3日目 魔法・スキル・ゴブリンの群れ





 ヒロが異世界に転生して3日目の朝、ヒロの目覚めは快適なものだった。

 天井の【照明魔法】は僅かしかMPを消費しなかったためそのまま放置し、入口の【蓋】を片付ける。


『おはよ〜ヒロ、昨日はお疲れ様でした。凄い成果だったみたいだね!』


『ヒメおはよ〜。もう最後の方は意識も朦朧としててあんまり覚えてないんだけどさぁ、とにかくベッドが無事完成して良かったよ~』


『寝心地はどうだった?』


『サイコーだね。ぐっっっっすり眠れたよ。ただ俺は冒険者であり挑戦者であり快楽の探求者。これからも寝る前の微調整は繰り返して行くつもりさ。健康は睡眠からって昔、お婆ちゃんがよく言ってたよ。“ショートスリーパーなんぞは鬼に食われるかサーカスに売り飛ばされるんじゃ~”ってのが口癖だったなぁ~』


『そうかそうか。調子良さそうで何よりだよ。なんか新たに魔法も覚えたみたいだしねっ』


『おっとそうだった。ステータス確認しないと』




名前:ヒロ

種族:人間[ヒト]


pt:63


Lv:17[1up]

HP:200

MP:200

MP自動回復:1秒10%回復


STR:50

VIT:100

AGI:100

INT:200

DEX:150

LUK:59


魔法:【温度変化】【光量変化】【錬金】


スキル:【インベントリ(ヒメのなんだからね!)】




(なんか錬金連発してて思ったけど、魔法ってINTはもちろんだけど、DEXがめっちゃ大事なんじゃないかって感じなんだよなー。AGIも強敵と連戦みたいなシチュエーションだと上げなきゃいけないんだろうけど、今の俺の状況だとやっぱ【正確さ】は何よりの武器だろ。魔法をイメージしてる時の集中力も多分DEX依存だろうしなー。よし、ポイントはDEXに振ろう!)




pt:0


Lv:17[1up]

HP:200

MP:200

MP自動回復:1秒10%回復


STR:50

VIT:100

AGI:100

INT:200

DEX:200[50up]

LUK:72[13up]




(よし、それっぽくなってきたぞ。あとすげー欲しい能力があるんだけどなー。そんなのあるのかな? とりあえずダメ元でお願いイメージしてみっかな)


(……あの、これから沢山の種類の魔法を発動していくことになると思うんですが、フレームとか魔法の種類とか魔力量とかをセットにして、名前付けて、その名前を念じればひとつの魔法の一連の操作が自動で再現出来て完成する、みたいな、便利に省略できるマクロ的なスキルってあります? あったら欲しいです! どなたか!)


テッテレー!


(来た! 嘘みたい♪)


 ヒロがステータスを確認すると


スキル:【ショートカット】【インベントリ(ヒメのなんだからね!)】


 スキル欄に新しく【ショートカット】というものが加わっていた。

 すかさずそのショートカットに意識を集中するヒロ。すると



ショートカットリスト


■蓋       :温度変化

■レーザーナイフ :温度変化

■照明      :光量変化

■緩衝材     :錬金



(おぉ~。もう登録されてるぅ~。しかもデフォルト値固定か最終使用時上書きかが選べるみたいだ。便利だなぁ。でもまぁ基本的には、大まかな形と魔法の種類と強さを名前付きで登録しておいて、発動させた後で調整する、みたいな感じだろうな。それと、無理だろうと諦めていた【錬金】までショートカットできるのには驚いた。これはかな~り今後の展開が楽になるぞ。よーしチェック終了!)


『ヒメ、終わったよ!』


『なになに? どんな魔法が増えたの?』


『えっとねー、……てかヒメさ、』


『なに?』


『俺のステータス画面、ヒメはなんで見れないんだっけ?』


『ん~~プライバシーの尊重?』


『え? てことはさ、分かろうと思えば何でも分かるの?』


『分かろうと思えば何でも分かるよ。私神だからね♪』


『じゃあさ、この機会に俺のステ画面共有しようよ! あと視覚とか聴覚とかもいいよ?』


『感覚器官は遠慮しとくよ~。同一感が強すぎて楽しくないもん。ちょっと酔うし。やっぱヒロとは別々の存在だからこそ通じ合った時の喜びもひとしおなのであってだねぇ~。わたしは私、ヒロはヒロ、でもふたりは一緒! みたいなのがいいんじゃないかぁ~♡』


『んじゃステータス画面だけでもよろしくね』


『は~い。今繋いだからもう見れるよん。ではどれどれぇ~』




名前:ヒロ

種族:人間[ヒト]


pt:0


Lv:17

HP:200

MP:200

MP自動回復:1秒10%回復


STR:50

VIT:100

AGI:100

INT:200

DEX:200

LUK:72


魔法:【温度変化】【光量変化】【錬金】


スキル:【ショートカット】【インベントリ(ヒメのなんだからね!)】




『ほぉ~かなーり成長してるねぇ~。MP自動回復の恩恵が極まってるんだろうけど錬金習得の早さを考えてもヒロはきっと魔法の才能あるんだと思うよ~』


『あのさ、この世界の魔法系の冒険者ってどれくらいのステータスなのか知ってる?』


『知らないけどぉ、確か、一般人の四十歳くらいの人のHPが200~300くらいで、MPが50も無い人が殆どで、各種能力が平均50~80くらいで、冒険者とか才能のある人だとその2倍だとか4倍だとか10倍だとか……ただ職業とかによっても全然違うらしいから、結局【人による】としか言えないのかなぁ。ごめんね、なんかモヤモヤしてて』


『あぁ、いいよいいよ。充分参考になったよ。でも、MPが50も無い人が多いってのは何か理由があるの?』


『多分だけど、まず魔法の使い方とか伸ばし方とか工夫の仕方の研究があまり進んでないんだと思うの。そもそもこの世界の人達はMP20とか30とかで生まれて来て、一回空っぽになると回復に一晩かかるでしょ? ヒロみたいに一日中でもMP消費し続けられる人と比べたらそりゃ成長しないわよ。あまりの効率の悪さにみんな【物理攻撃の道】をえらぶみたいよ。だからこの世界で魔法を使い続けている人種っていうのは、【ダンジョンガイド】みたいな冒険者の補助的な仕事の人達が主流みたい』


『まぁ明かりとかちょっとした熱源とか、そういうことなのか……』


『だからヒロ、あなたはまだこの世界で一人の人間とも出会ってないけど、すでに化け物じみた魔法の使い手になってるんだから、今後人と接する時はそのあたり気をつけてね!』


