4日目 ここはどこなんだ





 ヒロが異世界に転生して4日目の朝、彼はご機嫌に朝から風呂に入っていた。


「あんたぁ〜らすうぃ〜い〜ぬわぁ〜さがきぃとぅわぁ〜とくらぁ〜」


『朝からご機嫌ねぇ~ヒロ』


『まぁ〜朝から誰の目を気にすることもなく貸し切り露天風呂に浸かって、好きなだけ自分風アレンジの歌うたってられるんだから、これで不機嫌だったら前世のガチなビジネスマンに注意されるよねー』


 昨日、【自分が結構サクサクと石の加工が出来ること】を体感したヒロは、日の出とともに起き出し、製作済みの露天風呂の近くの岩に【洗濯場】と【洗面場】と【屋外調理場】を削り出した。


 洗濯場は自分の衣類を水洗いするための流し台のような形で


『あのジジイ神のヤツ、ケチだよなぁー。ふつー自給自足前提で森の奥に放り込むんなら、替えのセットも渡しといてくれよなぁ。インナー上下とか靴下もあるのは助かったけど、もう既に、靴下なんかハリがなくなってきてるもんなー。このままだと1ヶ月位でボロってくるんじゃないかなぁ。これからはこの洗濯場で毎日丁寧にお湯洗いして大事に着よーっと。でも干す時は結局全裸で待たなきゃいけないんだよなぁ。あー服欲しいなー』


 などとブツブツ言いながら5分ほどで完成した。

 洗面場は洗濯場よりひと回り小さいサイズの流し場で


『鏡とひげ剃りも欲しいなぁ。カミソリレベルの刃物も鏡も石鹸も無いんじゃ絶対ヒゲなんて怖くて剃れないしなぁ。このままヒゲ伸び放題になるのは確定だなぁ』


 などとブツブツ言いながらこれも5分ほどで完成した。

 屋外調理場は座るための岩とセットで【お好み焼き屋の鉄板テーブル】のような形になっており


『アジト内の石プレートでもいいんだけど、ニオイが籠もって壁に染み付きそうなんだよなー。肉ばっか加熱して食ってるから油の飛び散りも気になってきたし、いっそ外に新設したほうが丸洗いできるしいいよなー。上の焼き面は半分だけ細い溝掘って水分や油が流れるようにしよーっと』


 などとブツブツ言いながら細工に手間取り15分ほどで完成した。

 そして現在、一通りの製作物を完成させ、機嫌好く入浴している。


『それにしてもすっごい充実ぶりだよねぇ。ライフラインが無い中でよくぞここまで文明人ぽい生活空間を手に入れたわよ』


『まだまだ欲しいものはあるけどね。1回ダメ元で【洗浄機付き便座と便器のセット】を錬金しようと本気で集中してみたんだけど、まぁそりゃー見事にうんともすんとも言わなかったよー』


『カミソリくらいならもう創れるんじゃない?』


『それがそーでもなくてさぁ、あのめっちゃ薄ぅ~い金属の感じと、その中でも一辺だけがさらに薄くなってそのまま先が尖ってるって感じがちょームズいんだよ。レーザーナイフも進化はしてるんだけど未だ発展途中だし、やっぱ【精密なもの】はもっとDEX上げないとイメージし切れないってことなのかなぁ』


『なるほどぉ。錬金の世界も奥が深いのねー』


『まぁ時間もたっぷりあることだし、やりたい事や欲しい物を前提にのんびり考えていくよ。……あ、それとさー』


『ん? なになに?』


『風呂入りながら改めて昨日のゴブリン戦を振り返ってたんだけどさー』


『うん』


『今思えば、目につくゴブリン全員を片っ端からインベントリに放り込んじゃって、後から一体ずつ取り出して安全に殺す…… って方が良かったのかもなぁなんて思ったりしたわ』


