第5話 襲撃

 リアンとテルアがいる町の、はるか上空。

 あたりを染める夕焼けは、不穏な色を浮かべている。


 その中で漂う、謎の黒い影があった。

 だが黒いもやのようなものに覆われていて姿が見て取れない。


華色かしょく……ここにも生き残っていたか……」


 黒い影は低い声でそれだけつぶやくと、靄となってどこかへ消えていった。







 リアンとテルアはクマと別れたあと、ふたたび廃墟はいきょで遊んでいた。


「わたしあれやりたい! えほんのまほう! おはながぶわぁ~ってなる、ふたりでいっしょにやるやつ!!」


 ばっと両手を広げて身振りするリアン。


「ああ、最後のあれかぁー……」


 ところがいつも得意げなテルアが、あまり乗り気ではなかった。


「できないの?」


「いろいろ必要な物がなぁ……」


「ひつようなもの?」


「んー……、あれの原型になった魔法があるはずなんだよ。そっちを見れば何かわかるかもな」


「げんけー……?」


 リアンが難しい顔をして首をひねる。


「そ、絵本の魔法なんて、大抵は実在する魔法をベースに考えられたものだからな」


彩焔刀ひかるけんのやつ舞凪びゅんってするやつも?」


「あれは……どうだろ、妙に術式しっかりしてるから……俺も使い易くて使ってるし――あ、そうだ」


 テルアが何かを思い出したようにリアンに近寄った。


「どしたの?」


 リアンの問いかけに、テルアは黙ってリアンに右手をかざす。


「もうひとつの魔力使ったって言ってたろ? それが垂れ流しのままだったんだよ」


「だめなの?」


「別にいいけど、わかるやつにはわかるから……化け物みたいなやつがいるなって思われるぞ?」


「……っ! やだ!」


「だからまあ、すぐにコントロールはできないだろうから、俺の偽装術式で隠しといた」


「ふーん……」


 リアンは急に真顔になって、テルアをじーっと見つめた。


「……何?」


「またひとりおしゃべりするのかなって」


「……おまえ、俺をなんだと思ってるんだよ……」







 リアンはテルアと別れて孤児院に向かっていた。

 テルアと出会えたとはいえ、孤児院が憂鬱な場所であることに変わりはない。

 帰り道はいつも気分が落ち込む。

 

 今日は少し遊び過ぎて、あたりは暗くなっていた。


「はやくあしたにならないかなぁ」


 そう、小さくつぶやきながら歩いていたときだった――


「――っ!!」


 異様な何かを感じ取った。


「なに……これ……」


 クマの魔物と似た嫌な感じ……。

 だが、それとは比較にならないほどの禍々しさだった。


 あたりを見回すが、何も変化はない。 

 

 勘違い……?

 

 そう思った瞬間――


 ドガァンッ、と近くの広場から爆発音が聞こえた。

 街の人の悲鳴が上がる。


「えっ!? なに?」


 慌てて爆発のあった方向を見る。

 広場のほうで炎が広がり、煙が舞い上がっていた。


 恐怖を感じつつも、広場のほうが気になり、何があったか確認に向かう。

 暗く狭い路地へ入り、建物と建物のあいだから、こっそりと広場の様子をのぞいた。


 すると、広場の中央、燃えさかる炎の中に、ひとりの人影があった。

 見た目は体格のいい男に近かったが……、褐色の肌に、額に大きな一本角を生やした――そう、魔族だ。


「うっ……」


 直接見たその魔力は、思わず吐き気を催すほどの”混沌”だった。


 一本角の魔族はいぶかしくまわりを眺めている。


 そのとき、リアンの視線を感じ取ったように、こちらを振り向いた。


(ばれた!? にげなきゃ!)


 急いで引き返す。今度は動いてくれた。

 クマの魔物と戦った経験がいきたのかもしれない。

 

 しかし、リアンが引き返そうとした、その一瞬で回り込まれる。


「――えっ!?」


 一本角の魔族の蹴りが飛んできた。

 

 ――ガンッ!!


