第46話 突入作戦

 突入作戦当日の朝。

 リアンたちは町を出て、昨日の森へと向かっていた。

 夜遅くまでボードゲームをしていたせいで、みな眠そうに目をこすっている。

 

「おまえらはアホか……」


 そんなリアンとテルアとユニアの三人に、レノウが呆れた口調でぼやいていた。

 レノウは使い魔という体質のせいか、平気そうだ。

 

「大事な作戦前に睡眠をおろそかにするなど――」


 返事のない三人に、レノウがユニアの頭の上で、説教のようにまくしたてている。

 

 一行の頭の中を表すように、空は雲ひとつなく青い。

 これから突入作戦というには、あまりに気の抜けた空気である。

 

 しばらくレノウの説教は続いていた。


「そもそもだな――」


「なんか――よく喋るようになったな、おまえ」


 レノウの説教を遮るように、テルアが言った。


「……っ! これは、おまえらがいい加減だから――」


「みんなでゲームやったかいがあったな」


 そう言ってしたり顔をしたテルアに、レノウは眉を寄せる。

 

「……それになんの意味がある」


「さあな。でも、関係ないと思ってたことが、実はめちゃくちゃ大事なことだった――なんてのはよくあることだろ?」


 聞き返したテルアの真意をうかがうように、レノウは沈黙した。

 しばらくふたりが目を合わせていると、

 

「あ、そうだ。ちょっといいか?」


 テルアはそう言うと、ユニアの頭からレノウを取り上げ、自分の両手に乗せた。

 ユニアは眠そうに歩いており、レノウを取られたことに気づいていない。

 

「……なにをするつもりだ?」


 レノウが警戒の目をテルアに向ける。

 

「ちょっと目つぶっててくんね?」


「…………」


 テルアの指示に、怪訝な顔をしていたレノウだったが――これもゲームのおかげか、おとなしく従った。

 

 えらく素直なレノウに苦笑したテルアは、目を閉じ、足も止めて集中する。

 少しして、レノウの頭の上に銀色の魔法陣をつくった。

 レノウの小さな猫っぽい体をくぐらせるように、銀色の魔法陣を下ろしていく。

 

「……よし、いいぞ」


 テルアが合図を出すと、レノウがゆっくりと目を開ける。

 瞬間、目を見開き、自分の両手を眺めた。

 

「……こんなことをして、僕が敵側だったらどうするつもりだ?」


「まあ、それを確認するためのゲームでもあったわけだし」


 レノウが脅すように言ってはみたものの、テルアは気にも留めずに返した。

 そのままレノウをユニアの頭の上に戻す。

 

「これなら戦闘は無理でも、ユニアのサポートくらいはできるだろ?」


 テルアが得意げに言ってみせると、レノウは不満げな顔で返した。

 

 すると、ユニアがなにかに気づいたように声を上げる。

 

「――あれ? なんなんこれ?」


 異変を感じ、あたりをきょろきょろと見回すユニア。

 

「……おまえの魔力と同調させた。僕が頭に乗っているあいだは、魔力を感知できるはずだ」


 頭の上からレノウが淡々と述べる。

 

「うぇええ!?」


「さっすが、飲み込み早いな」


 妙な驚きの声を上げるユニアと、満足げに微笑むテルア。

 

「――ほんとなん! 目つむっててもリアちんとテルちんの居場所わかるん!」


 リアンとテルアのまわりを、目を閉じたまま走り回るユニア。

 魔力を感知するというのは初めてらしく、うれしそうにはしゃいでいる。

 

「――ん? どうしたの、そんなに走って?」


 リアンが今気づいた、という感じで声を出した。

 

「おう、おはよう。レノウを動けるようにしてやった」


「ああ、そういうことね」


 それだけで理解したらしいリアン。

 

「……リアちん、歩きながら寝てたん?」


「あ、ばれた?」


 ユニアがじっと見上げて言うと、リアンが頭を掻きながら言った。

 魔力を感じ取れるようになったおかげで、対象がどういう状態なのかが、ユニアにもわかるようになってしまったらしい。

 

「魔力を回復させるためにも、睡眠は大事だからね。少しでも寝られる時間を確保できるように、ってね。これも修行の成果だよ」


「さすが華色かしょくなん……」


 リアンがユニアに向かって、睡眠の重要性と修行の成果を強調していた。


「方向性がおかしいことに気づけ……。というか、そんなしょうもない技術を身に着ける時間ひまがあるなら素直に寝てろ」


 ユニアへ適当なことを吹き込んでいるリアンに、レノウが歪んだ顔でたしなめる。


「なんか――よく喋るようになったね。レノウ君」


 さっきも聞いた言葉に、ますます顔を歪ませるレノウ。

 

「おまえらなあ……」


 口の端を震わせ、怒りの笑みを浮かべる。

 

「――まあ、おまえならいい感じに動いてくれると思うから、ユニアのことよろしく頼むぜ、レノウ」


「よろしくなん!」


 テルアとユニアの言葉に、レノウはいつものように、鼻を鳴らして顔を背けた。

 

「……少し手を貸してやるだけだ、期待はするな……」


 そんなレノウを見て、リアンがうれしそうな笑みを浮かべると、

 

「よーし、じゃあユニアちゃんのお父さん、助けるぞ――!」


 リアンの掛け声に一同で応えると、調査団との待ち合わせ場所へと向かって行った。







「お待たせしました。ちょっと寄るところがあって――」


 リアンたちは少し遅れて待ち合わせの場所に着いていた。

 

「ああ、大丈夫だ。私たちも準備があったからね」


 団長のミナスが気にしていないような笑みで迎える。

 なにやら地図のようなものなどを出して、作戦を立てているらしい。

 

