第47話 偽り

「――いでっ!?」


 範囲魔法に巻き込まれたテルアは、別の場所に飛ばされていた。

 少し浮いた状態で飛ばされたようで、軽く落ちるような形になったらしい。

 

「ったく……雑な転移魔法使いやがって……」


 頭に手を当てながら起き上がり、あたりを見回す。

 

 少し広めの空間だった。

 人工的な石のつくりから、遺跡の内部だと思われる。 

  

 テルアのほかには、リーゼルトと調査団員数名がいた。

 まだ倒れたままでいる。

 

「…………」


 どうやらリアンたちは無事逃げられたようで安心する。

 なら、ここからはテルアの仕事だ。

 

「――おや、ずいぶん少ないようだな」


 そうして息を吐いたとき、後ろから聞き覚えのある声が聞こえた。

 

 テルアが振り返る。

 

「やっぱあんたか……」


 それは、ウブリの館にいた魔導士の老人で、ギルドの近くで演説をしていた――

 

「ダーント――!」


「……ダークスだ」


 ダークスが浮かべていた笑みを歪める。

 

「もう教祖様ごっこはいいのか?」


「……生意気な子供が……どこまで知っているのか知らんが、きみはもうここから出ることはないからね」


 テルアが息を呑み、慎重にあたりの魔力を探る。

 特に罠はない。想定外のこともない。

 なら、予定通り――

 

「どういうことなのか、きみからも話を聞きたいところだが――私は忙しいのだ。付き合っている時間はない」


「あっそ――んじゃ、さっさと終わらせるか」


 テルアはそう言った瞬間、素早く右手をかざし、黄色の魔法陣を浮かべ、電流の塊を飛ばした。

 ダークスに向かって飛んでいく。

 

「――ほう、無詠唱で……だが」


 ダークスも素早く右手をかざすと、魔力障壁を展開。

 テルアの放った電流の塊が一瞬で弾けた。

 

「…………」


 それでもテルアは顔色ひとつ変えず、次は青色の魔法陣を浮かべる。

 

「――遅い」


 しかし、ダークスがそう不気味に微笑んだ瞬間、

 

「……なっ!?」


 テルアの青色の魔法陣が弾けた。

 ダークスが余裕の口調で聞く。

 

「術式破壊は初めてかね?」


 テルアが表情を青ざめ、手を震わせる。

 信じられない、という雰囲気を出していた。

 

「……よくいるのだよ。少し魔法ができる程度で調子に乗る三流は」


 ダークスが嘆くように吐き捨てる。

 その言葉に、テルアがキッと睨み、手をかざすが、

 

「――もういいかしら」


「――!?」


 ――バチンッ!


 テルアが振り返ろうとした瞬間、背後からリーゼルトのムチが襲った。

 

「なん……で……」

 

 ドスン、とうつ伏せになるように、地面へ倒れたテルア。

 

「ごめんなさいね――私、こっち側なのよ」


 焦点がズレ、崩れていくテルアを、リーゼルトは妖艶な笑みで眺めていた。

 

 

 

 

 

「……ふん、魔力の流れも止まったわね。七賢者の教え子みたいなこと言ってたけど、案外たいしたことないじゃない」


 リーゼルトがテルアを見下ろしながらつぶやく。

 

「所詮は調子に乗っただけの子供だ。それより、逃げられた調査団はどうなっている?」


 ダークスが後ろで手を組み、リーゼルトに歩み寄りながら問う。

 

「どういうわけか、先に気づかれたようね。それに……」


 リーゼルトがまわりの調査団員を確認しながら、

 

「潜り込んでたやつら、全部こっちじゃない……。まったく、運だけはいいわね、ミナス団長ったら」


「すぐに捉えろ。私はもうじきケラヴノスと同化する。邪魔されるわけにはいかんのだよ……」


「はいはい……」


 肩をすくめたリーゼルトは、倒れていた部下に、ミナスたちを探すように命じる。

 彼らも調査団に潜り込んでいたスパイであった。


「この子はどうする?」


 リーゼルトがテルアを軽く蹴りながら言う。


「魔力封じの手錠をかけて牢屋へ放り込んでおけ。人質くらいには使えるだろう」


「でも、今牢屋には……」


「構わん。どうせあと少ししたら、すべて終わるのだからな」


 ダークスがそう言うと、リーゼルトがふたたび命じた。

 

