第34話 笑顔と約束

「っ……テルア!」


 精霊の使いがゲートの中へ放り込まれたことを確認したリアンが、テルアに合図を送る。

 魔力と花びらの嵐はまだ続いているが、精霊の使いが出てくる前に決着をつけなければならない。

 

「おう!」


 テルアが両手をかざし、蒼い魔法陣を縮めていく。

 同時に吹き荒れていた風も徐々に収まりつつある。

 そんな、あと少しでゲートが閉じるというとき――

 

「あっ!」


 すでに地上に落ちていたリアンが気づいた。

 ゲートの中から、精霊の使いの右手が這い出てきている。

 リアンがもう一度飛ぶ構えをするが、このままでは間に合わない。

 テルアはゲートを閉じるのに手一杯だ。

 

 舞凪なぎは足場となる場所、あるいは実体のあるものがなければ飛べない。

 テルアのように銀色の魔法陣で足場をつくって飛ぶ、のような芸をリアンはまだできないのだ。

 

 このままでは精霊の使いが出てくる。

 刹那に思考を巡らせ、ふたりの表情が歪む。


 ――バコンッ!

 

「「え?」」


 予想外の出来事に、リアンとテルアが同時に気の抜けた声を漏らす。

 なんとソラが、精霊の使いの右手にヘンテコな蹴りを食らわせていた。

 

「詰めが甘いわ! やはりわしがおらんとだめじゃのう!」


 不格好な態勢には不釣り合いな言葉とドヤ顔で叫ぶソラ。


「へへっ――ナイス、ソラ!」


 まだ焦りの残った笑みでテルアが言う。

 

「今度こそほんとに、出てくんな――!」


 ソラに遅れて飛んだリアンが最後の蹴りをぶち込んだ。

 つかむ場所を失った精霊の使いの右手がゲートに吸い込まれていくと同時に、蒼い魔法陣が消滅した。

 

 それを確認したテルアがすかさずカルミラに手をかざす。

 カルミラの右手に蒼い魔法陣が浮かんだ。

 

「なっ!?」


 カルミラが声を上げると、そのまま蒼い魔法陣は砕けるような音を上げ、爆散した。

 

「――よし! 契約魔法の破棄も完了! 成功だ!!」


 どさっ、っとテルアが後ろにへたり込む。

 

「ししょ――――!!」


 リアンが叫びながらカルミラに駆け寄り、抱きついた。

 

「おまえら……まさか本当に……?」


 まだ事態の理解が追いついていないカルミラは、されるがまま呆然としている。

 

「これでも運命が呪われてるって言うのかよ?」


「テルア……」


 テルアがへたったまま顎を上げ、ふんぞり返ったようにカルミラに向かって言った。

 

 信じがたい状況に、カルミラはしばらくぽかんと口を開けていたが――

 やがていつものため息をつくと、

 

「ったく、むちゃしやがって……」


 そうつぶやき、リアンの頭にやさしく手を乗せた。

 

「まあ……ありがとな……」


 その言葉に、にいっ、と凛々しさと悪戯っぽさが含まれた笑みで返すリアン。

 

 嵐も止み、ようやく穏やかな空気が戻っていた。

 

 

 

「むふふ、ふふ……?」


 吹き荒れていた桃色の花びらも落ちたころ、カルミラの体に顔をうずめていたリアンが、頭に違和感を覚えて顔を上げる。

 そこには、唇の端をぷるぷると震わせ、引きつった笑みを浮かべているカルミラの顔があった。


「あ、あれ……? し、ししょー感動の抱擁は? ほら、ししょー大好き!」


 そう言いながらもう一度抱きつくも、カルミラはリアンの頭をわしづかみにし、


「さっきやっただろ! 来い! 帰って説教だ」


「イダッ! いだいって! 魔力戻りかけてるんだからちょっと加減――」


 そんなリアンとカルミラのやり取りを、テルアとソラは微笑ましく眺めていた。

 久しぶりに元気に力を振るっているカルミラと、喚いているリアンを見ていると昔を思い出す。

 

 そうして無事すべてが終わり、日常に戻った感を出しながら、

 

「――ん?」


 立ち上がったテルアの目に映ったのはカルミラの顔。

 

「テメーらもだ」


「あー……やっぱり?」


 リアンとテルアとソラは、カルミラに引きずられながら家に戻っていった。

 

 


◇ 

 



 その日の夜。


「ししょー! いっしょに寝よ!」


 ようやくカルミラを助けることができて、緊張の糸が切れたのか、あるいは旅立ちの日が迫っているからか、リアンはカルミラにべったりだった。

 

「しょーがねえなぁ……」


 カルミラのほうも、まんざらでもない様子で甘やかしている。

 

 家に帰ってからは、今まで黙って危険なことやっていたとして、リアンとテルアとソラはこっぴどく説教を食らった。

 しかし、ずっとどこかうれしそうにしており、あまり反省しているようには見えない。

 

 夕食はシチューにしてもらい、全員大騒ぎでたいらげた。

 カルミラは魔力が少し安定したことで、食欲も戻ってきたらしい。

 

 そして食後は、昔カルミラが買ってきたみやげのボードゲームで遊んでいた。

 さらにどこからか高い酒も取り出していたカルミラ。

 死ぬ前に飲む予定だったものらしい。

 

