第4話 素直な言葉

 魔物に一発を食らわせた直後、リアンは、ぼてっ、と魔物の上を跳ね、地面に落ちた。

 彩焔刀さいえんとうと目の光も、いつの間にか消えていた。


「んぎゃ! ……っ!」


 頭っから落ちたが、すぐに起き上がってテルアに駆け寄る。


「テルア! だいじょうぶ!? テルア!!」


 テルアの体をおもいっきり揺らす。


「ん……? ああ、わりい、一瞬気失ってたわ……」


 テルアの無事を確認すると、リアンは安堵の表情を浮かべ脱力した。


 その後ろに、もう立ち上がっていた魔物が、リアンに向かって腕を振り下ろした。

 ドガンッ、と地面をえぐり、砂埃すなぼこりが舞う。


 パラパラと転がる砂利の音。


 それもすぐに落ち着き、視界が晴れる。


 しかし、そこには誰もいなかった。

 魔物がふたりを探そうと、振り返った瞬間。


 ――ヒュン。

 

 テルアが、鋭い目つきで彩焔刀を魔物の首めがけて振った。


 魔物は時が止まったかのように硬直し、その場に崩れ落ちた。

 首を斬ったかのように見えたが、傷はなかった――まるで何か別のものを斬ったかのように。







「ふう、なんとか終わったな」


 目を凝らし、魔物が完全に気を失ったのを確認する。


「――テルア!!」


 放心状態だったリアンが、はっとしてテルアに抱きついてきた。


「お、おい……」


「しんじゃうかとおもった……」


 そう言って、テルアの胸に顔をうずめる。


「ああ、わるい。怖かったか? その気になれば、いつでもおまえを背負って逃げるくらいの準備はしてたか――」


「ちがう」


「え?」


「テルアがしんじゃうかもって……こわかった」


「リアン……」


 そんなリアンに、愁いを帯びた表情でテルアが話す。


「俺は……ずっと一緒にいられるか、わからないからな……?」


「……どういうこと……?」


 不安げな表情で見上げたリアンの問いに、ずっと黙っていたことを、少しずつ吐き出していく。


「名前も、いや……俺の身体はみんなとは少し違うみたいなんだ……。誰かにつくられたみたいな……。術式が見えるのも、そこらへんが関係してると思う」


 リアンは黙って聞いている。


「だから、気持ちはうれしいけど……本当の人間かどうかわからない、いつ消えるかも知らないような俺とは――」


「ちがう!!」


 リアンが大声で叫んだ。


「テルアはちゃんとひと! だって、おはなししてくれたし、いっしょにごはんたべてくれたし――まりょくもちゃんとみえる。まちのひとよりテルアのほうが、まりょくきれい!」


 ぎゅっ、とテルアの服を握りしめ言う。


「だから……ひとじゃない、なんていわないで……」


 絞り出したようなリアンの声は、泣いているようにも聞こえた。


「リアン……」


「さみしいのも、いっしょ……」




 その言葉に、息が止まった。

 胸が一瞬、締め付けられたが、なぜか不快ではなかった。

 

 リアンに寂しい思いをさせないように、と考えていたつもりが、本当は自分がリアンに離れられるのが怖かったのではないか――


 身体が偽物だとか、つくりものだとかなんて、都合のいい言い訳にして。

 

 見ないようにしていた自分の感情も偽って――


(さみしい、か……)


 得体の知れない感情に、ぐちゃぐちゃの心に、すぐ整理をつけられるわけではなかったが――

 まっすぐに気持ちを伝えてくるリアンに、少しだけ、素直な言葉をかけた。


「ありがとな……飛ばされたとき、助けてくれて」







「どうぶつさん、だいじょうぶ?」


「ああ、こいつの持ってた魔力を使って治癒力を強化してやれば……」


 テルアは何やら魔物に術式を付与しているらしかった。


 魔物の下に魔法陣が出現すると、魔物はみるみる縮んでいき、リアンやテルアの倍くらいの、普通のクマになった。


「くまさん!」


 リアンがクマに抱きつくと、クマのほうもそれに応えるようにじゃれあった。

 

 テルアは疲れたのか、その場に座り込み、それをただやさしく眺めている。


 騒がしかった廃墟に、穏やかな空気が戻っていた。


 クマはリアンとひとしきりじゃれあうと、今度はテルアのところに、礼でも言うかのように顔を舐めにきた。


「ん? おわっ!?」


「やっちゃえ、くまさん!」


 リアンは押し倒されたテルアを見て、楽しそうに笑っていた。




 テルアをもみくちゃにして、ようやく気が済んだらしいクマは、ゆっくりと森へ帰っていった。


 クマに手を振っているリアンに、テルアが顔を拭いながら声をかけた。


「そういや、もうひとつの魔力、使えてたな?」


 えっ、とリアンが振り向く。


「ほら、魔物に一発食らわせたとき」


「あのときは……テルアのことたすけなきゃって……」


 リアンにはあまり自覚がないらしい。


「んー、精神的なものがトリガーになってんのかな……舞凪なぎも使ってたしな……」


「……舞凪なぎ? 舞凪まいなぎじゃなくて?」


 その問いかけに、テルアが不穏な笑みを浮かべる。

 待ってました、とでも言いたげな顔をして、まくしたてるように語りはじめた。


「それな! 正式名称は舞凪まいなぎなんだけど、実行術式的には詠唱省略式を――――組み込まれてる自動魔力識別処理式に任せて、発動認知係数に対する魔――――」


「うん、わかった。舞凪なぎです。テルアがいうなら舞凪なぎでいいです」


 死んだ魚のような目をしながら、リアンがそっけなく遮った。


「……おまえ、だんだんいい加減になってきたな……」


 しかしテルアの不服そうな様子とは対称的に、


「でも、テルアとおはなし、たのしい!」


 あどけない笑みを浮かべ、どこまでも幸せそうなリアンだった。







 ――そのころ、リアンとテルアのいる町からやや離れた森の中。


 二人の走る影があった。

 

 急いでいるのか、表情に焦りが見える。


「間違いないのか!?」


 鎧を着た、騎士のような男がたずねた。


「花の魔力なんて間違えようがないだろ。だが制御ができてない――おそらく、まだ子供だ」


 黒く長い髪を、後ろで束ねた女が答えた。

 軽装に魔導士と思われるローブを着ている。


「それって、六年前に滅んだっていう――」


「ああ――”華色かしょく”だ……!」

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