『あー確かに安全性は高そうね…… でもさ、ヒロの【敵の脳のあたりにフレーム固定させてから温度低下魔法打ち込んで殺すまでの時間】って結構速くない?』


『あぁ 確かに。一体につき1秒弱くらいかな……』


『だったらもはやインベントリに個体識別しながら収納する時間と変わらないんじゃない?』


『まー言われてみれば確かに変わらないかもね。むしろインベントリ収納の方がモタモタしちゃったかも知れない。あ~あと【ヒメのインベントリにゴブリンなんか入れたくない】って前提も忘れてたわ』


『アハハ。結局どっちでも良かったってことでい~んじゃないの? ところで今日は何する? お休みにする?』


『いや、さっき洗った俺の服一式が乾いたら、ここら一帯の偵察がてら狩り散歩に出かけようと思うんだ。そん時はヒメよろしくねー』


『はぁ~い♪』


 ヒロが洗った衣類一式は細い木の棒にくぐらされ、日当たりの良い二本の木の間で風に揺れている。


チチチチチチ チチチチ


 青い空と時々白い雲。

 ゆるやかに頬を撫でるそよ風。

 小鳥たちのさえずり。


「平和だわぁ…………」


 思わず肉声で呟くヒロだった。


『ねぇヒメー、』


『なぁに?』


『この辺りの地域って四季とか有るの?』


『あるみたいよー』


『今って季節いつごろかわかる?』


『4月の半ばくらいみたいよー。まぁ春だねー』


(今4月って言い方したな…… そーいえば俺、この世界のマクロ視点な情報ぜんっぜん知らないわ。確かジジイが暦とか通貨単位とか言語は日本に寄せてる的なこと言ってたけど、国の分布とか種族の分布とか……そもそも惑星なのかどうかすらも……もしこの世界が【どデカイ亀の上に象が何匹も並んで支えてる平らな世界】だったら迂闊に海なんか出られないよな。ヒメがどれくらい知ってるかに全てがかかってるけど……とりあえず聞いてみっか)


『ヒメってこの世界のことって……例えば惑星なのかどうかとか……いろいろ詳しい?』


『ん~詳しいかどうかは微妙だけど、簡単に言っちゃうと、時間とか空間とか単位は大体【地球】モデルで創られてるみたいだから、ヒロ的には困ること無いと思うよ~』


『おぉ~朗報だね。じゃあ国によって違う、【長さ】とか【広さ】とかの単位は?』


『それも転生者目線で創られてるみたいだから、メートル法で統一されてるっぽいよ~』


『じゃあ【通貨】は?』


『【イエン】で統一みたい。つまり【円】と同じね。ただ一部の国や赤道付近の島々からなる小国群やギルド支部も行き届いてない僻地だと【通貨自体】が無くて、そのかわりに魔晶がお金の代わりになってるみたいよ~。あと物々交換とか』


『ふぅ~ん。赤道とかまで一緒なのか……』


『いやいやヒロさん、地形もほぼ一緒みたいよ。ディテールは分かんないけど……つまり関東ローム層の土がどうしたとかまでは一緒かどうか知らないけど、世界地図的な視野で見たら、陸の形は地球と大体一緒みたい』


『……なんかそこまで一緒だとつまんない気もしてきた』


『してこよーがしてこなかろーが実際そーみたいなんだもん。しょうがないじゃない。あ、でも、国とか文化圏とか民族とかは全然違うっぽいからね』


『エルフ的なやつ?』


『今この世界は国家の数は少なくて、大きい国で5つほど。その全てが種族をベースにしている傾向が強いみたい。ヒト中心の【ユーロピア帝国】。エルフ中心の【ルーシャ王国】。獣人中心の【アウリカ王国】。同じく獣人中心の【インダーラ連邦】。ドワーフ中心の【アンゼス共和国】。名前からして地球のどの辺りにあるか分かるようになってるんだって。あと、ヒロがいた世界よりも、この世界は総人口が少ないっぽくて、どこの主権にも属さない未開の地が結構多いみたい。世界中で限られたパイを奪い合ってる訳ではないみたいね。中でも日本の場所にある【和能呉呂島(わのごろじま)】の遥か南には、人類がまだ辿り着いてない幻の【オスタトリア】って大陸があるんだってー。夢が膨らむねぇ~』