 間一髪、魔力での防御だけはなんとか間に合わせたが、受け身もとれず、広場まで蹴り飛ばされた。


「んぎゃ!」


 リアンは一度地面を跳ね、広場の中央で止まった。

 体が炎の明るみに照らされる。


「子供……? 何かに干渉されたような気がしたが……」


 そう言いながら、一本角の魔族が暗い路地から出てきた。

 やや困惑しながらも、余裕の表情を浮かべている。

 それだけ自分の力に自信があるのだろう。

 

 

 しかし、リアンの、桃色の髪に白い毛筋が入っているのを見た瞬間だった――


「なっ――その髪!! ”ルーリイン”!?」


 表情を一転させ、驚愕の声を上げた。


「まさか……まだ子供が生き残ってたとは……だが、これですべて終わりだ――死ね」


 一本角の魔族が鋭い爪を剥き出しにし、魔力を込めてリアンに向け振った。


 体を起こそうとしていたリアンが魔力の斬撃に気づく。

 しかし、体が動かない。

 ダメージは予想以上に大きかった。


「あ……」


 目の前に魔力の斬撃が迫る。

 

 間に合わな――


「リアン――!!」


 心臓が跳ねる声が響いた。

 と同時に体を抱かれ、一瞬で近くに移動したことに気づく。


「テルア!?」


 見上げたまさかの顔に思わず叫んだ。


「避けられた……?」


 テルアはそのまま、一本角の魔族を一瞬にらむと、リアンを背負い、舞凪なぎを使って音もなく消えていった。

 

 テルアの逃げた方角を不可解に見つめる一本角の魔族。

 一瞬の出来事に理解が追いついていないようだった。


「……何者だ? 気配はなかったはず……しかもあの術式は――」







 テルアはリアンを背負い、いくつかの建造物の上を飛び回り、少し離れた建物の陰に隠れていた。

 

 テルアはあたりの様子をうかがうと、ひと息つき、


「リアン、大丈夫か!? 急にやばい魔力を感じ――」


「――テルア!!」


 テルアが言い終わる前に、リアンが涙ぐみながら抱きつく。


 テルアは安心した表情を浮かべたあと、今度は真剣な表情でリアンにたずねた。


「リアン、何があったんだ……?」




 リアンはテルアに何があったか説明していた。


「――で、つのがぐううってあって、みたら、ばってきて、すぐ、がん! てされた!」


 リアンは身振り手振り謎の動きをしている。


「……お、おう……」


「で、つめが、ぎいいってのびて、びゅんって!」


「……うん……そうか……」


 テルアはリアンの説明に、「おまえも大概ひとりお喋りだぞ」と言いたかったが――今はその言葉をぐっと飲み込んだ。


「とにかく、あいつ相手に戦っても無駄だ……実力が違いすぎる……」


 テルアが険しい表情を浮かべる。


「どうするの……?」


「気配を消して、なんとかやりすごすしか――」


「そこにいたか」


 背後から低い声が響く。


「「――!?」」


 ふたりが振り向くと、そこには一本角の魔族が立っていた。


「気配を消すのはうまいようだが――ならば直接目で追えばいいだけだ」


「ちっ」


 焦りを見せたテルアが構える。


「妙なやつだが……まあいい、まとめて殺してやる」


 そのときだった――


「――っ!! テルア! まただれか、くる!!」


「え?」


 リアンのその言葉に、テルアが困惑の声を上げる。


「終わりだ――!!」


 一本角の魔族が爪を剥き出しにして振るい、魔力の斬撃を放った瞬間――


 ガキンッ、と魔力の斬撃は、大きな杖のような物によって弾かれた。

 斬撃が着弾した音が響く。


「おまえは……」


 一本角の魔族の表情が歪む。


「――なんとか間に合ったか」


 そう安堵の言葉を吐いたのは、長い黒髪を後ろで束ねた、魔導士の女だった。

 

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