第57話 託された空白

「……どう? 大丈夫そう?」


 テルアの後ろから、のぞき込むようにしてリアンが聞く。

 

 しかしテルアは聞こえていないのか、真剣な顔をして集中している。

 

 あのあと、リアンたちはミナスやマルクらと合流し、先ほど飛ばした自己紹介、事態の収拾、そしてダークスの治療を行っていた。

 御星みほしがなんとかするじゃろ、というケラヴノスの言葉通り、テルアが治療という名目でなにかやっている。

  

 空を覆うように無数に舞っていた桃色の花びらも、今回は魔力となって消えていた。

 前にカルミラに怒られてから、改良した結果である。

 

 しばらくして、ダークスが意識を取り戻した。

 

「……ぐっ、ぅう……?」


「お父さん……!」


 向かいで見守っていたリーゼルトが涙目で声を上げると、ダークスがおもむろに体を起こす。

 

「……リーゼ?」


 まだ意識がはっきりしない様子のダークスに、テルアが立ち上がりながら言う。

 

「とりあえず応急処置は終わったから。それと、記憶改変の痕跡も消しておいた。だからっていきなり信じられるもんでもねえと思うけど……」


 ダークスは自らの両手を訝しげに見ると、テルアの顔を見上げた。

 

「……そうか。どうやら、いつの間にかやつらに利用されていたらしいな……」


 そのまま、リアンのほうへ視線を移し、


「そこの華色」


「えっ? 私?」


 ビクッ、と反応するリアン。


「……おまえの歩こうとしている道は、私以上の憎しみに溢れている。それでも変わらぬというのか?」


 ゆっくりと推し量るようにして問うダークスに、リアンは一瞬、瞳孔を大きくしたが、


「うん! どんなにつらいことがあっても、笑っていたいから」


 からっとした笑みを浮かべて答えた。


「……そうか。なら、頼んだぞ」


 その重さの感じられる言葉に、リアンは凛々しい顔つきで、ゆっくりとうなずく。


 ダークスはそのうなずきを見届けると、ぎこちなさが残る動きでリーゼルトを抱きしめていた。

 

 

 

 


「ユニア!」


とうちん!」


 向こうではユニアとマルクが抱きしめ合っていた。

 

 あちらも緊張の糸が切れたのか、まわりの目も気にせず泣きじゃくっている。

 

 そんな光景を、少し羨ましさが垣間見える笑みで、リアンが見ていた。


「……なんか、いいよね」


「……そうだな」


 テルアが複雑そうな表情で、ただ肯定だけする。


「私も、お母さんに会えたら、絶対ぎゅってしてもらうんだ!」


 テルアの顔をのぞき込むように、相変わらずの笑顔を向けるリアン。

 

 その笑顔に、テルアも軽く微笑むと、

 

「あっ、そうだこれ」


「……なに、これ?」


 テルアから手渡されたそれは、黒茶色の宝石らしき物だった。

 

「ダークスの近くに転がってた。たぶんケラヴノスのなんかだろ。おまえが持ってたほうがいいと思うから」


 そう言うと、テルアはミナスたちのほうへ歩いていった。

 

「ふーん……。あれ、そういえば……」


 ふと思い出し、ある物を取り出す。

 別れ際にソラからもらった、首飾りである。

 

 ふたつを手の上に乗せ見比べた。

 色は違うが、形はそっくり、重さも、質感も――

 

 そしてなんとなく、似たような雰囲気が感じられた。







 夕方の町外れ。

 馬車に荷物を積む調査団員の様子を見て、リアンが寂しげな声を上げていた。

 

「え、もう出発するんですか?」

 

「ああ、さっきの戦闘で、ルヴァンシュにも気づかれたかもしれないからね……。リーゼルトたちの安全を確保するためにも、我々はこのまますぐにマナフェールへ向かうことにしたよ」


