第35話 旅立ち

 無事カルミラを助けることができた数日後。

 リアンとテルアは予定通り旅立とうとしていた。

 

 この数日のあいだに、カルミラによる、大陸や国の事情などを知るための勉強会を開催。

 飲み込みの早いリアンに対して、テルアのほうは頭を抱えながらうめいていた。

 興味のあることと魔法のこと以外はどうにも苦手らしい。

 結局、その手のことはリアンに任せる形で、テルアは家の掃除役にされていた。

 

 

 

 ふたりの旅立ちを祝うように、澄んだ青空が広がっている。

 リアンたちは家の前で揃って最後の確認をしていた。

 

「そういえば、ししょーは結局どうするの? このあと」


「ああ、しばらくはマナフェールにいるつもりだ。もし近くまで来ることがあったら顔を出せ」


 リアンの質問に簡潔に答えたカルミラ。

 視線を横に移したカルミラはテルアにたずねる。

 

「それで、おまえのこの結界はいつまでもつんだ?」

 

「ん? あと数日はもつんじゃねえかな? そのあとは勝手に消えるから心配しなくていいぜ。師匠の力が戻るのも最低半年くらいはかかると思うから、無理はするなよ?」


 テルアが荷物を背負いながら、誰かの言葉のように念押しした。

 

「おまえに心配されたら終わりだよ……。とにかく、慣れるまではあまり目立つことはするなよ?」


 カルミラが腕を組み、不安しかないといった顔で言い聞かせる。

 

「大丈夫だって、こないだの戦い見たろ?」


 テルアが得意げな顔で言うと、カルミラがいっそう不安の色を強めた。

 

「まあまあ、ちゃんと私がついてるから」


 その表情を見て、リアンが励ますようにカルミラの肩を叩く。

 ずいぶん頼もしくなったリアンの笑顔に、カルミラが苦笑する。

 と、背負っている荷物に紛れた何かを指さし、低い声でたずねた。

 

「……で、これはなんだ」


「あ……」


 リアンの背負っている荷物から顔を出していたのは、先日もやっていた、カルミラが昔買ってきたボードゲームだ。

 バツの悪い顔でリアンが答える。

 

「い、いやー……仲間ができたらみんなでできるかなーって」


「遊びに行くんじゃねーんだぞ……」


 最後の最後まで大きなため息をついたカルミラ。

 いいか、と気を取り直してふたりを見る。

 

「裏で動いてるやつらに関する情報はまだ少ない。末端のやつら程度なら今までも相手にしてきたろうから心配ないと思うが……深入りは絶対にするな」


 リアンとテルアも真剣な表情でうなずく。

 

「何か事件があっても、基本的に警備隊や国の兵士魔導士らが解決するから手を出すな。……というか邪魔するな」


 リアンとテルアが不満げな表情でうなずく。

 

「まあ、そこらはこやつらも散々聞かされておるからわかっとるじゃろ」


 そう言いながらリアンの前に立ったソラは、何かを取り出した。

 淡い青色の宝石でつくられた、首飾りのように見える。

 

「……これは?」


 手に取ったリアンが小首を傾げて聞く。


「お守りみたいなもんじゃ。捨てたら死ぬ呪いかけといたから大事にせえよ」


「怖っ!?」


 冗談じゃ、と言ったソラがやさしい笑みを浮かべる。

 目立たないようにしておけ、というソラの言葉に、リアンは特に気にする様子もなく、言われた通りに身に着けた。

 

「え? 俺には何かねえの?」


「おまえさんとはこないだ約束したろうが」


 返ってきた答えに、あれかよ、と不平をつぶやくテルア。

 

「約束? なに?」


 リアンの純粋な問いに、テルアは、べつに、と顔を逸らした。

 

「――私からはこれだ」


 カルミラが取り出したのは、小さな筒のようなものだった。

 リアンとテルアにそれぞれ一本ずつ渡す。

 