『そうだね、気軽に見せない方がいいかもね』


『だねぇ~』


『さーて、朝飯食おうかなー』


 ヒロは洞窟の中間にある食事岩に移動し、グレートボアの肉をインベントリから取り出す。


『おっ今回はイノシシ食べるんだ?』


『まずは一通り把握しておきたいからねー』


 転生前、好みの飲食店を見つけると、最初に気に入ったメニューは一旦置いておき、他にもっと好きなメニューがあるのではないかと探り続けていた過去が思い返されるヒロだった。


 ヒロは前日同様食べる分だけを手元に残し調理を始めた。

 ジュウジュウという音とともに、いい匂いが辺りに広がる。


(こ、こいつ……グレートボアもめちゃうめぇ。日本で売ってた豚肉より柔らかくてジューシーで旨味も強い。デーモングリズリーほどの衝撃こそ無いけど、充分美味しい高級肉だわ。こりゃしばらくは食の心配しなくていいな)


 500gのグレートボア肉は瞬く間にヒロの胃に消えていった。


『ねぇヒロ、今日は何するの?』


 肉100%の朝食を終え、うがい、洗顔、掃除と済ませたヒロにヒメが声をかける。


『そうだなー。住居と水と食料と快眠に目処がついたから……やっぱ早めに対策しておきたいのは【回復】だな!』


『いいと思いまぁ~す』


 ヒロはいつもの瞑想に入る。


(確かジジイは【治癒力変化】ってのも言ってたから、覚えるのは簡単なんだと思うんだよなー。だけど……治癒の実験するってことは、前提として怪我しないと始まんないんだろうし……やだなぁ……怪我すんの。……待てよ、逆の発想で治癒力低下ってやってみたら……駄目だ駄目だ。不治の病とかウイルス感染とか壊死とかしちゃうかもだよ。……うーん。とりあえず小さい擦り傷でもわざと付けてやってみっかなぁ~)


 意を決したヒロは洞窟入り口付近を徘徊し始めた。


(鋭利な刃物っぽい石でも落ちてればいいんだけどなぁー。案外この世界……っつーか文明の無いところって鋭利なモノが無いんだよなぁ。昨日獲ったデーモングリズリーの爪とかもデカ過ぎて先っぽそこそこ丸かったもんなぁ。カエルのトゲは猛毒って言ってたし……あっ! そうだ、トゲ! 植物なら【鋭利】関係得意っしょ! トゲとか有りそうだし、【葉っぱはカッター】ってことわざも昔から有るし、そうだ植物だ。植物のこと忘れてたよ~)


 近くの草むらや藪を丹念にウロついてヒロは、結果、いい感じのトゲと葉っぱを手に入れた。


(まずはこのトゲトゲのノコギリみたいな葉っぱだな。葉っぱでありトゲでもあるってところが気に入った)


 ヒロは長径15cmほどで縁が細かく尖った葉を凝視する。


(これならちょっとだけの傷とか付けやすそうだぞ)


 ギザギザの葉を右手に持ち、慎重に左手の甲に近付け、軽く勢いをつけて押し引いてみる。


(痛っ! ……て、当たり前か)


 ヒロの左手甲には小さな切り傷ができ、血が滲んでいた。


(さぁ、どうなるのかなぁ? ……フレーム!)


ピピ


(治癒力上昇!)


テッテレー!


(いや普通に覚えたなぁ。しかもこれでもかってくらい魔力込めちゃったからか、一瞬で治っちゃったし)


 治癒力上昇の魔法が発動した直後、ヒロの左手甲の小さな傷は見事に塞がっていた。


(あっとステータスは……)


 慌ててステータス画面を開くヒロ。

 そこには、MP:200 の表示があった。


(MP回復速度が速すぎて、今どれくらい魔力使ったのか分からんなぁ。ログとかあればなぁ)


ピロン


 ヒロのステータス画面にMP消費のログが表示された。


(ズコッ、基本性能にあったのね。え~っと……ほうほう。今の【治癒力変化魔法】で139のMPを消費したのか…… ただ、今の傷程度なら50くらいでも治ってたんじゃないかとも推測されるなー。て、あんまり数値にこだわってても結局俺の加減の問題だから、その時の調子とか感情の起伏でもバラけるんだろうなぁ。あと……MPの数値だけ【朝のテレビの時刻】みたいに視界の左上とかに常駐してくんないかなぁ。……出ろ!)


ピロン


(出たわ♪)


 ヒロの視界の左上隅に薄く【MP:200 】と表示された。


(どんどん便利にカスタマイズされてくなぁ。助かるぅ~)


 その後、ヒロは【治癒力変化魔法】の実験を恐る恐る繰り返した。

 ギザギザの葉を強く押し付けてみたり、ナイフのように鋭利な葉を引いてみたりした。

 ナイフのような葉で強く引いた時が一番傷が大きかったが、それでも傷は治った。


(思ってたより治るわ。あのナイフみたいなので勢いつけちゃった時はどうなる事かと思ったけど、それでも50MP消費くらいで数秒で治っちゃったし。ドクドク血が出てヒメとパニックになりかけたのは二人のいい思い出にしておこう。でもこれって、どれくらいの傷が治るのかは今後の課題だよな。部位欠損とか体真っ二つの状態が治るとはとても思えないし。昔から不死身設定の作品とかで【無くなった腕】が再生したりするのあったけど、首が取れた場合って、やっぱ脳ありきで頭側が主体になって首からニョキニョキ再生して、首から下のパーツはその場で腐ってくのかな。さすがに縦真っ二つだと脳が損傷してるから無理だろう。いやでも細胞レベルから再生して復活するパターンも……ブツブツ……ブツブツ……)


 ヒロの治癒力変化魔法の実験は予想以上の手応えとともに一旦終了した。


(あとはその時々に傷に応じて是々非々で対応していくだけだな)


 満足気に両腰に手を当て空を見上げるヒロ。

 そして、ふと足元の血の付いた葉に目が行く。


(しかし…… いい切れ味だったなぁこのナイフみたいな葉っぱ。これで硬かったらマジでナイフだぜ)


(…………ん?)


 葉を二度見するヒロ。


(これで硬かったらマジでナイフだぜ…… これで硬かったらマジでナイフだぜ…… これで硬かったらマジでナイフだぜ………… よし、やってみよう)


 それから20分後。

 ヒロは30cmほどのナイフに似た形状の葉を大事そうに手にしていた。


(とりあえずこの辺りで一番いい形[※ヒロ調べ]のナイフみたいな葉っぱはゲットできた。これを硬~く硬~く出来れば、夢にまで見た“ナイフ、ゲットだぜ!”だぜ~。絶対にこのプロジェクトは成功させたい。人は何と欲深いものなのかとも思うが、そこは人だからご勘弁だ。もし俺が神ならもっとストイックに生きていると思う。パーソナルジムとか行って。グリーンスムージーとか飲んで……)


 葉を持って暫く黙り込む。


(よし、とりあえずやってみよう。何かの上に置いたりすると境界線が難しいから葉っぱの根本を持って空中で固定しよう。そんでイメージだ。さっき感じたのは、温度変化魔法や光量変化魔法と比べて治癒力変化魔法の方が明らかに【イメージ力】を必要としていたってことだ。つまり、フレームの中に元となる物質があって、その物質の状態を変化させるってのはかなり難度が上がるってことなんだろう。ここは【錬金】並みの集中力で【イメージ】しないとな……)


(フレーム)ピピ (硬度上昇!)


