第13話 かぞく
「ばいばい! とりさん!」
魔物だった鳥にリアンが手を振っている。
リアンがもとに戻したいと言うので、テルアが以前のように、鳥の魔物に術式を付与してもとの元気な鳥に戻していた。
空はまだ青いが、そろそろ日が傾きかけるころだろうか。
宙を舞っていた花びらも、ほとんど地面に落ちていた。
あたり一面に桜色が散りばめられている。
「そろそろ帰るかあ」
伸びをしながらテルアが言うと、リアンとソラもそれに答える。
支度を整えて、リアンとテルアを乗せたソラは、ぬかるんだ地面を軽快に走り出した。
「……ねえ、ソラとばないの?」
少しがっかりしたような口調でリアンがたずねる。
「また魔物に目つけられたらたまらんしの。それに飛ぶのは結構のう……」
ややぼかしながら、ソラは疲れたような口調で喋った。
「てか……走ってるほうが速くね?」
「やかましい! 降ろすぞ小僧が!」
ちゃちゃを入れるようなテルアにソラが怒鳴ると、ふたたび賑やかな空気が戻っていた。
◇
家の近くに着いたころ、空は
夕日を見上げるリアンの表情はどこかうれしげだった。
その後ろで、頻繁に船を漕ぐテルア。
昨日からの作業でほとんで寝ていなかったらしい。
そんなテルアを気遣ってか、リアンとソラは途中から小声で会話をしていた。
家の庭に入り、リアンとテルアが、ソラから降りているときである。
背後から怒気がこもった低い声がした。
「よう、おかえりぃ……クソドリにガキども。盛大なお花遊びは楽しかったかあ?」
唇の端をぷるぷると震わせ、引きつった笑みで迎えてくれたのは、
ふたりと一匹が青ざめる。
よく見ると、家のまわりや屋根の上にも、桜の花びらがつもっていた。
カルミラの片手には
庭の端には花びらの山。
黒く長い髪からヒラリと落ち、踏みつけられた花びらは、ふたりと一匹の運命を物語っているようだった。
「いやっ、わしは被害者じゃからな!? 巻き込まれた側の――」
「これは、その……そう! 世界の運命を――」
「ちがっ、だんだんさん! テルアは――」
それぞれが弁明か弁解かよくわからない言葉を羅列する。
しかしカルミラはそんな言葉を聞く気はないようで、大きくため息をすると、
「……まあいい、夕食できてるから、さっさと中に入れ」
それほど怒ることもなく、家の中に入っていった。
ふたりと一匹は、ほっと胸をなでおろした。
それぞれ地面にへたり込む。
すると、テルアが何か思い出したようにリアンに語りかけた。
「晩飯、何だろうな?」
「ごはん?」
どこか愉しげに言うテルア。
リアンは首を傾げながら、不思議そうにテルアの顔を眺めていた。
「よっと」
ソラが玄関の前で声を出したかと思うと――するすると身体が小さくなっていき、リアンとテルアの半分くらいの大きさになった。
「ええっ!? ソラちいさくなれるの!?」
リアンが驚きの声を上げる。
「だろうな」
テルアのほうは知っていたみたいな様子だ。
「ふふん! どうじゃ? すごかろうが!」
ようやく自分の能力で驚かせることができて、ソラが満足そうに笑う。
「あ! じゃあソラもいっしょに、ごはんたべれる!」
リアンがうれしそうに言うと、家の中からカルミラの急かす声が聞こえてくる。
ふたりと一匹はようやく家の中に入っていった。
「あ――」
テーブルに並べられた夕食を見たリアンが、小さく声を漏らした。
四人分で用意されていた夕食のメニューは、シチューだった。
「アホみてぇにつくったからおかわりして食えよ。どっかのガキがあんまり言うもんだからな」
カルミラがテルアのほうに視線をやると、テルアは、ぷいっと目を逸らしていた。
「だんだんさん、テルア……」
リアンが潤んだ声で名前を呼ぶ。
「しかし……いい加減名前なんとかなんねえのか……?」
カルミラがややうんざりしたように言いながら息を吐くと、
「あっ、じゃあ――師匠になってくれよ!」
横からテルアが言った。
なんでだよ、とカルミラが返すと、テルアが真剣な表情で言う。
「俺、強くなりたいんだよ。だから、カルミラさんにいろいろ鍛えてもらいたいんだ!」
テルアの言葉に、リアンが遅れないように続く。
「わ、わたしも! テルアのことまもれるように、つよくなりたい!」
テルアの横に並び、リアンも真剣な表情でカルミラを見つめる。
カルミラはしばらくそんなふたりを見下ろすと、あきらめたようにつぶやいた。
「はぁ……わかったよ。どうせある程度はしごくつもりだったしな。言っとくが手加減するつもりはないからな、覚悟しとけよ? ”リアン”、”テルア”」
その言葉に、ぱあっ、と明るい笑顔を浮かべるふたり。
「師匠!」「ししょー!」
「まあ、ようやく呼び方も安定しそうだしな……」
カルミラはそう言いながら苦笑すると、冷める前に食うぞ、とふたりにテーブルにつくよう促した。
さらにカルミラは椅子に座りながら、
「あと、喧嘩もほどほどにしろよ? しばらくはここで暮らす家族みてえなもんなんだから、仲良くしてろ」
「かぞく……?」
リアンが放心したようにつぶやいた。
「だな、家族!」
テルアが両手を腰にあて、横から強調する。
「おまえさんが一番わかってないんじゃろうに……」
今度はソラがさきほどの仕返しとばかり、ちゃちゃを入れる。
するとテルアがさらに――と、話は毎度のように脱線していった。
テルアとソラの言い合いを聞いていたカルミラが、「一番わかってねえのはテメーらだよ」と怒鳴る。
リアンはそんな光景を、潤んだ目で、笑って眺めていた。
その日の夕食は賑やかだった。
リアンは絵本の魔法や、髪飾りのことをカルミラに話し、
テルアは絵本の魔法の術式が――と楽しげに喋り、
ソラはあんな危なっかしいこと、二度とごめんだと喚き、
カルミラはそんなふたりと一匹に呆れつつも、穏やかな表情で話を聞いていた。
リアンが、いつしか夢見た光景だった。
あのときとは、ちょっと違うけれど。
叶うはずのないものだと思っていた。
知らない世界のはずだった。
本物の家族ではないかもしれない。
でも、今ここで感じられる温かさはだけは本物だと思った。
そして今一度、強く思う。必ず守ると。
テルアがそう言ってくれたように。
きっとおかあさんもそう望んでくれているはずだから。
だって、書いてあったのだから、”がんばってね”って。
一言だったけど。
何て書いてあるのか知るのにずいぶんかかったけれど。
がんばってよかったと思った。
これからも、”がんばるっ”から!
その日食べたシチューは、今までで一番、幸せの味がした。
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