19日目 世界を巡る商人たち




 ヒロが異世界に転生して19日目。時間は午前7時頃。


 【ニョークシティ】【マンバタン島】6番街125ライン付近にある【テラース商会】事務所。

 昨日と同じソファに腰を沈め、ヒロは話を進めていた。


「ちょ、ちょっとヒロさん、そんなことは……いくら何でも……」


「そ、そんな話をいきなりされて、信じろって言われるオレ達の身にもなってくださいよ」


 ロデニロとサリンザが困り果ててヒロに確認を取る。


「ですから、信じてもらうしかないんですが、ここにいる【孤高のメガミウムスライミー】のウルさんが無限に分裂できるので、今日から新規支社開拓のために人員2名ずつを投入する予定の8都市に、ヒロ商店からの助っ人スタッフとして随行してもらおうと思っています。ウルさん、挨拶して♪」


「ピキュ! 【孤高のメガミウムスライミー】のウルなのでピキュ~。これからよろしくなのでピキュ!」


「スライミーが……普通に喋ってるよ……」


「昨日から……なんだか幻術にかけられてるみたいだ……」


「スライミーが喋ったくらいで驚かれても困ります。うちのウルさんは、遠く離れていても会話ができるんです。この凄さ、分かります? つまり、飛脚や魔物に書類を届けさせるようなことをしなくても、その場で情報がやり取りできるんです。こうやって目の前で話をしているのと同じ感覚で、【ユーロピア帝国】や【アンゼス共和国】にいる仲間と話ができるんです。情報が誰よりも早く手に入る。この優位性、皆さんなら誰よりも分かりますよね?」


「そんな夢みたいな話……突然言われても……」


「優位性という意味ではもう勝ったも同然ですね。その話が本当なら、ですが……」


「あと、さらに凄いこと言いますけど、うちのウルさんは、人や物をいくらでも運べます。しかも、分裂体の居るところならすぐに移動できます。この意味、分かります? そう、この、うちのウルさんさえ居れば、船も荷馬車も何も要らないんです。ようは、時間と距離と量の常識を超越した存在なんです。ですので商売においての我々の勝利はもう既に確定しています。めでたいですねー。ただ、ここから大事なことですが、俺に続いて、ウルさんの存在も、我々の間だけの極秘事項にして欲しいんです。ですので、表向きは【普通に商売をしている風】に見せるため、偽装用のものは多少用意して頂かなければいけません……。えっと、ここまでの話、ご意見はございますか?」


「……無い……です。いや、無い訳でも無いのですが、もう私共の経験と知識では処理が追いつきません。ここは是非とも、経験を通して理解させてください。ここに集めた16人は私が厳選した精鋭スタッフです。覚悟はさせておりますので、どんな茨の森でも切り開いてくれることでしょう。行った先に骨を埋める覚悟ですので、どうかよろしくおねがいします!」


「いや、ですからね、うちのウルさんが居れば、この人達も気軽に帰って来られるんですってば。うちのウルさんのオプション性能として護衛も任せられるでしょうから、身の安全も含めて仰々しい覚悟は要らないと思いますよ~。皆さんは、ただただこちらが有利な商談を余裕を持って進めてくださればいいってだけですから結構ラクな筈です。むしろ命を懸けて貫いて欲しいのは、俺やウルさんという【異常な存在】について気付かれないようにするってことです。この点において、どこかの王族や豪商なんかにバレて絡まれるようなことがあった場合、その時は、皆さんとのお別れの時だと思ってください。俺らは一瞬で華麗に消えてみせます。逆に俺らのことを秘密にしてくれている間は、このチート感満載で圧倒的に有利な商売を続けることが出来るでしょう。そう、ただそれだけのことなんですよ」


「はぁ。とにかくヒロさん達については絶対に他言しないと誓いますよ。今はそんなところで勘弁してください。なにしろ聞いたこともない話を今から実行するってことで、みんな混乱気味なのは否定できないところなんです。何ならもう、とっとと連れて行ってください(苦笑)」


「そうですね、確かにさっさと実行するのが一番かもですね~。ではみなさん、出発しましょうか♪」


「「「「「「「「はいっ!」」」」」」」」


 【テラース商会】本部事務所に集結した16人から気合の入った声が響いた。


「それでは皆さん、まずは人目に付きたくないので、この事務所から誰も見てないところまで転移してもらいます。ウルさん、各地に散らばってるウル分体の中でさ、周りに人間や魔物の気配がないところに居る子ってサーチできるかな?」


