第59話 レノウの頼み

「「昏冥九秋こんめいきゅうしゅう……!」」


 リアンとテルアが顔色を変えた。

 

 ふたりが出会って間もないころ、突如襲ってきた魔族にして混色こんしょく。あのときカルミラが助けに来てくれなければ確実に殺されていただろう。


 西方大陸の主戦力である七賢者と並ぶ、東方大陸の昏冥九秋こんめいきゅうしゅうだ。

 

 いずれ対峙するときは来るだろうと覚悟はしていたが、こんなに早いとは思っていなかった。

 

「……おまえたちも因縁があるようだな」


 相変わらずの察しの良さで言うレノウに、リアンが一度深呼吸してから答える。

 

「まあ、その人は知らないけどね。私たちが知ってるのはほかのやつ」


「……つーか名前長すぎだろ」


 いつもの調子に戻ったテルアが眉をしかめてぼやく。

 

「普段の席などではティオーと呼ばれている。混色……というか四天してんにはよくあることだ」


「へー……で、そいつだっていう根拠は?」


「少し前に北方大陸南西部で目撃情報があったこと、それとティオーは空間魔法を得意としており、今回のようなことができるのはやつしかいないだろうという推測だ」


「なるほど、空間魔法か……」


「どういうこと?」


 またもや勝手に納得しているテルアに、リアンが我慢できずにたずねる。

 

「今までの話とレノウの状態から推察するに、その首都に張られてるのは正確には結界じゃない、空間魔法の一種、断截結界だんせつけっかいの類いだ」


「え!? それってししょーが得意なやつ?」


 テルアの語った馴染みのある言葉に、リアンが驚きながら聞く。

 

 ああ、と答えて腕を組むテルア。

 やはりか、とレノウも難しい顔をする。

 

「…………?」

 

 変なところで黙り込むテルアとレノウ。ふたりはそれだけで理解しているらしい。

 視界の端ではユニアが真似をして、かっこつけて考えるポーズをとっている。

 

「……つまりどういうことなのよ? 空間魔法の仕組みが関係してるの?」


 もったいぶったふたりと態度に、じわっと苛立ちを見せながら問うリアン。

 すると、テルアが魔法語りを許された喜びで口を開いた。

 

「ふふん、結界ってのはだな――」


「簡単に、結論だけね」


 テルアが一から全部説明しようとしたのを瞬時に察し、釘を刺すリアン。

 

「…………つまり、外から結界を解除するのは困難ってこと。んでたぶん敵は結界の中にはいない。となると探し出すのはほぼ無理、解除するには内部の核になってる物を破壊するしかない。はい、以上です……」


 テルアは不満げに、というか若干いじけて語った。

 

「敵が結界の中にいない、ってのはなんでわかるの?」


「いる意味がないからな。結界が張られた時点で閉じ込めることには成功してるわけで、そうなると自分は本来の目的に移ることができる。もし結界の中のやつらを殺すことが目的なら、こんな長期間結界を維持する意味がない」


 師匠みたいに無駄に魔力使うだけだからな、とテルアは淡々と答えていた。

 本当にこういうときだけは頭の回転が早い。

 

「つまり、敵は首都の人たちを閉じ込めることが目的ってこと?」


「話を聞くかぎりはな。ただなんのためにそんなことやってんのかは、わかんねえ」


 両手を上げ、降参のポーズをとるテルア。

 

 すると、それには黙って聞いていたレノウが答えた。

 

「リインロワを隔離するだけでも、やつらの目的は十分はたしているはずだ。今回の会議で問題が起き、西方大陸と北方大陸のあいだに不和が生じるだけでも、やつらの利益になるだろう」


「ふーん……なるほ――あ! そうそれ!」


 リアンが、レノウの回答にうなずいていると、ある言葉につられて思い出した。

 

「その首都、リインロワって……なんでそんな名前なの?」


 さきほど気になっていたが、途中で聞くのを忘れてしまったことをたずねた。

 