「……なんか、ごめんなさい……」


 ミナスの言葉に、今までの勝手な行動を思い返して、気まずそうに謝罪をこぼしたリアン。

 よくよく考えると、とんでもないことをしてしまったように思う。

 

 しかし、ミナスが返したのは意外な答えだった。


「あやまることはないさ。きみたちには感謝しているのだから。……カルミラ様の言う通り、ちょっと危なっかしいところはあったけど、心強い助けになったよ」


「……へ? ししょーの言う通り……?」


 思わぬ言葉に、”ししょー”と漏らしてしまうリアン。

 

「実はね……少し前にカルミラ様から使い魔で連絡があって――”もしかしたら生意気なガキ二人組みがそこに行くかもしれんが、邪魔でなければ好きに使ってくれてかまわん”ってね」


「……ぇ……?」


 口の端を引きつらせ、唖然とするリアン。

 

 それとは対照的に、悪戯な笑みを浮かべるミナス。

 

 どうやら最初からバレていたらしい。

 どうりで都合よく信用してもらえたワケだ。

 

 本当に、今までのドキドキはなんだったんだとつくづく思わされる。

 大切にされているというのはわかるが、過保護も行き過ぎればうっとうしさも出てくるのだな、とがっくりとうなだれた。

 

 

 

 

 

「なんでなん!?」


 そんなやり取りをしていたとき、近くで悲痛な叫び声が聞こえた。

 

 ユニアとマルクだ。

 

「父ちん悪いことしてないん! あいつらにつくらされてただけなのに、なんで父ちんも連れて行かれるん!?」


 納得いかないといった顔で問い詰めるユニア。

 そのユニアを、マルクが後ろめたげな口調で諭す。


「……ユニア、そう簡単な話でもないんだ。無理矢理とはいえ、力を貸していたのは事実だし、今後の黒装機こくそうき対策のためにも、私もマナフェールに行かなければいけないんだよ」


「ユニアさん、お気持ちは痛いほどわかりますが……これはお父さんを守るためでもあるのです」


 それを見たミナスが、ユニアとマルクのあいだに入った。


「でも――」


 と、ユニアがふたたび異を唱えようとしたとき、頭の上から声がした。


「落ち着け。……今回の件がルヴァンシュに知られた場合、ダークスとリーゼルトは命を狙われる。そして黒装機をつくっていたおまえの父親も、ふたたび狙われることになるだろう。それに対処するための方策だ」


「レノちん……」


 ほかでもないレノウからの言葉に、押し黙るユニア。


「……心配するな。マナフェールでの扱いは悪いことにはならん。それは僕が保証してやる」


 しばらく考え込んだユニアは、ようやく不満げにうなずいた。

 すると、マルクがユニアの前にしゃがみ込み、


「ユニア、おまえはどうしたい? 一緒に来るということもできるようだが……」


「うちは……」


 そう言って視線を落とした。

 

 ぐっと拳をにぎり、今までのことを思い返す。

 

 そして、意を決したかのように、横で見ていたリアンを一瞥すると、


「うち、リアちんたちと一緒に行くん!」


 ユニアが背中の武器を取り出し、構える。


かあちんのつくってくれた華装機かそうきで、今度はリアちん守るん。母ちんなら、そうすると思うん! ……だって、うちも華色なん!」


 その目はいつになく真剣で、自らを鼓舞しているようだった。

 

 そんなユニアを前に、目を剥くマルク。

 娘がした覚悟の顔に、誰かの顔を重ねているようにも見えた。


「……わかった。がんばりなさい」


「うん!」


 元気よく答えたのち、そろりとリアンのほうをうかがうユニア。


「……いいん?」


「もちろん!」


 若干怯えにも似たような視線に、リアンはピースサインと、いつもの、にっとした笑顔で返していた。

 

 その光景に、マルクが安堵して立ち上がる。


「では、レノウ様。……どういうワケでそうなったのはわかりませんが……ユニアのこと、よろしく頼みます」


「……っ!? なんのことだ」


 動揺したレノウを、マルクが穏やかな苦笑で見つめていた。

 

