第2話 いっしょ
「いってぇ……どこ見て歩いてんだよ」
ぶつかった少年が、尻餅をついたまま言った。
年齢はリアンと同じくらいだろうか。
「うぅ……え!? え?」
リアンはぶつかった衝撃と、目の前の少年に混乱しているようだった。
近くに人はいないはずだったのに、と。
少年はうめきながら立ち上がると、地面にへたり込んでいるリアンを見下ろして、
「なんとか言えよ」
「え? なん、で? まりょく……あっ……ご、ごめんなさい」
「魔力?」
すると、
「ひょっとして魔力で感知とかして歩いてたのか? ――ん、これでどうだ?」
「あ! まりょくある!」
リアンに安堵の表情が浮かぶ。
「へぇー、やっぱりか! なんかいつも干渉してくるやつがいるなぁと思って――」
『ぐうううぅぅぅ~~~~…………』
「やべ、そうだった……」
なにか鳴ったかと思うと、少年はお腹に手を当て、地面にへたり込んだ。
「あれ……どうしたの? ……あ! おなかすいたの?」
うつむいたままの少年が、黙ってうなずく。
今度はリアンがそんな少年を眺め、あっ、となにかに気づいたように自分のバッグを見て言った。
「ぱん、たべる……?」
◇
「はい! あげる!」
いつもの
少年はパンを受け取ると、パンなんて久しぶりだ、と言いながらかぶりつく。
リアンはそんなおいしそうに食べる少年を横目で見ながら、いつもより小さくなったパンを見つめた。
隣に座っている少年を感じながら、ゆっくりとパンにかぶりつく。
「……!」
ぎゅうっ、と胸をしめつけられたかと思うと……でも、あのときとは違って、じんわりとなにかが溢れ出るような、不思議な感覚に襲われた。
胸のあたりが温かかった。
うれしいがいっぱいだった。
(こんなのなんだ、いっしょって……)
「あー、うまかったぁ~……って、えぇっ!? お、おい……どうしたんだよ!?」
「――え?」
リアンはパンにかぶりついたまま、ぼろぼろと涙を流していた。
「え? わ、わるい……俺がパン半分もらっちまったからか……?」
少年が慌てたように聞いてくる。
喉で声を上げながら、頭を横に振って否定した。
そのままゆっくりと飲み込んでから、
「ごはん……いっしょたべるの……、はじめてだったから……」
「……っ」
リアンの言ったことに、さっきまで元気だった少年が言葉を失い、暗い表情を浮かべる。
「えへへ……おいしい」
それでも、リアンの幸せそうに食べる顔を見て、徐々にもとの様子に戻っていき、最後にはどこかやさしげな表情で眺めていた。
◇
リアンが食べ終わったころ、少年がたずねた。
「おまえ、名前は?」
その問いに、リアンはバッグから絵本を取り出し、裏面を少年に向けた。
「これ!」
名前が書かれた部分を見せる。
少年の目が一瞬鋭くなった。
「ふーん……リアン……」
そのつぶやきに、今度はリアンが、少年の頭を指をさした。
「……俺か? 俺は――」
「いっしょ!」
少年が答える前に、リアンが言う。
「ん? ……なにが?」
「かみ! いろ、ちがうの……いっしょ!」
少年の髪は青紫一色の中、右のこめかみあたりにだけ、桃色のメッシュが入っている。
これか、と少年はつぶやき、桃色の部分をつまみながら、リアンの頭を見た。
「――まあ、一緒だな」
その言葉にリアンは、ぱあっ、と目を輝かせながら、ウンウンとうなずく。
そしてそのまま静止した。
沈黙。
「? ……えーと、なに? 俺の名前?」
ふたたびリアンがウンウンとうなずく。
「ええっと俺は――、えー……テル……あ? なんだっけ、ネ……」
なぜか名前を思い出せない様子の少年。
「えー……てる……あ? テルア!?」
「……? ――ああ、それでいいや。テルア」
「テルア!? テルア!!」
うれしそうに繰り返すリアン。
そんなやりとりのあと、今度はテルアが指をさした。
「ところで、その絵本って――」
「これ? えほん! わたしのたからもの!」
「ふーん。きれいな本だな、売ったら金になり――」
「だめ!!」
リアンが眉を逆立てて
