6日目 センタルスへ
ヒロが異世界に転生して6日目の朝、彼はご機嫌に朝から風呂に入っていた。
「いやぁ~、ついに念願の髭剃りフルセットを手に入れたなぁ~。剃刀もちょっと研いだら切れ味抜群だし、ひっさびさにサッパリしたわぁ~~」
石鹸と砥石と剃刀と鏡を手に入れたヒロは数日ぶりに髭を剃った。
微妙な無精髭に覆われていた口顎周りも今朝はツルツルに仕上がっている。
しかし残念なオチもあった。
(そーいえば俺、【スコープ】で自分の姿をどんな角度からでも見られるんだった。鏡に関しては必要なかったっちゃー必要なかったかな…… いや、左右変換の煩わしさもあるし様式美的な意義もある。鏡はやっぱ必要だった。必要だったんだ!)
そしてすぐに切り替えた。
(しかもあのナイフが中々いい化け方してくれて、今後ブラッディダガーの出番が無くなっちゃうかも知れないのがちょっと切ないところだなぁ)
ヒロは風呂前に、昨日手に入れた作業用ナイフをカスタマイズするべく、まずはこれでもかというくらいに砥石で刃を研ぎまくり、可能な限り鋭利な刃物にしてから硬度上昇魔法を15000MPほど注ぎ込み、質量変化魔法で少し軽量化し、理想のナイフを仕上げていた。
「ミントン村訪問の記念に【ミントンブレード】と名付けよう……」
■ミントンブレード
作業用ナイフから進化した鋭利なナイフ。武器としてSSクラスの性能を持つ。
刀身:20cm
全長:35cm
重量:300g
備考:オリハルコンを上回るカーボランサー級の硬度を持つ逸品。切れ味も耐久性も抜群である。
『ほんとーはカックイー感じで腰にぶら下げておきたいんだけど、インベントリがあるから、構えてからイメージするだけで手の中にスポッと収まってくれるんだよなー。これめちゃ便利だわー』
『ヒロはもうインベントリを精密に使いこなせているから、今後も【武器を装備する】って行為自体無さそうだよねぇ』
『実は【大太刀を背負って旅する感じ】とかに密かな憧れはあったんだけどねー。でもあの【背中に背負ったデカい剣】って本来抜けないよね。まぁ今更だけどさ……』
『そだねー。かなり刃渡りが短くないと背中は難しいよねぇ……』
『……さぁそんなわけで、今日は、ミントン村の村長さんが言ってた【センタルスの町】に行ってみようと思ってるんだ』
『おぉぉぉぉぉ』
『目的は、【冒険者ギルトへの登録】です!』
『つ、ついにヒロが世界デビューする時が来たんだねぇ』
『そんなに大袈裟なものでもないでしょ?』
『いやいやそんなこともないよぉ。この世界で【世界中に支部が行き渡っている組織】といったら、クリスタル教の教会を抑えてギルド連合がダントツだからねー。当然ギルド連合は個人データを統括管理しているから、ヒロがすんごいことする度に、その偉業は世界中にバラ撒かれていく事になるのよー』
『あーそうなのか。ちなみにこの世界のギルドってさ、自動でデータが行き来する送受信網とか、登録すると何やら不思議な光に認識されて確実に個人識別&登録される魔道具とか、水晶玉が魔力を白日の下に晒してくるやつとか、そんな系なの?』
『ブブ、残念でしたー。この世界のギルドはね、登録はサインと指紋登録。個人識別は指紋と見た目。ギルド間の情報の共有は冒険者が各種書類を持って支部と支部を行き来する。ってゆー信じられないくらい大雑把な人力で、不思議な力などナッシング系よ』
『だったら相当テキトーに管理運営されてる予感だな。こりゃ何の気兼ねもなく登録できそうだわ』
『確かに雑は雑だろうねー。特にミントン村で聞いた話から察すると、ちょうどこの未開拓のゼロニモア大陸に進出して来たばかりのホヤホヤって感じだったでしょ? 南のメンシスの町にはもうあるって言ってた気がするから、多分、今まさにこの辺りの地域が【ギルド支部進出最前線地区】なんだろうねー』
『スタッフひとり。とかかもなー』
『十分あり得るわよー』
『よし、何の気負いも無くなった。風呂上がって出発しようか』
『あーーーい』
ヒロは風呂から上がるとインベントリの冷えた名水を飲み、洗面場で再度洗顔し、冒険者の服を着、軽く体操するのだった。
そして流星4号を生成する。
『あれ? 流星4号くん、ずいぶんコンパクトになったねー』
『うん。よく考えたらさ、体さえ囲っちゃえば落下する心配ないんだから、コクピット的な……というか、風呂釜的な……というか、俺の体がゆったりしっくり収まるサイズでさえあれば、マットレスとか車とかにする必要なんて全然無かったんだなーと思って……』
そこには、大人1人がゆったりと入れるくらいの風呂釜サイズの流星4号が佇んでいた。
『そっかー、ヒロの場合は流星4号というフレームを魔法で動かすだけだからこんなんでいいのか……』
『そーゆーこと~。確かセンタルスの町はここから100kmくらいあるって言ってたよね?』
『うん、北東に100kmくらいだよー』
『よし、じゃあまた町の手前5kmくらいで降りようか』
『そーだね、センタルスの町の南側に南へと続く街道があるみたいだから、その道の近くの森にでも降りて、そこから歩こうよ』
『りょうか~い。それじゃしゅっぱーつ!』
『しんこぉー!』
ヒロはバスタブ型の流星4号とともに軽快に飛び上がりアジトを後にする。
森林地帯の上空50mを維持しながらグングンと加速していく。
やがて流星4号のスピードは時速80kmほどに到達した。
『……やっぱこれくらいスピード出すと、風が凄くて快適にとは言えないなー。あと狩りもしづらいなー』
『それでも凄いよヒロ! こんなスピードで自分が乗ったフレームを移動させながら、同時に眼下を流れていく景色の中でスコープ使った狩りと収納をやってのけちゃうんだもん。これって集中力の鍛錬にもなってるんじゃない?』
『うん。連日【イメージ】力使いまくってるからDEXな俺が仕上がってる感はあるねー』
『んじゃ~このままちょっと無理しながら鍛錬込みでぶっ飛ばして行くわよー!』
『は~い(苦笑)』
