第10話 はじめての仲直り
テルアは例の部屋でずっと作業をしていた。
何やら書き出した紙は更に増え、足の踏み場もない。
外はすっかり暗くなり、魔法製のランプだけが部屋を照らしている。
あれから雨が降ってきたらしく、雨粒が屋根をたたく音が響いていた。
「ここは……こうでいいか……よし」
そんな独り言をこぼしたところで、ドアが開いた。
カルミラだ。
「あーあー……こんなに散らかしやがって。もう一匹のはもう寝たぞ? お前は飯食わねえのか?」
散らかった部屋を見回しながらカルミラが言う。
「いい、時間が惜しいから」
テルアは床に置いた紙を見比べながら、簡単に答える。
カルミラはそんなテルアを
「……少しは食っとけ、持ってきといてやるから」
まるで母親かのような呆れた口調で言い、台所へ向かった。
すると、あっ、と何かを思い出したかのように頭を上げたテルアが、カルミラを追いかけた。
「カルミアさん!」
「カルミラだ」
語尾を強め、眉を寄せた
「う……カルミラさん……。明日のことで、お願いがあるんだけど……」
真剣な表情で言うテルア。
カルミラは
◇
翌日の午後。
リアンとテルアは家の外にいた。
天気はあいにくの曇り。
午前中まで降っていた雨はなんとか止んでいたが、空には分厚い灰色の雲が広がっている。
ふたりは、小屋にいた大きな鳥に乗って、遊びに行くことになっていた。
「おっきなとりさん!?」
庭に出ていた大きな鳥を見て、リアンが目を輝かせて叫んだ。
「クエッ!」
「くえっ!? ないた!」
「いや、こいつ喋れるからな」
いかにも普通なフリをしている鳥に、テルアが半目で睨みながら口にする。
「そうなの!?」
テルアの言葉に、リアンは期待感たっぷりの眼差しで鳥を見つめた。
「……あまり簡単にバラすでない小僧。わしの威厳っちゅうもんも――」
「どうせすぐわかることじゃん」
「しゃべった!? しゃべるとりさんだ! すごい!」
「話を聞けこわっぱども!」
庭で騒がしくしているふたりと一匹に、家から出てきたカルミラが声をかけた。
「気をつけて行ってこいよ、このあたりは気性の荒い魔物もいるからな」
しかし帰ってくる返事はなく、何を食べるだのどっちが前だの敬語を使えだの、誰も話を聞いている様子はない。
結局、リアンが前、テルアが後ろで鳥に乗ると、終始騒がしいまま飛び立っていった。
「はあぁ……」
庭で見送ったカルミラは、がっくりとうなだれ、今日も大きなため息をついていた。
◇
「すご――い! そらとんでる!」
リアンが興奮気味に叫ぶ。
下には森や草原が一面に広がり、遠くには大きな山も見える。
ヘビのような長い川もあった。
そして今日の目的地は、ここらで一番広い草原地帯らしい。
「そういや、おまえって名前あんの?」
しばらく飛んだところで、テルアが鳥に向かってたずねた。
「わしか? ふふん、聞いて驚け……かの大空の覇者と
鳥がいかにもな仰々しさで答えた。
「おおぞらの……? てん、そう……? えっと、空が好きなのか? じゃあソラだな!」
「ソラさん! ソラがいい!」
「……おまえさんら、ほんと話を聞かんの……そんなんじゃから喧嘩になるんじゃろうに」
呆れた表情をしたソラが言ったとたん、ずっと賑やかだったふたりが喋らなくなった。
「ん……どした? 急に静かになりおって。……ひょっとしてまだ謝っとらんかったんか?」
互いに目線を逸らすリアンとテルア。
無言の肯定を察したソラが嘆息しながら、
「かぁー……。ほんならわし、しばらく飛ぶほうに集中しとるけぇ、おまえさんらさっさと謝っとけえの」
そう言うと、少し飛ぶスピードを上げ、喋らなくなった。
賑やかだった空の旅に沈黙が訪れた。
◇
テルアの横顔をうかがう。
リアンは、テルアをチラリと見てはすぐに視線を逸らして、を繰り返していた。
つい、昨日のことを思い出してしまう。
そんな挙動を察してか、最初に口を開いたのはテルアだった。
「……昨日は、ごめん。その――ふてくされたみたいな言い方して……」
テルアのほうを見ると、右手で頭をかきながら、視線を横にやったまま喋っていた。
「あ……わ、わたしも、ごめんなさい。えと……テルア、まもって、くれたのに……」
少し慌てて、テルアの言葉を追うように、リアンも言葉に詰まりながら声に出す。
リアンが言い終わると、ふたりはそっと顔を見合わせ、少し照れたように安堵の笑みを浮かべていた。
するとテルアが、さっきまでの調子とは変わり、やや真剣な口調で聞いてきた。
「――なあ、リアン。おまえ、自分なんか死んでも誰も悲しまないとか思ってないか?」
「……え?」
「ずっと違和感あったんだ。クマの魔物んときはビビってたみたいだけど、魔族のやつには怖がるどころか、絵本が――ってばっかだったし……」
(わたし……のこと?)