「冗談だって……」
おちょくるようなテルアに、むうぅ、と小動物の如くうなるリアン。
しかし、そだ、となにかを思いついたように、もとの顔に戻ったリアンは、
「よんであげる!」
「いや、いいよべつに――」
「むかしむかし、あるところに――」
テルアが遮る前に、リアンは絵本を読み始めた。
「お、おい……。ったく話を聞かねえやつだな……」
そう言ってあきらめたように座り込むテルア。
ウキウキで読み始めたリアンを見つめて、苦笑していた。
「おはなの、くにの――」
◇
「……偽装組み込み術式に、特定波長に対する精神干渉……おまけに自動修復術式まで……」
黙って聞いていたテルアが小声でつぶやく。
絵本を読んでいるリアンを意味深に見つめていた。
「おひめさまは……きしさまと――」
リアンはテルアの視線には気づかないまま、ところどころつまりながら読み上げていた。
初めて人に読んで聞かせるのは、よほど楽しかったらしい。
しばらく探るような目を向けていたテルアも、しだいに表情を崩し、呆れた笑みを浮かべていた。
「……けんを、かさねて。おたがいをまもると、ちかいました――めでたしめでたし! どう? おもしろい!?」
絵本を読み終えたリアンが、のぞき込むようにしてテルアに聞く。
神妙な面持ちで聞いていたテルアは、ハッと我に返ったように口を開き、
「お、おう……そうだな」
「ほんと!?」
テルアのうなずきに、さらに笑顔になるリアン。
「じゃあ――もういっかいよんであげる! むかしむかし――」
「……え? ちょっ、おい!?」
ふたたび絵本を読み始めたリアンに、さすがに二回目はきついと慌てるテルア。
「あるところに――」
「それはもういい! あ、そうだ! ほら、これ――」
そう言うとテルアは自らの右手に、魔力を使って剣のようなものをつくった。
「あ!! それ!?」
興味を示したリアンに、テルアが、にいっ、と口角を上げて語り出す。
「その絵本に出てきた
リアンは大きく口を開けたまま、目をキラキラさせている。
「それから――」
そう言った瞬間、ヒュン、とテルアがその場から消えた。
えっ、と驚き、きょろきょろとあたりを見回すリアン。
すると後ろから声が聞こえ、
「――これが、
振り返ったリアンに、テルアは得意げな顔をする。
「すごい! テルアすごい!」
まあな、とまんざらでもなさそうだ。
「え、わたしもやりたい! おしえて!」
そう懇願するリアンに、テルアは首を捻りながら考え、
◇
日が沈むころ、テルアの教え方がよかったのか、リアンのセンスがよかったのか、
しかし、
「むぅ……ちっちゃい……」
リアンの右手には、果物ナイフくらいの彩焔刀ができていた。
「そんなもんだって。この数時間でそれだけできりゃ上出来だろ」
「テルアみたいしたい」
リアンが不満げに唇を尖らせ、指をさす。
テルアがつくった彩焔刀は、リアンがつくった彩焔刀の何倍もあった。
「俺はまあ、こういうのだけは得意だから……。こういうのだけは……」
テルアは自らの彩焔刀を見つめながら言い、具現化を解いた。
日が落ちてきたのを確認すると、街のほうへ歩いていく。
「……どこいくの?」
リアンが心細げな表情でたずねる。
「帰るんだよ。そろそろ暗くなりそうだし」
無愛想に答えたテルア。
その言葉に、リアンは少し逡巡すると、
「あ、あの――あしたもいるから、ここ」
すがるように声をかけた。
想いをぶつけるように続ける。
「ぱんも、もってくる! おっきいやつ! あ、えほんも、よんであげる! えっと、あと――」
その声にテルアは足を止め、少し振り返ってリアンに目を向ける。
すると、しばらくなにかを考えてから、ぶっきらぼうに、
「……まあ、パンは食いてえし、気が向いたらな。あ、絵本はいい……」
テルアのその言葉に、リアンは今日一番の笑みを浮かべ、叫んだ。
「うん!! また、あしたね! まってる!!」
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