第2話 いっしょ

「いってぇ……どこ見て歩いてんだよ」


 ぶつかった少年が、尻餅をついたまま言った。

 年齢はリアンと同じくらいだろうか。


「うぅ……え!? え?」


 リアンはぶつかった衝撃と、目の前の少年に混乱しているようだった。

 近くに人はいないはずだったのに、と。


 少年はうめきながら立ち上がると、地面にへたり込んでいるリアンを見下ろして、


「なんとか言えよ」


「え? なん、で? まりょく……あっ……ご、ごめんなさい」


「魔力?」


 すると、怪訝けげんな顔で見下ろしていた少年は、あっ、となにかに気づいたように聞いてきた。


「ひょっとして魔力で感知とかして歩いてたのか? ――ん、これでどうだ?」


「あ! まりょくある!」


 リアンに安堵の表情が浮かぶ。


「へぇー、やっぱりか! なんかいつも干渉してくるやつがいるなぁと思って――」




『ぐうううぅぅぅ~~~~…………』




「やべ、そうだった……」


 なにか鳴ったかと思うと、少年はお腹に手を当て、地面にへたり込んだ。


「あれ……どうしたの? ……あ! おなかすいたの?」


 うつむいたままの少年が、黙ってうなずく。


 今度はリアンがそんな少年を眺め、あっ、となにかに気づいたように自分のバッグを見て言った。


「ぱん、たべる……?」







「はい! あげる!」


 いつもの廃墟はいきょで横に並んで座ると、リアンはバッグから大きなパンを取り出して半分にし、少し大きいほうを少年に渡した。


 少年はパンを受け取ると、パンなんて久しぶりだ、と言いながらかぶりつく。

 リアンはそんなおいしそうに食べる少年を横目で見ながら、いつもより小さくなったパンを見つめた。


 隣に座っている少年を感じながら、ゆっくりとパンにかぶりつく。

 

「……!」


 ぎゅうっ、と胸をしめつけられたかと思うと……でも、あのときとは違って、じんわりとなにかが溢れ出るような、不思議な感覚に襲われた。


 胸のあたりが温かかった。

 うれしいがいっぱいだった。


(こんなのなんだ、いっしょって……)