「いるピキュ! 【ニョークシティ】と【スタフォルド】を結ぶ街道を移動中のウル分体の辺りは、全く人も魔物も居ないピキュ~」


「じゃあね、まずはその子のところへみんなを転移させてほしいんだけど、とりあえず念の為に俺がひとりで先に行くわ。向こうの状況と安全を確認したら呼ぶから、その時はみんなまとめて転移してねー。じゃあ行ってくるよ。ウルさんよろしく~」


「はいなのでピキュ!」


 するとヒロの周りを表面巡回していたウル達が一斉に繋がってひとつのウルとなり、たちまちヒロを包み込んでトゥルンッと小さくなったかと思うとすぐにフッと消えた。

 そして1分ほど経過した時、ソファで会話していたウルが何かを受信して話しだした。


「みなさ~ん、ヒロさんからの伝言ピキュ! 転移先の安全が確認できたそうなので、今からウルが分裂して生まれる新しいウルに食べられて転移してほしいのでピキュ~」


 言い終わると同時にウルは分裂し、片方のウルが次々に、待機していた16人のスタッフを呑み込んでいった。

 中には“うわっ”とか“ひっ”と声を上げて怯える者も居たが、大半はヒロの消える様を見て覚悟を決めていたのか、目を瞑る程度で素直に身を委ねていく。

 かくして16人の転移は、わずか30秒ほどで完了したのだった。


「……消え…………たな……」


「消えた……な……」


 残されたロデニロとサリンザは呆然としながらソファにもたれかかり、ゆっくりと茶をすすっている。


「ズズズ…… お茶がうまいねぇ、サリンザ……」


「……ズズズ…… そーだな、ロデニロ……」


 不安と期待の板挟みで心が潰れそうになりながら、当面は何も出来ない。

 そんな何とも言えない空気の中、2人はただただ茶をすするのだった。





 【ニョークシティ】と【スタフォルド】を結ぶ街道の途中の川辺。

 16人のスタッフは、早速ヒロから説明を受け、【流星4号★マイクロバス】に乗車していた。


『ありゃ~。よく考えたら、まず俺とウルさんだけで各都市を回ってさ、ウルさん分体だけを配置して、そんで各担当者を事務所から直接現地のウルさん分体のところへ送り込む段取りの方が良かったよね~。あ、それか、俺が16人をインベントリ収納して配り歩くって手もあったのか……』


『確かにそれぞれ効率的ピキュが、【移動したという実感】を経験することも大事なのでピキュ~。ここはヒロさんがせっかく作った17人乗りの流星4号で空の旅を楽しむのでピキュ~』


『ま、そーだね。合理的な生き方が最良の人生とは言えないしねー。じゃあ空の旅に飛び立つかー』


 脳内会話の後、ヒロは実際に喋りだす。


「みなさん、設置してあるひとり掛けソファに各自お座りください。この黒くて巨大な四角い箱は、俺が作った乗り物でして、今上昇していますが、ある程度の高度まで達したら凄い速さで飛んでいきます。出来るだけやさしく加速しますが、結構なG……後ろに押されるような感覚に襲われると思いますので覚悟しておいてください。では行きますよ~」


 ヒロは飛び立つ際にまず、まだ未使用のスキル【迷彩】を試してみることにした。

 【流星4号★マイクロバス】の巨大な輪郭を【スコープ】で正確に視認しながら包み込むようなイメージで『迷彩』と念じてみる。

 すると【スコープ】から見た流星4号の姿は【ヒロだけに認識できる赤いライン】のみを残し、実体はキレイサッパリ視認できなくなり、試しに様々な角度から確認してみても、そこには何も見えなかった。


(よーし! 1回で完璧に把握した。この【迷彩】もまた超便利なスキルだわ。【スコープ】で360度どこから見ても透明……つーかフレームライン以外何も無いようにしか見えん。ますます俺の隠密性能が加速していくなぁ♪)


 透明になった流星4号を高度500mほどまで上昇させた後、ヒロはゆっくりと横方向に進み出す。

 まずは【ユーロピア帝国】に向かい、【スパルトガル領マードリ】、【イングラル領ランダ】、【フーランツェ領パーリ】、【ゲルマイセン領ベルリネッタ】、【タリアッテ領ベネッツァ】の順に、【担当スタッフ2名とウル分体1体】の3人セットを下ろして行き、【アウリカ王国】の【ナイジラ領ラゴ】を経て、最後に【アンゼス共和国】の【コロンバ領ポゴダ】、【ブランジール領レオジャーノ】で最後のチームを下ろした頃には総移動距離が2万3千キロを超え、マンバタン時刻は午後8時となっていた。