途中ヒロからの提案で索敵対象をCランク以上の魔物に限定した二人は、狩りへの集中力を高めつつ、次々と討伐していくのであった。
■オルガ
鬼型の魔物。体は大きく肌は青い。腕力が強い。
体長:415cm
体重:560kg
備考:素材としての需要はない。
■コケアトリス
鳥型の魔物。鳥型ではあるが飛べない。足は速く、敵を突いて麻痺させてから襲う。性格は獰猛。
体長:192cm
体重:230kg
備考:素材として肉は需要が高く広く流通する。
■バジリスキル
トカゲ型の魔物。大型で尾を入れると10メートルにもなる。足が八本あり麻痺毒を吹きかけて敵を弱らせ丸呑みにする。
体長:910cm
体重:6105kg
備考:素材として肉や皮は需要が高い。個体数が少なく希少。
■デーモングリズリー
体長:600cm 体重:1210kg
■コケアトリス
体長:180cm 体重:206kg
■デーモングリズリー
体長:459cm 体重:780kg
『けっこー居るねぇ強そーなのが。あのバジリスキルって恐竜みたいなやつ、デカくてびっくりしたよ! 巨大ニワトリみたいなのも(トリだけに)トリッキーな動きするからフレーム固定しづらくて苦戦したし。つーかちょっと移動すると、見慣れない魔物にケッコー出会えるもんだなー(トリだけに)』
『バジリスキルはかなりのレア魔物みたいだよ。肉も皮も高値で取引されてるみたいだから、あれ一頭で一財産築けるかもねぇ~』
『その点で言うなら、もう相当な量のデーモングリズリーがインベントリに備蓄されてるからさ、それだけでも売れば一財産だと思うんだよねー』
『インベントリにはもう驚くほど素材が詰まってるしねぇ。ここら辺でまた大型魔物追加できたし、こりゃスーパーマーケットでもオープンできそうよ~』
2人は常識外れの狩りを続けながら空中を進んでいくのだった。
『けっこーあっという間だったねー。狩りしながら~の、ちょっと景色を楽しんだりしながら~ので2時間弱かー。流星4号があれば200kmくらいの距離はもー近所だねー』
センタルスの町まであと5kmほどとなった森の中に、ヒロ達は着陸していた。
周囲の森は見慣れたような風景ではあったが、初めてのエリアということもあり、少し緊張気味に辺りを見回してみる。
『ヒロお疲れ様~。この周辺にはさして危険な魔物は居ないみたいだねー……おや?』
『ん? どしたのヒメ?』
『えっとね、町とは逆の方向なんだけどさ、ちょっと索敵範囲をグバババッて広げてみたら、10kmほど遠くなんだけど、Aランクの魔物がいるっぽいんだ。……どうする?』
『行く行く♪ Aランクなんて俺まだ出会ってないんじゃない? すげー興味あるし。今の能力で倒せるのか試してみたいわー』
『そーねー。バジリスキルでもBだし、ヒロは…… あ、ミスリルスライミーがAランクだわ!』
『スライミー一族は強さとは別のヒエラルキーを持ってそうだからなぁ。カウントしないでおくよ』
『だったら初だね。異世界初のAランク魔物がこの先10km地点に居やがりますよん♪』
『じゃ、楽しい寄り道に出発だ!』
『あいあいさー!』
10分後
『ヒロ、見えてる? もう200mくらいの距離まで来てるよ……』
『あぁ見えてる。スコープで頭部までそれなりにハッキリ見えてるよ』
■サイクロネプシス
鬼型の魔物。単眼で頭部に大きな角を持ち肌は青く巨躯。肘から先が異様に太く発達しており両手を振り回して殴打攻撃する。角でも攻撃する。
体長:630cm
体重:1280kg
備考:素材として角・眼球・爪・骨などが流通する。
『すげぇ~。やっぱ1トン級の魔物って迫力あるなぁ~。ひとつ目の鬼かぁ~。モノアイだよモノアイ♪ 怖ぇ~』
『ねぇ、ヒロってもうこの距離でもフレーム生成してオート追尾させて魔法打ち込むことできるの?』
『この距離なら多分問題なくできるよ』
『凄っ…… ヒロってさ、もはやスナイパーだよねー』
『まぁ確かに【戦う】っていうよりは狙撃してるイメージの方がしっくり来るかもね』
『銃が大量生産できるほど普及してないレベルのこの世界だと、明らかに異能の戦士だね』
『そんな異能の戦士、撃ちまーす』
(フレーム)ピ(温度低下!)※この間0.5秒
グゴッ…… ドォォン
200m先の森で脳を凍結されたサイクロネプシスが倒れる音が響く。
『……とりあえずAランクの魔物でも今の俺のステータスで倒せるみたいだ♪』
『一撃だったねぇ』
『ヒメ、ちょっと間近で見てみたいから近くまで行ってみようよ』
『りょーかーい♪』
ヒロは軽快に歩を進め、初のAランクの獲物の傍らに辿り着いた。
『……間近で見るとやっぱでっけぇなぁー……』
『あんまり倒した自覚無く倒してるところが凄いよねぇ』
『見てよヒメ、こんなでっかい目玉がひとつだよ。それにこの角、1m近くあるんじゃね? 魔物ってやっぱスケール違うよなー。皮膚なんてほら、鉄みたいに硬いぜこれ。ツンツン。ツンツン……』
そしてヒロが何度目かのツンツンをしようとした時だった。
『え?』
突然ヒロはあたりを見回し始めた。
『なに? なんか聞こえた?』
『いや…… なんか鳴き声みたいのが聞こえたような……』
『ん~? 索敵レーダーには特に何も引っかかってないみたいだけど……』
目を瞑り、集中して耳を澄ますヒロ。
『いや聞こえる! こっちだ!』
ヒロはゆっくり警戒しながら歩き始めた。
そして30mほど進んだ先で……
◇
『……やばい。俺はこんな魔素深い森の中で、とんでもないものを見つけてしまった……』
クゥ~ン クゥ~ン アン! アン!
そこには柴犬の子犬が震えながら横たわっていた。
クゥ~ン……
『ヤバい、ヤバすぎる。潤んだ目で俺を撃ち抜いて来やがる。気絶しそうだ!』
『なにちょっとヒロぉ~死ぬほど可愛いんですけどこの小動物ぅ~いやぁ~んどーしよ~♡』
クゥ……
『あれ? こいつ後ろ足に怪我してるな。そっか、じゃあまず治してやろう♪』
(フレーム)ピ(治癒力上昇!)
ヒロの魔法とともに子犬の足の怪我はみるみるうちに回復していった。
アン! アン!