 軽く挨拶を済ませると、リアンは少し離れたユニアのところへ戻った。

 

 すると、入れ替わるように、テルアが調査団を見渡しながら、話し合いをしているミナスとリーゼルトのもとへ向かう。

 

「――あの、突入時の編成なんですけど、俺とリーゼルトさんが前衛、リアンたちとミナスさんが後衛って感じでどうですか? 俺も索敵は得意だし、リアンは範囲魔法が得意なんで」

 

「ふむ……そうだな……」


 テルアの提案に、ミナスが顎に手を当てて考える。

 さすがに二つ返事とはいかず、疑いの目を向けられていた。

 しかし、

 

「――いいんじゃないですか? 私はかまいませんよ?」


 ミナスがテルアの顔を見ながら悩んでいると、リーゼルトが横から声をかけた。


「ん? そうか……副団長がいいなら、そうしよう」


 気の抜けたように力を抜いたミナス。

 リーゼルトがあっさり受け入れたことを、意外そうにしていた。

 

「んじゃ、そういう感じで――」


 テルアは人のよさそうな笑みを浮かべ、足早に離れていった。






「うまくいった?」


 戻ってきたテルアに、リアンが澄ました笑みでたずねる。

 

「ああ、予定通りだ」


 テルアはいつもの生意気な笑みで言うと、小さな袋を取り出し、リアンに差し出した。

 

「……本気? 仕分けってそういうことだったの……?」


 小さな袋を見て、リアンが驚き――というより焦りのような顔を浮かべる。

 同じく小さな袋を見たレノウも険しい表情をしていた。


「今回、一番やばいのはケラヴノスだ。それとユニアの親父さん、そこだけは慎重に行きたい。あとのはどうとでもなる」


「……気をつけてね……やばくなったらすぐ知らせて」


 リアンが心配そうに念を押す。


「……算段は立っているんだろうな?」


「ある程度はな」


 すでに察したらしいレノウの問いにも、テルアは涼しい顔で答えた。


「テルちん、行くのなら止めないん。それがおまえの決めた運命さだめなのだろう……?」


 それっぽい会話にがまんならなくなったらしいユニアが、真似するように問いかける。

 その深淵な問いに、フッ、と意味深な笑みを浮かべるテルア。


「……わかってんじゃねえか。いざってときは――頼むぜ」

 

「……少し手を貸してやるだけなん、期待はするななん……」


 同じように意味深な笑みをつくり、フンッ、と大げさに鼻を鳴らすユニア。

 さっき聞いたばかりのセリフを吐いていた。

 

「……あんたたち、それ楽しいの……?」


 そんなふたりを、リアンが憐れな生き物を見るようにつぶやいていた。

 






「ここです――」


 大きな山に出来た洞窟のような場所の前で、リーゼルトが言った。

 傍目には岩や木に隠れてわかりにくくなっている。

 

「へえ……よく見つけたな」


「少し休もうとしたとき偶然ね」


 テルアが感心したようにつぶやくと、リーゼルトが照れたような笑みで答えた。

 前衛組があたりを見回し、敵がいないかを確かめる。

 

 周囲の索敵が終わったテルアとリーゼルトが、後方を確認すると、リアンたち後衛組が静かにうなずいて返した。

 

 全員が気を引き締める。


「では、突入します――」


 リーゼルトの掛け声と同時に、一行は敵のアジトへと侵入していった。

 

 

 

 洞窟の中はかなり広かった。

 ご丁寧にも明かりがつけられている。

 ここが敵のアジトであることは間違いないようだ。

 

 あたりを調べながら、慎重に進んで行く。

 

 


「……リアちん、なにしてるん?」


 最後尾を歩くユニアが、隣で歩くリアンに聞いた。


「シィ――! ちょっとね――」


 リアンが人差し指を唇に当て、静かにするよう促す。

 リアンは、さきほどテルアからもらった小さな袋からなにかを取り出し、それを一定間隔で落としていた。

 

 そのよくわからない行動に、ユニアが目を輝かせてうなずく。

 

 

 

 特に変わったところはなく、潜入は順調かに思われた。

 調査団の何名かにも余裕の表情が出始める。

 

 そうしてしばらく進んだところだった。

 

「――っ!」

 

 なにかに気づいたテルアが、声を出すより先に動いた。

 瞬時に移動魔法を使い、調査団の何人かを、後衛へと蹴り飛ばす。

 

「ぐあっ!?」

 

 蹴られた調査団員のうめき声が上がった。

 

「テ、テルア君!?」


 いきなりのことに、リーゼルトが困惑の声を上げる。

 

 と同時に、おそらく敵の――ここら一帯を包み込むような範囲魔法が発動した。

 

「――リアン、飛べ!!」


 テルアのその声に、リアンが素早く魔法陣を広げた。

 リアンも敵の魔法に気づいていたようで、対応が早い。

 

「こ、これは――!?」


 ミナスが突然のテルアの行動、範囲魔法の気配、そしてリアンの魔法陣に焦りを浮かべる。

 

「ミナスさん、ごめん――」


 リアンが緊張の色を浮かべている顔で言った。

 リアンのつくった魔法陣が、ユニア、ミナス、そして蹴り飛ばされた数人の調査団員を巻き込む。

 

「テルア……気をつけて」


 リアンはそれだけ小さくつぶやくと、構えていた魔法を発動。

 その場から一瞬でいなくなった。

 

 そして一瞬遅れて敵の範囲魔法が発動。

 テルアとリーゼルト、何人かの調査団員が敵の魔法に巻き込まれると、その場から姿を消した。

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