第48話 父と娘

「おっさんがユニアの親父さんか……! いきなり会えるなんてラッキーだな」


「よかった……ユニアは無事なんだね――」


 テルアの言葉を聞いて、向かいの男が脱力してへたり込んだ。

 男は黒髪の短髪、少しやつれているようにも見え、テルアと同じように手錠をかけられていた。

 その様子に、テルアが、あれ、と首を傾げる。

 

「……俺、まだなんも言ってねえと思うけど」


「――!? ユ、ユニアの身になにが!?」


 ふたたび取り乱す男を見て、テルアは呆れた顔で眺めていた。

 これはたしかにユニアの父親かもな、と。

 

 

 

 


 薄暗い遺跡の地下とおぼしき場所。

 テルアは向かい合った牢屋越し、マルクというユニアの父親を名乗る人物に、これまで経緯を説明していた。

 

 といっても、どこからどこまで話したらいいのかテルアにはよくわからない。

 ひとまずユニアの無事を伝え、華色かしょくやケラヴノスのことは把握していると話した。

 あとはリアンの真似をして、カルミラから命を受けてここに来たというていで通した。

 

 きちんと伝わっているかどうかは怪しい。こういう仕事は本来リアンの役目なのだ。




「……なるほど、さすがはカルミラ様、そんなことまで……。しかしよかった、ユニアが無事で……」


 いちおう納得してもらえたようで安心する。

 ユニアの無事を聞いて、マルクも安堵しているようだった。

 ただ、ほとんどカルミラの手柄になっていることに、テルアがやや不満の色を浮かべている。

 しかし今はそんなときではないと、小さくため息をして切り替え、

 

「いろいろ聞きたいことはあるんだけど、まずはケラヴノスをどうにかしなきゃいけないんだ。で、そのケラヴノスってどこにいるか知ってる?」


 テルアのあっさりした物言いに、マルクが懐疑的な目を向ける。


「……まさか、きみが止めるつもりなのか?」


 あっ、とまずったかという顔をしたテルアは、瞬時に考えを巡らせると、


「あー……えっと、し……カルミラ様から特別なすげー魔法を預かってて、それを使うだけだから……」


 苦し紛れの言い訳をした。

 カルミラではなく、ウブリという人物からなので、まんざらすべて嘘というわけでもない。

 

「……そ、そうか……カルミラ様がそう言うのなら……」


 納得はしてくれたようだが、やはりすべてカルミラの手柄になっていることに、モヤモヤが消えない。

 意を決したように、マルクがテルアの来た方角を指さして言う。

 

「ケラヴノスが封印されているのは、向こう側にある地下遺跡だ。……ただ、看守たちの会話から、昨日ケラヴノスが目覚めたという声も聞こえてきた……。今どうなっているのかは、悪いがわからない」


「あー、そういや、あのじいさんもそんなこと言ってたなあ……」


 テルアが気を失っているふりをしているとき、ダークスが言っていた。

 急いでいるようだったし、向こうになにか想定外のことが起きたのかもしれない。

 

「一回探ってみるか……あっちだな」


 その方角を向き、目を閉じて集中するテルア。

 

 まるで世界の構成要素ごと把握するように、壁をすり抜け、魔力の感覚を捉えていく。

 小さな魔力が複数、感知阻害の結界が何重にも張られている。

 それらを易々と突破していき、その先にある大きななにかに触れた。

 

「――っ!? これか……」


 目を開けたテルアが、汗を滲ませつぶやく。

 

「マジでバケモンだな……昔はこんなのが空飛んでたのかよ」


「なにを……?」


 ひとり勝手に焦っているテルアを見て、マルクが困惑の眼差しを向ける。

 その視線を避けるように、テルアが話を振った。

 

「あー……おっさんとユニアはどうしてここへ? 華色のことは少し聞いてるけど……」

 

 その、事情は全部知ってるふうなテルアの言い方に、マルクは逡巡すると、うつむきがちに話し始めた。

 

「華色の国が滅ぼされたとき、ユニアはまだ生まれたばかりでね……。もともと体の弱かった妻は、隠れての逃走に耐えられなかった……。幼いユニアを連れ、最初はいろいろな国を転々としていたんだが、六年前に一瞬だけ、華色の魔力反応があってね」


「六年前……」


 おそらく、リアンがテルアを助けるために、初めて花の魔力を使ったときだろう。

 ユニアの持っていたあの道具なら、かなり遠くからでも感知できるはずだ。

 

「それでその方角に向かっていたんだが、ロントリアの町でダークスに目をつけられてしまった……。ユニアを人質に、華装機かそうきの力を宿した武器をつくれと脅された。そしてケラヴノス復活が迫った今、私を含め武器をつくらされていた者たちが、不要な存在として牢屋ここにね……」


 なるほど、とテルアがほかの牢屋をうかがう。

 十人ほどといったところか。怪我はなさそうだった。


「その武器って、黒い魔法陣が出るやつか?」


 マルクが黙ってうなずく。

 

 六年前というなら黒い魔法陣の武器が出回り始めた時期とも一致する。

 おそらく嘘はないだろう。

 

 ただ、少し腑に落ちない点もあった。

 

「……俺はどっちもさわったことあるんだけどさ。言っちゃ悪いかもだけど、ユニアの持ってた華装機のほうがずっと高性能だったぞ?」

 

「……ユニアの持っている華装機は、本家の血を引く妻がつくった物だからね。きみの言う通り、私では遠く及ばない」


 そういうことか、とテルアが納得する。

 ユニアの魔力とマルクの魔力は、確かに親子のものだが、かなり毛色が違っていたのだ。

 ユニアは母親よりということだろう。

 

