第四章 笑顔から絆へ リインロワに乱吹く二度目の桜華

第58話 新たな戦線

「「「し、七賢者!?」」」


 レノウの思わぬ打ち明けに、リアンたちがいっせいに驚きの声を上げていた。

 

 テーブルに前のめりになったリアンが、若干の汗を滲ませ、思考を巡らせる。

 

 今までの言動や行動などから、それなりの実力者だとは察していたが、まさか七賢者だとは思っていなかった。

 カルミラからは、七賢者なんてろくなやつがいないから気をつけろ、と言われていたが、それはカルミラを見てとっくに学んでいたことなので頭の中から消えていたのである。

 

 テルアと視線を合わせながら軽く意思疎通を行うと、リアンが慎重に口を開いた。

 

「とりあえず、事情を聞かせてもらえる?」


「ああ、おまえたちが聞きたいことは山ほどあるだろうからな。いちいち答えるより、僕が最初から説明するほうが早いだろう」


 どうやらそういった頭はかなり回るようだ。

 

「え……七賢者って、猫だったん……? うちら猫に守られてた……?」


 そこへ、ユニアがわなわなとしてつぶやく。

 

「……おまえにはあとでわかりやすく説明してやるから、今は黙ってろ」


「むぅ……」


 呆れた表情から放たれたレノウの辛辣な言葉に、ユニアは不満げな顔を浮かべ、テーブルに顎をつけたまま、拗ねた返事をしていた。






「僕がいたのはここから東にあるランテスタの首都、リインロワだ。そこで北方大陸からの使者を招き、ある会議を行う予定だった」


 レノウが本題を話し始めた。


「あー、たしかにそんなこと聞いた気がする」


 カルミラが言っていたエルフの要人のことだろう。

 重要な会議があって、祭りも開かれるという。

 もっとも、絶対にかかわるなと言われているが。

 

 それとなんとなく、首都の名前に引っ掛かったが――ひとまずは話を聞くことにした。

 

「無事使者が到着し、準備も滞りなく進んでいた。僕は空いた時間の合間を縫い、この体を使って周辺の監視を行っていた。そんなあるときだった、首都を覆うように、巨大な結界のようななにかが発動した」


 そういうことか、とテルアがぽつりとつぶやいた。

 ひとり納得しているようだったが、今は無視する。

 

「普通であれば術者と使い魔が結界で隔たれた場合、使い魔は消えてなくなる。だが、なぜかこっちの僕は消えずに残っていた。当然、こっちの僕が残っているということは、本体の僕が無事だという証拠でもあるのだが……」


「え、ちょっと待って? 今のレノウ君って意識とか記憶とか、そういうのどうなってるの?」


 遮るつもりはなかったが、混乱して思わずたずねる。


「こっちの……今のこの僕は、持っていた魔力で延命してるだけの偽物だ、そのうち消える。そして今も生きてるはずの本体には、分離してからの記憶は届いていない。まあ、一般的な魔法理論による推論ではそうなるはずだ」


 へー、と感心しながらテルアのほうをうかがう。

 視線に気づいたテルアが、特に異論はないといった表情でうなずいた。

 

 テルアが首を縦に振るのなら、そういうことなのだろう、とリアンも納得する。

 

「そんなわけで、この体では結界の中でなにが起こっているのか調べることすらできず、助けを呼びにロントリアまで来た、というわけなんだが……。僕がこんな状態なことをルヴァンシュに気づかれるわけにもいかず、うかつな行動もできないと詰みかけていたところ……」


「ユニアちゃんに拾われた、と」


 リアンの先読みに、レノウが黙ってうなずく。

 

「うち救世主なん」


 えっへん、と両手を腰に当て、胸を張って言うユニア。

 

「ふ~ん……。あ、首都からの物流が止まってたりするものひょっとして……?」


 そんなユニアをいつものように無視してたずねる。

 

「おそらくその影響だろう」


 町に来て二日目だったかに聞いた情報だ。

 ダークスらが関係しているのかと思っていたが、どうやら別件だったらしい。

 

「そういうことね……じゃあもうひとつ」


 そういってリアンは荷物からある物を取り出し、レノウに見せた。

 カルミラからもらった証書である。

 

「この、カーレ・グレイシャーって人。ひょっとして……」


「ああ、僕の妹だ」


 さらりと言うレノウ。

 