子犬はまるでお礼を言うかのように可愛く鳴きながらヒロにじゃれつく。
『ヤバいヤバいヤバいヤバい。このままじゃ俺こいつをどこまでも連れて行ってしまいそうだ』
そう言いながら子犬を胸の前で抱き包むヒロ。
『え? 別に連れていけばいいじゃん。可愛いし。ねぇ飼おうよぉ~ヒロォ~犬飼おうよぉ~』
『…………オマエは生き物の命の重さを分かって言ってるのか? ちゃんと責任持って世話するつもりはあるのか? 雨の日も散歩に連れて行く覚悟はあるのか? 何をやっても三日坊主のオマエが本当に命を預かることなんて出来ると思ってるのか?』
『それってヒロが小さい頃親に言われた的なセリフでしょ? 大体あんだけ魔物ぶっ殺しておいて生き物の命の重さも何もって気がするんですけどぉ~』
『ま、まぁね……』
ヒロは時間が経つのも忘れ、子犬を抱きながらやさしく撫でつづけた。
子犬はヒロの腕の中で心地好さそうに丸まって立派な尻尾をフリフリしている。
『ほらぁ、私が何を言おうが、ヒロのその姿、完全に【赤ちゃん言葉でペットと話す飼い主】そのものじゃない! もうどっちみち飼うんでしょ?』
『【飼う】とか言うな! 【共に歩む】んだい!』
ヒロがそう言い放った瞬間、なぜか彼のスクリーンに初めて見るダイアログボックスが現れた。
[契りの申請が届きました。受け入れますか?]
【はい】 【いいえ】
『ヒメ、……これ何? 突然【契りの申請】が届いたってーのが出てるんだけど……』
『ん? ホントだ! なにこれ!? わたしもこんなの見たこと無いしよくわかんないな……。大体申請なんてものがどこから届くって……あ……』
ヒメは言いながらゆっくりと子犬に意識を向けた。
つられてヒロも抱いている子犬を見つめる。
『……まさか…… これ、オマエが俺に送ってるのか?』
子犬を見つめるヒロ。
すると
アンッ!
子犬は元気よく鳴いた。
『こんなことってあるのかよ……』
ヒロは呆然としながらも子犬を見つめ続ける。
子犬は潤んだ目で“もちろん【はい】って押してね♡”と言っているようだった。
ヒロは子犬を見つめ、大きく息を吸って、ゆっくりと吐く。
『……ごめんね、ちょっと待たせちゃって。もちろん【はい】だよ、これから一生よろしくな♡』
スクリーン上の【はい】を選択するヒロ。
ピロン
[イデアと契りを結びました]
スクリーンには謎の名前が表示されていた。
アンッ!
『やべ、ちぎれるんじゃないかってほど尻尾ふってるわ。つーか【イデア】って何だ?』
『…………』
『ねぇヒメ、イデアって何か知ってる?』
『…………』
『ヒメ? どーしたの?』
『ヒロ、大変なことが今、分かっちゃったわ……』
『え? なんか悪い話?』
『いや…… 決して悪い話ではない……んだけど…… まぁ、ビックリな話よ』
『……?』
『まぁ、まずはこれを見てちょんまげ……』
ヒメは少し動揺しながらヒロのスクリーンに、とある情報を映し出した。
■イデア
界を喰むと言われる神格の魔獣。神獣。1万年以上生きると言われており、生まれると千年毎に姿を変え成長する。能力は不明。
体長:37cm
体重:2.3kg
備考:討伐例も捕獲例も無いため素材・経験値等は不明。
『えっ!? ……これが…… ……この子…… ……なの?』
『はい、ほぼ間違いなく、この一見赤毛の豆柴の子犬にしか見えないきゃわゆい小動物は、ここに書いてあるように、謎多き【神獣】……みたいだよ』
『……どっからどー見ても……子犬の柴犬だよなぁ』
『まぁ見た目はね。でもほら、これも見てみて』
ヒメはさらに次の情報を映し出した。
名前:ーーー
種族:イデア[幼獣]
年齢:15
性別:女
Lv:21
HP:112
MP:54
STR:34
VIT:86
AGI:105
INT:80
DEX:59
LUK:686
固有スキル:【忠誠】
『えー、ステータスとかも出るんだ。……ホントに種族がイデアになってるわー……あ、女の子なんだ……』
アンッ! アンッアンッ!
『え? なになに、どーしたの?』
『“私に名前をつけて!”って言ってるぽい』
『ヒメ分かるの!?』
『まぁ神だけにヒロよりは分かるって感じかなぁ』
『そーかそーか、女の子だよな。…………うぅ~む……』
3分が経過した。
アンッアンッ!アンッ!
『“いつまで悩んでるの!?”って言ってる……と思う』
『確かに俺にもそう聞こえた気がする。……よし、決めた! キミの名前はたった今から【ハナ】だ。ハナ、よろしくね♡』
アンッッ!
ハナは元気よく嬉しそうにヒロの胸で鳴いた。
『“こちらこそ!”だって♪』
『しかしなんだね、15歳の女の子だと思うとちょっと照れくさいな』
『でもさ、1万年以上生きるみたいだから、そっから考えると実際は生後二ヶ月の赤ちゃんって感じなんじゃない?』
『そーか、なるほど~。……あれ? 契りってのを結んだからだろうけど、俺でも意識するとハナのステータス確認できるようになってるみたいだわ。この【固有スキル】の【忠誠】ってどんな能力なんだろうねー。まさか、忠誠心が強いよ! ってだけだったりして。まぁそれでもいいけどね、ね~~ハナ♡』
アンワンッ!
