第32話 六年の想い
リアンとテルアの旅立ちまであと数日となった、ある日の昼下がり。
「ねえねえ、ししょー。お天気いいし、みんなでお散歩行こうよ!」
リビングでくつろいでいたカルミラに、リアンがテンション高めに声をかけた。
後ろにはテルアとソラも控えている。
何をいまさら、とぼやいていたカルミラであったが、リアンの不自然なまでに強い押しに負け、しぶしぶ重い腰を上げた。
空は雲ひとつない青天。絶好の散歩日和だ。
ときおり、やさしいそよ風が吹いている。
「いや――! いい天気!」
草原に来たリアンが、どこかわざとらしく手を広げて叫ぶ。
テルアとソラは何やら大きな荷物を背負っている。
「……そうだな」
カルミラがやや気だるそうに答えた。
やはりどこか体が重そうに見える。
そんなカルミラを、リアンが目を細めて一瞥する。
「――ここでよく、みんなでごはん食べてたよね……」
視線を空に移したリアンが、髪を少しかきあげながら、懐かしむように言う。
「……いや、つい最近食ってたけ――っど!?」
リアンの隣でつぶやいていたテルアの横腹に、ソラが羽でチョップを食らわせた。
その場にうめきがらへたり込むテルア。
「……そうだな、また明日にでもここで食うか?」
何やらバカをやっているらしいテルアとソラは無視して、カルミラがやさしげな表情で聞く。
「うん! あ、私たちが旅から帰ってきたら、またいっしょにここで食べようね!」
「……まあ、どうかな……」
リアンの提案に、カルミラは曖昧な言葉ではぐらかした。
視線を落として物憂げな表情を浮かべたカルミラを、リアンが横目に見ながら続ける。
「……ししょーはさ、私たちが旅立ったあと、どうするの?」
唐突なリアンの問いに、カルミラが一瞬固まった。
しかしすぐにリアンのほうへ振り向くと、いつもの余裕ぶった顔で答える。
「さあてな。しばらくはまたどっかの山奥で暮らすかな。今度こそ誰にも邪魔されず、ゆっくりでき――」
「うそつき――――ッ!!」
カルミラの言葉を遮って、リアンの悲壮な声が草原に響いた。
目を見開くカルミラ。
テルアとソラは黙って見守っている。
「……どうして何も教えてくれないの? どうして何も相談してくれなかったの?」
悲しげな表情を浮かべ、リアンが問い詰めるように聞く。
リアンの豹変に、カルミラは一瞬戸惑いながらも、すぐにソラのほうを睨む。
殺意のこもったような目に、ソラが青ざめながら激しく首を横に振る。
その反応を見たカルミラは、険しい表情のまま、リアンのほうへ向き直った。
「……どこで聞いた?」
「……テルアが気づいた。ずっと前から」
リアンの回答に、カルミラはテルアのほうに視線を移す。
テルアは物言いたげな顔を向け、腕を組んでいる。
その様子に、すべてを察したカルミラが大きなため息をついた。
どうやら仕組まれていたらしい空気に、カルミラがあきらめたように語り始める。
「最初は、罪滅ぼしくらいの気持ちだったんだけどな……いつの間にか、おまえらといるこの時間を、終わらせたくないように思うようになった……」
目を細め、空を見上げながら言ったカルミラは、そう言うと、ふたりのほうを向く。
「……おまえらの運命は呪われている――」
その言葉に、リアンとテルアが表情を硬くする。
「いつも考えてしまうんだ……おまえらが外の世界に出れば、いつか……その重荷に耐え切れなくなり、すべてを憎むようになるんじゃないかと……」
そう話すカルミラは、今までに見せたことがないほど弱々しく見えた。
「それならと……せめて、ほんの少しのあいだだけでも、幸せな時間をつくってやりたかった……何も知らないままで――」
ぐっと拳を握りしめ、うつむくカルミラ。
そして力を抜くと、自嘲気味に笑い、
「だから……私は先に死ぬが、それはおまえたちが気にする必要はな――」
カルミラがそう言いかけたときだった――
「私、幸せだったよ。この六年間。テルアと、ソラと、そして……ししょーといっしょで」
一転、リアンが穏やかな笑顔で遮った。
「……昔ね、知らない人の家だけど、こっそりのぞいたことあったの」
リアンがうつむきながら、過去のことを思い出すように、震えた声で続ける。
「そしたら、私と同じくらいの女の子と男の子がいて、やさしそうなお母さんがいて、子犬がいて、みんなで幸せそうにごはん食べてて……。こんなふうになったらいいのに、って思ってた……」