 そうして、夜が更けていった。

 

 

 

 

 

 窓からほんのりと月の光が入っている。

 

 リアンとカルミラは明かりの消えたリビングで横になって喋っていた。

 

「ねえ、ししょー。またいっしょに寝られてうれしい?」


 いまだにベタベタしているリアンを背に、カルミラがぶっきらぼうに答える。

 

「ああ、うれしいからさっさと寝ろ」


 やや冷たい反応も、照れ隠しだと勝手に推測しているリアンは相変わらず浮かれた笑みをしている。

 

「……もし、今日のこと失敗してたら、ししょー怒った?」


 カルミラの背中に向かって、リアンが少しだけ落ちたトーンでたずねた。

 

 一瞬固まったように考えたカルミラだったが、

 

「……んなわけあるか」


 そっけなく否定の言葉を吐き、毛布を掛け直す。

 

 そんなカルミラの後ろ姿を見つめていたリアンが、やさしい口調で語り始める。

 

「きっと、ししょーのお友達も同じだと思うよ」


 カルミラが、びくっ、と反応したのがわかった。

 

「そのお友達は、助けてもらえなかったことを怒ったり悲しんだりなんてしてない。それよりも、そのせいで……ししょーが自分を責めたりしてるんじゃないかって、不安になってると思う」




 これは自分がそうだからこそ、言えるものだった。

 もし今日カルミラを助けられなかったら、どれだけ自分を責めていたかわからない。

 たぶん、この先まともではいられないほど落ち込んだだろう。

 今、カルミラはきっとそんな後悔の渦に呑まれているはずだ。

  

 六年間もいっしょにいれば大抵のことはわかるようになる。

 カルミラが自分と接するとき、どこかその後ろ――幻影のようなものを見ていることがよくあった。

 それが昔してもらった友人のことなのかは定かではない。

 だが、いつもその幻影を見ては苦しそうにしていたのだ。

 

 

 

「だからね、ししょー……」


 リアンが起き上がり、カルミラの顔をのぞき込んだ。

 

「もっと”笑顔”になろ?」


「――!?」


「きっと、そのお友達も、ししょーがもっと笑ってるほうがうれしいと思うよ」


 カルミラの戸惑い顔に、リアンは慈愛の笑みを向けた。

 その笑顔に、カルミラは目を見開き、うろたえながら声をこぼす。

 

「……スーリラ……」


「え?」


 カルミラの口から小さく漏れた声を、リアンはよく聞き取れなかった。

 

「いやっ、なんでもない……」


 そう言って顔を背けたカルミラ。

 珍しく動揺している様子のカルミラを、リアンは不思議に思いながら首を傾げて見ていた。

 それから、少しして落ち着いたらしいカルミラは、リアンに背を向けたまま、

 

「リアン……」


「ん?」


「ありがとな……」


 その言葉に、リアンはふたたび満面の笑みで、カルミラに抱きついていた。

 

 

  



 

 テルアは水を飲みに台所にきていた。

 盛大に散らかっている台所を見て、少しうんざりする。

 これを片づけることになるのは、結局いつも自分なのだ。

 

 水を飲み、リビングを通ったところで、地べたに寝ているリアンとカルミラを見て苦笑した。

 カルミラの背に抱きついたまま幸せそうな寝顔を浮かべるリアン。

 まるで、本当の母と娘のように見える。

 その光景がいつまでも変わらぬものであるように願い、テルアはひとり静かに部屋に戻っていった。

 

 

 

 ベッドに横になり、無事カルミラを助けられたことを実感するように、大きく息を吐くテルア。

 天井を見つめるその顔は、心なしか少し大人びたようにも見えた。

 

 ほどなくして、ガチャ、とドアの開く音がした。ソラだ。

 

「どうした?」


「おまえさんがひとり寂しゅうしとるか思うての」


 からかい気味に言ったソラに、顔をしかめるテルア。

 

「んなわけあるか」


 そう言いながらベッドから起き上がる。

 そのままあぐらをかくと、ぽんぽんとふとももを叩いて促した。

 

 ひょいっ、とテルアのあぐらの上に乗るソラ。

 すっぽりと収まると、テルアはソラの毛づくろいを始めた。

 この場合、体調管理のようなものらしい。

  

「……なあ、師匠ってそんなに俺らの将来のこと心配してんの?」


「運命が呪われとる、いうやつか? まあのう……」


「ふーん……。どういうことかは教えてくれないんだ? ま、いいけど」


 しばらく無言が続くと、ソラが切り出した。

 

「代わりにひとつ、頼みがあるんじゃが」


「……文脈も論理もめちゃくちゃだな、おい」


「リアンのこと、何があっても守ってやってくれ。……どんなことがあっても」


「……そんなん、言われなくてもそうするっての」


 テルアの言葉に、ソラが安堵したように苦笑する。


「じゃあこっちも……師匠のこと頼んだぞ」


「……まあ、わしができる範囲でな」


 ソラはそう言うと、テルアに向かって羽先を軽く丸めて突き出してみせる。

 少し意外そうな顔をしたテルアだったが、

 

「……おう」


 小気味よい笑みを浮かべ、ソラの突き出した羽に、コツンと拳を当て答えていた。

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