『なんか、“今から見せるね!”って言ってるよ♪』
『おぉー』
ワクワクした顔でヒロはハナを地面に降ろした。
するとハナは一瞬“クワッ!”と険しい表情を見せると、思いきりヒロの胸元に向かって飛び上がる。
慌ててハナを受け止めようとするヒロ。
次の瞬間……
『え!? えぇぇぇぇーーー!!!』
ハナの体はヒロの手をすり抜けて、ヒロの体の中に吸い込まれていったのだった。
『…………ハ……ナ……?』
『ハナ、入っちゃったね、ヒロに(笑)』
『ヒメなんだか冷静だね、これけっこー今後の展開によっては深刻なことだよ?』
『大丈夫みたいよ、ハナ、ヒロの中は心地良いって褒めてるし♪』
『中の声とかも聞こえるの!? て、そっか、ヒメも俺の中にずっと居るんだもんな』
『そーそー、ご近所さんがキタ~みたいな感じかなー。まぁ【脳の空きスペース】っていうハッキリと具体的な場所に居候している私と違って、このハナちゃんのスキルは、まず【主(あるじ)】と認めた者の体に入るってゆーか、【融合】しちゃうらしいよ。まさに二心同体って感じで。そんで、そのままいつまでも二心同体でもいられるし、飛び出して元の姿に戻ったりも出来るらしいよ』
『……あぁ、そういう【収納】的なスキルな訳ね?』
『…………えっとね、“ちがうの! それはあくまでも【忠誠】の基本性能なの! ここからが本当の【忠誠】なの!”だって』
『ヒメ、今後はかなり忙しくなると思うけどそこらへん穏便に翻訳よろしくね……』
『大丈夫よ。私もお友達が出来て嬉しいし、ヒロへのお家賃分だと思って通訳やらせてもらうね~』
その時だった。
ヒロの全身を得も言われぬ快感とも戦慄とも取れるような感覚が疾走る。
ゾクッ
『ぅわっ! びっくりしたぁ~。なんか全身がゾクゾクってした~。……ハナ、今のが【本当の忠誠】なの?』
『…………ふむふむ。えっと、“ステータスを見るの!”だって』
『ステータス?』
ヒロはステータスを開いてみた。すると……
名前:ヒロ
種族:人間[ヒト]
年齢:22
性別:男
pt:0
Lv:30
HP:300 + 112
MP:300 + 54
MP自動回復:1秒10%回復
STR:50 + 34
VIT:200 + 86
AGI:200 + 105
INT:300 + 80
DEX:500 + 59
LUK:125 + 686
ヒロとハナのステ値が合算されていたのだった。
『……これは…… 凄いスキルなんじゃないか……?』
『…… “えっへん!”だって』
『ハナ、これはどれくらいの時間続けられるの?』
『…… “初めてだから分かんないの”だって』
『そうかそうか、じゃあもう暫くそのままで居てくれる?』
『…… “ヒロの中ポカポカで気持ちいいからずっといる~♪”だって』
『ずっと……って言われるとそれはそれで寂しいような……』
『…………』
『…… ん?』
『……あれ?』
『…………』
『…… ハナちゃん寝ちゃったみたいよ(苦笑)』
『そ、そうか。子犬は一日中寝てるって言うしな…… じゃあヒメ、本来の目的に戻ろっか?』
『あ~~い。目指すはセンタルスの町だねぇ。行ってみよー!』
◇
その後、ヒロは森の終わりに辿り着いていた。
そこにはまだ整備も進んでいない土の街道が横切っていて、その先には大きな川が横たわっていた。
『でっかい川だなー。たぶんこの川に沿って街道が続いてるんだろうな』
『んーとね、この川はメシッピ川って言って、北の馬鹿デカい湖の近くから南の海までずーーーっと続いてる、なっがぁーーーい川みたいだよ』
『おぉなるほどね。んーで、この道をあと3kmほど北に歩けば、目的のセンタルスの町に到着って訳だね』
『そんな感じだねー。なんかハナちゃん騒動があったのにまだ昼前だよ、速かったねー』
その時、ヒロの全身を覚えのある感覚が走った。
ゾクッ
『おわっ! またゾクゾクが来た!』
『これは、ひょっとして……』
Lv:30
HP:300
MP:300
MP自動回復:1秒10%回復
STR:50
VIT:200
AGI:200
INT:300
DEX:500
LUK:125
『あ、戻ってる! さっき見た時はまだ合算してたから、やっぱ今のゾクッてやつで元に戻ったんだな。ヒメ、これでどれくらい経ったと思う?』
『ん~そうねぇー、10分くらいかな?』
『そーだねぇ。よし、ハナの【忠誠】の今んところの効果時間は10分だね。これでハナのレベルが上ったらどうなって行くかは今後の楽しみだなぁ』
『そうだねぇ、レベル上げのモチベーションも上がるよね~』
『そうだ、ハナは俺と【契】的なものを結んでる訳だけどさ、その場合はやっぱり経験値が共有されたりするのかな?』
『するみたいよ。しかもハナちゃんとヒロの場合は強力な絆が【忠誠】によって開通しちゃってるから、分割もされずに100%ずつ貰えるみたいよ~』
『こりゃ、町から帰ったらすぐにレベル上げだな! ハナを立派なレディに育て上げなければ!』
『もぉ~先が思いやられるくらいの親馬鹿だわこりゃ。ふふ♡』
『……さぁ、センタルスに向かおう!』
『あ~~い』
ヒロはゆっくりと歩き出すのだった。
◇
『見えてきたねぇ、ヒロ』
『お~~、思ってたのと全然違う系の町でびっくりだよー』
『思ってたのってどんな系?』
『俺が思ってたのは、周囲を高~い石壁で囲われてる系の町だったんだけど、こんな感じだったとはねぇー』
そこには、メシッピ川から引き込んだ水をふんだんに利用した【水堀】で囲まれた広大な農地が広がっていた。そしてその中心に町が形成されている。
『そっかー。魔物から町を守るのは壁だと思ってたんだけど、水堀でも確かに自衛できるよなー』
『そうねー。そんで入口にだけ橋が渡してあるのねぇー』
『おっ、馬車だ! この世界はやっぱ馬車移動が中心なんだなぁ』
『馬を買うお金のない人は、人力で荷車を引いて町々を移動したりもするみたいだよ』
『さすが開拓最前線って感じの地域だなぁ。合理性や安全性への意識を開拓精神が超えてくるのかも知れないねー』
そうしているうちに町の入口が近付いて来る。
堀にかかる橋が、街道の終点を告げていた。
『あれぇ? なんか検問所的な物々しさとかは無いんだねー』
『そーだねー。結構すんなり通してくれるっぽいねー』
橋の手前には役人風の男が立っていて、その周りには槍を持った民兵のような男が3人ほど控えている。
そんな中を一言二言話しただけで、橋を渡っていく人々。
ヒロもスタスタと役人風の男の前まで辿り着いた。
「よし、そこで止まれ。センタルスには何の用だ?」
淡々と質問してくる役人風の男。
「はい、南のメンシスから親戚を訪ねて来ました」
適当に誤魔化すヒロ。
「そうか…… それにしても軽装だな。よく無事で辿り着けたもんだ」
「はい。途中までは護衛を頼んでましたので、そこまで大変ではありませんでした」
「そうか。開拓者じゃないのならこの先で通行料5000イエンを支払ってもらうが持ち合わせはあるか?」
「……あ、はい。大丈夫です」
「ふむ…… まぁ分かった、入って良し」
「ありがとうございます」
その後、橋を渡った先で担当者に5000イエンを支払い、代わりに【1週間有効の通行パス】を渡され、特に何も起きないまま、ヒロはすんなりとセンタルスの町に入り込むのだった。
『この世界の相場が全然分かんないけど、町に入るだけで5000イエンは高いんじゃないのかなぁ』
『このあたりは開拓の最前線っぽいから、人とお金が不足してるんだよ』
『そーかー。こんな風に畑が広がってるから牧歌的な雰囲気かと思ったけど、実際はフロンティアスピリッツにギラついた、怖いもの知らずの奴らの集まりって感じの町なのかもねー』
『そこまでではないと思うけど、この辺りじゃ長距離の移動自体が命に関わることだから、結果的に勇気のある人達や貧しさから抜け出したくて必死な人達が多く住んでいるのかもね』
畑の中の一本道をのんびりと歩いて行くヒロ。
元々見通しの良い平地で水掘に囲われているため魔物への警戒心は殆ど無いようで、たくさんの農民が見張りを付けずにせっせと作業をしている。
左に広大な農地、右に雄大なメシッピ川を眺めながら暫く歩くと中心地らしき町が見えてくる。
