桜とスターチス ~忌み子少女と異端少年の天命反逆~
しらとと
第一章 決意の究極魔法
第1話 忌み子
「あ、あの――」
町の広場。
桃色の髪をした少女が、ボール遊びをしていた子供たちに声をかけた。
「わ、わたしも……い、いっしょに……ぼーるであそぶの、したい……」
少女がたどたどしく伝えると、遊んでいた子供たちは手を止め、顔を見合わせた。
すると、子供たちは示し合わせたように意地悪げな表情を浮かべ、
「うわ!? でた! しましま髪!」
「逃げろ! さわられたら呪われるぞ!」
それぞれが蔑みの言葉を叫びながら、少女の横を通り過ぎるように逃げていった。
残された少女はうつむき、汚れた肩掛けバッグの紐を握りしめる。
少女の髪は
横目に見ていた通行人たちは、誰も少女に話しかけようとはしない。
しばらくして、少女はぶるぶると頭を振ると、バッグからきれいな絵本を取り出し、ぎゅっと抱きしめた。
「また……がんばるっ」
大事そうに抱えた絵本の裏には、少女の名前らしきものが記されていた。
”リアン”と。
◇
「ついた!」
リアンは町外れの
人がめったに来ない、静かなお気に入りの場所である。
今日はがんばった。
勇気を出して、街の子供たちに一緒に遊びたいと申し出たのだ。
結果は――また、だめだったけれど。
リアンは崩れた壁を背に座り込み、バッグから絵本を取り出すと、声に出して読み始めた。
「むかしむかし、あるところに――」
時が止まったような廃墟で、リアンの声だけが小さく響き渡る。
この絵本はリアンが孤児院に来たとき、ゆりかごの中に一緒に入っていた物らしい。
もうすぐ八歳になる今でも、ずっと肌身離さず持ち歩いている。
どんなにつらいことがあっても、どんなに悲しいことがあっても、この絵本を読めば、またがんばれる気がした。
家族もいない、友達もいない、誰からも受け入れてもらえないリアンにとって、唯一の宝物である。
「――めでたしめでたし」
リアンが絵本を読み終わったころ、空は
夕日を見上げる表情は、どこか儚げだった。
「……ごはんのじかん」
帰っても居場所はない。孤児院にも歓迎されてはいない。
追い出されないのは、呪われた忌み子に何かあったら、今度は自分たちが呪われるのではないかと思われているだけだ。
絵本をバッグにしまい、帰ろうとしたときである。
なにかの鳴き声のようなものが聞こえた。
「……だれ?」
声が聞こえたほうへ、おそるおそる歩いていく。
すると、一匹の子犬が目に入った。
「いぬさん!」
ぱあっ、と目を輝かせて走り出すリアン。
と、すぐに子犬の様子がおかしいことに気がついて、足を止めた。
子犬はなにかに怯えたように体を震わせている。
不審に思い、子犬の視線をたどった。
「あ!」
ヘビだ。前方から大きなヘビが、今にも子犬に襲いかかろうとしている。
それを見たリアンは、なにか思いついたのか、回り込むように駆け出した。
ヘビがじりじりと距離を詰める。
子犬は怯えたまま、身動きが取れないでいた。
獲物と捕食者のあいだに緊張が走る。
静かな廃墟に、びゅう、と風が吹き、子犬が体勢を崩したときだった。
構えていたヘビが勢いよく襲いかかる。
が、子犬の一歩手前で空振った。
「いぬさんたべる、だめ」
後ろからヘビのしっぽを左手でつかんだリアンが、真顔で言った。
突然のことに、少し戸惑ったヘビだったが、よくもとばかり今度はリアンの顔めがけて飛びつく。
――ガシッ。
しかし、今度は右手でヘビの首元をつかんだ。
「!?」
「…………」
理解が追いつかず目が点になったヘビと、しばし見つめ合う。
リアンはそのまま森のほうへ向くと、
「ばいばいするね」
と言いながら、ヘビを右手から投げ捨てた。
びよーん、ときれいな円を描きながら、びたんっ、とヘビが地面に叩きつけられる。
「…………? あ、ごめん」
左手で持ったままだったしっぽを見たリアンが、やはり真顔で謝る。
しっぽを離すと、ヘビは涙目になりながら逃げていった。
後ろ姿にもう一度ごめんをつぶやいた。
「そだ、いぬさん!」
そう言って振り返ると、一部始終を見ていた子犬がリアンに飛びついてきた。
「うわ!?」
子犬はリアンを押し倒し、うれしそうに顔を舐めてくる。
「わっ、くすぐったいっ。いぬさんっ!?」
短いしっぽをこれでもかと振って、リアンの顔をもみくちゃにした。
リアンはたまらず子犬をつかみ、地面に下ろす。
顔を拭って、服をぱたぱたさせ、子犬の正面にしゃがみ込んだ。
「めっ、だよ。いぬさん?」
子犬はしっぽを振り、まだ構えている。そんな子犬を見つめながら、
「……ねえ、いぬさんも、ひとり……?」
期待と不安の混じった声でたずねると、子犬は首を傾げて考えるような素振りを見せた。
リアンの言葉になにかを感じ取ったのか、わんっ、と吠え、促すように走っていった。
「いぬさん……?」
不思議に思い、小走りであとをつけていく。
街のほうに来た子犬は、一件の家に入っていった。
リアンはまわりに人がいないかを確認し、こっそりと家に近づく。
すると、家の中から声が聞こえた。
背伸びをしてなんとか届いた窓から、そっと中をのぞき込む。
『あ! ポルンかえってきた!』
『ポルン! どこいってたの?』
家の中にいた少女と少年が喋っていた。
子犬はポルンという名前だったらしい。
『あら、よかったわね。それじゃあ夕食にしましょうか』
そう言ったのは、やさしそうな母親だった。
(おかあさん……?)
