するわー。これだけの速度の連続攻撃を避け続けるってのも貴重な体験でいい修行になりそうだしねー』


『は~い。気ぃ抜いちゃだめだよ~』


『はいは~い』





 この日、【エロストン山最強の生物】を自認していた【はぐれウルツァイコンプスライミー】は絶望することとなる。


 かつて自分は、どんな生物からの攻撃でも事前に察知し、冷静に回避または防御してきた。

 そして、どんな生物が相手でも、察知されること無く瞬殺してきた。

 己の身体を鋭利な刃物に変形させて串刺しにしてきた。

 例外は無かった。

 当然、己の能力を疑うことも無かった。

 しかし、1時間ほど前、狭く真っ暗な空間に前触れも無く転送されてから、どうも調子が悪い。

 目の前の二足歩行の生物は、自分の攻撃を全てかわしている。

 最初こそ、温泉に浸かり過ぎてのぼせていたこともあり、鈍い攻撃となってしまったが、5分もすれば体調も万全に戻り、己の自負する世界最速の攻撃が思いのままに繰り出せている。

 しかし、なのに、信じられないことに、二足歩行の生物は、今も、その最速の攻撃を全て避け続けている。

 しかも、あまりにも華麗に避けられるため、つい苛立ちと共に究極奥義、~自分の身体をこの狭い空間全体に広げながら相手を包み込みつつ逃げ場を無くし、無数の刃を剣山の如く内側に一斉に刺突する技~【ウルツァイコンプメイデン[ウルツァイコンプの処女]】を発動させてしまったにもかかわらず、二足歩行の生物は【空間を拡大する】ことで難なく遙か後方にバックステップしてしまったのだ。

 自らの必殺技まで簡単にかわされてしまった【はぐれウルツァイコンプスライミー】は、まるで悪夢でも見ているようだった。


 そして時間はさらに流れる。





『ヒメぇ、ウルさんってやっぱり凄いよ。もうかなり長い時間攻められ続けてるけど、やっと剣先が鈍ってきた程度じゃん。とんでもないスタミナと集中力だねー』


『それを言うならアンタよヒロ。ウルスラくんの連続攻撃が始まってからもう2時間以上経つけど、未だに息ひとつ切らさず、楽しそうに相手してるじゃない。ウルスラくんにもしプライドや存在意義、承認欲求、自己顕示欲みたいなものが有ったとしたら、もうズタズタなんじゃないかしら』


『そんなことないだろー。確かに動きはここに来て鈍くなってきたけど、その切っ先に込められた意思は、まだ曇り知らずだよ』


「お互いを理解し合うまでは、まだまだ戦わないとね! なっ、ウルさん♪」


 ヒロは【はぐれウルツァイコンプスライミー】に向かって爽やかに声をかけた。

 すると次の瞬間、


ピキュゥゥゥゥゥ~~


 可愛らしい声を出したかと思うと、この一帯で最強だった筈の生物は、その場にぐったりと動かなくなってしまった。


『あれ? ウルさん止まっちゃったよ~』


『疲れ知らずのヒロがトドメに笑い掛けてきたもんだから、心、折れちゃったんじゃない?』


 ヒロは心配しつつ話しかけてみた。


「ウルさん、大丈夫ですか?」


 ヒロがそう話しかけた瞬間、彼のスクリーンにちょっと覚えのあるダイアログボックスが現れた。




[弟子入りの申請が届きました。受け入れますか?]


【はい】 【いいえ】




『ヒメ、なんか見覚えのあるテンプレで【弟子入りの申請】ってのが出たんだけど……』


『ん? ホントだ! ハナちゃんの時の別バージョンね! てーことは当然、送り主は……』


 ヒメは言いながらゆっくりと黒饅頭に意識を向けた。

 つられてヒロもぐったりした【はぐれウルツァイコンプスライミー】を見つめる。


「ウルさん、この選択肢、【はい】押していいの?」


 すると



ピキュ~~~



 【はぐれウルツァイコンプスライミー】は疲れ切った様子で鳴いた。


(ホントは弟子じゃなく友達とか家族とかが良かったんだけどなぁ……)