ヒロはそのまま町へと足を踏み入れるのだった。
◇
『町の中はけっこー賑やかしいなー。建物の数も凄く多い!』
『うん、食堂が数軒と宿屋も3軒ほどあるよ~。この感じだと雑貨屋とか装備屋とか洋品店も有りそーだね。……あ、てゆーかヒロ、私達お金……大して持ってないよね』
『そこなんだよヒメ。俺達は今後、明らかにここらより文明の進んだ町や都市に向かうことになる。そーすっとやっぱ何より重要なものがカネ、つまり世界通貨イエンとなるわけだ』
『まー何をするにもイエンってことね~』
『なのでこの町でまず最初にやらねばならんことは、ズバリ!【冒険者ギルドでイエン稼ぎ】なのだ!』
『わーわー、いいぞがんばれー』
『なのでまずはウィンドウショッピング……ではなく、冒険者ギルドに向かうぞ!』
『あ~~い』
ヒロは好奇心を抑えきれずキョロキョロしながら歩き始める。
道行く人々の服装は大抵ミントン村で見たような簡素なものだったが、中には仕立ての良い服を重ね着した金回りの良さそうな人物もチラホラと伺えた。
建物にはガラス窓がほとんど無く、二階建ての建築物もほとんど無い。
かなりの割合でドワーフらしき風貌の通行人が見受けられるが、その外見的差異はヒロが予想していたものより遥かに小さなものだった。
そうしていろいろ眺めながら歩いている内にヒロは町の中央と思しき円形の広場に辿り着いていた。
『ん~、冒険者ギルドの建物が見つかんないなぁ。こりゃひょっとしたらまだ出来てないのかもな~』
『その可能性はあるよねー。ミントン村の情報では【そのうち出来る】みたいな雰囲気だったし』
『とりあえずそこの大きな建物が役場っぽいから入って聞いてみよう』
『そーしよ~』
ヒロ達はひと際大きい二階建ての建物に入った。
広いホールがあり、正面に受付のようなテーブルと役人らしき人物が並んでいる。
「あのぉ~、ちょっと教えて頂きたいんですが……」
「はい? 何でしょうか?」
「この町には冒険者ギルドというものは無いんでしょうか?」
「あぁ、メンシスから流れてきた人だね。生憎この町にはメンシスみたいな建物はまだ無いんだよ。でもこの役場の一室、えーっとそこの入ってすぐ右の部屋が今の所の冒険者ギルドになっているから、訪ねてみるといいよ」
「ありがとうございます。行ってみます」
ヒロは説明されたドアの前に立ちノックする。
すると
「はーい、どーぞー」
中から女性の声が聞こえてきた。
「失礼しまーす」
恐る恐る中に入るヒロ。
すると、部屋の中には、たくさんの書類棚に囲まれた机と椅子、壁際には大きな作業台、そして一人のドワーフらしき女性の姿があった。
「いらっしゃい、ここはメンシス冒険者ギルド・センタルス支部で、私は支部長のガーリックよ。本日はどんな御用ですか?」
支部長のガーリックが丁寧に対応する。
「あのぉ、俺、冒険者になりたいんですけど……」
「あら、これから冒険者になりたいって人だったのね? それは嬉しいわ♪ 実はこの支部ね、まだ冒険者登録をひとりもしたことが無いの。だって正式に運営を始めたのがつい最近で、まだバタバタしていて求人も何も呼びかけていない状態だったものだから。ようこそ、冒険者ギルド・センタルス支部第1号の冒険者さん♪」
「あ~、そんなに出来て間もない状況だったんですね。あの、お忙しいようでしたら改めて……」
ヒロがそう言いかけた途端、ガーリック支部長はヒロの手を両手で握りしめ肉薄する。
「お忙しいけど改めなくていいわ! 早速登録しましょう。そこに座ってくださいね♪」
ヒロは一人用のテーブルセットに誘導された。
すぐに出て来た書類に名前を書き、拇印を押し、終了となる。
「これで冒険者登録の準備はオーケーよ。あとはこちらで【ギルドタグ】を作っておくから明日にでも取りに来てね。冒険者ランクはFからよ。……なにか質問ありますか?」
「……えっと、こちらでは素材の買取とか、やってます?」
「もちろんやってるわよ♪ 依頼についてはまだ沢山ってほどじゃないけど、これからどんどん集めていく予定だし、頼りにしてるわよ、1号さん♪」
「あの、今からでも依頼の受注って出来ます?」
「もちろん出来るわ♪ ちなみにあなたがFランクだからって受注範囲に制限が掛かったりはしないから安心してね。どんな依頼でも受けられるから」
「それは助かります」
「おぉ~頼もしいじゃない! ただ分かってると思うけど、どこでどう死のうとギルド組織は一切の責任を負いませんからね。ギルドの基本理念は徹底して【結果主義】だから、結果さえ出せば誰にでもすぐに報酬と階級を用意しますが、失敗に対しての保証やフォローは一切無いので気を引き締めて依頼を選ぶようにね。私としても冒険者には出来るだけ長生きしてほしいからね」
「それじゃあ何かオススメの依頼はありますかね?」
「うぅーんそぉねぇ。じゃあまず、小手調べで基本中の基本である【薬草採取】をやって貰おうかしら。この依頼でつまずくようなら今後もずっと薬草採取。優秀にこなせるなら次の依頼で腕試しね」
「わかりました。ではその薬草の情報を教えて頂けたりします?」
「もちろんよぉ~、ちょっと待ってね♪」
ガーリック支部長はウキウキした様子で書類棚から薬草の資料を取り出した。
「開墾隊からの情報を元に、この辺りで群生している薬草をまとめてあるのよ」
そこには紙に丁寧に描かれた植物の絵と情報が並んでいた。
「ヒロさんに採ってきてほしいのは…… まずはコレ、【ナオール草A】ね。これは回復ポーションの主原料だから、どこのギルドでも必ず常駐依頼で上限無しの扱いになっているの。リュックいっぱいに採ってきても買い取るわよ。あとは、この【ゲドーク草B】と、この【マヒセン草A】をお願いするわ。これらも基本的には常駐の依頼だから、採って来なくてもペナルティとかは無いから気負わなくていいわよ。何か質問ある?」
「とりあえず行ってみます。この辺りのメシッピ川流域の平原地帯と森の中ではどちらが生えてますかね?」
「もちろん平原の方が色んな意味でオススメよ。って何? キミは既に森の中に入る勇気が有るのね? これは本当に逸材なのかも知れないわねぇ。ただ、今は森の方は行っちゃ駄目よ。ちょっとどこまで本当かどうかは分からないけど、Aランクの危険な魔物の目撃情報もあったから警戒中なの。もう少し経って調査が進んだ後になったら活躍を楽しみにしてるわね、ヒロさん♪」
「あ、はい……では行ってきます……」
ガーリック支部長に大きく期待され、やや恐縮気味に役場を後にするヒロなのだった。
◇
1時間後。
ヒロは町から5kmほど離れた平原を歩いていた。
『わざと街道の通ってない未開拓の北西側に来て正解だったね。人の気配が全くしないよ』
『ここなら誰に見られることもなくヒロ流の狩りや採取がし放題だもんねー』
『うん。あんなちょくちょく馬車や人が行き交ってる街道沿いだと気が気じゃないからねー』
そんな会話をしながらも依頼植物の群生箇所を見つけるとすかさず近付いて採取作業に専念する。
『ねぇヒロ、なんか普通にしゃがんでナイフでせっせと草摘みしてるみたいだけどさぁ、魔法でもっと楽チンに採る方法とかないの?』
『あるのかも知れないけど、ほら、草って重なり合って生えてたりするし、根っこも必要素材だし、とにかく【フレーム】で囲いづらいんだよー。だったらこーやって丁寧に一株一株指で摘んでやさしく採取した方が効率いいだろ? 何より俺さ、DEXけっこー上げてるからか、自分じゃないみたいにこの手の作業の一連の動作が繊細且つ丁寧且つスピーディに出来るのが嬉しくて楽しくて全然苦じゃないんだよねぇ。しかもインベントリに【ナオール草だけ!】みたいに念じながらしまうからさ、……ほれ、これ見てよ~』
ヒロはインベントリから泥もホコリも一切付いていないピカピカの【ナオール草】を取り出し、嬉しそうに眺める。
『この、ひげ根の隙間までキレーに掃除されて土ひとつ付いてないナオール草……まるで芸術品だよなぁ』
ナオール草の根本をつまんでウットリと見つめるヒロ。
何と声をかけていいものかと黙るヒメ。
暫しの沈黙が流れていく。
すると
アンッ! アゥアン!