テッテレー!


(んよし! 200MP思いっきりぶっこんだぞ。イメージもかなり出来たはずだ)


 急いで葉を確認する。


(ん~まぁ硬くはなってるな。でも治癒力変化の時に比べると効果が明らかに低い。これってめっちゃ掛け直しても大丈夫なのかな? まぁMP無限だしやってみっか)


 ヒロはナイフ形状の葉に50回ほど200MPをお見舞いした。


(おぉ。硬い。かなり硬い。根元の方を持ち手みたいに握りやすく加工しておいたのも成功だ。これなら肉切る時とかちょっとした作業にはバッチリだわ。それにしても【硬くする】って燃費悪ぃなー。あと……硬くなるだけで別に重量が重くなるって訳じゃないんだな…… もっと刀身にあたる部分が重いとより刃物っぽい重量感っつーか持ち味になるんだけど……重量感? ……重くなる…… これも試してみっか)


 改めて親の敵のように葉っぱナイフを睨みつけるヒロ。


(フレーム)ピピ (重量上昇!)


テッテレー!


(習得はできたけど、やっぱりこの手の魔法は効果が薄いわ。“気持ち重くなった?”くらいしか変化してねーし。さてさてどんどん掛けますか)


 ヒロは葉っぱナイフに15回ほど200MPをお見舞いした。


(おぉ、出来た! 持った感じも硬さも欲しかったナイフそのものだ! これで今日からの異世界生活がより潤うぞ! イェーイ♪)


『ヒメ見ててくれた?』


『見てた見てた! すごいじゃんヒロ、次々魔法覚えてさぁ。ちょっと感動しちゃったよぉ~。神であることも忘れて~』


『ステータスも……ほら』



魔法:【温度変化】【光量変化】【硬度変化】【質量変化】【治癒力変化】【錬金】



『すごぉ~い! すのぉ~い! すもぉ~い!』


『あ、重くするやつは【質量変化魔法】なんだ。今後気をつけようっと』


『ナイフもかっこいいねぇ。てか、やっとお肉切れるね♪』


『そーだね。レーザーナイフもいいんだけど用途が超限られるからうまく使い分けるよ』


『ヒロ頼もしいぃ~』


『あとちょっと気になることっていうか検証上の疑問が残っててさ』


『どんな?』


『俺さ、フレームの中の物質の硬さとか質量とかを変化させたじゃん?』


『うん』


『で、その変化は魔法が終了してフレームが無くなった今でも効果として持続してるじゃん?』


『だね。多分半永久的にそのままだろうね』


『ところがだ、治癒力変化魔法でも同じように俺の左手甲にフレームを重ねて魔法を打ち込んだのに、治癒力はリセットされてたんだよ。どんどん治癒力が高くなってそのまま永遠に固定されるって訳じゃなかった。治る度に普通の手に戻ってた。あと温度変化魔法ではフレームの外に温度が漏れないのに対して光量変化魔法だとフレームの外に光が漏れまくってる……』


『ふむふむ』


『これって矛盾してない? なんでこんな不規則なことが起こるの?』


『異世界に転生して魔法なんてものを行使しておきながら矛盾に悩んでるってヒロらしいねぇ。でも答えは簡単だよ♪』


『え? なになに?』


『それはね、』


『…………』


『あなたがそうイメージしたからでしょ♪』


『…………え?』


『強くて正確なイメージは神様に届いて日夜ジャッジされるの。それが論理的に整合性が取れているかどうかではなく、そのイメージが強くしっかりとしているかを最優先の判断材料としてね』


『そ……そうなの?』


『元々魔法なんて科学や理屈を超えるために出来たものなんだから、いくら頑張って考えても魔法を理屈で解き明かすことなんて出来ないのよ』


『まぁ、確かに……そうかも……』


『ヒロ、あなたはこの世界の主人公なの』


『…………』


『どんな世界の神様も、主人公のために出来るだけのことをしてあげようと帳尻を合わせてくれているものよ。だってそれが神様の仕事であり楽しみなんだし、そもそも主人公を選んだのは神様なんだから』


『うん』


『だから、世界が我儘に回るように、主人公のイメージを出来るだけ具現化させてあげたり、無理のあるオーダーを無理に無理を重ねて押し通したり、いろんなところにリミッターかけたり、微調整したり、圧倒的優位になっちゃったプレーヤーを弱体化させるために仕様変更したり、直接強さに結びつく課金アイテム次々リリースしたり、それはそれは大変なのよ』


『おいおい』


『まぁ途中からお茶目エピソードも入れてみたけど、とにかくこの世界の法則は、神に選ばれた主人公のイメージによってのみ凡庸な複製を超えていく! はずなのだから、あなたは前世で染み付いた固定観念に囚われずにたくさんのイメージを神様に届ければいいのよ。ヒロまだ3日目だぞ! 私と千年生きるんだからもっとデレッとしてよ!』


『ちょっと引っかかるところもあるけど思いは伝わったよ。ヒメありがと』


『だいじょーぶ、創造、破壊、傍観、苦悶、模倣、博愛、ほかいろいろ、ヒロがどんなタイプの主人公を目指そうと、私はずっと一緒だから。これからもヨロピコねん♪』


 こうしてヒロ達の異世界生活3日目の午前中が終わった。





 異世界生活3日目の昼下がり、ヒロはアジトにいた。


 因みに【アジト】とは拠点にしている洞窟のことで、『カックイーからそう呼ぼうぜ!』とヒロが言い出した。


 そして彼は今、ベッドに仰向けに寝転んでいる。

 ブラッディダガーを利き腕の右手に持ち、角度を変えたりしつつ、不敵な笑みを浮かべてゴロゴロしているのだ。


 因みに【ブラッディダガー】とは午前中に鋭利な葉っぱから作ったナイフもどきである。実験で手を切ったことから“俺の血を吸った悪魔の武器だ……”などと呟きつつヒロが名付けた。元が葉っぱだけに極めて低スペックかと思われたが実際はヒロの魔力が13000以上注ぎ込まれた逸品であった。