「リアンさんも、ユニアのこと、よろしくお願いします。娘は妻の血を引いた子……きっとすごい華装機をつくってくれると思います」


「はい!」





 

 そんなやり取りを、少し離れたところから眺めていたテルアが、なにかに気がついて歩み寄る。

 

「体はおかしなところねえか?」


 話しかけた相手は、木を背に腰かけたダークスだった。

 ダークスは少考したのち、落ち着いた様子で口を開く。

 

「……ああ、問題ない」


「あっそ……」


 ダークスの簡素な返しに、テルアもそっけなく返して肩をすくめた。

 

 その姿に、冷めた視線を向けたダークスが、低い声で聞く。


「……貴様がアルテなのだろう?」


「い゛っ……!? は、はあ!? 意味わかんねえし、はあ!?」


 不意を突かれ、変な声を上げるテルア。

 慌ててした苦し紛れの誤魔化しは、いつものテルアだ。


「……あまり見くびるなよ。あのデュオスレギアをこの身で受けて気づかん私ではない。……心配するな、べつに誰かに言うつもりもない」


 動揺するテルアを見て、軽く息を吐いたダークスは、変わらぬ様子で続ける。


「……その代わり、ひとつ聞かせろ」


「ん……?」


「私た――っ。……私のあれは、どうだった」


 その問いに、一瞬面食らったように固まったテルアだったが、すぐにいつもの得意げな顔に戻ると、


「んー、構成としちゃ悪くないんだけど、術式の合わせが荒いし、魔力制御が追いついてないから力が分散してたかなあ。あとは術式回路を収束型で組んでたんだろうけど――」


 ダークス相手だろうが、お構いなしにわけのわからないことをまくしたてる。

 しかしダークスのほうも、相変わらずの表情で黙って聞いていた。

 

 すると、ずっと喋っていたテルアが、スッと表情を戻し、

 

「――けど」


「?」

 

「想いは伝わってきたぜ。奥さんも魔導士だったんだろ? いい魔法だったぜ、あんたらの魔法」


「……!」


 生意気にもやさしげにも見える笑みで言ったテルアに、ダークスが目を見開く。

 

 テルアはそれを告げると、後ろ姿で手を振り、リアンたちのほうへ歩いていった。

 

 

 

 まだ温かさの残る夕方の風が、落ち葉を転がす。

 

 ダークスは放心気味にうつむくと、足元で止まった落ち葉を見つめた。

 

「そう……そうか……」


 少し潤んだ目で、震えるようにつぶやいていたその表情は――ほんの少しだけ、うれしそうに見えた。






 その後、リアンたちは、夕日を背に町を離れていく調査団の馬車に手を振っていた。

 

 ユニアが大声で両手を振っている。その目尻には、こらえた涙があった。

 

 せっかく助けられた父親との別れ。

 つらい気持ちがないわけではないのだろうが、母親の想いを受け継いでいくと決めたその目は、ほんの少しだけ、大人びて見えた。

 

 

 




 そして夜。

 リアンたちはユニアの家で、作戦成功打ち上げ歓迎会をやっていた。

 

「かーんぱーい!」


 リアンの弾んだ声が響くと、各々が樽ジョッキをぶつける。

 

 少しだがミナスから礼の金銭をもらっていたので、奮発して帰りにいろいろと買い込んできたのだ。

 テーブルにはずらりと豪華な食事が並んでいる。

 

「おおっ! これが冒険者がやる宴ってやつなん!?」


「おう! やっぱ最初は酒だよなあ!?」


 テルアの知ったかぶった飲みっぷりに、ユニアもそれを真似る。


 勝手に言っているが、もちろんただのジュースである。


「……そのごっこ遊び、いったいなにが楽しいの……」


 そのふたりの様子を、リアンが呆れを通り越して蔑みにまで届きそうな顔をして言う。

 軽く嘆息すると、テルアに気になっていたことをたずねた。

 