『ふぅ~~。これで予定の8都市全部を1日で回りきったなぁ~』


『ヒロ~、なんか途中ですんごいスピード出してたよね~』


『ピキュピキュ! あんなスピード初めてピキュ! 気持ち良かったのでピキュ~♪』


『最高で時速4千キロほど出した瞬間があったんじゃないかなー。俺も時速千キロオーバーは慣れてなかったからドキドキしたけど、いざ飛ばしてみると流星4号ってばビクともしなかったねー。さすがメガミウム製。時速1万キロでもへっちゃらかも』


『メガミウムは唯一無二にして究極かつ至高の物質なのでピキュ! えっへんなのでピキュ!』


『そー言えばウルさん、今朝には正常に戻ってたよね~。昨日は本気で心配したよ~』


『う…… 改めて謝罪するのでピキュ~。ヒロさんに悪絡みしただけじゃなく、全ウル分体にオーバードースをもたらせてしまい、挙句の果てにはヒロさんボディの表面巡回すら疎かにする始末。ウルは腹を掻っ捌いて責任を取ったのでピキュが、ハラキリ程度ではゼロダメージだったので、こうして恥を忍びつつ今もヒロさんに尽くさせて頂いている身なのでピキュ~』


『いやいや、気にしないでよ~。ホント無事で良かったよ。ちなみにメガミウムを過剰摂取したあの状態って、酔っ払ってるみたいに見えたけど、実際はどんな感覚だったの?』


『メガミウム……恐るべき物質なのでピキュ~。最初の1口目は爽やかに抜け、2口目は円やかに纏わり、3口目は慎ましやかに潜み、4口目は雅やかに立ち、5口目は華やかに舞い、6口目は賑やかに歌い、7口目は綺羅びやかに佇み、8口目は艶やかにくねらせ、9口目は鮮やかに翻し、10口目は密やかに契り、そして晴れやかに結ぶ……みたいな味なのでピキュ!』


『全然わからん』


『とにかくやめられない止まらない、なのでピキュ! そして調子に乗って食べ過ぎると、サイケデリックでメランコリックでエキセントリックなキューブリックにヒステリックでエレクトリックなガリガリガーリックがジオメトリックでシンボリックなハットリトリトリックをキメちゃうみたいなことになるのでピキュ~。昨晩のウルはまさにそんな状態だったのでピキュ~』


『ますます分からんけど、とにかく気をつけてね。ウルさんあっての俺だからさ。あとハラキリはもうしちゃダメだよ~』


『ピキュピキュピキュ~♪♪』


 ウルはヒロの言葉に感激し、7色に変色しながら表面巡回するのだった。


『ところでヒロ~、この後は一旦【テラース商会】に帰るの?』


『そーだねー。このまま徹夜で世界中にウルさん分体を配りまくってもいいんだけど、なんか【夜は寝る】っていう習慣が定着しちゃっててさ、つーか俺にとって快楽行為の上位に【睡眠】が入ってきてるから、ぶっちゃけ楽しみで寝てるだけなんだよねー。よく考えたら俺、一生一睡もしなくても大丈夫なスペックになってるんだから【睡眠】は【贅沢】として味わってるんだわ。だからこそ、まぁ結局は帰って寝るんだけど……』