■ブラッディダガー

ザングベリアの葉から生成されたナイフ。

刀身:18cm

全長:33cm

重量:350g

備考:生物由来の靭やかさとアダマンタイト級の硬度を併せ持つ逸品。切れ味は低い。



『ちょっとヒロォ~、いつまでベッドでゴロゴロしてるのよぉ。まだお昼よぉ?』


『ごめんごめん。実は一度どっぷり浸かってみたかったんだ。なんとか病に』


『なに訳のわかんないこと言ってるの? 暇だったらレベル上げにでも行こーよぉ』


『そこなんだよ』


『な、なにが?』


『俺、今、悩んでてさー。もちろん【ひと狩り行きたいぜ欲】は強いんだけどさ、実はその前にもう一つだけ、どうしても手に入れたいものがあるんだよ!』


『もう薄々分かってるけどね。アレでしょ? 日本人はどーたらってやつでしょ?』


『そう、もう言っちゃう! フロです! またの名を風呂!』


『まぁヒロの好きにすればいいんだけどさ、ひとつアドバイスさせて貰うとね、今のヒロのステータスのままでは苦戦するんじゃないかと思うんだよねぇ』


『う、それはやっぱり魔法能力的な?』


『うん、風呂造りってそれなりにスケール大きい作業でしょ?』


『まぁねぇ』


『作業効率を考えたら【INT】と【DEX】を優先的に上げて、あと【MP】と【AGI】も大事よねぇ。コツコツ長時間続けるためには【VIT】も必要でしょ?』


『まーたくさん能力上げないとってことだよね』


『そうそう。だってヒロったら3日目にして【普通の主人公が数々の苦難を経て領主様から譲り受けることとなった屋敷にどうしても付けたいって駄々こねて大枚叩いて設置するモノ】を欲しがるんだから当然スペックも高くなっといてほしいじゃない? 心配だし』


『そんなもんかね。じゃあやっぱりまずはレベル上げかな』


『わ~~い!』


『因みに今回も、狙うのはグングニル毒ガエル?』


『う~んそうねぇ~カエルもいいんだけど、今日は【ビッグラビット】を狙ってみない?』


『でかいウサギなの?』


『まぁ名前そのままの魔物ね。ずんぐりむっくりの大きなウサギでね、毛色は茶色。敵認定されると体当たりしてくるから気をつけてね。ただ決して素早い魔物ではないから今のヒロなら対処出来ると思う。特典としては、実はこの子も美味しいと評判なのです♪』


『おぉ、クマ、イノシシと来て今度はウサギか~。楽しみだなぁ』


『倒し方はやっぱり温度変化で行くの?』


『そこなんだけどさ、ほら、温度上昇だと魔物が焼けちゃって損傷が激しくなりがちっしょ?』


『まぁうまく調節してもやっぱそこそこ焦げるでしょうねー』


『そこでさ、今回は【温度低下】を試してみようかと思ってるんだ』


『おぉ~おもしろいかもねぇ~』


『まだ確信は無いんだけど、それなりにDEX上げてきたし、我ながら結構素早くフレームの生成と移動が出来るようになってきてるんだよね』


『ふむふむ』


『それをうまく動かしながら魔物の【頭部】に合わせて【温度低下】を発動出来ればさ、脳ミソを凍らせて倒せるんじゃないかと思うんだ』


『おぉぉ。さすがエリート。ヒロってば、あえてのマニュアル訓練?』


『マニュアル訓練?』


『え? あ、ほら、【オート追尾】使わないで手動でやる的な表現で言ったんだけど……』


『オート追尾!? なにそれ!』


『ん~と、そうか、知らなかったか。確かに“オート追尾使わなきゃ!”って局面、特に無かったかもね~』


『それどーやってやるの?』


『ヒロなら簡単だよ。さっきの話だったら、魔物の頭に向けて、“ここにこんくらいのフレームを固定してオート追尾しろ!”みたいにイメージするの。そうするとフレームが頭にくっついたまま、どこまでも追っかけていくの』


『それめちゃめちゃいいやつじゃん! すぐやってみるよ!』


 そして急遽、【オート追尾練習会】が開かれることとなった。

 ヒロは筋が良く、30分ほどで飛び回る小鳥にフレームをロック出来るようになった。


『オート追尾はもう大丈夫みたいね。ではそろそろ狩りに行きますか?』


『お~~し、れっつらごー!』


『いぇ~~~い!』


 こうしてヒロ達はレベル上げに繰り出したのだった。





 異世界生活3日目の昼下がり過ぎ、ヒロ達はワクワクしながら森の中を移動していた。


『この森って、森の割には魔物が薄めなのよねー』


『あまり遭遇しないってこと?』


『うん。とか言ってたら居たよ、ヒロ。3時の方向の木の根元に【スライミー】よ!』


『お、あれは……』



■スライミー

世界全土に生息する最もポピュラーな魔物。

体長:40cm

体重:6kg

備考:液状の魔物で捕獲が難しい。体液は様々な素材として利用される。



『やっぱり序盤に出会うんだね、スラちゃん。ではいただきます♪』


(フレーム)ピ(温度低下!)


ピキュゥゥゥ……


 スライミーは体中を凍らされ動かなくなった。


『なんか申し訳なくなるくらいかわいい断末魔だったな』


『てゆーかヒロ、これスライミーの理想的な捕獲方法かもよ。普通は無傷で捕まえるの難しいし、経験値も低いから人気無いんだけど……このやり方なら完璧だよ! てか完璧に凍ってるよ…… 板氷みたい』


『脳ミソ無さそうで無理かと思ったけど死んでくれて良かったよ』


『全身凍らせたら脳もミソもなく死亡確定でしょ』


 ヒロは凍ったスライミーをインベントリに収納した。


『ところでヒメさ』


『ん? 何? ヒロ』


『ヒメがちょいちょい使って助けてくれるその【レーダー的な能力】とさ、【洞窟の塩とか魔物のデータを教えてくれるその知識】、ちょっと思い当たる事があるんだけど……』


『…………ぎくぅ』


『分かりやすいな。それって異世界転生者の必須アイテムと言われる、地図スキルと鑑定スキルなんじゃない?』


『ぎくぎくぅぅぅぅ』


『それってもう“そうです”って言ってるようなもんだよ~』


『バレちゃあしょうがねぇ。そうなのよ。隠しててゴメンねヒロ。嫌いにならないでぇ〜』


『なんで隠してたのさ?』


『うぅぅぅ。悪気は無かったのー。ただヒロの役に立ちたかっただけなのー。んで少しでも私の素の能力が凄いっぽく見られたくて神スキルってこと隠してたのー。“いいスキル持ってるねぇ~”じゃなくぅ、“良く分かったねぇ”とか“良く知ってるねぇ”って思ってほしかっただけなのーー。うぅぅヒロー嫌いにならないでぇー』


『なるわけ無いじゃんヒメ。たくさん助けてくれたしパートナーでしょ?』


『ヒロやさしぃーヒロ好きぃ〜。えへへ。バレちゃったからヒロも使えるようにしてあげるね♡』


『え? ん〜。いや、別にいいよ』


『へ?』


『いや、今のままの感じで助けてくれればそれで問題無いでしょ? 俺、何気にヒメ経由でガイドされんの気に入ってるしさ、ヒメが面倒じゃなければこのままで……』


『面倒じゃなぁーーい!! ヒメがんばる!!』


『よ、よろしくね』


 こうしてヒロは異世界生活3日目にして、事実上、異世界三種の神器と言われる【インベントリ】【地図】【鑑定】スキルを手に入れた[無償レンタル出来ることになった]のだった。

 その後二人の狩りは散発的ではあるが順調に進む。


『ヒロ、10時の方向に【マンドラゴンドラ】よ。あの白い木の左に生えてる真っ赤な草』


『あれ、魔物なの?』



■マンドラゴンドラ

根菜に似た姿をした魔物。地中から引き抜くと蓄積した恨みを大声で叫び続ける。噛みつかれると暫く動けなくなる。

体長:地表40cm 地中50cm

体重:1.7kg

備考:地表の部位は真っ赤な草。



『こいつって、引っこ抜かずにこのまま倒してもいいの?』


『大丈夫だと思うよ。特に利用価値も無いみたいだし……』


『おーけー』


(フレーム)ピピ(温度低下!)