「うわっ! びっくりしたぁ~ ……ハナ起きたのかぁ……」
ハナが突然ヒロの体から飛び降り、尻尾をブンブン振りながら何かを訴えている。
『“私もパパの手伝いする!”だって』
「そうかそうか、いい子だねーハナは」
アンアンッアウゥアンッ!
『“私が薬草見つけるからパパは付いてきて!”だって』
「おぉ~マジの手伝いじゃないか! ハナは優秀だ♡」
アゥン!
『“えっへん!”だって』
「よぉ~し、それじゃあハナ、立派な薬草の生えてるところに連れてってね~」
アンッ!
軽快にひと鳴きするとハナは顔を地面に近付け、クンクンしながらどんどん進んでいった。
途中何株か痩せ気味のナオール草が見られたが、ハナは見向きもしない。
そうして5分ほど進んだ先で
アンッ!
と元気に鳴いた。
そして、あとに付いていたヒロは感嘆の声を上げる。
「うわぁ~これ全部ナオール草だよ! 一株一株がでっかいし、太くて立派ぁ~。ハナ、凄いねぇ~。ハナが見つけてくれたのはグレードが違うよ!」
アンッ! アゥ~アン!
『“抱っこして褒めて!”ってさ』
「あぁ、もちろんだよ~おいで♡」
ヒロがしゃがんで両手を伸ばすとハナは全力で胸元に飛び込む。
抱き包まれると満足気に丸まりながら尻尾を振り回し、ヒロの胸や腕に顔をコシコシと擦り付けるのだった。
「ハナ、今からサクッとこの群生スポットの収穫やっちゃうから、ハナは終わるまで遊んでていいよ♪」
アン!
ハナはひと鳴きすると嬉しそうに飛び降り、ヒロの近くをクンクンしたり、飛び跳ねたり、蝶々と戯れたりしていた。
『ヤバい。ハナが可愛過ぎて頭がおかしくなりそうだ。パパとか言われたし……んふふ……』
『ヒロ落ち着いて。生まれて間もない幼獣は、生き残るための武器として【可愛い】を持っているものなんだから、そんなものだと思えば正気を保てるはずよ!』
『分かってる。そんなことは百も承知なんだよ。でも……俺の脳内に何かが溢れ出るんだから仕方ないじゃないか。あとハナは性格も超可愛いし……』
『こりゃ暫く慣れるのを待つしかないかもねー(苦笑い)』
その後もハナは、次々に依頼品の群生地点を見つけ出していく。
そしてそのどれもが、最大サイズと言ってもいいほど立派なものだった。
◇
「いやぁ~。僅か3時間くらいでとんでもない量の薬草が採れたねー。ハナ、お手柄だったよ♡」
ン~アン!
『“次もいっぱい頑張るの!”だって』
「もぉ~愛い奴じゃのぉ。ほれほれ、ほれほれ」
ヒロはハナを抱き包むとこれでもかと撫で回す。
ハナは目を細めて幸せそうに顔を擦り付け、尻尾をブンブン振り回す。
愛情確認の時間はヒメが呆れるほど続くのだった。
そして……
クゥ~ン……クン……
『“パパの中に帰ってネンネする~”んだって』
ハナは抱き包まれたまま、スッとヒロの体に消えていった。
『あー至福だった。ちょっと落ち着こ。このままじゃ俺、ハナを失った瞬間に悲しみで我を忘れて世界を破滅させてしまいそうだわ。まずいまずい……』
『ふふ、ヒロの苦悩は暫く続きそうね♪ ところでどれくらい採れたの?』
『あぁ、えっとねー……』
■ナオール草A 最上級508株・上級33株
■ゲドーク草A 最上級30株
■ゲドーク草B 最上級116株
■ゲドーク草C 最上級22株
■マヒセン草A 最上級150株
『ってところだねー。改めてすごい量だよ。俺のDEX500とAGI200が火を吹いての全力集中採取だったしねー』
『ホントだよ、ヒロとハナちゃんは最高のコンビだったよ。あっという間にハナちゃんが上質な漁場を見つけて、あっという間にヒロが跡形もなく採取しちゃうんだからー。しかも最高ランクのものばっかりねー』
『途中から“あれ? これって掘り起こさなくても直接インベントリに収納できんじゃね?”って気付いてからは、もうチート作業だったしなー。あとはどーやってギルドに納品するか、だけど……やっぱインベントリの存在は絶対秘密にした方がいいと思うから、ミントン村で貰った【大きな布袋】に入れて持っていこうかな』
『それがいいと思うよ。あと、まさか全部は納品しないよね?』
『そりゃそうだよね、ナオール草100、他20ずつくらいにしようかな』
『それでいいと思いま~す』
◇
「驚いたぁ~。これだけの量、本当にあれから今までの時間で採ってきたの? しかも【ゲドーク草A】や【ゲドーク草C】まであるじゃな~い」
夕暮れ時、ヒロ達はガーリック支部長を訪ねていた。
「はい、運が良かったのか、町の西側の平原を探してみたら次々と見つかったんです」
「見所がありそうだとは思ってたけど、まさかこんなに熟練採取者並みの成果を上げてくれるとはねぇ。いや、熟練者でもこの質と量を5時間ちょっとで集めてくるのは無理ね。あなた何者なの?」
「いやぁー、ただの流れ者です。お金がなくて切羽詰まってたんで、必死になって作業したのが良かったのかも知れません」
「……まぁこちらとしては文句のつけようもない成果だから、何も言うことはないけど……」
「あのぉ、買取の方は……」
「あぁ、もちろんオーケーよ! ちょっと暫く待ってもらってもいい?」
「はい、待ちます」
ガーリック支部長は壁際の大きな作業台に薬草の山を運ぶと、一つ一つ確認していった。
「こんなにキレイな状態で納品する人は初めてよ。何? 川で丁寧に洗ったの?」
「まーそんなところです」
「最高の仕事ね。本来ギルド側でやっている洗浄の行程も含めてやって貰ってるようなものだから、ちょっと買取ボーナスを付けておくわね」
「……そーなんすか? ありがたいです~」
「薬草を選ぶ目もいいわ。太くて大きくて育ちもいい最上級のものばかり。あなた、明らかに経験者よね? ……ん~まぁいいか、これ以上の詮索はしないわ。ギルド連合の基本理念は【結果が全て】だからね。これからもよろしくね、ヒロさん♪」