「武器をつくっている隙に、せめてユニアだけでも逃がしたかったのだが……この有様だよ。これではユニアのことを必ず守ると誓った妻に、顔向けできない……」


 ガンッ、とマルクが自らの額を檻に叩きつけた。

 

「お、おい……おっさん」


 ユニアを逃がしてやれなかった不甲斐なさを、激しく悔いているようだった。

 

 その姿に、六年前の自分を重ねる。

 大切な物を守れなかったときの悔しさは、言葉にできるようなものではない。

 それは自分が一番よくわかっている。

 

 そんな思いを二度としないために強くなったのだ。

 その強さは誰かに誇示するためでも、名誉を得るためでもない。

 大切な物を守るためだ。

 

 いやまあ少しくらいはそういうのやってみたいと思っているテルアではあるが。

 こういうときにぼそっとそんなことを言おうものなら、リアンにブチギレられることは、この六年で十分に学んだ。

 

 であるなら、やることはひとつ。

 

 

 

「……もうじきケラヴノスが復活し、ユニアどころか、ロントリアの町そのものが――」


「まだそうと決まったわけじゃねえだろ」


 マルクが打ちひしがれてつぶやいているところを、テルアが決意に満ちた声で遮った。


「……しかし、きみも囚われ、カルミラ様の作戦も失敗した今、もう……え?」


 マルクの目の前に飛び込んできたのは、手錠を外し、牢屋から出て涼しい顔をしているテルアだ。


「なっ!? ど、どうやって!?」


「あー……俺、こういうの得意なんで」


 だんだん隠すのも面倒くさくなってきたテルアが、適当に誤魔化す。

 

 手元を隠しながらマルクの牢屋を開けると、手錠も破壊。

 ほかの牢屋に閉じ込められていた人たちも次々に解放していく。

 

「きみはいったい……」


 マルクが困惑しながら牢屋から出る。

 確かに魔力封じの手錠をしていたはずだ、とマルクが信じられないといった様子でテルアを見つめていた。

 

「さあ、作戦はこっからだぜ! おっさんも協力してくれよな」


 そう言いながら振り返ったテルアは、悪戯な笑みを浮かべていた。







 ダークスとリーゼルトは書斎のような部屋にいた。

 おそらく遺跡の内部なのだろう、壁は石づくりになっている。

 

 ダークスはテーブルにいくつもの本を広げ、額に汗を浮かべてうなっていた。

 

「いまさらそんな本を見て、どうするのよ?」


 リーゼルトがソファーに座り、足を組んで言う。

 こちらは澄ました顔をしている。

 

「魔法は先人の知恵の結晶だ。すべてはここに書かれている」


 リーゼルトに目線を移すことなく、魔法書を次から次へと開くダークス。


「ふーん……それで、ケラヴノスが目を覚まし始めてる理由はわかったの?」


 リーゼルトが自らの髪をくるくるといじりながら聞く。


「……封印術式の原理から考えるならば、なんらかの強い魔力に反応したと考えるのが妥当だろう……」


「……魔力? そんな強い魔力、私が感知した限りないわよ? 七賢者はいないし、レインバートもいない。この大陸でほかに強い魔力なんて――」


 リーゼルトがそこまで言ってハッとし、羽織っていたフードをつまんで言った。


「このフードの……! アルテってやつは? あいつは野放しにしておいてよかったの? わざわざ民衆に疑いを持たせるようなことまでしてたのに――」


「アルテなど存在しない」


 少し慌てたリーゼルトであったが、ダークスはひどく冷めた声で否定した。

 その言葉に、リーゼルトが怪訝な目を向ける。

 

「どういうこと?」

 

 ダークスは壁側の本棚に歩いていくと、一冊の本を取り出した。

 ”新魔法体系 流星”である。


「これは、ごく一部の者だけが扱える特殊な魔法体系によってつくられている。そして、そのごく一部の者というのは、今この大陸でレインバート以外に存在しない。それが答えだ――!」


 そう断言して新魔法体系を壁に投げつける。

 ダークスがふたたびテーブルに戻ると、ダン、と開かれたページに両手をついた。

 憎しみのこもった目でそのページを見つめる。

 

「そう、これも偶然だ……」


「……もし、それが存在していたら?」


「ない――ッ!! そんなことは絶対にありえん!」


 おそるおそる聞いたリーゼルトに、ダークスが取り乱したように叫んだ。

 グシャ、と開いていたページを鷲掴みにする。

 

「ちょっ、おとう――っ。そんなに怒らないで……。それより、そろそろ行かなくていいの?」

 

 思わぬ反応にリーゼルトが話を逸らした。

 

「……ああ、すまんな、リーゼ。行こう、方法はわかった」


 一度大きく息を吐き、落ち着きを取り戻したダークスが声色を立て直す。

 心につっかえているなにかを取り除くように、開いていた大きな本を乱暴にテーブルの端へ追いやった。

 

 リーゼルトが立ち上がり、一足先に部屋を出ていく。

 ダークスも後を追うように歩き出す。

 

 と、ダークスが扉を閉める直前、テーブル端に追いやった本を睨みつけ、


「まるで自らが御星みほしだというような書きよう……。なんのつもりだレインバートめ――!」


 バンッ、と勢いよく扉を閉めた。通路に乱れた足音が響いていた。






 ダークスたちが立ち去り、静まりかえった部屋。

 時が止まったような部屋で、テーブルの端にやられた大きな本がバランスを崩し、床に落ちた。

 ドスン、と鈍い音を上げる。

  

 落下と同時に見えた背表紙は、”魔法大辞典 第二版”。

 表紙にわずかに残った文字は、”忘却の御星 ウブリ・エルトワール”。

 

 重さと開き癖によって、自然とさきほどのページが開かれる。

 ダークスが握り、シワになったそこは――空白のページだった。

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