『日本の場所にある【和能呉呂島(わのごろじま)】ってすんげー気になるんですけど……』


『和能呉呂島は、【国】って言えるほどひとつには纏まってない地域で、なんと種族としての【サムライ】と【シノビ】ってのがいるみたいよ!』


『ちょ、ちょ、ちょーーー興味ある! ヒメ、ひょっとしてここは和能呉呂島のどこかなの?』


『ん~にゃ、ここはぜぇーんぜん違うところ』


『え? ヒメさ、ここがどこなのか分かってるの?』


『分かってるっちゃー分かってるよ』


『教えて!』


『んーと【ゼロニモア大陸】ってとこ』


『ゼロニモア大陸? それどこ? 世界地図で言うとどの辺?』


『えっと、和能呉呂島の東に大きな海があるのね。その大きな海を超えたところに変な形の大陸があるの。てゆーのも北の大陸と南の大陸に分かれているのかなぁ~と思ってよーく見ると繋がってるひとつの大陸なの。変な形の砂時計みたいな。で、その大陸の南側には、さっき言ったドワーフのアンゼス共和国ってのがあって、北側が【ゼロニモア地域】。つまりここよん♪』


『北アメリカ大陸じゃねーか!』


『知らないわよ~! だって私は元々日本オンリーでぶいぶい言わせてた大和撫子系女神なんだから日本の外のことなんかあんまし詳しくないもん!』


『あーごめんごめん! 責めてる訳じゃないんだ。ただ今後の冒険の参考になるかと思って今のうちにできるだけ情報が知りたかっただけなんだよ~。で、この森はゼロニモア大陸のどの辺なの?』


『んー。真ん中から東かなー。で南かなー』


『けっこう南東?』


『ちょっと南東。なんかねー、菖蒲の花みたいな形のでっかい湖があってーそのちょっと南らへん』


『おーありがと。あとゼロニモア大陸に国はないのかな?』


『独立した国ってほどのものは無いみたい。でも南の大陸のアンゼス共和国が北上して開発を進めてるみたいね。町によってはギルドもあるみたいだよー』


『村でも町でもいいんだけどさ、ここから一番近いところってどれくらい離れてるか分かる?』


『大体100kmくらいかなぁ。その他だと300kmくらい』


『ふ、ふぅーん。結構遠いね』


『あ、でも待って。すごーく小さい村が東に40kmくらいのところに有るかも…… 小さ過ぎてよく分かんないんだよねぇ。ん~たぶん村だと思うなぁ~』


『ほぉ、40kmなら無理すれば日帰りで帰って来れる距離とも言えるなー』


『なになに? ヒロ、もう人里を目指して旅立つの?』


『いや、当分はここで経験積んでレベル上げするつもり。ただ服とか欲しいし、その40km東の村にはそのうち行ってみようかなぁとも思う』


『あはは。でも服も売ってないような村かも知れないよ~』


『かもねぇー。てか、めっちゃ質問攻めにしゃってごめんね?』


『何言ってんのよー気にしないで~えへへ』


『良かったーえへへへへ~』


『えへへへへへへへ~~』


(いやぁーまさか朝風呂ついでにここまで詳細な情報が手に入るとは思わなかったなー。つーかヒメってば、どんな質問でもジャンジャン答えてくれるんだなぁ。もっと守秘義務とかで縛られてる存在なのかと思ってたよ神って……)


