第3話 もうひとつの魔力

 リアンとテルアが出会ってから数日がたっていた。


 気が向いたらと言っていたテルアも、なんだかんだで毎日来ている。


 リアンのほうは彩焔刀さいえんとうを大きくするのに夢中になっていた。

 テルアの半分くらいにまでなっているが、まだまだ不満らしい。


 逆に大きく伸びたものもあった。話し方である。


 今までは相手がいなかったため、年のわりに話し方がぎこちなかった。

 しかし独学で第一言語の会話、読み書きを習得しようとしていたリアンである。

 テルアという話し相手ができてからは驚くほどのスピードで上達していた。




「むう……やっぱりちっちゃい」


 ふたりは今日もいつもの廃墟はいきょで遊んでいた。


「あきねえなあ、おまえも……」


 テルアは壁にもたれて座り込み、両手を頭の後ろで組んで、だるそうに眺めている。


「そんなこといわないで、おしえてよ」


 口を尖らせ、のんきに座っているテルアを促す。


「んー……。それなら――リアン、もうひとつ魔力持ってるよな? そっち使えばたぶんすぐでっかくなるぞ」


「ほんと!? どうやるの?」


「え? あー……俺もわからん……」


「だめじゃん……」


 リアンが眉をひそめてつっこむ。これもテルアから覚えたものである。




「ところで――リアンから見て俺ってどう映ってる?」


 珍しく不安げな表情をしたテルアがたずねた。


「え? ……テルアだけど?」


「いや、そうじゃなくて……魔力的にとか、術式的に」


「……? よくわかんないけど、みんなとおんなじだよ?」


「――そう、か。……ならいいや」


 テルアの含みのあるつぶやきに、リアンは首をかしげていた。


「まあ、彩焔刀に関しちゃ、すぐに教えられることは全部教えたよ。あとは実践あるのみだな」


「……すぐじゃないのもあるの?」


 切り替えたように話を戻したテルアの、微妙なニュアンスに反応してしまった。

 すると、テルアが妙にうれしそうに立ち上がった。


「ああ、基本から学べばもっと大きくできるぞ?」


 リアンが、どうするの、と聞きながらテルアのほうに近寄る。

 テルアは近くにあった木の枝を持つと、地面になにやら書きながら語り出した。




「彩焔刀の基礎術式構造は世界干渉を必要としない独立稼働術式で――――返ってくる術式の――――ってなわけで――――があるから――――」


 意味不明な呪文のような言葉を話し始めた。


「――――だから防衛術式が自動詠唱術式を――――から反復処理で――――するから――――あ、反復処理ってのは自動処理のじゃなくて――――」


 その光景に、リアンは死んだ魚のような目をしながら、呆然ぼうぜんと立ち尽くしていた。

 そんなのお構いなしに地面に図やら文字やらを書きながら、楽しそうに喋りまくるテルア。


「つまり、術式行使を省略でき――」


「テルア……なにいってるの? こわれた?」


 リアンがたまらず遮る。


「だから、彩焔刀の説明」


「ええぇ…………」


 眉を八の字にして、謎の生き物に対するあわれみの視線を、テルアに向けた。


「いや、だからこれが――」


 リアンの視線に納得がいかないテルアが、不満そうにさらなる熱弁を始めようとしていたときだった。


「――っ!」


 リアンがなにかを感じ取った。


「テルア! もりのほう、なにかいる! こっちきてる!」


「森……? あいかわらず感知すげえな」


 リアンが指さした方角をテルアも見る。少ししてテルアも気づいた。


「――ああ。これ、魔物だな、たぶん動物が変化したやつ」


「どうぶつさんが?」


「魔力を取りすぎすると魔物化することがあるんだよ。これくらいなら魔力取り出せば戻れるかもな」


「どうぶつさんにもどれるの!?」


 あっ、と余計なことを言ったかみたいな顔をするテルア。


「……あぶねえぞ……?」


「もどしたい! どうぶつさん、くるしそう!」


 考え込むテルアだったが、すでにやる気のリアンを見て、はあ、とため息をついた。


「あぶなくなったらすぐ逃げろよ?」


「うん!」







 木々をなぎ倒しながら、森から姿を現したのはクマのような魔物だった。

 大きさはリアンやテルアの五倍はある。


「ガアアァァ――――ッ!!」


 ふたりを見つけた魔物が激しい咆哮ほうこうを上げた。


「来るぞ! 構えろ!」


 テルアの声に、リアンもぐっと力を入れる。


「う、うん……」


 いざ目の前にしてみると、思いのほか大きく、後ずさりそうになる。

 

「リアン! できるだけ魔物の後ろに回り込んどけ!」


「え……? あ……」


 足がすくんで動けなかった。普通の動物はなんともなかったのに。


 魔物は動かないリアンのほうへ向かってくる。


「リアン!?」


 テルアの呼びかけに答えられなかった。


「ちっ、こっちだ!」


 慌てたテルアが彩焔刀さいえんとうで魔物に飛びかかった。

 しかし、魔物の体は魔力で覆われており、やいばが通らない。


「げ……魔力障壁、そういう感じか」


 宙に浮いたままのテルアを、魔物の腕が襲う。


「おわっ!?」


 受け身の体勢をとったが勢いよく飛ばされ、廃墟の壁に叩きつけられた。


 怒りをあらわにした魔物が、今度はテルアに向かって走り出す。


「あ! テルア!?」


「…………」


 テルアの返事がない。


 魔物が、今にもテルアに襲いかかろうとしていた。

 

 

 

 

 

 ――どうしよう、このままじゃテルアが……。


 ――いやだ!


 ――そんなのいやだ!


 ずっとほしかった、お話してくれる人。

 ずっと憧れてた、一緒にごはん食べてくれる人。


 誰も受け入れてくれなかった。

 誰も一緒にごはんを食べてくれなかった。

 いないみたいにされて、避けられて、ひとりにされて……。


 けど、テルアだけは違った。

 髪色のことも、遠くのことがわかることも、うまく喋れないことも、全部受け入れてくれた。


 ずっとずっとほしかった、大切な人。

 初めて出来た、大切な人。


 魔物は怖いけど……テルアが死んじゃうほうが、もっと怖い!!


 ぐっと目を閉じ、心の中で叫ぶ。

 今までもそうやってきたように――


(がんばるっ!!)




「だから……ぜったいたすける!!」


 リアンの目が桃色に光ると、大きな桃色の彩焔刀を具現化させ、一瞬で魔物の上空に飛んだ。

 

 桃色の花びらが舞う。


「だめえぇ――――!!」


 叫びながら渾身の彩焔刀を振り下ろす。


 ドンッ、と大地が揺れるほどの衝撃が起こり、魔物が地面に叩きつけられる。

 

「グギャアアアアァァ――――ッ!?」


 魔力障壁が爆散し、魔物の悲鳴が上がった。


「テルアはわたしがたすける!!」


 リアンの手にしていた彩焔刀は、うっすらと桃色の炎をまとっていた。

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