『了解~。じゃあウルさん転移で【マンバタン島】に帰りましょ~』


『はいよ、ウルさんよろしく~』


『ピキュピキュ転移ピキュ~!!』


 次の瞬間、【アンゼス共和国】【ブランジール領レオジャーノ】の片隅からヒロの姿が消えて無くなった。





 【マンバタン島】【テラース商会】事務所、午後8時20分。

 ヒロは前触れもなく突然現れた。


「ただいま~」


「お、ヒロさん。お帰りなさい。ご無事でなによりです」


「おー、ロデニロさん。ただいまですー。ついさっき8都市全部の人員投下が完了しましたよー」


「いやヒロさん、そこなんですがね、さすがに私も信じることに慣れましたよ。ほら、見てください」


 ロデニロに促されて事務所の片隅に目をやると、そこには大小様々なものが並んでいた。


「これは……なんですか?」


「まぁ、一見バラバラの品々に見えますが、よく見ると、これが各都市からのお土産なんですよ」


「……あ、本当だ」


 そこには、【ユーロピアナッツチョコレート】【木彫りのユーロピア熊】【スパルトガル饅頭】【マードリサブレ】【イングラルマドレーヌ】【ランダのひよこ】【フーランツェのペナント】【パーリのスノードーム】【木彫りのゲルマイセン熊】【ベルリネッタサブレ】【タリアッテのペナント】【ベネッツァの白い恋人】【アウリカの月】【木彫りのアウリカ象】【夜のお菓子モロンコパイ】【カサンブランサブレ】【アンゼスロール】【木彫りのコロンバ熊】【ポゴダ漬け】【木彫りのアンゼス熊】等など、今日巡った都市の土産物が山のように積まれていた。


「これは……みんなからですか?」


「そうなんですよ。ヒロさん達が去った後、3時間ほど経ってからでしたかね。まずは【スパルトガル領マードリ】に赴任予定だった2人が突然現れてですね、“ヒロさんの話は本当だった! もうマードリの町中で不動産交渉を始めている。この勝負貰った。そしてこれは土産だ”などと捲し立てたかと思うとまた消えて、暫くしたら今度は【ランダ】の奴が現れて、の繰り返しでして、結局【ポゴダ】の奴まで持って来たんです。なんでも各都市のウルさんが異口同音に“みんなでお土産買って到着報告をするピキュ♪”という提案をしたらしく、次々と同じようなセンスの土産を持って帰ってきてはまた去っていきましたよ」


「そっかー。ウルさんが音頭を取ったんだね~」


 すると事務所番のウルが嬉しげに話しだした。


「ピキュ! 本人達から直接現地の興奮をお届けするのがベストだと考えたのでピキュ! ついでにお土産も持ち帰ればリアリティが増すのでピキュ~」


「なるほど~。それじゃあロデニロさん達も【ウルさんによる流通革命】を理解して貰えましたかね?」


「もー嫌と言うほど信用しました。1日中、各都市の担当者が興奮してやって来ては去っていくんです。みんな目を輝かせていましたよ」


 すると突然、事務所番のウルがプルンッと揺れたかと思うと、


「来るピキュ~♪」


 と声を上げた。


「おっと、噂をすれば、最後の【レオジャーノ】担当者かな?」


 ロデニロが予想すると、事務所番ウルから別のウルがヒュッと現れて2人の男を出現させる。

 すると、その2人の男の手には【木彫りのブランジールピラルクー】と【レオジャーノサブレ】が抱えられていた。


「ロデニロさん、凄いんですよ! ヒロさんの話なんですが……」


「もういい、その話は1日中何度も聞いて飽きた。土産だけそこに置いてとっとと【レオジャーノ】に戻って寝ろ。明日からは商魂の嵐を吹き荒らせよ!」


「冷たいな~。分かりましたよ、すぐ戻ります♪ ウルさんよろしくおねがいします~」


「はいなのでピキュ!」


 【レオジャーノ】担当の2人はニカッと笑うとウルに吸収され、風のように去っていった。

 そしてロデニロが神妙な面持ちで口を開く。


「改めましてヒロさん、この度は奇跡のような商売のお話をいただき、本当にありがとうございます。ウルさんの御助力によりもたらされたうちの商売の変革は、理解出来ましたし、もはや何ひとつ疑ってなどいませんが、……正直、恐ろしく思っています」


「……それは正しい反応だと思いますよ」


「この異常とも言える神の如き優位性が、権力者や大金持ちに知られた時の事を考えると……私はもう安眠を貪るようなことは二度と出来ないかも知れませんよ」


「そういう危機感をしっかり持って頂けている様子を見ると、俺もロデニロさんに肩入れして良かったと思えます。大丈夫ですよ。既にロデニロさんをはじめ、この本部で働いたり各地に飛んだスタッフ、つまり俺の事を知ってしまった【テラース商会関係者全員】に、ひとり1体のウルさんを付けていますから。そこらの国の諜報暗殺部隊程度が相手なら、ウルさん分体ひとりで身の安全を確約できます。逆に今の段階からウルさんの監視がスタッフ全員に付いたことにもなり、みなさん、もう簡単には俺を裏切ったりできません。残念でしたね~♪」