「あー、うまかったぁ~……って、えぇっ!? お、おい……どうしたんだよ!?」


「――え?」


 リアンはパンにかぶりついたまま、ぼろぼろと涙を流していた。


「え? わ、わるい……俺がパン半分もらっちまったからか……?」


 少年が慌てたように聞いてくる。


 喉で声を上げながら、頭を横に振って否定した。

 そのままゆっくりと飲み込んでから、


「ごはん……いっしょたべるの……、はじめてだったから……」


「……っ」


 リアンの言ったことに、さっきまで元気だった少年が言葉を失い、暗い表情を浮かべる。


「えへへ……おいしい」


 それでも、リアンの幸せそうに食べる顔を見て、徐々にもとの様子に戻っていき、最後にはどこかやさしげな表情で眺めていた。







 リアンが食べ終わったころ、少年がたずねた。


「おまえ、名前は?」


 その問いに、リアンはバッグから絵本を取り出し、裏面を少年に向けた。


「これ!」


 名前が書かれた部分を見せる。

 少年の目が一瞬鋭くなった。


「ふーん……リアン……」


 そのつぶやきに、今度はリアンが、少年の頭を指をさした。


「……俺か? 俺は――」


「いっしょ!」


 少年が答える前に、リアンが言う。


「ん? ……なにが?」


「かみ! いろ、ちがうの……いっしょ!」


 少年の髪は青紫一色の中、右のこめかみあたりにだけ、桃色のメッシュが入っている。


 これか、と少年はつぶやき、桃色の部分をつまみながら、リアンの頭を見た。


「――まあ、一緒だな」


 その言葉にリアンは、ぱあっ、と目を輝かせながら、ウンウンとうなずく。

 そしてそのまま静止した。


 沈黙。


「? ……えーと、なに? 俺の名前?」


 ふたたびリアンがウンウンとうなずく。


「ええっと俺は――、えー……テル……あ? なんだっけ、ネ……」


 なぜか名前を思い出せない様子の少年。


「えー……てる……あ? テルア!?」


「……? ――ああ、それでいいや。テルア」


「テルア!? テルア!!」


 うれしそうに繰り返すリアン。

 そんなやりとりのあと、今度はテルアが指をさした。


「ところで、その絵本って――」


「これ? えほん! わたしのたからもの!」


「ふーん。きれいな本だな、売ったら金になり――」


「だめ!!」


 リアンが眉を逆立ててにらみ、絵本を体の後ろに隠す。


「冗談だって……」


 おちょくるようなテルアに、むうぅ、と小動物の如くうなるリアン。

 しかし、そだ、となにかを思いついたように、もとの顔に戻ったリアンは、


「よんであげる!」


「いや、いいよべつに――」


「むかしむかし、あるところに――」


 テルアが遮る前に、リアンは絵本を読み始めた。


「お、おい……。ったく話を聞かねえやつだな……」


 そう言ってあきらめたように座り込むテルア。

 ウキウキで読み始めたリアンを見つめて、苦笑していた。


「おはなの、くにの――」







「……偽装組み込み術式に、特定波長に対する精神干渉……おまけに自動修復術式まで……」


 黙って聞いていたテルアが小声でつぶやく。

 絵本を読んでいるリアンを意味深に見つめていた。


「おひめさまは……きしさまと――」


 リアンはテルアの視線には気づかないまま、ところどころつまりながら読み上げていた。

 初めて人に読んで聞かせるのは、よほど楽しかったらしい。


 しばらく探るような目を向けていたテルアも、しだいに表情を崩し、呆れた笑みを浮かべていた。






「……けんを、かさねて。おたがいをまもると、ちかいました――めでたしめでたし! どう? おもしろい!?」


 絵本を読み終えたリアンが、のぞき込むようにしてテルアに聞く。

 神妙な面持ちで聞いていたテルアは、ハッと我に返ったように口を開き、


「お、おう……そうだな」


「ほんと!?」


 テルアのうなずきに、さらに笑顔になるリアン。


「じゃあ――もういっかいよんであげる! むかしむかし――」


「……え? ちょっ、おい!?」


 ふたたび絵本を読み始めたリアンに、さすがに二回目はきついと慌てるテルア。


「あるところに――」


「それはもういい! あ、そうだ! ほら、これ――」


 そう言うとテルアは自らの右手に、魔力を使って剣のようなものをつくった。


「あ!! それ!?」


 興味を示したリアンに、テルアが、にいっ、と口角を上げて語り出す。


「その絵本に出てきた彩焔刀さいえんとうってやつだ。魔力操作で具現化させた、魔法の剣みたいなもんだな」


 リアンは大きく口を開けたまま、目をキラキラさせている。


「それから――」


 そう言った瞬間、ヒュン、とテルアがその場から消えた。


 えっ、と驚き、きょろきょろとあたりを見回すリアン。

 すると後ろから声が聞こえ、


「――これが、舞凪まいなぎってやつだな。分類は高速移動魔法になるかな」


 振り返ったリアンに、テルアは得意げな顔をする。


「すごい! テルアすごい!」


 まあな、とまんざらでもなさそうだ。


「え、わたしもやりたい! おしえて!」


 そう懇願するリアンに、テルアは首を捻りながら考え、朗読会にかいめよりはましか、とリアンに魔法を教えることにした。







 日が沈むころ、テルアの教え方がよかったのか、リアンのセンスがよかったのか、彩焔刀さいえんとうの具現化まではできるようになっていた。


 しかし、


「むぅ……ちっちゃい……」


 リアンの右手には、果物ナイフくらいの彩焔刀ができていた。


「そんなもんだって。この数時間でそれだけできりゃ上出来だろ」


「テルアみたいしたい」


 リアンが不満げに唇を尖らせ、指をさす。

 テルアがつくった彩焔刀は、リアンがつくった彩焔刀の何倍もあった。


「俺はまあ、こういうのだけは得意だから……。こういうのだけは……」


 テルアは自らの彩焔刀を見つめながら言い、具現化を解いた。

 日が落ちてきたのを確認すると、街のほうへ歩いていく。


「……どこいくの?」


 リアンが心細げな表情でたずねる。


「帰るんだよ。そろそろ暗くなりそうだし」


 無愛想に答えたテルア。

 その言葉に、リアンは少し逡巡すると、

 

「あ、あの――あしたもいるから、ここ」


 すがるように声をかけた。

 想いをぶつけるように続ける。


「ぱんも、もってくる! おっきいやつ! あ、えほんも、よんであげる! えっと、あと――」


 その声にテルアは足を止め、少し振り返ってリアンに目を向ける。

 すると、しばらくなにかを考えてから、ぶっきらぼうに、


「……まあ、パンは食いてえし、気が向いたらな。あ、絵本はいい……」


 テルアのその言葉に、リアンは今日一番の笑みを浮かべ、叫んだ。


「うん!! また、あしたね! まってる!!」

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