 ちょっと残念そうにスクリーン上の【はい】を選択するヒロ。




ピロン


[【はぐれウルツァイコンプスライミー】と師弟の契りを結びました]




 それはヒロがスライミー界最強種を弟子にした瞬間だった。


「今日からキミの名前は【ウル】だ。俺は敬意を込めて【ウルさん】って呼ばせてもらう。あと、ウルさんは弟子入りって申請みたいだったけど、俺はもう家族だと思ってるから、あんまり上下関係とか気にせずに楽しくやっていこうよ!」


ピ、ピキュ!


「次に、キミの先輩家族を紹介するよ。まずは俺の心のパートナー、脳内居候のヒメだよ。あ、そーか。ヒメって肉声は出せないんだよね? ウルさんにヒメの存在ってどー伝えればいいんだろ……」


『ピキュピキュ!』


 突然ヒロの脳内にウルの可愛い声が聞こえるようになった。


『あっ、ヒメがつなげてくれたの?』


『は~い。ウルちゃんこれからよろしくね~。私はヒロファミリーの一番妻、ヒメです。正確には【アメノミコトヒメ】って名前なんだけど、これからずーっと【ヒメ】でいいわ。訳有って今のところ身体が無い状態なんだけど、あんまし気にしないでね~。あと、一応、神です♪(キリッ)』


『ピキュ~、ピッキュピキュ~』


『えっと、次に、先輩家族はもうひとり居て、今は俺の中に溶け込んでるっつーか同化してるっつーかなんだけど、ハナっていう女の子なんだ。……ハナ? 起きてる?』


 すると


『パパ起きたの!』


 生後二ヶ月の柴犬にしか見えない神獣【イデア】が尻尾ブンブン丸でヒロの身体から飛び出してきた。


『新しい家族なの♪ 遊ぶの!』


 そう言うとハナはウルの周囲をピョンピョンと走り回って、じゃれ遊びをリクエストする。


ピキュ! ピキュ~!


 するとウルも嫌がること無くハナに向かって追いかけたり逃げたり飛びついたりと、ハナが喜ぶように相手を始めた。


『すごいすごーい! ウルさん、あっという間に【家族同然】になっちゃってるじゃん! ねーこれヒメがやってくれたの?』


『ん~、大したことはしてないよ~。私はただ、ウルちゃんの念話をわたしたちのいつものグループにつなげて招待しただけよ。ハナちゃんとすぐに打ち解けて仲良くなったのは、2人の相性と性格が良かったからじゃないかなー』


『それは嬉しい話だぜ。それにウルさんの能力、ほら見てよ。ハナと同じような形に変形してくれてるし~』


 ウルはスライミーな【わらび餅スタイル】から、【四足歩行の生物の形】に変形し、動きもハナに合わせて器用に真似ていた。

 自分と同じようなサイズと姿と動きになったウルに対して、ハナはまるで姉妹が出来たように大喜びし、はしゃぎ飛び回るのだった。


『ちょっと早くも嫉妬しちゃうくらい仲良くなってるし……。嬉しいけど♪』


『もうずっと一緒に過ごしてきた家族みたいに仲良しだね~。ハナちゃん嬉しそう♡』


『暫くそのままにしておこーか~。あと、そーいえばウルさんのステータス、まだ見てなかったわ』




名前:ウル

種族:はぐれウルツァイコンプスライミー

年齢:6

性別:無し


Lv:37

HP:166

HP自動回復:1秒5%回復

MP:90


STR:152

VIT:514

AGI:782

INT:122

DEX:328

LUK:33


固有スキル:【神速移動】【神速変形】【神速変質】


固有技:神速刺突 神速斬撃 神速防御 ウルツァイコンプメイデン




『あっ、【HP自動回復:1秒5%】が付いてる! どーりでフラフラでぐったりだったウルさんが突然元気にハナと遊び始められた訳だよ』


『ハナちゃん、繋がってすぐに【仁愛】をかけてあげたのね~』


『やさしい娘やでぇ~』


『それも全てはヒロに対する絶対的な信頼から来るものだと思うけどね。ヒロ、裏切っちゃダメだぞ~』


『何を持って【裏切り】とするかは相手の感情にもよるから安請け合いは出来ないけど、ヒメやハナやウルさんのために尽くす事は俺にとって【人生の主題】だから、そう簡単に終わらせたりしないって~』