「は、はい、よろしくお願いします!」
ニッコリ微笑んだガーリック支部長は、暫くすると奥の方に移動し、お金を持って戻ってきた。
「はい、お待たせ~。今回の買取価格は80000イエンよ」
「そ、そんなに貰えるんですか?」
「平均サイズのナオール草だけなら確実にこの半分以下なんだけど、あなたのは特別品質だったからねぇ。これでも生産者ギルドへの卸価格はもっと高いんだから遠慮せずに受け取りなさい。うちも儲かるんだから」
「ありがとうございます」
「またよろしくね!」
「こちらこそ今後ともよろしくお願いします!」
こうしてヒロの冒険者初仕事は無事終了した。
◇
『さぁ~て、お金は手に入ったけど、もう暗くなってきたなー』
『あんまり早く納品するとインパクト強すぎるだろうからって、時間つぶしに森に入って魔物狩りまくったりしてたからねー』
『あ、そー言えばレベル上がったんだった。ふたつも』
『ふたつも上がったんだぁ。どれどれ?』
名前:ヒロ
種族:人間[ヒト]
pt:0/120
Lv:32[2up]
HP:300
MP:300
MP自動回復:1秒10%回復
STR:50
VIT:200
AGI:300[100up]
INT:300
DEX:500
LUK:145[20up]
『今回はAGIを上げてみました』
『【必要経験値固定】の恩恵なのかな、コツコツと上がってくね』
『でもせっかく2時間以上狩りで時間ずらしてわざわざ夕暮れ時に行ったのに怪訝な顔されちゃったもんなー』
『まぁ、あのガーリックって支部長さん、冒険者の詮索はしてこないっぽいから、転生者かつ特殊能力者のヒロとしてはありがたいかもだよ』
『ガーリックさんの口ぶりから察するに、ギルド組織全体がどうやらそーゆー方針っぽいから、今後予想される長い旅の行く先々でもあんまり苦労しなくて済みそうでホッとしてるよー』
『良かったねー。で、話は戻るけど、もう暗くなってきたけどどーする? やっぱり宿?』
『だねー。町の入口は暗くなったら封鎖して緊急時以外通行止めらしいし、もう今から町をでるのも一悶着起こりそうだもんなー。かと言って各種商店はちょうど閉店時刻だろうし、もう宿しか選択肢が無いっちゃー無いんだよね』
ヒロ達は役場のある中央広場から、宿屋や食堂が集まっていた町の入口付近まで戻ることにした。
◇
『ん~、パッと見た感じだと宿屋は3軒ってとこかなー』
『そーだねー。どこにするの?』
『【うさぎの寝床】と【開拓館】と【メシッピ亭・センタルス店】かぁ…… ちょっと見て回ろうか』
『は~い』
20分経過
『【うさぎの寝床】はこじんまり経営。【開拓館】はまだ家を持てない開拓民のための安宿って感じ。【メシッピ亭・センタルス店】は安心のチェーン店。前世での俺のスタンスならば寝るとこなんか即決でチェーン店を選ぶ筈なんだけど、現世の俺は好奇心旺盛な冒険者。やっぱここは【うさぎの寝床】かな。アットホームっぽいし』
『さんせー! 私もあのほんわかした雰囲気が好き~』
意気投合した二人[ヒロ]の宿泊先は【うさぎの寝床】となった。
カランカラン
ドアベルの音とともに建物に入ると正面に小さな受付があり、三十代くらいの女性が座っている。
隣の空間は小さな食堂スペースになっており、その奥は厨房のようだ。
宿泊客らしき数人が雑談しながら食事をしていて、おいしそうなにおいがヒロの鼻をくすぐる。
「いらっしゃい、【うさぎの寝床】へようこそ♪ ここは初めてかい?」
おかみさんらしい女性が、人懐っこく挨拶する。
「はい。今日この町に来たばかりで冒険者をしています」
「おや、開拓民じゃないんだね。冒険者とは珍しいねぇ。うちの宿じゃ冒険者さんは初めてかも知れないよ。遠いところをありがとうねぇ。夕食はどうする? 簡単なものでいいならサービスしとくよ♪」
「あ、いえ、ちゃんとお金払いますので、今晩の夕食と部屋をひとつ、それと明日の朝食とでおいくらですか?」
「そうかい、ありがとうね。それだと4000イエンだね。持ち合わせは足りるかい? もし厳しかったら動物や魔物の肉と交換で割引サービスもしてるからね。いつでも相談しておくれ。できるだけ対応させてもらうからね♪」
「今のところは大丈夫です~。さっそくなんですが、今から食事お願いできますか?」
「もちろんだよ。ただ、今からだと選べるほどの種類はないけど、それでもいいかい?」
「はい♪ お任せします」
「はい♪ 承りました。あの奥の席でまってておくれ。今、料理長に美味しく作れって発破かけてきてあげるからね♪」
「は~い♪」
席についたヒロは目立たない程度にあたりを見渡す。
建物の中はいくつかのランタンで照らされていて、薄暗くはあるが目が慣れさえすれば不自由なほどではなかった。
テーブル周りを確認してみると、おかみさんのちゃんとした経営姿勢を表すかのように掃除が行き届いている。
ヒロとヒメは“当たりの宿だ♪”とか“飯も美味いに違いない!”とか“風呂は絶対無いだろうね~”などと、いつものように念話で盛り上がるのだった。
「はぁ~いおまちどおさま~。どうしたんだい? 嬉しそうな顔して。何かいいことでもあったのかい?」
ヒメとの念話で盛り上がり、ニヤニヤしていたヒロは慌てて取り繕う。
「あっ、いえ。おなかがペコペコで。いいにおいだなぁ~なんて思ってました♪」
「そうかいそうかい、だったら気に入ってくれるといいんだけどね、本日のディナー、【ビッグラビットのもも肉のソテー・ダリル酒と蜂蜜のソース】だよ。あとは【丸パン】と【ブロコリルのポタージュ】。うちの料理長の得意料理さ。丸パンはおかわり自由だからね~。さぁ召し上がれ♪」