「……なにこれ?」


 リアンが筒をじろじろと眺めていると、カルミラが開けてみろと促した。

 

「開ける……? あ、これか」


 リアンが気づいてつぶやくと、テルアも続いて筒のふたを開ける。

 すると、一枚の高そうな紙が出てきた。

 

「あっ……」


 リアンが小さく声を漏らす。

 いくつかの事柄が書かれていたが、最初に目に入ったきたのは、

 

 ”リアン・リベルウォード”という名前だった。

 

「これ……」


 リアンが少し潤んだ声で聞く。


「身分証のようなものだ。マナフェール王国で、私が名前を貸している孤児院出身ということになっている。……まあ書類上は関係のない、ただの同性だがな」


 若干照れたような顔をしてカルミラが言った。

 

「ししょー……ありがとう!」


 リアンが紙を持ったまま、カルミラに抱きつく。


「っと。情報は偽装だが、書類は本物だから心配するな。何かと役に立つはずだ」


 テルアもじっと紙を見つめていた。

 もちろん、そこには”テルア・リベルウォード”と書かれている。

 

「ほんとに家族みたいだね、テルア!」


 リアンが声をかけると、テルアは慌てたように紙を筒にしまった。

 

「お、おう……。まあ、あって困るもんじゃないしな」

 

 わかりやすい反応に、リアンは呆れた笑いで返すと、もう一度よく紙に目を通す。

 すると、ひとつの名前が目についた。

 

「身元保証……西方大陸連合議会カーレ・グレイシャー? ししょーじゃないんだ」


「私はそういう偉い肩書はないからな。もし何か疑われたらそいつの名前を出しとけ」


「ふーん……わかった」


 なんとなく気になったが、おとなしく返事をしておく。

 

「それで、スターチスを探しに行くんだったな」


 カルミラが仕切り直すように切り出した。


「うん。まあ、手がかりはないから、華色かしょくのこととかと平行してって感じかな」


 身分証を大事にしまいながら答えるリアン。

 

 ”スターチスを探して”。

 昔夢に出てきた母親のような人が言っていた言葉だ。

 おそらく華色の能力だろうというカルミラとソラの情報以外、手がかりはない。

 母親のことも何もわかっていない。

 

 ただどちらにしても、華色のことが絡んでくるため、実際には華色のことを調べる旅とも言える。


「そうか……」


 そう言ってカルミラは少しうつむき、暗い顔を浮かべた。

 

「……これからする旅はおまえたちにとって、つらいものになると思う。もし、旅が嫌になってらいつでも――」


「まーた始まったよ。……師匠、何か勘違いしてね?」


 軽く息を吐いたテルアが、カルミラの言葉を遮った。

 顔を上げたカルミラに、リアンとテルアは顔を見合わせ、図っていたように語り出す。

 

「運命が呪われてるとか、これからの旅がつらいものになるとか、ほんっと勝手に決めつけるのが好きだよな師匠は」


 ため息まじりに言うテルアに、リアンも続く。

 

「もし私たちの運命が本当に呪われてたとしたら、こんなに幸せな六年間過ごせなかったよ?」


「いや、それは……」


 カルミラが口ごもると、テルアが得意げな笑みで続ける。

 

「これから俺らがする旅は、すっげー楽しいものにするって決めてんだよ」


「呪われてるなら、そんな運命、私たちで捻じ曲げるだけだよ!」


 ずいぶんなことを、あっさりと言うふたり。


「リアン……テルア……」




 カルミラはそんなふたりを見て、ここに来たばかりのころを思い出していた。

 幼かったころの面影が重なる。

 

 しょっちゅう泣いていたのが嘘のように、頼もしい顔つきをするようになった。

 小さかった体も大きくなり、目線もそんなに変わらない。

 

 先日のことを見るかぎり、相当な力もつけているのだろう。

 言うこととやることは相変わらずめちゃくちゃだが。

 

 そんなことを考えていると、リアンの声に連れ戻される。

 