「先にこれだけは言っとくぞ。俺はおまえが死んだら悲しいし、つらい。だから――絶対死ぬなよ」
(しんだら、かなしい?)
それは、大切な人に向けられる言葉で、感情で、自分には関係のないものだと思っていた。
「なんで、テルアはそうおもうの……?」
混乱と、不安と、僅かな希望とを込めて聞く。
「さみしいのもいっしょ、って言ってたろ? ……俺もだよ」
そう言うとテルアは恥ずかしげに苦笑しながら、優しげな口調で語った。
「俺もさ、街のやつらと遊びたくて声かけたり、家族もいねえからひとりで飯食ったりしてた。でも、誰も相手してくんなくてさ……。このまま誰にも受け入れられないで、ひとり死んでくんだろうなあって思ってた」
まるで、自分のことを見てきたかのように。
でも、その声は、さみしいのを知っている声だった。
「だから……うれしかったんだよ……。おまえが、俺が死ぬのが怖いって言ってくれたこと。本当の人間だって言ってくれたこと」
答える暇もなくテルアは続ける。
「たったそれだけのことが、どんなに救われるか……。だから――その、死んでもいいなんて絶対思うんじゃねえぞ」
最後は少しだけ言葉を濁したテルア。
リアンはうつむき、ぎゅっと拳を握りしめていた。
視界がぼやける。胸もぎゅっとされる。
初めてだった。人からそんなふうに言ってもらえるのは。
初めてできた大切な人。でもそれは自分の一方通行なだけだと思っていた。
どう表現すればいいかわからないこの感覚に戸惑う。
それでも、ぐっと唇を一文字に結び、右腕で目頭を拭う。
精一杯のだみ声で答えた。
「……わがっだ!」
拭いきれてない涙と、ぎこちない笑みで答えたリアンに、テルアは照れながら目を逸らし、少しツンとした表情で返していた。
◇
「それで、その……仲直りのしるしとして――」
テルアが恥ずかしげに何か言おうとしていたときだった。
「――っ! テルア! うしろ、なにかきてる!!」
毎度のことながら、いつもの調子に戻ったリアンが何かに気がついた。
後ろを振り返ったテルアが目を凝らす。
「げぇ……鳥の魔物か!?」
見えたのは、ソラよりもさらに大きな鳥の魔物だった。
「キュアアア――――!!」
こちらの視線に気づいたのか、鳥の魔物が咆哮を上げる。
「ちょっ、おい! お前らなんとかせい! あれ絶対わしのこと食べようとしとるじゃろ!?」
黙っていたソラが急に慌てたように喋り出した。
「そんなこと言っても、今の俺らじゃ……あっ」
迫ってくる鳥の魔物を見つめたままテルアが固まった。
「テルア?」
「……やるか、あれ!」
思いついたみたいな顔をしたテルアが、にいっ、と口角を上げて言った。
「あれ?」
「絵本の――最後の魔法!」
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