ォォォォォォォォォオオオ……


『なんか地中から凄いおぞましい声が響いたね……』


『地中でも嫌な感じだね、もう見つけても無視しようよ』


『そうだね』


 5分が経過した。


『ヒロ、ついに見つけたよ、2時の方向20m先に【ビッグラビット】!』



■ビッグラビット

大きなウサギ型の魔物。突進して体当たりする。

体長:1m

体重:85kg

備考:毛皮や肉は素材として取引される。肉は美味。



『あっち向いてて頭が見えないなぁ。そ、それにしてもデカいわ』


『あれでも普通サイズよ。大物は200kgまで育つみたい』


『それもうモンスターじゃねぇか……』


『まぁ、魔物なんだけどね』


『あっ、そうか、同じような意味だよな』


『ヒロ、ウサちゃんがこっち向きそうよ!』


『ウサちゃんて……』


(フレーム)ピ(温度低下!)


キュッ……ドサッ


 ヒロが念じると一瞬だけ悲鳴を上げてビッグラビットはその場に倒れた。


『速い! 速いよ。やっぱ脳ミソ凍結は抜群に効くみたいだ!』


『ヒロ、もう完全に勝ちパターン見つけたわね。このまま順調に狩って行けば近いうちに私達はこの森の食物連鎖の頂点に君臨できるわよ!』


『おぉ~、行こうぜ頂点に!』


『イェ~~~イ!!』


 20分が経過した。


『今度は【ピンクスライミー】よ、正面5m。さっきのスライミーと同じ感じでオッケーよ』



■ピンクスライミー

スライミーの変種。ピンク色をしている。

体長:42cm

体重:6kg

備考:液状の魔物で捕獲が難しい。体液は様々な素材として利用される。



 ヒロは身構えることもなくピンク色のスライミーに視線を送った。


(フレーム)ピ(温度低下)


ピンキュゥゥゥ……


 ピンクスライミーは瞬く間に凍りついた。


『殺しておいて何だけど、かわいい……』


『まぁこれも私達が生きていくため、成長していくためよ!』


『ヒメ、このスライミーはピンク色って以外に何が違うの?』


『よくわかんない。でも色が違うと体液の種類も違うから研究機関とかギルドによって欲しい対象も買取価格も違うって話だよ~』


『そーなんだ。他の種類のスライミーもみんなこんな程度の違いなの?』


『いい質問だね~ヒロたん。実はスライミーは下級クラスだと今みたいな色違い程度の差しかないんだけどね、どうやら上級クラスには信じられないレベルの猛者がいるらしいのよぉ』


『それは相当強いの?』


『それがね、強いのは強いので【デカかったり王冠かぶってたりしてるの】がいるらしいんだけど、それとは別に【流動金属で体が構成された激レアなスライミー】がいるらしいのよ』


『…………』


『その滅多にお目にかかれない【金属系のスライミー】は遭遇するとすぐに逃げちゃって獲物としては超効率悪いらしいんだけど、それでも追い求めるだけの価値がある特別なターゲットらしいのよぉ。むふふ~。なんでだと思う?』


『倒すと経験値がいっぱい貰える……とか?』


『パンパカパァ~~ン! すごいねヒロォ! その通りなのよ! だ、か、ら、いつどこで遭遇するかも知れないんだけど、【金属っぽいスライミー】を見つけたら絶対殲滅よ。迷わず凍らせて、逃げるスキを与えちゃ駄目! これ、ずーーっと覚えておいてね!』


『わ、わかった。因みにその【金属系のスライミー】の最上位の奴ってとんな奴なの?』


『私も見たことないから詳しいスペックは分かんないんだけど、確かSSSSクラスで名前は【はぐれキングオリハルコンスライミー】とか言う奴だったような……』


『……凄そうだね。肝に銘じておくよ。じゃあ狩り続けよっか』


『はぁ~~~い!』


 10分が経過した。


『ヒメ、今倒してきた奴らってやっぱ低クラスなの?』


『そーねー。みーんなFクラスだねー』


『まーそうか。手応え無かったもんなー』


『なかなかレベルも上がんないし、もうちょっと北の方行ってみる?』


『うん、任せるよー』


 その後もFクラスの魔物を何体か倒しつつ、ヒロ達は北の森に向かった。


『ちょっと雰囲気変わってきたね』


『そうね。空気の質が変わった。……っていうかきっと魔素が濃くなったんだね~』


『あぁ、魔物にとっての酸素、でおなじみの魔素ね』


『無色透明無味無臭だから私達には分からないけど、魔素に反応しやすい生物もいるし魔物は自らの感覚で分かるみたいだよ~』


『人間の使う【魔法】と【魔素】は関係ないの?』


『人間が魔法に使うMPと、魔物の生命活動の源である魔素は全く違うものだよ。そもそもヒロの魔力回復だってルーレットで当選したんでしょ? そんな景品で貰ったみたいな【理屈を超えたごっつい性能】がさ、体の臓器なんかと密接につながってる訳ないじゃん。この世界の人間が使う魔法は間違いなく神オプションなのよ。ステ画面では分けて書かれてるけど、ようはスキルと同じ。インベントリに近いものなんじゃないかと私は思ってるんだけどねー』


『ふぅーん。そういうもんなのか…… 因みにさ、ひょっとして魔物って【息】してないの?』


『してるよ。【魔物に血液が無い】のは昨日言ったと思うけど、肺に似た器官は存在するし呼吸もしてる。もちろん魔素を体内に取り込むためにね。あとそれとは別に体表から吸収したり、魔物を食べることで消化器官から吸収したりもしてるらしいよ』