「それは……」
カルミラが口を挟もうとするが、リアンは止まらない。
「でも、本当になった! ……本当の家族じゃなかったかもしれないけど、本当の家族みたいにあったかくて……ししょーは、本当のお母さんみたいだったよ!」
顔を上げたリアンが、カルミラに満開の笑みを咲かす。
向けられた表情に、うろたえるカルミラ。
「私、この六年間があればどんなことがあってもがんばれると思う。どんなことがあってもあきらめないと思う。ししょーがくれたこの六年間は、私の宝物だよ。……だからね、ししょー」
そう言いながら、リアンがカルミラのもとまで歩み寄り、少し見上げて、
「ありがとう――」
くしゃくしゃの笑顔で言った。
「リアン……」
少し潤んだ目でカルミラがつぶやく。
その様子を見守っていたテルアが口を開いた。
「運命が呪われてるなんて勝手に決めんじゃねえよ。そんなん俺らが決めることだ」
「テルア……」
「――ししょー、大好き!」
そう言ってリアンがカルミラに抱きついた。
「――!?」
いきなりのことに戸惑うカルミラ。
少し頬を赤らめ、視線を泳がし逡巡する。
やがて、大きなため息をつくと、いつもの呆れた、しかしどこかやさしげな表情で答えていた。
「ああ……私もだ」
そんなやり取りを見て、安堵したように苦笑するテルアとソラ。
穏やかなそよ風が吹く草原の上、リアンとカルミラは互いに涙を浮かべ、抱きしめ合っていた。
そんな感じで、しばらくリアンが、カルミラの体に顔をうずめているときである。
「――でもね」
「ん?」
どこか不穏な色を含んだリアンの声に、やさしい表情のままカルミラが首を傾げる。
「家族なのに大事なこと黙ってた、わるいししょーには――おしおきです」
そう言って顔を上げたリアンは、べっ、と舌を出し、悪戯な笑みを浮かべていた。
「――は?」
意味がわからず、眉をひそめるカルミラ。
「ソラ!」
「――お、おい!?」
リアンがカルミラを抱きかかえると、ソラに向かって勢いよく投げた。
ソラが慌てながら背中でキャッチする。
「っつ!? なにを――」
「――へへっ、こっからが本番だ」
「テルア!?」
いつの間にか、テルアがカルミラの大きな杖を持っている。
「”
瞬間、テルアの足元から、銀色の魔法陣が浮かび、あたり一帯の草原に広がった。
そこから半球体状に結界が張られていく。
「なっ!?
出来上がった結界に、カルミラが驚愕の声を上げた。
リアンも
「かーらーのー……」
テルアがつぶやきながら、今度は視線を下に移すと、大きく振りかぶり、
「代行術式行使――”
――ダンッ!
カルミラの杖の先を地面に突き刺した。
「――ばっ、ばか!?」
カルミラが焦りの声を上げるが遅い。
地面に巨大な蒼色の魔法陣が浮かび、地響きのような魔力音を上げる。
そうして空高くまで浮き上がったところで、空間に電流を走らせながら砕け散った。
このあたり一帯に張られていたカルミラの結界が解かれる。
そのとき、テルアのつくった結界の中に、小さめの蒼い魔法陣が浮かんだ。
テルアがそれを睨み上げると、リアンも横に並んで続く。
「おまえら……まさか……」
カルミラの震えた声に、リアンがやさしい笑みで振り返った。
「……待ってて、ししょー。絶対に助けるから」
リアンがそう言ったところで、蒼い魔法陣から何かが出てくる。
ゆっくりと姿を現したそれは、体全体が水で出来ており、人魚のような形をしていた。
しかし顔からは表情はうかがえず、生きているという感じはしない。
完全に姿を見せると、蒼い魔法陣は消えていく。
テルアはその消えていった蒼い魔法陣をじっと観察してつぶやいた。
「よし、やれる……」
テルアの言葉に、ふたりのやろうとしていることを察したカルミラが、取り乱したように叫ぶ。
「やめろ! あれは精霊の使い、おまえらでどうこうできる相手じゃない! 手を出せば、おまえらも死ぬことに――」
「――そんなん、旅に出てからも同じだろ。ここで師匠を助けられないなら、どうせすぐに死ぬさ」
カルミラの制止の声に、テルアが遮りながらそう返した。
言葉を失っているカルミラを背に、ふたりが肩を並べ、精霊の使いに向かって
「私たちの大事な家族――手出したらゆるさないから!」
「さあこいよ! 六年の成果、見せてやる!」
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