「いや、それはそれで私の仕事と不安が減って非常に助かります。もしうちを裏切ってヒロさん達の情報を売ったり漏らしたりする裏切り者が出た時には、遠慮なく好きなようにしてください。既に全員に誓いを立てさせていますので、何の遠慮も要りません」


「まぁそのへんの事情は、全ウルさん分体から担当スタッフに直接説明するよう伝えてありますから、自分の護衛兼サポートのウルさんから一通りのことを直接聞かされて、それでも裏切ろうとする馬鹿はなかなか居ないと思いますよ~」


「確かに。そこまで愚かな人間はここには居ないはずです。ヒロさん、重ね重ねありがとうございます」


「あ、あと、さらに重ね重ねるとですね、ウルさん、どうやら在庫管理や帳簿の作成めいたことも出来るみたいなんで、経理業務のスタッフも急いで募る必要は無いと思いますよ」


「……ウ、ウルさんは、神の化身ですか……?」


「違うのでピキュ! ヒメさんから借りた【ゴブリンでも分かる経理のあれこれ★棚卸しから貸借対照表まで】が殊の外分かりやすくて役に立ったってだけなのでピキュ! ウルは只の平凡な【孤高のメガミウムスライミー】なのでピキュ~♪」


「本人、そう言ってます」


「今に、“人の姿になって世界を治める”とか言い出しそうですね……」


「あながち当たっちゃうかも知れませんよ、その予想♪」


「そんなの興味ないのでピキュ~。ウルはヒロさんと共に生きてヒロさんの喜ぶことをするだけなのでピキュ!」


「ウルさん! 最愛の息子よ♪」


「それでしたら私も、ウルさんと共に、ヒロさんのお手伝いをさせていただきます。この命が尽きるその日までよろしくおねがいします」


「ロデニロさんありがとうございます。ただ、そんなに肩肘張らなくていいですよ。気軽にいきましょう。それで早速なんですが、この世界のこと、そして【ユーロピア帝国】の商人について教えてほしいのですが……」


「はい、私の知ることなら全てお教えします」


 ヒロは、この日各地域を巡って見聞きした事も念頭に置きつつロデニロに質問を投げかけ、この世界の情報を聞き出した。




□この世界の情報[ロデニロからのもの]


■この世界には、ヒト、ドワーフ、エルフ、獣人、ほか様々な人種が各地域で混在してはいるが、それぞれの種族は種族由来の国家を持っており、主権が多種族に渡ったことは過去にない。

■最も人口が多く文明が進んでいるのはヒトが治める【ユーロピア帝国】であり、国内での覇権争いや商取引は活気を帯びており、他国に対する貿易や侵略行為も極めて積極的である。

■最も技術開発が進んでいるのはドワーフの【アンゼス共和国】だが、一部の研究者による技術開発が際立っているだけで、大半のドワーフは国力の強化や世界への侵略、戦争などに興味がなく、性格は概ね理性的で温厚である。

■エルフは極めて排他的で、ごく限られた対象としか多種族との交流は行っておらず、その文明レベルに関しても不明な点が多い。

■獣人は【アウリカ王国】をはじめ、【インダーラ連邦】や赤道付近の諸島群に至るまで広範囲に分布しているが、獣人の中の種族による独立性が細分化しており、国や地域によってその性質もバラバラである。

■最も発展している【ユーロピア帝国】は、【アンゼス共和国】からスカウトした【ドワーフ技術者】と共同で、帆を必要としない【魔素ガレオン船】の量産を進めており、現在建造中の最新船は鉄製で1万トン級の大きさらしい。

■【ユーロピア帝国】の【魔素ガレオン船】は、国が保有する戦艦だけで50艘ほどあると言われており、同じく国有の商船が30艘、さらに民間に売り渡されたものが30艘ほどあるらしい。

■【ユーロピア帝国】の民間船の中には、武装戦艦に改造され、母国から許可を得て他国の町や運搬船を襲い、金品または土地や人を強奪する国の下請け海賊が存在する。

■他国にも貿易用の船は存在するが、質と量で【ユーロピア帝国】が群を抜いている。

■交易品は、魔晶、魔物素材のほか、金・銀・その他鉱石類・宝石類・麻薬・毛織物製品・綿織物製品・紙・陶器・磁器・木材・石材・酒・魔タバコ・動物性油・植物性油・砂糖・塩・コーヒー豆・茶葉・香辛料などが取引されている。