『なるほど。じゃあこのあたりの空気は魔物的に言えば、魔素が濃くって空気がうめぇぜぇ~ みたいな感じなんだろうね』


『アハハ、確かにそうかもね~』


 二人はさらに歩みを進めた。


『ヒロ! 11時方向50m! ついに出た! 初期のレベル上げのお得意様、【ゴブリン】よ!』



■ゴブリン

世界中に生息する人型の魔物。知能は低いが簡単な武器を使うこともある。集団で行動し集団が大きくなるとコロニーができ上位種が生まれることもある。繁殖力が強い。

体長:104cm

体重:22kg

備考:素材としての需要はない。



『んー2~3匹いるなぁ。でもちょっとこの距離だとキツイかな。フレームが正確に生成できないよ』


『この距離で殺れるとは思ってないよ。さっきのウサちゃんの感じだと20mくらいならイケるよね?』


『そうだなぁ、30mくらいが今のギリギリのラインだと思う』


『よし、近付こう!』


『了解!』


 ヒロはなるべく草音がしないルートを選んで慎重にゴブリン達に近付いて行った。

 ゴブリン達は何かを探しているようで同じ場所をあまり動かない。

 ヒロは難なく標的から20mほどの位置を確保する。


(フレーム)ピ(温度低下)


ギャ……ドサッ


(フレーム)ピ(温度低下)

(フレーム)ピ(温度低下)


ドサッドサッ


 わずか5秒ほどの間に3匹のゴブリンの頭部は凍った。

 そして


タララランタッタッター!


『お、ヒメ、レベル上がったよ~。やっぱ距離を稼ぎたいからDEXに振るね』


『あーい。おまかせしまぁ~す』


 ヒロは手に入れた【59】のステータスポイントを振り分ける。




Lv:18[1up]

HP:200

MP:200

MP自動回復:1秒10%回復


STR:50

VIT:100

AGI:100

INT:200

DEX:250[50up]

LUK:81[9up]




『ふむふむ、ヒロは丁度の数値が好きなんだねぇ。んで、端数をLUKに振ってるのかぁ』


『ん~なんかね、お賽銭的な感覚でなんとなーくそうしてるだけだけどね』


『きっといいことあるよ~』


『だといいねぇ』


 その時、2人が気付かないうちに、新たに2匹のゴブリンが茂みから現れた。

 仲間の死体に気付いた2匹は一瞬戸惑うが、すぐにさらなる仲間を呼ぶ行動に出る。


ギ、ギャァァァァァーーーーーーギギギャァァァ!!!

ギャァァァァァーーーーーーギギギャァァァ!!!


 耳を劈くような奇声が森に響き渡った。

 次の瞬間、ヒロはこの2匹も悠々と瞬殺する。


(フレーム)ピ(温度低下)


ギャ……ドサドサッ


 たちまちゴブリンの死体が5体となった。


『ごめんヒロ~気付くの遅れちゃった~。ひ~ん』


『別に大丈夫だけど、あいつらきっと仲間を呼んだよね』


『うん、間違いなく増援が来るわね』


『ヒメ、出来るだけ集中して増援のゴブリンがどっちから来るかだけ探知して! あちこちから湧かれて囲まれたら俺のHPだとマジでヤバいから!』


『了解まかせてっ!!』


 集中するヒメ。そして……


『ヒロ! 3時の方向からたくさん来るわ!』


『よしっ!』


 ヒロはすぐに10時方向に走り出す。

 5体の死体の左に回り込み、死体越しに増援を待ち受けようという位置を取った。

 目標位置に到着し向きを確認し体勢を低く保ちながら目を細める。


『ヒメ、後ろから何か来たときはすぐ知らせてね!』


『分かってるよヒロ! 今は前方からしか来てないよ! でも結構な数っぽい! 無理っぽかったら逃げようね!』


『りょうかい!』


 そして10秒ほどが過ぎた時、前方100m辺りの草木が揺れ始め、独特の叫び声が近付いてきた。


ギャギャギャー!

ギャッギャギャギャー!

ギャギャーーギャーーー!


 目視できるだけで20匹ほどのゴブリンがヒロ達に向かって走ってくる。

 そしてその後ろには次々と後続のゴブリン達が確認できた。


『これは……グループってゆーより大群だねーヒメ』


『お、余裕だねぇヒロ!』


『…………』


『ん? どしたの?』


『もし死んだらごめんね、俺、ワクワクしてんだよ。アホだからさ……』


『私はあなたとずっと一緒よ! 好きにして♡』


『サンキューヒメ! そろそろ届くぞ!』


 ちょうどその時、ゴブリンの先頭集団がヒロまで50mほどのところまで近付いてきていた。

 人間の全力疾走に肉薄するような速度で、みるみるうちに近付いてくるのが分かる。

 次の瞬間、


(フレーム)ピ(温度低下!)

(フレーム)ピ(温度低下!)

(フレーム)ピ(温度低下!)

(フレーム)ピ(温度低下!)


 一発の温度低下魔法を1秒ほどで繰り出しながら、40m先の先頭集団を次々に倒していくヒロ。

 この時、ヒロの集中力は嘗て無いほどに高まり、イメージ力は目前100m先までの立体空間を完全掌握しているかのような感覚に達していた。


 次々と小さな呻き声を上げて崩れ落ちるゴブリン。

 その後ろから波のように押し寄せ、躓き、転がり、起き上がり、また崩れ落ちるゴブリン。

 どこを見渡しても敵は見つからず、ただただ仲間たちが倒れていく状況は、ゴブリンにとって阿鼻叫喚の地獄絵図だった。


(……風景がスローモーションみたいに感じる。MP残量と魔力と回数を調整しながら敵の表情を確認できるくらい余裕がある。これが【イメージ】力の凄さなのかな……)


