第11話 絵本に書かれた最後の魔法

「え!? できるの!?」


 得意げに言ったテルアに、リアンがびっくりしたように聞き返した。


「ああ、ただチャンスは一度きりだ。完全にってのは無理だけど……あの魔物を吹き飛ばすくらいはできると思う」


 テルアが裏で何かしていることはリアンも知っていた。

 絵本の魔法をやるためにがんばってくれていたんだと気づき、リアンの顔がほころぶ。


「わかった、やる! やりたい!」


 ぐっと拳を握り、弾んだ声でリアンが答えた。


「何でもええからはよ! わし魔物に食われて死ぬとかごめんじゃからな!?」


 さきほどから必死に飛んでいるソラが喚く。

 

 テルアがあたりの地形を確認する。

 すると、前方より斜めを指さして叫んだ。


「ソラ! あの草原のところへ行って! そこで俺とリアンが飛び降りて魔法を撃つ。そしたら俺ら吹き飛ぶと思うから、ソラがなんとか拾って着地。これでいい?」


「いやそれほんまに上手くいくんか!?」


「じゃあどうするんだよ……?」


 むっとした口調でテルアがソラに聞き返した。

 うっ、とソラが渋い顔で口ごもる。

 そのあいだにも、鳥の魔物は後ろから迫ってくる。


 やや沈黙があったのち、ソラが半分ヤケになったように喋りだした。


「ああもう! わかったわい! 言っとくけどわし、この速度が限界じゃからな!?」


「わかってるって」


 テルアがしたり顔で答える。


 ソラが飛ぶ方向を変え、テルアが指さした草原へと向かった。




「……怖いか?」


 緊張しているのか、少しおとなしくなったリアンに、テルアが聞く。


「うん……いまはもう、しにたくないっておもうから……。でも、きめたから……だいじょうぶ! テルアもしんじゃだめ!」


「ああ、わかってる! ――今度こそ絶対守るから」


 勢いよく答えたテルアだったが、そのあとの言葉は、聞こえないほど小さくつぶやいていた。


「で、わたしはなにすればいいの?」


 きょとん、とたずねたリアンに、テルアが小さな紙を渡した。


「これ、絵本の魔法を俺らでできるように直したやつ。基本は絵本に書いてあったものと同じにしてある」


 リアンが紙に書かれた文字を見てうなずく。


「わかった!」


 リアンが凛々りりしく言うと、テルアが気合いを入れるように叫ぶ。


「よし――じゃあ、やるぞ!!」


 リアンとソラも覚悟を決めた顔でそれに答えた。




 上には分厚い灰色の雲。

 下には深い新緑の森。

 後ろには鳥の魔物が刻一刻と迫ってくる。


 テルアが指さした草原の近くにきた。


「いつでもええで!」


 ソラが準備完了の声を上げる。


「リアン、いくぞ――!」


「うん!」


 リアンは左手で、テルアは右手でしっかりと手を繋ぎ、ソラから飛び降りた。


 ソラが急降下することで、追ってきた鳥の魔物の進行方向に、リアンとテルアが落ちる。


 ふたりは顔を見合わせうなずくと、詠唱を唱え始めた。




「絆の御華みはなこいねがう」――リアンが右手をかかげる。


「不変の御星みほし恋詠こいうたう」――テルアが左手をかかげる。


「「春天しゅんてん銀鉤ぎんこう四季しき流転るてん、満天の星となり咲く御華みはなは、紡がれし悠久ゆうきゅうの絆。

  かたみに願いうたほのおが、御星みほしの想いにかなうなら――天上満開の乱吹ふぶきとなれ!」」


 巨大な桃色の魔法陣が現出――銀色の魔法陣が重なる。

 リアンとテルアの目に、桃色の光が灯った。


 鳥の魔物が迫る――


「「せろ華色かしょく最奥さいおうまと華王かおう心火しんか

  我ら紡ぎし御華みはな彩焔さいえんもって、蒼天彼方そうてんかなた――御星みほし彼岸そらまで咲きとどろけ!

  ”華色かしょく天咲乱舞てんしょうらんぶ”――――ッ!!」」


 その瞬間、爆音とともに桃色の魔法陣から、無限にも思える桜の花びらが、竜巻の如く舞い上がった。


 目前に迫っていた鳥の魔物を巻き込み、吹き飛ばした花びらの竜巻は、勢いを落とすことなく雲に届くと――


 ズンッ、と大気を震わせ、一瞬で分厚い灰色の雲をすべて蹴散らした。

 あたり一面に蒼天が広がる。


 青々とした空に、無数の桜の花びらが舞っていた。




「むりっ! むりっ! これ以上はわしむりいぃぃ――!! 小僧! なんとかせい!!」


 反動で吹き飛んだリアンとテルアを、ソラが血相を変えて追いかける。


「うっ……これでなんとか!」


 テルアがうめきながら、地上に向かって衝撃波のような魔法を放つ。

 威力はあまりなかったが、ふたりの落下速度が少し落ちた。


 そしてソラが最後の力を振り絞って――


「わしがんばった! わしがんばったぞおおおぉぉ――!! ぶべっ!」


 ドスン、と鈍い音が草原に響いた。

 ソラはふたりが落ちる寸前のところで空中から滑り込み、クッションとなっていた。







「いったた……リアン、ソラ、大丈夫か?」


 テルアは額に手を当てながら起き上がると、リアンとソラに問いかけた。


 手には泥がついてる。

 午前中まで降っていた雨のおかげで地面がぬかるみ、落下の衝撃がやわらいだらしい。

 あたりには多数の水たまりができていた。


 ひっくり返ったままのソラが黙って羽を上げている。

 どうやら大丈夫そうだ。

 いちおう、治癒の魔法を付与しておく。


 リアンは大丈夫だろうか、と探していると――すでに立ち上がっており、空を見上げていた。


「リアン――?」


 後ろ姿に声をかけた。

 すると、振り返ったリアンが大興奮といった様子で叫び出した。


「すごい! すごいよテルア!! おはな、ぶわぁ――ってでた!!」


 腕をバンザイからぐるぐる回すように広げて、ぴょこぴょこ跳ねている。


 テルアは空を見上げながら、リアンのほうに歩いていくと、少し悔しさの滲んだ声で言った。


「やっぱ失敗だったかあ。ほんとはもっと炎とかが出るはずだったんだけどなあ」


 しかしリアンが笑顔のまま反論する。


「そんなことないよ! だっておはな、ぶわあぁ――って! だいせいこうだよ!!」


 それを見たテルアが軽く息を吐き、苦笑した。


「なら、よかったよ――」


 そう言うとテルアはポケットから何かを取り出した。

 

 リアンが不思議そうに見る。


「これは――?」


 それは、桜の花びらのような形をした、髪飾りだった。

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