 

 

「だからししょー、楽しみにしててね。旅のおみやげ話!」


「俺はリアンと違って、あまり自分の目的とかなかったからな……だから、この旅を楽しいものにするって決めた。どうにも不安らしいからな、師匠が」


 不安などないような笑顔で言うリアンと、生意気な顔で強調するように言うテルア。

 

「ったく、クソガキどもが……」


 そんなふたりを見て、鼻で軽く息を吐いたカルミラが、最後の言葉を口にする。

 

「……わかった。じゃあ必ず、その楽しい旅とやらを聞かせに戻ってこい、絶対に死ぬんじゃねえぞ」


 そう言って拳を突き出した。

 リアンとテルアも好戦的な笑みを浮かべ、拳を突き出す。

 横からソラも続いた。

 

 全員で顔を見合わせると、リアンとテルアが、この六年間を噛みしめるように叫んだ。

 

「「――行ってきます!!」」







「行ってしもうたの……存外、あっさりしとったな」


 旅立ったふたりの後ろ姿を見て、ソラがつぶやく。


「ああ……」


「……どうした? 呆けた顔して」


 生返事をするカルミラに、ソラが気遣うようにたずねる。


「……死に損なった。あいつらの手前、強がってはみたが……しばらく何もする気が起きん」


 カルミラが言いつつ、草原にへたり込み、後ろに倒れる。

 大の字になって空を見上げた。


「おまえさんまで子供みたいなこと言い出しおって……」


 ストンッ、とソラも隣に座る。


「まあ、力が戻ったら、あいつらの手助けでもしてやるさ」


 そう、まだ生きているのならやることがある。

 

 ただ今は、思いのほか気持ちが入ってしまっていたらしい、ここでの生活を忘れないよう、空を見上げた。

 そうしないと溢れてしまいそうだったから。

 

「ほんっと……最初は罪滅ぼしのつもりだったんだけどな――」


 目元を隠してこぼしたカルミラの言葉に、ソラは何も言わず、ただやさしい笑みを浮かべていた。

 

 無事を願い、想いを託すように、力強くつぶやく。


「――行ってこい、リアン、テルア」







「まだ泣いてんのか?」

 

 横でぼろぼろと泣いているリアンに、テルアが呆れ気味に聞く。

 

「だってぇ……」

 

「師匠に心配かけたくないからって言ってたくせに……」


 ふたりは前もって別れの仕方を打ち合わせしていた。

 カルミラを心配させないために、笑顔で別れると決めていたのである。

 

「うっさい」


 何度も涙をぬぐい、嗚咽を漏らしていたリアン。

 

 少し落ち着いたところで、テルアに話しかけた。

 

「でも……ちょっと安心した」


「何が?」


 テルアが問うと、リアンが泣き顔の中に笑みを作りながら答える。

 

「精霊の人を前にしたとき、初めてできた家族なんだ、って叫んでて――テルアもししょーのこと大好きなんだって」


 涙まじりの悪戯な笑みを向けるリアン。

 

「ばっ!? あれは流れで――」


 テルアがどこか照れながら顔を歪める。

 そのあと、墓穴を掘るだけの言い訳の言葉を羅列していく。

 

 

 

 そんなテルアを、リアンはまだ潤んだ目で見つめていた。

 

 運命なんて、とっくに変わっていたと思う。

 テルアと出会ったあのときから――

 

 ずっとひとりだと思っていたら、テルアがいてくれるようになった。

 家族なんてできないと思っていたら、カルミラとソラが家族になってくれた。

 

 でも、まだ自分の手で変えたわけじゃない。与えられてばかりだ。

 今度は、自分の手で運命を変える番。そう言い聞かせる。

 そして、必ず守ると。

 

 隣でまだぶつぶつ言っているテルアを横目に、思い出の髪飾りに手を当てた。

 この六年間のこと思い出しながら空を見上げ、意気込むようにつぶやく。

 

「――がんばるっ!」

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