『!……な、なに女神に向かって小賢しい事のたまってんのよ~』


『それにしても、ウルさん、まだ6歳なんだなー。ステータスもこれからまだまだ伸びそうだね~。ヒメ、スキルとかの詳細分かる?』


『は~~い』




■固有スキル:【神速移動】

神がかった速さで移動できる。ステ依存。


■固有スキル:【神速変形】

神がかった速さで変形できる。ステ依存。


■固有スキル:【神速変質】

神がかった速さで変質できる。レベルとステータスにより硬度や質量も変化できる。


■固有技:神速刺突

神がかった速さで刺突する技。身体の一部を針のように尖らせ対象を貫く。


■固有技:神速斬撃

神がかった速さで斬撃する技。身体の一部を刃のように薄く伸ばし対象を切る。


■固有技:神速防御

神がかった速さで防御する技。身体を自在に変形させて攻撃を防ぐ。


■固有技:ウルツァイコンプメイデン

身体を薄く広く変形させることで敵を包み込み、内側に向けて何百何千もの神速刺突を繰り出す技。




『魔法を使わない代わりに速度と防御力が特化、そしてSTRに依存しない【刺す・切る】系のスペシャリストかぁ。ウルさん、怪力馬鹿の要素が無くて【技巧派】っぽいところがかなりカックイーねぇ』


『それとウルちゃんの凄い所は【変形・変質が自在】ってところでしょうね。レベルにもよるんでしょうけど、隙間さえ有ればどこにでも侵入できそうだし、まるで忍者ねー』


『ステ値的に俺とかぶり気味なトコも愛着が湧くわ~』


『ヒロファミリーはみんなSTR軽視なんだね~』


 ヒロとヒメの会話は続き、その間、ヒロがしなっと移動&変形させた【流星4号★枡★100×100】の広大な床をハナとウルが走り回る。

 そして平和な時間が2時間ほど経過した頃、ハナの満足度はピークに達していた。


『パパ、おやつほしいの~』


『おぉ~そーかそーか、はい、ヒメ。今日はC級ギガンターリの魔晶だよ~』


『パパだいすき!』


ガリッ ガリッ シャクシャクシャク……


 目を細め、尻尾を振り回し、魔晶を咀嚼するハナをヒロは愛おしそうに眺める。


『あれ? そーいえばさ、ウルさんって普段何を食べてるの?』


『ピキュピキュ! ピキュ~ピッキュ!』


『ヒメ、分かる?』


『ちょっとウルちゃんが希少種過ぎて、うっすらギリギリではあるけれど、多分…… “鉱物が好物”って言ってる気がする……』


『…………』


『ホントよ!? ホントーにそんな感じなのよ!』


『ん~。かなり疑わしいけど、ちょっと試してみようか……』


 ヒロはインベントリから、量産してあった【メガミウム】の一塊を取り出して、そっとウルの前に置いてみた。


『ウルさん、こんなの食べたりする? これ厳密には鉱物じゃなくなっちゃってる特殊な物質なんだけどさ、元は鉱物だから口に合うかもしれないよ』


 わらび餅型のウルが、身体の一部をツーッと腕のように伸ばし、メガミウムの塊に触れる。

 すると突然、ウルの全身がブルルッと震え、


『ピキュピキュピキュ~! ピッピキュピキュ~!』


 と大きなピキュで騒ぎ出した。


『ヒメ?』


『うぅ~ん。多分だけどぉ、“こんな最高級のごはん食べたこと無い! 本当に食べていいの?”みたいな感じだと思う』


『なはっ! そーかそーか、ウルさん、メガミウム気に入ってくれたんだ? だったらいーよいーよ、いくらでも食べてね~。【ショートカット】に登録してあるからさ、俺のMPが有る限り、無限に生産できるから!』


