第33話 大事な家族
「…………」
カルミラはその光景に唖然としていた。
目の前に現れた精霊の使いに威勢よく叫んだふたり。
想像もつかないような激しい戦いを繰り広げる……のかと思いきや。
「テルア! やばいやばい!」
「なんだ!?」
「私たち、めちゃめちゃかっこつけたのに、やってること地味すぎない!?」
「仕方ねえだろ! 今はそんなこと言ってる場合じゃねえ!」
リアンは何やら、葉っぱがたくさん付いた木の枝を取り出していた。
しかもなぜか葉っぱが泥まみれになっている。
どうもそれを持って精霊の使いの行く手を塞いでいるらしい。
特に魔法を使っている様子もなかった。
テルアにいたっては、大きな本やら紙やらを取り出して、一心に何か書き始めていた。
もはや戦う素振りすらない。
とはいえもちろん、ふたりとも大真面目である。
「……あいつら、何やってるんだ……?」
あまりの落差に、カルミラは、ただそうつぶやくしかなかった。
「時間稼ぎっちゅーことらしいで。
ソラが冷静に説明する。
妙に落ち着きのあるソラの様子に、どこか違和感を覚えたカルミラが、試すように聞く。
「へー、それで何をするつもりだ?」
「リアンが時間を稼いで、テルアが
カルミラの問いにさらっと返した瞬間、ソラがハッとして青ざめる。
「……どうやらおまえも共犯らしいな」
カルミラがソラの頭の毛を掴むと、グイッと振り向かせ、引きつった笑みで言った。
ソラがカタカタとくちばしを震わせる。
「……っと、こんなことやってる場合じゃないか……」
しかし、カルミラはそれ以上の追及をすることはせず、視線を精霊の使いに移す。
「おい! ふたりとも――」
カルミラがリアンとテルアを止めようとようと声をかけるが――
「テルア! やばいやばい!」
カルミラの声をかき消すように、ふたたびリアンの声が上がった。
「今度はなんだ!?」
「なんかこの人、私のほうに来るんだけど!?」
「はあ!?」
テルアが思わず顔を上げる。
そこには、リアンのあとを、精霊の使いが無言で手を伸ばしながら追う姿があった。
「この人、ししょーを狙ってるんじゃないの!?」
たしかに、テルアの読みでは、精霊の使いはカルミラを追うというものだった。
魔力、あるいは術者の体から寿命を回収しに来るという考えである。
だがなぜか、精霊の使いはリアンに照準を合わせているらしい。
「んんー……。とりあえず、そのままいけるか!?」
難しい表情を浮かべたテルアが、少し考えるも答えは出ず、現状維持が可能かの確認をする。
「うん! まあこっちのが都合がいいし!」
リアンが凛々しく答えると、テルアは軽く笑みを浮かべ、ゲート作成の作業に戻っていった。
そんなやり取りを、蚊帳の外にされたカルミラが険しい表情で見つめている。
「あんなんでも……あやつらは本気じゃぞ……? 本気でおまえさんを助けようとしとる……」
ソラが呆れたような、しかしどこか誇らしげな口調で語る。
「どうして、そこまで……」
「……それはおまえさんも同じじゃろうて……さっきも言っておったろう」
カルミラの悔しさの滲んだ顔を横目に、ソラは愉しげに見つめていた。
「――おわっと」
最初は動きの鈍かった精霊の使いも、しだいに鋭い攻撃をするようになっていた。
「テルア! そろそろやばいかも、まだできないの!?」
そう言ったリアンの表情はころころと変わるも、焦りの色はまったく見せていない。
むしろ見守っているカルミラのほうが苦しそうにしている。
リアンの問いに、テルアは集中しているのか返事はない。
様子をうかがおうとリアンが視線をテルアに移したときだった。
精霊の使いがついに魔法を使う構えをする。
「――やばっ」
魔法の気配を感じてリアンが気づく。
精霊の使いが蒼い魔法陣をつくると、そこから水で出来たヘビのようなものを出した。
水で出来たヘビはうねるようにリアンに向かって一気に距離を詰め、大きな口を開ける。
「ったく、加減が難しいってのに――」
リアンはそうぼやくと、紙一重で避け、水で出来たヘビの首を、魔力を込めた手刀で落とした。
バシャン、とただの水になって魔法のヘビが消える。
「――できた!」
そのとき、テルアが弾んだ声で叫んだ。
「きた!」
リアンもつられて声を上げる。
「予定通り一気にいくぞ!」
「おっけー!」
リアンが答えると、テルアが右手を掲げ、宙に銀色の魔法陣をつくった。
つくられた銀色の魔法陣が広がりながら、蒼い魔法陣へと変わっていく。
それに気づいた精霊の使いが、テルアの蒼い魔法陣へと視線を移した。
一瞬の隙を見逃さなかったリアンが前に出る。
「――気になるなら、すぐ行かせてあげる!」
そう叫ぶと、リアンが精霊の使いの脇腹に激しい蹴りを食らわせた。
ドスンッ、と響く音を上げ、蹴り飛ばされた精霊の使いが、テルアのつくった蒼い魔法陣に叩きつけられる。
「グギャアアアア!」
あまりの衝撃に、精霊の使いが初めて声を上げた。
蒼い魔法陣の中心から、異空間へのゲートが広がっていく。
「押し込め!」
テルアの掛け声にリアンも合わせるように飛ぶ。
「「はあああ――!」」
ふたりは同時に
バシャンッ!
