第12話 髪飾り

「ごめん……」


 テルアが少し雲った表情で言った。


「絵本、やっぱなくなちゃったんだ……」


「……そっか」


 覚悟はしていたリアンだったが、実際にそう告げられると気落ちした声を隠せなかった。


「でも、絵本が消える前に、残った魔力や術式を取り出して、見た目とかも錬金術式を使って組み直したんだ」


「え?」


「それが、これ……」


 リアンは差し出された髪飾りをじっと見つめた。


 桃色を基調とした、桜の花びらのようなデザインをしている。

 そっと手に取ってみると、その髪飾りにどこか懐かしさを感じた。


「――あ! おかあさんのかんじ、のこってる!」


 絵本の感じ。いつも一緒だった絵本と同じ感覚だった。


「ほんとか? よかったあ……うまくいってたみたいで」


「えほんとおんなじ! また、いっしょ……」


 リアンは目を潤ませ、ぎゅっ、と髪飾りを両手で握りしめる。

 そんなリアンを見つめながら、テルアが語りかけた。


「……あの絵本にはさ、リアンがつらい思いや悲しい思いをしないようにって、記憶変換術式が――」


 言いかけて口をつむいだ。

 少し考えたテルアが言い直す。

 

「えっと……リアンのために、おまじないがかかってたんだよ」


 テルアなりに噛み砕いた説明を考えていたらしい。


「おまじない……?」


「ああ、リアンが絵本を読んだら元気になれるような」


 はっ、としたようにリアンがうなずく。


「なった! えほんよむとげんきに!」


「だろぉ?」


 何でわかったの、とでも言いたげなリアンに、テルアがいつもの得意げな表情と声で返した。


 すると今度は打って変わって、やさしげな口調で語りだした。


「だから……リアンのかあちゃんは、リアンのことが心配で、大切で、それでおまじないをかけたんだと思う……。リアンのことが嫌いなんて絶対ない、俺が保証する」


「おかあさんが……」


 リアンは髪飾りをじっと見つめた。

 テルアの言葉が本当だったのなら自分は――


「それに……大切に思ってるのは、おまえのかあちゃんだけじゃない、し……」


 言いながら、テルアが横に目線を逸らす。


「……俺も怖かったんだよ。リアンが死ぬかもってなったとき……。でも、何もできなかった。守れなかった。それが悔しくて……」


 少しうつむいたテルアは、ぐっと拳を握りしめ、震えていた。

 そして意を決したかのように顔を上げ、


「だから――強くなる! リアンのこと絶対守れるくらい!」


 そう言うとテルアは彩焔刀さいえんとうをつくり、リアンの前にかかげた。


「もう二度と奪わせない。俺の大切なものも、リアンの大切なものも――」


 決意に満ちた表情で言うテルア。

 

 リアンは胸に髪飾りを握りしめたまま、うつむいた。

 

 


 気持ちが追いつかなかった。

 仲直りと、絵本の魔法と、おかあさんと……。

 心がぐしゃぐしゃだった。


 それでも、リアンの心にも、決めていたものがある。

 伝えたいことがある。

 同じ気持ちがある。


 最後の力を振り絞った。

 絵本はもうないけれど――もうひとりじゃないのだから。


 心の中で叫ぶ。

 今までそうしてきたように、これからもそうできるように。


(……がんばるっ!)


「わたしも! テルアのことまもる!」


 顔を上げ、大きく叫んだ。

 そして力強く、テルアと同じように彩焔刀をつくり、切先きっさきを重ねる。


 まるで、絵本に出てきたお姫様と騎士様のように。


「テルアは、にせものなんかじゃない! わたしがほしょーする!」


「リアン……」


 その言葉に、テルアが少し目を潤ませた。


「じゃあ、俺はリアンのこと守るから――」


「じゃあ、わたしはテルアのことまもるから――」


 ふたりは顔を見合わせ、にいっ、と笑みを浮かべた。

 ふたりの重ねた彩焔刀には、うっすらと桃色の炎がまとっていた。


 ほどなくして、ふたりの目から涙がこぼれ落ちた。

 理由なんてもうわからなかった。


 この数日間の気持ちの処理が追いついていないからだろうか。

 安心なのか、恐怖なのか、うれしさなのか、もうわからない。

 ただ、もう我慢もできなかった。




 誇らしく広がる蒼天そうてんのもと、桜の花びらが舞っている。


 風がぎ、落ちた花は、水沫みなわに消える。


 ふたりは空を仰ぎながら、彩焔刀を重ねたまま、ひたすら泣いていた。


 その胸に焔を灯して――。







 ふたりが泣き止み、落ち着いたころ、テルアが何やら企み顔で言った。


「そうだ、髪飾りつけてみ?」


 うん、とリアンが右のこめかみあたりにつけてみた。

 桃色の髪を分けるように入っている、白い毛筋が目立つ。


「桃色のイメージを浮かべて?」


 テルアが何をしたいのか、リアンはよくわからないまま、言われた通り桃色のイメージを浮かべた。


「うん、こっちもうまくいったみたいだな。水たまり見てみ?」


 テルアが今日何度目かの得意げな顔で促す。

 リアンは頭に疑問符を浮かべながら、近くにあった大きな水たまりをのぞいてみた。

 水面にリアンの顔が映っている。


「――あ! かみ、ぜんぶももいろになってる!?」


 角度を変えながら確認し、リアンが驚きの声を上げる。


「すごい! テルア! すごいよテル……」


 リアンがうれしそうに振り返って、テルアの顔を見た。

 しかし、急に喋るのをやめると、ふたたび水たまりをのぞきこんだ。


 今度はテルアが、頭に疑問符を浮かべながら声をかけようとすると、


「――みて! いっしょ!」


 ふたたび振り返ったリアンの髪は、桃色一色の中、右のこめかみあたりにだけ白い毛筋を残していた。

 青紫一色の中、右のこめかみに桃色のメッシュがあるテルアと同じように――。


 それを見たテルアは呆れたように苦笑をすると、


「まあ、いっしょだな」


 いつかのやりとりを繰り返していた。


 リアンはうれしそうに髪飾りに手を当てると、


「これ、あたらしいたからものにするね!」


 テルアに向かって満開の笑みで返していた。

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