それは、ここ暫く塩味の焼き肉しか食べていなかったヒロにとって、夢にまで見た【料理らしい料理】だった。
『ヤバイよヒメ! 丸パンはちと硬めだけどちゃんと温めてあって、千切って口元に持ってくると小麦の甘い香りが鼻の奥まで広がるし、ブロコリルのポタージュは野菜の旨みがトロトロに溶け出してて超クリーミー! メインのウサギ肉のソテーはこんがりきつね色にソテーされてて、外カリカリの中ジュワァ~なやつで、甘酸っぱくコクのあるソースも最高の塩梅だぞ! これだけでもうセンタルスに来て大正解だったと言えるっしょ!?』
『この店にしたの、大正解だったねぇ~♪』
あっという間にヒロの皿は空になっていくのだった。
◇
『まさか、食後にハーブティまで付いてくるとは……』
夕食を堪能したヒロは、半ば放心状態で悦楽の晩餐を思い返していた。
そこへおかみさんが様子を見にやって来る。
「どうだった? うちの料理は口に合ったかい?」
「もぉ~最高でした! ここんとこずっと旅が続いてたもんですから、こういう本格的な料理は久しぶりでして、もぉー気絶するくらい美味しかったですよ~♪」
「嬉しいこと言ってくれるじゃないか♪ ちょっとアンタ! 気絶するほど美味しかったって言ってくれてるよ!」
すると奥の厨房から照れくさそうにドワーフらしき容姿の中年男性が現れた。
「いちいち呼ぶなよ、恥ずかしいからよぉ。オレは人見知りだって言ってんだろーが」
「なーに言ってんのさ、アンタの仕事をベタ褒めしてくださるお客さんがいらしたんだから挨拶くらいしときなよ! あ、お客さん、これがうちの料理長のゼキーヌって者です。あと申し遅れましたが、私がこの【うさぎの寝床】の主人のラビと申します。今後ともご贔屓に♪」
「ゼキーヌさんとラビさんですね、こんな美味しい料理は産まれて初めて食べました! ありがとうございます♪」
「ほら、まだ言ってくださってるよ、アンタもなんか言いな!」
「ま、まぁ、オレの料理はうめぇから無理もねぇが、そんだけ喜ばれっとこっちも嬉しくなってくるってもんだ。まぁこんなので良かったらいつでも出してやるから、また来るといいぜ」
「はい、実は…… この町では1泊だけしてからまた旅に出ようかと思ってたんですが、ゼキーヌさんの料理を頂いて今決めました! あと何泊かさせてください♪」
「あらあら、アンタの料理も捨てたもんじゃないわねぇ」
「うるせぇ、この宿支えてんのはオレの料理だぞ!」
「なに言ってんだい、アタシのおもてなし精神あっての料理でしょうに!」
「まぁまぁ、お二人とも、どちらも素晴らしいですから仲良くしてください(笑)」
「あらら、ごめんなさいね、気を使わせちゃって。実はいつもこんな感じで賑やかにやっているのよぉ」
「全くよく言うぜ。あ~っと、ところで……」
「あ、ヒロと言います」
「おう、ヒロさん、アンタ冒険者なら魔物を狩ったりもするのかい?」
「はい、今日は薬草の採取でしたが、魔物も狩りますよ」
「だったらビッグラビットを手に入れた時はうちに持って来なよ。ちゃんとした値段で買い取ってやるからよ」
「ありがとうございます、他にゼキーヌさんが欲しい素材とかありますか?」
「そうだなぁ、カピバールなんかも上手く処理すりゃ食えるんだが…… やっぱ同じ狩るなら遥かにビッグラビットの方が旨味が多いな。このあたりの平原だとウサギ一択だな」
「森の魔物とかはどうです?」
「……オマエさん、……森に入ったりするのかい?」
急にゼキーヌの表情が険しくなった。
「……えっと、冒険者仲間が何人か集まった時なんかは森の入口あたりを探索したりするもので……」
「悪いことは言わねえ。他所じゃどうだか知らねぇが、このあたりの森は当分近寄らない方がいいぜ。つい最近自警団の奴に聞いたんだけどよ、何でも、街道から10kmも入らねえ森ん中でサイクロネプシスって伝説みてぇなAランクの化け物が目撃されたんだとよ。本来ならずっと遥か西の森の奥にしかいない筈の化け物がこんなところに現れたって大騒ぎだったんだよ。ヒロさんみたいな普通の体格の奴なんかひと睨みで殺されちまうとんでもねぇ魔物だ。自警団の連中もそれ以来森には入らず、入口付近をピリピリムードで巡回するしか無いってのが現状なんだよ。分かっただろ、当分の間は見通しのいい平野でウサギ狩っときな。まぁ、そのウサギにしたって普通の奴なら命がけの相手だけどな……」
「……はぁ。わかりました」
「気を悪くしないでくれよな、命はひとつっきりなんだから用心に越したことは無ぇんだ。オレの料理を褒めてくれた奴に簡単に死なれる訳にはいかねぇからな」
「お気遣いありがとうございます。当分は平原で狩りしますので心配しないでくださいね」
「あぁ、それがいい。それじゃあな、オレは厨房に戻るわ」
「明日も楽しみにしてますね!」
「おぅ、まかせとけ♪」
ゼキーヌは鼻歌交じりに厨房に消えていった。
「ふふふ、あの人ったら、ヒロさんのこと相当気に入ったみたいよ♪」
「え? そーなんですか、なんか嬉しいなぁ」
「あの人があんなにお喋りして鼻歌まで歌うのは年に1回あるか無いかの珍事だからねぇ」
「なら、なおのこと言い付けを守って明日からも平原を散策しますね」
「それがいい、命が一番だよ。さぁ部屋へ案内しようかね。お湯は要るかい?」
「はい、お願いします」
ヒロは部屋に入ると、お湯で体を拭き、ベッドに横になった途端睡魔に襲われ、すぐに意識を手放してしまうのだった。
こうしてヒロ達の異世界生活6日目は終わった。
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