「なるほど~。つまり、【ユーロピア帝国のヒト共】が無双状態でブイブイ言わせているって感じなんですねー」


「まぁそういうことです。特に【アンゼス共和国の技術者】を何人かスカウトしてからは、建造するガレオン船のサイズと性能が格段に進化し、何よりも【魔素】を動力源として航行できる【魔素ガレオン船】が開発されたことにより、追随を許さない状況になっています。中でも軍艦の建造量が増えており、近々鉄で出来た船が完成し、大きな侵略が始まるんじゃないかと、もっぱらの噂ですよ」


「ん~。それは物騒ですねー。もし本当に【ユーロピア帝国】による大虐殺や蹂躙が起こりそうになった時は、我々が暗躍して止めないとですねー」


「ヒロさんもまた物騒ですね。そんなこと…………あ、ヒロさんならできるのか」


「ロデニロさんは、【ユーロピア帝国】がこの世界の覇権を握り、他国を侵略していくことに賛成ですか?」


「え、っと、その、正直に言いますと、賛成とか反対なんて考えたこともありませんでした。私共は時代の流れをできるだけ早く正確に読んで、商いをする……。それ以上でも以下でもないと言いますか……」


「確かにそうですよね。世界中で王や貴族や教会が土地や人を支配している現状で、国をどう動かすかなんて、考えるだけ無駄ですよね」


「ヒロさん、冗談抜きでお聞きしますが、あなたは【影の王】になろうとしているのですか?」


「いやいや、超面倒臭がり屋の俺が、そんな野望持つ訳ないじゃないですか~」


「は、はぁ……」


「……ただねロデニロさん、」


 ヒロの表情から笑みが消えると、ロデニロは背筋に冷たいものを感じた。


「もしこの世界に【支配するもの】と【支配されるもの】が存在し続け、その境界線が何をどうしても無くせない宿命なのだとするならば、俺は出来るだけその境界線をぼやかして、1人でも多くの【支配されるもの】が幸せに一生を終えられるような世の中になるといいなぁって思ってるんですよ」


「…………」


「つまり、権力や財力の集中が起こらないように、我々でコントロールしたい、ということです」


「……私共の力で、そんな大それたことが……出来ますかね?」


「出来ますよ。考えてもみてください。既に我々はたった1日で、世界8都市の拠点作りを同時に開始し、これからは船など無くても一瞬で行き来でき、物や人を無限に運べるんです。まだ始まったばかりですから矢面に立つには未熟ですが、我々が暗躍して【世界に蠢く行き過ぎた勢力】を縮小させることくらいは容易いんじゃないでしょうか。まぁ、具体的な方法は、個別の勢力が実際に膨れ上がって蠢き出してからじゃないと立案しづらいですが、我々の情報網と能力を使えばそれなりに対応できると思います」


「ヒロさんは、権力者や大金持ちがお嫌いなんですか?」


「いえいえ、それは人によるでしょう。全ての権力者や大金持ちが排他的で敵意に満ちているとは限りませんし、我々にとって悪魔に見える人物が別の立場からは天使に見える事もありえます。これは善悪の話ではないんです。そもそも【善】とか【悪】に普遍的な定義はありません。いつの世も、その時その場所を支配する聖職者や権力者にとって都合のいい行いが【善】であり、都合の悪い行いが【悪】なんです。【罪】とか【罰】なんかも同じこと。あくまでも支配者による一方的なローカルルールなんです。だから我々はそんな曖昧で個人的な価値観に振り回されるべきではありません。我々が今後、最も注視していくべきパラメータは【欲】。もっと言うと【欲の爆発】。言い換えれば【欲のスタンピード】。東西南北、世界中に仲間を配置して、出来るだけ正確に、この【欲の噴火】を察知し、その質と量を見極めた上で鎮火させるかどうかを判断し、必要と判断したならば迷わず鎮火させる。その上で殺す場合は出来るだけ少数を殺す。そして必ず暗躍する。これで世界は、少なくとも【支配されるものたち】にとっては、今よりはずっと過ごしやすくなると思うんですよ」


「なるほど、極端な欲望の暴走を監視して、争いの火種を消していく……ということですね。しかしヒロさん、そんな話を3ブロック先の教会でしようものなら、クリスタル教の連中に取り囲まれて、最終的には炙られてしまいますよ」