 ウルは喜びを全身で表現しながらメガミウムに飛びついた。

 空腹だったらしく、おかわりを何度もし、喜んで差し出すヒロにその都度抱きついてスリスリしながら、メガミウムを食べに食べまくった。

 そして“ピキュッ”とゲップをすると、ヒロのあぐらの中に収まって幸せそうにゆっくりと揺れながら静かになるのだった。


『パパ~ハナも……ねんね~』


 それを見ていたハナも、ヨタヨタしながらヒロの中にトテトテと潜っていった。


 辺りに静寂が訪れる。


『……あっという間に静かになったなー』


『この感じだと、多分ウルちゃんも幼いんだろうねー。ウルツァイコンプスライミーの平均寿命はよく分かんないけど、スライミー種はみんな長寿でコモン種でも数百年以上生きるって言うから、長い付き合いになるんじゃない?』


『ウルさん長生きしてほしいなぁ~。寝てるのか休んでるのか瞑想してるのかよく分かんないけど、身体がフルフル動くのが可愛いよね~』


『てかヒロさ、ウルちゃんて確か体重が140kgとかじゃなかったっけ? よく胡座で受け止め切れてるねー。重くないの?』


『それがさ、全然重くないんだよ。多分、ウルさん自身からある程度の【浮力】が発生してるっぽいんだよねー。だから、こーやって抱えてても、持ち上げた感じも、ざっくり3kgほどって感覚でさ、何の問題もないわー』


『そ、それならまぁいいんだけどねー……』


『……さぁて、ヒメ、そろそろこの【エロストン山】周辺から移動しようかー』


『そーだね。えっと……このままセンタルスに向かっちゃう?』


『それなんだけどさ、せっかくだから、ほら、ヒメがレーダーで見つけた【ブルードラゴン】もこの目に収めておこうかなーって思ってるんだ』


『あ~、【ゴダイゴ湖】の【ブルードラゴン】ねー。わかったわ。センタルスに近付く方角ではあるから問題なしよ~』


『それじゃあ【ゴダイゴ湖】に向かってゴォ~』


『ダイゴォ~!』


 その後ヒロは【エロストン山】から【ゴダイゴ湖】への3千キロほどもある行程を時速800kmの速度で飛ばし、4時間ほどで到着したのだが、さすがに日も暮れ、辺りは暗くなっていた。

 結局、この日は【ブルードラゴン】の住処である【ニャガラの滝】まであと10kmほどの上空で【流星4号★キューブ★333】を停止させ、夕食と風呂を済ませると早々に眠りについた。



 ヒロが眠りについて30分後



 【流星4号★キューブ★333】の室内に、モゾモゾと動き出す影があった。

 影の正体はウルである。

 実はウルは既に古いウルではなく、新しいウルへと進化を遂げていた。

 その原因は、ヒロが食事としてウルに与えた【膨大な量のメガミウム】にあったのだが、現在の所、この事実に気付いている者は一人も居ない。

 ウルは新しく手に入れた身体を利用し、流星4号の壁にトプンと潜り込むと、そのまま外へと滲み出し、何の迷いもなく30m下の大地へと落下していった。


ドサッ


 着地音とともにウルは行動を開始する。

 ハナに貰った【HP自動回復】によって、休息が必要なくなった。

 ヒロに貰った【メガミウム】によって、より強く多彩な力を得た。

 この【向上した能力】を生かさない手はない。

 ウルは基本的に睡眠を必要としていないため、ヒロが眠っている間は自由に行動できる。

 ウルが辿り着いた結論は、【オールナイトレベル上げ】だった。

 ヒロやハナとのレベル差を少しでも埋めて、役に立ちたい。

 足手まといになんか絶対になりたくない。

 出来ればヒロの傍でいつもヒロを守りたい。

 そんな強い気持ちがウルの全身を漲らせていた。


ピキュッ!


 ウルはキリッとした雰囲気を纏うと、ピョンピョンと走り出し、闇の中に消えていったのだった。


 こうして、ヒロ達の異世界生活16日目は終わった。





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