 部下のひとりが、テルアを担いで運んでいく。

 テルアの表情はうかがえない。

  

「行くぞ。最後の確認もしなければならん。まったくケラヴノスめ……やっかいなときに目覚めてくれたものだ」


 ダークスが急かすと、リーゼルトが続く。

 地面に魔法陣をつくると、ふたりはそのまま、転移魔法でどこかへと消えていった。

 

 


 

 


 リアンたちは少し離れた小さな洞窟にいた。

 

 洞窟の入り口から顔を出し、敵がいないことを確認すると、リアンがふたたび中に入っていく。

 

「――しばらくはここで大丈夫だと思います」


 リアンがそう言いながら腰を下ろす。

 

 洞窟の中は照明魔法を組み込んだ魔石で明るくなっている。

 

「……正直、ある程度のことは覚悟していましたが……説明してくれますか?」


 ミナスが険しい表情で聞いてくる。

 ほかの調査団員もまだ困惑しているようだ。

 

 リアンはミナスの顔をしばらく見つめると、あらかじめ考えていた言葉で説明した。

 

「もうわかってるかもしれませんが……向こうに残されたテルア以外の人たち。あの人たちはスパイです」


 調査団員に動揺が走る。

 

「そうか……やはり、副団長も……」


 ミナスだけはその様子から、まったくの予想外――というわけではないことがうかがえた。

 

「……カルミラ様から調査団の中に内通者がいるという話を聞いていました。それで魔力を探ることに長けたテルアを向かわせたんです」


 もちろん、カルミラのくだりは全部嘘である。

 ただ、ウブリの館に潜り込んだことや、テルアの能力のことをそのまま話すわけにはいかず、それっぽい筋立てをでっち上げていた。

 

「そうか……さすがはカルミラ様だな。そんなことまで……」


 すべてカルミラの手柄になっていることに若干の不満を覚えながらも、リアンは続ける。

 

「ミナスさんは……薄々気づいていたんですよね?」


 リアンの問いに、ミナスが暗い表情で口を開く。

 

「もともとこの調査は団長の私と数人の部下で行う予定だったんだが……直前にランテスタ上層部から人員の追加があってね……」


 リアンは話を聞きながら考える。

 

 おそらくランテスタの上層部にダークスと深い繋がりのある者がいるのだろう。

 あれだけ町で人気があるのだ、おかしくはない。

 カルミラからの話では、マナフェールとランテスタはほぼ同盟国として通っている。

 疑いの目が向きにくかったというのもあるかもしれない。

 

「それに、貴重な情報を持ってくるのはいつもリーゼルトだったからね……」


 ミナスはそう語りながら、うつむく。

 長い黒髪が、はらりと落ちた。

 

 そこでリアンがなにかに気づく。

 

「……そのフード、かなり高度な術式が付与されてますね」


「ああ、これかい? ……カルミラ様が信頼しているきみたちになら話してもいいか」


 ミナスはそう言うと、フードを脱いだ。

 見た目は二十代前半といったところか。カルミラのように、長い黒髪を後ろで束ねている。

 ようやくミナスの人となりを認識できた。


「今話題の魔導士、アルテ様の術式を使っているんだ。ここだけの話、アルテ様はマナフェールの上層部とも深い関係らしい」


「あー……そうなんですね」


 気まずい表情を浮かべながら、どうりで、とリアンは思う。


 非干渉型の感知が不得意といっても、そう易々と接近を許すリアンではない。

 しかし、テルアの偽装術式が使われたフードを使っているなら話は別である。

 あれはそういうものだ。

 

「それで……これからどうするんだい?」


 ミナスがふたたびフードを羽織り、真剣な表情を浮かべる。

 

「ひとまずは、テルアからの合図待ちです。監視がついていたので私も詳しくは聞いてないんですが、おそらく内部の調査が目的です」


「……しかし、大丈夫なのか? 彼ひとりだけで……」


 ミナスが不安げにたずねる。


「あいつ、こういうのだけは得意なんで。カルミラ様も手を焼くくらいには」


 そんなミナスに、リアンが誇らしげに言った。

 これは嘘ではない。

 カルミラもテルアの魔法にはずいぶん苦戦していたのだから。

 

 もっとも、より手を焼いていたのは魔法よりも性格のほうであるが。


「そうか……では、期待するとしよう」


 リアンの自慢げな笑みに、ミナスは苦笑して、壁にもたれた。

 