「っていうか、いつから気づいてたのよ? ケラちゃんのこととか、館のこととか」


「んー? 館は入ったときからかなあ。最初に入った部屋あるだろ? あそこの物置が使われた形跡のないものばかりだったから、なんか見せかけてんだろうな、とは」


 頬張った状態から、ごくん、と飲み込んで宙を見上げながら答えるテルア。

 

 最初から、という話に、今日何度目かの台無し気分をぶっかけられる。


「ケラヴノスはウブリの本を見たときかな。そんなに仲いいとは思ってなかったけど、知り合いみたいな書き方はしてたから」


「……んっ、あんで、ふぐにおひへて、くれなかっはのよ……」


 リアンも買ってきたリンゴを頬張り、恨めしげに聞く。


「だから言ったじゃん、聞く? って。そのあとおまえ、逆切れし出すからさあ……。ダークスが持ってたウブリの魔導書、あれも偽物だって気づいてたんだけど、もう怒られるから黙っとこう、って思って……」


 まるで悪いことした子供が母親の顔色をうかがうように、身を縮めて上目に言うテルア。

 

 その言葉と姿に、リアンは今日一番のため息をついた。

 うなだれながら、もうひとつ気になっていたことを聞く。


「じゃあ……デュオスレギアの真っ白なページ、あれってなんであんなことしてるの?」


 魔法の話を振られたと気づいた瞬間、テルアが急に元気になる。


「ふふん! 魔法とは、精神エネルギーの放出が根本原理、ってのは覚えてるよな?」


「あんったが毎日っ毎日っ、口うるさく言ってくれたおかげでねぇ」


 ウキウキ気分のテルアとは対照的に、積年の恨みでもあるかの表情でリアンが返す。


「でもそれは、同時に危険な部分も多くはらんでる。だから、自分の魔法とはなんなのか、もう一度初心に立ち返って考えられるような場所をつくりたかったんだろ」


 しかしテルアは思ったより真面目な話をしていた。


「ただ無機的に術式だけを伝えるんじゃなく、そこに乗せる想いとか覚悟を教えてやれるように、紡いでいけるように、ってな。そのページは、自分の想いを乗せた、自分だけの魔法を書くところなんだよ。本来デュオスレギアは、そういう魔法の総称でもある」


 横で空白のページを開いていたユニアに視線を移し、今は違うみたいだけどな、と付け加えるテルア。

 

「ってのが、おまえの絵本から読み取った俺の解釈。本当かどうかは保証できねえぞ」


 最後はいつもの適当な言い方で締めくくった。

 

 テルアの語った言葉に、リアンは少し物思いにふけると、

 

「……そっか」


 それだけつぶやき、いつもの笑顔を浮かべていた。

 

 

 

 

 

 そうして食事もある程度終わったころである。

 

「――ところでさ、そろそろ話してくれてもいいんじゃねえの?」


 椅子にもたれながら、テルアが言った。

 

 その視線の先には、テーブルの上に座るレノウの姿。

 

 リアンとユニアの視線も同時に集まる。

 

 その注目に、レノウはリアンたちを一通り見渡すと、


「……そうだな。僕もそうしようと思っていたところだ」


「どしたんレノちん?」


 少し様子のおかしいレノウに、ユニアが心配の声をかける。


「おまえたちを見ていると、くだらないことを気にかけているのが、ばかばかしくなってくる……」


 レノウはそう言ってため息をつくと、静かに顔を上げた。

 

「おまえたちに、頼みがある」


 その言葉に、リアンとテルアが、にいっ、と口角を上げる。


「――っと、その前に……まだきちんと名乗っていなかったな……」


 ハッとしたレノウが改まり、きれいなお座りの姿勢をとる。

 

 リアンたちの視線がいっそう真剣味を帯びた。


「僕の名前はレノウ・グレイシャー。西方大陸連合議会直下、七賢者のひとりだ」

 

 その告白に、リアンとテルアが大きく目を見開いていた――

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