 その後、風呂から上がり、傍の岩の上に全裸で立ち、左手を腰に当て、インベントリでキンキンに冷やしてあった水を喉に流し込むヒロ。


「ゴクッ、ゴクッ、ゴクッ、ゴクッ、ぷぁぁぁぁ~~ んまいっ!」


 彼はインベントリからの取り出し口を絶妙なイメージで調整し、コップも使わず異次元空間から直接飲む技術を習得していた。

 さらにはそのまま、ラジオともテンパイポンチンとも似て非なるオリジナルの風呂上がり体操を何度も繰り返したのち、やおら座禅を組み、難しい顔をして瞑想に耽る。


(むぅ~。これからは夜寝る前に洗濯して干そー。乾くの待ってる時間が勿体無すぎるわー)


 服が乾いたのは瞑想を始めて1時間ほど経った頃だった。


『よし、やっと乾いたぞ! それじゃあ狩り散歩に出かけよーか~』


『はぁ~〜い!』


『今日はどっちに行こうかなぁ~♪』


『それならヒロ、東の村への道探りも兼ねて、今日は東に行ってみようよ!』


『いいね! ナイスアイディア! それじゃあしゅっぱぁ~~つ!』


『おーーー!』


 元気いっぱいの2人はピクニック気分で出発した。

 道中何匹かの魔物を倒しながら快活に歩みを進める。

 そして出発から30分ほどが経過すると、初エリアに足を踏み入れた。

 その間、下記の魔物を討伐している。



■ピクシーモドキ

一見妖精のような姿をした虫型の魔物。怒ると嫌な臭いを吹き出す。

体長:12cm

体重:106g

備考:素材としての需要はない。虫なので意思疎通も出来ない。


■ヒノキノスライミー

スライミーの変種。少し希少。木の幹のような見た目の体を持ちとても逃げ足が速い。

体長:31cm

体重:4kg

備考:木の幹のような見た目のため発見が難しい。通常のスライミーより経験値が貰える。体液は様々な素材として利用される。


■グングニル毒ガエル


■スライミー×3


■ビッグラビット×3



そして現在、ヒロの前方15m先には新たな魔物が身構えている。



■エトー

キメラの下位種。鼠の鳴き声と牛の角と虎の牙と兎の耳とタツノオトシゴのヒレと蛇の舌と馬の鬣と羊の体毛と猿の腕と鶏の体と犬の顔と猪の鼻を持った魔物。柿の実を投げて攻撃する。

体長:47cm

体重:4kg

備考:キメラの下位種。肉は鶏と同じで美味。猿の腕から高速で投擲される柿の実によって攻撃する。



『何だか不気味な魔物だな……』


『キメラだからね。キメラってそもそも【不気味さだけが売り】みたいなとこあるじゃない?』


『それは上位のキメラに失礼なんじゃないか?』


『ヒロ、ヒロ、こっち向いてる! 気付かれた! なんか柿握って振りかぶってるよ〜!』


(温度低下!)


