第三章 空白のデュオスレギア
第36話 最初の町
リアンとテルアが旅立ってから十日ほどがたっていた。
草木が生い茂る深い森の中。
ふたりは、道中で買った
前でテルアが飛行を操作し、後ろでリアンが地図を見ている。
「なあリアン、まだ着かねえの?」
「うーん……もうそろそろだと思うんだけどなあ……」
リアンが地図とにらめっこしながら仰ぐ。
澄み渡ったさわやかな朝の空。豊かな緑が美しい山々。小鳥たちが集まる
ふたりの門出を祝うかのように、ひょっこりと顔を出すかわいらしい動物たち――
そんなとっくの昔に見飽きたド田舎の景色に感慨を覚えることもなく、ふたりは早く町に着きたいがため、魔法で飛んでいくことを選んでいた。
そのおかげでランテスタ領にはすぐに入ることができた。
しかし、ランテスタの領内では勝手に上空を飛行することはできない。
基本的に領土内で飛行するには、その領主、または有力者の許可が必要になる。
国や町を守るための決まりになっているのだ。
もし許可なく飛んでいたことがばれた場合、最低でも罰金、身元が怪しいときは捉えられる可能性もある。
ただし、各国の王や有力者が集まる連合議会が認めた人物には、各自の判断で国を跨いでの飛行を許可する特別な権利も与えられている。七賢者などがそれだ。
カルミラからそれらのことをしっかりと聞いていたふたりは、飛行がばれないように、人目につかない森の中を飛んでいるのである。
そして、今向かっているロントリアの町は、ふたりがいた北の僻地から南東に位置する。
ランテスタ王国の中でも物流の中心になっており、人の流れが多い町だ。
また、重要書物、魔法大辞典の制作者の一人がいる町でもある。
その人物が魔法大辞典の改変に関わったという疑いもあるらしく、マナフェール王国の調査団が監視しているとのことだが――
「――あ! 人の気配がする!」
そうして飛んでいると、リアンが魔力感知でテルアより先に察知した。
「やっとか……」
テルアが疲れの滲んだため息をつく。
ようやく森の中の飛行から解放される、といった様子だ。
さすがのテルアも、気配を消したまま入り組んだ森の中を飛行するのは、神経を使うらしい。
じきにロントリアの町が見えてきた。
「うわぁ……すごーい!」
「でけえな……」
山の上から町を見下ろしたふたりは感嘆の声を漏らしていた。
城壁に囲まれた中に、見たことのない建物がたくさん並んでいる。
ふたりはこういった大きな町に来るのは初めてだった。
にっ、と顔を見合わせたふたりは、急いで箒から降りて支度をすると、町のほうへ駆け出していった。
◇
町の入り口に立ったふたりが、門を見上げ改めて声を漏らしていると、横から門番の兵士に話しかけられた。
「君ら、見ない顔だけど何の用だ?」
少し警戒しているらしい兵士に、リアンがあらかじめ用意していた言葉で対応する。
「えーっと……魔法の勉強に来ました!」
「魔法の勉強ねえ……」
元気よく答えたリアンだったが、兵士はまだ疑っているようだ。
「うーん……何か、通行証は持ってないのかい?」
「え? 通行証……?」
思っていたより厳しい対応にリアンが戸惑っていると、テルアが横から小声でつぶやいた。
「あれじゃだめなのか? ほら、師匠がくれた……」
リアンがハッとして、先日カルミラからもらった身分証のような物を取り出して見せる。
「ああ、証書持ってるんだね。……マナフェールからか、勉強熱心だなあ」
途端に兵士の顔がやわらかくなった。
「じゃ、入っていいよ」
そう言って兵士は快く門を開けてくれた。
「……これ、師匠からもらってなかったら俺らの旅ここで終わってたんじゃね?」
門をくぐりながら、テルアが半目でぼやく。
「うーん……思ってたのと違ったなあ。さすがししょー……」
あれで結構考えてくれていたのだと感心するリアン。
今まで小さな町に入るとき、このようなことはなかったので想定外だった。
テルアが切り替えたように聞く。
「で、まずはどうすんだ?」
「とりあえずは宿屋かな。荷物も置きたいし」
「よし、宿屋だな」
軽く意気込むように言うと、テルアは歩きながらあたりを見回した。
普通の町人のほかにも、エルフ族や魔族、獣人族も多くいる。
人間族以外を見るのは初めてではないが、これだけ一度に多くを見たことはなかった。
「なんかほんと……思ってたよりすげえとこだな」
「前は魔法研究で有名な町だったらしいけど、今は貿易で有名な町なんだって」
リアンがカルミラから教わった情報をテルアに話していた。
昔は魔法研究が盛んな町で、多くの優秀な魔導士を輩出していたらしい。
それから時代は移り、今では地理的な事情などから、役割や規模的には町というより貿易都市のようになっている。
北の大陸から入ってくる物資の多くが、この町を経由し、マナフェールなどに送らて行く。
そんな話をしていると、ちょうど良さそうな宿を見つけた。
宿屋に入り、手続きを済ませると、二人部屋に案内された。
簡単な収納と家具、それにベッドがふたつ。
気のせいか、宿屋の主人に少し怪訝な目を向けられた。
ふたりは部屋に怪しいものがないか調べ、窓からの死角を確認すると、顔を見合わせうなずく。
