桜とスターチス ~忌み子少女と異端少年の天命反逆~

しらとと

第一章 決意の究極魔法

第1話 忌み子

「あ、あの――」


 町の広場。

 

 桃色の髪をした少女が、ボール遊びをしていた子供たちに声をかけた。


「わ、わたしも……い、いっしょに……ぼーるであそぶの、したい……」


 少女がたどたどしく伝えると、遊んでいた子供たちは手を止め、顔を見合わせた。

 

 すると、子供たちは示し合わせたように意地悪げな表情を浮かべ、


「うわ!? でた! しましま髪!」


「逃げろ! さわられたら呪われるぞ!」


 それぞれが蔑みの言葉を叫びながら、少女の横を通り過ぎるように逃げていった。


 残された少女はうつむき、汚れた肩掛けバッグの紐を握りしめる。

 少女の髪はあごのあたりまで伸びており、桃色の髪を分けるように、白い毛筋が入っていた。


 横目に見ていた通行人たちは、誰も少女に話しかけようとはしない。


 しばらくして、少女はぶるぶると頭を振ると、バッグからきれいな絵本を取り出し、ぎゅっと抱きしめた。


「また……がんばるっ」


 大事そうに抱えた絵本の裏には、少女の名前らしきものが記されていた。


 ”リアン”と。







「ついた!」


 リアンは町外れの廃墟はいきょにやって来た。

 人がめったに来ない、静かなお気に入りの場所である。


 今日はがんばった。

 勇気を出して、街の子供たちに一緒に遊びたいと申し出たのだ。

 結果は――また、だめだったけれど。


 リアンは崩れた壁を背に座り込み、バッグから絵本を取り出すと、声に出して読み始めた。


「むかしむかし、あるところに――」


 時が止まったような廃墟で、リアンの声だけが小さく響き渡る。


 この絵本はリアンが孤児院に来たとき、ゆりかごの中に一緒に入っていた物らしい。

 もうすぐ八歳になる今でも、ずっと肌身離さず持ち歩いている。


 どんなにつらいことがあっても、どんなに悲しいことがあっても、この絵本を読めば、またがんばれる気がした。

 家族もいない、友達もいない、誰からも受け入れてもらえないリアンにとって、唯一の宝物である。




「――めでたしめでたし」


 リアンが絵本を読み終わったころ、空はあかね色に染まっていた。


 夕日を見上げる表情は、どこか儚げだった。


「……ごはんのじかん」


 帰っても居場所はない。孤児院にも歓迎されてはいない。

 追い出されないのは、呪われた忌み子に何かあったら、今度は自分たちが呪われるのではないかと思われているだけだ。


 絵本をバッグにしまい、帰ろうとしたときである。

 なにかの鳴き声のようなものが聞こえた。


「……だれ?」


 声が聞こえたほうへ、おそるおそる歩いていく。


 すると、一匹の子犬が目に入った。


「いぬさん!」


 ぱあっ、と目を輝かせて走り出すリアン。


 と、すぐに子犬の様子がおかしいことに気がついて、足を止めた。

 子犬はなにかに怯えたように体を震わせている。


 不審に思い、子犬の視線をたどった。


「あ!」


 ヘビだ。前方から大きなヘビが、今にも子犬に襲いかかろうとしている。

 

 それを見たリアンは、なにか思いついたのか、回り込むように駆け出した。




 ヘビがじりじりと距離を詰める。

 子犬は怯えたまま、身動きが取れないでいた。


 獲物と捕食者のあいだに緊張が走る。


 静かな廃墟に、びゅう、と風が吹き、子犬が体勢を崩したときだった。

 構えていたヘビが勢いよく襲いかかる。

 が、子犬の一歩手前で空振った。


「いぬさんたべる、だめ」


 後ろからヘビのしっぽを左手でつかんだリアンが、真顔で言った。


 突然のことに、少し戸惑ったヘビだったが、よくもとばかり今度はリアンの顔めがけて飛びつく。

 

 ――ガシッ。


 しかし、今度は右手でヘビの首元をつかんだ。

 

「!?」


「…………」


 理解が追いつかず目が点になったヘビと、しばし見つめ合う。


 リアンはそのまま森のほうへ向くと、


「ばいばいするね」


 と言いながら、ヘビを右手から投げ捨てた。


 びよーん、ときれいな円を描きながら、びたんっ、とヘビが地面に叩きつけられる。


「…………? あ、ごめん」


 左手で持ったままだったしっぽを見たリアンが、やはり真顔で謝る。

 しっぽを離すと、ヘビは涙目になりながら逃げていった。

 後ろ姿にもう一度ごめんをつぶやいた。


「そだ、いぬさん!」


 そう言って振り返ると、一部始終を見ていた子犬がリアンに飛びついてきた。


「うわ!?」


 子犬はリアンを押し倒し、うれしそうに顔を舐めてくる。


「わっ、くすぐったいっ。いぬさんっ!?」


 短いしっぽをこれでもかと振って、リアンの顔をもみくちゃにした。

 リアンはたまらず子犬をつかみ、地面に下ろす。

 顔を拭って、服をぱたぱたさせ、子犬の正面にしゃがみ込んだ。


「めっ、だよ。いぬさん?」


 子犬はしっぽを振り、まだ構えている。そんな子犬を見つめながら、


「……ねえ、いぬさんも、ひとり……?」


 期待と不安の混じった声でたずねると、子犬は首を傾げて考えるような素振りを見せた。

 リアンの言葉になにかを感じ取ったのか、わんっ、と吠え、促すように走っていった。


「いぬさん……?」


 不思議に思い、小走りであとをつけていく。






 街のほうに来た子犬は、一件の家に入っていった。


 リアンはまわりに人がいないかを確認し、こっそりと家に近づく。

 すると、家の中から声が聞こえた。

 背伸びをしてなんとか届いた窓から、そっと中をのぞき込む。


『あ! ポルンかえってきた!』


『ポルン! どこいってたの?』


 家の中にいた少女と少年が喋っていた。

 子犬はポルンという名前だったらしい。


『あら、よかったわね。それじゃあ夕食にしましょうか』


 そう言ったのは、やさしそうな母親だった。


(おかあさん……?)