ドサッ


 一瞬でエトーの頭部を凍らせ、その死体に近づいて行くヒロ。


『うぇ〜気味悪いなぁ。【柿投げる】ってどーゆー攻撃だよ~』


『これだけ盛り込んでおいてFクラスってのも哀しいところだよねぇ』


『素材としてはどーなの?』


『肉は鶏肉そのものらしいわよ』


『じゃあゲットだなぁ。見た目が怖いから今捌くわ』


『了解〜』


 ヒロは慣れた手付きでブラッディダガーを巧みに操り、ものの2分ほどでエトーを解体し終えた。


『結局ちぃ〜さな魔晶と鶏肉かぁ』


『あと一応、柿も握ってるけど……』


『いらねぇわ。その柿、まだ熟してないっぽいし、猿の指がめり込んでるし』


『ホントだー。しかもヘタを縫い目と捉えればややツーシーム気味に握ってるしー。微妙に変化させるつもりだったのかな~。嫌らしいやつよねぇ』


『…………』


『でもヒロ、柿ってまだこの世界に来て食べてないんじゃない?』


『ん〜確かに見てないなぁ。でも果実的なやつはちょいちょい見つけて食べてるし、それほど飢えてはいないよー』


『ジュクベリーでしょ、あれ私も好きぃ〜』



■ジュクベリー

バラ科の多年草のジュクベリーの実。水分が豊富で形が崩れやすい。最大で15cmほどになる。食用として人気。



『もう食いきれないほど大量にストックしてあるしなー。まぁ確かにジュクベリーもいいけど、俺的にはやっぱグリーンナポーかなー』



■グリーンナポー

バラ科ナポー属の落葉高木樹グリーンナポーになる実。食用として人気。皮は薄く実はしっかりとしていて保存食としても利用される。



『あの甘酸っぱくて弾けるシャクシャク感。リンゴっぽいんだけどラフランスとか桃の風味もあって超美味いよね〜。ただ中々見つかんないのがつらいとこかなぁ〜』


『確かに美味しよねー。あと少ないのはたまたまで、採れるところではすごーく採れるみたいよー』


『そーなんだ! いつか乱獲したいなぁ。グリーンナポー……あとさ、』


『なに?』


『いま確か4月だったと思うんだけど、季節によって採れる採れないってやっぱりあるの?』


『冬に植物が沈黙しがちなところは地球と同じみたいだけど、春から秋にかけては種類によるみたいよ。秋にしか実らない果物もあるみたいだけど、春から秋までずーっと実ってるものもあるとか。赤道付近の暖かい地域なんかは年がら年中果物実ってるみたいだしねー』


『ふぅーん』


『それよかヒロさぁ、さっきも思ったんだけど、改めてヒロの狩りって、やっぱ独特よね』


『ん? 凍らせるやつ?』


『ん~、それもあるのかも知れないけど、何つっても音が全くしないじゃん?』


『あー、まぁ~ねー』


『ふつーはさ、“ファイア!”とか“サイクロントルネード!!”とか“アルティメットバイブレーションメテオギャラクシーフォーエバー!!!”とかまず叫ぶじゃん』


『…………うん』


『そしたら次に“ボフッドシューーーー!”とか“グゴガガガガガー!!”とか“キュイィーーーン!ガシャン!ゴゴゴ!シュンシュンシュンシュンキュオワァァァーーー!!!”とかいう魔法の効果音が響き渡るじゃん』


『ん~』


『で最後に、“グギャァーー!”とか“ヤ~ラ~レ~タ~~”とか“この恨み忘れぬぞぉ~決して忘れぬからなぁぁぁあああ……ガクッ!”とか“ハーヒフーヘホー”とか断末魔の声をあげながら敵が倒れて、一連の戦闘ルーチンが終了するでしょ?』


『……まぁ……そうかな』


『でもヒロの場合は無音だからねー。静かな森の中、突然魔物が倒れる音だけする感じ? カエルみたいなタイプだと倒れる音すらしないから何も起こってない気すらするのよね~。ある意味怖いわー』


『でもヒメさ、人間の猟師がもし弓で猟をしてたとしても似たような感じじゃない? ヒュン! ……ドサッ、みたいな』


『あーまぁ、言われてみるとそうかもねぇ。つまりヒロは正統派なんだねっ♪』


『正統派かどうかは置いといても【音がしない】ってのは狩りであれ戦闘であれ有利なことだと思うよ。目立たないからねー。実際、普段こうやってヒメとワイワイやってる会話にしても、はたから見ると俺が黙って静かにしてるだけだからねー。実際に俺のここでの生活を覗き見てる奴が居たとしたら、まさかこんなに喋ってるとは思わないだろうな~』


『ホントだねぇ。ふふふ♪』


 脳内会話を弾ませながら森を行くヒロ達。

 魔物を見つけると倒し、果物やキノコを見つけると採取し、時には薬草やポーションの素材についての講義もやりとりしながら時間は過ぎて行く。

 すると30分ほど経った時、ヒメよりもヒロが先に何かに反応した。


『ヒメ、10時方向から何か聞こえる。かなり遠いけど、魔物同士が戦ってるような吠え合ってるような……そんな声』


『ヒロすごい。確かに500mくらい先でなんか大きいのと中くらいのが何匹か近付いたり離れたりしてるよ。なんか戦ってるっぽいね~』


 通常200m以上も離れると生物の出す音など殆ど聞こえなくなる。

 ヒメは規格外の索敵能力を身に着けつつあるヒロに少し驚き、同時に頼もしく思うのだった。


『ちょっと見に行ってみようか』


『うん、行ってみよう!』


 ヒロは警戒心を少し高めながら問題の場所に向かって移動を続けた。

 そして100mを切った辺りで見通しのいい場所を見つけて確認する。

 すると……


グォォォオオオオオ!!