「まぁ、我々にはウルさん分体がついてますから、どんだけ囲まれても返り討ち確定ですがね」


「しかしそうなると、たちまち大騒ぎでしょうね」


「はい。俺が暗躍にこだわるところですが、力を持った存在として目立ってしまうのは、とにかく避けたいんです。庶民目線で言うところの世界平和には、絶対に英雄は要らない。なぜなら象徴が明確化されてしまうと、結局はその象徴に欲が群れ集まり、英雄そのものが欲の噴火地点になってしまいますからね」


「欲望の地ならし……ですか。確かにそんな事が出来たら、身分の低い者……つまりこの世界の殆どの人々が救われますね」


「そういうことです。そして、そんなことが出来るのは、世界で一番高い能力が集中していて、なおかつ私欲の暴走の抑止が可能な集団、つまり我々だけなんですよ」


「最初は……とてつもなく大きな商売の話として聞いていましたが…… これはつまり、宗教に近い話なんでしょうか……」


「商人のロデニロさんにはそう感じられるかも知れませんが、決してそんな堅苦しいものではありませんよ。俺がこの世界を【弱い人達の立場から過ごしやすい世界に変えたい】ってだけです。差し当たっては、強国による世界進出、つまりは、一国の王や貴族や教皇の欲で、関係ない地域の人々が大量に侵略され虐殺され蹂躙されるような事態を鎮火させる。つまり、【滅茶苦茶殺る奴は潰す】。それだけでいいと思っています」


「確かにこのまま【ユーロピア帝国】が他国に侵攻すると、もう取り返しのつかないような一方的暴力が膨れ上がっていくのだろうと予想できますね。特にヒト……厳密に言えば、【ユーロピア帝国在住民・クリスタル教徒・白人】という3つの条件を併せ持つ奴らは、選民意識が強く、結束が固く、排他的で、残虐で、強欲ですから、歯止めが効かないでしょう」


「当面はそんな奴らの暴走を、我々の商売人としての能力で抑止していくのが目標です。あと、もしも我々側に膨大な暴力装置が必要な事態が訪れた時は……」


「時は……?」


「ヒロ一家が対処するので問題ありません」


「ヒロさんとウルさん……という意味ですか?」


「まぁ、ウルさん以外にも実は身内が居ましてね。パッと見は俺とウルさんで間違いないと思います。あまり気にしないでください」


「はぁ……わかりました。それでヒロさんはこの後どうするんですか?」


「俺はですね……そうだなぁ……。うん、俺は世界中を回って、ウルさん分体をバラ撒いてこようかと思います。これだけは俺にしかできない事ですからね。ですのでロデニロさんは明日から、各都市の担当者と連絡を取り合って、ここも含めた9都市の拠点の完成を目指してください。各所にウルさんが居るので宿屋やアパートの1室でも大規模な商売が出来るのは間違いないんですが、とりあえずは目立たないためにも【それなりに景気のいい商会が新しく店を出したらしい】程度の建物を手に入れ、セキュリティ強化を最優先にして大きくしていきましょう。当面の運営資金は俺の持つ魔晶や素材で賄って貰いますのでどんどん現金化してください。そして各地で信用できそうな人物が見つかり育ったら真の仲間に引き入れ、ウルさん分体を付けて新しい町に派遣する……を繰り返していきましょうか」


「はい、全力を尽くしますよ。あとこの【マンバタン島本部】にも、まだ30名ほどの信用できるスタッフがおりますので、10名ほどなら新天地への派遣が可能です。いつでも言ってください」


「まぁ暫くは現9都市の発展に力を注ぎましょう。物やイエンは急激に増やせても、人は慎重にゆっくりと育てないと組織崩壊の原因になりかねません。ロデニロさん、幸い我々はウルさん分体を通じてリアルタイムに繋がっていますから、何かあれば世界中のどこでも連絡できます。いざとなったらどうとでも対応できますから、平時はロデニロさんの好きに経営してください。本当にお任せしますのでよろしくおねがいします」


「了解しました。ヒロさんも明日からの旅、お気をつけ……いや、存分にお楽しみください」


「はい、そうします♪ では」


 ヒロは挨拶すると、そのまま【ハナランド】に移動した。

 事務所にはロデニロだけがポツンと残る。


「!…… ふぅ。こんな魔法みたいな現象にも、これからは慣れていくんだろうなぁ」


 誰も居なくなった事務所でロデニロはひとりごちる。


 こうしてヒロ達の異世界生活19日目が終わった。




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