 結構勝手なことをしているはずなのだが、ミナスは警戒してしまいそうなほど協力的だった。

 これも七賢者であるカルミラの名前の力か、とリアンは内心でつぶやく。

 

 その後、リアンたちは合図が来たときの対応について話していた。

 

 

  

 

 

「テルちん……」


 ミナスたちとの話し合いが落ち着いたとき、横でユニアが細い声をこぼした。

 

「心配しなくても、テルアなら大丈夫よ」


 不安そうにうつむくユニアに、リアンがやさしげに声をかけた。


「いまごろ、やられたふりして囚人ごっこしてるかもしれないん……ずるいん……」


「え? なに言ってんのユニアちゃん……いくらあいつでもそんなこと――」


 言いつつ、ないとは言いきれないことに顔を歪める。

 と同時に、テルアのことが心配なのも事実だ。

 複雑な感情に、ついリアンもうつむいてしまう。

 敵のアジトにひとり。いくらテルアでも、強い相手がいたら――

 

(……大丈夫よね? あんたなら、あんなやつら……)


 ふざけた雰囲気を出しつつも、どうしても不安が拭えないリアンだった。







 遺跡内部の地下とおぼしき場所。

 いくつかの牢屋が並ぶ通路を、調査団に潜り込んでいたリーゼルトの部下が、テルアを担いで歩いていた。

 

 ひとつの牢屋の前で止まると、足で牢屋の扉を開ける。

 そのまま乱雑にテルアを放り込み、

 

「ったく、ガキが調子に乗るからこうなるんだ。ダークス様に魔法で挑もうなんて百年はえーんだよ」


 そう言葉を投げ捨て、ガシャン、とカギを閉めると、足音を響かせ、去っていった。

 

 あたりは小さなランプで照らされてはいるが、全体的に薄暗い。

 足音が遠のくと、別の牢屋に幽閉されている人たちの物音が聞こえる。

 

 テルアは気を失ったように倒れていた。

 両手には魔力封じの手錠がかけられている。

 

 

 

 そんな状態でしばらくたったときだった。

 テルアの体がぴくりと動いた。

 

「……もういいか」


 冷めた声でそうつぶやくと、むくりと起き上がった。

 腕についた手錠を邪魔そうに見つめ、その場であぐらをかく。

 

「ふう……とりあえずはうまくいったかな」


 伸びをしながらあたりを見回す。

 もちろん牢屋である。なにもない。

 そして、両手には魔力封じの手錠。

 

 その光景に、テルアはうつむきながら震える。

 

 すると――

 

「くぅ~……これこれ! やっぱ冒険っていったら牢屋に囚われるってのは外せねえよなあ――!」


 なぜかうれしそうに叫んでいた。

 

「結構いい感じにやられた感出てたんじゃねえか!? ちゃんと魔力封じの手錠になってんのもポイント高いな! あとでリアンに話してやろうっと」


 たったひとりで、妙に楽しそうに喋っている。

 本来なら囚われて絶望的な状況のはずだが、そんな緊張感は微塵も感じられない。


「あ、でもあいつにこういう話すると、いっつもすんげえ目されるんだよなあ……」


 そう言うと、今度はまずい物でも口にしたかのような顔をする。

 

 昔からつい喋り過ぎると、あの目を向けられるのだ。

 さっきもユニアに付き合っていると、かわいそうなものを見るように蔑まれた。


「そうだ、ユニアならいいか。あいつはこういうの好きそうだし――」


 と、ユニアの名前を出したときだった。


「――今、ユニアと言ったか!?」


 向かいの牢屋から、男が血相を変えたように聞いてきた。


「ん? 誰だおっさん?」


 機嫌よくひとりごちっていたテルアが、邪魔されたことに少しむっとなりながらたずねる。

 

「銀色の髪をした少女か!?」


「……たぶん、そうだけど。おっさんユニア知ってんのか?」


 テルアが訝しげな視線を送る。

 その目に、冷静さを取り戻した男が答えた。

 

「あ、ああ……いきなりすまない。急に娘の名前が出てきたもので……」


「ひょっとしておっさんが……?」


 テルアが檻越しにたずねると、男が改まって、


「ええ、私の名はマルク・アルシャーノ。ユニアの父親です」

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