グルゥゥゥゥガァァアア!!


 そこには巨大な熊が1頭と筋骨隆々とした二足歩行の猪が3頭、相まみえていた。

 熊は人間の大人3人分以上は有りそうな巨体で仁王立ちし、猪3頭を交互に睨みつけている。対する猪の魔物も立ったまま大きな牙と角を熊に向け威嚇を繰り返す。


『デーモングリズリーとギオークよ!』



■デーモングリズリー

熊型の魔物の最上位種。鋭い爪や牙が特徴。身体能力は非常に高く、力も強い。性格は獰猛でクラスが上の魔物を襲うこともある。

体長:420cm

体重:710kg

備考:素材として採れる部位が多く需要が高い。特に毛皮や肉は人気。


■ギオーク

猪の顔を持つ二足歩行型の魔物。集団で行動することが多い。口から生えた大きな牙と頭から生えた大きな角を使って攻撃する。気性が荒く攻撃性が高い。

体長:177cm

体重:135kg

備考:肉や油や皮は素材として広く流通する。繁殖力が高いため個体数が多い。


■ギオーク

体長:175cm

体重:122kg


■ギオーク

体長:167cm

体重:92kg



 この界隈では恐らく最強の生物である可能性が高いBランクのデーモングリズリーと、Dランクとは言え凶暴で筋肉の塊のようなギオーク3頭が生存をかけた戦闘を今まさに始めようとしている。

 しかし、その場所から80mほど離れた場所に佇むヒト種の男は、何の気負いもなく、日常生活の一コマのように微笑んだ。


『これは最高にラッキーなタイミングに遭遇したぞ。特にまだどいつも傷付いてないみたいだし、いただきまーす♪』


 次の瞬間、ヒロの表情が一瞬だけ鋭くなる。


(フレーム)ピ(温度低下!)


 【スコープ】越しに一瞬でタゲ固定された4頭の頭蓋の内部が凍りつく。そして……


ドスゥ~ン ドサッバサッ バタッ……


 魔物たちが地面に倒れ込む音だけが響いたのだった。


 さらにヒロはゆっくりと歩を進め、20mほどにまで近付くと……


(インベントリ)


 と心の中でイメージする。


 フッ……


 凶暴な魔物たちは、己が如何にして死を迎えたかを露も知らないままインベントリに収納されてしまうのだった。


『こんなのが居るんだったら、やっぱ解体はアジトに戻ってからまとめてやるよ。物騒だもんねぇ』


『ヒロ以上に物騒な存在はもうこの森にいないと思うけど、その慎重さはいい心掛けだと思うよ~』


『そんなことないだろー。だって熊はBランクでしょ? 最高S4クラスがいるんだっけ? この世界って』


『ん~今のところはそんな感じらしいけど、ほら、強さのインフレが加速すると【S】っていくらでも追加されそうじゃない? ヒロが強くなりすぎたらそのうちS9みたいな強さの魔物も登場するかもよ~』