 テーブルに夕食が並ぶ。


『あっ、シチュー!? わたしシチューだいすき!』


『ぼくも! いっぱいたべる!』


『はいはい、おかわりもちゃんとあるから――』




 とても幸せそうな家族だった。

 うれしそうな女の子、やさしそうなお母さん、楽しそうな男の子。

 

 ずっと笑顔が絶えなくて、楽しげな声も絶えなくて、すごく――眩しかった。


 知らない世界。

 知らない温かさ。

 家族でシチューを食べている光景から、目が離せなかった。


(いっしょ……こんな、なんだ……)


 つい、目の前の少女に自分を重ねてしまう。

 やさしいお母さんがいて、一緒に遊ぶ兄妹がいて、子犬がいて、みんなでシチューを食べるのを想像して――




「かぞく……」


 こぼれた自分の声にハッとする。

 夢でも見ているかのようだった。

 窓から視線を移し、うつむく。


 かなり力を入れていたのか、手が赤くなっている。

 背伸びをしていたからか足も痛い。

 それに、胸もしめつけられるみたいに、ぎゅうっと――


 ぶるぶるっと頭を振る。


「……かえらなきゃ」


 気持ちを連れ戻すようにつぶやいた。

 自分には縁のないものなのだ――そう言い聞かせる。




 そうして現実に戻り、リアンが立ち去ろうとしたときだった。


『今日は流れ星が見えるかもですって。お願い事、考えとかなきゃね』


(ながれぼし……おねがいごと……?)


 リアンの足が止まった。


『おねがいごとするとどうなるの?』


 少女が母親にたずねる。


『流れ星にお願いするとね、必ず叶うって言われてるの』


『ほんと!? じゃあわたしおねがいする!』


(ながれぼし、おねがい、かなう……!)


 話を聞いたリアンは、ぐっと握った両手を見つめ、うんっ、とうなずき、すがるような気持ちで駆け出した。







 その日の夜、リアンは孤児院の屋根上に出ていた。

 持っている毛布を全部持ってきて、ぐるぐるにくるまる。

 もちろん絵本入りバッグも一緒だ。


 外は暗く、風は冷たく、夜の世界は、ひとりぼっちの世界と似ていた。

 空に浮かぶ星はいくらか見えるようだったが、それでも本当に流れ星が見えるのか、わからなかった。


 夜空を見上げ、期待に胸を膨らます。


(おねがいごと、なににしよう……)


 いざ言葉にしようとすると、なかなか出てこなかった。

 ほしいものはいっぱいあったはずなのに。

 

 


 町の明かりもすっかり落ち、虫の鳴き声がうるさくなってきた。


「ながれぼしさん……まだかな?」


 今日はもうこないのではないかと、不安にかられる。


 それでも、じっと空を見上げていた。


 ずっと、待っていた。


 ずっとずっと、待っていた。


 もう、それ以外なかったから――




 夜の春風が吹いた、そのときだった。

 ひとつの桃色の星がきらりと光り、夜空を斬るように流れていった。


「――っ! あ、あの――えと、えっと――」


 咄嗟のことで、うまく声が出てこなかった。


 ぱくぱくと口を動かし、必死で言葉を考える。


「えと、えと……」


 一番ほしいものって考えた。

 もし叶うならって考えた。

 

 そして、やっとの思いで出てきた言葉が――


「か……かぞく」


 夕方に見た光景が浮かんでしまった。

 自分と同じくらいの少女と、やさしそうなお母さんと、楽しそうな少年と、子犬と、シチューと。


「かぞくが、ほしいです……だめ、ですか……?」


 夜空を見上げ、すがるようにたずねる。

 願いを込めたその言葉に、夜空は悠然としたまま、ただ広がっているだけだった。


「いっしょ……したいです……」


 目線を落とし、伏し目がちにつぶやいた。


「……」


 どこかではわかってはいた。

 こんなことをしても無駄なんだと。

 それでも、少しでも希望があるならと――


「……また、がんばるっ」


 バッグから絵本を取り出し、ぎゅっと抱きしめるリアン。


 頬をつたう冷たさを感じながら、それでも嗚咽をこらえるように、つぶやいていた。


「……おかあさん……」







 それから数日がたった。


 昼に戻らなくていいよう、孤児院で大きなパンをもらい、いつもの廃墟に向かった。


 人の多いところを避け、路地裏に回り込んだり、隠れてやり過ごしたり。

 そうして、あともう少しで着くところだった。


(……あそこまがったら、つく。かどのむこうは――だれもいない、よし!)


 壁の向こうに誰もいないことを確認して、駆け足で曲がった。

 

 そのとき――


「んぎゃ!?」


「いて!?」


 ぶつかった。誰かと。


 ドサッ、とお互いに尻餅をついた。


「うぅ……?」


 痛みをこらえながら、顔を見合わせた。

 

 それが、ふたりの出会いだった。

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