するとテルアが床に両手を当て、銀色の魔法陣をつくり、部屋に結界を張った。
防音と魔力感知阻害の簡単な結界である。
「よし。ひとまずこれでいいかな」
自慢の結界に納得の様子だ。
命を狙われる可能性のあるふたりにとって、重要なことである。
「んー、七日でこれだから……あと二十日くらいかな……」
リアンが机の上に硬貨を並べてつぶやいていた。
このままで生活できる残りの日数である。
旅の資金はある程度カルミラからもらっているが、それほど多くはない。
これから旅をしていく上で、資金の調達は必須である。
「どうするんだ?」
ベッドに腰かけたテルアが聞く。
「ギルドってところで仕事もらえるみたいだから、そこに行ってみるかな」
「おお、ギルド! よし、ギルド行こう!」
急にテンションを上げるテルア。
「……ほんとそういうの好きだよね。仕事だってのに……」
リアンが呆れた顔でつぶやく。
声色には旅の疲れが感じられた。
そんなリアンの顔を見たテルアが、
「――まあでも、難しいことは明日にして、今日のところはいろいろ見て回ろうぜ。楽しい旅にするんだしな」
どこか勇気づけるように言った。
その言葉に、ふたたび呆れた笑みを浮かべたリアンだったが、
「……だね。うん! まずは楽しまなきゃね!」
意見の一致したふたりは、そう言って街へ繰り出していった。
◇
人が行きかう大きな通りに出たふたり。
とりあえず町を散策することにした。
「でも、どうやって聞き込みするかだよな……」
「だねえ……今までのようにはいかないもんね」
言いつつ、リアンが難しい表情を浮かべる。
今まではフードを深くかぶり、顔を見せずに聞き込みしていた。
田舎の小さな町ばかりだったし、何かあってもその町に近寄らなければよかったのだ。
しかしこうして帰るところもなく、ある程度の期間、町に滞在することになるなら、むやみに聞き込みもできない。
その上、このロントリアの町には
うかつに華色の名前を出すのもわけにもいかない。
「いくつか目星を付けて、町を離れる前に聞く感じか……?」
テルアが人の流れに目をやりながら聞く。
「うーん、そんな感じかな……。あっ、あれなんだろう?」
やや生返事っぽく答えたリアンが、目についた建物を指さした。
「城……? にしては小さいか」
テルアが頭を傾けながらつぶやく。
古い館のような建物だった。
まわりは柵で囲まれていて、少し異様な雰囲気を醸し出している。
近づいて眺めていると、立て札を見つけた。
”大魔導士、ウブリの館”と”侵入厳禁”と書かれている。
「昔の偉い魔導士さんが住んでた家みたいだね」
「ふーん……」
まわりには同じように古い館を眺めている人たちがいた。
どうやら観光名所のようになっているらしい。
「……まあ、次に行こうぜ」
「……? うん」
意外にもテルアはそれほど興味を示さず歩き出した。
昔のすごい魔導士の家ということで、しばらく興奮して動かないかと思っていたリアンは、拍子抜けしたように後を追う。
それからいくつかの施設やギルドの場所を確認し、屋台が並ぶ通りに向かった。
目に入ってくるのは、変わった果物や都会のスイーツなど、見たことがないものばかり。
楽しい旅にすると言った言葉通り、それらを食べてみたり、大道芸のようなものを見たり、初めての大きな町を堪能していた。
そうしてしばらく、珍しい工芸品やきれいな小物を見たり、屋台の食べ物をいろいろと漁っているときだった。
「――っ!」
リアンが何者かの視線を感じ取った。
すぐにテルアと目で確認する。
テルアのほうも気づいたらしく、目で合図を送ってきた。
魔力の隠蔽はテルアに任せてある。
それゆえ魔力を感知されることはまずない。
まだ町に来たばかりで油断していたところもあるが、後をつけられる要因は考えられなかった。
いつ狙われてもいいように、腹を括っていたつもりだが、思っていたよりも早い。
「……ねえテルア、次はあっちのほうへ行ってみない?」
相手に感づかれないよう、それっぽく話しかける。
「おう、行ってみるか」
テルアもそれに応じた。
街巡りの楽しい空気に、一転して緊張が漂う。
ふたりは後をつけてくる何者かを誘導するように、人の少ない通りへ向かっていた。
「あれ……お店なくなっちゃったね。もとの通りに戻る?」
「そうだなあ……お、じゃあこっちから近道しようぜ」
リアンの振りに、テルアが路地裏を指さした。
そのままふたりは楽しそうに会話をしながら路地へ入っていく。
少し入ったところで、テルアが振り返り、合図する。
「飛ぶぞ」
瞬間、ふたりは
互いに通路を挟んで向かいの屋根上に陣取り、顔を見合わせる。
問題がないことを確認すると、物陰から下の様子をうかがう。
少ししたところで、路地へ人が入ってきた。
もう一度互いに視線で確認し、後をつけてきた人物を確かめる。
路地を見下ろすふたりの顔に汗が滲んでいた。
「……え?」
しかし、それを見てリアンが気の抜けた声を漏らす。
姿を現したのは、銀色の長い髪を二つ結びにした――少女だった。
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