「え? ちょっと待てよ。おまえたしか俺らと同じって言ってたよな? ならその妹って大きくても十二か十三くらいだろ? それでそんな偉くなれんの?」


 たまらずテルアがたずねる。

 

 西方大陸連合議会がなんなのかは知らないが、なんとなく偉そうということくらいはテルアにもわかるらしい。

 

「……うちの家系の事情でな。そのことについては今回の件は関係ない。悪いが今は伏せさせてくれ」


 レノウは少し視線を落として言った。

 

 その姿に、リアンとテルアは顔を見合わせ、肩をすくめる。

 やはりひとりで抱え込む性格らしい。

 今はこうして少しでも自分の話を打ち明けてくれるようになったことに満足して、深入りはしないでおいた。

 

 空気を変えるように、別の質問を投げかける。

 

「じゃあ、レノウ君もししょーのこと知ってるんだ?」


 どうやらいろいろ詳しいらしいレノウに、なにげなく聞いてみた。

 

 同じ七賢者なのだから、なにかカルミラの話でも聞けるかと思っていたが、

 

「……あたりまえだ。僕が何度あいつの尻拭いをさせられたと思っている……! 毎度毎度妹のところにやっかいごとを持って帰っては、その後始末をやらされていたあのころ――。そもそも今回のことだってだな――」


 さきほどとは打って変わって、激しい感情を隠そうともしないレノウ。

 ずいぶんと鬱憤が溜まっていたのか、聞いてもいない過去の出来事を延々とまくし立てられる。

 

 そのあまりの豹変ぶりに、リアンとテルアは申し訳なさそうに苦笑いを浮かべるしかなかった。

 身内の不始末で苦労している人を目の前で見せられ、言いようのない罪悪感に苛まれる。

 

「――で、でもさ、ししょーのこと知ってたなら、ミナスさんたちのことも知ってたんじゃないの?」


 やや暴走気味になっていたレノウをなだめるように、リアンが話題を変える。

 

「ああ、当然知っていたが……それについては逆に僕のほうが聞きたい。この使い魔の姿、ミナスは知っているはずなんだが……」


 レノウが訝しみながらテルアの顔をうかがう。

 なにかやったのか、とでも言いたげだ。

 

 その視線に、テルアがご機嫌な顔を浮かべる。

 

「ふふ~ん、俺の偽装術式のおかげかもな。最初に会ったとき、念には念をってので細工しといたから。たぶんバレてないはずだぜ」


「……ユニアの父親にはバレていたようだが?」


「あー……ユニアの父ちゃんにも同じのかけてたからなあ……相殺されたのかもな」


 そう言って頭を掻き、おどけて笑うテルアを見ながら、リアンとレノウはため息をついていた。

 

 

 

 


「ん~でも、よかったの? ミナスさんたちに救援出さなくて?」


 リアンがふと疑問に思いながら聞く。

 

「ミナスたちにはダークスらのことがあったからな。それに、マナフェールへの救援なら済ませた。不用心にも、誰かさんが魔力を使えるようにしてくれたおかげでな」


 そう言ってレノウは、少し皮肉気味な笑みでテルアのほうに目をやった。

 

 その煽りを含んだ笑みに、テルアも仕返すように笑みを浮かべ、


「空から落ちて、でけえ水玉作ったときだろ? 俺らの安全が確保されてから自分のことやるあたり、おまえもめんどくさそうな性格してるよな」


 テルアの言葉に、レノウはフンッと顔を背けていた。

 

「……うちもそれやりたいん……」


 そんなテルアとレノウのやりとりを、ユニアがテーブルに突っ伏しながら恨めしそうにつぶやいていた。

 




 

「つーかさあ、七賢者のおまえが苦戦するって、そんなに強い相手なのか?」


 それぞれに細かい疑問だったことを聞き合い、落ち着いたころ、テルアが椅子にもたれながら聞いた。

 

 リアンもそこは引っ掛かっていたところで、先をうながすようにレノウへ視線を移す。

 

「ああ、今まで集めた情報、痕跡などから、ある人物である可能性が高いと判断している」


 少し厳かになったレノウの口調に、リアンとテルアも顔を引き締める。

 

 そして、ほんのりと緊張が生まれた空気の中、レノウがその人物の名を語った。

 

混色こんしょくの中でも本家の系譜――長らく停滞していた空間魔法理論を前進させた天才。昏冥九秋こんめいきゅうしゅうの一人、ウェークサーティオーだ」

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