『だったら尚更危ないじゃないか。気をつけるに越したことはないな~』


『あーでも多分この森に関してはもう打ち止めなんじゃないかなぁ。私もちょいちょい確認してるけど、Aクラス以上の気配があんまりしないんだよねぇー』


『ヒメがどんな索敵方法とか鑑定能力を駆使してるのか知らないけどさ、ホントいつも曖昧だよねぇー。その不確定さがここに来て心地好くなってきてるよー』


『やだそんな、ヒロったら…… 私のこと気持ちいいだなんて……エッチ♡』


『…………』


 ヒロ達の狩り散歩は続く。





『思ったほどこっち側って険しくないねー。この感じが続くんなら明日にでも東の村へ行ってみようか?』


『そーだねー。でもヒロ、あなたの能力が上がってきてるとは言え、森の中を40km移動するとなると【日帰り】は難しいと思うんだけど……』


『そうなの? 時速40kmで移動すれば1時間で着く距離ってことでしょ? 時速40kmって言えば車でいうとかなりのノロノロ運転じゃん? そー考えると歩きでも急ぎ目で行けば3~4時間で着く気がしてたんだけど……』


『ヒロ甘い~。例えば現状について言うけど、昼前にアジトを出発してけっこー歩いてここまで来たよね。時間で言うと3時間ほど経過してます』


『うん、結構歩いたよね。これでどんくらいなの?』


『5km程よ』


『そ……そうなのかぁ~。じゃあ、日帰りどころか……明るいうちに辿り着くのも難しいかもなぁー』


『そのとおり! 森の中を索敵しながら移動するんだから【走る】って前提は無いのよー。まぁ今日に関してはあっちウロウロこっちウロウロしたり、10分以上カエルつついたりもしてたから、3時間で5kmってのは掛かり過ぎだったとしてもよ、それでもやっぱり時間は掛かると思うから、30km地点辺りで一泊して、翌日ゆっくり辿り着くのがベストだと思うんだよねぇ』


『なるほどねぇ。了解! じゃあちょっといろいろ考えるから、今日はそろそろ折り返して帰ろうか』


『はぁ~い』


 こうしてヒロとヒメは帰路につくのだった。





『ちょっと同じルートだと退屈だからさ、南方面に迂回して帰ろうよ』


『いいよ♪ ヒロの行くところは私の行くところだからねぇ~』


 来た道では帰らず、冒険心を優先するヒロ。

 そして1時間ほど経過した時……


『ヒロ、ちょっとこの先に、泉っていうか……【沼】みたいのがあるっぽいよ』


『なぜに【沼】と判断してるの?』


『だって……【ゼロニモアの名水百選】に反応しないし、妥協して検索かけた【ゼロニモアの飲める水場コンプリートバイブル】にも反応しなかったから、多分……【汚い沼】っぽいのかなぁーなんて』


『なるほど情報サンキュー。確認がてら、ちょっと行ってみようかー』


『はぁ~い!』


 そして歩くこと暫し。

 身の丈ほどの草をかき分け、強引に藪を抜けると、守られるようにあったその沼は姿を現した。


『……なんだこの沼は……』


 絶句して立ち尽くすヒロ。


『な……なんかコポコポ言ってるねぇ…… 別府の鬼石坊主地獄みたーい』


『…………』


 その沼は真っ白に染まり、ボコンボコンと気泡が弾け、ドロドロのクリームが沸騰しているかのような様相だった。


『温泉なのかな……』


 試しにヒロが指先をつけてみる。


『全く熱くない。冷たくてクリーミーだ……』


 ヒロが【このまま舐めてみようかどうしようか】考えあぐねていたその時……


『ヒロ、対岸の岸辺に魔物発見!』


『お、ホントだ。……スライミーっぽいな』



■カイメンカッセースライミー

スライミーの変種。色は白濁している。希少種。特定の条件下でないと生まれない。

体長:70cm

体重:38kg

備考:成分は不明。通常のスライミーより経験値が貰える。



「!!!なんだと!!!」


『ヒロ大きい声出さないで! スライミー逃げちゃうよぉ』


(フレーム)ピ(温度低下!)※この間0.5秒


キュキュゥゥゥ…………


 魔物の鑑定データを見た途端、大声を出して興奮したかに見えたヒロだったが、すぐに我に返り魔法を発動させ、一瞬で【カイメンカッセースライミー】を凍らせた。

 そしてあたりを慎重に見回す。


『こいつまだ居ないかな。どう? ヒメ、反応ある?』


『ん~と、いないみたいだよー。ねぇヒロ、この子、なんか凄い魔物なの?』


『こいつは俺がめっさ求めているものを与えてくれるかも知れない素材なんだ。ヒメ、急いで帰ろう。あと念の為、この沼のクリームみたいな液体も100リットルほど持って帰ろう』