 ヒロの視界の左上端には0から50辺りを行き来するMPの残量数値が浮かんでいた。


 そして数分後、ヒロの前方一帯には、数え切れないほどのゴブリンの死体が転がっていた。

 その全ては頭部を凍らされており、まるで寄り添って眠っているのかと見間違うほどに、無傷な状態だった。


 ゴブリンの叫び声で飽和していた森に再び静けさが戻ってくる。


『…………ふぅぅ~~~。ヒメ~、生き延びたねー』


『すんごかったねぇ~ヒロ、さっすが私のナイト様!』


『遠くに【あの数のゴブリン】が見えた時はマジで死ぬかもなって思ったよー』


『けっこーレベル上がったんじゃない?』


『けっこーどころじゃなくてさ、10も上がったよ』


『じゅ、じゅう~~!? いや、鬼ほど倒したとは言えさー、【ゴブリン程度のクラスの魔物】じゃあヒロのレベルから10も上がるとは思えないんだけど~』


『いや、今回の戦闘で倒したのはゴブリンだけじゃないんだよ。ほれ、ログを見よ』


 ヒロのスクリーンに倒した魔物が次々と表示される。



■ゴブリン

世界中に生息する人型の魔物。知能は低いが簡単な武器を使うこともある。集団で行動し集団が大きくなるとコロニーが出来、上位種が生まれることもある。繁殖力が強い。

体長:98cm

体重:19kg

備考:素材としての需要はない。


■ゴブリン

体長:107cm

体重:23kg


■ゴブリン

体長:101cm

体重:20kg



『ゴブリンは飛ばすねー』


『あーい』


 次々と一体一体の討伐したゴブリンが表示され送られていく。


『まずね、こいつ』



■ゴブリンジェネラル

ゴブリンの上位種。ひとつのコロニーに数匹出現することもある。

体長:150cm

体重:42kg

備考:素材としての需要はない。



『おぉーーー』


『で、こいつー』



■ゴブリンキング

ゴブリンの最上位種。ひとつのコロニーに一匹しか出現しないゴブリンの王。

体長:170cm

体重:87kg

備考:素材としての需要はない。



『おぉーーーーーー』


『で、最後に、…………こいつ!』



■ミスリルスライミー

スライミーの変種。希少種。ミスリルの体を持ちとても逃げ足が速い。

体長:52cm

体重:12kg

備考:倒すと経験値がたくさん貰える。通常時は液状のボディだが、死亡し魔晶を取り除くとミスリル鉱になる。体全てが素材。



『えぇぇぇぇぇーーーーーー! なにすんごいの混ざってんのよぉ!』


『ちょっと離れたところにポツンと光ってるのが見えてさ、ついでに凍らせた。テヘ』


『ヒロぉ、ちょっとこれは凄いことよ~。もはや人智を超えてるわー。もう神レベルよ、神レベル! 私が言うのもなんだけど……』


『あとヒメ、ちょっとステータス画面見てみてよ~』


『ん? ……あっ! スキルが増えてる!』


 ヒロは今回の戦闘でスキル【スコープ】を習得していた。


『ポイントも676もあるじゃない! こりゃ隠し金山掘り当てたようなもんねぇ。さぁさぁヒロさんや、ステ振りしちゃいなさいな!』


『そーだねぇー』


 あまりの緊張感と集中の連続から開放されたヒロは、心の底から【生命】を実感し、安堵の表情を浮かべるのだった。




名前:ヒロ

種族:人間[ヒト]


pt:0/676


Lv:28[10up]

HP:300[100up]

MP:300[100up]

MP自動回復:1秒10%回復


STR:50

VIT:200[100up]

AGI:200[100up]

INT:300[100up]

DEX:400[150up]

LUK:107[26up]


魔法:【温度変化】【光量変化】【硬度変化】【質量変化】【治癒力変化】【錬金】


スキル:【ショートカット】【インベントリ(ヒメのなんだからね!)】【スコープ】




『ヒロ、すごい成長! おつかれさま!』


『いやぁ何もかもうまく転がってくれたみたいな感覚だよ~。ありがとヒメ♪』


『でさ、このゴブリンの死体の山なんだけどさ、一体にひとつずつ魔晶がある訳じゃん?』


『あ~そうか、忘れてたよ。ウサギとかスライミーは丸ごとインベントリに送っちゃってたもんなー』


『そーなのです。で、別にゴブちゃん達も、インベントリに体ごと放り込んでおいて、魔晶が必要な時にまた体ごと取り出して、その都度解体するってゆーんでもいいんだけど、どうする? Eクラス程度の魔晶、面倒臭ぇから捨てっちまえっ! って豪快な考え方もあるしぃ』


『答えはひとつだ。早速魔晶回収しよう!』


『おぉ、キッチリくんだねぇ~』


『どんなに容量が無限でも、俺の可愛いヒメのインベントリにゴブリンの死体なんぞ一体たりとも入れたくない!』


『ヒロありがと。愛してるよ…… じ~~~~ん♡』


 しみじみ喜ぶヒメであった。

 その後、ヒロはゴブリン一体一体から地道に魔晶を回収していった。

 今回のゴブリン大虐殺で討伐された魔物は以下の通り。



■ゴブリン      :140

■ゴブリンジェネラル :3

■ゴブリンキング   :1

■ミスリルスライミー :1



 最初こそブラッディダガーが手に馴染まず不器用にゴブリンの胸を突き刺していたヒロだったが、20体、30体と作業を進めるうちに手慣れたものとなっていた。

 血液が無いこともあり、的確にゴブリンの胸の中心にブラッディダガーを差し込み、ツルッと魔晶を取りだす。

 100体を超えた頃にはもはや熟練業者のようなナイフ捌きになっており、魔晶回収は結局1時間ほどで終了した。


『さぁ~てと、帰ろうか?』


『は~い、おまえさん♡』


 アジトに向かって帰路につくヒロ。時間はもうそろそろ夕方に差し掛かっている。


『ねぇヒロ、あのスキルはどんなやつなの?』


『【スコープ】ってやつ? 多分視覚を強化するスキルだと思う。ゴブリン倒しまくってる時にさ、なんか俺自身が近くまで飛んで行って間近で倒してる、みたいな感覚になったんだよねー』


『ヒロの能力にはベストマッチのスキルだよね~。おめでと!』


『ありがと! さぁてと、レベルも上がったし、遂に念願の風呂造りに取り掛かれるね、ヒメ!』


『! 忘れてなかったのね……ヒロって実はすごーく勤勉な人なのかも……』


『いや、俺は只の【風呂に入りたい人】だよ!』


『でもあと2時間位で暗くなるんじゃない? 間に合う?』


『俺なりの計画と勝算はある』


『ほうほう』


『まぁ見ててくれよ』


 アジトに戻ったヒロは、徒歩10秒、アジトのすぐ前にあるお気に入りの岩の前で考え込んでいた。

 大きさは、高さ1、横3、奥行き6mほどの一枚岩。

 高さ1mと言っても地中にどれほど埋まっているのかは見当もつかなかった。

 天面は平らになっており、今までもヒロは【考え事をする時】や【ちょっと休憩する時】に、この岩の上に寝転んでくつろいだりしていた。


『この岩を掘りたいんだよねぇ』


『おー、確かに景色もいいし、この岩の中央がくぼんでお湯が溜められたらアマーングループも真っ青な大自然独り占め風呂になるんでしょうけども……ヒロ、これ岩よ?』


『そーなんだけどさ、いけそうな気がするんだよね、今の俺なら。ちょっと見ててね』


 そう言うとヒロは大きく平らな岩の端に立ち、中央付近を見つめた。


(フレーム!)


 ヒロはフレームを生成させ、慎重に岩と重ねていく。

 大きめのバスタブくらいの直方体フレームを水に見立てて岩の天面から沈めていく。

 そして、ここぞというタイミングでフレームをロックした。


ピピ (質量低下!)