テーブルに夕食が並ぶ。
『あっ、シチュー!? わたしシチューだいすき!』
『ぼくも! いっぱいたべる!』
『はいはい、おかわりもちゃんとあるから――』
とても幸せそうな家族だった。
うれしそうな女の子、やさしそうなお母さん、楽しそうな男の子。
ずっと笑顔が絶えなくて、楽しげな声も絶えなくて、すごく――眩しかった。
知らない世界。
知らない温かさ。
家族でシチューを食べている光景から、目が離せなかった。
(いっしょ……こんな、なんだ……)
つい、目の前の少女に自分を重ねてしまう。
やさしいお母さんがいて、一緒に遊ぶ兄妹がいて、子犬がいて、みんなでシチューを食べるのを想像して――
「かぞく……」
こぼれた自分の声にハッとする。
夢でも見ているかのようだった。
窓から視線を移し、うつむく。
かなり力を入れていたのか、手が赤くなっている。
背伸びをしていたからか足も痛い。
それに、胸もしめつけられるみたいに、ぎゅうっと――
ぶるぶるっと頭を振る。
「……かえらなきゃ」
気持ちを連れ戻すようにつぶやいた。
自分には縁のないものなのだ――そう言い聞かせる。
そうして現実に戻り、リアンが立ち去ろうとしたときだった。
『今日は流れ星が見えるかもですって。お願い事、考えとかなきゃね』
(ながれぼし……おねがいごと……?)
リアンの足が止まった。
『おねがいごとするとどうなるの?』
少女が母親にたずねる。
『流れ星にお願いするとね、必ず叶うって言われてるの』
『ほんと!? じゃあわたしおねがいする!』
(ながれぼし、おねがい、かなう……!)
話を聞いたリアンは、ぐっと握った両手を見つめ、うんっ、とうなずき、すがるような気持ちで駆け出した。
◇
その日の夜、リアンは孤児院の屋根上に出ていた。
持っている毛布を全部持ってきて、ぐるぐるにくるまる。
もちろん絵本入りバッグも一緒だ。
外は暗く、風は冷たく、夜の世界は、ひとりぼっちの世界と似ていた。
空に浮かぶ星はいくらか見えるようだったが、それでも本当に流れ星が見えるのか、わからなかった。
夜空を見上げ、期待に胸を膨らます。
(おねがいごと、なににしよう……)
いざ言葉にしようとすると、なかなか出てこなかった。
ほしいものはいっぱいあったはずなのに。
町の明かりもすっかり落ち、虫の鳴き声がうるさくなってきた。
「ながれぼしさん……まだかな?」
今日はもうこないのではないかと、不安にかられる。
それでも、じっと空を見上げていた。
ずっと、待っていた。
ずっとずっと、待っていた。
もう、それ以外なかったから――
夜の春風が吹いた、そのときだった。
ひとつの桃色の星がきらりと光り、夜空を斬るように流れていった。
「――っ! あ、あの――えと、えっと――」
咄嗟のことで、うまく声が出てこなかった。
ぱくぱくと口を動かし、必死で言葉を考える。
「えと、えと……」
一番ほしいものって考えた。
もし叶うならって考えた。
そして、やっとの思いで出てきた言葉が――
「か……かぞく」
夕方に見た光景が浮かんでしまった。
自分と同じくらいの少女と、やさしそうなお母さんと、楽しそうな少年と、子犬と、シチューと。
「かぞくが、ほしいです……だめ、ですか……?」
夜空を見上げ、すがるようにたずねる。
願いを込めたその言葉に、夜空は悠然としたまま、ただ広がっているだけだった。
「いっしょ……したいです……」
目線を落とし、伏し目がちにつぶやいた。
「……」
どこかではわかってはいた。
こんなことをしても無駄なんだと。
それでも、少しでも希望があるならと――
「……また、がんばるっ」
バッグから絵本を取り出し、ぎゅっと抱きしめるリアン。
頬をつたう冷たさを感じながら、それでも嗚咽をこらえるように、つぶやいていた。
「……おかあさん……」
◇
それから数日がたった。
昼に戻らなくていいよう、孤児院で大きなパンをもらい、いつもの廃墟に向かった。
人の多いところを避け、路地裏に回り込んだり、隠れてやり過ごしたり。
そうして、あともう少しで着くところだった。
(……あそこまがったら、つく。かどのむこうは――だれもいない、よし!)
壁の向こうに誰もいないことを確認して、駆け足で曲がった。
そのとき――
「んぎゃ!?」
「いて!?」
ぶつかった。誰かと。
ドサッ、とお互いに尻餅をついた。
「うぅ……?」
痛みをこらえながら、顔を見合わせた。
それが、ふたりの出会いだった。
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