 そう言うとヒロはすぐさまインベントリに凍ったスライミーと沼の液体を収納するのだった。





 無事アジトに帰り着いたヒロは、急いでひとつの魔法を獲得する。


ピピ(湿度低下!) テッテレー!


 いとも簡単に【湿度変化魔法】を手に入れたヒロは、アジト前の岩の一部に一斗缶くらいの凹みを掘り、そこに持ち帰った沼の液体を流し込んだ。

 そして真剣な表情でこの魔法の効き目や消費魔力を確認しながら液体の乾燥を続けている。


(湿度低下!!!)

(湿度低下!)

(湿度低下!!)


『ねぇどーしたのぉ? ヒロォ~。珍しく顔がマジなんですけどぉー』


『馬鹿言うなよヒメ、俺はエヴリタイム、マジだぞ』


『……その液体って沼のやつだよね。うわっどんどん固まっていってるっぽい』


『そう、まずこのドロドロで真っ白な液体から始めてみたんだけど、多分このまま乾燥させると【石鹸】になるんじゃないかと期待してるんだよー』


『あ~なるほど、ヒロ欲しがってたもんねぇー洗うやつ。でもなんでこの液が、石鹸になると思ってるの?』


『んーそれはまぁスライミーの名前以外に何の確証も無いんだけどさぁ』


『ふぅーん。そーなんだー』


 5分後


『おっ、そろそろ【固形かよっ!】てほど水分が抜けてきたねー』


『よーし、そろそろ手で持てるな』


 そう言うとヒロは、即席の石バケツから【粘土みたいな状態になった白い塊】を取り出し、小さくちぎり、両の手の平で挟み、ゴシゴシと擦りだした。

 そして小さく呟く。


『……駄目だ…… 【沼クリーム】ではまっっったく石鹸にならん……』


『ドンマイだよ、ヒロ。本命はあいつでしょ!』


『そうだ。このプロジェクトはそもそもあいつの名前から始まっているんだ。沼の水は単なる念の為の検証に過ぎない。さぁ、いでよ! カイメンカッセースライミー!』


 その後ヒロは朝作った洗濯場に移動し、インベントリから取り出したカイメンカッセースライミーの冷凍死体を慎重に慎重に温度変化魔法で常温に戻し、プルプルの死体から魔晶を取り出す。

 すると魔晶を失ったスライミーは突然化学変化を起こすようにブルブルと震え出し、しばらくすると固くなって変化を終えた。


『…………』


『どしたのヒロ? 結果は……』


『来たぁぁーー!! 泡も出るしツルツルするし汚れも落ちてるぅぅぅー!』


『つ、ついにやったのね、アナタ!』


『おぉ、今まで苦労かけたなぁオマエ!』


 こうして異世界生活4日目の夕方にして、ヒロは念願の【石鹸】を手に入れたのだった。

 そして、沼の液体を固形化するためだけに覚えた【湿度変化魔法】が、なんと【洗濯した衣類の乾燥】にもダイレクトに役立ち、もう【干す】という行為が必要なくなっていることに気が付くのだった。

 さらには、濡れたり汚れたりした衣類を【衣類のみを!】と念じて【インベントリ】に収納すれば、直後には余計な水分や汚れはおろか、ほこりや細菌までもが全て排除された【ほぼ新品衣類】となって取り出せることが発覚し、結局【洗濯】も【乾燥】も必要なくなっていることに気付くのだった。


 どんどん便利になる異世界生活。

 ヒロの冒険は始まったばかりである!





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