………………ピシ……


 タゲエリアの中の岩から音が聞こえた気がした。


(質量低下!)(質量低下!)…………


 ヒロはここぞとばかりフレーム内に魔力を注ぎ込んだ。


(質量低下!)(質量低下!)…………


 INT300 、DEX400に成長したヒロは、同じく300まで増やしたMPをフルに使ってひたすら(質量低下!)と念じ続けた。


『ふぅ……』


 3分ほど魔力を注ぐとヒロはフレームを解除する。

 そして今までフレームがあった場所に近付き、愛刀ブラッディダガーをグッと押し当てる。

 すると……


メキメキッ ペキペキッ


 軽い音とともに、岩だった筈の天面にブラッディダガーは容易く差し込まれていく。


『すっごぉーい! ヒロ、岩がまるで麩菓子みたいになってるよ!』


『思った通り、質量を減らしまくってみたらスカスカになってくれたよ』


『てゆーか怖ぁ~~い。質量保存の法則って何だったの~。こんなの喰らいたくなぁ~い』


『まー誰も喰らいたくないよね。こんな魔法』


『それにしても面白いように飛んでいくねぇ~』


 ヒロはせっせと岩をくり抜いていった。

 削り取られた岩の成れの果ては、発泡スチロールの削りカスのように風と共に飛んでいく。


 ほどなくして、ヒロ特製の岩風呂は見事完成した。

 削り取られた断面は、研磨したかのような美しさだった。


『次は水だな……』


ザザザザザザザーーーーー


 ヒロはインベントリから浴槽いっぱいに水を注ぎ込む。


(フレーム)ピピ(温度上昇!)


 続けて温度変化魔法で水温を上げ、微調整に入る。


『ん~~~……よしっ! こんなもんだろう!』


『結局10分くらいで作っちゃったね~、お風呂』


『なんかもっと簡単な方法もありそうな気がするんだけど、まぁ思い付いたのがこれだからいいや! さぁ入るぞぉ~♪』


 ヒロはこの世界に来てから初めて全裸になった。


『きゃっヒロったら! 男の子なんだから……いやん♡』


『そりゃっ!』


ザッパァァァ~~~ン……


 一旦頭まで潜ったヒロは、顔をジャブジャブ洗いながらゆっくりと浮かび上がる。


「くぅぅぅぅぅぅ~、気持ちいいーーーーーー!」


 ヒロの快楽の雄叫びが辺りに轟く。


「異世界に生まれて良かったぁーーーーーー!」


 ヒロのフロへの感謝の雄叫びが森を駆け巡る。

 湯が体と心に染み渡り、叫びの残響は波紋となり、アジトを茜色の空が照らしていた。


 その後、散々フロを堪能したヒロは【この岩の浴槽に排水口が無いこと】に気付き、軽く舌打ちをしつつも再度集中力を高め、細長いパイプのような形のフレームを創り出し、直径5cmくらいの排水経路を貫通させた。

 排水口の栓は考えた挙げ句、サイズ的にちょうど良かった【ゴブリンジェネラルの魔晶】を使うことにした。


 その後は本日捕れたビッグラビット3羽をインベントリから取り出し解体した。

 ヒロは、肉の解体においてもレーザーナイフよりブラッディダガーの方が使いやすいと実感する。

 それなりにレベルとステータスが上がった今のヒロでも、ナイフのように鋭利で薄いフレームを構築し、意のままに振り回すのは至難の業だった。


 そうこうしている間に日は暮れて、ヒロはアジトの中へと移動する。


 照明でぼんやりと明るいアジト内で、彼は食事の支度を始めた。

 ブラッディダガーが手に入ったことで、ヒロの解体技術は飛躍的に向上し、同時に食事のための食肉処理技術も向上した。

 ヒロは、一口大に処理したビッグラビットの肉に、温度上昇魔法でじっくりと熱を通し、肉汁滴るところに塩をふりかけ、箸でつまんで口の中に放り込んでいた。


『うんまぁ~! ウサギはウサギで狂おしいほど美味いねぇ。クマやイノシシに比べると若干独特の癖があるけど、それがまた旨さを引き立ててるって感じだなぁ。おら~幸せだよヒメちゃん♪』


『食事の時が一番幸せそうね~ヒロ。あ、お風呂の時もかなーりだったかも。ふふ』


『これで大体欲しかったものは手に入ったんだよねー。安全な住居、水、食料、照明、ベッド、ナイフ、風呂、……もうずっとここで暮らすのもアリなんじゃないかとも思えてきた。ヒメが居てくれて楽しいし♪』


『またまたぁ、ヒロはすぐ世界の真実のアナグラムに気付いちゃうんだからぁ~♡』


 いつもの他愛のない会話にほっこりとした幸せを感じながら3日目の夕食も終わり、ヒロは後片付けと掃除、洗顔をすませベッドに横になる。


『これで3日目も終わるけどさ、ヒメはどうしたいとか無いの? リクエストがあればその通りに行動するよ?』


『ん~気持ちだけ全部丸っとずっぽし頂いとくよー。私はヒロの中にお泊りさせて貰ってるだけでありがたや~だからさ、本当にヒロの好きにしていいんだよ。このまま千年このアジトに住み続けたとしてもヒロがそうしたいんなら本当にいいんだからね~』


『う~ん、まだ暫くはここにとどまって、魔法とか魔物とかに慣れていきたいかなぁ。自分にどんなことが出来るかなんてまだ全然検証できてないし、レベル上げも兼ねた魔物狩りも始めたばかりだしねー』


『そうかそうか』


『たださ、やっぱ石鹸・洗剤関係と、トイレ関係のアイテムは心から欲しいんだよなぁ』


『確かにヒロってば、大きい方の用を足す時、柔らかい葉っぱたくさん集めて嫌そうな顔して拭いてたもんねぇ』


『それはね、そんな俺の姿を一切遠慮すること無く見続けて、そして話しかけ続けてきたヒメ、キミの絡みが嫌だったからだよ、もう慣れたけど……』


『え~、ヒロってばけっこーデリケートさんなのねー。排泄は立派な生命活動なんだから胸を張ってすればいーのよ! まぁ実際に胸張りながらするのは体勢的につらいだろうけど……以後少しだけ気をつけまーす♪』


『……でもやっぱさ、せっかく異世界転生したんだから、いつかはこの世界の文化にも触れてみたいよなぁ。国によって色んな楽しみがあるだろうから世界中旅してみたいって思いもあるっちゃーあるよね。あとダンジョン攻略みたいのも一度くらいはやってみたいなー』


『うんうん、ヒロなら絶対未踏破エリアぶっちぎって楽勝だよ!』


『でもさ、未知なものがどんどん未知じゃなくなっていくのって、なんか寂しいよね』


『そんな感傷は未知が無くなってから考えればいいのよ』


『無くなってからじゃ手遅れなんじゃない?』


『あ、閃いた!【未知とは道である】。これどお? それっぽくない?』


『只のダジャレだろーに』


『これならどう? 【未知無き道に退屈したら未知の道をつくれ】。これいーでしょ、なんかありそーでしょ?』


『まぁ確かにありそうだね(苦笑)……』


 その後も二人の会話は夜遅くまで続き、ヒロ達の異世界生活3日目は終わった。





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