 するとレノウは、リアンの顔をじっと見つめ、少考したのち、

 

「……リアン、おまえはルーリイン、長の娘だな?」


 瞬間、リアンとテルアが面食らい固まる。

 が、七賢者であるレノウなら知っていてもおかしくないか、という感じですぐに落ち着きを取り戻した。

 

「……うん」


 そして、短くそう答えたリアン。

 

「カルミラからは聞いてないのか?」


「……?」


 どういうことなのかわからず小首を傾げた。

 

「いや、なんでもない……。リインロワは昔、北方大陸からの使者が滞在しているときに襲撃にあってな。それを華色かしょくの長が救ったことがきっかけで発展した都市だ」


「え!? ってことは、私のおばあちゃん的な人が救った町ってこと!?」


「…………そういうことになるかな」


 どことなく歯切れ悪く答えたレノウ。

 

 しかしリアンは聞いたばかりの事実に浮かれ、レノウの様子には気づいていない。

  

「もともとはただの広いだけの町だったんだが、ロントリアと同様に地理的な便がよくてな。以来、そこで会議などを済ませることが多くなり、ランテスタの国王も主要な政治的機能をそこに置くことを許し、一気に発展した、というわけだ」


 そう語りながら、レノウは徐々にもとの様子に戻っていった。

 

「へー、じゃあリインロワには王様いないんだ?」


「ああ、国王は大きな山脈超えた先、南西の旧首都にいる。昔は華色が守護していた関係上、このパターンは多かったんだかな――」


「おまえら難しい話してんな……。ていうか、話が脱線してねえか?」


 リアンとレノウの会話についていけないテルアが、片手で頬杖をしながら横槍を入れる。

 

「あ、ごめんごめん。つい気になって……。で、なんの話だっけ?」


「敵の目的は、レノウや町のやつらを閉じ込めるだけでもはたしてる、ってことだろ? んで、どうするかって話」


「ああ、敵はおそらくルヴァンシュともつながっている。それに結界の中に入るとなると、かなり危険な戦いになると思う。いちおう救援も出したしな……。だから、まだ会ったばかりの僕の頼みなど無視してくれても構わない」


 レノウがそう言ったところで、しん、と静まり返る。

 

 うつむきがちになったレノウを見て、リアンとテルアとユニアが視線を合わせると、にいっ、と笑った。

 

「もっちろん、行くに決まってるじゃん!」


「あたりまえだろ」


「今度はうちがレノちん助けるん!」


 それぞれが当然のように肯定の声を上げる。

 

「……悪い、助かる」


 そんなリアンたちの顔を見て、レノウは少し頭を下げながらそう言った。

 

「おまえってほんと律儀っつーか、かたくるしいよな、そういうとこ」


「……おまえらがめちゃくちゃなだけだ」


 しかし、テルアの言葉には、すぐにいつものレノウに戻っていた。

 



「でも、まずは体力の回復からだな」


 そうしてテルアが仕切り直したように言った。

 

「だねえ。私も魔力ほとんど使っちゃったし。数日はかかるかなあ」


 リアンも腕を組み、難しい表情を浮かべ天を仰ぐ。

 

「それなら心配ない。さっきも話していたが、敵はおそらく僕たちを閉じ込めておくことが目的。僕がまだ無事なことからも、まだ時間に余裕はあるはずだ。しっかり準備してからでいい。というか、中途半端な状態でどうにかなるような相手ではない」


 レノウが緩んだ空気を引き締めるように言う。

 

 それを聞いてか聞かずか、テルアがなにやら顎に手を当て、考え込んでいた。

 

「どしたん? テルちん」


「……いや」


 テルアは、未だに串焼きを食べているユニアの顔を見つめると、悪巧みでも思いついたかのように言った。

 

「なあユニア、親父さんも言ってたことだし、ちょっと急ぎだけど作らないか? リアン専用の、新しい華装機かそうき――」

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桜とスターチス ~忌み子少女と異端少年の天命反逆~ しらとと @shiratoto

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