「なっ!?」
しかし、精霊の使いは彩焔刀が当たる瞬間、水しぶきを上げ、飛び散った。
「ちょ、どうなってんの!?」
リアンが焦りの声を上げる。
「リアン、いったん引け!」
そう叫んだとき、テルアの後ろで飛び散った水が集まり、形づくっていた。
「――テルア後ろ!」
リアンの声に、顔を歪めたテルアは、振り返る前に受けの態勢を取る。
「ちっ……」
魚のヒレのようなものだけ先に形づくられ、勢いをつけたヒレがテルアを襲う。
ドンッ、と大きな音を上げ、テルアが地上へ吹き飛ばされた。
地面に叩きつけられたテルアは、すぐに立ち上がるが、いくらかダメージを負っているように見える。
ヒレは集まった水からふたたび人魚のような形をつくり、もとの姿に戻った。
ふたりを警戒するように宙を漂っている。
「まずったな……思ったより形状変化の対応と動きが早い」
精霊の使いを見上げ、テルアがつぶやく。
表情にはさすがに焦りがうかがえる。
「……どうするの……?」
テルアの様子に、リアンが緊張した面持ちで聞く。
「……次は全力で行く。それミスったら終わりかな」
「……りょーかい。ったく、やりにくいったらありゃしない……」
リアンがやや引きつった笑みで返した。
もう一度精霊の使いを睨み上げ、彩焔刀を構えるが――
「もういい、あきらめろ! 私が死ぬことは最初から決めていたことだ! おまえらまで死ぬ必要はない!」
後ろで見ていたカルミラが、ふたりの前に出て叫んだ。
両腕を広げ行く手を阻む。
その姿に、リアンとテルアの動きが止まる。
しばらくふたりがカルミラと目を合わせると、
「……だよ」
少しうつむいたテルアが、独り言のようにつぶやく。
「初めてできた家族なんだよ……!!」
テルアのその言葉に、リアンがハッとしたような表情をすると、どこか安心した笑みを浮かべていた。
「テルア……」
うろたえたカルミラの肩に手を当て、やさしくどけたテルア。
「だから――」
瞬間、テルアが
「もう奪わせねえって決めたんだよ――あのとき!!」
いつの間にかつくっていた銀色の魔法陣を足場に、回し蹴りを食らわせる。
飛ばされた精霊の使いがふたたび蒼い魔法陣に叩きつけられた。
「ギャアアア!」
精霊の使いの悲鳴が上がる。
しかし、体を水に変え――
――ズバンッ!
させる前にテルアが
「同じ手は通用しねえよ――」
テルアの彩焔刀が触れた部分から、精霊の使いの体が土の塊のようになっていく。
「ギャアアアア!!」
精霊の使いが苦しみながら暴れ、岩のようになった手が振るわれる。
「ちっ――」
避けられないことを悟ったテルアは寸前、ピンッ、と蒼い魔石の指輪を弾いて飛ばす。
直後、ドン、と精霊の使いの手によってテルアが叩き落された。
「テルア――!?」
テルアと入れ替わるように
「――そのまま”
リアンの声に、いつものしたり顔をしたテルアが叫んだ。
「――っ! テルアにしてはわかりやすいじゃん!!」
そのいつもの顔に安心感を覚えたリアンが、昂った笑みを浮かべる。
弾かれた指輪が、精霊の使いの目の前に落ちていく。
テルアが右手をかざし、ゲートを広げる。
リアンが大きく振りかぶると、拳に桃色の焔を纏わせた。
「「大事な家族なんだ……それ持って――」」
ふたりの声が重なり――
「「帰れ――――――――ッ!!」」
叫びと同時に、リアンの拳が振り下ろされる。
落ちてきた蒼い指輪ごと精霊の使いの頬に直撃し――
パリンッ――
ズバァ――――――――――――ンッ!!
指輪が割れた瞬間、六年分の花の魔力が一気に解放された。
めちゃくちゃな魔力の質量と爆風に、精霊の使いがゲートの中へ叩き込まれる。
激しい爆音と爆風に混ざり、大量の桃色の花びらが吹き荒れていた。
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